◎ Carl Zeiss Jena (カールツァイス・イエナ) MC FLEKTOGON 35mm/f2.4《前期型−Ⅰ》(M42)
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この掲載はオーバーホール/修理ご依頼分についてご依頼者様や一般の方々へのご案内ですので、ヤフオク! に出品している商品ではありません。写真付解説のほうが分かり易いため今回は無料で掲載しています (オーバーホール/修理全行程の写真掲載/解説は有料)。オールドレンズの製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。
旧東ドイツのCarl Zeiss Jenaから1972年に発売された準広角レンズ『MC FLEKTOGON 35mm/f2.4《前期型−Ⅰ》(M42)』です。
このモデルの前身はCarl Zeiss Jenaの初のレトロフォーカス型光学系を実装してきた1953年に発売されたシルバー鏡胴の「Flektogon 35mm/f2.8 silver」であり、その後世界規模で当時流行ったゼブラ柄の筐体へと変遷し、今回扱うモデル黒色鏡胴として光学系を再設計した開放f値「f2.4」モデルとして登場しました。
Carl Zeiss Jena製準広角レンズの変遷を考えた時にちょっとした憶測 (ロマン) が広がります。
そもそも1950年代初頭には光学系の設計として捉えた時、広角域専用の設計がまだ開発されていませんでした。それは当時主流だったフィルムカメラがレンジファインダーカメラだったために、標準レンズ域の光学系設計を延伸させた疑似的な広角域として開発されていたからです。従って一眼レフ (フィルム) カメラ用の交換レンズ群にはまだ広角レンズが存在しませんでした。
そこに1950年世界初の広角レンズとしてフランスのP. ANGÈNIEUX PARIS社より、焦点距離35mmの「RETROFOCUS TYPE R1 35mm/f2.5」が発売され脚光を浴びます。このモデルに実装してきた光学設計がまさに広角域専用に新しく開発された「レトロフォーカス型光学系」でした。本来「RETROFOCUS (レトロフォーカス)」はP. ANGÈNIEUX PARIS社の登録商標でしたが、広角域の代表的な光学設計として名称だけが世界中で一人歩きした為に専ら商標権に拘らなくなっています。
この「RETROFOCUS (レトロフォーカス)」を考えた時、よくネット上の解説などで「復古調的な甘いピント面/ソフトフォーカスの代表格」のような案内がされていますが、それは「レトロ」と言うコトバから来る連想的なイメージに固まってしまった捉え方です。そもそも「retro (後退)」と「focus (焦点)」が合体した造語なので焦点位置を後退させた (バックフォーカスを稼いでいる) 意味合いであり、決してクラシックレンズ的な写りだとかソフトな印象の画造りには至りませんし、実際前述のP. ANGÈNIEUX PARIS製広角レンズでもキッチリ鋭いピント面を構成します。
一方旧東ドイツのCarl Zeiss Jenaでは、当時広角域専用の光学設計に対する優先度がまだ低かったこと、また同時にレトロフォーカス型光学系の欠点 (フレアと収差の改善が必要) からもむしろ標準域の光学系を延伸させた考え方のほうが有利だと考え即応しなかったようです。Carl Zeiss Jenaから対抗機種が発売されたのは遅れること3年後の1953年でした。
P. ANGÈNIEUX PARIS社製の準広角レンズ「RETROFOCUS TYPE R1 35mm/f2.5」の光学系は右図になりますが、基本成分が 部分の3群4枚エルマー型であることが分かります。それに対してバックフォーカスを稼ぐ意味合いとフレア/収差の改善策として前方に2つの群 部分を配置させています。
一方、1953年に登場したCarl Zeiss Jena製準広角レンズ「Flektogon 35mm/f2.8 silver」では 部分はBiometar/Xenotar型構成を基本としており、レトロフォーカス型構成の欠点であるフレアと収差の問題を改善させています (第1群/前玉 部分は単にバックフォーカスを稼いでいる目的)。同時に最短撮影距離も60cmと短縮化を図ってきたのでP. ANGÈNIEUX PARISに対抗する意識がなかったとも考えられません。
そして、今回のモデル『MC FLEKTOGON 35mm/f2.4』の登場に於いて、最大にロマンが広がってしまう要素が開放f値「f2.4」と言う中途半端な数値です(笑) 何故にf2.5でもなくf2.8でもない「f2.4」なのか? まさにP. ANGÈNIEUX PARISに対抗意識丸出しではないのかと勘ぐりたくなります(笑)
詰まるところ、レトロフォーカス型光学系の欠点たるフレア問題と収差、或いは更なる最短撮影距離の短縮化と共に解像度の向上まで含めた、まさに準広角レンズの頂上に返り咲くべきモデルとして満を持して発売したのが今回のモデル『MC FLEKTOGON 35mm/f2.4』だったのではないかと考えています。それはモノコーティングからマルチコーティング化に至り究極的な解像度の向上を成し遂げ、ハレや収差はもとより歪みまで拘って改善させているのがその描写性に見てとれるからです。
それゆえ、開放f値「f2.5」では納得できず「f2.4」だったのではないでしょうか?
