解体新書:Carl Zeiss Jena (カールツァイス・イエナ) Biotar 58mm/f2《後期型》(M42)写真

(以下掲載の写真はクリックすると拡大写真をご覧頂けます)
写真を閉じる際は、写真の外 (グレー部分) をクリックすれば閉じます

『解体新書』はヤフオク! などで「オーバーホール済/整備済」などを謳って
出品しているオールドレンズをゲットし、当方で再び解体して内部の状況を
調査していく企画です。
(当方の技術スキル向上のために参考にさせて頂くことを目的としています)

今回扱うオールドレンズはオーバーホール/修理ご依頼分として承りましたが、ヤフオク! にて整備済として出品されていた個体のようです。さらに海外で整備されていたとのお話なので、最近のヤフオク! でそのような条件で出品しているとなると、ドイツ辺りが思い浮かびます。
日本国内ならこのモデルをプロのフォトグラファーが自らバラして整備済でヤフオク! に出品していますが、何回かこの『解体新書』でも扱ったことがあります (別のモデル)。

なお、現在のヤフオク! でもそのプロのフォトグラファーが整備した、ロシアンレンズのINDUSTAR-61 L/Z 50mm/f2.8やCarl Zeiss JenaのFlektogon 35mm/f2.8など、落札後僅か1カ月〜数ヶ月で再び手放している出品者が居ます。それぞれ落札時の価格が23,000円や29,300円と、市場価格からすれば相当割高だったハズなので、どうして手放すのか理由を知りたいものですね。
(理由を知ることで当方も自ら実施しているオーバーホールの際に配慮したいと思います)

一応、当方でも自分が過去に整備したオールドレンズが再びヤフオク! に出回っているのを発見した時は、可能な限り落札して回収しています。回収する理由は、再び完全解体して内部の状況をチェックする為であり、特に塗布したグリースの経年劣化状況を調べるのが最大の目的です。取り敢えず、当方がオーバーホールを始めて8年が経過していますが、その間に回収した個体は1年目/2年目/3年目、そして4年目までが回収できています (但し1年目の個体だけはチェックの為に自ら手元に残していたモノ)。その中で4年経過した個体をバラしても、内部のグリース (黄褐色系グリース) は「ほぼ経年劣化が進行していない状態を維持」していましたから、今後の課題は5年目〜6年目辺りになるでしょうか。もちろん回収個体の、オーバーホール時点の調整箇所 (記録を残してある) や実際の使用感なども前所有者様にお聞きしています (皆さん手放したのを恐縮されますが)。救われるのは使い勝手が悪くて手放している方が、まだいらっしゃらない点でしょうか (本当に有難いです/頭が下がります)。ちゃんと活躍してくれたのだと分かると大変嬉しいですし、皆様本当にありがとう御座います!

  ●                

Biotarは戦前のドイツで、当初は1910年に開発されたシネレンズとして8.5cm/f1.8が考案されますが量産化までは進まず、1928年にはやはりシネレンズとして量産モデルが焦点距離2.5cm〜7cmまで揃えられたようです。1932年にはフィルムカメラのRoBoT用モデルとしてようやく4cm/f2モデルが登場し、後に1936年一眼レフカメラ用の「Biotar 5.8cm/f2と7.5cm/f1.5」が発売され1965年まで製産が続きました (その後Pancolarに継承される)。

今回扱うモデルは1936年に登場した「初期型」から「前期型/中期型」を経て、当時世界規模で流行ったゼブラ柄のオールドレンズへと移行する直前に発売された「後期型」であり、マウント面に「絞り連動ピン」を装備した「半自動絞り方式」を採り入れたM42マウントモデルです。その意味で後のゼブラ柄モデルで採用された「自動絞り方式」への過渡期モデルとも言えます (Biotarには自動絞りタイプは存在しない)。

【モデルバリエーション】
オレンジ色文字部分は最初に変更になった諸元を示しています。

初期型-I (左) 〜 初期型-II (右):1936年発売
絞り羽根枚数:8枚 (初期型-IIは不明)
最短撮影距離:90cm
プリセット絞り機構:無
最小絞り値:f16

