◎ Sankyo Kohki (三協光機) W. KOMURA 35mm/f3.5(L39)

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今回の掲載はオーバーホール/修理ご依頼分のオールドレンズに関するご依頼者様や一般の方々へのご案内ですので、ヤフオク! に出品している商品では ありません。当方での扱いが初めてのモデルなので記録としての意味合いもあり無料で掲載しています (オーバーホール/修理の全行程の写真掲載/解説は有料です)。
オールドレンズの製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。


今回オーバーホール/修理を承ったのは、1951年〜1980年まで東京都台東区に存在していた光学メーカー「三協光機」から、1956年に発売された広角レンズ『W. KOMURA 35mm
/f3.5
(L39)』になります。焦点距離35mmはこの他に「f2.8」や「f2.5」などが存在していたようでマウントの種別もユニマウントの他多岐に渡り作られていました。

光学系は4群5枚の変形エルノスター型で、第2群に貼り合わせレンズ (2枚の光学硝子レンズを接着剤を使って貼り合わせてひとつにしたレンズ群) を配置して非常にコンパクトで小口径ながらもギリギリ広角域を採ってきた素晴らしい設計です。
(右構成図はバラして光学硝子レンズ清掃時にスケッチしたイメージ図なので正確ではありません)

ピント面のエッジがワリと骨太に出てきますが描写性はナチュラル傾向にも拘わらずシッカリと色乗りの良い反応もするので色飽和も少なく違和感の無い画造りが魅力です。

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。筐体がとても コンパクトな「パンケーキ」レンズで、構造や構成パーツ点数は少なめですがマウント種別がライカ判「L39」マウントなので、距離計連動ヘリコイドがあるため一般的なオールドレンズとは逆のネジ山です。

↑真鍮製のズッシリと重みを感じる、絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルは鏡胴が「前部」と「後部」の二分割方式の為、ヘリコイド (オスメス) は鏡胴「後部」に配置されています。

真鍮製パーツは経年劣化から酸化/腐食が進行しており、当初バラした清掃時点は「焦茶色」になっており表層面には不必要な抵抗/負荷/摩擦があるので、当方による「磨き研磨」で平滑性を確保しています (キラキラに輝かせる目的で研磨しているのではありません)。

↑絞りユニット内の「位置決め環」と絞り羽根を拡大撮影しています。

絞り羽根には必ず「キー」と言う金属製の突起棒や穴、或いは極希ですが上の写真のような「羽根」が飛び出ている場合もあります。「キー」は絞り羽根の両端に「位置決めキー」と「開閉キー」が用意されます。

  • 位置決めキー
    絞り羽根の格納位置を確定させる「軸」となるキー
  • 開閉キー
    設定絞り値に見合う絞り羽根の開閉角度を制御するキー

上の写真は鏡筒の絞りユニットから「位置決め環」を取り出しましたが、絞り羽根の「位置決めキー」が既に刺さった状態を撮っており、当方ではこの方式の固定方法を「手裏剣」と呼んだりしています(笑)

↑さらに絞り羽根のキー部分を拡大撮影しました。「カーボン加工仕上げ」の時代の絞り羽根なので、既に経年劣化から赤サビが生じていました。清掃して可能な限り赤サビを除去していますが、一部が油汚れのように見えているのは (濃い部分) 油染み痕です (除去できません)。

ご覧のように絞り羽根をプレッシングする際「キー」の場所に「十字型の切り込み」を入れて反対側に押し曲げるプレスによって「キーの役目をする羽根」を用意しています。

「位置決め環」は絞り羽根の「位置決めキー」が刺さる「」が備わっている環 (リング/輪っか) で、その」に羽根が刺さって反対側に押し曲げられることで外れないようになっています。一方絞り羽根の「開閉キー」側は「開閉環」と言う環 (リング/輪っか) に用意されている「」を羽根がスライドして移動することで「位置決めキー」を軸として具体的な設定絞り値に見合う角度で開閉する仕組みです。

従って、このキーの役目になっている「羽根 (4枚)」のうち1枚でも折れると絞り羽根の位置が確定できなくなるので、適正な絞り羽根の開閉動作ができなくなり製品寿命を迎えます。この「羽根」部分の取り扱いには細心の注意が必要であり、大変薄く弱い為ムリなチカラを加えるとアッと言う間に変形/破断してしまいます。絞り羽根の開閉異常、或いは絞り羽根が閉じていく時の開口部のカタチが歪だったりするのは、この「羽根」が既に垂直を維持しておらず変形している (曲がっている) ことになりますが、それを正そうとして下手にイジると折れる危険があるので手出しできません。