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【モデルバリエーション】
※オレンジ色文字部分は最初に変更になった諸元を示しています。
初期型:1972年発売
最短撮影距離:19cm
最小絞り値:f16
MC刻印:MC
前玉固定環:薄枠
銀枠飾り環:距離環
製造番号:9,800,000〜10,000,000の前で消滅
前期型-Ⅰ
最短撮影距離:20cm
最小絞り値:f22
MC刻印:MC
前玉固定環:薄枠
銀枠飾り環:距離環
製造番号:混在 (10,000,000〜、リセット後0700〜30,000)
前期型-Ⅱ
最短撮影距離:20cm
最小絞り値:f22
MC刻印:MC (マウント面に電気接点端子装備)
前玉固定環:薄枠
銀枠飾り環:距離環
製造番号:混在 (10,000,000〜、リセット後0700〜15,000)
中期型-Ⅰ:1980年代
最短撮影距離:20cm
最小絞り値:f22
MC刻印:MC
前玉固定環:幅広枠
銀枠飾り環:距離環
製造番号:リセット後0700〜70,000
中期型-Ⅱ
最短撮影距離:20cm
最小絞り値:f22
MC刻印:MC
前玉固定環:幅広枠
銀枠飾り環:無
製造番号:混在 (リセット後47,000〜70,000)
後期型-Ⅰ
最短撮影距離:20cm
最小絞り値:f22
MC刻印:白MC (auto表記附随)
前玉固定環:幅広枠
銀枠飾り環:フィルター枠
製造番号:混在 (リセット後30,000〜)
後期型-Ⅱ:〜1990年まで生産され終焉
最短撮影距離:20cm
最小絞り値:f22
MC刻印:白MC (auto表記附随)
前玉固定環:幅広枠
銀枠飾り環:無
製造番号:リセット後14,000〜,70,000〜220,000サンプル取得終了
上のモデルバリエーションの中で製造番号に関しては、当方で整備した個体の他に海外オークションebayでサンプル取得して参考にしています (総数50本)。
なお、モデルバリエーションで製造番号グリーン色の文字に関しては、製造番号のシリアル値がMAX値に到達してしまい、一旦リセットされた後の符番を表しています (実際の符番はリセット後0001ではなく1,000番台からスタートしている)。また、製造番号欄に「混在」と記載されているタイプは、その前のタイプと混在した製造番号の符番なので同時期に「並行生産」していたことになります。
例えば「後期型-Ⅰ」は「中期型-Ⅱ」と混ざった製造番号で存在しているので、同時期に2つのタイプが生産され完成した個体から順番に製造番号をシリアル値として符番していたことになります。これは何を意味するのか・・生産工場がCarl Zeiss Jenaの本体工場だけではなかったことが伺えます (つまり複数工場で並行生産して増産していた)。しかし、最後の「後期型-Ⅱ」(製造番号:70,000〜) の段階では増産をやめてしまい1990年の東西ドイツ再統一に至っているようです。
このように「製造番号」とモデルバリエーションとの関係づけで捉えると、結論として当時の生産工場はCarl Zeiss Jenaの本体工場ひとつだけではなく複数の工場で同時期に並行生産しており、且つ製造番号は各工場に生産前の時点で先に割り当てられていたことになります (生産完了時に各工場が割り当てられている製造番号の中からピックアップしてシリアル値として符番していた)。
それ故モデルバリエーションが製造番号の中でバラバラに混在してしまう事象に至ったのではないでしょうか。そう考えないと、一つの工場で生産ラインを変えて別々の構成パーツ (設計が異なるから) をワザワザ用意して生産しなければイケナイ「必然性」が全く浮かんできません。工場が別だったとすれば、そもそもその工場は基はCarl Zeiss Jenaではない全く別の光学メーカーだったハズ (つまり吸収した光学メーカーの工場設備) ですから、納得できます。
