◎ Nikon (ニコン) NIKKOR 28mm/f2.8 Ai-S(NF)
今月は相当な台数のオーバーホール/修理ご依頼があり、ず〜っとその作業に追われていましたが、ようやく一段落しました。久しぶりにヤフオク! 出品用レンズのオーバーホールを掲載します。
今回のオールドレンズは、当方での扱いが初めてになります。そもそもCanon製やNikon製のオールドレンズについては、まだ扱いを始めていないので (それ故知識もありません) 滅多に入手しません。今年はKONICAやMINOLTAの扱いをスタートしましたが、来年はCanonやNikonの扱い数も少しずつ増やしレパートリーを拡充していこうと考えています。
今回のモデルは1981年8月に発売された「NIKKOR 28mm/f2.8 Ai-S」になり、2005年まで生産が続けられ20万台を越える出荷数だったようです。製造番号は「63xxxx 〜 83xxxx」なので、当レンズは終盤期に生産された個体になります。その後2006年には再び新設計にて、製造番号「90xxxx 〜」として発売され現行モデル「AI NIKKOR 28mm/f2.8S」と言うモデルになっています。因みに現在のメーカー直販サイトでの価格は「54,165円 (税込)」です。
光学系は8群8枚のレトロフォーカス型で、光学系前群の後には光学系後群の「第5群 (つまり前玉から数えて5枚目)」を後群から独立させて「前進配置」させた変則的なレトロフォーカス型になります。従って第5群の次には第6群ではなく「絞りユニット」が位置しています。さらに今回バラしたところ、この「第5群」にだけ他の光学硝子レンズとは異なる「濃いグリーン色」のコーティングが施されていました。他の群のコーティングはすべて「パープル色」ですが、集光させる役目の「第5群」にて何かしらのコーティング・レベルでの処置を入射光に施しているようです。
以前にやはり初めてNikonのモデルを整備しましたが、内部構造は他社光学メーカーとはまた異なる設計思想が注ぎ込まれているようです。今回のモデルも「ダブルヘリコイド方式」を採った構造化が成されており、意外にもコストが掛かった設計/生産をしていることが分かりました。
オーバーホールのために解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載しています。
すべて解体したパーツの全景写真です。
ここからは解体したパーツを実際に使って組み立てていく工程に入ります。
構成パーツの中で「駆動系」や「連動系」のパーツ、或いはそれらのパーツが直接接する部分は、すでに当方にて「磨き研磨」を施しています (上の写真の一部構成パーツが光り輝いているのは「磨き研磨」を施したからです)。「磨き研磨」を施すことにより必用無い「グリースの塗布」を排除でき、同時に将来的な揮発油分による各処への「油染み」を防ぐことにもなります。また各部の連係は最低限の負荷で確実に駆動させることが実現でき、今後も含めて経年使用に於ける「摩耗」の進行も抑制できますね・・。
先日、この当方による「磨き研磨」無しでの整備は可能なのかどうか・・と言うお問い合わせがありました。「磨き研磨」をしたくない理由は「オリジナルの状態を維持させたい」とのことです。確かに仰る理由は理解できるのですが、既に内部パーツに経年の腐食が生じている場合には、残念ながらその影響によりスプリングや板バネなどの「圧縮力/引張力/反発力」などが弱まっています。その意味では現状既にオリジナルの諸元を維持していないことになるのですが、それをごまかすために「グリースに頼ったメンテナンス」がされていたり、或いはバネの形状を強制的に調整してしまい「圧縮力/引張力/反発力」を変えてしまう方法が採られます。
また、構成パーツの中には互いに接するパーツが存在し、表層面の腐食に拠る「摩擦の増大」が生じている場合もあります (真鍮製や金属製のパーツが真っ黒に変色しているのはメッキ加工表層面の腐食です)。それも同様に「グリースに頼ったメンテナンス」でごまかされている個体が数多く存在しますが、当方ではこれらに対する「グリース」を使った改善処置には疑念を抱いています。
