解説:M42マウントアダプタにみるフランジバックとの関係

オーバーホール/修理を承っていると時々クレームを頂くことがあります。例えばそのひとつにご依頼者様ご所有マウントアダプタに装着すると無限遠が出ない (合焦しない) と言うクレームがあります。どうしてそのような不具合が発生するのかと言えば、取りも直さず当方の技術 スキルが低いが故なので、このブログをご覧頂いている皆様も重々ご承知置き下さいませ。

今回は特に「M42マウントアダプタ」について解説したいと思いますが、他のバヨネット方式のマウントアダプタにも当てはまる内容ですので参考にして頂ければと考えます。
(Bayonet:バヨネットは爪などの類が互いに噛み合い引っ掛かり固定されるソケット方式)

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頂くクレームを精査していると一番感じるのは、日本人の「規格」と言うコトバに対する絶対的な認識が大きく影響しているように考えます。日本人にとってポピュラーな規格は「JIS」ですがドイツ連邦共和国では「DIN」です。

例えばよく頂くクレームの言い回しで「同じ規格の他のオールドレンズを装着すると問題が 無いのにアンタが整備したオールドレンズだけ無限遠が出ない (合焦しない)」などと言うのがありますが、この根底に流れている認識は「同じ規格」と言う暗黙の了承です。

仮にネジで考えた時にJIS規格に準拠したネジであれば同じJIS規格同士のオスメスでキッチリとネジ込みが完了するのが当たり前です。日本のJIS規格は相当厳しい規格であり、同時に日本の高水準な工業製産技術の裏付けも影響して世界の中で考えても絶大なる信用/信頼を勝ち得ているワケです。

然し、それは今の日本でのお話でありオールドレンズが製産されていた当時の話、ましてや 海外まで含めた世界規模での「規格」に対する各国の認識の相違まで勘案したコトバとして、そのまま受け取るとバカを見ます(笑) 特にオールドレンズの世界では何を以てして「規格」としているのかを認識できていない限り星の数ほど市場に出回っている様々なオールドレンズに対するリスクを回避することも難しくなります。

↑上の写真は今回の解説用に用意した合成写真ですので、使っているオールドレンズやカメラボディ等は参考程度でサイズなども正確ではありません。

デジカメ一眼/ミラーレス一眼にマウントアダプタ経由オールドレンズを装着した時、オールドレンズの光学系に入ってきた入射光 (赤色矢印) がカメラボディ内の「撮像素子 (オレンジ色)」に届いて写真が記録されます。カメラボディ側の撮像素子面の位置は丸を串刺ししたようなマークが必ずボディ上面に刻印されているのですぐに分かります。

オールドレンズを扱う上で重要な要素は幾つもありますが、その中で「マウントアダプタ」が大きく影響してくる要素として「フランジバック」があります。

フランジバック
レンズマウント面からカメラの撮像面 (フィルムカメラならフィルム面でありデジカメ一眼/ ミラーレス一眼ならば撮像素子の表面/露出面) までの距離を指す。

上の写真ではオールドレンズのマウント面からカメラボディ側のオレンジ色撮像素子面までの距離が「フランジバック」でありグリーンの矢印です。

↑「フランジバック」は上の解説グリーンの矢印の距離を指しますが、光学系後群側の「後玉端から撮像面までの距離」を意味する「バックフォーカス」とは違うので注意が必要ですが ネット上の解説でも時々混同して使われています (ブルーの矢印)。

今回の解説「M42マウントアダプタのフランジバック」を考えた時そもそも「M42マウント」とは何でしょうか?

ブラクチカスクリューマウント
内径42mm x ピッチ1mm」であるスクリューネジ込み式のマウントを指し一般的に「プラクチカスクリューマウント」と呼称され最近では単に「M42マウント」と呼ばれる。

そもそもこのマウント規格は戦前の旧東ドイツでドイツ系ユダヤ人の創業者が1915年に起業したカメラメーカーが1939年にフィルムカメラ「PRAKTIFLEX」を開発して特許登録したのがカメラ/レンズマウントとしてのスタート地点になりますが、創業者は逮捕されてしまい戦後には紆余曲折を経てPENTACON社へと特許権は移譲します。

マウントがネジ込み式でそのサイズなどは明確ですがネット上を調べてもその他の規格諸元値は不明瞭なままです。これが様々なトラブルの主因であり分かり難さに至っています。マウントの方式だけを知っても具体的な入射光を記録する為のその他の諸元値が不明なままでは何の判断材料にもなり得ません。ここがポイントになります。

M42マウントのフランジバック
(新) 45.46mm
(旧) 45.74mm

ネット上でもM42マウントのフランジバックは様々に解説されているので不明瞭ですが、四捨五入して「45.5mm」としている場合も多いです。ところが具体的な無限遠位置として考えた時に小数点以下1桁に丸めてしまうのは光学系の光路長として捉えると致命的な結果に結びつきます

