◎ Heinz Kilfitt München (キルフィット) Makro-Kilar 90mm/f2.8 C(M39)

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今回の掲載はオーバーホール/修理ご依頼分に関するご依頼者様/一般の方々へのご案内です (ヤフオク! 出品商品ではありません)。

写真付の解説のほうが分かり易いこともありますが、当方の記録データが無かった為 (以前のHDクラッシュで消失) 無料で掲載しています (オーバーホール/修理の全行程の写真掲載/解説は有料です)。製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。


今回オーバーホール/修理を承ったモデルは、旧西ドイツのHeinz Kilfitt München製のマクロレンズですが、1955年に世界初のマクロレンズとして登場した焦点距離40mmの「Makro-Kilar 4cm/f3.5」があります。今回のモデルは翌年1956年に発売されたポートレートマクロ『Makro-Kilar 90mm/f2.8 C』です。

Kilfitt開発設計者は「Heinz Kilfitt (ハインツ・キルフィット:1898-1973)」で戦前ドイツはバイエルン州München (ミュンヘン) のHöntrop (ハントロープ) と言う町で1898年時計店を営む両親の子として生まれます。
時計職人の父親に倣い自身も時計の修理や設計などを手掛けていましたが、同時に光学製品への興味と関心からカメラの発案設計も手掛けていました。

Kilfittは27歳の頃に想起して5年の歳月を掛けて開発したゼンマイ仕掛けによる自動巻き上げ式カメラ (箱形筐体にCarl Zeiss Jena製Biotar 2.5cm/f1.4レンズを実装したフィルムカメラ) のプロトタイプに関する案件をOtto Berning (オットー・ベルニング) 氏に31歳の時に売却しています。
このカメラは後の1933年にはより小型になりカメラらしい筐体となって世界で初めての自動連続撮影が可能なフィルムカメラ「robot I」型 (ゼンマイ式自動巻き上げ機構を搭載した 24x24mm フォーマット) としてオットー・ベルニング社から発売されています。

ネット上の解説では、このフィルムカメラ「robot I型」の設計者がHeinz Kilfittであると解説されていますが、正しくはKilfittの案件を基にオットー・ベルニング社が小型化してカメラらしいフォルムにまとめ上げて自動巻上げ機構を開発設計したので少々異なります。

このパテントを基にOtto Berning氏らと共に設立した会社でKilfittはゼンマイ式巻き上げ機構を装備する前の小型フィルムカメラを幾つか開発した後に退社し、長い間温め続けていた自ら光学製品を開発設計するためにこの案件売却の資金を基にミュンヘン市の町工場を1941年に買い取り試作生産を始めています。

大戦後1947年には隣国リヒテンシュタイン公国首都ファドゥーツ (Vaduz) にて、念願の光学製品メーカー「Kamerabau-Anstalt-Vaduz (KAV:ファドゥーツ写真機研究所)」を創業し様々な光学製品の開発・製造販売を始めました (Kilfitt 49歳)。
会社名は「Heinz Kilfitt→Kilfitt」後に1960年念願の生まれ故郷München (旧西ドイツ) に会社を移し「Heinz Kilfitt München」としたのでレンズ銘板刻印もそれに伴い変わっています。
その後1968年70歳の時にアメリカのニューヨーク州ロングアイランドで会社を営むFrank G. Back博士に会社を売却し引退してしまいます。Kilfitt引退後に社名は「Zoomar」(商品名もMakro-KilarからMACRO-ZOOMATARに変更) に変わり終息しています。
つまりKilfitt在籍中のみ自身の名前が会社名に使われていました。なお「Makro」はドイ語表記なのでラテン語/英語表記では「MACRO」ですね。従って自身が在籍していた時代はドイ語表記で出荷していたことになります。

Münchenに戻ったのが62歳 (1960年) だったので、戦後の混乱期を避けて人生の黄昏はやはり生まれ故郷に戻りたかったのでしょう。意に反して写真機のほうではOtto Berning & CO. (オットー・ベルニング商会) の「RoBoTカメラ (フィルム自動巻上げ/連続撮影)」への足掛かりを与え会社が存続しましたが、最後まで情熱を注ぎ込んだ光学製品は残念ながらZOOMAR社のシネマ業界への傾倒から消滅していく運命でした。しかし戦前戦後を生き抜いて念願の光学製品に没頭できた人生はまさに栄光の日々だったのではないでしょうか・・引退してから5年後の1973年に75歳でその生涯を閉じています。