そもそも生産時にはそれほど多量のグリースが塗布されていなかったでしょうし、連動系・連係系の箇所にも多量のグリースが塗布されることはなかったと考えます。そうでなければ短い年数での定期的なメンテナンスが必須になり使用する上であまり好まれることではありません。当方が「磨き研磨」を施し表層面の腐食だけを除去しているのは、あくまでも生産時の「当初の平滑性」を取り戻すためであり、逆に言えば必要以上のグリースを塗布することで、将来的なさらなる揮発油成分の発生や、最悪光学系のコーティング劣化を促してしまうことを防ぎたいからです・・。
何を以てして「オリジナルの状態」と判断するのかが問題になりますが、当方で優先しているのはあくまでも「実用上の本来あるべき諸元の発揮」です。その意味では過去のメンテナンスで「軽め」のヘリコイド・グリースが使われ (非常に多いですが) その結果ヘリコイドのネジ山摩耗が進んでしまっている個体などは、もはや「オリジナルの状態」を維持していないことになります・・だとすれば、メンテナンスをせずに「一代で使い潰す」覚悟を以て使うのも、ひとつの選択肢かも知れませんね。
絞りユニットや光学系前群を格納する鏡筒 (ヘリコイド:オス側) です。焦点距離28mmの鏡筒にしては意外にも奧の深い長い鏡筒でした・・その理由は後ほど出てきます。
この当時、他社光学メーカーの焦点距離28mm広角レンズでは絞り羽根が枚数5〜6枚という仕様のモデルが多いのですが、このモデルは7枚を装備しています。
上の写真は純粋に絞りユニットを組み上げただけの状態で撮影していますが、実はこのモデルには大変珍しい「ダブルヘリコイド」方式が導入されており、この鏡筒 (ヘリコイド:オス側) 自体が前後動するのではなく、わざわざ別に「昇降用ヘリコイド」を鏡筒の内部に装備させています。この「内側昇降ヘリコイド」が前後に昇降することで、結果として鏡筒がヘリコイド (オスネジ) により強制的に前後動させられると言う少々手の込んだ方式を採っています。どうしてこのような面倒な方式にしたのかは・・後ほど出てきます。
上の写真では、この後に光学系第5群を格納する「格納環」がネジ込まれて、さらに「メクラ蓋」で隠されると言う丁寧な構造化が成されています。
距離環やマウント部を組み付けるための基台です。焦点距離が28mmの広角レンズ (レトロフォーカス型だから) なので少々深めの基台になっています。
ヘリコイド (メス側) を無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しない)。このモデルには「無限遠位置調整機能」が装備されているので、この時点では大凡のアタリで構いません。
上の写真では、写真左側下に「細長い鋼 (はがね)」が1本ネジ止めされています。Nikonのモデルでは絞り環を回す際の「クリック感」を、この当時の他社光学メーカーで多く採用されている「鋼球ボール+スプリング」にせずに「鋼」を使った「板バネ」方式でクリック感を実現しています。そのクリックの感触に拘った処置ですね。
鏡筒 (ヘリコイド:オス側) をやはり無限遠位置のアタリを着けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルには全部で15箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ずに再びバラしての組み直しに陥ります。
指標値環をセットします。このモデルでは指標値環の固定位置はネジ止めなのでミスることがありません。
明るいシルバーの梨地仕上げ加工が施された美しい指標値環には、上の写真のように一部に「角張った壁の領域」が用意されています。この角張っている箇所を「距離環制限キー」と言い、距離環の「∞位置」と「最短撮影距離:20cm」の位置の2箇所で「距離環の回転をストップさせる (つまり必要以上にヘリコイドが回転してしまい脱落するのを防ぐ)」役目を担っています。上の写真では「●」マーカーの位置なので「無限遠位置」の制限キーの役目になりますが、ちょうど反対側の位置に「最短撮影距離」のための同じ角張った出っ張りがあり、要はそこまでこの幅広の「壁」が続いているワケです。