なお、ヤフオク! などに出品されている今回のモデルで、一部に少ない製造番号桁数の個体を指して「初期の個体数が少ない稀少品」と謳って高額設定の価格にしている出品者が居ますが、それは誤りですね(笑) 純粋に製造番号がMAX値に到達しリセットされただけの話であり、むしろ製産時期として捉えれば初期どころか後期のほうになるので希少価値があるなどとは考えられません。
本当に初期型モデルならば「最短撮影距離に着目」するべきであり、黒色鏡胴モデルの中で唯一「最短撮影距離:19cm」に採ってきていたのがまさしく「初期型」だけですから、それは希少価値があるとも言えます。
上の写真はFlickriverで、このモデルの特徴的な実写をピックアップしてみました。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。
◉ 一段目
左端からシャボン玉ボケがトロトロにボケて背景ボケへと変わっていく様を集めてみました。
◉ 二段目
当方がこのモデルの描写特徴として非常にオモシロイと感じているのが左端の2枚で「燃えるような背景ボケ」として当方では「炎ボケ」と呼んでいます。ピント面も然ることながら背景とその距離にも気を配らなければこの「炎ボケ」に至りません。本来コントラストが非常に高く出てきてコッテリした色合いになる特徴を持ちますが、そうは言っても画全体的に繊細感も漂わすところがさすがです。
◉ 三段目
僅かに歪み (タル型) が残っている印象ですが気に触るほどではありません。被写界深度もf2.4らしい印象ですし逆光耐性もそれほど悪いとは言えませんから、良くできたモデルなのではないでしょうか。
光学系は貼り合わせレンズ (2枚の光学硝子レンズを接着剤を使って貼り合わせてひとつにしたレンズ群) が存在しない6群6枚のレトロフォーカス型です。第1群 (前玉) でバックフォーカスを稼いだレトロフォーカス型光学系の基本概念に沿っていますが、第2群で収差の改善と最短撮影距離の短縮化にトライしています ( 部分)。基本成分が 部分の3群3枚のトリプレット型なので鋭いピント面を維持しながらも何処か繊細感を漂わせている画造りがなるほどと納得です (円形ボケとの相性が良いのも理解できますね)。右図は今回バラして清掃時にデジタルノギスで計測してほぼ正確にトレースした構成図です (各硝子レンズのサイズ/厚み/凹凸/曲率/間隔など計測してトレースしました)。
今回はオーバーホール/修理ご依頼分の個体なのでオーバーホール工程の写真掲載と解説は省きます。
↑こちらの写真は当方所有の基準マウントアダプタ「K&F CONCEPT製M42 → SONY E マウントアダプタ」に装着したところを撮っています。基準「|」マーカー位置が僅かにズレています (まだバラし始める前の状態)。
↑光学系内を覗くと開放f値の設定時に赤色矢印のとおり極僅かですが絞り羽根が数枚顔出ししています。
↑まず問題だと一番最初に考えたのが上の写真で、最小絞り値「f22」がご覧のように閉じすぎています。
例えば、プロのフォトグラファーと自称していらっしゃる方がヤフオク! で自らバラして整備済で出品していますが、その方が出品した当モデル「MC FLEKTOGON 35mm/f2.4 (M42)」を見ると、本日現在で3本が落札されていますがいずれの最小絞り値もバラバラの大きさです。出品ページの記載を読むと簡易で検査済と謳っているにしては、どうして最小絞り値の開閉幅 (開口部/入射光量) の大きさが異なるのかよく分かりません。
左の写真は当初バラす前の状態で最小絞り値「f22」で撮影した実写です。ちょっと撮影時のカメラ側設定をミスっているので色バランスと解像度が崩れていますが、明らかに背景部分のコントラストが低下しており「回折現象」が生じていると考えられます。