前期型-Ⅰ前期型-Ⅲ
絞り羽根枚数:17枚
最短撮影距離:90cm
プリセット絞り機構:無
最小絞り値:f22

中期型-Ⅰ
絞り羽根枚数:12枚
最短撮影距離:50cm
プリセット絞り機構:
最小絞り値:f22

中期型-Ⅱ
絞り羽根枚数:10枚
最短撮影距離:50cm
プリセット絞り機構:有
最小絞り値:f16

後期型
絞り羽根枚数:10枚
最短撮影距離:60cm
プリセット絞り:有
絞り連動ピン:
最小絞り値:f16

この中で「前期型-Ⅰ前期型-Ⅲ」については過去に整備した時の掲載が「こちらのページ」にあるので興味がある方はご覧下さいませ。

なお、ネット上を見ているとこのBiotarの次に登場したモデルを「Pancolar 50mm/f1.8」と解説しているサイトがありますが、正確ではありません。

Biotar 58mm/f2 Flexon 50mm/f2 Pancolar 50mm/f2 Pancolar 50mm/f1.8

これが当時の正しい時系列で見たモデルの変遷です。この中でBiotarFlexonまでがシルバー鏡胴ですが、FlexonはGutta Percha (ガタパーチャ:合皮製ローレット巻) タイプです。またその後ゼブラ柄Pancolarを経て黒色鏡胴のPancolarへと移っていきます。

ロシアンレンズのHELIOS 44シリーズがこのBiotarの「初期型」光学系を模倣して開発されたワケですが、同じ4群6枚のダブルガウス型光学系を実装していてもその描写性は全く別モノで本家Carl Zeiss Jena製Biotarのピント面は鋭く、且つ画全体的な繊細感を漂わしているのに対し、HELIOS 44シリーズは骨太なエッジと共に少々ダイナミックレンジが狭いト〜ン表現に終始します。特にダブルガウス型光学系でよく語られる「グルグルボケ」に関しては、Biotarのほうが大人しめでHELIOS 44シリーズが逆に誇張的です。

つまりCarl Zeiss Jena製Biotarは諸収差を上手くまとめてバランス良く仕上げたのに対し、HELIOS 44シリーズは全てに於いて大雑把な性格と言う印象を受けます。最近のSNSでHELIOS 44シリーズのウケが良いのは、むしろその残存収差の表現が人気になっているとも言えますね (価格的にも手頃)。

   
   
   

上の写真はFlickriverで、このモデルの特徴的な実写をピックアップしてみました。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。

一段目
左端からシャボン玉ボケが円形ボケへと変わっていく様を集めてみました。

二段目
背景ボケに収差の影響が現れている、或いは逆にトロトロボケになりピント面が強調されすぎて立体的に写ってしまった写真を揃えました (右端)。

三段目
ピント面のエッジの繊細さ (左端) と人物のリアルさ被写界深度に逆光時のゴーストです。

光学系は典型的な4群6枚のダブルガウス型構成で、もちろん「初期型」から最後の「後期型」まで変わりませんが、世代間で細かな仕様変更があったために光学系がその都度再設計されています。

まずは1936年時点の「初期型」です。Biotarのバリエーションの中では最も最短撮影距離が長い90cmですが「歪曲絞り」を使っていたので、光学設計も必然的に特殊です (ネット上に案内されていません:オーバーホール工程のご案内はこちら)。

収差が良く改善されているのが本家Carl Zeiss Jena製Biotarの特徴ですが (コピーしたHELIOS 44シリーズのほうが収差が多い)、その中にあって残存収差が多くピント面の鋭さもマイルドでもあります。

