◎ FUJI PHOTO FILM CO. (富士フイルム) FUJINON 3.5cm/f2(L39)

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今回の掲載はオーバーホール/修理ご依頼分に関するご依頼者様や一般の方々へのご案内ですのでヤフオク! に出品している商品ではありません。
写真付解説のほうが分かり易いこともありますが今回は当方での扱いが初めてのモデルだったので記録の意味合いもあり無料で掲載しています。
(オーバーホール/修理の全行程の写真掲載/解説は有料です)
オールドレンズの製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。


海外オークションebayでも30万円越えが当たり前のような市場価格で推移している超稀少品です。当然ながら当方では手にすることはあり得ないモデルなのですが、大変ありがたいことにオーバーホール/修理のご依頼を承りました。この場を借りてこのような機会を与えて下さったことに感謝申し上げます。

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1954年に発売されたライカ・スクリューマウント (L39) モデルです。製産台数が僅か1,500台なので希少価値が高いワケですが、当方が注目したのは発売時期と実装している光学系です。

当時のフィルムカメラで主流だったのは長らくレンジファインダーカメラだったワケですが、カメラボディ側マウント部内部にミラーボックスが存在しないのでオールドレンズのバックフォーカス (レンズ後玉端〜撮像面/フィルムまでの距離) 面でスペース的な制約が少なく短い距離で光学系を設計してきても影響を受けず有利でした。

また当時は人間の目で見た自然な画角 (意識せずに把握できる画角) として捉えた標準レンズ域は40mm〜45mm辺りだったこともあり焦点距離35mmは広角レンズとの認識よりむしろ標準レンズ域に近い存在だったことが窺えます (僅かに画角を広げた準標準レンズ)。従って当時は広角レンズの認識自体が希薄でその必要性すらあまり論じられなかったのかも知れません。

しかしミラーボックスを実装した一眼レフ式フィルムカメラが登場するに、特にライカ判フォーマット (36mm x 24mm:フルサイズ) での画角からライカでの焦点距離50mmが標準レンズとして世界標準になりバックフォーカスの問題からオールドレンズの焦点距離は50mm〜58mm辺りを標準レンズ域と捉えるように変化しました。

この時、必然的にライカ判フルサイズフォーマットでの画角を自然な印象として認識しようとすれば43mm〜45mm辺りの焦点距離が適切なので、ここに来て初めて「広角レンズ (域)」の必要性に駆られたようです。そこで登場したのが1950年にフランスのP.Angenieux Paris社より世界初の一眼レフカメラ用広角レンズとして「RETROFOCUS TYPE R1 35mm/f2」が発売されますが、一眼レフカメラのミラーボックスの制約からバックフォーカスを長く採った光学設計として「レトロフォーカス型」を開発してきました。

従って1950年代前半は光学メーカー各社が広角レンズ域の光学系開発で鎬を削っていた時期でもあります。例えば旧東ドイツのCarl Zeiss Jena製広角レンズ「Flektogon 35mm/f2.8 silver」が登場したのは1953年になります。

当方が今回のモデルで注目した「1954年発売」と「光学系設計」の2つの要素について、前述の世界的な時代背景が大きく関わってきます。

このモデルの光学系はレトロフォーカス型ではなく「5群7枚のクセノン型」です。前後玉の口径に比して第2群〜第3群の貼り合わせレンズ (2枚の光学硝子レンズを接着剤を使って貼り合わせてひとつにしたレンズ群) の口径を小さく採ることで屈折率を極限値までアップさせた上で開放f値「f2.0」を実現した驚異的な光学設計を採ってきます。しかも当時流行り始めていた酸化トリウムやランタン材などを光学硝子材に含有させて屈折率を改善 (それぞれ20%/10%の改善が見込める) させずに素のままの硝子でやってきたところに「富士フイルムの意地」を見せつけられたような気がしました。

実はここに日本の光学メーカーには海外勢が挙って広角レンズの専用光学系開発に躍起になっている最中、それに対抗すべく別の角度から追求した「技術力で差別化させる」自信を垣間見たように感じたのです。それは従前の標準レンズ域オールドレンズで長らく採用され続けてきた光学系を踏襲したまま、且つ登場したばかりの「レトロフォーカス型光学系の欠点」を補いつつも広角レンズ域のモデルとしてさらに明るい開放f値で出してきたところに、そのような要素が隠れているように感じます。

素の光学硝子だけを使って、然しながら当時最も明るい開放f値「f2.0」で歪曲や収差を上手く改善させながらコンパクトな筐体サイズで発売してきた今回のモデル『FUJINON 3.5cm/f2 (L39)』に、その後の日本光学メーカーの行く末を占うような印象を覚えました。逆に言えば、もしかしたら既にこの時点で富士フイルムでは「レトロフォーカス型光学系のデメリット」と「標準レンズ域光学設計のメリット」との天秤で論議が尽くされていたのかも知れません。