◉ 回折現象
入射光は波動 (波長) なので光が直進する時に障害物 (ここでは絞り羽根) に遮られるとその背後に回り込む現象を指します。例えば、音が塀の向こう側に届くのも回折現象の影響です。
入射光が絞りユニットを通過する際、絞り羽根の背後 (裏面) に回り込んだ光が撮像素子まで届かなくなる為に解像力やコントラストの低下が発生し、ねむい画質に堕ちてしまいます。この現象は、絞りの径を小さくする(絞り値を大きくする)ほど顕著に表れる特性があります。
↑やはり当方のこのブログに掲載している内容がウソを書いていると仰る方が居るので(笑)、フィルムカメラに装着して基準「|」マーカー位置がズレていることを確認しました。
↑特に何も設定していませんが開放時にご覧のとおり極僅かですが絞り羽根が顔出ししています (赤色矢印)
↑実際にバルブ撮影の設定でレリーズケーブルを使ってシャッターボタンを押し込むと、最小絞り値「f22」ではもう開口部が見えないほど小さくなっているので、これは間違いなく絞り羽根の開閉幅調整を過去メンテナンス時にミスっていると考えます (もちろん実際に簡易検査具で調べるとf22を優に超過していました/計測の範囲も超過)。
↑上の写真はバラし始めて光学系前群を取り外して絞りユニットを直視できるようにした状態を撮っています。絞り環のセット位置は「f2.4」ですがご覧のとおり絞り羽根が顔出ししています (赤色矢印)。
↑絞り環を回して最小絞り値「f22」にセットするとこのとおりです。実は数多くこのモデルを (ほぼ毎月) 扱っていますが、結構この程度まで最小絞り値「f22」で閉じきっている個体が多いようです。しかし、このモデルの最小絞り値「f22」での描写性は「回折現象」が生じない (視認できない) レベルなのが適正な調整と考えます。
と言うのも、オーバーホール済でのヤフオク! 出品のみならずオーバーホール/修理ご依頼分も含めると、今回の扱いが累計で184本目に当たりますが、ここまで最小絞り値「f22」の設定で閉じきってしまう個体のほうが遙かに少ないのが現実です (おそらく累計で30本前後か?)。
↑さらに解体を進めている状態を撮っていますが、鏡胴を前後に分割したところです。赤色矢印の箇所には経年の揮発油成分が液状になってヒタヒタと附着しています (写真が下手クソで分かりにくくスミマセン)。ほぼ全周に渡って液状化した揮発油成分が廻っているので、おそらく数年〜5〜6年程度過去メンテナンス時点から経過しているでしょうか。
↑ヘリコイド (オスメス) をバラしたところです。相当にグレー状に変質してしまった本来は「白色系グリース」である過去メンテナンス時に塗布されたヘリコイドグリースです。液化がだいぶ進んでいます・・。
↑どの程度グチャグチャなのかが分かるよう拡大撮影しましたが、やっぱり写真が下手クソです(笑)
↑こちらの写真は完全解体後に洗浄してオーバーホール作業をスタートした途中で撮った写真です。距離環やマウント部が組み付けられる基台の内側に用意されている距離環用のネジ山部分を撮影しています。
当初バラす前に距離環を回すと「トルクムラ」を感じ、且つ距離環を回した時の操作感は「ジャリジャリした感触と音」を感じるトルク感でした。そもそもこの「擦れる感触」自体が白色系グリースの特徴なので、バラす前の時点で既に過去メンテナンス時に塗布されているヘリコイドグリースは「白色系グリース」だと分かっていましたが、それにしても「ジャリジャリ感」が少々酷すぎます。
例えば「砂」がヘリコイドのネジ山に侵入してしまった場合 (特に海岸で撮影すると必ず侵入する) の感触とも一致しません。「砂」の場合は大まかなジャリジャリ感なのですが今回の個体はその感触が非常に細かくて均質な感じです。