最短撮影距離が50cmに変わった「中期型」の段階で光学系は再設計されており一般的なオールドレンズと同じ絞り羽根の方式に更新されています。Biotarの光学系設計としては完成形に到達しており、上手く収差を改善させてピント面の鋭さも確保しています。コントラストは高めですが発色性自体はナチュラルなのでピント面のエッジが細い分、画全体が繊細感のある印象を受けます (オーバーホール工程はこちら)。

マウント面に「絞り連動ピン」を装備してきた「半自動絞り方式」の「後期型」時点で、再び最短撮影距離が変更になり60cmと却って性能面では後退してしまいました。Biotar「後期型」だけの内部構造をみても結論は見出せませんが、その後に登場するゼブラ柄モデルで様々な思考錯誤を繰り返して完全な自動絞り方式を採用した黒色鏡胴へと移行していった変遷を辿ると、実は「絞り連動ピン」からのチカラ伝達経路に相当苦労していたことが分かります (世代/モデル別に仕組みや概念がバラパラ)。その意味で黒色鏡胴に至って採用してしまった (様々な経年劣化に伴う問題点が発生する)「プラスティック製パーツの多用」は、当時の従業員数が4万4千人規模まで巨大化してしまったCarl Zeiss Jenaにとっては、有難い解決方法だったのかも知れません (ロマンは広がります)。

最短撮影距離60cmと仕様が変わったことで光学系も再設計され第1群 (前玉) が薄くなり第2群に厚みを採っています (もちろん第3群〜第4群も極僅かに中期型とはサイズが違う)。なお、右図は今回バラして清掃時にデジタルノギスで計測してほぼ正確にトレースした構成図です (各硝子レンズのサイズ/厚み/凹凸/曲率/間隔など計測してトレースしました)。

結局、世界規模で浸透してきたライカの50mmを標準レンズ域とした概念が影響し、Carl Zeiss Jenaも焦点距離を58mmから50mmへと変更する必要性を感じてBiotarシリーズは終焉を迎え「Flexon 50mm/f2」へと世代が受け継がれ最終的にPancolarに至ります。

実は当方で今回の「後期型」Biotarを扱うのは3年ぶりです。それ以来、普段オーバーホール済でヤフオク! 出品する際は、この「後期型」には手を出しません。その最大の理由は「半自動絞り機構」だからです。非常にムリをした設計でマウント面の「絞り連動ピン」からのチカラ伝達をしている為、その調整をするのが厄介だから敬遠している次第です。同じことはゼブラ柄のモデルになってさらに厄介な調整に至っているので、同様手を出しません(笑)

ヤフオク! を見ていると、プロのフォトグラファーが好んでゼブラ柄FlektogonやPancolar、或いは今回の「後期型」Biotarを整備済で出品していますが、絞り羽根が閉じていく際の開閉幅 (開口部の大きさ/入射光量) 或いは「絞り連動ピンからのチカラ伝達経路調整」など (解体した掲載写真を) 見ていると、ちゃんと検査して調整していないことが判明しています。

特に今回の「後期型」Biotarでは肝心な調整必須箇所である「半自動絞り機構」を一切解体せずに溶剤丸ごと漬けしているだけなので (掲載写真を見るとバラしていないから) 整備済とは言ってもはたして何の為の整備なのかと思ってしまいますね(笑)

↑こちらの写真は当初バラし始めた時の鏡胴「後部」写真で、マウント部と共にヘリコイド (オスメス) を含む距離環になります。今回の個体は海外で整備されてヤフオク! 出品されていた個体なので、海外整備となるとおそらくドイツではないかと推測しています。

上の写真をご覧頂くとヘリコイドのネジ山には「白色系グリース」が塗布されており少しだけハミ出ています。ほんのりと薄く「グレー状」に変質している状態なので、整備されてからまだ1年内と予測しています (白色系グリースは白色だが塗布するとアルミ合金材摩耗によりグレー色に変質するから)。

本来バラす必要がないくらい距離環を回す際のトルクは軽めでしたが、そうは言っても僅かなトルクムラが残り、且つ独特な細かく擦れる抵抗/負荷/摩擦を感じるトルク感だったので「白色系グリース」が塗布されているとすぐに分かります(笑)

