◎ Carl Zeiss Jena (カールツァイス・イエナ) Biotar 5.8cm/f2 T (black)《前期型−III》(exakta)

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今回完璧なオーバーホールが終わって出品するモデルは、旧東ドイツの
Carl Zeiss Jena製標準レンズ『Biotar 5.8cm/f2 T (black)《前期型−III》(exakta)』です。


実は当方がCarl Zeiss Jena製標準レンズの『Biotar 58mm/f2』で一番好きなタイプが、今回扱う「前期型」だったりします。前回このモデルをオーバーホール済でヤフオク! 出品したのが2016年1月なのでちょうど3年ぶりです。

決して敬遠しているワケではないのですが、さすがに製産された時期が古いだけに光学系の状態が良い個体になかなか巡り会えずに、とうとう3年が経ってしまいました。

今回は特にこの「前期型」タイプで光沢黒色鏡胴の個体を昨年から探し続けており、ようやく手に入れることができました。どうして拘って黒色鏡胴を探していたのかと言うと、このBiotar 58mm/f2で黒色鏡胴が存在するのは「前期型」だけだからです。さらに光沢感のあるブライトブラックとなれば、それだけで大変美しく所有欲もまた一段と増幅するものです。

この「前期型」モデルは、その描写性に於いても最もBiotarらしい個性が表れる画造りで、カリカリの鋭いピント面を構成しながらも何処か画全体に漂う繊細感とマイルド感がアンバランスで、高いコントラストと如何にもドイツレンズらしい色乗りの良さを感じますが、意外にも誇張感 (違和感) だけに終わらない自然な発色性がまた魅力です。特に赤色に対する反応が素晴らしくてビビットな表現性には時にハッとすることがあります。

さらにボケ味に至っては得意のグルグルボケはもちろん、シャボン玉ボケから円形ボケまで自由自在に表出でき、プラスα独特な収差ボケの面白さも堪能できる個性的なモデルです。その特徴は後の時代に登場した「中期型〜後期型」と比較しても顕著なのが当方が当モデルを好きな理由ですね。

今回出品する個体は、当初入手時には絞り環/距離環共にほぼ固着状態で、マウント種別が「exakta」だから良かったものの、ネジ込み式の「M42マウント」だったりしたら、それこそ距離環を回すにもほとんど動かないくらい重いので、マウントが回って外れてしまうくらいです。さらに実写チェックしてみると、カメラボディのピーキングにも全く反応しないほどにピント面が視認できない甘さで、とても使える状態ではありませんでした。

当モデル本来の鋭い写りを取り戻すべく、操作性も含め渾身のオーバーホールを行いました。美しく光り輝く光沢ブラックのBiotarをお探しの方は、是非この機会にご検討下さいませ。

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Biotarは戦前のドイツで、当初は1910年に開発されたシネレンズとして8.5cm/f1.8が考案されますが量産化までは進まず、1928年にはやはりシネレンズとして量産モデルが焦点距離2.5cm〜7cmまで揃えられたようです。1932年にはフィルムカメラのRoBoT用モデルとしてようやく4cm/f2モデルが登場し、後に1936年一眼レフカメラ用の「Biotar 5.8cm/f2と7.5cm/f1.5」が発売され1965年まで製産が続きました (その後Pancolarに継承される)。

【モデルバリエーション】
オレンジ色文字部分は最初に変更になった諸元を示しています。

初期型-I (左) 〜 初期型-II (右):1936年発売
絞り羽根枚数:8枚 (初期型-IIは不明)
最短撮影距離:90cm
プリセット絞り機構:無
最小絞り値:f16

前期型-Ⅰ前期型-Ⅲ
絞り羽根枚数:17枚
最短撮影距離:90cm
プリセット絞り機構:無
最小絞り値:f22

中期型-Ⅰ
絞り羽根枚数:12枚
最短撮影距離:50cm
プリセット絞り機構:
最小絞り値:f22

中期型-Ⅱ
絞り羽根枚数:10枚
最短撮影距離:50cm
プリセット絞り機構:有
最小絞り値:f16

後期型
絞り羽根枚数:10枚
最短撮影距離:60cm
プリセット絞り:有
絞り連動ピン:
最小絞り値:f16

上記モデルバリエーションのとおり、Biotar 58mm/f2の中で唯一の「17枚の絞り羽根」を実装した設計で、その円形絞りは「ほぼ完璧な真円状態」で閉じていきますから、見ているだけで吸い込まれそうです(笑)

