◎ KMZ (クラスノゴルスク機械工廠) JUPITER−9 8.5cm/f2 Π silver《前期型》(L39)

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今回完璧なオーバーホールが終わって出品するモデルは、旧ソ連時代の
KMZ (クラスノゴルスク機械工廠) 製中望遠レンズ
JUPITER−9 8.5cm/f2 Π silver《前期型》(L39)』です。


つい先日、このモデルで1978年にLZOS (リトカリノ光学硝子工場) で製産された個体を扱ったばかりですが、今回は希少な1956年に生産されたKMZ (クラスノゴルスク機械工廠) 製個体になります。当モデルの当方での累計扱い数は今回が37本目にあたり (オーバーホール/修理の
ご依頼分を含む)、且つ「前期型」のシルバー鏡胴は17本目です。

今回この個体を扱った理由はたったの一つ
生産数が少ない初期仕様のΠコーティング
だからです。
左写真左側が初期仕様 (今回出品する個体) で、
右側がその後のタイプ (量産型の中で圧倒的に
多いタイプ)。

Πコーティング」とは、この当時のロシアンレンズに蒸着されていたモノコーティング (複層膜コーティング) ですが、後にKMZからLZOSに製産が移管されてから蒸着されている個体は、光学系を見る角度により放つ光彩が「パープルアンバー (ブル〜)」ですが、今回の初期仕様は「ブル〜 (パープルアンバー)」に見え、放つ光彩の主体が「ブル〜」である点が異なります
※ ( ) で括っている光彩は見る角度を変えると僅かに視認できる要素
※ 同じKMZ製でもコーティング層が放つ光彩の主体が2種類あると言う意味

Πコーティング」の「Π」はロシア語キリル文字でコーティングを表す「Πросветления」の頭文字を採っており、ラテン語/英語に訳すと「」にあたります (レンズ銘板に刻印あり)。

このキリル文字「просветления」をそのまま英訳すると「enlightenment (啓発)」となりますが、ロシアのZENITに関する研究サイト「ZENIT CAMERA」の「JUPITER-9」のページの下のほうに技術仕様の項目「Тип просветления: многослойное」があり、そのまま和訳すると「啓発のタイプ:多層」と訳されます。どのような経緯でこのコトバを使うのか不明ですが、ロシア人が技術諸元値の一つを表すコトバとして「コーティングпросветления」を
使っている事は間違いない事実ですね。ちなみに発音記号は「prosvetleniya」なので頭文字が英語の「」にあたる事も事実です。

この件について、当方がウソを書いているとSNSで批判されていますが(笑)、前述のZENIT研究サイトをご覧頂ければ確認できると思います (ロシア語キリル文字のサイト)。

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当方は「ロシアンレンズ」と表現していますが、正しくは旧ソ連 (旧ソビエト連邦) 時代に生産されたオールドレンズになります。共産主義体制国家には「私企業」の概念が存在しない為、主だった企業は国家に一元管理されていました (国営企業と呼ぶ)。しかしどの工場で生産されたモデルなのかが不明瞭なので、ロシアンレンズはレンズ銘板に生産工場を示すロゴマークを刻印しています。

ちなみに、当時からロシアでは企業体を「国営企業」と呼称し同時にそのような概念でしたから (いまだに同じ概念のまま) 日本のネット上でよく使われている「人民公社」ではありません。同じ共産主義体制でも旧東ドイツでは「VEB (人民所有企業)」の概念と呼称でしたから、国によって概念や思想、或いは呼称が違うと考えますし、実際に専門に研究している方の論文を読むとそのように解説されています (ソ連と旧東ドイツ・中国それぞれで概念と思想に呼称が異なる)。何でもかんでも「人民公社」にしてしまうのは適していないと考えますね(笑)

旧ソ連では戦前ドイツで1932年に発売されたZeiss Ikonのレンジファインダーカメラ「CONTAX I」や、その交換レンズ群に注目しており今回扱うモデル『JUPITER-9 8.5cm/f2 Π silver《前期型》(L39)』は、そのCarl Zeiss Jena製ポートレートレンズ「Sonnar 8.5cm/f2 T」の光学系を模倣したモデルとして、戦後旧ソ連で独自の (別の) 系統として新たに発展していったオールドレンズの一つです。

右写真は、旧ソ連が模倣した戦前ドイツのCarl Zeiss Jena製ポートレートレンズ「Sonnar 8.5cm/f2 T」ですが、ドイツ敗戦時に占領した旧ソ連軍はCarl Zeiss Jenaの設計技師を含む人材や工場の機械設備、或いは原材料などの資材を全て接収しています。