FUJINON 3.5cm/f2 (L39)』とは、そのようなロマンを与えてくれるかけがえのない存在なのかも知れませんね・・。

   
   

上の写真はFlickriverで、このモデルの実写を検索した中から特徴的なものをピックアップしてみました (クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)。

一段目
このモデルの描写特徴で特筆されるべき要素はたった一つ「空気感/距離感」です。これほど空気感や距離感を如実に写真に取り込んでしまうオールドレンズも少ないのではないでしょうか。下手すれば写真を見ただけで現場の音や気温、匂いまで感じてしまうほどに「人の五感に訴えるチカラ」を持つモデルです。
(左端1枚目から:背景ボケ①、背景ボケ②、グルグルボケ、パースペクティブ)

二段目
広角レンズとしての画角をちゃんと成しており、発色性にクセが無く人の目で見たがままの自然な写りに好感を得ます。
(左端1枚目から:広角域画角、発色性、被写界深度、逆光)

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。このモデルは鏡胴が「前部/後部」の二分割方式なのですが今回バラす際に鏡胴「前部」側、そして「後部」側共に完全固着しており外せない箇所があり完全解体ができませんでした。

仕方なく「加熱処置」を施してようやく上の写真のように完全解体できました。完全固着していた理由はたった一つで過去メンテナンス時に塗布されてしまった「白色系グリース」の経年劣化に拠る揮発油成分がオールドレンズ内部に廻ってしまい、各所で酸化/腐食を促していたのが原因です。

このモデルには一つもアルミ合金材パーツが存在せず「総真鍮製」なので、一部には緑青が生じてしまいました

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルではヘリコイド (オス側) が独立しており鏡胴「後部」側に配置されています。

↑10枚の絞り羽根も当初バラした際は「赤サビ」が表裏に生じていたのでサビ取りしています。その結果絞り羽根をよ〜く見ると擦れている箇所がありますがサビ取りした場所になります。

↑完成した鏡筒を立てて撮影しました。筐体サイズがコンパクトなので必然的に小っちゃな鏡筒です。

↑真鍮製の鏡筒格納筒をセットします。鏡筒が大変小さい理由は冒頭の解説のとおり貼り合わせレンズの径が小さいからで、それだけ屈折率を高めた貼り合わせレンズを前群/後群共に備えていることになります。

まさしくこの鏡筒は素晴らしい光学系設計であることを如実に物語っているサイズなのだとも言えますね。

↑後から実装できないのでここで先に光学系前後群を組み付けてしまいます。当初バラす際に「加熱処置」したのは光学系です。光学系が全ての群で全く外れませんでした (もちろん冒頭解体写真のとおり処置後に完全解体できています)。おそらく過去メンテナンス時にも貼り合わせレンズ部分が解体できずにそのままだったと思います (第3群の貼り合わせレンズは締め付け環にペンチで掴んだ削れが残っていたりします/当方ではありません)。

↑鋼球ボール+スプリングを組み込んでから絞り環をセットします。当初バラす前のチェックで絞り環のクリック感が少々強めの印象でしたがバラしてみるとスプリングが潰れており鋼球ボールだけでクリックしていたようです。

当方にて代用のスプリングを調達し組み込みましたが既に鋼球ボールが当たって絞り値キーの穴が削れている為に今度は少々軽い印象のクリック感に変わってしまいました。申し訳御座いません・・。

スプリングが無いままでは (潰れて短いままでは) いずれ鋼球ボールが填ってしまい (外れなくなるので) 絞り環が機能しなくなる危険を抱えることになる為、敢えて今回代用スプリングを入れ込みました。もしもご納得頂けない場合は「減額申請」にて必要額分ご請求額を減額下さいませ。申し訳御座いません・・。

これで鏡胴「前部」が完成したので次は鏡胴「後部」側の組み立て工程に入ります。

↑鏡胴「後部」側はヘリコイド (オスメス) と距離計連動ヘリコイドだけですから簡単です。上の写真はマウント部 (指標値環兼ねる) です。

↑一般的なオールドレンズでは先にヘリコイド (オスメス) を組み上げるのですが、このモデルは距離計連動ヘリコイドが先になります (構造検討にて考察した結果組み立て手順が違うことに気がつきました)。もちろんライカ判スクリューマウント (L39) ですから距離計連動ヘリコイドの組み込み位置がズレるとカメラ側ファインダーでピント合焦しなくなります。当初位置でセットしました

