◎ Carl Zeiss (カールツァイス) Distagon 28mm/f2.8 T*《MMJ》(C/Y)

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オーバーホール/修理ご依頼分ですが、当方の記録用として掲載しており
ヤフオク! 出品商品ではありません (当方の判断で無料掲載)。
(オーバーホール/修理ご依頼分の当ブログ掲載は有料です)


今回初めて扱うCarl Zeiss製広角レンズ『Distagon 28mm/f2.8 T*MMJ(C/Y)』です。
このモデルは発売当時の1975年時点で、日本国内のヤシカから発売されているオールドレンズですが、製産は『富岡光学製』と巷では認定されています。それもそのハズで富岡光学は経営難から1968年にヤシカに吸収合併しているからに他なりません。そのヤシカも既に当時経営難に陥っており、1983年には京セラに吸収され消滅していきました (富岡光学は現京セラオプテックです)。

Distagonは各焦点距離の個体が市場に数多く出回っていますが、当時旧西ドイツのCarl Zeissでは広角レンズ域のモデルに対して「Distagon (ディスタゴン)」銘を冠しました (一部にはBiogon銘もある)。

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戦前の旧ドイツで1932年にZeiss Ikonから発売されたレンジファインダーカメラ「CONTAX I」が最初のCONTAXブランドになりますが、当初は単にCONTAXと呼称されていたようです (後の1936年発売の
CONTAX II登場時点でCONTAX Iに変わった)。

今回扱うモデルは1975年にヤシカから発売された「CONTAX RTS」から始まる一眼レフ (フィルム) カメラ用交換レンズ群として登場した広角レンズですが、当初のレンジファインダーカメラ「CONTAX I/II」の時はCarl Zeiss Jena製広角レンズ「Tessar 2.8cm/f8」が用意されていたようです。

1950年代まで、正確には1946年〜1947年にハンガリーのDuflex (デュフレックス) 一眼レフ (フィルム) カメラに世界で初めてクィックリターン式ミラーが実装されますが、僅か数百台の製産で終わった為に現在は旭光学工業が1954年に発売し量産化した「Asahiflex IIb」からと捉えられています。

従って、1950年代まではレンジファインダーカメラが専ら主流でありバックフォーカスの関係 (短いままで済む事) から標準レンズ域の光学系設計を広角域まで延伸させた光学設計で対応できていました。それ故後の時代に標準レンズ域のオールドレンズに実装される光学系として流行った3群4枚のテッサー型光学系が焦点距離28mm/f8.0のスペックで広角レンズとして扱われていた事になりますが、開放f値が「f8.0」なのでパンフォーカスとして使う必要性しか求められていなかった事が覗えます。

また戦後になると旧西ドイツのZeiss Optonが「Bullseye (ブルズアイ)」の異名を持つ一眼レフ (フィルム) カメラ「CONTAREX」を1959年に発売しますが、このカメラに用意された広角レンズは、Carl Zeissから発売され「Distagon 25mm/f2.8 (CRX)」になります。
(1963年発売)

この時点でもDistagonモデルには焦点距離として28mmかまだ登場してきません。

右写真の他後には黒色鏡胴モデルで「Blitz (ブリッツ)」の異名を持つフラッシュ撮影時のガイドナンバーに連動した絞り羽根の開閉制御を自動的に行う「フラッシュマチック」機構を実装してきたモデルもあります。

一方同じ旧西ドイツのRolleiから1970年に発売された一眼レフ (フィルム) カメラ「Rolleiflex SL35 (QBM)」の交換レンズ群もCarl Zeissが供給し、その中の広角レンズとして「Distagon 25mm/f2.8 (QBM)」が登場しています。

このマウント種別「QBM (Quick Bayonet Mount)」のモデルは後に後期型にモデルチェンジし、レンズ銘板にマルチコーティングを示す「Rollei-HFT」刻印を伴います (下右写真)。 

  