これは非常に興味深い話で、旧ドイツ製オールドレンズを「模倣」したオールドレンズは日本も含め数多く存在すると思いますが、模倣元のモデルと同じ光学硝子材を使って同一設計品をまず製産し (まんまコピー)、そこから独自に別の系統としての発展を遂げたオールドレンズとなるとそれほど多くないと思います。

接収した人材や設備/資材をもとに、旧ソ連のKMZ (Krasnogorski
Mekhanicheski Zavod:クラスノゴルスク機械工廠) で設計された
モデルが「ZK-85 8.5cm/f2 Π」として1948年に極少数作られ、1949年より本格的な量産型モデルとして再び設計し直したたモデルが「ZORKI ZK 8.5cm/f2 Π」として登場し新たな源流となっていきます (右写真)。ちなみにロシア語キリル文字は「ZKЗК」です。

今回扱うモデルはその後1956年にKMZにて製産された個体で、モデルバリエーション上では「前期型」にあたりますが、当時のソ連国内向けか、或いは東欧圏向け輸出品だったのかを探るヒントが残っています。レンズ銘板の刻印が「ЮПИТЕР-9」とロシア語キリル文字ですが鏡胴には「MADE IN USSR」と原産国表記をラテン語/英語でワザワザ刻印しています。

つまり当時の国際輸出法に則り「原産国の英語表記」をしていた事から「ソ連国内の流通品ではない東欧圏向け輸出品個体」だった事が覗えますね (西欧圏向け輸出品ならレンズ銘板の刻印が英語表記になっていたハズ)。たかがレンズ銘板のモデル銘の刻印に関する話ですが「観察と考察」を進めると、見えていなかった当時の背景が浮かび上がってきて、オールドレンズは本当に楽しいです(笑)

左図は今回扱う『JUPITER-9シリーズ』のレンズ銘板に刻印されている製産工場を現すロゴマークの変遷を示しています。

KMZのロゴマーク自体は戦時中の単なる台形 (プリズムを型取ったロゴマーク) からスタートして戦後には入射光が左端から入り射出していく様を現す矢印が加えられています。

一方レンジファインダーカメラ本体は、やはりZeiss Ikonの「CONTAX I」を模倣した「Kiev-10 Avtomat」を開発したので、KMZではKiev/CONTAXマウントのモデルも製産しています。

その後1957年にはウクライナのKiev (キエフ) にあるZavod Arsenal (アーセナル工場) でもKiev/CONTAXマウントのJUPITER-9が製産され始めますが、フィルター枠部分が黒色なので外観上の相違が分かり易いです (右写真)。

KMZに於ける製産でL39/M39/M42マウントモデルは、後の1958年からLZOS (Лыткаринский завод Оптического Стекла:リトカリノ光学硝子工場) に移管され2000年代まで製産が続けられました。

従って「JUPITER-9シリーズ」は、KMZ:1949年〜1963年、LZOS:1958年〜2000年代、
さらにArsenal:1957年〜1963年の時系列でそれぞれが個別に変遷していったことが分かります。

これらは全て共産主義体制の下「5カ年計画」に基づく産業工業の国家一元管理体制からスタートした複数工場での同一モデル並行生産を表す「特異な産業構造」と言え、同時にこの概念や思想はそのまま旧ソ連が占領統括した旧東ドイツにも指示命令され広まっていきました。

【モデルバリエーション】
※各バリエーションの製産時期はネット上サンプルの製造番号から推測

前期型

製産工場:KMZ / LZOS
製産時期:1950年〜1963年



中期型

生産工場:LZOS / ARSENAL
製産時期:1958年〜1968年


後期型

生産工場:LZOS
製産時期:1968年〜2000年代 (?)

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ロシアンレンズのマウント規格について注意事項があるので解説しておきます。

左図はGOI Leningrad (Gosudarstvennyi Optichaskij Institut Leningrad:GOI光学研究所) の設計諸元書から転載しました。

L39スクリューマウント (L39 x 1)
ライカ判を模倣したFed-Zorki (フェド・ゾルキ) 版ネジ込み式マウント
マウント内径:⌀39mm x ピッチ:1mm (フランジバック:28.8mm)

M39スクリューマウント (M39 x 1)
旧ソ連のフィルムカメラZenit (ゼニット) 版ネジ込み式マウント
マウント内径:⌀39mm x ピッチ:1mm (フランジバック:45.2mm)