上の一覧は戦前モデルから後期型までを製造番号を基にサンプル数150本 (海外オークションebay) を調査して項目別にまとめたものです。

すると、例えば前期型−II」の製造番号が戦時中に登場しています。また前期型−I前期型−III」は製造番号シリアル値の中でバラバラに混在しています。

【例】製造番号 (左) :バリエーション (右)
・3340178:前期型−I
・3340918:前期型−III
・3341155:前期型−II
・3341714:前期型−III
・3345095:前期型−II
・3347489:前期型−I
・3347747:前期型−III
・3347953:前期型−III
・3348007:前期型−II
・3349963:前期型−II

製造番号「334xxxx」だけでまとめてみた一例ですが、こんな感じで製造番号シリアル値で並べるとモデルバリエーションが混在しており、単純に製造番号だけで新旧の区分けができない状態です。当時の月産能力が7,000台の大台に乗ったのを考えると、製造番号の下4桁7,000本分で3種類のバリエーションモデルが混在してしまっている説明もできません。

さらに今回気がついたのが以下写真解説で、マウント部直前の基準「」マーカーを囲っている被写界深度インジケーター (刻印ライン) のカタチ (ブルー矢印) が異なる2タイプで製産されていました。

上の写真は「前期型−I前期型−III」の解説ですが「前期型」の外観上の区分けとして「フィルター枠の高さの相違」を以て判別できます。以下のオーバーホール工程途中で解説していますが、この「フィルター枠の高さの相違」は設計そのモノが異なる為に組み立て時に絞り環の固定位置を調整できませんし、そもそも「絞り環のカタチが異なる」点も見逃せません。鏡胴色は「前期型−II/前期型−III」のみ僅かですがブラックバージョンも製産されていました。

フィルター枠の高さは「前期型−I」が最も高く「前期型−II前期型−III」と順に突出が無くなっていきます (赤色矢印)。

また「絞り環の枠の厚み」にもモデルバリエーションで相違があり「前期型−I〜前期型−II」が薄いのに対して「前期型−III」は厚みが出て幅広枠に変わっています (グリーンの矢印)。
実際は薄枠の「前期型−I」とその次の薄枠「前期型−II」では似たような厚みでも厳密に絞り環の設計 (ネジ山数) が異なるので、同様使い回し (ニコイチ) ができません (フィルター枠の高さを変えることができない)。また距離環側の長さ (高さ) も違うのでバリエーションを跨いでしまうと構成パーツの入れ替えは不可能です。

さらに指標値環 (マウント直前) の基準「」マーカーを囲む被写界深度インジケーターのカタチが異なり2種類あります。「斜型/角形」の相違が顕在しますが「前期型−I/前期型−II」ではいずれか一方のみ出回っていました (ブルー矢印)。

これらの調査から「製造番号割当制」と「複数工場による並行生産」の2つの仮説に至った次第です。

製造番号割当制
事前に予め製造番号範囲が各工場に割り当てられ、製産後にそのシリアル値の中から順に割り振りしていた。

複数工場による並行生産
Carl Zeiss Jena本体工場以外に2つの工場が存在し同時期に並行生産していた。

これらの根拠は、数多くのCarl Zeiss Jena製オールドレンズをバラしていくと「内部構成パーツのメッキ塗色」に相違があり、且つビミョ〜に設計が違うことに気がついたからです (設計が違うので世代間を跨ぐ使い回しができない/バリエーション別のニコイチ不可能)。

グリーン/オリーブ色メッキ塗色工場
シルバー鏡胴モデルの製産後、ゼブラ柄へと移行するタイミングで消滅した工場。
ライトブルー色メッキ塗色工場
シルバー鏡胴からゼブラ柄モデルへと移行し黒色鏡胴直前で消滅した工場。
パープル色メッキ塗色工場
Carl Zeiss Jena本体工場のメッキ塗色で戦後に統一され、シルバー鏡胴→ゼブラ柄→黒色鏡胴まで全て生産し続けて最後まで稼働。

例えば、ゼブラ柄モデルをバラすとグリーン/オリーブのメッキ塗色パーツを使っている個体が存在せず、黒色鏡胴をバラすとパープル色メッキ塗色以外存在しません。特に黒色鏡胴モデルを製産していた時代には月産能力25,000台以上に増産していたので、過去に存在していたメッキ塗色の個体が顕在しないとすれば、それは「工場が消滅した」と考えるのが自然です。