そして1971年にZeiss Ikonがフィルムカメラ事業から撤退してしまうと、旧西ドイツのブラウンシュヴァイク工場をRolleiに売却しますが、後にRolleiはシンガポールに自社工場を移管しています。

さらにレンズ協業先を模索していたZeiss Ikonは日本に目を付け、旭光学工業にコンタクトしますが協業契約に至らず1975年ヤシカとの技術提携に至っています。ここで再び「CONTAX」ブランドが復活して一眼レフ (フィルム) カメラ「CONTAX RTS」の発売に至ります。

すると、ここまでの解説で焦点距離25mmのDistagonをご案内してきた理由があります。

↑上の一覧は、今回のモデル『Distagon 28mm/f2.8 T*MMJ(C/Y)』を扱う上で製造番号を基に旧西ドイツのブラウンシュヴァイク工場から日本のヤシカに製産が移管されたタイミングを知りたいと考え調査した表です。

CONTAX版Carl Zeiss製オールドレンズは対応する撮影モードに従い2種類のモデルが存在し以下になります。

AEタイプ
絞り優先AE撮影・マニュアル撮影のみ対応
MMタイプ
絞り優先AE撮影・マニュアル撮影の他、シャッター速度優先撮影及びブログラム撮影まで対応

すると生産国の相違に従い、旧西ドイツ製個体なら「GermanyのG」を附随させて「AEG/MMG」と呼び、日本のヤシカ製なら「AEJ/MMJ」と現在は区別しています。この判定は個体別に容易にチェックでき「絞り環の最小絞り値の刻印カラー」が「白色AEタイプ」或いは「緑色MMタイプ」となります。

さて、前述の一覧表の話に戻りますが、今回の焦点距離28mmの個体を製造番号を基にネット上で調べると、80本のサンプルを越えても「AEJ/MMJ」しか居ません。

旧西ドイツ製の個体「AEG/MMG」はいったい何処へ消えてしまったのでしょうか?

そこでいろいろ調べてみると、そもそも焦点距離28mmはヤシカに製産移管してからしか登場していなかった事が判明しました。上位格モデルの「Distagon 28mm/f2 T* (C/Y)」には旧西ドイツ製個体が市場に出回っていますが、廉価版モデルには存在しませんでした。

それを確認したのが上の一覧表です。 部分は旧西ドイツのブラウンシュヴァイク工場からの出荷品で 部分は日本のヤシカ製モデルです。また「カラー項目」は光学系のコーティング層光彩に対して大凡の判定を与えています (その色合いに見えたと言う程度の話)。今回扱いの「MMJ」はコーティング層が放つ光彩は圧倒的に「濃いグリーン」に見えますが、焦点距離25mmのほうはパープルアンバーが主体で見る角度によっては「微かにグリーン」の光彩を放つ程度なので「PG」と一覧の中で表記して区別しています。
(PAパープルアンバー, Gグリーン, PGパープルアンバーグリーン)

するとここである特定の法則 (ルール) が見えてきました・・。

まず製造番号順に時系列として並べた一覧表にしてありますが、そもそも付番されている個体別の製造番号自体が「特定のシリアル値範囲内に集中的に固まっている」と言う事実です。
(今回チェックしたネット上のサンプル数は183本に及んでいますがその範疇での結論)

上の一覧表を一見すると、当初旧西ドイツ製を表す 部分の中にヤシカ製 が混在しているように見えますが、実は前述のとおりヤシカに製産移管されたのは1975年からの話です。だとすれば、1975年以前の個体が混在して製産されていた道理がとおりません (何故なら現実として1972年時点でブラウンシュヴァイク工場は操業停止していたから)。

つまり一番最初の 欄である「製造番号599xxxx」のヤシカ製「28mmAEJ」は1975年から登場したので混在するワケがありません (一つ前の598xxxxも次の600xxxxにも28mmのAEJは居ない)。ちゃんと鏡胴に「Lens Made in Japan」を刻印しているので日本製である事は間違いありません。

何を言いたいのか・・?