Kiev/CONTAXマウント (バヨネットマウント)
「CONTAX I」を模倣したやはり旧ソ連の独自マウント規格。

すると上記3つのマウント規格の中で「L39とM39が同一径のネジ込み式マウント」です。

マウントが同じ「ネジ山内径39mm x ピッチ1mm」なので、パッと見で同一に見えてしまいますが、フランジバックが違うので間違えて入手するともちろんピントが合いません。

さらに厄介なことに、右写真のような「M39 → M42変換リング」が存在するので、これをネジ込んで「M42マウント」と謳って市場に平気で流しています (古い場合は真鍮製の変換リングもある)。

 

ややこしい話ですが、必ず「フランジバック」を考えなければオールドレンズは使えません。

L39マウント:フランジバック:28.8mm±0.02
M39マウント:フランジバック:45.2mm±0.02
M42マウント:フランジバック:45.46mm±0.02
※フランジバック末尾「±0.02」は当時の設計諸元書記載の誤差許容値を表す

フランジバック
レンズマウント面から撮像面 (フィルムカメラならフィルム面、デジカメ一眼/ミラーレス一眼なら撮像素子面) までの距離

左図は「フランジバック」を解説する為に当方が用意した合成図です (合成図なので各製品の縮尺などは正確ではありません)。

するとオールドレンズに入ってきた入射光 (ブルーの矢印) がカメラボディ内部の撮像素子面 (オレンジ色) に到達して結像することで初めてピントが合って撮影ができます。

左図ではカメラボディ側がデジカメ一眼/ミラーレス一眼 (α7II) なのでオールドレンズは「マウントアダプタ経由装着」しています。

この時「フランジバック」が適正でなければ「どんなにピント合わせしてもピントが合わない」不具合に遭遇するワケですが、それは「2つの製品のフランジバックが適正なのかどうか」が問題になります。

つまり上図では「マウントアダプタのフランジバック (赤色矢印①)」と「オールドレンズのフランジバック (グリーンの矢印②)」が問題になるワケですね。

従ってマウントアダプタ側フランジバックはデジカメ一眼/ミラーレス一眼の規格なので既に決まっていますから明確になります (上図ではSONY E マウント規格:18mm)。結果、チェックしなければイケナイのはオールドレンズ側のフランジバックであるグリーンの矢印②と言うことになりますね。

ちなみに、フランジバック計算する時に必要な数値はブルーの矢印③のマウントアダプタのサイズ (レンズ側マウント面 vs カメラ側マウント面の製品全高) が必要になります。計算すると、上の図ではM42マウントなので

45.46mm () ー18mm ()=27.46mm ()

と言う式に到達します。従ってマウントアダプタの製品全高が「27.46mm」であれば問題なく無限遠位置もピント合焦もして適切に使えるワケです。

このように、オールドレンズを使っていて無限遠位置の時だけピントが甘いとか、或いは全ての距離で何となく甘い画になるなど、使っていて違和感を抱くとしたら「それはフランジバックを疑う/確認する」必要があるかも知れませんね。フランジバックが全て適正なのであれば、最後に疑うべきは「オールドレンズ (内部) の問題」しか残っていないので、整備に出せば改善できるかも知れません。

要は「何でもかんでもオールドレンズのせいではない事をオールドレンズ使いは知るべき」と言うお話です。

例えば上図で言えば、マウントアダプタの製品全高 (ブルーの矢印③) を実測すると、なんと「27.51mm」なので計算から逸脱しており「+0.05mm」のアンダーインフになっています (フランジバックを実測するのは面倒だがマウントアダプタはすぐに計測できるから測ってみれば良いだけの話)。するとどんなにオールドレンズ側のフランジバック (グリーンの矢印②) が適切でも、マウントアダプタに装着した時点で既に「甘い画」になってしまう事になります (つまり理論上でもオールドレンズ側の問題ではない事が明白になってしまう)。逆に言うならフランジバックに注目するだけで (チェックするだけで) こんな感じで本当の問題点を詰めていく事ができますョね? そういう探求心もオールドレンズ使いには必要になる事があります。

ではどうしてこのような現状でも多くのオールドレンズを装着して問題なくピント合わせできているのかと言えば、それはたったの一つ「既にオールドレンズ側が過去メンテナンスされていて、その時にオーバーインフに設定されているから」と言えます。つまりマウントアダプタのアンダーインフとオールドレンズ側のオーバーインフとで互いに相殺し合ってちょうど良くなっているように見えているワケです (意外とそんな結末だったりします)(笑)