つまり「白色系グリース」の特徴たる「擦れる感触>砂侵入>ジャリジャリ感」みたいな印象でしょうか・・。
洗浄剤でキレイにしてからチェックしたところ、赤色矢印とグリーンの矢印の2箇所のネジ山が削れています。
一般的にオールドレンズのネジ山が何かの因果関係によって削れる場合、一方向側から順番に削れていきます。ところが今回の個体は両サイド (上の写真で言えばネジ込みの最初と最後の両方) だけが削れており、むしろ中央のネジ山はキレイな状態を維持しています。
実は、解体する際に距離環を回していくと途中からトルクムラが消えて大変スムーズになったのですが、再びまた重くなってきて最後は距離環が回らなくなってしまいました。こんな個体はこのモデルの中ではちょっと珍しいです。
確かに製産後数十年〜半世紀以上経過しているのがオールドレンズですが、距離環を回す為に用意されているこのネジ山部分が必ずしも削れるとは限りません (もちろん経年で摩耗はするが普通はここまで削れない)。
つまり、今回の個体で距離環を回した時トルクムラに至っている原因の一つはここだと考えられます。仕方ないので当方が「地獄のストレッチ」と呼んでいる雑巾の硬絞りの要領で回す/戻すを即座に行う処置を1時間ほど続けて何とかネジ山を馴染ませました。
↑もう一つ今回の個体で問題だったのが上の写真です。鏡筒を横方向から撮影していますが、附随する「上下カム」を撮っています。
この「上下カム」はプラスティック製で絞り羽根の開閉を制御すると同時に、マウント面の「絞り連動ピン」押し込み動作、或いは自動/手動切替スイッチ (A/Mスイッチ) の設定に従い頻繁に駆動している部分です。
特にこの「上下カム」で問題になってくるのがグリーンの矢印で指し示した部分で、上下のカム同士が接触しているのは「僅か1mmくらい」ですから、この「上下カムが水平を維持しなくなると絞り羽根開閉異常に至る」ことになります。
実際、今回の個体も上の写真をご覧頂ければ一目瞭然ですが「下カム」が僅かに水平を維持していません。この水平を維持しなくなる理由は、まさしく経年使用に於ける「プラスティック材の摩耗/擦り減り」です。何故ならこのプラスティック製パーツを固定しているのが金属製の締め付けネジだからであり、且つ経年摩耗を考慮した設計を執っていないからです。
従って、このモデルも含め、Carl Zeiss Jena製の黒色鏡胴タイプ (PancolarやSonnar/
FLEKTOGONなど) は全て同じプラスティック製「上下カム」なので「絞り羽根の開閉異常」とは密接に関係しています。もちろん一度経年摩耗で擦り減ってしまったプラスティック材を元の状態に戻すことは不可能ですから、このまま別の箇所/部位を調整することで改善させていくしか手立てがありません。
なお、前述のプロフォトグラファーのヤフオク! 出品者が出品している同型モデルは、何とこの鏡筒部分を解体せずにそのまま「丸ごと溶剤漬け」しています (掲載されている解体写真を見ると絞り羽根が並んでいないから解体していない/時々丸ごと溶剤漬けと記載している)。
レンズ本来の描写をある程度ストレスなく堪能できる事を目標としているので必要と感じる箇所のみバラして調整等を施工していると謳っています。リペア料金で出品価格が上がり過ぎないよう全て分解・清掃とは考えていないとの話ですが、ご尤もな話のように聞こえて実はそもそも出品者が設定している「基準価格」がオークション市場価格より割高です(笑)
当方も固着などの理由によりどうしても解体できずに仕方なく「丸ごと溶剤漬け」することは希にありますが、基本「完全解体が前提」です。何故なら、光学系を一度でもバラしたら入射光を制御している絞りユニット、或いはその他の部位も含めて全て「再調整が必須」だからです。従って過去メンテナンス時や製産時点に塗られた「固着剤」の類も、あくまでもその時点での検査/調整による結果でしかないので「全て完全除去」します。