この事実 (と当方は受け取りましたが) から、そもそも製造番号は出荷時点で付番されていったとしても「予め付番範囲を生産前に事前割り当てしていた」と言う「計画製産」を旧西ドイツでの製産時点から採っていた事がみえてきました。

従って初期の頃にマウント種別が「CONTAREX版」が居たり「QBM版」が混じっている事も説明ができますし、もっと言えばポツンと「805xxxx」に「Rollei-HFT」の旧西ドイツ製産個体が出現している事も納得できます (つまりブラウンシュヴァイク工場の操業停止直前に/シンガポール工場移管前にQBM/M42マウントの個体を出荷していた)。

さらにオモシロイ事に、当初ヤシカでは集中的に「AEJモデル」を製産していたのですが (製造番号:599xxxx〜675xxxx辺り)、その後「MMJタイプ」の製産に入ると製造番号シリアル値の中で焦点距離28mmと25mmが混在してしまう状況に至りました。

これがいったい何を意味するのか・・?

まさにヤシカ自体が経営難に喘ぎ「計画製産」に基づきやみくもに集中製産している余裕が既に無くなっている状況だった事が覗えます。つまり細かく市場動向/需要を見ながら必要数量のみを製産する「需給製産」に切り替えてしまったのではないでしょうか (一覧表の製造番号二重下線部分)。と言うことは、このタイミングがまさにヤシカが倒産危機に直面し京セラに吸収合併せざるを得なかった「1983年辺り」の製産タイミングとも受け取れます。

ちなみに「製造番号883xxxx」を最後にヤシカでの製産が終わっている事も見えてきます。
(焦点距離:25mm/28mmの話)

もっと言えば (もっとロマンを膨らませれば)、焦点距離28mmのDistagonは日本の需要をみて (期待して) ヤシカの提案により追加発売されたモデルなのではないかと言う妄想も生まれてきます(笑) もちろん本家旧西ドイツのCarl Zeissにしてみれば、それで売れて提携料がガッポリ入ってくるなら諸手を挙げてOKしたのではないでしょうか(笑)

たかがレンズ銘板に刻印されている製造番号の話ですが、当方にとっては相当にロマンが膨らむ楽しい結果を見出せたと感銘を受けています。然しさすがにこの一覧表作成に4時間を費やすと疲れてしまいましたね (目が踊っている)(笑)

なお最後になりましたが、市場流通個体を見ていると一部の個体に上記一覧の製造番号範囲内に合致しない場合があります。これはおそらくフィルター枠部分だけを回して外すことができる設計から「ニコイチ」している結果ではないかと推測しています (製造番号はレンズ銘板に刻印されています/当ブログの掲載写真は製造番号を画像編集ソフトで消しています)。

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上の写真はFlickriverで、このモデルの特徴的な実写をピックアップしてみました。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。

一段目
左端からシャボン玉ボケが破綻して円形ボケへと変わっていく様をピックアップしています (3枚)。シャボン玉ボケと言っても真円での表出は難しいようでしエッジ (輪郭/境界) もすぐに溶けてしまうので明確な円形ボケとして表現させるのは大変かも知れません。

また右端のような強烈な収差ボケが出てくるのがオドロキでした(笑) これはこれで何か活かせるシ〜ンが必ずあると考えます (例えば絵画風にしたいシ〜ンなど)。

二段目
過日ポートレートレンズの85mmをオーバーホールした事がありますが、その際に驚異的な描写能力を有するモデルだと非常に感銘を受けたのを覚えています。その時の感動が再びこのモデルの描写性にも感じられました。左からの3枚は「非常にリアルな空気感/距離感」を留める、まさに空気まで写っているかの如く見えてしまう「まるで現場に居るかの如く」生々しく見えます。