ヒントは当時のソ連に於ける同一モデルの複数工場による並行生産がありました (ロシアンレンズでは製産工場別にロゴマークをレンズ銘板に刻印している)。旧東ドイツでも同じように吸収合併した光学メーカーの工場で同一モデルを並行生産させることで「増産体制」にしていたのではないかと推測しています。その際工場設備の相違を配慮をして光学系を除いた筐体部分で各工場別に任意設計を許していたのかも知れません (だからビミョ〜に設計が異なる)。仮にCarl Zeiss Jena本体工場で製産ラインの区分けとしてメッキ塗色を変更していただけなら、設計を変更する理由が説明できません (同時期に微妙に異なる設計を用意する必要性の説明ができない)。

   
   
   

上の写真はFlickriverで、このモデルの特徴的な実写をピックアップしてみました。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。

一段目
左端からシャボン玉ボケが滲んで円形ボケへと変わっていく様を集めています。

二段目
グルグルボケや収差ボケ、或いはピント面の繊細感などをピックアップしています。

三段目
人物や被写界深度に逆光耐性やゴーストです。

光学系は典型的な4群6枚のダブルガウス型構成で、もちろん「初期型」から最後の「後期型」まで変わりませんが、世代間で細かな仕様変更があったために光学系がその都度再設計されています。

まずは1936年時点の「初期型」です。Biotarのバリエーションの中では最も最短撮影距離が長い90cmですが「歪曲絞り」を使っていたので、光学設計も必然的に特殊です (ネット上に案内されていません:オーバーホール工程のご案内はこちら)。

収差が良く改善されているのが本家Carl Zeiss Jena製Biotarの特徴ですが (コピーしたHELIOS 44シリーズのほうが収差が多い)、その中にあって残存収差が多くピント面の鋭さもマイルドでもあります。

今回扱う「前期型」では最短撮影距離が90cmのままですが、絞りユニットの設計が変更された為に光学系も再設計しています。今回バラして硝子レンズの清掃時にデジタルノギスで計測してほぼ正確にトレースした構成図です (各硝子レンズのサイズ/厚み/凹凸/曲率/間隔など計測してトレースしました)。

最短撮影距離を50cmまで短縮した「中期型」の段階で三たび光学系が再設計されます (オーバーホール工程はこちら)。Biotarの光学系設計としては完成形に到達しており、上手く収差を改善させてピント面の鋭さも確保しています。コントラストは高めですが発色性自体はナチュラルなのでピント面のエッジが細い分、画全体が繊細感のある印象を受けます。

マウント面に「絞り連動ピン」を装備してきた「半自動絞り方式」の「後期型」時点で、再び最短撮影距離が変更になり60cmと却って性能面では後退してしまいましたが、その為にまた光学系を再設計しています(オーバーホール工程はこちら)。

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。絞り羽根が、これでもかと言うくらい並びます (17枚)(笑)

今回の個体は過去メンテナンス時に黄褐色系グリースの上から「白色系グリース」を重ね塗りしてしまい、さらにその後「潤滑油」が注入されてしまいました。この古いグリースの上から新しいグリースを塗る手法を整備業界では「グリースの補充」と呼ぶそうですが、そもそも種別が異なるグリースを混ぜてしまうことに当方としては強烈な違和感を感じます。潤滑剤としてのグリースなのだから同じだと考えるのは単なる思い込みで、グリース業界の方にお尋ねしたところ、種別の異なるグリースを混ぜるなど考えられないとのお話でした(笑)

さらに「白色系グリース潤滑油」と言う組み合わせパターンが最悪で (潤滑油を後から注入する話) 早ければ1年後には今回の個体のようにヘリコイドが固着してしまいます。白色系グリースと潤滑油の成分同士で化学反応するのか、潤滑油を注入した当初は滑らかなのですが、すぐに粘性を帯び始めて次第にトルクが重くなり、最後はヘリコイドが固着してしまいます。当然ヘリコイドのネジ山摩耗も極限に達するのでトルクムラの原因に至ります。

最近では海外オークションebayのみならず、日本国内のヤフオク! でも「潤滑油」を注入して発送する場合が増えているので要注意ですね。

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒 (ヘリコイド:オス側) です。

↑絞り羽根には表裏に「キー」と言う金属製突起棒が打ち込まれており (オールドレンズの中にはキーではなく穴が空いている場合や羽根の場合もある) その「キー」に役割が備わっています (必ず2種類の役目がある)。製産時点でこの「キー」は垂直状態で打ち込まれます。