この当時の藤田光学工業や田中光学、或いは一部の大手光学メーカーのオールドレンズにもこの方式のキーが採用されていました。

↑8枚の絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させます。前玉側に「開閉環」が位置するのでご覧のとおり「」が用意されていてキーの「羽根」がスライドするようになっています。

↑このモデルは真鍮製のガッシリしたフィルター枠が「絞り環」を兼ねており、フィルター枠を回すことで絞り値が変わる方式です。このフィルター枠を鏡筒に最後までネジ込んでしまうと絞り環の役目をしません。

↑まずはここで光学系前後群を組み付けてしまうのですが、上の写真は光学系前群 (第1群〜第2群) を組み上げて撮影しました。ご覧のように第2群の裏面に一部キズが入っている箇所があります (裏面のガラスレンズコバ端部分にあるキズ)。

前述の工程で「位置決め環」を解説しましたが、位置決め環は絞りユニット最深部にイモネジ (ネジ頭が無くネジ部にいきなりマイナスの切り込みを入れたネジ種) 3本で締め付け固定されます。今回バラしたところ位置決め環には全部で6箇所のイモネジ締め付け痕が残っていました。つまり2個ずつイモネジの締め付け痕が残っていたワケですが、1箇所は生産時に締め付けた場所です。残りの1箇所が過去メンテナンス時に締め付けられた箇所と言えますが、生産時の場所から約1.5mmほどもズレた位置でしかも何と一部の痕は斜めの位置で残っていました。

そこで上の写真の第2群裏面コバ端のキズが納得できました。おそらく位置決め環が極僅かに斜め状に固定されてしまい、第2群裏面側に見えている「開閉環」の溝部分の何処かが接触していたのだと推測します。そのまま絞り環操作していたので硝子材が削れてしまったと推測します (何故ならキズの場所が半周弱の領域なので斜めだったことは確実)。

ところが今回光学系をバラした際に削れてしまったであろう「ガラス粉」が光学系内から一切出てきませんでした。このモデルのヘリコイドのネジ山が一般的なオールドレンズとは逆方向に切られているので、過去メンテナンス者は相当な技術スキルを持ってないと組み上げられません。つまりこのキズに気がついていれば再びバラして位置決め環の固定を適正位置に戻していたハズなのです。

そこで見えてきたのは、ヘリコイドや絞りユニットまで含めたメンテナンスは過去に一度だけ実施されていますが (その時にキズ付けている)、その後光学系内だけの清掃がさらに一度実施されており、その際に「ガラス粉」が除去されたと推測できます。オールドレンズはバラすと過去のメンテナンス状況がまるで走馬燈のように浮かび上がってしまいますね(笑)

なお、当初バラす前の実写チェックでピント面が僅かに甘いモデルとの印象を受けましたが、どうやら光学系前群の締め付けが足りていなかったようです (つまり描写性の劣化)。
位置決め環が斜め状に入っていた分の突出があるので、その分光学系前群が最後まで入っていなかったと推察します。そして、位置決め環固定用のイモネジ締め付け位置が「約1.5mm」もズレていたことから、絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) も適正ではなく、当初バラす前のチェック時点で既に「絞り羽根が閉じすぎていた」ことを確認済です。
簡易検査具によるチェックですが (当方は個人なので検査機械設備を所有していません)、それで開放時に凡そ「f4」近くの状態でした (製品の諸元値はf3.5) ので、もちろん今回のオーバーホールで適正な開閉幅 (開口部/入射光量) に調整してセットしています (具体的には生産時の イモネジ締め付け箇所で単に固定しただけですが見えないので結構大変です)。

↑こんな感じで光学系前群 (第1群〜第2群) がセットされます。ネット上のこのモデル写真を見るとコーティング層が放つ光彩が「ブル〜」だったりしますが、その個体よりも今回の個体のほうが遙かに古いにも拘わらずちゃんと「パープルアンバー」に光っています。

↑光学系後群 (第3群〜第4群) も組み付けてひっくり返した状態で撮影しました。解説のとおりフィルター枠 (絞り環兼務) を回した時にクリック感を伴っているのは「絞り値キー」と言う「溝」にカチカチと填っているからです。

↑その「絞り値キー (溝)」にカチカチと填るのはベアリングではなく、上の写真のような真鍮製のピンでありスプリングでクッション性を与えています。

ここまでの工程で鏡胴「前部」がほぼ完成したので、ここから鏡胴「後部」の組立工程に入ります。

↑マウント部 (指標値環兼ねる) ですが真鍮製でズッシリと重みを感じます。

↑やはり真鍮製のヘリコイド (オス側) を無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルには全部で3箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