これには溜息が漏れます・・さらに右端の写真でノックアウトでした。まさにこれが「CONTAXの写り」を物語るかのような (当時の1970年代に手にしていたカタログの) ワンカットに見えてしまいます。この「緻密ではない緻密感」はいったい何処から表現されるのでしょうか? ピーカンの撮影ながら初夏を想わせる心地良い海風と潮の香りやさざ波の音まで聞こえてきそうな「現場感」が堪りません。

三段目
夜景でもこの収差レベルですから相当なポテンシャルです (コマ収差が少ない)。さらに人物撮影のリアルさもダイナミックレンジの広さが大きく貢献しています。そして右端の写真でまたまたノックアウト(笑) これだけ黒潰れせずに暗部までキッチリ解像して、さらに「空気感/距離感」を体現させつつも朝日の眩しさをちゃんと表現できる写真と言うのは (ちゃんと空の色合いとバランスから掲載文を見ずともmoringだと分かってしまった)・・アルコールを飲みたくなってしまった一枚です!(笑)

光学系は当初より変化が無く7群7枚のありふれたレトロフォーカス型構成ですが、いったいこの光学系の何処からこれだけのパフォーマンスが吐き出されるのでしょうか?

右の構成図はカタログなどに記載されている、おそらく開発時点での光学系構成図ではないかと推測しています (図面からのトレース)。

一方こちらは、今回の個体をバラした際の清掃時にデジタルノギスで計測しほぼ正確にトレースした構成図です。
当方が計測したトレース図なので信憑性が低い為、ネット上で確認できる大多数の構成図のほうが「」です (つまり右図は参考程度の価値もない)。
(各硝子レンズのサイズ/厚み/凹凸/曲率/間隔など計測)

 

左写真は当初バラしている最中に撮影しました基台とヘリコイド (オスメス) です。

過去メンテナンスが最低でも2回は施されており、塗布されていたヘリコイドグリースは「黄褐色系グリース」でした。まずほとんどのオールドレンズが「白色系グリース」なのに「黄褐色系グリース」を塗っているとはオドロキです。

グリースの色合いは「乳白色」ですが、ヘリコイドの金属材の摩耗がほとんど発生していないので (グレー状の摩耗粉がほぼゼロの状況)「黄褐色系グリース」と判定しました。

この種別のヘリコイドグリースを使っている整備会社が確かに今まで2,000本オーバーホール/修理した中で数本レベルですが顕在しており、今回の個体も同質のグリースでした (非常に良質なグリース)。さすがに経年劣化が進行しており一部は液化が始まっていますが、そうは言っても5〜6年は最低でも経ているように見えます (白色系グリースなら1年〜数年で液化した揮発油成分が廻るので比較すると相当に劣化耐性が高いレベルのグリース)。

左写真もバラしている最中に撮ったフィルター枠部分のネジ山を綿棒で拭いた時の写真です。「赤茶色」に綿棒が汚れていますが、これが『富岡光学製の証』の一つでもあります。ドロドロっと粘性を維持したままの固着剤で、光学系内の気圧差に対応させた専用固着剤ではないかと推測しています。

残念ながら一部既に乾燥し始めていたので今回洗浄除去しています。

このCONTAX版Carl Zeissモデル (ヤシカ製) は、フィルター枠部分がネジ込み式なので回せば簡単に外れるのですが、これをやってしまうと内部の「直進キー」と言うパーツを変形させてしまう原因に至ります。すると途端に距離環を回した時の「トルクムラ」が発生し改善が難しくなるのでバラす際は要注意です (もちろんフィルター枠を外さなければ解体できない)。

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。ハッキリ言って、内部構造は簡単なレベルなのである意味「初心者向け」です。少なくとも当方にとっては簡単なレベルに入りますね(笑)

但しそうは言っても「バラせればの話」ではあります(笑) 今回も結果的に「加熱処置」を2回行いましたが (フィルター枠と光学系後群と指標値環の3箇所)、この当時のモデルは下手すると内部にエンジニアリング・プラスティック製パーツを含んでいる事がままあります。