位置決めキー
位置決め環」に刺さり絞り羽根の格納位置 (軸として機能する位置) を決めている役目のキー

開閉キー
開閉環」に刺さり絞り環操作に連動して絞り羽根の角度を変化させる役目のキー

位置決めキー」側は刺さった場所でそのまま回転しますが「開閉キー」側は絞り環を回すことで位置が移動して「絞り羽根の角度が変わる」ので閉じたり開いたりする仕組みですね。従って絞り環を回した時の「チカラ」の全てがこれら「キー」に集中するので、絞り羽根の油染みを放置していると粘性を帯びてきて、やがて脱落します。脱落したら最後二度と打ち込めないので「製品寿命」に至ります。

ちなみに、上の写真をご覧頂くとグリーンの矢印箇所のみ削れています (他の箇所は表裏全てキレイに面取りされている)。つまり絞り羽根は工場での製産時に「枝豆の房」のようにブラブラとぶら下がった状態でプレッシングされ、それを1枚ずつ工員がカットしていたことが判明します。

構成パーツをよ〜く観察すると、知らなかった一面が垣間見えオモシロイですね(笑)

↑17枚もある絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させます。

↑完成した鏡筒を立てて撮影しました。鏡筒にはヘリコイド (オス側) のネジ山が切削されており、両サイドに「直進キーガイド」と言う「」が刻まれています。この「直進キーガイド (溝)」を「直進キー」と言うパーツが行ったり来たりとスライドするので、距離環を回したチカラで鏡筒が繰り出されたり収納したりします。

直進キー
距離環を回す「回転するチカラ」を鏡筒が前後動する「直進するチカラ」に変換する役目

なお、フィルター枠直下には「絞り環用のネジ山」が用意されており、この部分が冒頭のモデルバリエーションの相違を決定づけています

↑上の写真はそのモデルバリエーションの相違を決めている要素を解説しています。

フィルター枠の高さ (長さ/深さ)
前期型−Iが最も高く/長く/深く設計されており前期型−II前期型−IIIと順に短く変わっていきます。

ネジ山とフィルター枠との間隔
モデルバリエーション別 (前期型−I前期型−III) にこの隙間部分の寸法が異なります。

ネジ山部分 (絞り環用)
同様モデルバリエーション別 (前期型−I前期型−III) にネジ山長が異なります。

すると、特にの相違がある為に絞り環のネジ込みを調整したり、或いは絞り環自体を入れ替えてニコイチすることがそもそもできません。つまり絞り環のネジ込み調整だけでフィルター枠が出てきたり引っ込んだりの差ができない設計の相違点と言うお話です

なお、上の写真をご覧頂くとよく分かりますが「グリーン色のメッキ塗色」であることをチェックできます。つまりシルバー鏡胴のオールドレンズを製産した後の「ゼブラ柄移行期に消滅してしまった工場」での生産品と言えます。

↑絞り環用ベース環をネジ込みますが、最後までネジ込んでしまうと正しく機能しません。イモネジ (ネジ頭が無くネジ部にいきなりマイナスの切り込みを入れたネジ種) 用の「下穴」が用意されているので、絞り環を締め付け固定する位置も微調整できません (製産時点のまま)。

↑絞り環用の基準「」マーカーが刻印されているヘリコイドカバーをセットします。

↑イモネジ (3本) で絞り環を組み付けます。

↑距離環を組み付ける為の基台ですがマウント部 (exakta) が切削されています。ご覧のとおり「グリーン色メッキ塗色」です。

↑ヘリコイド (メス側) を無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。

イモネジ用の「下穴」を見ると隣り合わせで2個ずつ用意されていますが、このうちの1個だけが製産時点ですね (つまりもう1個は過去メンテナンス時に削って用意された下穴)。

このモデルは「無限遠位置調整機能」が設計段階で用意していないので後から無限遠位置の微調整ができません。従って過去メンテナンス時には「ごまかし」として∞刻印位置だけをズラして位置調整していたことがこれでバレてしまいました(笑)

オールドレンズは、完全解体してバラしてしまうと、過去メンテナンス時に施した全てがまるで走馬燈の如く白日の下に曝されるので、オモシロイです。逆に言えば、その尻ぬぐいをするハメに陥りますが(笑)

↑基準「」マーカーがある指標環をセットします。

↑距離環を組み付けます。

↑完成している鏡筒 (ヘリコイド:オス側) を、無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルでは全部で5箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

