◎ CHINON (チノン) AUTO CHINON MCM 55mm/f1.7 MULTI COATED LENS MACRO(M42)

(以下掲載の写真はクリックすると拡大写真をご覧頂けます)
写真を閉じる際は、写真の外 (グレー部分) をクリックすれば閉じます


オーバーホール/修理ご依頼分ですが、当方の記録用として掲載しており
ヤフオク! 出品商品ではありません (当方の判断で無料掲載)。
(オーバーホール/修理ご依頼分の当ブログ掲載は有料です)


ありきたりな当時の標準レンズ域モデルなので市場に頻繁に出回りそうにも考えますが、実際は海外オークションebayでも年に数本レベルでしか流れません。当時一時的に日本の光学メーカーが流行らせようと試みて挫折した「疑似マクロレンズ」の類です。

この「疑似マクロレンズ」と言う呼称は当方が勝手に命名したのですが、既存の標準レンズの最短撮影距離をムリヤリ短縮化させて1/3倍撮影などを実現させた標準レンズの番外編のようなタイプです。本格的なハーフマクロ (1/2倍撮影) や等倍マクロレンズには至らず、かと言って標準レンズより極端に寄れるモデルの事をそのように呼称しています(笑)

当時、まるで火が付いたかのように一気に国内の各光学メーカーが挙って発売しますが、市場のウケは期待にも及ばすいつの間にか潰えていった (つまりフツ〜の標準レンズに絞られていった) ちょっとした付加価値を狙ったモデルだったのではないかとも考えます。

然し、実際にはその火付け役がちゃんと存在しており、スイスのKern ARRAU (ケルン・アーラウ) から当時発売されていた、やはり最短撮影距離28cmまで近接撮影できる標準レンズ「KERN-MACRO-SWITAR 50mm/f1.8 AR (ALPA)」などです。

距離環を回してズズ〜ッと鏡筒を繰り出していく様は操作するだけでも楽しいものです(笑)

本家の純然たるスイス製MACRO-SWITARの描写性は、近寄ればトロトロのボケ味になり離れれば非常にリアルな画造りを愉しめる、まさに付加価値を堪能できる「疑似マクロレンズ」だと感じ入ります。

そもそも個体単価が非常に高額ですし、マウント規格が「ALPAマウント」なのも敷居が高い一因ですが、では今回扱うCHINONの「MCM」の描写性はどうなのでしょうか?

すると、相当MACRO-SWITARを意識して光学設計していた事が覗える画造りで、然しそこにはちゃんと『富岡光学製』の味が加味されていると言う、また海外モノとはひと味違う写りを愉しめると評価しています (決して真似モノとは結論し難い逸品です)。

  ●               ● 

今回扱うモデルも『富岡光学製』と当方は捉えているのですが、そのように案内すると「何でもかんでも富岡光学製にしてしまう」とSNS等で批判対象になるようです(笑)

その根拠の基になるモデルがあり、レンズ銘板に刻印されている発売メーカー刻印以外に「TOMIOKA」銘を刻んでいるいわゆる「ダブルネーム」のオールドレンズが存在します。

AUTO CHINON 55mm/f1.4 TOMIOKA (M42)」の特異的な構造要素から判定しています (右写真は過去オーバーホールした際の写真)。

具体的には『富岡光学製』の構造的な要素 (特徴) として大きく3点あり、いずれか1点、或いは複数合致した時に判定しています。

M42マウントの場合に特異なマウント面の設計をしている (外観だけで判断できる)。
内部構造の設計として特異な絞り環のクリック方式を採っている (外観だけでは不明)。
内部構造の設計として特異な絞り羽根開閉幅調整方式を採っている (外観だけでは不明)。

上記3点は今までに2,000本以上のオールドレンズを扱ってきて、富岡光学以外の光学メーカーで採っていない設計なので『富岡光学製』判定の基準としています。

今回扱いモデル『AUTO CHINON MCM 55mm/f1.7 MULTI COATED LENS MACRO (M42)』は、上記判定ののみ適合しており、当時のM42マウント規格のオールドレンズ中で同一の設計仕様品は存在しません (外観だけではなくバラした上での内部構造面から判断)。

すると『富岡光学製』だとしても、冒頭解説のとおり当時一気に流行った「疑似マクロレンズ」として捉えた時、その原型モデルたる標準レンズが必要になります。

左写真はその極一部のOEM品写真ですが、アメリカの建材会社「GAF」が当時扱っていた光学製品販売部門で自社ブランド品として売り出していた標準レンズ「AUTO GAF 55mm/f1.7 (M42)」です。