その具体的な例が左図で1970年代のソビエト連邦の国立研究所たるGOI光学研究所に於ける光学諸元書分冊に載っている一例です。

当時のソ連製オールドレンズでさえも設計上の誤差として認められているのは小数点以下2桁目までであり左図では「±0.02」と掲載されています。

ここでの「M42マウント」フランジバックは「45.74mm±0.02」ですが前述では新旧として
2種類のフランジバックを掲載しました。つまりフランジバックそのものがM42マウント規格として捉えた時に新旧2種類存在するのです。

たかが1mm以下の寸法に何でそんなに拘るのかと文句言われそうですが(笑)、その1mm以下の違いは実際に距離環を回した時のヘリコイドの回転駆動として捉えると「距離環距離指標値の2〜3目盛分」にも相当するワケですから、必然的に無限遠位置のズレにも大きく影響を来します。

つまりM42マウント規格のオールドレンズは、より古い時代の個体とその後の個体とではフランジバックの相違がそもそも存在することをシッカリと認識する必要があります。

左図も同じGOI光学研究所の光学諸元書から引用しましたがネット上の解説とは全く異なる内容が載っています。

左図は中望遠のロシアンレンズ「JUPITER-9 85mm/f2 (M39)」の 諸元図ですがマウント規格は「M39」でやはりスクリューネジであり「内径39mm x ピッチ1mm」です。

ネット上やヤフオク!、或いは酷い場合にはカメラ店のネット通販でも間違った案内が平気でされています。

このロシアンレンズに於ける「M39」マウントは当時のZEINT専用マウントを指しフランジ バックは諸元書記載のとおり「45.2mm±0.02」です。

よく見かける話がM42マウントと同じフランジバックなので「M39→M42変換リング」を装着すれば (或いは装着して) 問題無く使えると言う案内ですがとんでもない(笑)

いったい「45.2mm」の何処が問題無いのでしょうか? それ故、JUPITER-9はマウント面の種別をちゃんと確認して手に入れないと無限遠が出ない (合焦しない) ことになります。そもそもこれらマウント規格「M42/M39」など頭に附随する「M」とはメートル表記だと言うことを示すのでマウント (Mount) の「M」でもありませんし、ましてライカ判スクリューマウント「L39」と「M39」とを混同するなど以ての外です。

L39のフランジバック:28.80mm
M39のフランジバック:45.20mm
M42のフランジバック:45.46/45.74mm

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ここまで長々と「フランジバック」について解説してきましたが、実際のマウントアダプタはどうなのでしょうか?

↑M42マウントのオールドレンズのフランジバック (グリーンの矢印) は前述しましたが、SONY製Eマウントのフランジバックは「18mm (赤色矢印)」が規格ですからM42マウントのオールドレンズをマウントアダプタ経由装着する際はその差がマウントアダプタの「商品全高 (ブルーの矢印)」になれば規格通りと言うお話です。
※上の解説図ではワザと撮像素子面の位置を離して載せています。

単純に互いのフランジバックを引き算すると・・、

M42:45.46mm ー SONY E:18mm =マウントアダプタ全高:27.46mm

・・です。

今回当方所有M42マウントアダプタ (SONY Eマウント用) を3種類用意し計測しました。
※デジタルノギスを使った手による計測なので正確ではありません

  

今回用意した当方所有M42マウントアダプタは以下になり、商品全高 (計測平均値) は・・、

Rayqual製M42→SONY Eマウントアダプタ (日本製) 全高:   27.57mm
K&F CONCEPT製M42→SONY Eマウントアダプタ (中国製) 全高:27.42mm
FOTGA製M42→SONY Eマウントアダプタ (中国製) 全高:    27.81mm

・・になります。何とマウントアダプタそれぞれの厚みが違うワケです。もっと言えば現行のマウント規格SONY Eマウントであるにも拘わらずオールドレンズ用のマウントアダプタ側はバラバラに作られているワケですね。その差は・・、

Rayqual製M42→SONY Eマウントアダプタ (日本製):   +0.11mm
K&F CONCEPT製M42→SONY Eマウントアダプタ (中国製):−0.04mm
FOTGA製M42→SONY Eマウントアダプタ (中国製):    +0.35mm

↑こんな感じで3種類のマウントアダプタ商品全高から見たフランジバック位置が出てきます。つまり前述の差分数値は「+」がアンダーインフになり「ー」がオーバーインフと言えます。
※「インフ」は英語のInfinity (無限) の略として日本で使われている和製造語です。