この時、マウント側にも「距離計連動ヘリコイド」を同時にセットしなければ連動して動きません。ここでこのモデルの難度が高い要素が出てきます。一般的なオールドレンズとは逆方向でヘリコイドのネジ山が切られているので「ヘリコイド筒の繰り出し=無限遠位置」であり、その逆「ヘリコイド筒の収納=最短撮影距離」です。

つまり「無限遠位置」と言うことは、最も鏡筒 (光学系) が撮像面 (フィルムカメラならフィルム面でありデジカメ一眼/ミラーレス一眼なら撮像素子面) に近接した状況であり、それはこのモデルの場合ライカ判「L39」ですから「距離計連動ヘリコイド」も最大限に露出している状態でなければイケマセン。

ところがヘリコイド筒は逆の動き方をしており「最も繰り出されている状態」なのが無限遠位置ですから、この感覚の切替ができたままヘリコイドをセットできる人と言うのは、なかなか少なくなってきますね(笑) つまり無限遠位置のアタリ付けが逆であり、バラす際に気がつかなければまず組み上げられないでしょう。

↑距離環を組み付けます。

↑距離環側に前述のクリック感を実現している「棒状のピン+スプリング」がセットされる穴が用意されています (赤色矢印)。この後は鏡胴「前部」をセットして無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (それぞれ解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行い、最後にレンズ銘板をセットすれば完成です。

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ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑前述の第2群裏面コバ端のキズは「内面反射の懸念」が僅かながらもあり気持ち悪いので着色しましたが、そうは言っても前玉側からジックリ覗くとキズはそのまま残っています (つまり心の健康程度のお話)。
光学硝子材のキズは当方では改善処置できないので申し訳御座いません・・。

↑ご覧のようにコバ端のキズが見えています。当初バラす前の段階では開放時に絞り羽根が顔出ししていましたが、ご覧のとおり「完全開放」にセットできています。またピント面の鋭さも光学系前群がキッチリと最後までネジ込めたので適正状態に至っていると思います。

↑光学系後群もキレイになりましたがカビ除去痕や経年のヘアラインキズなどはそのまま残っています。

↑絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) も簡易検査具でチェック済です。

ここからは鏡胴の写真になりますが経年の使用感を僅かに感じられるものの当方による「磨きいれ」を施したので大変落ち着いた美しい仕上がりになっています。前回磨きすぎてご迷惑をお掛けしたので程々に済ませています (申し訳御座いませんでした)。但し、筐体外装パーツの清掃時に刻印指標値の一部が褪色したため当方による着色を施しています。

↑塗布したヘリコイドグリースは「黄褐色系グリース:粘性中程度」を塗っています。当初バラす前のトルク感が非常に重たい印象でしたが、過去メンテナンス時に塗られていた「白色系グリース」の経年劣化が原因でしたので今回は生産時に塗布されていたであろう黄褐色系グリースを塗りました。

このモデルは絞り環を兼ねているフィルター枠が距離環と一緒に回っていく「回転式直進動」なので、ご指示に拠りフィルター枠 (絞り環) の操作性は当初の同程度に仕上げています。またピントの山が掴みにくいモデルなので距離環を回す際のトルクは「普通」或いは人によっては「軽め」に感じる程度に調整しており「全域に渡って完璧に均一」なトルク感で仕上げていますが、そうは言ってもピント合わせした後にフィルター枠 (絞り環) 操作するとピント位置が 都度ズレてしまっては操作性が極端に悪くなる為それを考慮したトルク感で調整しています。

↑小っちゃなパンケーキレンズですが、描写性のポテンシャルは相当なモノでなかなか魅力のあるモデルではないでしょうか。もっともっと評価してあげても良いのではないかと思いますね・・。

無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済ですし距離計連動ヘリコイドの調整も当初状態と同一レベルに仕上げています。距離環を回すトルク感も「全域に渡り完璧に均一」でトルクは「普通〜軽め」程度に仕上げておりピント合わせもし易く調整しています。光学系内もクリアになり透明度が増しています。
またフィルター枠 (絞り環) 操作時のクリック感も当初の状態と同程度に調整したので、距離環を回してピント合わせ後に絞り値操作してもズレないよう配慮しています。指標値の一部は レンズ銘板も含め清掃時の褪色から視認性アップのため当方で着色しています。

↑当モデルによる最短撮影距離1m附近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。

↑フィルター枠 (絞り環) を回して設定絞り値「f4」で撮影しています。

↑さらに回して設定絞り値「f5.6」で撮りました。

↑f値は「f8」になっています。

↑f値「f11」になりました。

↑f値「f16」です。

↑最小絞り値「f22」での撮影です。今回のオーバーホール/修理ご依頼誠にありがとう御座いました。3カ月間に渡る長い期間お待たせしてしまい誠に申し訳御座いませんでした。お詫び申し上げます。