オーバーホール/修理ご依頼内容は「開放時に絞り羽根が顔出ししている」との話ですが、現物をチェックすると以下の問題点が出てきました。

【当初バラす前のチェック内容】
 距離環を回すと白色系グリース独特な感触だが僅かにトルクムラがある。
(距離環刻印距離指標値:0.8〜3m辺りでトルクが変わる)
半自動絞りの反応が緩慢 (プリセット絞り環が戻りにくい)。
 開放時に絞り羽根が顔出ししており完全開放していない。
第1群 (前玉) 裏面に汚れ状あり。

【バラした後に確認できた内容】
バラすと白色系グリースの「粘性:軽め」が過去メンデ時に塗布。
半自動絞り機構部にも白色系グリース塗布。
開放時の絞り羽根顔出しの原因が判明。

↑こちらは当初バラしている最中に撮影した光学系前群側の写真です。見ると第1群 (前玉) 裏面に汚れ状が相当な領域で残っており、とても過去メンテナンスしたとは言い難い状況ではないかと考えます。ちゃんと写真を撮る前に前玉を清掃してみたら除去できなかったので裏面だと判明した次第です。

↑前玉を取り外して開放時に絞り羽根が顔出ししている状況を撮影しました。撮影角度を少しだけ斜めにして撮ったので、絞り羽根が顔出ししている状態が分かると思います (写真下手クソでスミマセン)。

  ●                

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。「半自動絞り機構」まで完全解体すると上の写真のとおり非常に長いスプリング (反発式コイルばね) が必ず出てきます。一方手前側に写っている短めのスプリングは「引張式コイルばね」です。この「反発/引張」の相違が整備時の調整には相当重要になってきます。

前述のプロのフォトグラファーはヤフオク! 出品ページ掲載で「出品価格が上がりすぎないよう整備する際に完全解体とは考えていない」と謳っていますが、このモデルで最も重要な箇所は「半自動絞り機構の調整」であり、それがそのまま絞り羽根の開閉異常に繋がってくるので (フィルムカメラ装着時はさらに絞り連動ピンとの連係動作にも影響大)、せっかく整備するのに完全解体しない理由が当方には理解できません(笑) さすがプロだと完全解体せずにキッチリ整備できてしまうのだと感心させられますが、当方は可能な限りバラして逐一検査/調整して積み上げていかなければ納得できる仕上がりには至りません。如何に当方の技術スキルが低いのかをまさに物語っている話であり、本当に恥ずかしい限りですね(笑)

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。

↑10枚の非常に薄いペラペラの絞り羽根 (厚み:0.3〜0.5mmくらい) を組み付けて絞りユニットを完成させます。

↑完成した鏡筒を立てて撮影しました。光学系の設計が4群6枚のダブルガウス型構成なのに鏡筒を深く採ってきた理由はたった一つ「半自動方式と連係するプリセット絞り環」だからです。手動絞り (実絞り) 方式の (先代の) Biotarの設計を継承したまま「半自動絞り機構」を採り入れたので、このようなことになってしまいました。

↑特に後群側が後から組み込むのが大変なので、ここで先に光学系前後群を組み込んでしまいます。

↑さて、いよいよ問題の「半自動絞り機構」との連係動作で駆動している「プリセット絞り環」の工程に入ります。上の写真は全ての内部構成パーツを取り外して、当方による「磨き研磨」を終わらせた状態で撮影しています。

↑こんな感じで取り外していた構成パーツも「磨き研磨」を施して組み込みます。

絞り値が刻印されている絞り環を兼ねる「プリセット絞り環」を回して希望する絞り値にセットすると、上の写真「チャージ環」がカチッとロックされます。そしてフィルムカメラ (当時の装着対象はフィルムカメラだったから) でシャッターボタンを押し込むと、同時にマウント面の「絞り連動ピン」が押し込まれて瞬時に絞り羽根が設定絞り値まで閉じます。