オーバーインフ
距離環距離指標値の無限遠位置「∞」の手前で無限遠合焦し「∞」に向かって再びボケ始める (つまり無限遠合焦している)。

アンダーインフ
距離環距離指標値の無限遠位置「∞」でも極僅かにフランジバックが足らず無限遠合焦しない (無限遠合焦していない/甘いピント面のまま)。

オーバーホール/修理を承っていてもこの「オーバーインフ/アンダーインフ」を逆に認識していてお話が複雑になってしまうことがあります(笑) 日本語的に認識してしまうと違った理解をするので英語的に考える必要があります。

以下、正しい認識ができるよう分かり易く解説しましょう・・。

仮に距離環を回した時に刻印されている距離指標値の「」で突き当たり停止しないと仮定しましょう。この時距離環を回してちゃんと遠方にピントが合っている無限遠位置を割り出し、その時距離環のその場所から「インフ刻印位置 () はオーバーしている状態」或いは「インフ刻印位置 () がアンダー (足りていない/到達していない) 状態」が正しい認識になります。

無限遠の合焦位置が「∞」から超過してしまっている意味のオーバーインフではありません (その逆も然り)。特にネット上の解説やプロの方のサイトでも逆の意味として間違った案内がされていることがあるので注意が必要です。

上図をご覧頂きコトバと重ねると分かり易いでしょう。ピント面がバッチリ合焦するグリーンのライン位置 (∞) に対し「左側がアンダーインフ (達していないので合焦しない/甘い描写)」であり ()「右側が合焦点 (∞) からさらに超過しているオーバーインフ」です (合焦点を含むので無限遠はちゃんと出ている)。

そこで正しく認識できたとすると一つの検証ができます。「アンダーインフ」の場合は距離環距離指標値の「」位置に到達するまで一切無限遠合焦せず、さらに「」位置に於いて距離環が突き当て停止しても相変わらず無限遠合焦していないままの状態を指すことになります。従ってその時無限遠合焦する位置は「」刻印からさらに先の位置だと言うことになるワケですが、これを逆に認識してしまうと市場に出回っている、或いは数多くの方々が所有しているほとんどのオールドレンズで「アンダーインフ」状態であることになってしまい、オールド レンズ沼の中で氾濫しているコトバとして多いのは「オーバーインフ」ではなく「アンダー インフ」のほうになってしまいます・・それも辻褄が合いませんョね?(笑)

なお余談ですが「∞」を「無限大」と表現すると数学的に考えた時に「限りなく大きくなっていく状態」を指すのでピタリと無限遠合焦していないことになってしまい辻褄が合いません (お互いの認識として曖昧な表現です)。数学では「無限小 (限りなく小さくなっていく状態)」があるので、光学レンズの世界では正しくは「∞=無限遠」ですね (画角内の無限遠位置から先遠方に向かって全ての距離に確実にピント合焦している状態)(笑)

さてストーリーからするとRayqual製マウントアダプタに対して「工作精度も高く信用/信頼できる日本製マウントアダプタなのに嘘を言うんじゃない!」と文句が来ますョ(笑) そもそも信用/信頼が無い当方が言っている話なので気にせずに読み進んで下さいませ。

このような結果が出てくるのは理由があります。冒頭の解説でM42マウントの規格に新旧が 存在したことを思い出してください。古いM42マウントのオールドレンズではフランジバックが「45.74mm」でした。従ってその数値で計算すると・・、

Rayqual製M42→SONY Eマウントアダプタ (日本製):   −0.17mm
K&F CONCEPT製M42→SONY Eマウントアダプタ (中国製):−0.32mm
FOTGA製M42→SONY Eマウントアダプタ (中国製):    +0.07mm

・・という結果になります。つまり日本製マウントアダプタ「Rayqualシリーズ」は古いM42マウントのオールドレンズにも対応させているワケです。逆に言えば、古いM42マウントの オールドレンズの時「 K&F CONCEPT製」ではオーバーインフ量がさらに増大することになります。一方「 FOTGA製」はいずれの場合でもアンダーインフでありそのままでは無限遠合焦はピント面の甘い描写になってしまうことがご理解頂けるでしょうか?

ちなみに当方では中庸を採ってM42マウントアダプタは「 K&F CONCEPT製」をオーバー ホール時の標準マウントアダプタとして必ず使っています。もっと言えば無限遠位置を調整 する際に必ずオーバーインフに設定している理由もご理解頂けるのではないでしょうか?

