解説:絞り羽根が閉じる時に歪なカタチになる問題

オーバーホール済でヤフオク! に出品しご落札頂いたオールドレンズをお届けしたところ、
開放から絞り羽根が閉じていく際に歪なカタチになるとのご指摘を受けました。

例えば、そのオールドレンズに実装している絞り羽根が5枚だった場合、完全開放から絞り羽根が最小絞り値に至るまで閉じていく際の開口部は「正五角形」に閉じていくハズです。
もちろんモデルによっては開放〜最小絞り値まで円形に閉じていく「円形絞り」の場合もありますね (その場合は限りなく真円に近い閉じ方)。

   
  

↑上の写真は5枚の絞り羽根を実装しているオールドレンズ「FUJINON 55mm/f2.2」の絞り環を回して、開放から順に一段ずつ (1クリックずつ) 絞り羽根を閉じていった時の状態を撮影しました。

この絞り羽根が最小絞り値に向かって閉じていく際の開口部のことを、当方では「開閉幅」と呼称し (上の写真では正五角形で空いている領域のこと)、解説文の中では「絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量)」などと言い表しています。

オールドレンズの光学系内に入ってきた入射光が絞り羽根に遮られている状態を指し、それはそのまま「絞り値」に一致した入射光量でなければ絞り環に刻印されている絞り値との整合性が保てなくなります。

この絞り羽根が閉じていく際の「開閉幅」のカタチが正五角形など、凡そ実装している絞り羽根枚数分の角数 (円形絞りならば円形状) に一致していない時、それを指して「歪なカタチで閉じている」と表現されます。

ではどうしてそのように歪なカタチで絞り羽根が閉じる現象に至るのか、またそれは改善が可能なのかについて以下解説したいと思います。

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↑こちらの写真はあるオールドレンズの絞り羽根を2枚並べて撮影しています。絞り羽根には必ず「キー」と言う金属製の突起棒が打ち込まれています (赤色矢印)。上の写真では絞り羽根の表面 (左) と裏面 (右) を並べて撮っています。

↑このオールドレンズでは1枚の絞り羽根に2本のキーが同じ面 (表面) にプレッシングされており「位置決めキー」と「開閉キー」という役目を担っています。

一般的に絞り羽根には表裏に「キー」と言う金属製突起棒が打ち込まれており (オールドレンズの中にはキーではなく穴が空いている場合や羽根の場合もある) その「キー」にそれぞれ役目が備わっています (必ず2種類の役目がある)。製産時点でこの「キー」は垂直状態で打ち込まれています。

位置決めキー
位置決め環」に刺さり絞り羽根の格納位置 (軸として機能する位置) を決めている役目のキー

開閉キー
開閉環」に刺さり絞り環操作に連動して絞り羽根の角度を変化させる役目のキー

↑同じ絞り羽根を今度はひっくり返して裏面を撮影しています。製産時にこの金属製突起棒であるキーがプレッシングされて打ち込まれている様がご覧頂けると思います (裏側からプレッシングして固定している)。

↑なお「キー」は金属製突起棒ではなく「」になっている場合もあります。上の写真は別のオールドレンズの解体全景写真ですが、その中で該当箇所を赤色矢印で指し示しています。開閉キー」が楕円状の穴になっており、一方「開閉環」側に金属製の突起棒が備わっています。つまり「金属製の突起棒」の位置が違う設計なだけで狙っている役目 (動き方) 自体は同じ意味になります。

↑それではどうして絞り羽根が閉じる際に歪なカタチになってしまうのでしょうか?

上のイメージ図で解説していきます。絞り羽根のキーが打ち込まれている箇所を水平方向から見た時のイメージ図です。金属製の突起棒である「キー」は上の図では黒色で表しており、絞り羽根側を赤色にしています (誇張的な表現で示したイメージ図です)。

製産時点の正常なキーの状態が左側で、経年使用によって絞り羽根に油じみが生じてしまい変形に至った状態を右側に示しています。

一般的に製産時点のオールドレンズが実装している「絞り羽根」或いは絞り羽根が格納されている「絞りユニット」自体にはグリースを塗布しません。但し国土に氷点下40度以下になる極寒地帯を含むロシアンレンズなどの場合は、一部モデルで製産時点から絞りユニット内部にまでグリースが塗布されています (金属凍結による破壊を防ぐ為)。