この後は光学系前後群を組み付けて無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行えば完成です。

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ここからはオーバーホールが完了した出品商品の写真になります。

↑標準レンズBiotarシリーズの中で唯一「ブラック」が存在する『Biotar 5.8cm/f2 T《前期型−III》(exakta)』です。しかし光学系の状態を選り好みするほど市場に出回る流通数自体がそれほど多くありません。今回の個体も一見すると光学系の状態が良さそうに見えましたが、実際清掃すると特に前玉 (表側) にカビか繁殖していました。

↑光学系内は非常に透明度が高い状態を維持した個体です。第3群の貼り合わせレンズ (裏面) 外周附近にコーティング層の経年劣化が進行している為、一部にLED光照射で視認できる極薄いクモリがありますが写真には一切影響しないレベルです。

各群の硝子レンズには「気泡」が大小複数含まれています。この当時の光学メーカーは、光学硝子材精製時に一定の時間規定の高温を維持し続けた「」として「気泡」を捉えており「正常品」として出荷していました。写真への影響はありません。

↑上の写真 (3枚) は、光学系前群のキズの状態を拡大撮影しています。すべて極微細な点キズを撮っていますが微細すぎて全部写りませんでした。カビ除去痕が酷いのは前玉 (表面) のみなので写真には一切影響しませんが、LED光照射では極薄いクモリを伴うカビ除去痕が浮き上がります。

↑逆に言えば、前玉以外の硝子レンズの状態が良いので安心しました。後玉外周附近に1箇所3mm長のキズがあります (写真には影響なし)。

↑上の写真 (3枚) は、光学系後群のキズの状態を拡大撮影しています。すべて極微細な点キズを撮っていますが微細すぎて全部写りませんでした。

やはり大小の「気泡」が複数あるのでパッと見で「/」に見えますが気泡です。覗き込む角度によっては第3群のコーティング層経年劣化が順光でも視認できます (LED光照射ではその箇所が極薄いクモリとして視認できる)。

【光学系の状態】(順光目視で様々な角度から確認)
・コーティング劣化/カビ除去痕等極微細な点キズ
(経年のCO2溶解に拠るコーティング層点状腐食)
前群内:10点、目立つ点キズ:6点
後群内:12点、目立つ点キズ:9点
・コーティング層の経年劣化:前後群あり
・カビ除去痕:あり、カビ:なし
・ヘアラインキズ:あり(前後群内)
・バルサム切れ:無し (貼り合わせレンズあり)
・深く目立つ当てキズ/擦りキズ:あり
(後玉外周付近に微細な3mm長キズ)
・光源透過の汚れ/クモリ (カビ除去痕除く):あり
・その他:光学系内は微細な塵や埃が侵入しているように見えますが清掃しても除去できないCO2の溶解に拠る極微細な点キズやカビ除去痕、或いはコーティング層の経年劣化です。
・光学系内には「極微細な気泡」が複数ありますが、この当時は正常品として出荷されていましたので写真にも影響ありません(一部塵/埃に見えます)。
光学系内の透明度が非常に高い個体です
但し一部の群でコーティング層経年劣化に伴う極薄いクモリがLED光照射で視認できます。
・いずれも全て実写確認で写真への影響ありません。

↑17枚の絞り羽根による「ほぼ真円に近い」円形絞りです。もちろん油染みは残っていませんし赤サビも可能な限り除去してあるので絞り環共々確実に駆動します。

経年の使用感を僅かに感じる筐体ですが、当方による「磨きいれ」を施したので大変落ち着いた美しい仕上がりになっています。もちろん光沢感のあるとても美しいブライトブラックですから精悍な佇まいなのが嬉しいです。

↑【操作系の状態】(所有マウントアダプタにて確認)
・ヘリコイドグリースは「粘性:軽め」を塗布し距離環や絞り環の操作性はとてもシットリした滑らかな操作感でトルクは「普通」人によって「重め」に感じ「全域に渡って完璧に均一」です。
・距離環を回すとヘリコイドのネジ山が擦れる感触が伝わる箇所があります。
・絞り環操作も確実で軽い操作性で回せますが人により「重め」のトルクに感じるかも知れません。
・ピント合わせの際は極軽いチカラで微妙な操作ができるので操作性は非常に高いです。

【外観の状態】(整備前後関わらず経年相応の中古)
・距離環や絞り環、鏡胴には経年使用に伴う擦れやキズ、剥がれ、凹みなどありますが、経年のワリにオールドレンズとしては「超美品」の当方判定になっています (一部当方で着色箇所がありますが使用しているうちに剥がれてきます)。