この55mm/f1.7のみに関し海外向けOEM輸出品として当時富岡光学は非常に多くのモデルを出荷していたようです (その一部は特集ページでご案内しています)。但し、例えば今回のCHINONでも他の焦点距離「50mm/f1.7」などは富岡光学製ではありません (過去にバラして内部構造を確認済)。その意味で決して根拠がなければ『富岡光学製』とは判定しないのでご承知置き頂ければと思います。

今回のモデル「MCM」に関するネット上の案内を調べると、一部のサイトで「原型モデルの最短撮影距離を延伸させただけのモデル」と説明している事があります。つまり、原型モデルたる標準レンズ55mm/f1.7の「最短撮影距離50cm」を「28cm」まで短縮化させただけのモデルと言う意味です。

仮にこの考え方が正しいなら、現在市場に多くで回っているその原型モデルたる標準レンズ55mm/f1.7に「ヘリコイド式マウントアダプタ (一部でマクロアダプタとも呼ばれている)」に装着して最短撮影距離を短縮化したら、同じことになると言う考え方が現れます。

そして実際にその理論で「ヘリコイド式マウントアダプタ」を附属する事で最短撮影距離を短縮化できていると謳ったり、或いは異なる焦点距離のオールドレンズと同一の描写性になると謳ってヤフオク! 出品している出品者が居ます (一部は出品者自ら整備している)。

最近有名な例では、旧東ドイツのMeyer-Optik Görlitz製の廉価版標準レンズ「Domiplan 50mm/f2.8」にヘリコイド式マウントアダプタを装着する事で、中望遠レンズ「Trioplan 100mm/f2.8」と同じシャボン玉ボケが写せると謳ってヤフオク! 出品しています (出品者自らの整備済品)。

この思考回路に倣えば、今回のモデル「MCM」も容易に原型モデル55mm/f1.7にヘリコイド式マウントアダプタ装着で同一の写真を残せる話になります(笑)

右図は今回扱った「MCM」の構成図ですが、5群6枚のウルトロン型構成です。今回のオーバーホールに際しバラして清掃した時にデジタルノギスで計測し、ほぼ正確にトレースした構成図です (各硝子レンズのサイズ/厚み/凹凸/曲率/間隔など計測)。

一方右図は原型モデルたる標準レンズ「AUTO CHINON MULTI-COATED 55mm/f1.7 (M42)」をバラした際に実測した構成図です。
同じ5群6枚のウルトロン型になりますね。

パッと見で同一の光学系構成図のように見えますが、実はよ〜く見ると例えば第4群の貼り合わせレンズの仕様が違います。

もっと細かくご案内すると、第1群 (前玉) と第5群 (後玉) の「外径サイズはピタリと全く同一サイズ」で設計されています。前玉の外径サイズは共に「⌀33.5mm」ですし後玉も共に「⌀25.98mm」で100%同サイズです。

ところが前玉/後玉共にその厚みや曲率は異なっており、他の第2群〜第4群に至るまで全て外径サイズ/厚み/曲率/間隔が違います (デジタルノギスで逐一計測済)。

この事実から (自らデジタルノギスで計測したので当方自身は事実と受け取っています) 光学系の設計が違う以上、単にヘリコイド (オスメス) の仕様を変更して最短撮影距離を短縮化しただけとは言えないと考えます。つまり前述の「原型モデルの最短撮影距離を延伸させただけ」と言う一部サイトの案内は不適切だと考えますし、もっと言えばヤフオク! で自ら整備済で出品している出品者の「ヘリコイド式マウントアダプタ装着で同一になる」と言う理論も当てはまりません!

それはそうですね(笑) 最短撮影距離が違う以上、光学系の収差改善度や解像度などのコントロールは異なるのが「光学知識の基本」なのではないでしょうか? ましてや焦点距離が違うモデルと同じ写真が撮れるなどと言う話は、そもそも写る画角が違う以上「売りたいが為」の単なる謳い文句でしかありません (決して惑わされぬようご注意下さいませ)(笑)

まさにオールドレンズ沼初心者の方々に対しては不案内な話であり、酷い事を平然とやっているヤフオク! の現状に甚だ憤りを感じます。

ちなみに、前述の話で前玉と後玉の2つの外径サイズが同一な理由は、フィルター枠 (レンズ銘板含む) を同一にする事により鏡筒サイズを最小限化 (適正化) できるメリットがあり (前玉についての話)、また後玉はマウント部の規格が「M42マウント」である以上、光学系後群側が使える有効面積に限りがあるからです (従って後玉の外径サイズも制限を受ける)。

