◎ Carl Zeiss (カールツァイス) Planar 50mm/f2(ARRI STD)

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今回の掲載はヤフオク! 出品用ではなく、オーバーホール/修理ご依頼を承ったオールドレンズの掲載になります (有料にて掲載しています)。ヤフオク! には出品していませんので、ご注意下さいませ (オールドレンズの製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています)。

当方は単焦点レンズしか整備ができませんが、その中でシネマレンズに関してはほとんど経験がありません。今回オーバーホール/修理を承ったモデルも初めての扱いになります。

調べてみると16mm映画撮影用カメラの「ARRIFLEX 16」シリーズの説明書に今回ご依頼頂いたCarl Zeiss製のモデル「Planar 50mm/f2」が交換レンズ群のひとつとして掲載されていました。他にも供給していたのはSchneider-KreuznachやKilfitt、或いはRodenstock、Taylor & Hobson、Kinoptik、P.Angenieux Paris、SOM Berthiotなどがあるようですが、どのシネマレンズも銘玉ばかりで羨ましい限りです。今回の個体はARRIFLEXのスタンダードマウントになります。

光学系はバラしてみると5群6枚の構成になっていましたが型が全く分かりません。当時のカタログを見ると今回のモデルが載っているのですが光学硝子レンズの枚数は6枚と印刷されていました。バラした硝子レンズをもとにスケッチしたのが右の構成図になりますが、あくまでもイメージであり正確ではありません。そうは言っても各群の清掃を施しているので凹凸に関しては間違いがありません。

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。今回は残念ながらフィルター枠部分が完全固着しており外すことができなかったのでフィルター枠部分〜絞りユニット〜鏡筒までがバラしていません。また光学系の第3群は、そのような理由から絞りユニットの直下に入ったままになっています (取り出しできませんでした)。

完成している (つまり解体できていない) フィルター枠から鏡筒までの部分です。

横向きになるよう立てて撮影してみました。フィルター枠部分はそのまま絞り環を兼ねている構造なのですが、鏡筒の下部が連動して動く (回る) ような仕組みになっています。上の写真で小さな「板」が水平に出ている部分の環 (リング/輪っか) が絞り環と一緒に回ります。

後から組み付けるのは面倒なので、ここで先に光学系前後群を組み付けてしまいます。

こちらはヘリコイド (オス側) になりますが、先に何のために用意されているのか判らない機構部を組み付けておきます。シルバーの丸突起型ロックボタンが用意されており、押し込みながら赤矢印方向に回すと次の写真のようになります。

カチッと言う音がしてロックされて今度はグリーン色の「T 2.2」刻印に切り替わります。先の赤色「F 2」と切り替えて使うようになっています。絞り環の駆動域を決定している機構部のようなのですが、この「T 2.2」が何を意味するのか当方は知りません。シネマレンズではひとつの規格として「T2.2」が決まっているようですがよく分かりません。

【補足説明】

「T2.2」についてご依頼者様からご教授頂きました。ありがとう御座います!

「F値」が理論値なのに対して「T値」はレンズ構成やコーティングなどによる透過率の違いを考慮した実質的な明るさを表す数値のようです。映画用シネマレンズでは厳密な明るさを優先して対応レンズを使っているのが分かりますね。現在も含めて他にも多くの「T2.2」レンズが存在するのでひとつの明るさの目安 (規格?) なのかも知れません。

また、今回のモデル「Planar 50mm/f2 (arri STD)」はスチルの35mm判をカバーしており16mmのイメージサークルでも使えるために当時の「ARRIFLEX 16」シリーズの説明書にも掲載されていたとのことでした。大変勉強になりました。ありがとう御座いました。

一般的にほとんどのオールドレンズは「f値」を基に設計されている為「位置決め環」側は固定であることが多いですが、中には「t値」の場合もあり「位置決め環/開閉環」の両方が移動してしまう設計もあります (特殊用途向けとしてh値もある)。

f値
焦点距離÷有効口径」式で表される光学硝子レンズの明るさを示す理論上の指標数値。

t値
光学硝子レンズの透過率を基に現実的な明るさを示した理論上の指標数値。

h値
レンコン状にフィルター (グリッド環) を透過させることで具体的な明るさを制御するf値。

従って「t値」は「f値」のような目安要素よりも、より現実的な光学系を透過してきた入射光の絞り値として活用するために用意されている価と制御系です。何故なら「t値」と「f値」とでは絞り羽根のコントロール方法が変わるので、必然的に入射光の制御が変化します。