↑今回1年掛かりで「ブラックの前期型」を探しましたが、当初届いた時は失敗したかと思うほど距離環/絞り環の固着が酷く、ほとんど回らない状態でした。しかしすぐに「潤滑油」のせいであると分かったのでバラすことができればトルク改善が期待できます。

但し、そうは言っても「潤滑油」のせいで固着化していた場合、経年使用でムリにヘリコイドを回そうとしていたハズなのでヘリコイドのネジ山摩耗は免れません。従って、どの程度「磨き研磨」でトルク改善ができるのかが大きな課題になります。

完璧なオーバーホールが終わって距離環を回すトルクは「重め」ながらも使い易い操作性に仕上がりました。絞り環側のトルクも「重め」ですがスカスカよりはマシでしょうか (シッカリした操作性と言う印象)。このモデルは絞り環側が独立した動きなので、距離環でピント合わせ後に絞り環操作してもピント位置がズレてしまう心配が一切ありません。

無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

↑前玉 (表面) に相応なカビ除去痕が残っていますが、せっかくなので (大のお気にモデルなので) 中古ですがちゃんとMCタイプのフィルターを用意しました。純正の樹脂製前後キャップが附属します (前キャップは被せ式/後キャップはexaktaの爪にネジ込み式)。

今回「exaktaマウント」を狙ったのには理由があり、この「前期型」の頃のタイプになると、ネジ込み式「M42マウント」の場合にマウントアダプタ経由装着した際、無限遠位置がアンダーインフ (無限遠が出ない/合焦しない) になることがある為、それを回避する目的でワザと「exakta」を選択しました。マウントアダプタ経由で装着しても必ず指標値が真上に来て無限遠位置も適切で安心です。

アンダーインフに陥る原因は、このモデルに「無限遠位置調整機能」が設計時点で考えられていない以上、過去メンテナンス時の「ニコイチ」の可能性が高く、調達時に確認のしようがないからです (調整のしようがない)。その意味で、何でもかんでも「M42マウント」に拘りが強すぎるとハズレに当たることもありますね(笑) 「M42マウント」のフランジバックによる相違は「解説:M42マウントアダプタにみるフランジバックとの関係」で詳説していますが、新旧2種類のフランジバックが存在するのが「M42マウント」です。

なお、当初バラす前の実写チェックでカメラボディ側ピーキングに反応しないくらい甘い印象のピント面だったのは、第2群の締め付けが緩んでおり (おそらく過去メンテナンス時に手締めしていた) 今回カニ目レンチでキッチリ締め付け固定したので本来のピント面に戻りました。

↑当レンズによる最短撮影距離90cm付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

これだけカリカリの鋭いピント面が出てくれば、さすがBiotarだと頷けると思います。

なお、この実写はミニスタジオで撮影していますが上方と右側方向からライティングしています。その関係でフードを装着していない為に絞り値の設定によりハレ切りが不完全なまま撮影しています。一応手を翳していますがハレの影響から一部にコントラスト低下が出てしまうことがあります。しかし簡易検査具による光学系の検査を実施しており光軸確認はもちろん偏心まで含め適正/正常です。

↑絞り環を回して設定絞り値「f2.8」で撮影しています。絞り環操作はクリック感を伴わない実絞りです。

↑さらに回してf値「f4」で撮りました。

↑f値「f5.6」に変わっています。

↑f値「f8」になりました。

↑f値「f11」です。さすが絞り羽根が閉じているのに「回折現象」がまだ視認できないレベルなのがたいしたものです。

回折現象
入射光は波動 (波長) なので光が直進する時に障害物 (ここでは絞り羽根) に遮られるとその背後に回り込む現象を指します。例えば、音が塀の向こう側に届くのも回折現象の影響です。
入射光が絞りユニットを通過する際、絞り羽根の背後 (裏面) に回り込んだ光が撮像素子まで届かなくなる為に解像力やコントラストの低下が発生し、ねむい画質に堕ちてしまいます。この現象は、絞りの径を小さくする(絞り値を大きくする)ほど顕著に表れる特性があります。

↑f値「f16」になりました。まだコントラスト低下/解像度低下が少ない画を維持しています。さすがですね。

↑最小絞り値「f22」での撮影です。さすがに「f22」になると「回折現象」の影響が出てきてコントラスト低下/解像度低下を招きます。