従って入口と出口は同じ大きさでも光学系内に入ってきた入射光の料理はちゃんと「MCM」なりに味付けしているワケです(笑)

上の写真 (4枚) は、具体的に前述の原型モデルたる標準レンズ「AUTO CHINON 55mm/
f1.7」にヘリコイド式マウントアダプタを装着して撮影した実写を、その撮影者のサイトからピックアップしました (クリックすると投稿者のページを別ページで表示します)。
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。

すると、左の2枚はヘリコイド式マウントアダプタの「任意の位置 (必ずしも最大に繰り出した位置とは限らない)」の時に被写体に近づいてピタリと合焦した時の写真です。ところが次の右2枚はそのヘリコイド式マウントアダプタの繰り出し量 (任意の位置) が適合せず、且つ同時に光学系の諸収差の影響が最大限に現れてしまった時の写真です。

この事から、ヘリコイド式マウントアダプタに装着して最短撮影距離を短縮化できたとしても必ずしも「諸収差の改善度合いや解像度/コントラストなど同一条件で撮影できるとは限らない」と言えます。つまり撮影するシ〜ンのたびに近寄ったり離れたりしながら、同時にヘリコイドを駆動して繰り出したり/収納したりを繰り返しつつ、その都度実写を液晶画面で確認しながら撮影しない限り狙った1枚にはなかなか落ち着かない事が分かります。

もちろん「それもオールドレンズの味の一つ」と言う受け取り方は必ずあるので、多少面倒な撮影のように見えますが、それはそれで愉しめると感じられる方々も多いでしょう。要は「ヘリコイド式マウントアダプタ装着で同じ写真が撮れる」確証が無い事を予め承知の上でやるべき事柄だと考えますね(笑)

  ●               ● 

【チノン製一眼レフカメラ】(M42マウントモデルの発売年度別時系列)
CHINON M-1:1972年発売 (GAF L-17)
CHINON CM:1974年発売 (GAF L-CM/aurgus CR-1)
CHINON CE MEMOTRON:1974年発売 (GAF L-ES/SEARS 2000)
CHINON CX:1974年発売 (GAF L-CX/argus CR-2)
CHINON CXII:1976年発売
CHINON CS:1976年発売 (?)
CHINON CEII MEMOTRON:1976年発売 (GAF L-ESII/argus CR-3)
CHINON CE-3 MEMOTRON:1977年発売
CHINON CM-1:1978年発売 (?)
CHINON CM-3:1979年発売
CHINON CS-4:1980年発売

ネット上を検索しても当時チノンが発売していたフィルムカメラのwikiがありません。主要のモデル発売時期などを調べて時系列でまとめたのが上の列記です。

発売されていた各フィルムカメラの取扱説明書を調べて、そのオプション交換レンズ群の一覧に今回のモデル「MCM」が載っていれば、
そのタイミングが発売時期だと判明します。

右写真はの「CEII MEMOTRON」で1976年時点で発売されていた
フィルムカメラです。

すると取扱説明書のオプション交換レンズ群は左写真のとおり、一世代前の合皮製/ラバー製が距離環ローレット (滑り止め) に巻かれていた「銀枠飾り環」の頃のモデルばかりです。

当然ながら今回のモデル「MCM」の記載が標準レンズ欄に一切ありません。

一方翌年の1977年に発売された「CE-3 MEMOTRON」の時点では、取扱説明書のオプション交換レンズ群の一覧に「MCM」の事が列記されています。

それもそのハズで次の世代に交換レンズ群がモデルチェックした為にそれが距離環のラバー製ローレット (滑り止め) を見る事で分かります。

実際に印刷されている当時のカタログから抜粋した標準レンズ群のオプション交換レンズ一覧が左です。

ちゃんと「f1.7 MACRO」と併記されています。この事からから今回のモデル「MCM」の発売時期が大凡推測でき1977年時点だと考えられます。

さらにこのカタログ抜粋の中で興味を引かれるモデルがあります。「50mm/f1.7 MACRO」が併記されています。

左写真がそのモデルで「CHINON 50mm/f1.7 MACRO multi coated (M42)」です。

一見すると『富岡光学製』のように見えますが(笑)、実は過去にバラしており「コシナ製」である事を確認しています。
(富岡光学製を示す内部構造や構成パーツが皆無)

このモデルは「最短撮影距離27cm」でありレンズ銘板に「MACRO」刻印があるとおり、1/3倍撮影が可能なまさに「疑似マクロレンズ」と言えます。

するとここで思い浮かぶオールドレンズがあります。

左写真は冒頭でご案内したスイスのPignons S.A. (ピニオン) 社が発売していたフィルムカメラ「ALPAシリーズ」用に同じくスイスのKern-ARRAUが供給していた「MACRO-SWITAR」の後継モデルの一つで「AUTO-ALPA MULTI-COATED 50mm/f1.7 FOR ALPA SWISS (M42)」です。