今回のモデルも何と絞りユニット内部に「エンジニアリング・プラスティック製パーツ」が1つ存在したので、いい調子になって「加熱処置」しているとアッと言う間に溶けてしまいます (ある特定の温度までは耐え続けるが溶け始めたらアッと言う間にドロドロになる)(怖)

もちろん溶けたしまったら最後「製品寿命」に堕ちるので大変な事になります。

また純正の固着剤なら良いですが、過去メンテナンス時に塗布された別の固着剤だとギリギリまで加熱を続けるので、それはそれは相当な恐怖心が伴います (事前にどこの構成パーツなのか知っていれば例え火傷してでも守りたいくらいに怖い)。

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒 (ヘリコイド:オス側) です。光学系の第1群 (前玉) がスッポリ入ってしまう上に、さらに2周り以上も巨大な外径サイズで切削されているアルミ合金材です。

しかも何と赤色矢印の箇所は内部を外周方向に向かってえぐる切削をしています。ここに何かしらのパーツが出っ張るワケでもなく、どうしてこんな空間をワザワザえぐってまで用意する必要があるのか「???」ですが(笑)、そのヒントがグリーンの矢印で指し示した箇所です。

この箇所には溶剤 (工業用ベンジン) を弾く専用のメッキ加工が施されていて、溶剤を塗っても弾き飛ばします。つまり経年の揮発油成分のみならず水分/湿気などまで弾き飛ばす加工が設計段階で施されているワケで (今現在も効果を維持し続けている) 結露対策とも考えられます。

実はその「」がちゃんと用意されており、光学系の光学硝子レンズ格納筒には1箇所「」が用意されていて内部の気圧差を解消する設計が成されています。各光学硝子レンズの「締付環」をキッチリ締め付け固定しても密閉状態には100%なりませんが、然し金属材の膨張/収縮に対応した気圧コントロールがちゃんと設計段階で考えられていた事の「」ではないでしょうか (結露成分も充分時間を掛けて放出)。

絞り羽根には表裏に「キー」と言う金属製突起棒が打ち込まれており (オールドレンズの中にはキーではなく穴が空いている場合や羽根の場合もある) その「キー」に役目が備わっています (必ず2種類の役目がある)。製産時点でこの「キー」は垂直状態で打ち込まれています。

位置決めキー
位置決め環」に刺さり絞り羽根の格納位置 (軸として機能する位置) を決めている役目のキー

開閉キー
開閉環」に刺さり絞り環操作に連動して絞り羽根の角度を変化させる役目のキー

位置決め環
絞り羽根の格納位置を確定させる「位置決めキー」が刺さる環 (リング/輪っか)

開閉環
絞り羽根の開閉角度を制御するために絞り環操作と連動して同時に回転する環

↑6枚の絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させますが、赤色矢印で指し示した「位置決め環」が「エンジニアリング・プラスティック製」です。つまり当初バラす際にいい調子になって「加熱処置」を続けてしまうと、この「位置決め環」が溶けてしまい、それはそのまま「絞り羽根が斜めになって駆動する不具合」に至り、下手すれば位置決め環の固定すらできない状況が容易に予想できます(怖)

実はこの「位置決め環」をエンジニアリング・プラスティック製に設計した理由があるのですが「企業秘密」です(笑)

↑完成した鏡筒 (ヘリコイド:オス側) をひっくり返して裏側の後玉側方向から撮影しました。ほぼ全ての制御系パーツがここに一極集中しており絞り羽根の開閉をコントロールしています。

絞り環を回すとことで「制御環」が連動して回り絞り羽根の開閉角度が決まるので、マウント面の「開閉レバー」が操作される事で絞り羽根の「開閉アーム」が移動して「位置決めキーを軸にして絞り羽根の角度が変化する (つまり開閉する)」のが絞り羽根開閉の原理です。

また絞り羽根の開閉制御を司る「チカラの伝達」手法として「アーム」が用意されており、
開閉アーム/制御アーム」の2種類により具体的な絞り羽根開閉動作を実現しています。