それは詰まるところ、フィルムカメラ全盛時代に於いてもマウント規格は世界規模で必ずしも (それこそ日本のJIS規格のように) 厳格管理されていたワケではない事を、まずは皆さん (オールドレンズ使い) が覚悟すべき前提になります。フィルムカメラの製産メーカーが自社に都合の良い規格で工夫してしまっていたのが当時の現実なので、仮にM42マウントと称しても現実問題として「新旧2つの規格が顕在している (フランジバック:45.46/45.74mm)」のが事実なのであり、それは他のマウント規格でも同じ話です。

さらに近年になって数多く出回り始めた製品であるのがマウントアダプタであるにも拘わらずその製品規格 (仕様) すら信用ならないとなれば(笑)、当方のような低い技術スキルで整備している輩にとっては「オーバーインフに微調整して仕上げる」しか逃げの手が無いワケです(笑) そうやってごまかして整備しているのが当方であり、技術スキルの低さをまさに物語っている話であり、本当に皆様もご注意下さいませ要は今も昔もオールドレンズが様々なフィルムカメラやマウントアダプタに装着して使われるとなれば、整備者は自ずとオーバーインフに微調整してオールドレンズを仕上げるしか手が無いと言えるワケです

これが仮にある特定のマウントアダプタやカメラだけに限定して装着すると決まるのであればそれに見合う微調整でフランジバックをピタリと適合化させれば良いだけの話であり、そんなのは簡単にできるワケです。難しいのは装着先が不明な場合のオーバーインフ量設定と言えますね(涙)

なお、前述のマウントアダプタ製品全高「27.51mm」のカラクリは「M42マウントのフランジバックを45.5mmと小数点以下1桁に丸めてしまったから」と推測しています。すると前述の計算式の答えは「27.5mm」で当方計測値との誤差は僅か「+0.01mm」になり、且つオールドレンズ側フランジバックとしても設計時点の誤差許容値「±0.02mm」内に入ります。
(規格の採り方の話なので見かけ上は許容値内だが実際は+0.04mmの話)

これは実際に当方が現在市場で人気を得ているマウントアダプタの製産会社「K&F CONCEPT社 (中国)」の技術部にコンタクトしていろいろやり取りしたところ、彼らはM42マウント規格を「45.5mmのフランジバック計算」で管理している事を知りました。つまりK&F CONCEPT製マウントアダプタのM42マウント規格品は全て「フランジバック45.5mm計算」だと言えますし、もっと言えば日本製「RAYQUAL製マウントアダプタ」も同様の計測値を採っていますから、彼らにすれば日本製と同じ規格にしてるのに何故同じ日本人が文句を言うのかと言う返答になりますね(笑)

結局、日本の会社が採用した規格をそのまま「まんまコピー」で (中国の会社によって) 市場に流されてしまい氾濫しているのが今の世の中なので、それこそまるでSNSの如く「先に広く世に広まったほうが勝ち」みたいな話になっているのが現実なのではないでしょうか (それほど海外勢のマウントアダプタばかりが流れているのが実情)?(笑)

しかし当方の考察は、当時の光学メーカーが設計時点で誤差許容値として「小数点以下2桁」を採っていたのに、現在の製品 (マウントアダプタ) 設計で1桁に丸めてしまうのは少々乱暴すぎると考えています。従って当方では「M42マウントのフランジバック:45.46mm」と捉えているワケで (wikiでも45.46mmとしている)、且つ当方は「オーバーインフで微調整して仕上げている」次第です (ちゃんと根拠があるワケです/最低でも+0.04mm分アンダーインフを相殺しないとイケナイから)

逆に言うと、それほど日本製マウントアダプタ信者が多いのも現実です(笑) 詰まるところ当方の考え方がオカシイと仰る人が多いですが、ならばwikiを何とかしてほしいとも思いますし、もっと言えば当時の設計諸元書の「±0.02mm」の説明をちゃんとしてほしいモノですね(笑)
※これら詳細については「解説:M42マウントアダプタにみるフランジバックとの関係②」で
ご案内しています。

話を元に戻して、ヤフオク! でも平気で公然と「M42マウントとしても使えます」と謳われていますが変換リングの類を使ってM39を「M42マウント化」したとしてもフランジバックがそのままなら「相当なオーバーインフ量」になっていることになります (距離指標値の∞から5目盛以上もズレた手前の位置で無限遠合焦してしまう)。

すると、例えば今回の中望遠レンズで言えば、距離環に刻印されている距離指標値は「・・5 6 8 12 ∞」なので、下手すると5mを過ぎた辺りから無限遠合焦してしまい、ポートレートレンズとしての画角で考えるとだいぶ使い辛いと思います。