ここでひっくり返して絞り環をセットします。板バネの鋼による確実でシッカリした、それでいて軽快な独特なクリック感が実現できています・・Nikonのひとつの拘りですね。
絞り環の内側に「絞り羽根制御環」を入れ込みます。絞り環を回して希望する絞り値にセットすると、この絞り羽根制御環が一緒に回転して「絞り羽根開閉アーム」をコントロールする仕組みです。それによって希望した設定絞り値に対する絞り羽根の開き具合に制御できています。
こちらはマウント部の裏側を撮影しました。既に当方による「磨き研磨」が完了しています。「絞り連動ピン連係カム」と言うパーツが接する箇所なので外してあり、研磨しているワケです。
非常に単純明快な構成です。たったひとつの連係系パーツだけ備わっていますが、逆に考えれば調整箇所を多くせずに「性能諸元」を長く維持させる考え方なのかも知れません・・これはこれで「有」だと思いますね。さすがNikonです。
普通はここでマウント部をセットするのですが、このモデルではそれができません。先に鏡筒内部を完成させてしまう必要があります。
理由は「光学系第5群」の1枚が独立しており、且つ絞りユニットの直前に配置されているからです。さらに、この第5群のレンズ前には「内側昇降ヘリコイド」と言うパーツもこの後に組み付けていきます。なかなか複雑な構造化ですね。それらの調整が終わらなければマウント部をセットはできません。
ちなみに、8群8枚の構成がこのモデルでの光学系になりますが、8万の光学レンズのうち7枚には「パープル色」のコーティングが施してありました。しかし、この「第5群」の1枚だけは「濃いグリーン色」のコーティング (表裏) になっています。この第5群の前方には前玉から続く「光学系前群 (第1群〜第4群)」の格納筒が入ってきますから、集光の役目を担いつつ何かしらの目的を持って入射光に処置を施す意味合いからわざわざコーティングを変えているように考えます。
鏡筒自体が深い仕様である理由がここの解説になります。「内側昇降ヘリコイド」を鏡筒の内部に内蔵しており、しかもその直下にはすぐに光学系第5群の硝子レンズが位置していると言う非常にセンシティブな構造化です。絞りユニット自体はこの第5群のやはり直下に存在しており、第5群だけが独立した位置に配置されています。
この「昇降キー」が普通のオールドレンズに於ける「直進キー (距離環を回す「回転するチカラ」を鏡筒が前後動する「直進するチカラ」に変換する役目のパーツ)」を担っており、通常ならば固定箇所に留まった位置なのですが、このモデルでは逆にこの「昇降キー」自体が距離環の回転と共にグルグルと回りつつ、同時に鏡筒自体の上げ下げを行います。
そもそも絞りユニットの直近にこのようなダイレクトなヘリコイドが位置しているコト自体オドロキでした・・ヘリコイド・グリースり揮発した油成分が容易に絞りユニットまで回ってしまう懸念があります。実際、今回のこの個体はバラした直後には絞り羽根は油染みで粘っており、絞り羽根の駆動は非常に緩慢でした。また光学系前群は各群にビッシリと揮発油成分が附着していました。
その意味では、このモデルは構造的な必要性から定期的なメンテナンスは必須のモデルのようです。
上の写真 (2枚) は光学系前群のキズの状態を拡大撮影した写真です。1枚目は外周附近に位置している極微細な薄いヘアラインキズを撮っていますが、微細すぎて極一部しか写っていません。2枚目は前玉中央付近の拭きキズや極微細な点キズを撮影しました。
【光学系の状態】(順光目視で様々な角度から確認)
・コーティング劣化/カビ除去痕等極微細な点キズ:
前群内:12点、目立つ点キズ:5点
後群内:16点、目立つ点キズ:8点
コーティング経年劣化:前後群あり
カビ除去痕:あり、カビ:なし
ヘアラインキズ:あり 前後玉共に微細なコーティングスポットが数点あります。