如何にも前述のコシナ製チノンと近似した諸元値なのですが、何か気になりますね(笑) 当方はまだこのモデルのオーバーホールを行っていないので内部構造や構成パーツなど不明ですが、仮にコシナ製だとすれば扱う気持ちがありません (当方ではコシナ内製モデルを扱いません)。

ALPA用だからとの事で100万円の値も付くくらいの83台しか生産されていないチョ〜稀少品らしいですが、それがコシナ製だとするとはたしてどうなのでしょうか(笑)

  ●               ● 




上の写真はFlickriverで、このモデルの特徴的な実写をピックアップしてみました。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。

一段目
左端からシャボン玉ボケが破綻して円形ボケを経て背景ボケへと変わっていく様をピックアップしています。光学系が5群6枚のウルトロン型構成なので、そもそも真円を維持した円形ボケの表出が苦手です。

二段目
さらに収差の影響を受けた背景ボケへと乱れて滲む様子をピックアップしました。しかしピント面はシッカリ色ズレもなく鋭く解像しているのが光学系の設計が違う証でもあります (前述の原型モデルと光学系が同一と言う話は違うと言う意味)。ピント面の鋭さに対してアウトフォーカス部の滲み方がス〜ッと溶けていく感じが分かります。

三段目
この段の実写を見ると、前述のAUTO-ALPA 50mm/f1.7との相違点が明確に分かります (当方の印象です)。それはダイナミックレンジの広さの相違であり、左写真2枚でよく分かります。またその結果が被写体の材質感や素材感を写し込む質感表現能力の高さとなって現れており、非常にリアル感のある描写性です。一方AUTO-ALPAのほうも鋭いピント面と淡いボケ味が魅力ですが、ダイナミックレンジがそれほど広くない為に質感表現能力として感じられません (つまり当方にとっては平面的な写りにしか見えない)。

四段目
トロトロのボケ味の感じやフレアやゴーストをピックアップしました。やはり光学系の設計からして違うのが、ヘリコイド式マウントアダプタ装着の場合とで写り方に相違が表れる点が明白なのではないでしょうか (と当方は思いますね)。

 

左写真は、当初バラしている最中に撮影しています。

まず光学系前群を外そうにも完全固着しており全く外れません。仕方なく「加熱処置」を数回施してようやく外れました。外した硝子レンズ格納筒を見ると、ネジ山の全周に固着剤がビッチリ塗られていました。

また左写真で明白ですが、おそらく1年〜数年以内で過去メンテナンスされています。塗布されているヘリコイドグリースは「白色系グリース」ですが、ご覧のように「直進キーガイド」にも白色系グリースが塗られています (赤色矢印)。

さらにグリーンの矢印で指し示した箇所には緑色の「緑青」まで僅かに残っています。

実際に抜き出した鏡筒を立てて撮影しました。鏡筒一回りの両サイドに1本ずつ「直進キー」が締め付け固定されています (赤色矢印)。

また「直進キー」にはビッチリ「白色系グリース」が塗られているばかりか、鏡筒の他の箇所にまで廻っています。「直進キー」が真鍮製なので、その一部に経年の酸化/腐食/錆びとして「緑青」が発生しているようです。

鏡筒の両サイドに1本ずつ固定されている「直進キー」ですが、グリーンのラインのとおり左右で飛び出している量が違います。

これは過去メンテナンス時に「直進キー」を締め付け固定する際の「向き」をミスッており、その結果距離環を回した時のトルクが最短撮影距離側か無限遠位置側かのいずれかで影響を受け続けていたと推測できます(笑)

今回のオーバーホール/修理ご依頼の最大の不具合「絞り羽根が出てこない」問題の原因がこの写真です。

鏡筒内部や絞りユニットはご覧のように液状化した「白色系グリース」の揮発油成分でヒタヒタになっており、一部の絞り羽根が張り付いて外れないほどです。

この揮発油成分の状況から過去メンテナンスが実施されたタイミングは、おそらく1年〜数年内と推測しています。その理由は塗布されている「白色系グリース」がまだ新しいからですが、さらに「粘性が一番軽め」なのも揮発油成分が多くなる一因になっています。一番軽い粘性の白色系グリースは下手すると1年で液化した揮発油成分が廻り始めます・・(怖)