ここで一つ皆様に申し上げたいのは、この「半自動絞り方式」の頃のオールドレンズでは、マウント面の「絞り連動ピン」の役目は単に「ロックの解除」だけだったので、その後主流になった「自動絞り方式」での「絞り連動ピンが押し込まれる量の分だけチカラが伝達される」考えた方では無い点です。

つまりこのモデルでは「絞り連動ピン」を押し込むチカラの強さは一切関係なく、極僅かでも押し込まれるとすぐに「チャージ環のロック解除動作」に至ります (それが半自動絞り方式の概念)。

従って、上の写真のように「チャージ環」を戻すチカラが必要になるので「反発式コイルばね (圧縮されてから戻る反発するチカラを目的としたスプリング)」が組み込まれるワケです。

ここで冒頭問題点のプリセット絞り環の戻りが緩慢と言う点は、まさにこのスプリングの経年劣化による反発力の消失ですから、金属製のスプリングである以上、消失してしまった反発力を元に戻すには限界があります。従って、可能な限り「磨き研磨」することで余計な抵抗/負荷/摩擦を排除して反発力を維持できるよう処置した次第です。

つまりここを解体しない限り「半自動絞り機構」のチカラの問題を改善できないので、当方では必ず完全解体するワケです。

↑完成したプリセット絞り環を鏡筒にセットして附随する「開閉アーム」を取り付ける前に解説用に撮りました。

この「開閉アーム」にも短めのスプリングが附随しますが、こちらは「引張式コイルばね (引っ張られたあと元に戻すチカラを目的とした使い方)」のスプリングです。このスプリングのチカラがちゃんと強いままを維持していればマウント面の「絞り連動ピン」が押し込まれると同時に瞬時に絞り羽根が設定絞り値まで閉じるワケですね。

今回の個体をチェックするとこの「引張式コイルばね」は適切なチカラを維持していました。ところが問題だったのは、上の写真で解説している「硬質ゴム」です。何故、このような箇所にゴム材を使ってしまったのかが不明ですが、硬質ゴムと言っても今現在の品質に比べるとだいぶ劣ります。考えるに「硬質ゴム」ではなく金属製で用意してしまった場合に「開閉アーム」がスプリングのチカラで瞬時に戻る際、相当大きな音で突き当たっていたと予測できますから、その突き当たる音を少しでも和らげる (小さい音にする) 為に「硬質ゴム」を使ったのではないかと考えています。

マウント面の「絞り連動ピン」のロック解除に伴い、この「開閉アーム」が非常に強いチカラで引き戻されて絞り羽根を閉じますから、そのチカラ全てがこの「硬質ゴム」部に一極集中します。

残念ながら、今回の個体が開放時に絞り羽根が顔出ししていた原因は、この「硬質ゴムの経年劣化」だと言えます。経年で擦れ減っていくと同時に押し潰されるのでカタチ自体も変形してしまいだいぶ短くなってしまいました (本来はもっと角張って飛び出てきているべきカタチをしている)。

つまりこの「硬質ゴム」が擦り減った分がそのまま絞り羽根の開放時顔出し量と一致していると言えます (実際検査してチェック済)。

↑実は、当初は完全解体せずに個別箇所の調整だけで済むと予測していたのですが「プリセット絞り環の戻りが緩慢」となると、下手すれば「絞り連動ピンロック解除」機構部の問題があるのかも知れません。すると鏡胴「後部」側のヘリコイド (オスメス) もバラさなければならず、結局完全解体に至ってしまいました (つまり仕方なくバラした)。

写真解説のとおりマウント面に飛び出ている「絞り連動ピン」が押し込まれる (ブルーの矢印②) と「カム」がパチンと外れて向きを変える () ので、鏡筒に附随する「開閉アーム」が勢いよく戻って絞り羽根が設定絞り値まで瞬時に閉じる仕組みです。