いわゆる高く売りたいが為の謳い文句として敢えて詳しく案内しない出品者も居るので本当に厄介です (シロウトなので詳細は不明/委託品なので未確認などが横行している)。

従ってL39なのかM39なのか、或いは本当のM42なのか (変換リングがネジ込まれていない) 等確認が必要になります。しかしライカ判「L39」を「M39」と表記している人も居るので非常に分かりにくい話になっています。当方も調達時は必ず無限遠位置が適正なのか質問して入手しているくらいです。

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上の写真はFlickriverで、Carl Zeiss Jena製「Sonnar 8.5cm/f2 T」の特徴的な実写をピックアップしてみました。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。


上の写真はFlickriverで、このモデル「JUPITER-9 85mm/f2」の特徴的な実写をピックアップしてみました。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。

一段目
SonnarもJUPITER-9も共にシャボン玉ボケが表出しますが、残存収差の影響度合いの違いがエッジの滲み方の相違に現れるので、ピント面のエッジが骨太に出てくるロシアンレンズの特徴を備えたJUPITER-9のほうが、明確なシャボン玉ボケ〜円形ボケまでの表出にメリットがあります。Sonnarのほうは、おそらく意図的に収差を残している要素があると踏んでいるので、それはそれで美しい溶け方 (滲み方) をしている印象を受けます。

二段目
ここからが両方のモデルの相違をより明確化してくる要素だと考えますが、収差ボケの質が違うので背景ボケの現れ方に違いがあると思います。基本的にピント面のエッジが繊細で細い印象のSonnarは背景ボケが煩く出てきても違和感を感じませんが、ピント面のエッジが (太いから) 明確に出てくるJUPITER-9のほうは、シ〜ンの設定をミスると背景ボケと被写体とのバランスで違和感ギリギリのところまで近づきます。その意味で撮影スキルが試されるモデルなのかも知れません。
共にポートレートレンズの焦点距離だけあって人物撮影が美しく表現されますが、画全体的な印象は2つのモデルで対極的なように感じます。

光学系は3群7枚のゾナー型ですが、実は今回の個体は1956年の製産個体です (製造番号の先頭2桁が製産年度を表す)。しかも1956年最初の生産ロット分と断言できるので、内部に実装している光学硝子レンズは全て1955年までに精製された光学硝子材だったと推測できます。

するとその事実が意味するところは「もしかすると枯渇する前に精製された接収したCarl Zeiss Jenaの資材を使った光学硝子レンズが入っているかも知れない (Carl Zeiss Jenaから接収した光学硝子資材は1954年に枯渇したと言い伝えられている)」と言う淡い期待に胸が膨らみますね(笑)

今回バラして清掃時にデジタルノギスで計測しほぼ正確にトレースした構成図です。
当方が計測したトレース図なので信憑性が低い為、ネット上で確認できる大多数の構成図のほうが「」です (つまり右図は参考程度の価値もない)。
(各硝子レンズのサイズ/厚み/凹凸/曲率/間隔など計測)

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。上の写真は、既に当方による各構成パーツの「磨き研磨」が終わっている状態での撮影ですが、実は今回の個体は「磨き研磨」だけでは済まない「事前処置」が必要でした。

左写真は、上の写真を撮影する前段階の写真ですが、個別に溶剤で洗浄した直後の写真です。

すると各構成パーツは純正グリースである「黄褐色系グリース」浸透が認められ、且つ筐体外装には経年の手垢がビッチリ附着しており「茶褐色」に変色しています。

さらに筐体外装を拡大撮影しました。「茶褐色」に変色している中には一部にその汚れが剥がれて「アルミ合金材の地が現れている箇所」があったりしますから、どれだけ頑固な汚れなのかが分かると思います。
ローレット (滑り止め) のジャギーもビッチリ汚れていますから、相当な年数分の手垢が附着していると考えられます。はたしてこのまま使っている方が多いのでしょうが、少なくとも当方はキモイですね(笑)

これはアルミ合金材に堆積した経年の「油脂 (つまり手垢)」が角質化してしまい「茶褐色」に変色した汚れであり、溶剤などの液体だけでササッと拭き取れるモノではありません (溶剤では一切歯が立たない)(笑)

つまり「削り取る」しか方法が無いワケで、とても「磨き研磨」どころの騒ぎではなく「上の写真の状態まで仕上げるだけで1日かかった」と言う相当厄介な作業でした (正直ゴシゴシやる作業はちょっと疲れました)(笑)