ちなみに会社売却先のFrank G. Back博士は有名な現代物理学の父とも呼ばれるノーベル物理学賞受賞のアインシュタイン博士の友人でもあり、2人はこぞってKilfittが造り出す光学機器に高い関心を抱いていたようです (特に光学顕微鏡など)。

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今回の扱うモデル『Heinz Kilfitt München Makro-Kilar 90mm/f2.8 C (M39)』は焦点距離90mmのポートレートマクロですが、もちろん発売時点の1956年ではポートレートマクロが存在しませんから焦点距離40mmの「Makro-Kilar 4cm/f3.5」同様に当時の世界初になります。

【焦点距離90mmモデル】

Heinz Kilfitt München Kilar 90mm/f3.5 C1952年発売
モデル系列番号:212-xxxx
光学系構成:3群4枚テッサー型
絞り羽根枚数:14枚
f値:f3.5〜f32
最短撮影距離:0.78〜∞
マウント種別:L39

Heinz Kilfitt München Makro-Kilar 90mm/f2.8 C1956年発売
モデル系列番号:219-xxxx (シングル)
光学系構成:3群4枚テッサー型
絞り羽根枚数:16枚
f値:f2.8〜f32
最短撮影距離:0.3〜∞
マウント種別:M39

ZOOMAR MÜNCHEN MACRO-ZOOMATAR 90mm/f2.8:(1968)
モデル系列番号:301-xxxx (シングル)/243-xxxx (ダブル)
光学系構成:3群4枚テッサー型
絞り羽根枚数:16枚
f値:f2.8〜f32
最短撮影距離:0.3 (0.14)〜∞ ※( )はダブルヘリコイド
マウント種別:M39

当初1952年に発売された開放f値「f3.5」モデルはマクロレンズとして設計していない為 (単なるポートレートレンズ) モデル系列番号が異なります。
またマウント種別に「L39/M39」2種類が存在しますが「L39」がライカ判ネジ込み式である (つまり距離計連動方式) のに対し「M39」は単なる接続マウント (外径:39mm/ピッチ:1mm) なので、規格上はライカ判と同じネジ込み式ですがフランジバックなどが異なり、そのまま「L39」マウントのつもりで装着してもピンボケのままになるので注意が必要です (その意味で入手時はL39なのかM39なのかの相違を確実に調べないと特に曖昧な表現をしている事が多いロシアンレンズなどで不具合が生じ易い)。

なお、一部の某有名サイトでズームレンズの「ズーム」と言うコトバが最終モデルの会社名「ZOOMAR」社から派生した言葉であると解説していますが、それは違います。Zoom Lens Historyによると「ズーム」と言うコトバは既に1932年時点で放送機材業界で使われていたが数多くのサイトで間違った案内がされているとのことです。

そこで調べてみると、ズームの概念の一つである焦点距離の延伸 (延長) の考え方が1902年時点でパテント登録されており (右図)、それはもとを正せばイギリス人数学光学天文学者のPeter Barlow (ピーター・バロー) による発想「バローレンズ (焦点距離の延伸/延長)」概念で基本的な考え方が開発されていたようです。

さらに最終モデルの会社「ZOOMAR」社創始者Frank G. Back博士は自らズームレンズの開発設計は一度もしておらず、単にそれら光学製品のテレビ放送業界への浸透に汲みしたことから「ズームレンズの父」と呼ばれていると解説しています。

この焦点距離の延伸 (延長) と言う概念は後にVariable focal length lens (バリフォーカルレンズ:可変式焦点距離レンズ) の礎に繋がりズームレンズの発展へと展開していきます。

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光学系は典型的な3群4枚のテッサー型構成です。第1群 (右図の左端) と第3群貼り合わせレンズ (2枚の光学硝子レンズを接着剤を使って貼り合わせてひとつにしたレンズ群) に「ランタン材 (原子番号:57の希土類元素の一つ)」を光学硝子成分に配合しており僅かに黄褐色化しています。