直進キーガイド
直進キーが行ったり来たりスライドしていく溝/ガイド部分

開閉アーム
マウント面開閉レバーが操作されると連動して動き勢いよく絞り羽根を開閉する

制御環
絞り環と連係して設定絞り値 (絞り羽根の開閉角度) を絞りユニットに伝達する役目の環

カム
絞り羽根の開閉角度を決めると同時に絞りユニット内部に伝達する役目

いると「制御環」に用意されている「なだらかなカーブ」部分をカムが移動して突き当たる事で、その時の勾配 (坂) により絞り羽根の回転量が決まる為に絞り羽根の開閉角度がセットされます。

なだらかなカーブ」の麓部分が最小絞り値側になり、登りつめた頂上部分が開放側です (グリーンの矢印)。

↑距離環やマウント部を組み付ける為の基台です。

↑真鍮製のヘリコイド (メス側) を、無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。

↑やはり鏡筒 (ヘリコイド:オス側) を無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルは全部で7箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

ヘリコイド (オスメス) をネジ込んだ後にひっくり返して再び後玉側方向から撮影しました。「直進キー」が両サイドに1本ずつ刺さっていますが、ご覧のように鏡筒 (ヘリコイド:オス側) に刺さります。

さらに鏡筒にはその先にフィルター枠がネジ込まれるので、冒頭解説のとおり下手にフィルター枠を回そうとチカラを目一杯入れると、途端にこの「直進キー」が曲がってしまい「製品寿命」に堕ちます(怖)

↑今回の個体で余計な作業をしたのがここの工程で、当初バラす際に「指標値環」が固着剤で接着されていました。「指標値環」は薄い厚みのアルミ合金材環 (リング/輪っか) なので単純にハメ込むだけなのですが、何を考えたのか過去メンテナンス時にここに「緑色の固着剤」を全周に渡って付けてくれました。

それはそれで指標値環が外れないだけなら許せますが、一部箇所の固着剤が膨張したのか (或いは夏など経年の温度の問題だったのか) 膨れあがっている箇所があり、そこが距離環に擦っていました。特にトルクムラには至っていませんが、当初バラす前のチェック時点で擦れる音が微かに聞こえてきたので「???」だった原因箇所でした。

従って、この「指標値環」を「加熱処置」で取り外したのですが、バラしてみれば裏側にビッチリ揮発油成分が附着しておりアルミ合金材が錆びていました。

この「緑色の固着剤」は現在容易に手に入る製品なので、冒頭のとおり「過去2回メンテナンスされている」2回目のメンテナンス時に処置されたと推測しています。1回目は「黄褐色系グリース」をちゃんと塗布しているので短くても5〜6年前のスパンで、下手すれば10年近く前の整備かも知れません (それほど良質なグリース)。

さらに厄介だったのが固着剤を溶剤で除去しても一部のサビ部分が抵抗/負荷/摩擦になって指標値環を膨張させます。それもそのハズでこの基台は「アルミ合金材アルマイト仕上げ」だからです。アルマイトは精製時点で故意に表層面に酸化/腐食/錆びを発生させている処理なので、ここに経年でサビが発生すると厄介です (バタバタになってくる)。

従って仕方なかったのですが「磨き研磨」をだいぶ念入りに処置してようやくスッポリ無抵抗で「指標値環」が入るようになりました (グリーンの矢印)。当初バラす前のチェック時点で絞り環操作時のクリック感が何となく硬めに感じられていたのも改善されています。

↑絞り環をセットします。

↑絞り環のクリック感を実現する為に鋼球ボール+スプリングを組み込んでからマウント部を組み付けて、距離環を仮止めします。

↑この後は光学系前後群を組み付けて無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行い、最後にフィルター枠とレンズ銘板をセットすれば完成です。