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルは鏡胴が「前部/後部」の二分割方式なので、ヘリコイド (オス側) は鏡胴「後部」に配置されています。

絞り羽根には表裏に「キー」と言う金属製突起棒が打ち込まれており (オールドレンズの中にはキーではなく穴が空いている場合や羽根の場合もある) その「キー」に役目が備わっています (必ず2種類の役目がある)。製産時点でこの「キー」は垂直状態で打ち込まれています。

位置決めキー
位置決め環」に刺さり絞り羽根の格納位置 (軸として機能する位置) を決めている役目のキー

開閉キー
開閉環」に刺さり絞り環操作に連動して絞り羽根の角度を変化させる役目のキー

位置決め環
絞り羽根の格納位置を確定させる「位置決めキー」が刺さる環 (リング/輪っか)

開閉環
絞り羽根の開閉角度を制御するために絞り環操作と連動して同時に回転する環

↑15枚もの絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させます。

当初バラした直後は、この鏡筒内部にまで純正の「黄褐色系グリース」が塗られていましたしもっと言えば「光学硝子レンズの格納筒内部にまで黄褐色系グリースが塗布されている」と言えます。

一瞬考えるとそんな事があるワケがないと思いがちですが、実際に多くのロシアンレンズで
そのように「光学硝子レンズの周囲にグリースが塗られている」のが現実です。

これはロシアが国土に氷点下40度以下まで下がる極寒地帯を含むからであり「金属凍結による光学硝子材の破壊を防ぐ」目的で様々な箇所に純正グリースが塗られています。

しかも、その純正グリースたる「黄褐色系グリース」の油成分は相当多い配合なのでアッと言う間に揮発油成分による「油染み」がオールドレンズ内部の至る箇所に生じます。それでも重要な箇所には粘性が残ったままの状態で純正グリースが機能しているので、極寒地帯でも凍結せずに使えるワケです。その意味で日本国内で流通している一般的な−20℃〜+120℃のグリースでは全く話になりません。

↑絞りユニットを仕込んで完成した鏡筒を立てて撮影しました。僅か3群7枚のゾナー型光学系ですが、焦点距離が85mmと長い分、鏡筒の深さがあります。

↑後からでは組み込めないのでここで先に光学系前後群を組み付けます。上の写真で解説していますが「イモネジ用の穴」が用意されています (赤色矢印)。それを見てすぐにピ〜ンと来た人は相応に技術スキルがある整備者ですね。

これは光学系前群を格納した後にワザワザ「イモネジ」を使って締め付け固定しているワケであり、それが意味するところは非常に重要な話です。

イモネジ
ネジ頭が存在せずネジ部にいきなりマイスの切り込みが入っているネジ種

↑絞り環用のベース環をネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと絞り環が機能しません。

↑ベース環の上に「絞り環」を被せて、やはりイモネジ (3本) で締め付け固定します。これで鏡胴「前部」の完成です。

↑ここからは鏡胴「後部」の組み立て工程に移ります。鏡胴「後部」はヘリコイド (オスメス) とマウント部だけの構成なので非常にシンプルです。

マウント種別が「L39」のライカ判スクリューですから「距離計連動ヘリコイド」を有する為に「ダブルヘリコイド方式 (オスメスのセットが2組ある)」を採っています。

基準ヘリコイド (外ヘリコイド:オス側)
外ヘリコイド (メス側)
内ヘリコイド (オス側)
内ヘリコイド (メス側)

2組のヘリコイド (オスメス) は、それぞれが「内外ヘリコイドセット」として互いが連係しながら「連動して動く」構造を採っています (全てのヘリコイドが同時に一斉に動く仕組み)。

↑内外のヘリコイド (オスメス) がご覧のようなネジ込み順序 (ブルーの矢印) で基準ヘリコイドに対して互いにネジ込まれます。

↑実際に「基準ヘリコイド ()」に対して内ヘリコイド () をネジ込んだところを撮りました。「基準ヘリコイド」は「外ヘリコイド (オス側)」なので、その内部に「内ヘリコイド (オスメス)」が入っている概念です。

つまり「内ヘリコイド (オスメス)」は互いにネジ山の切削が逆方向である事にすぐにピ〜ンと気がつかなければ、このモデルを正しく適正に組み上げることはできません (一方が繰り出しの時片方は収納という逆の動作をする原理)(笑)

また同時にその繰り出し/収納のチカラを決めている箇所が上の写真オレンジ色矢印で「直進キー」と言うパーツが入る場所です。

↑さらに「基準ヘリコイド」に対して「外ヘリコイド (メス側:)」がネジ込まれます。すると各内外ヘリコイド (オスメス) がブルーの矢印の方向で互いに個別に連係して (上下左右異なる方向性で) 駆動する仕組みですね。