鏡筒にヘリコイド (オス側) を無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。

ヘリコイド (メス側) をやはり無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルでは全部で9箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

このヘリコイド (メス側) は距離環用のベース環になっているので、この上に距離環指標値を被せてイモネジ (ネジ頭が無くネジ部にいきなりマイナスの切り込みを入れたネジ種) 3本で固定します。指標値は「feet」表記と「m」表記の2種類が用意されているので、適した表記のほうでシルバーツマミを取り付けるように配慮されており、且つ無限遠位置は真上に来るようになっています・・つまりツマミもほぼ真上に来ます。

この後は無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認をそれぞれ執り行いえば完成です。

DOHヘッダー

ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

モデル銘にPlanar銘が付いているので光学系の構成も一般的な「Planar 50mm/f2」で使われている4群6枚のダブルガウス型かと考えていたのですがバラしてみると全く別モノで、しかも見たことがない配置になっていました。

ご依頼内容であった光学系内の薄いクモリは全て除去できました。一部にカビも発生していたのでカビ除去も終わっています。非常に高い透明度が復活しましたが経年のキズやコーティング層の劣化などはそのまま残っています。なお、取り出すことができなかった第3群もバラせなかったとしても表裏面は剥き出し状態ですから、ちゃんと清掃しています (僅かにクモリが生じていました)。

光学系後群もキレイになりましたが清掃だけでは薄いクモリが除去できなかったので当方による「硝子研磨」を施しています。

今回絞りユニットは解体できていませんが絞り羽根には油染みも無くキレイな状態をキープしています。

ここからは鏡胴の写真になります。

当初バラした時点で「白色系グリース」が塗布されており既に濃いグレー状になっていました。今回の整備では「黄褐色系グリース」を塗布しており「粘性:中程度」を塗っています。おそらく既にヘリコイドのネジ山が摩耗しているのだと考えますが急いで早めに距離環を回すとゴリゴリした感触を感じる箇所が僅かにあります (特にツマミで操作した場合は1箇所にチカラが加わるので余計に感じるかも知れません)。「白色系グリース」にした場合は全域でザラザラ感のある感触になり、やがて滑らかになってきますがグリースは白色から濃いグレー状に変色していきます (摩耗粉)。「黄褐色系グリース」もやがては滑らかになりますがネジ山の状態をダイレクトに感じる性質があるのでゴリゴリ感はそれほど変わらないと思います (摩耗粉はほとんど出ません)。慌てずにゆっくり距離環を回して頂ければ (普通にピント合わせして頂ければ) ゴリゴリ感は感じないと思います。

当初バラす際にフィルター枠部分を外そうとして専用工具を使ったのですが固着が酷く外れませんでした。その際に絞り環の一部指標値にキズが付いてしまいました。申し訳御座いません。工具を使うのに当たってしまう形状のフィルター枠 (絞り環) なのでどうにもなりませんでした。

また絞り環の操作性は当初より「遊び」がありましたが、今回絞り環から絞りユニットまでを解体できていないのでそのまま改善できていません。切り替え機構部のグリースを入れ替えたので絞り環のクリック感も多少軽くなっているように感じますが解体できなかったので調整もきません。申し訳御座いません。

当レンズによる最短撮影距離90cm附近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでベッドライトが点灯します)。

絞り環を回して絞り値「f2.8」で撮影しています。非常に立体的でリアルな画です・・。

F値は「f4」になりました。

F値「f5.6」になります。

F値「f8」での撮影ですが、この時点で既に「回折現象」が出始めています。「回折現象」により全体的なコントラストの低下が生じています。

F値「f11」です。

最小絞り値「f16」になります。光学系内の透明度は非常に高くなりましたから、このモデルは開放〜f5.6までが美味しいと言えるでしょうか。オーバーホール/修理のご依頼誠にありがとう御座いました。