・その他:バルサム切れなし。
・光学系内はLED光照射でようやく視認可能レベルの極微細な拭きキズや汚れ、クモリもありますがいずれもすべて写真への影響はありませんでした。
同じように上の写真 (2枚) は光学系後群のキズの状態を拡大撮影しています。極微細な点キズや拭きキズなどを撮っています。なお、後玉中心部に見えている「真円状の色合いが異なる部分」はコーティングハガレや劣化ではなく、まさしく真円状のコーティングそのものになりますので、製品としての仕様です。焦点距離28mmの広角レンズには他社でも多いようですね。
光学系の状態を撮影した写真は、そのキズなどの状態を分かり易くご覧頂くために、すべて光に反射させてワザと誇張的に撮影しています。実際の現物を順光目視すると、これらすべてのキズは容易にはなかなか発見できないレベルです。
これらの極微細な点キズは「塵や埃」と言っている方が非常に多いですが、実際にはカビが発生していた箇所の「芯」や「枝」だったり、或いはコーティングの劣 化で浮き上がっているコーティング層の点だったりします。当方の整備では、光学系はLED光照射の下で清掃しているので「塵や埃」の類はそれほど多くは残留していません (クリーンルームではないので皆無ではありませんが)。
光学系内については、何でもかんでも「カビや塵・埃、拭き残しと決めつける方」或いは「LED光照射した状態をクレームしてくる人」は、当方ではなくプロのカメラ店様や修理専門会社様などでオールドレンズのお買い求めをお勧めします。当方のヤフオク! 出品オールドレンズの入札/落札や、オールドレンズ/修理のご依頼などは、御遠慮頂くよう切にお願い申し上げます。
当方には光学系のガラス研磨設備やコーティング再蒸着設備が無く、キズやコーティングの劣化が全く無い状態に整備することは不可能です。
光学系前後群を組み付けられたので、ようやくマウント部をセットできます。
距離環を仮止めして無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認をそれぞれ執り行えば完成間近です。
ここからはオーバーホールが完了した出品商品の写真になります。
純正の前後キャップが附属しています。市場では絶大な人気があるモデルらしいですが、当方はNikonのオールドレンズについてはまだあまり詳しく知りません。
光学系内はコーティングの劣化がほんの僅かに進行していますが、それはあくまでもLED光照射でようやく視認できるレベルであり、写真への影響にはなり得ません・・大変クリアなレベルです。
ここからは鏡胴の写真になります。経年の使用感が僅かに感じられる個体ですが、そのワリにはキレイな部類だと思います。
鏡胴もすべて外装のメッキ加工表層面を軽く「光沢研磨」していますのでシットリと落ち着いた光沢に戻っています。また梨地仕上げの指標値環は艶めかしい鈍い輝きを放っており大変美しいですね。
【操作系の状態】(所有マウントアダプタにて確認)
・ヘリコイドのグリースは「粘性:中程度」を使用。
距離環や絞り環の操作は大変滑らかになりました。
・距離環のトルク感は滑らかに感じ完璧に均一です。
・ピント合わせの際は極軽いチカラで微妙な操作ができるので操作性は非常に高いです。
【外観の状態】(整備前後拘わらず経年相応中古)
・距離環や絞り環、鏡胴には経年使用に伴う擦れやキズ、剥がれ、凹みなどありますが、経年のワリにオールドレンズとしては「美 品」の当方判定になっています (一部当方で着色箇所がありますが使用しているうちに剥がれてきます)。
今回初めてオーバーホールしましたが、なかなか凝った内部の構造でした。特に鏡筒内部での昇降ヘリコイド方式と言うのは、他社光学メーカーでもありましたが、これほど本格的でコストを掛けた構造化のモデルは初めてです。大変滑らかに駆動するのを確認して、改めてNikonの凄さに感心している次第です。
光学系第5群の「グリーン色」のコーティングが輝いていますね・・どのような目的でこのコーティングが施されているのでしょうか?