 右写真は今回の個体をバラして清掃する前にUV光の照射を試みた時に撮影した写真で左が照射前、右が照射後です (12時間照射)。


ご覧頂くと分かりますが、黄褐色化が極僅かに改善されただけでUV光の照射前後でほぼ変化が見られません。これは光学硝子材に「酸化トリウム」を含有していないことになり「ランタン材」であると判断できます。

仮に「酸化トリウム」を含有していた場合黄褐色化ではなく「茶褐色化」になり赤味を帯びた相当濃い茶色に変質します (当方は今までに数多くの酸化トリウム含有硝子レンズをバラして実際に色合いを確認しています)。酸化トリウム含有の場合はUV光の照射で濃いめの茶褐色化が無色透明に近い状態まで改善が見られますがランタン材の場合にはほぼ変化が起きません。従って今回のモデルの光学硝子含有成分は「ランタン材」であると推測しています。

光学系構成図 (上図) は今回当方にて光学系をバラした際にデジタルノギスで計測してほぼ正確にトレースした構成図です (各硝子レンズのサイズ/厚み/凹凸/曲率/間隔など計測してトレースしました)。

一方当時のKilfitt製オールドレンズを紹介したカタログ記載の構成図とも合致しています。

   
   

上の写真はFlickriverで、このモデルの特徴的な実写をピックアップしてみました。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。

一段目
巷で「玉ねぎボケ」と呼ばれているシャボン玉ボケのエッジ表現が次第に滲んで溶けていく様を集めてみました。

二段目
ピント面と背景ボケとのバランスをピックアップし (左2枚) 質感表現能力の高さや逆光耐性をみています。

ボケの出方が特徴的なので好き嫌いが分かれますし、後の時代に多く登場する同一焦点距離のマクロレンズのようにトロトロのボケ味はむしろ苦手な傾向なので、当時の焦点距離40mm「Makro-Kilarシリーズ」とも相通ずる印象なのですが「ドライな表現性」と言うコトバが非常にマッチするような色つけのない (偏りのない) 忠実な描写性がさすがです。

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。

Kilfittの「Makro-Kilarシリーズ」を完全解体して、且つ完璧な調整で仕上げられるスキルを有する整備者と言うのは世界中探しても数えるほどしか居ません。モデル系列番号の相違によりシングルヘリコイド、或いはダブルヘリコイド方式の2種類が存在し、それぞれ1/2倍撮影のハーフマクロ、或いは1:1等倍撮影が可能なモデルに分かれます。

今回の個体は系列番号:219-xxxxのシングルヘリコイドで1/2倍撮影のハーフマクロなので最短撮影距離:30cmになります。

この当時の販売時点には個体別の光学性能を記録した「テスティングチャート (ガラス板)」が製品に附属しており (2枚のうちの1枚)、後のサポートサービス時の参照用として別の1枚は製造元に残されていたようです (右写真は300mmの附属品で中央に該当製造番号が赤色マーキングされている)。

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルはヘリコイド (オス側) が別に存在し独立しています。

そもそもヘリコイドの駆動方式として「回転式繰り出し方式」を採ってきたので、距離環を回すとグルグルと鏡胴が360度回りながら繰り出され、その時に絞り環/プリセット絞り環も共に回転していくので絞り指標値が2箇所に刻印されています。一番最初は取っつきにくいですが(笑)、すぐに慣れてしまいこれはこれで扱い易く感じます。

↑16枚もあるフッ素加工が施された絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させます。

このモデルの発売時期が1956年ですが、当時のオールドレンズはまだ「カーボン仕上げ」の絞り羽根が全盛時代でしたから先見の明ありと言わざるを得ません。おかげで経年劣化も最低限レベルの酸化/腐食/サビしか発生しませんから洗浄ですぐにキレイになります。絞り羽根はほぼ真円に近い「円形絞り」で閉じていきます。

当初バラす前のチェックでは少々スカスカ状態の印象を受けるプリセット絞り環/絞り環でしたが、よ〜く観察すると過去メンテナンス時の組み付け調整をミスっていてプリセット絞り環とレンズ銘板との間に隙間が空いていました (もちろんオーバーホール後は適切な状態に戻しています)。

↑完成した鏡筒を立てて撮影しました。マクロレンズなので光学系自体が奥まった最深部に配置される為に奥行きのある鏡筒で、それこそまるでレトロフォーカス型光学系の広角レンズの鏡筒のようです。