従ってシルバー鏡胴のオールドレンズではワザと「 FOTGA製」のマウントアダプタに装着する前提でオーバーホールして調整する場合もあります (アンダーインフ量が少ないために微調整だけで済むから)。マウントアダプタの良し悪しだけで判断せず逆にメリットとして使ってしまう逆発想の考え方ですね(笑)

また「 FOTGA製」のマウントアダプタはM42マウントのオールドレンズ側マウント面に 飛び出ている「絞り連動ピン」を強制的に押し込んでしまう「ピン押し底面」がマウントアダプタ側マウント面の内側に存在しない現在の市場で唯一手に入る「非ピン押しタイプ」です。ヤフオク! 出品者やプロの販売店の中には特にこのマウントアダプタを推奨している場合が ありますが、如何せんフランジバックの話は置き去りにしたままですね(笑)
(無限遠合焦しない可能性があることは蔑ろにされている)
ヤフオク! で海外ドイツから遙々出品していらっしゃる出品者様の出品ページを見ても、敢えて必要な場合には取引ナビで相談しろと記載されており、無限遠合焦しない可能性があることを公にしていません(笑) 売りたいが為のそのような出品ははたして如何なものかと感じますが、ヤフオク! で信用/信頼が非常に高い出品者様なので誰もクレームを付けませんね(笑)

結論として敢えて言うなら、マウントアダプタはスクリューマウント規格だろうがバヨネットだろうが規格上のどのフランジバックを使って設計しているのかの相違が顕在し、且つそれはどの程度のオーバーインフ量を踏まえているのかで製品全高が変化してくることを認識しなければイケマセン。手持ちの他のオールドレンズで問題が無いとしても、それはたまたまそれら問題の無いオールドレンズが過去メンテナンス時にオーバーインフ量を多く設定しているのかも知れません。オーバーインフ量はなるべく少ない方が使用される方は使い易く感じるだろうとギリギリの位置で調整した当方が悪いワケですが(笑)、ならばいったいどの程度のオーバーインフ量で調整すれば良いのでしょうか? そうお尋ねすると大抵の方が「少ない方が良い」と仰います(笑)

最近ヤフオク! でも整備済で出品している出品者が増えてきましたが、それ自体は良いことだと思います。然し問題なのは「マウントアダプタを選べます」と附属させている場合です。「汎用品のプレゼント品なので精度はご容赦ください。ピントの範囲が若干オーバーインフ側に寄っている (無限遠より先までピントがいく) 精度のバルク品でプレゼント品なのでご了承ください」などと平気で謳っています(笑)

この説明を読んでもスキルが低い当方には何を言っているのか良く分かりません(笑) 無限遠より先までピントが行くと言うのは何??? オーバーインフ側に寄っている??? インフ位置は「ピタリと合焦するかその前後でオーバーかアンダーしかあり得ない」ので、この寄るという意味も分かりません(笑) 自ら整備して出品しているのだからサービス品マウントアダプタに適合させた調整を施せば良いだけなのに、さすがプロなのでそれでもクレームは無いのでしょう。

当方は基本的にヤフオク! 出品時にマウントアダプタ装着のみに限定していません。ご落札者様がフィルムカメラに装着される場合でもトラブルがあれば対応していますし、それはオーバーホール/修理ご依頼を承っても同じスタンスです。それ故「オーバーインフ」に調整しているワケであり、仮にマウントアダプタをサービスで附属させる (装着使用に限定する) ならピタリと無限遠位置を適合させて工程を進めれば良いだけで、汎用品のサービス品なのだから精度は諦めなさいと言う思考回路が全く以て理解できませんね(笑) そんなモン貰っても何ともありがたく思いませんしマウントアダプタの代わりに貰えるフィルターも汎用品となればオールドレンズの光学系によっては逆効果だったりします (当方で用意するならハクバ製かマルミ製)。サービス品があるからお得ですなどと謳ってバカにするんじゃないョと言いたいですね。

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長々と解説してきましたが、くれぐれも当方の考察であり正しいのはちゃんと規格を調べて 設計生産している日本製マウントアダプタ「Rayqualシリーズ」の会社ですからお間違いなきようお願い申し上げます。当方が言っていることなどはそれらの会社やヤフオク! で有名な 出品者様の前では何ら信用/信頼にも価しません。

詰まるところ、M42マウントのオールドレンズは例えばシルバー鏡胴だったりした場合に規格上のフランジバックは「45.74mm (旧)」なのかも知れないワケです。それは例え黒色鏡胴だとしても違うのかも知れませんし、もっと言えば過去メンテナンス時にズレた位置で調整しているかも知れません。

従って、オールドレンズ側だけを疑っても意味が無いですし、自分が使っているマウントアダプタ側にも違いがあることを認識すると・・自ずとオールドレンズを使う時リスクが伴うのは必然なのだと気がつくのではないでしょうか。

要はマウントアダプタ製産会社がM42マウント規格の何を参考にしたのかで変わるため、販売会社も返品は受け付けないでしょうし、お金をムダにしない為には何処かしら因縁つける場所が必要だと言うのも人情なのでしょう・・(笑)