上の写真は光学系の第1群 (前玉) を硝子レンズ格納筒にセットした後、ひっくり返して裏側を撮っています。

ご覧のように前玉は裏側から「締付環」で締め付け固定するのですが、使われているのは「真鍮製の締付環」です。一方その他の光学系の群で使っているのは「マットな梨地仕上げの黒色締付環」だけです (一部に白っぽい部分があるのはメッキ加工時の保持箇所)。

よく光学系内の「迷光/内面反射」など反射防止を気にする神経質な人が居ますが(笑)、設計段階でこのような「真鍮製の締付環」を使っている「事実」をどう説明しますか?(笑)

必要な箇所はちゃんと「マットな梨地仕上げの黒色締付環」を使っているワケで、単に神経質なだけ (或いは整備者が何でもかんでも黒色に塗ってしまう) 話だと当方は結論しています。

と言うのも、実は今回の個体は後群側の絞りユニット直下にあたる「第5群」の光学硝子レンズに非常に薄いクモリが全面に渡って附着していました (LED光照射で何とか見えるレベル)。そのクモリ部分を清掃してみると薄く黒色にシルボン紙が汚れたので、調べてみると「黒色に着色してしまった硝子レンズコバ端」の反射防止塗膜成分が附着していたのです。

オーバーホール/修理しているとこのような話が結構出てくるのですが、過去メンテナンス時の整備者の思い込み (或いは自己満足) だけで不必要な箇所に「反射防止塗膜」を着色してしまいます。ところがその塗料の成分が経年使用で光学硝子レンズの表層面に薄膜となって附着して「極薄いクモリ」に至っているワケで、はたしてそんな事を処置したが為に却って不具合の元を用意しているような話になっています。

何でもかんでも黒色に塗れば良いと言う浅はかな整備レベルのお話しですね(笑)

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ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑今回の個体で1回目に施された過去メンテナンスは、おそらく専用のヘリコイドグリースを用意しているちゃんとした整備会社ではないかと推測しています。2回目のメンテナンスは絞り羽根の油染みを清掃したのと、光学系内の清掃だけだったと考えます。

どうしてそう判断できるのかと言うと、絞りユニットの「エンジニアリング・プラスティック製開閉環」に使っている3本のイモネジを「緑色の固着剤」で止めていたからです。前述のとおり現在の市販されている固着剤ですが、イモネジのネジ部に注入せず上から垂らしているだけなので用を成していません(笑)

もっと言えば、外気温などの影響はエンジニアリング・プラスティック材の膨張/収縮で充分相殺される (イモネジが緩まない) のでイモネジに固着剤を使う必要も無いハズです (おそらく製産時点は固着剤を注入していないハズ)。

まして当時の光学メーカーで「緑色の固着剤」を使っていた個体を (ワンオーナー品の中で) 見た記憶がありません。当時たいていは黄褐色の固着剤で、赤色の固着剤もその後に市場流通していたタイプなので製産メーカーではないとも考えられます (いずれも嫌気性)。

富岡光学製』の固着剤は嫌気性 (空気に触れなくなると硬化する) ではないのでバラしてチェックすれば一目瞭然です (いまだにドロッとしたままだから)。

また光学系第5群のコバ端を「反射防止塗料」で着色したのも2回目のタイミングと考えられるので (何故なら製産時点だとメッキなので溶剤で溶けない) 2回目のメンテナンスで光学系清掃も行っていると推測できます。

このようにバラすと過去メンテナンス時の所為が大凡ですが察しつきます。

↑当初バラす前の実写チェック時にLED光照射で視認した絞りユニット前後の極薄いクモリは完全除去できた為、光学系内はLED光照射でもコーティング層経年劣化に伴う極薄いクモリすら皆無です。残念ながら第2群の中央に拭きキズがヘアラインキズ状に数本見られます。

↑前述の第5群のコバ端は、今回敢えて「反射防止塗料」による着色をしていません。また経年で成分が揮発して非常に薄いクモリの膜をつける要因にもなり兼ねません。そもそも製産時点でコバ端着色していないので (メッキ塗膜が無い) そのままにしました。