↑内外ヘリコイド (オスメス) のトルク調整が終わった時点で、ようやく指標値が刻印されているマウント部をセットできます。もちろんこのマウント部のポイントは基準「」マーカーの位置合わせですね (これが狂うとピント面の鋭さまで含め全てが狂ってしまうから)。その意味で単なる基準値的な意味合いだとバカにしていると「甘いピント面」の個体に堕ちてしまったりしますね(笑)

確かに距離環を回す時のトルク感も重要なのでしょうが、そもそも「鋭いピント面」を決める要素はここの工程だったりしますから、どんなに軽い操作性だとしても「甘い印象の写り」ではどうしようもありません。

↑距離環を仮止めしてから、この後は完成している鏡胴「前部」を組み込んで無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行えば完成です。

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ここからはオーバーホールが完了した出品商品の写真になります。

↑完璧なオーバーホールが完了しました。とても貴重なKMZ製『JUPITER−9 8.5cm/f2 Π silver《前期型》(L39)』です。さらにその中でご覧のような「ブルシアンブル〜」の光彩を (見る角度によっては) 放つ初期仕様の「Πコーティング」の個体であり、それは製造番号から来る1956年製からも (しかもその年の最初の製産ロット分) 希少価値が高い個体と言えます (もちろん傾きを変えればパープルアンバーの光彩も相応に放つ)。

↑光学系内の透明度が非常に高い状態を維持した個体です。LED光照射でもコーティング層経年劣化に伴う極薄いクモリすら皆無です。

光学系内の各群には「微細な気泡」が複数ありますが、光学硝子材精製時に一定の時間規定の高温を維持し続けた「」として「気泡」を捉えており「正常品」として出荷していました (写真への影響なし)。また「Πコーティング」の経年劣化に伴い光学系内は「黄変化」が進行しているので (いわゆるコーティング焼けの現象)、カメラボディ側のオート・ホワイト・バランス (AWB) 設定で適正化して下さいませ。

ちなみに、光学系内の貼り合わせレンズはコバ端を「着色」しています。

↑上の写真 (3枚) は、光学系前群のキズの状態を拡大撮影しています。すべて極微細な点キズを撮っていますが微細すぎて全部写りませんでした。

↑光学系後群側もLED光照射で極薄いクモリが皆無です。一部コーティング層に微細な薄い線状ハガレがありヘアラインキズのように見えますが、コーティング層のハガレなのでキズではありません。

↑上の写真 (3枚) は、光学系後群のキズの状態を拡大撮影しています。すべて極微細な点キズを撮っていますが微細すぎて全部写りませんでした。

【光学系の状態】(順光目視で様々な角度から確認)
・コーティング劣化/カビ除去痕等極微細な点キズ
(経年のCO2溶解に拠るコーティング層点状腐食)
前群内:20点以上、目立つ点キズ:18点
後群内:20点以上、目立つ点キズ:13点
・コーティング層の経年劣化:前後群あり
・カビ除去痕:あり、カビ:なし
・ヘアラインキズ:あり(前後群内僅か)
・バルサム切れ:無し (貼り合わせレンズあり)
・深く目立つ当てキズ/擦りキズ:なし
・光源透過の汚れ/クモリ (カビ除去痕除く):なし
・その他:光学系内は微細な塵や埃が侵入しているように見えますが清掃しても除去できないCO2の溶解に拠る極微細な点キズやカビ除去痕、或いはコーティング層の経年劣化です。
光学系内の透明度が非常に高い個体です
(LED光照射でも極薄いクモリすら皆無です)
・光学系内貼り合わせレンズのコバ端を着色済です。
・光学系はΠコーティングの経年劣化により黄変化が進んでおり、一部には線状にコーティング層のハガレがありますが写真には一切影響ありません。
・いずれも全て実写確認で写真への影響ありません。

↑15枚の絞り羽根もキレイになり絞り環共々確実に駆動しています。絞り羽根が閉じる際は「ほぼ真円の円形絞りを維持」しています。

ここからは鏡胴の写真になりますが、経年の使用感が僅かに感じられるものの当方にて筐体外装の「磨きいれ」を施したので大変落ち着いた美しい仕上がりになっています。また冒頭解説のとおりクロームメッキ部分も当方にて「光沢研磨」を施したので、当時のような艶めかしい眩い光彩を放っています。「エイジング処理済」なのですぐに酸化/腐食/錆びが生じたりしません。