結局、このような油染みが生ずる事で絞り羽根が癒着してしまい「絞り環を回しても絞り羽根が出てこない」現象に至りますし、もっと言えば内部の真鍮製パーツに先に酸化/腐食/錆びが生じて、次にアルミ合金材パーツにまで及びます (だから緑青が僅かに出ていた)。

はたして5〜6年も経たないうちにこのような液化した揮発油成分で何かしら内部の構成パーツに影響が生ずるメンテナンスが適切なのか否か、当方は疑問に感じます。

  ●               ● 

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。既に当方による「磨き研磨」が終わっている状態の各構成パーツを使い組み上げていく作業になります。

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルはヘリコイド (オス側) が独立しており別に存在します。

絞り羽根には表裏に「キー」と言う金属製突起棒が打ち込まれており (オールドレンズの中にはキーではなく穴が空いている場合や羽根の場合もある) その「キー」に役目が備わっています (必ず2種類の役目がある)。製産時点でこの「キー」は垂直状態で打ち込まれています。

位置決めキー
位置決め環」に刺さり絞り羽根の格納位置 (軸として機能する位置) を決めている役目のキー

開閉キー
開閉環」に刺さり絞り環操作に連動して絞り羽根の角度を変化させる役目のキー

位置決め環
絞り羽根の格納位置を確定させる「位置決めキー」が刺さる環 (リング/輪っか)

開閉環
絞り羽根の開閉角度を制御するために絞り環操作と連動して同時に回転する環

このモデルは絞り羽根の片側に「位置決めキー/開閉キー」が打ち込まれています。

↑6枚の絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させます。

左写真は、その組み込んだ絞り羽根を拡大撮影しましたが、ちゃんと1枚ずつ清掃していればご覧のとおり大変綺麗な状態になります。

ところが、ネットを見ていると某協会などの修理履歴でこのモデルの写真が載っていますが、絞り羽根はとても1枚ずつ清掃したように見えません。絞り羽根に油成分が残っているので、おそらく解体せずに綿棒などを使って溶剤で拭いただけの整備だと推察します。

さらに酷いのは、このモデルの設計上揮発油成分が廻りやすいのでいずれ近い将来また油染みが発生すると案内しています。

オールドレンズで絞りユニットや光学系が密閉されている事は100%ありません。つまりこのモデルに限らず全てのオールドレンズで内部で発生した経年の揮発油成分は必ず廻ります。
すると必然的に絞りユニット内部にまで侵入するので「絞り羽根の油染みは全てのオールドレンズに当てはまる現象」です。

テキト〜な (ごまかし) 整備をしているかどうかは、見る人が見ればバレますね・・(笑)

ちなみに、以前光学硝子レンズの開発/製造会社の方にお話しを伺った際 (光学硝子レンズ洗浄剤選択の参考にご相談に訪問した際) に聞いた内容では、光学硝子レンズは熱伝導性には耐性がありますが「圧壊」には耐性が低いとの事です。すると光学硝子レンズ格納筒に光学硝子レンズを組み込んだ後に締付環で締め付け固定した時、仮に「密閉状態」におくと金属材である (たいていはアルミ合金材) 光学硝子レンズ格納筒が気温などの外的要因で膨張/収縮した場合「気圧の変化」の影響を受けます。すると密閉してしまう事で光学硝子レンズの「圧壊」を招く要因に至るので、オールドレンズの光学硝子レンズは「たいていの場合密閉状況にない (設計を採っている)」事が推測できるとのお話でした (密閉するかどうかはその用途や目的などによって異なるので密閉が必要な環境下で使う光学硝子レンズもあるそうです)。

もっと厳密な話をすれば、光学硝子レンズを締め付け固定している「締付環」はたいていの場合「ネジ込み式」です。すると光学硝子レンズに対して締め付けるチカラが及ぶのは「特定の領域に対して最も締め付けるチカラが強く及んでいる (つまり均等に圧が掛かっている状況下にない)」とも言えますョね? 従って光学硝子レンズが「圧壊」するそのタイミングは、その特定の領域面/端から破壊が進行する事が容易に推察できます (だから希に光学硝子レンズの任意のコバ端が欠けている事がある)。

例えば今ドキのデジタルなレンズに於いて「防塵防滴仕様」の場合、シーリング (気密/水密性を確保する処置) されるのは光学硝子レンズではなくて光学硝子レンズ格納筒に対するシーリングなので、光学硝子レンズ自体をシーリングするのは希で特殊用途が多いらしいです (たいていは外部からの塵/埃/砂/水滴の浸入を防ぐ目的なので光学系や鏡筒すらシーリングしているワケではない)。