↑光学系前後群をセットしてしまいます。既に「フロントベゼル」もネジ込んで撮影していますが、ネット上の解説やライター (執筆者) の中には「フード」と案内していることがあります。しかし光学系自体が奥まった位置に配置されており既に遮光環に囲まれていますから、たかが2mmしか突出しないフードを装着しても意味がありません。英語圏ではこのパーツのことを「フロントベゼル (前カバー)」と読んでいますが、設計開発者のKilfiitが第1群 (前玉) の直前にしかフィルターの装着を認めていなかったので用意された附属品というのが正しい認識になります。

↑既にオーバーホールが終わって完成した写真を撮っていますが「フロントベゼル」はグリーンの矢印の箇所に用意されているネジ山にネジ込んで装着します。

↑フロントベゼルの裏側にはフィルター装着スペースが確保されており、ここに「外径:41mm/厚み:4mm」のフィルターがセットできます。一応「押さえ込み板」が用意されているので外径:40.5mmのフィルターでも装着可能です。

↑光学系後群もセットします。今回の個体は当初バラす前のチェック時点でこの第3群 (後玉) の締め付け環がエポキシ系接着剤で接着されていました (3箇所接着)。且つ、そのエポキシ系接着剤の一部が後玉にまで流れ出ており後玉にエポキシ系接着剤がビッチリ附着しています。

これが単なる固着剤の類であれば溶剤ですぐに溶けるのですが、残念ながらエポキシ系接着剤は溶剤ではビクともしません。仕方なくエポキシ系接着剤の溶解剤を使って少しずつ剥がしていき、やっとのことで後玉を外した次第です。

そこで判明したのですが、当初バラす前の実写チェックでこのモデルにしては「甘いピント面」の印象を受けました (カメラのピーキングにギリギリ反応するレベル)。そして実際にバラしてみると何と後玉を僅かに浮かせた状態でエポキシ系接着剤で接着していた事が判明しました (それで後玉表面まで接着剤を付けていた)。

しかし、さらに光学系をバラしていくとその根本原因は第2群の格納位置をミスっており、最後まで填っていなかったのが影響して光路長が変化してしまい、それをムリヤリ無限遠位置合わせの為にエポキシ系接着剤で接着したと言うのが実際の処置だったようです。

つまり光学系第2群も格納筒の中で極僅かに斜め状に入っていて取り出しできなかったのです。仕方なく鏡筒自体をチンチンになるまで (火傷しそうなくらいまで) 加熱処置してようやく第2群を取り出しました。第2群の格納位置に疑いを持った理由は当初バラす前の実写チェックで簡易検査具による光軸確認を実施した時に「偏心」が視認できたからです。従って即座に第3群 (後玉) をエポキシ系接着剤で接着した理由も自然に思い付きました。

過去メンテナンス者は苦肉の策として処置したのでしょうが、さすがに後玉にエポキシ系接着剤を塗布してしまうのはウケてしまいました(笑) おかげで後玉の締め付け環にビッチリ3箇所接着されているエポキシ系接着剤を除去するのに偉い苦労し、且つ今度は自ら締め付け環をキレイに遮光塗料で塗って組み上げなければならず、何とも面倒くさいことか (ロクなことをしません)。さらによ〜く観察するとM39マウント部にもエポキシ系接着剤が塗られており、パニクったにしてはちゃんと均等に3箇所接着しているので何だかよく分かりません。

とにかく、上の写真は後玉締め付け環のエポキシ系接着剤を除去してキレイに遮光塗料を塗り直す作業だけで1時間半もかかってしまった後の撮影です (恨めしい)。

↑プリセット絞り環/絞り環をそれぞれセットします。過去メンテナンス時には組み立て手順とこのプリセット絞り機構部の調整手法を知らない人の手による作業が施されていた為にプリセット絞り環と絞り環との間に2mm程の隙間が空いてしまい、間に挟まれている「鋼球ボール」がほぼ丸見え状態でした。

おそらく過去メンテナンス者は正しい手順で解体できずにムリヤリ外していたと推測でき、残念ながらプリセット絞り環用のネジ山の一部が削れています。その為にそれを避ける位置でネジ込んでいたようなので結果的に隙間が空いてしまったというのがオチのようです。もちろん正しい手順で組み立てて適正な隙間でプリセット絞り環/絞り環を組み付け終わっています。