↑【操作系の状態】(所有マウントアダプタにて確認)
・ヘリコイドグリースは「粘性:中程度と軽め」を使い分けて塗布し距離環や絞り環の操作性は非常にシットリした滑らかな操作感でトルクは「重め」に感じ「全域に渡ってほぼ均一」です。
・距離環を回した時、繰り出し時と収納時とで異なるトルク感を感じますが内部パーツの「直進キー」の経年摩耗に伴う抵抗/負荷/摩擦の為必ずしも再現性がありません(クレーム対象としません)。
・距離環を回すとヘリコイドのネジ山が擦れる感触が伝わる箇所があります。
・ピント合わせの際は極軽いチカラで微妙な操作ができるので操作性は非常に高いです。
・このモデルは鏡胴が「前部/後部」二分割式なのでフィルター枠にフィルター/フードなどを強めに装着してしまうと着脱時に鏡胴「前部」が一緒に回ってしまう為ご留意下さいませ(再整備は有料になり往復送料も実費ご負担頂きます/当方整備の問題ではなく設計上の仕様です)。

【外観の状態】(整備前後関わらず経年相応の中古)
・距離環や絞り環、鏡胴には経年使用に伴う擦れやキズ、剥がれ、凹みなどありますが、経年のワリにオールドレンズとしては「超美品」の当方判定になっています (一部当方で着色箇所がありますが使用しているうちに剥がれてきます)。
当方出品は附属品に対価を設定しておらず出品価格に計上していません(附属品を除外しても値引等対応できません)。

↑距離環を最短撮影距離位置まで回して鏡筒を繰り出した時、絞り環と距離環との間に「隙間」が生ずるのは設計上の仕様なので改善できません (全てのこのモデルで同じように隙間が空きます)。

また鏡胴「前部」は鏡胴「後部」にネジ込み式なので、フィルター枠にフィルターを強めにネジ込んでしまったり、フードを強くネジ込むと、その着脱時に鏡胴「前部」が回ってしまい基準「」マーカー位置と「」が一直線上に並ばなくなります。これは「光路長のズレ」にも繋がるのでピント面の鋭さが変わってしまいますからご留意下さいませ。

ご落札者様の操作によって鏡胴「前部」のズレが生じてしまった場合 (上下でマーカー位置がズレた場合)、再整備は有料にて承ります (無償で再整備しませんし当方との往復送料も有料になります)。ご注意下さいませ。

今回の出品に際し、既に無限遠位置を適合化させているだけではなく「鋭いピント面」にも光路長確保しているので、単なるマーカーのズレだけの話になりません (そんな簡単な再整備ではありません)。

無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

もちろん光学系の光路長調整もキッチリ行ったので (簡易検査具によるチェックなので0.1mm単位や10倍の精度ではありません)、以下実写のとおり大変鋭いピント面を確保できました。電子検査機械を使ったチェックを期待される方は、是非ともプロのカメラ店様や修理専門会社様が手掛けたオールドレンズを手に入れて下さい当方の技術スキルは低いのでご期待には応えられません

↑今回の個体にはKMZ製の純正プラスティック製ケースが附属していますが、前後キャップが無かったので代用キャップを見つけて附属しています。

↑当レンズによる最短撮影距離1.15m付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

この実写はミニスタジオで撮影していますが上方と右側方向からライティングしています。その関係でフードを装着していない為に絞り値の設定によりハレ切りが不完全なまま撮影しています。一応手を翳していますがハレの影響から一部にコントラスト低下が出てしまうことがあります (簡易検査具による光学系検査を実施済で偏心まで含め光軸確認は適正/正常)。

↑絞り環を回して設定絞り値「f2.8」で撮影しています。

↑さらに回してf値「f4」で撮りました。

↑f値は「f5.6」に変わっています。

↑f値「f8」になりました。

↑f値「f11」です。

↑f値「f16」ですが、そろそろ「回折現象」の影響が表れ始めています。

 回折現象
入射光は波動 (波長) なので光が直進する時に障害物 (ここでは絞り羽根) に遮られるとその背後に回り込む現象を指します。例えば、音が塀の向こう側に届くのも回折現象の影響です。
入射光が絞りユニットを通過する際、絞り羽根の背後 (裏面) に回り込んだ光が撮像素子まで届かなくなる為に解像度やコントラスト低下が発生し、眠い画質に堕ちてしまいます。この現象は、絞り径を小さくする(絞り値を大きくする)ほど顕著に表れる特性があります。

↑最小絞り値「f22」での撮影です。