この時、実は一番最初に「プリセット絞り環」を回して設定絞り値にセットしているので、その時に上の写真「カム」が一旦カチッと填ってロックされる (開閉アームを引き留めてロックする) ので、操作としてはプリセット絞り環を回すのが最初なのでブルーの矢印①と言うことになり、その後「絞り連動ピン」が押し込まれるから順番で言えばです。

従って「開閉アーム」をロックする「カム」の反発力 (ここにもスプリングが介在するから) が弱っていれば、必然的に抵抗/負荷/摩擦が増大するのでプリセット絞り環の戻りが緩慢になります。つまり鏡胴「後部」まで解体してチェックする必要性が生じたワケですね。

この後は完成している鏡胴「前部」を組み付けて無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行い、最後にレンズ銘板をセットすれば完成です。

修理広告     DOHヘッダー

ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑結局完全解体してしまいました。ご依頼者様のご指示では絞り羽根の顔出し調整だけとのご依頼でしたが申し訳御座いません。

レンズ銘板にはこの当時のモノコーティングを表す「T」刻印がありませんが、ちゃんと光学系にはモノコーティング「T」が施されています (この時代に入ると刻印する必要性が無くなり省くようになった)。

逆に言うとCarl Zeiss Jenaが当時の旧東ドイツ国内で競合していたほぼ全ての大きな光学メーカーを吸収してしまった為に「T」とか「V」とか刻印する必要性が失せたとも言えます (1989年ベルリンの壁崩壊事件時に残っていた主要光学メーカーはCarl Zeiss Jenaだけだったから)。

このようにオールドレンズは、当時の時代背景 (光学メーカーの栄枯盛衰) や光学系設計の発展、或いはコーティング層蒸着技術の経緯などを知らないと「ZeissのT」だけが一人歩きして人気を博してしまうので、それがそのまま市場での拘りとして残っていたりします(笑)

実はちゃんとモノコーティング「T」が蒸着されているのに、レンズ銘板の「T」刻印有無を希少価値としてオークションでも価格を吊り上げていたりしますし、それに惑わされて実際に評価が高かったりします(笑) かく言う当方も現実的な話として「T付」のほうが人気があるのでそれに拘って調達していたりします (心とは裏腹に)(笑)

↑光学系内は非常に透明度が高い状態を維持した個体ですが、残念ながら第1群 (前玉) 裏面に極僅かなクモリが残っています。

冒頭問題点の第1群 (前玉) 裏面の汚れ状は、光学硝子レンズをバラして1枚ずつ清掃したところ「汚れ」ではなく「コーティング層に繁殖していた微細なカビ」でした。

このことからドイツ国内で整備された時点で「カビの除去」が完璧ではなかったことが判明してしまいます。つまり光学系の清掃時に使っているのは「清掃液」だけで「カビ除去薬」を使っていないことが判ってしまいました。何故なら、当方での清掃ではちゃんと「カビ除去薬」も使っているのでキレイに除去できたからです (但しコーティング層に浸食してしまったカビ除去痕だけが極僅かに残っている)。

残ってしまったカビ除去痕は僅か3mm大程度なので (パッと見で指紋痕にも見えてしまう) 非常に薄いこともあり写真には一切影響しません。むしろ斜めから覗いても冒頭写真のように具体的な「相当な領域での汚れ状」として視認できないので良かったです。

そして、ご依頼内容であった「開放時の絞り羽根顔出し」はご覧のとおりほぼ完璧に修復しました。このモデルには「絞り羽根の開閉幅調整機能」が設計段階で装備されていないので、前述のように経年で擦り減ってしまった「ゴム材」は元の大きさに戻せません。仕方ないので別の手法で「手を加えた (改修)」次第です。従ってその分のご請求を加算させて頂きます、申し訳御座いません・・。

↑光学系後群内も (前群も含め) LED光照射でもコーティング層劣化に伴う極薄いクモリすら皆無です (前玉裏面のカビ除去痕のみ残っている)。その他一見すると「/」に見えるのは「極微細な気泡」ですから、もちろん除去などできません。