このような話は、意外と光学硝子レンズが締付環の締め付けにより密閉されていると思い込んでいる人が多いのですが、だとすれば「光学系内で発生するカビの繁殖」の説明がつきませんョね?(笑) 何故なら密閉状況にあり気密/水密性の高い環境下で、どうやってカビ菌の胞子が光学系内に侵入してくるのかと言う説明ができません。

つまり光学硝子レンズは締付環でキッチリ締め付け固定されるとしても「決して密閉状況にない」事をご承知置き下さいませ (カビ菌の胞子は自由に往来しているのが現実の話)。ましてや前後キャップをオールドレンズに装着したまま距離環を回した時に重いトルクに至るのは、決して前後キャップ装着で密閉されたワケではなく (そんな簡単に密閉などできない)(笑)、それは「単に吸引しているだけ」の因果関係で距離環を回すトルクに変化が起きているだけです。

観察と考察」は例えオールドレンズと言えども重要ですね・・(笑)

↑完成した鏡筒を立てて撮影しました。問題の「直進キー」も適切な向きで締め付け固定しています。

直進キー
距離環を回す「回転するチカラ」を鏡筒が前後動する「直進するチカラ」に変換する役目

↑このモデルは「内外ダブルヘリコイド方式」なので、ヘリコイド (オスメス) は2セットずつ存在します。その理由は「最短撮影距離28cm」と繰り出し量が多いからであり、且つ筐体全高を長くしたくなかった設計が覗えるからです。

上の写真のような順番で各ヘリコイド (オスメス) がネジ込まれますが、それぞれ適切なネジ込み位置があるので、それをミスると正しく機能しなくなります。

↑距離環にはその内部に用意されている「ベース環」があり、そこにはご覧のような「制限環」と言うリング/輪っかが附随します。すると「制限壁」なる壁が備わっているので、その両端に「制限キー」と言うパーツがカチンと突き当たる事で最短撮影距離や無限遠位置でちゃんと突き当て停止します (その際に詰まった感じで停止するのではなくちゃんとカチンと音がして止まる)。

従って、当初バラす前の時点で「無限遠位置が詰まった印象の停止」だった原因が、前述の「直進キーの向きを間違えて固定している」影響だった事が判明します。

↑「基準ヘリコイド」が既に距離環用ベース環の内部にセットされており (赤色矢印)、それに対して「外ヘリコイド (つまりフィルター枠からの鏡筒カバー)」がネジ込まれます。全部で13箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

↑さらに「内ヘリコイド」をやはり無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。全部で11箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

すると前述のとおり「内外ダブルヘリコイド方式」なので、距離環 (上の写真ではベース環) を回すと (ブルーの矢印) それに連動して内外ヘリコイドが互いに反対方向に繰り出したり/収納したりする仕組みです (グリーンの矢印)。

従って、距離環を無限遠位置方向に回すとズズ〜ッと内外ヘリコイドが収納されて短くなり、逆に距離環を回して最短撮影距離方向に進むと鏡胴全体が伸びてくるワケですね(笑)

つまりは「基準ヘリコイド」に対する内外ヘリコイドのネジ込みポジション確定が非常に重要な話になるワケで、それは「原理原則」を熟知している人でない限り適切な状態に仕上げられません。と言う事は、過去メンテナンス者はシロウト整備ではなくプロの仕業だとも言えますね。

↑こちらはマウント部内部の写真です。既に各構成パーツを取り外して当方による「磨き研磨」を終わらせた状態で撮っています。当初バラした時は、この内部にまで経年の揮発油成分が液状化してヒタヒタと侵入していました (一部パーツに酸化/腐食/錆びが発生)。

↑外していた個別の構成パーツも「磨き研磨」を施してから組み込みます。マウント面から飛び出ている「絞り連動ピン」が押し込まれると (ブルーの矢印①)、その押し込まれた量の分だけ先端の「開閉アーム」が移動します ()。この「開閉アーム」が鏡筒の絞りユニット内に刺さって「開閉環」をダイレクトに回している仕組みです。

何を言いたいのか?