すると一般的には絞りユニット/絞り羽根には油じみが生じてしまう要素が無いように考えられますが、現実的には数十年の経年使用でオールドレンズ内部に廻ってしまった「揮発油成分」の一部が絞りユニットにも侵入し、絞り羽根に「油染み」として附着します。つまり「絞り羽根の油染み」の原因を作っているのはヘリコイドに塗布されたグリースだったりします (グリースの揮発油成分が内部に廻ってしまうから)。

ここで「キー」の種類は2種類存在し「位置決めキー/開閉キー」ですが、いずれも絞り羽根の開閉角度を制御する目的で用意されているワケですから、自ずと絞り羽根の角度を変える為にかかったチカラは「ほぼその全てのチカラがキーに集中する」点に気がつかなければイケマセン。

本来は製産時点で垂直を維持していた「キー」は (上図左側) 絞り羽根の油染みが進行した時、垂直を維持できなくなり角度が変わってしまい垂直を維持しなくなります (同右側)。この問題がいったいどんなふうに「歪なカタチ」へと繋がっていくのでしょうか?

↑絞り羽根が複数枚存在する時、完全開放の時絞り羽根は上の写真のように互いが重なり合っています (つまり光学系内に入ってきた入射光を一切遮っていない状態の時)。

↑絞り環を回して絞り値を変化させると、互いの重なり具合 (絞り羽根の角度) が変化して上の写真のように絞り羽根が徐々に閉じていきます。

↑実際に絞り羽根が絞りユニット内部に格納されている時の状態を再現しました。外側の環 (リング/輪っか) が「位置決め環」で絞り羽根の「位置決めキー」が刺さっており、一方内側の環 (リング/輪っか) が「開閉環」で同様「開閉キー」が刺さっています。

開閉アーム」が動くことで「開閉キー」が移動するので、それに連動して「位置決めキー」側も位置をスライドさせることで絞り羽根が開閉する仕組みですね (ブルーの矢印)。この時、「位置決めキー/開閉キー」の2本が共に「」にささっていたら絞り羽根は角度を変えられませんョね?(笑) 一方だけは必ず移動量の分だけ「余白/スキマ/溝」が用意されていなければ「開閉アーム」を回そうとしても固まってしまい動きません。

なお、この「位置決めキー/開閉キー」或いは「位置決め環/開閉環」の区別はオールドレンズのモデルによって違いますし、必ずしも同じ呼び方で表現できる動き方や設計が成されているとは限りません。あくまでも一例として解説しているだけです。

↑絞りユニット内部にはこのように「位置決め環/開閉環」の2つの環 (リング/輪っか) が用意され (或いはオールドレンズのモデルによっては環ではない場合もある) それぞれに絞り羽根の「キー」が刺さる箇所が備わっています。

ここで問題になってくるのがグリーンの矢印です。2つの環 (リング/輪っか) が接触して駆動しているので「経年使用に於いて擦り減ってくる」ことに気がつかなければイケマセン。

すると経年使用で生じてしまった「絞り羽根の油染み」と合わせてどのような因果関係で「歪なカタチ」に繋がるのか?

もう一度「絞り羽根の重なり具合」を思い出してください。絞り羽根の表裏に油染みが生じてしまい、最初は液化していた油染みがそのまま放置され続けることで粘性を帯びてきます

さらに「癒着原理」が働き、絞り羽根の面と面が粘性を帯びてきた油染みにより互いに引き寄せられてくっつき合います。この時、絞り環を回して開放→最小絞り値方向に絞り値を変更した場合、絞り羽根の重なり具合は「互いが絞り羽根の先端部だけで重なり合う」状態に至ります。

この状況に至った時がポイントです。絞り羽根の角度を変更する為にかかったチカラは「キー」に集中していますが、一方絞り羽根の先端部は粘性を帯びた油染みによる「癒着現象」によって互いが引き寄せ合い離れにくくなり、かかったチカラに対抗するチカラが生じます。

その結果絞り羽根が水平状態を維持できなくなり起伏する「沈降/隆起現象」に至り、絞り羽根が膨れあがったりします。

同時に上の写真で指し示しているグリーンの矢印箇所にもその対抗するチカラが及ぶ為に「位置決め環と開閉環との摩耗進行」が進むことになります。

↑それだけではありません。「位置決め環」側に用意されている、絞り羽根の「位置決めキー」が刺さる「」部分にもその対抗するチカラと無理に絞り環を回して絞り羽根を閉じようとしているチカラの「2つのチカラ」が集中してきます。