↑絞り羽根の開閉は当初の開閉幅 (開口部の大きさ/カタチ/入射光量) にセットしています。絞り環を回した時、最小絞り値「f22」が少々明確にカチッとハマるのは、マウント部をバラして絞り値キー (鋼球ボールがカチカチとハマる溝/穴) をチェックしたところ、明確に他の絞り値キーよりも大きめに穴がカットされていたので、これは設計段階の配慮だと考えます (他のモデルでも同じなので)。逆に言えば擦れ減っていないので経年摩耗の程度も少ないレベルと言えます。

細かい話ですが、バラすとこのような事柄まで明確になりますね(笑)

上の写真のコーティング層光彩を見ると分かりますが「パープルアンバーグリーンブル〜」の4色に光り輝いています。

第1群 (前玉):グリーン/グリーン
第2群グリーン/パープルアンバー
 第3群ブル〜/ブル〜
 第4群パープルアンバー/グリーン
第5群グリーン/グリーン
第6群ブル〜/パープルアンバー
第7群パープルアンバー/グリーン

・・こんな感じで各群の光学硝子面が放つコーティング層の色合いがそれぞれ違って見えます (前玉側方向の面/後玉側方向の面の順)。

ここからは鏡胴の写真になりますが、経年の使用感が僅かに感じられるものの当方にて筐体外装の「磨きいれ」を施したので大変落ち着いた美しい仕上がりになっています。「エイジング処理済」なのですぐに酸化/腐食/錆びが生じたりしません。

↑塗布したヘリコイドグリースは「黄褐色系グリース」の「粘性中程度軽め」を使い分けて塗っています (いつもと同じです)。距離環を回すトルクは「普通」人により「重め」に感じ「全域に渡り完璧に均一」です。

基台」側を少し多めに「磨き研磨」したので、前述の指標値環と擦れる感触は残っていません (当初バラす前に微かに感じていた問題)。

無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

もちろん光学系の光路長調整もキッチリ行ったので (簡易検査具によるチェックなので0.1mm単位や10倍の精度ではありません)、以下実写のとおり大変鋭いピント面を確保できました。電子検査機械を使ったチェックを期待される方は、是非ともプロのカメラ店様や修理専門会社様が手掛けたオールドレンズを手に入れて下さい当方の技術スキルは低いのでご期待には応えられません

↑当レンズによる最短撮影距離25cm付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

この実写はミニスタジオで撮影していますが上方と右側方向からライティングしています。その関係でフードを装着していない為に絞り値の設定によりハレ切りが不完全なまま撮影しています。一応手を翳していますがハレの影響から一部にコントラスト低下が出てしまうことがあります (簡易検査具による光学系検査を実施済で偏心まで含め光軸確認は適正/正常)。

↑絞り環を回して設定絞り値「f4」で撮影しています。

↑さらに回してf値「f5.6」で撮っています。

↑f値は「f8」に変わりました。

↑f値「f11」です。

↑f値「f16」になりましたが、この段階でも「回折現象」の影響が極僅かです。如何に描写性能が高い光学設計なのかが分かりますね、素晴らしいです。

回折現象
入射光は波動 (波長) なので光が直進する時に障害物 (ここでは絞り羽根) に遮られるとその背後に回り込む現象を指します。例えば、音が塀の向こう側に届くのも回折現象の影響です。
入射光が絞りユニットを通過する際、絞り羽根の背後 (裏面) に回り込んだ光が撮像素子まで届かなくなる為に解像力やコントラストの低下が発生し、ねむい画質に堕ちてしまいます。この現象は、絞りの径を小さくする(絞り値を大きくする)ほど顕著に表れる特性があります。

↑最小絞り値「f22」での撮影です。これでも「回折現象」の影響は他のオールドレンズと比較すると本当に少ないのが分かります。ポートレートレンズの焦点距離85mmに続いて、この広角レンズも銘玉の逸品ですね。

大変長い期間に渡りお待たせし続けてしまい本当に申し訳御座いませんでした。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。