つまりマウント面の「絞り連動ピンが押し込まれた量の分だけしか絞り羽根は角度を変えない」点です。これを十分理解しているか否かがメンテナンス時の調整に大きく関わってきますね(笑)

↑さらにこのモデル特有の設計ですが、鏡筒の繰り出し量が非常に長い (多い) 事から「開閉アームを伸縮させて絞り連動ピンに刺さったまま」鏡筒を直進動させる設計を採っています (グリーンの矢印)。すると必然的にこの「伸縮する開閉アームの平滑性」も絞り羽根開閉が適切かどうかを左右しますね (つまり当方の磨き研磨の効果が現れる話)(笑)

実際、今回の個体は既に開閉アームの軸部分が錆びていたので「磨き研磨」で平滑性を取り戻しました (サビの原因は前述の液化した揮発油成分です)。そうしないと、例えば最短撮影距離位置まで距離環を回すと絞り羽根が最小絞り値まで閉じないなどの不具合が発生します。

こんな感じで鏡筒が繰り出されると、一緒に絞りユニットに刺さったままの「開閉アーム」が伸びたままになって、絞り環操作のチカラが伝達されて絞り羽根を正しく開閉する仕組みです (グリーンの矢印)。

左写真は最短撮影距離位置まで繰り出した時の絞りユニットを前玉側方向から撮影しています。

↑上の写真は「基準ヘリコイド」を撮影しました。マウント部が完成したら基台にセットすれば良いのですが、その前に内外ヘリコイドを含めた距離環を回した時のトルク感をチェックしたところ「トルクムラ」が酷くて使いモノになりません。

それで仕方なく再びバラしてもう一度洗浄して撮影したのが上の写真です。

左写真はその洗浄した後に撮影した「基準ヘリコイド」の内側ヘリコイド (メス側) です (内ヘリコイド用)。グリーンのラインで囲った領域のネジ山に一部削れがあり赤色矢印で指し示しています (バタバタに波打っている)。

しかしそれ以外のネジ山 (ブルーの矢印) には波打ったような摩耗 (削れ) がありません (つまりネジ山がキレイなままです)。

同様に同じ箇所を撮影しましたが、今度は再び数回にわたって「磨き研磨」をした後の写真です。

摩耗 (削れ) がある箇所はネジ山の一部の列で、その1/4くらいの長さで2箇所が摩耗しているように見えます。「磨き研磨」しては組み上げグリースを塗りトルクをチェックして、再びバラして洗浄後にまた「磨き研磨」して組み上げる作業を繰り返しました。

↑5時間ほどこれら内外ヘリコイドと戯れて、最もトルクムラが低減できる状態にまで改善できたところで諦めました。理由は、下手にヘリコイドのネジ山を磨きすぎるとトルクムラは却って酷くなり、下手すればアルミ合金材どうしで「カジリ付」が発生してしまい「製品寿命」に至ります。

従って残念ながら、適度なところで諦める勇気が必要になります。指標値環をセットした写真です。

↑ベアリングを組み込んでから絞り環をセットします。このモデルは絞り環の位置を微調整できない設計なので、絞り環のクリック感と刻印絞り値とが一致しているか否かは指標値環の固定位置微調整で決まります。

A/M切替スイッチの「スイッチ環」をやはりベアリングを組み込んでからセットします。

この段階で距離環を回して最短撮影距離位置、或いは無限遠位置で絞り環を回した特正しく絞り羽根が開閉するか確認します。その際はもちろんA (自動)/M (手動) のスイッチ切替動作に伴い小気味良く絞り羽根が反応しているのが当たり前の話ですね(笑)

↑ようやく出てきました。冒頭の解説で『富岡光学製』の証と判定したの解説です。マウント部のスイッチ環用「メクラ (カバー)」を横方向からイモネジ (3本) を使って締め付け固定する方式を採っていたのが富岡光学だけだからです (グリーンの矢印)。

例えばこのように「メクラ (カバー)」が存在するオールドレンズは他にもたくさんありますが、それらはイモネジで締め付け固定せずにダイレクトに「メクラ (カバー)」がネジ込み式でセットされます (つまりネジ山が備わっている)。或いはマウント面側に締め付け用のネジが3本入るモデルも数多く存在しますし、締付環 (リング/輪っか) で締め付けて固定する方法を採っている場合もあります。

↑距離環を仮止めしてから光学系前後群を格納して無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行い、最後にフィルター枠とレンズ銘板をセットすれば完成です。

↑上の写真は光学系前群を組み上げた状態で撮っていますが、ご覧のように光学硝子レンズ格納筒の一部が切削されており、マウント部内部から伸びてきた「開閉アーム」を避けるように配慮されている事が分かります。

つまり、この「開閉アームを避ける領域」を除いたスペースが光学系の設計で使える面積 (容積) とも言えます。その範囲内ギリギリまで使って妥協せずに光学性能を突き詰めた設計だった拘りが垣間見えます。

DOHヘッダー

ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑完璧なオーバーホールが完了しましたが、残念ながら前述のとおり距離環を回した時に「トルクムラ」が残っています。