この当時の光学メーカーは、光学硝子材精製時に一定の時間規定の高温を維持し続けた「」として「気泡」を捉えており「正常品」として出荷していました。写真への影響はありません。

↑もちろん10枚の絞り羽根もキレイになりプリセット絞り環 (絞り環を兼ねる) 共々確実に駆動しています。

↑塗布したヘリコイドグリースは黄褐色系グリースの「粘性軽め」を塗りました。従って当初バラす前の「白色系グリース (粘性軽め)」と比較すると少々「重め」の仕上がり状態です。そうは言っても実際のピント合わせ時には極軽いチカラだけで微動できるので、むしろピント合わせの時は当初より軽く微動できるので操作性が向上しています。もちろん「全域に渡ってシットリした操作性」に調整済ですが距離環を回した時の「僅かなトルクムラ」は原因不明でそのまま残っています。申し訳御座いません・・。

トルクムラに影響を来す「直進キー/直進キーガイド」部分もチェックしましたが具体的な原因が判明しませんでした。

筐体外装は経年の使用感を殆ど感じさせない程、そもそも大変キレイな状態を維持した個体でしたが当方による筐体外装の「磨きいれ」を施したので、当時のような艶めかしい眩い光彩を放っています (写真が下手クソですが現物は持った時の指の指紋が残って気になるほどピッカピカです)。

筐体外装を見ると刻印指標値がだいぶ経年褪色していたので、視認性向上の為に「着色」しています。

無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

↑上の写真でグリーンの矢印で指し示していますが、何とこの個体は非常に珍しい「ミスタイプ (刻印)」の個体でした。当方もBiotarでは初めてかも知れません。刻印絞り値が「2・2.8・8 (4)・5.6・8 11 16」の順になっていますが、正しくはかっこで示した (4) であり「f4」ですね(笑) よくこんな個体が外に出てきたものですね、もの凄く希少価値があると思います。

上の写真は「半自動絞り方式」との関係で操作する「プリセット絞り環 (絞り環兼ねる)」の操作方法を解説しています。撮影する前に予め設定絞り値を決めておき、その絞り値にプリセット絞り環を回してセットしなければイケマセン。

プリセット絞り環」が開放位置「f2」に来ている時、マウント側方向に引き戻して (クッション性がある:ブルーの矢印①) 設定絞り値「f4 (刻印は8)」にセットする為にプリセット絞り環を回して基準「」マーカーに合わせるとカチッと言う音がして填ります ()。そしたら指を離して () 距離環を回しピント合わせを行う (この時絞り羽根は開放状態を維持している) とフィルムカメラのシャッターボタン押し下げと同時に瞬時に絞り羽根が設定絞り値「f4」まで閉じます。

これが「ピン押し底面」タイプのマウントアダプタ経由デジカメ一眼/ミラーレス一眼に装着した場合は、マウント面の「絞り連動ピン」が押し込まれたままですからプリセット絞り環を前述の要領で操作して設定絞り値まで回すと、その時「絞り羽根も一緒に閉じていく」手動絞り (実絞り) 状態になりますね (半自動絞りの機能は相殺されている)。但し、そうは言っても「プリセット絞り機構」はそのまま機能していますから設定絞り値をプリセットしていく操作方法は同じままです (プリセット絞り環を回してカチカチとハメ込む使い方)。

黄褐色系グリースを使ったので、距離環を回すトルク感が「重め」ですが、ちゃんとピント合わせ時にはストレスにならない軽い微動を実現しています。極僅かなトルクムラが残ってしまいましたが、それも黄褐色系グリースのせいで当初よりは低減できています。

また問題だった開放時の絞り羽根顔出しは、ほぼ完全開放しています (ほぼと言うのは実際は絞り羽根が顔出ししているが絞りユニット開口部の縁まで到達していないので入射光レベルは遮っていないから)。

結局のところ、ドイツ国内で整備されたのは塗布されていた「白色系グリース」の経年劣化状況から1年内と推測できますが (つまりまだ新しい)、そうは言っても単にバラして溶剤で洗浄した後、単に新しくグリースを塗布して組み立て直しただけと言う、何ら検査/調整していない過去メンテナンスでした。