↑ヘリコイド (オスメス) の内外筒をネジ込んだところを撮影しました。申し訳御座いませんが企業秘密なので内外筒のヘリコイドを実際にネジ込んでいく工程は掲載できません(笑)

内筒側のネジ山で36箇所、外筒ネジ山で42箇所あるのでそのネジ込み位置がズレた途端に無限遠位置が狂います。ところがこのモデルは焦点距離40mmの「Makro-Kilarシリーズ」よりも調整が難しく、単にヘリコイドのネジ込み位置を合わせるだけでは一切適正なフランジバックと無限遠位置に辿り着けません。その意味でこのモデルは「超難度モデル」の一つに当方では入っています。

実際今回の調整でも15回目の組み直しにしてようやく適切なフランジバックと無限遠位置に辿り着いたので4時間半掛かりの作業でした。この後は距離環を組み付けてマウント部をセットし無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行えば完成です。

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ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑久しぶりにこのモデルを扱いましたが、既にどの程度調整が難しいのか忘れており工程を進めるに従って思い出しつつ取り掛かりました。

↑光学系内のカビや汚れなどは全て完璧に除去できています。特に第1群 (前玉) 表面にカビの芯がコーティング層に浸食した状態で生じており、カビ除去でコーティング層が剥がれた為にポツポツとコーティング層のハガレが残っています (写真には影響しません)。

もちろん驚異的な透明度が戻っています。

↑ご覧のように (ご依頼者様だけは当初の状態をご存知ですが) 後群側も締め付け環やその周囲のマウント部も含めビッチリ附着していたエポキシ系接着剤がキレイサッパリ除去できています (もちろん遮光塗料を塗り直しました)。

マウント部には「West Germany」刻印があり誇らしげに旧西ドイツ製であることが謳われていますし「D.B.P.und Ausl. Pat. ang.」のドイツ語表記から「国外特許申請中」であることが判ります。

実はこの接続マウント部「M39」の規格がライカ判「L39」規格とネジ径やピッチが同一であることから間違えて入手している人が後を絶ちません(笑)
確かに「外径39mm/ピッチ1mm」と互いに同一規格なのですが、あくまでもこちらのマウント部は「M39」であり単なる接続マウントですからフランジバックが「L3928.8mm」ではありません (つまりそのまま装着してもピンボケのままです)。

↑今回一緒に同梱して頂いた接続マウント部が上の写真で「M39→exakta変換アダプタ」でKilfittが当時に用意した「Rezex」です。

この製品名「Rez」部分はドイツ語の何かを示す暗号で「ex」が「exakta」を表すので、例えば当時用意されていた変換マウントに「Rezar」などと言う製品があり「M39→arri flex変換アダプタ」と言うことになりますね。

用意されていたマウント種別は多岐に渡り、exaktaの他M42やNikon、Canon、MINOLTA以外に中判用も揃えられていました。

そもそもこのモデルのイメージサークルが中判向けの設計なのでフルサイズでも充分な性能を発揮してくれます。

↑16枚もある絞り羽根もとてもキレイになりプリセット絞り環/絞り環共々確実に駆動しています。ご依頼者様のご指摘では絞り環操作がスカスカ状態とのことでしたので多少トルク感を与えた調整で仕上げています。但し、そうは言っても前述のように距離環を回すとプリセット絞り環/絞り環共々一緒に回転しながら繰り出されるので、ピント合わせした後に絞り環操作した時にズレてしまうと使い辛くなります。

従って距離環側 (つまりヘリコイド側) のトルク感を僅かに「重め」の設定に調整しています。

↑塗布したヘリコイドグリースは黄褐色系グリース粘性中程度」を塗布しましたが、ヘリコイドのネジ山が相当長い分「重め」のトルク感に至っています。ピント合わせ後の絞り環操作で絞り具合を変更した時にピント面がズレにくいよう配慮したトルク感として4回ヘリコイドグリースを塗り直して調整/仕上げました。

これ以上軽くすると絞り環操作時にピント面がズレてしまいますし、逆に重くすると今度はピント合わせ自体が面倒になります。何故ならこのモデルのピントの山が掴みにくくアッと言う間なので重くし過ぎると使い辛くなるからです。その辺のことも考慮してトルク調整を施しています。