↑光学系内の透明度は非常に高い状態を維持した個体でLED光照射でもコーティング層経年劣化に伴う極薄いクモリすら皆無です。

↑光学系後群側も同様LED光照射で極薄いクモリは皆無です。極微細な点キズや非常に薄いヘアラインキズは残っていますが写真には一切影響しません (塵/埃に見える程度)。

このモデルは距離環を無限遠位置「∞」にした時、左写真のとおり後玉が飛び出てきているので、不用意に下向きに置いたりすると後玉中央に当てキズを付けかねません (グリーンのライン)。

しかし、今回の個体はそれすら皆無なので相当ラッキ〜な個体を手に入れられたようです。

↑6枚の絞り羽根はキレイになり、絞り環共々確実に駆動しています。当初の油染みで癒着していた絞り羽根の影響は全て排除できていますし、絞り羽根が閉じる際は「正六角形を維持」しています。

ここからは鏡胴の写真になりますが、経年の使用感が僅かに感じられるものの当方にて筐体外装の「磨きいれ」を施したので大変落ち着いた美しい仕上がりになっています。「エイジング処理済」なのですぐに酸化/腐食/錆びが生じたりしません。

↑塗布したヘリコイドグリースは「黄褐色系グリース」の「粘性軽め超軽め」を使い分けて塗っています。

距離環を回した時の「トルクムラ」は、刻印距離指標値の「0.4m1m」辺りで発生し急に重くなります。その重く感じる領域でのピント合わせは、少々し辛く感じるレベルなのでもう少し改善したかったのですが、これ以上ヘリコイドネジ山を「磨き研磨」するのは危険と判断して諦めました。申し訳御座いません・・。

もしもご納得頂けない場合は、ご請求金額よりご納得頂ける分の金額を「減額申請」にてご申告の上、減額下さいませ。大変申し訳御座いません・・。

また「1m」間と「0.4m0.28m」との間のトルク感も違っており、無限遠側が僅かに重めに対して最短撮影距離側は逆に軽めです。

さらに距離環を微動させた時に極僅かにガタつきを感じるので、もしかすると「直進キーの摩耗」の影響もあるかも知れません。と言うのも当初バラした際に「直進キーの向きが逆に固定されていた」為に一方の直進キーは擦り減りが多くなっていると考えます。その影響が極僅かな距離環のガタつきに至っていると容易に推測できます。

今回のオーバーホールはに際し本来の正しい向きで固定したので、ちゃんと無限遠位置/最短撮影距離位置共にカチンと音がして突き当て停止しており、直進キーの摩耗自体が距離環を回した時の「トルクムラ」の一因になっているとは判定していません。あくまでもヘリコイドネジ山の問題だと考えます。

トルクムラ」と「ガタつき」について大変申し訳御座いませんが減額下さいませ。

↑その他は至って正常に組み上がっており、絞り羽根開閉幅 (開口部の大きさ/カタチ/入射光量) も簡易検査具でチェック済です。

無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

またA/M切替スイッチとの絞り羽根開閉連動も確実で小気味良く機能しています。

↑当レンズによる最短撮影距離28cmでの開放実写 (1枚目) と、離れて全景が入る位置で撮影した開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

この実写はミニスタジオで撮影していますが上方と右側方向からライティングしています。その関係でフードを装着していない為に絞り値の設定によりハレ切りが不完全なまま撮影しています。一応手を翳していますがハレの影響から一部にコントラスト低下が出てしまうことがあります (簡易検査具による光学系検査を実施済で偏心まで含め光軸確認は適正/正常)。

↑絞り環を回して設定絞り値「f2.0」で撮影しています。同様1枚目が最短撮影距離28cmで2枚目は離れた位置です。

↑さらに回してf値「f2.8」で撮っています。

↑f値は「f4」に変わっています。

↑f値「f5.6」に変わりました。

↑f値「f8」です。

↑f値「f11」になりました。

↑最小絞り値「f16」での撮影です。「回折現象」の影響が出て僅かに解像度不足とコントラスト低下を招いています。

回折現象
入射光は波動 (波長) なので光が直進する時に障害物 (ここでは絞り羽根) に遮られるとその背後に回り込む現象を指します。例えば、音が塀の向こう側に届くのも回折現象の影響です。
入射光が絞りユニットを通過する際、絞り羽根の背後 (裏面) に回り込んだ光が撮像素子まで届かなくなる為に解像力やコントラストの低下が発生し、ねむい画質に堕ちてしまいます。この現象は、絞りの径を小さくする(絞り値を大きくする)ほど顕著に表れる特性があります。

大変長い期間に渡ってお待たせし続けてしまい本当に申し訳御座いませんでした。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。