もっと言うなら、開放時に絞り羽根が顔出ししていた個体である点をシッカリ出品者がヤフオク! の出品ページで告知しないと決して「公正とは言えない」と思います。それほど写真だけでは分かりにくい位置で絞り羽根が顔出ししていたので (しかしちゃんとチェックすればすぐに分かる)、開放で撮影してこそこのモデルのボケ味を愉しめると言え、完全開放していないのはショックだと考えます。

その意味で、このドイツから出品している出品者は、自ら何ら整備した経験が無い為に (ドイツ国内の整備者に委託しているから) 具体的な問題点をチェックする目を持っていないといつも考えます (時々出品している個体を見ていると問題を含んでいることが発見できているから)。確かにこの出品者自らが出品ページに掲載するくらいなのでドイツ国内では有名な整備者なのかも知れませんが、その技術スキルはそれほど有名と言えるようには思えません。

何故なら「白色系グリース」に頼った整備、つまりは「グリースに頼った整備」をしているからであり、このオールドレンズが製産された当時に使われていたであろう「黄褐色系グリース」を使わずに容易にトルク改善しているからです。もっと言えば、僅か1年足らずでオールドレンズ内部に揮発油成分が廻り始めている事実自体が当方には問題に見えてなりません (白色系グリースが既に液化し始めているから)。しかも第1群 (前玉) 裏面のカビを除去していない事実も、何の為に整備したのか理解できません。

もちろん技術スキルが低い当方の意見なので、信用/信頼面から適わないのは百も承知です。しかし、せめてカビの除去くらいは整備する以上は処置して欲しいと考えますし、それをそのまま出品してしまう (完全開放していない点を告知しない) 出品者もどうなのかと思ってしまいますね。

かく言う当方も信用/信頼が非常に低いのは当方のヤフオク! 評価をご覧頂ければ一目瞭然ですが、今回は『解体新書』企画としてオーバーホールしてみました。

↑当レンズによる最短撮影距離60cm付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

なお、この実写はミニスタジオで撮影していますが上方と右側方向からライティングしています。その関係でフードを装着していない為に絞り値の設定によりハレ切りが不完全なまま撮影しています。一応手を翳していますがハレの影響から一部にコントラスト低下が出てしまうことがあります。しかし簡易検査具による光学系の検査を実施しており光軸確認はもちろん偏心まで含め適正/正常です。

当初バラした際に、光学系の光学硝子レンズ各群の締め付けが「カニ目レンチですぐ回せる状態」だったので (つまり硬締めしていない) 当方のオーバーホール工程ではキッチリ締め付けています。その結果、当初バラす前の時点でチェックした実写と比較すると、極僅かですがピント面の解像度が鋭く向上したような印象を感じました。ご依頼者様が実際にご使用になってどのように感じられるでしょうか。

↑プリセット絞り環を回して設定絞り値「f2.8」で撮影しています。

↑さらに回してf値「f4」で撮りましたが、プリセット絞り環上の刻印では最初の「8」です。

↑次のf値「f5.6」で撮影しています。

↑f値は「f8」になりました。

↑f値「f11」です。

↑最小絞り値「f16」での撮影です。「回折現象」が出ているので極僅かにコントラスト低下を招いています。

 回折現象
入射光は波動 (波長) なので光が直進する時に障害物 (ここでは絞り羽根) に遮られるとその背後に回り込む現象を指します。例えば、音が塀の向こう側に届くのも回折現象の影響です。
入射光が絞りユニットを通過する際、絞り羽根の背後 (裏面) に回り込んだ光が撮像素子まで届かなくなる為に解像力やコントラストの低下が発生し、ねむい画質に堕ちてしまいます。この現象は、絞りの径を小さくする(絞り値を大きくする)ほど顕著に表れる特性があります。

大変長い期間お待たせしてしまい本当に申し訳御座いませんでした。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。