その上で改めてオーバーホール工程の中で「簡易検査具による検査」を経て調整を施し、必要箇所には固着剤を塗布します。つまりは「出品価格が上がりすぎないように完全解体しない」のではなく(笑)、あくまでも「納得し得る完璧なオーバーホールを施した結果が出品価格」と考えていますから、モノによっては市場価格並みの場合もありますし、割高な場合もあります (いずれにしてもオーバーホール対価を含んだヤフオク! の出品価格設定)。
前述のプロのフォトグラファーはオーバーホール完了後の状況を基準とせずに、いったい何を以てして「基準価格」としているのか、その根拠が出品ページに一切記載がありません(笑)
↑鏡筒に附随する「上下カム」の不具合 (水平ではない) に関わる改善処置を絞りユニットのほうで執り行いセットした後に、今度は「直進キー」を両サイドに入れてトルク調整を実施します。「直進キーガイド」と言う直進キーがスライドして行ったり来たりする場所が用意されています。
今回の個体はこの「直進キー」にも問題があり、直進キーをよ〜く観察すると極僅かに捻れていました (当初分からずに作業していて改善しないので再びバラして観察した)。
◉ 直進キー
距離環を回す「回転するチカラ」を鏡筒が前後動する「直進するチカラ」に変換する役目
従って「直進キー」が極僅かでも捻れていると、それがそのまま抵抗/負荷/摩擦となってヘリコイド (オスメス) のトルクに大きく影響してきます。今回の個体が距離環を回した時にトルクムラに至っていた原因の2つめは「直進キーの捻れ」でした。
では、どうして「直進キー」が捻れたのか?
その原因はたった一つです。過去メンテナンス時に解体する際、最短撮影距離の位置まで鏡筒を繰り出したままフィルター枠を含む鏡筒カバー部分をグリッと回そうとしてしまったのです。最短撮影距離の位置まで距離環を回した時「直進キー」はその先っぽの部分だけでヘリコイド (オス側) を保持している状態なので、この状態で鏡筒カバーを外そうとしてチカラを入れると「直進キーが容易に捻れる」ことに至ります。
まるで過去にタイムスリップしたかのように因果関係が思い浮かんできますね(笑)
↑そして3つの問題です。オーバーホールも山場を越えて最後の工程に進もうとしています。鏡胴後部をセットすれば完成なのですが、この鏡胴後部を組み付けると再び距離環のトルクムラが増大します。
一般的なオールドレンズで、マウント部や鏡胴後部をセットして距離環を回すトルクに影響が出る設計はあまりありません。もちろん今回のモデルも同じで本来ならば一切影響を受けません (何故ならばヘリコイド部とは完璧に独立しているから)。
ところがこの鏡胴後部を締め付けネジで締め付けると距離環を回すトルクが急に重くなり始めてトルクムラも酷くなってしまいます。今までオーバーホール工程の中で処置してきた改善が全てぱぁ〜です。
これも理由はたった一つ・・。
今回の個体は鏡胴後部を見ると打痕箇所がありました。過去に落下させたのかぶつけたのか? その際の衝撃でおそらく鏡胴内部のベース環が変形していると考えられます。マウント面から3本の締め付けネジで締め付ける際、その締め付けネジが貫通する場所がベース環だからです。
従って以下のような過去の状況 (推察) が今回の個体で浮いてきました・・。
① 落下/ぶつけたことによりベース環が変形
② 同時に基台側距離環用ネジ山部分も変形
③ その結果トルクムラが増大した為に過去メンテナンスに及んだ
④ 解体時に鏡筒カバーを回そうとしてしまい直進キーが捻れる
⑤ それらの改善処置が分からず白色系グリースで何とか組み戻した
こんな感じでしょうか。つまりは過去の問題を当方が尻ぬぐいするハメに陥っているのが今回のオーバーホールと言うことになります(笑)
ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。
↑今回の個体はこのモデルの中では大変珍しい「見る角度によってグリーンの光彩を放つ」個体ですから貴重です。時々ブル〜の光彩を放つ個体がありますがグリーン色の個体は当方も数本しか見た記憶がありません。大切にお使い頂ければと思います・・。
↑光学系内の透明度が非常に高くLED光照射でもコーティング層の経年劣化に伴う極薄いクモリすら皆無です。但し一部の群には外周附近に非常に薄く視認不可能なコーティング層劣化部分が残っています (1枚ずつの光学硝子レンズ清掃時にしか視認できない)。
開放時の一部絞り羽根顔出しは、前述のとおりプラスティック製「上下カム」が水平を維持しなくなっている経年摩耗が原因なので、完全には修復できません。そもそも擦り減ってしまったプラスティック材部分は元に戻すことができませんから、別の部位で調整して相殺させている次第です。
従って開放時に絞り羽根の縁が極僅かに視認できますが、ご覧のとおり決して絞り羽根が顔出ししているワケではありません。本当は開口部ギリギリの位置まで絞り羽根を出す必要は無いのですが、今回の個体は仕方なくそのように仕上げています。
↑光学系後群側も非常に透明度が高い状態を維持しています。もちろんLED光照射でも極薄いクモリすら皆無です。
↑最小絞り値、或いは絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) は絞り環刻印絞り値との整合性をキッチリ執りました。従って当初の閉じ具合から比べるとだいぶ空いた状態に見えてしまいますが、これが適正な最小絞り値「f22」の開口幅 (開口部/入射光量) です。
↑塗布したヘリコイドグリースは、当初トルクムラの原因が全て判明しなかったのでいろいろ試しています。全部で7回解体して塗布し直していますが、最終的に当初の「白色系グリースの感触」を気にしていらっしゃったので、敢えて「黄褐色系グリース」を塗布しました。
また「粘性:軽め」に最後変更していますが、前述のとおり鏡胴後部の問題 (内部ベース環の変形)、或いは直進キーの捻れ (修復済)、ネジ山の削れ (削れた金属は戻せないので修復不可能) などの問題からトルクムラが解消していませんし「重いトルク感」に仕上がっています。
これは白色系グリースと黄褐色系グリースを比較した時、黄褐色系グリースのほうがヘリコイドのネジ山に神経質な特性を持っているからです。白色系グリースは均質なトルク感が得意ですがネジ山は摩耗していきます (液化も早い)。一方黄褐色系グリースはネジ山の状態に左右されますが液化しにくくシットリしたトルク感に仕上がるのが特性です。
なお、上の写真赤色矢印は過去の打痕部分ですがご指示によりの当方で着色しています。
↑当初バラす前のトルク感と比べると「ジャリジャリした感触」は消えましたが、その分残念ながら「重めのトルク感」に至っています。但しまだ塗布したばかりなので夏場を越えれば黄褐色系グリースも馴染んでくるのでもう少し軽い印象になってきます。また黄褐色系グリースの特徴であるシットリした操作性は残念ながらこの個体では実現できません (前述の問題点があるから)。申し訳御座いません・・。
無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。
↑当レンズによる最短撮影距離20cm付近での最小絞り値「f22」による実写です。ご覧のとおり視認できるような酷い「回折現象」はこのモデルは生じません。大変長い期間お待たせしてしまい申し訳御座いませんでした。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。