もしもご納得頂けない場合は大変お手数ですが「減額申請」にて必要額分減額下さいませ。申し訳御座いません・・。

なお、黄褐色系グリースを塗布した関係で距離環を回してヘリコイドが駆動し始めるとゴリゴリとネジ山が擦れる感触を感じますが、これはグリースの特性上なので改善できません。またヘリコイドの内外筒の繰り出し/収納時に抵抗/負荷/摩擦が増大したり (逆に解除されたり) するのでそのタイミングでトルク感も突然変わりますが、これも設計上の問題 (ヘリコイド駆動方式の問題) なので改善できません。

要は「回転式繰り出し方式」の宿命とも言えます。

↑組み上げていて気がついたのですが、指標値環の基準「」マーカー位置とプリセット絞り環/絞り環側の基準「」マーカー位置がズレています。

左写真は今回の個体調達時に掲載されていた写真から転用していますがグリーンのラインのとおり最初から基準マーカー位置が一致していませんでした。

指標値環側の基準「」マーカー位置はちょうど刻印絞り値の中央「f5.6」近辺に位置しているようです。

ところが説明書の記載を見ると (右図) 基準「」マーカーと「f2.8」そしてプリセット絞り環/絞り環側基準「」マーカー位置は同一ライン上に位置しています。

実は、オーバーホールの工程の中でこれが気になってしまいいろいろと試したのですが、どうしても絞りユニットの固定箇所が決まってしまい (4本のネジ止め固定) 90度ずつズラして固定してみたのですが基準「」マーカーがアッチの方向を向いてしまいお話になりません。

仕方なく当初位置で絞りユニットをセットして今度はヘリコイドのネジ込み位置を変更しながらフランジバックと無限遠位置を詰めていきましたが、どうやっても当初位置以外にするとフランジバックと無限遠位置がズレてしまい使いモノになりません。

念の為にネット上の別個体の写真を10本程あたってみましたが全部ズレていることが分かりました。しかもマチマチな位置なので、ちょっとズレている理由が分かりません。申し訳御座いません・・。

こちらももしもご納得頂けない場合は減額下さいませ (スミマセン)。

無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

↑当モデルによる開放実写ですが、1枚目は60cmほど離れた位置から全体を撮り、2枚目は最短撮影距離30cm付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

なお、この実写はミニスタジオで撮影していますが上方と右側方向からライティングしています。その関係でフードを装着していない為に絞り値の設定によりハレ切りが不完全なまま撮影しています。一応手を翳していますがハレの影響から一部にコントラスト低下が出てしまうことがあります。しかし簡易検査具による光学系の検査を実施しており光軸確認はもちろん偏心まで含め適正/正常です。

↑絞り環を回して設定絞り値「f4」で撮影しています。

↑さらに回してf値「f5.6」で撮りました。

↑f値は「f8」に変わっています。

↑f値「f11」になりました。

↑f値「f16」です。

↑f値「f22」になります。

↑最小絞り値「f32」での撮影です。

なお、当初バラす前の実写チェックでは開放状態でピント面の鋭さがここまで明確になっておらず (カメラボディ側ピーキングに微かに反応するレベル) 甘い印象のピント面でしたが、光学系第2群と第3群の格納位置を適正化したのでご覧のようにピント面の鋭さが改善されています。また、f値「f11」辺りから解像度とコントラストが低下しているのは「回折現象」なので光学系の設計の問題ですから改善できません。

 回折現象
入射光は波動 (波長) なので光が直進する時に障害物 (ここでは絞り羽根) に遮られるとその背後に回り込む現象を指します。例えば、音が塀の向こう側に届くのも回折現象の影響です。
入射光が絞りユニットを通過する際、絞り羽根の背後 (裏面) に回り込んだ光が撮像素子まで届かなくなる為に解像力やコントラストの低下が発生し、ねむい画質に堕ちてしまいます。この現象は、絞りの径を小さくする(絞り値を大きくする)ほど顕著に表れる特性があります。

また写真の発色性が「暖色系」なのはカメラボディ側AWB (オート・ホワイト・バランス) 設定を切っているからですが、そもそも暖色寄りの発色性なのがこのモデルの特徴なので、これも改善できません (カメラボディ側AWBをONにしてホワイトバランスの設定をしてください)。

今回のオーバーホール/修理ご依頼誠にありがとう御座いました。