↑最後になってようやく真鍮製のヘリコイド (オス側) を組み込みます。一般的なオールドレンズとは「直進キー」の使い方が逆なので組み込み手順が違うワケです。このヘリコイド (オスメス) に過去メンテナンス時には「白色系グリース」が塗布され、既に経年劣化から「濃いグレー状」に変質していたので経年の揮発油成分がオールドレンズ内部に相当廻っています。

その一部がこのヘリコイド固定箇所にも経年の酸化/腐食を促してしまい完全固着していました。上の写真は既にバラした構成パーツを当方にて「磨き研磨」した後の撮影なのでピカピカと光り輝いていますが、当初バラした時は一部に緑青が生じた「焦茶色」でした。

この後は完成している鏡胴「前部」をセットして無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行えば完成です。

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ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑いとも簡単にオーバーホールが終わったように見えますが(笑)、完全固着のせいで当初バラす際に3倍の時間がかかっています (何しろ今回初めての扱いで内部構造を知りませんから)。

↑問題の光学系です。残念ながら第1群 (前玉) 表面側に経年のカビ除去痕が相当残っています。カビ自体は完全除去できていますがLED光照射では極薄いクモリを伴うカビ除去痕が浮き上がります。但し、写真に影響を来すレベルではありません。

↑光学系の透明度は非常に高く改善できていますが、同様に第2群〜第3群の貼り合わせレンズと後群側の第4群〜第5群はコーティング層の耐性が限界に達している為、次回のメンテナンスではおそらくコーティング層が剥がれると推察します。現状コーティング層ハガレはありませんが表層面の平滑性がだいぶ失せています (清掃時に平滑性がチェックできるので分かる)。またその影響から特に第4群〜第5群の2枚の硝子レンズに極微細な点キズが相当数残っています。一見すると「塵/埃」に見えがちですが清掃でも除去できなかった点キズですので申し訳御座いません (カビは完全除去できています)。

↑絞り環操作時のクリック感がちょっと軽すぎだと感じますが申し訳御座いません。上の写真を見ると前玉表面側のカビ除去痕が一部視認できています。

ここからは鏡胴の写真になりますが経年の使用感をほとんど感じさせない大変キレイな状態を維持した個体です。当方による筐体外装の「磨きいれ」を施し「光沢研磨」済ですのでピッカピカに仕上がっています。もちろん「エイジング処理済み」なのですぐに白っぽく酸化してきたりしません。

↑塗布したヘリコイドグリースは黄褐色系グリースの「粘性中程度軽め」を使い分けて塗りました。ヘリコイドネジ山の一部にも緑青が生じていたので、当初一番軽めの粘性を塗ったところトルクムラとガリガリ感にピント合わせ時の「スリップ現象」まで生じたので、再びバラして「中程度」の粘性に入れ替えました。

当初のトルクに比べると軽めですが、そうは言っても「普通」人によって「重め」に感じるトルク感に仕上がっています。このモデルはピントの山がアッと言う間なので敢えて「重め」に仕上げています (軽めにしてスリップ現象が出てはピント合わせがしにくくて却って逆効果でした)。申し訳御座いません・・。

距離環を回すトルクは「全域に渡って完璧に均一」ですし距離計連動ヘリコイドのセット位置も当初位置のままです。

無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。
筐体の刻印指標値は黒色指標値が洗浄時に褪色した為に当方で「着色」しています。またこのモデルは不思議なことに絞り環側の基準「」マーカーと指標値環側の基準「」マーカー位置が一直線上に並びません。念の為ネット上で同型モデルの写真を調べましたがすべて同じなのでそう言う設計なのではないかと思います (実際に鏡胴前後で噛み合う箇所が決まっているので調整できません/ネジ込みではない為)。

絞り環のクリック感が軽すぎる分と距離環のトルクの重さでご納得頂けない分を減額下さいませ。申し訳御座いません・・。

↑当レンズによる最短撮影距離1m付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

残念ながら当方の老眼ではもうピント面が見えず、おそらくブレていると思います。特に開放ですとピント面のエッジが分かりにくいのでピント合わせ時のトルクは軽いチカラだけで微動できるよう調整済です。

↑絞り環を回して設定絞り値「f2.8」で撮影しています。ようやくピント面が見えてきたのでちゃんと撮影できました(笑)

↑さらに回してf値「f4」で撮りました。

↑f値「f5.6」に変わっています。

↑f値「f8」になりました。

↑f値「f11」です。「回折現象」が出ているのでコントラストが低下し始めています。

↑最小絞り値「f16」での撮影です。大変長い期間お待たせしてしまい申し訳御座いませんでした。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座います。