すると上の写真赤色矢印の箇所が経年で摩耗してきます。

位置決め環/開閉環との接触箇所の摩耗
位置決め環側位置決めキーガイド部分の摩耗
絞り羽根の癒着現象に伴う絞り羽根の沈降/隆起

これらのチカラに耐えられなくなった時、初めて絞り羽根は変形し「キーが垂直を維持しなくなる」結果に至ります。すると絞り環を回して開放→最小絞り値方向に絞り羽根を閉じていく時、キーが垂直を維持できなくなった一部の絞り羽根だけが「正しい角度で開閉しなくなる」から「歪なカタチ」で閉じていくワケですね。

絞り羽根の開閉角度が正常ではなくなってしまった絞り羽根は一部かも知れませんし、全てかも知れません。それはチカラの伝達経路によって異なるので (つまり設計上の問題) オールドレンズのモデルによっても違います。

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絞り羽根に生じてしまった経年の油染みを放置し続けることで、結果として絞り羽根が閉じていく際に「歪なカタチ」で閉じる因果関係を作ってしまっていることをご理解頂けたでしょうか?

もちろん、さらにそのまま絞り羽根の油染みを放置し続けると、揮発油成分が留めてしまった湿気/水分により酸化/腐食/サビが発生して最終的には「キーの脱落」に至り、それはそのまま「製品寿命」に達してその個体が辿ってきた長き活躍の歴史に終止符を打つことになります (脱落したキーは二度と打ち込めません)。

この「キーの変形 (垂直を維持していない状態)」或いは「絞り羽根の変形 (絞り羽根が水平を維持していない状態)」を適正な状態に修復すればいいじゃないかと考える人が一部に居ますがはたしてそれは可能でしょうか?

絞り羽根の厚み:0.3〜1mm以下
キーの径:0.8〜1.5mm以下

このような非常に薄い絞り羽根 (手でも引きちぎられる) や微細なキー、或いはキーが刺さっている穴に対して、いったい人間の指を使ってどのように修復作業をすれば良いのか当方は技術スキルが低いのでいまだ確実な手法を見出していません。

水平を維持しなくなってしまった絞り羽根を元通りどうやって水平に戻すのか? どの程度傾いてしまったのか全く見えない (カメラで拡大撮影しても見えるかどうか) キーの傾きをどうやって垂直に戻すのでしょうか?

その作業をしている最中に、下手すれば「キー」が刺さっている「」に亀裂が入ったら、その途端に一巻の終わりです (キーが拭ける/脱落する)。少なくともそのような危険性を覚悟してまで作業する気持ちにはなれませんし、そのような危険を排除した手法も思い付きません。

ここまでの解説では絞り羽根と絞りユニット内の構成パーツに限って話してきましたが、現実的にはオールドレンズ内部の他の部位から伝達されるチカラの状況にも大きく左右されるので単純に絞り羽根や絞りユニットだけの問題では決して終わりません。

つまり結論として言えるのは・・。

歪なカタチになってしまった絞り羽根の閉じ具合を修復することはまず不可能

・・と言わざるを得ません。それはキーの傾きなのか溝の摩耗なのか、或いは2つの環 (リング/輪っか) の何処が摩耗したのか、凡そ調べる手立てが無いからであり、百歩譲って原因箇所が判明したとしても人間の素手で簡単に修復できるような話では一切ありません (そもそも摩耗して擦り減ってしまった金属を元に戻すことはできない)。

それがオールドレンズであり、長い歴史を辿ってきた個体の因果であり、それら全ても含めて「今あるがままの状態を受け入れる」ことこそがオールドレンズ使いとしてのまず最初の第一歩なのではないでしょうか?

その中で光学系を清掃したり、操作性を改善したり、或いは当方が施している「DOH」はあくまでも「製品寿命の延命処置」が大前提であり、決して製産時点に回帰させる事を保証/確約している作業ではありません。当方にも「できること」と「できないこと」があります。それはどんなに時間を掛けても成し得る話ではありません。

一部オールドレンズには絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) を微調整する機能を装備している場合がありますが、それがイコール「歪なカタチを修復できる」話には繋がりません。ある特定の絞り値の時だけ絞り羽根の角度が違っていたり、或いは最小絞り値に向かって閉じていく際に歪だったりするのは、まず以て全てここまで解説してきた内容であり「修復不可能」です (ご勘弁下さいませ)。