◎ Kamerabau-Anstalt-Vaduz (Heinz Kilfitt) Kilfitt-Makro-Kilar D 40mm/f3.5 silver(exakta)
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今回の掲載は、オーバーホール/修理ご依頼分のオールドレンズに関するご依頼者様や一般の方々へのご案内です。
(ヤフオク! に出品している商品ではありません)
写真付の解説のほうが分かり易いためもありますが、ご依頼者様のみならず一般の方でもこのモデルのことをご存知ない方のことも考え今回は無料で掲載しています (オーバーホール/修理の全行程の写真掲載/解説は有料です)。
オールドレンズの製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。
いよいよアメリカはワシントンDCからオーバーホール/修理を承った最後の4本目になります。1955年に世界初のマクロレンズとして登場したMakro-Kilarシリーズの「前期型」である『Kilfitt-Makro-Kilar D 40mm/f3.5 (exakta)』です。
先ずはオーバーホールが完了した4本の晴れ姿を・・。
↑当方の手元にこれだけのMakro-Kilarが勢揃いしたことはもちろん初めてですし、しかも、 「前期型〜最後期型」までを網羅している『兄弟姉妹の勢揃い!』
① 長女:前期型 (1955年発売)
Kamerabau-Anstalt-Vaduz Kilfitt-Makro-Kilar D 40mm/f3.5 C silver (exakta)
② 長男:後期型 (1958年発売)
Heinz Kilfitt München Makro-Kilar D 4cm/f2.8 ●●● (exakta)
③ 次男:後期型 (1958年発売)
Heinz Kilfitt München Makro-Kilar D 4cm/f2.8 ●●● (M42)
④ 次女:最後期型 (1968年発売)
ZOOMAR MUENCHEN MACRO ZOOMATAR A 4cm/f2.8 (arri STD)
①の長女は1955年生まれですから「前期型」であり開放f値「f3.5」の無段階式 (実絞り) です。当時世界初と謳われただけあって「見たがまま」を受け入れる性格は近所でも「貴婦人」の異名を持つ品格を感じる美しい佇まいが評判です。兄弟姉妹の中で最も大らかな描写性ながらも場の雰囲気を読んで臨機応変に対応できる素性の良さが光ります。
②の長男はそのすぐ後1958年に生まれたプリセット絞り機構を装備してきた開放f値「f2.8」の「後期型」です。兄弟姉妹の中で最も賢くて一種自分の世界観を持った頑固者ですがイザと言う時は知恵を働かせてどんな困難にも物怖じせず正確に忠実に描写してしまう賢者格です。
③の次男は長男と同じタイミングで世に出てきたモデルですがマウントが「M42マウント」です。兄弟姉妹の中では一番取り回しが楽なので兄姉を見て育った分その長所短所も熟知していてそつなくこなしてしまう世渡りの上手さが際立ちます。ご依頼者様にはご案内済ですが実はチョコッと衣替えもしており (フロントベゼルも違う) 今風にオシャレにも気を遣っています。
最後の④次女は一番最後の1968年に生まれただけあって皆に可愛がられて育ちました。皆の良いところをちょっとずつ自分のものにして最短撮影距離10cmの1:2倍撮影ながらもプリセット絞り機構を装備し短めのダブルヘリコイドで小さめで愛くるしさが堪りません。末っ子ですがシッカリ者なのでちゃっかり渡米して新たな世界にも興味関心がいっぱいの花盛りです。
1955年からの13年間、順番に生まれてきた兄弟姉妹がこうやって一堂に集まり、きっと懐かしい古き良き時代の話に花を咲かせていることでしょう。長年の埃をはらって身綺麗になった兄弟姉妹に、これからも更なる活躍の場が待っています・・幸あれ!
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上の写真はFlickriverで、このモデルの実写を検索した中から特徴的なものをピックアップしてみました。
上段左端から「円形ボケ・二線ボケ・背景ボケ・被写界深度」で、下段左端に移って「エッジ・発色性・コントラスト・フレア」です。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
Makro-Kilarが登場した1955年と言う年代を考えると、それ以前までの標準レンズ域の概念が人間の目で捉えた認識できる画角として焦点距離40mm〜45mmだったので、自然に焦点距離40mmとして開発し製品化してきたのだと推測できます。その後ライカ判フィルムカメラに 於ける交換レンズ群で焦点距離50mmが標準レンズとして世界規模でスタンダート化してくると業界の認識は一変します。しかし却ってそれが貴重な存在価値になって少々広角寄りに採ったマクロレンズ (世界初) として現在に残る結果になりました。焦点距離で僅か10mmの話ですが使っていると違和感を感じない (もう少し広く/もう少し隣を出したいなどの) 画角のハマりの良さを強く感じています。これは特に後の時代に登場した標準マクロのオールドレンズなどを使うと、むしろちょっと消化不良的な感覚でシ〜ンに臨むことになるので、その時に初めて気がつくような感じです (焦点距離40mmの画角に慣れきっている)。
後の時代に登場したマクロレンズの如く味付けが一切されていない粗削り的な描写性能なのでボケ味は決して褒められるような印象ではありません。さらにピント面のエッジが意外と太く出てくる特性も下段左端の1枚目イチゴの写真をご覧頂くと分かるかも知れません。発色性は本来ナチュラル派でもコッテリ派でもない中庸的な出方をするので (下段左端2枚目) すが、この開放f値「f3.5」の「前期型」モデルは意外にも低コントラストなシ〜ンが苦手だったりします (同3枚目)。
光学系は3群4枚の典型的なエルマー型構成ですが設計上は「前期型」と言うこともあり後のモデルとも異なる発祥時点の設計ですね。左図はバラして実際に光学硝子を1枚ずつ清掃している時にスケッチしたイメージ図なので曲率などは正確ではありません。
オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。
↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。Makro-Kilarシリーズの中では最も構造が簡単なのが「前期型」モデルですが当方が嫌う難関が1箇所だけあります。
↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。後に登場する「後期型」モデルではバッサリと削ぎ落とし鏡筒の大きさを大幅にコンパクト化させていますが「前期型」は特大です。
↑10枚のフッ素加工が施された絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させます。鏡筒が バカデカイので自ずと開閉環 (絞り羽根を開閉させている環/筒) もそのまま特大で深さがあります。
当方が最も嫌う難関がこの絞りユニットの工程で、絞り羽根に備わっている「キー」と言う 金属製の突起棒が非常に薄い (出っ張りが少ない) ので10枚の絞り羽根を重ねていくと残り3枚のところで必ず組み付けた絞り羽根が浮いてしまうのです。しかも開閉環の肉厚分絞り羽根が刺さる箇所には外側にマチ (隙間) が用意されている設計なのでピタリと収まらずに、アッと言う間に差し込んだ絞り羽根がバラけていきます。
つまり1回だけで絞りユニットを完成できた試しがないのですが、今回も7回目にしてようやく完成しました。実は今回バラした時に絞り羽根は表裏がメチャクチャに混ざって刺さっていました。大抵のオールドレンズでは絞り羽根には「向き」があるので、それをミスると絞り羽根が閉じていく際の「開閉幅 (開口部/入射光量)」が狂い絞り環絞り値との整合性が取れなくなってきます。ましてや今回のモデルのような時代の個体となれば「真円絞り」が当たり前ですからキレイな真円に至らなくなります。
ところがダブルヘリコイド側は製産時の黄褐色系グリースがそのまま残っていたので、今回の個体もやはり絞りユニットだけを取り外して過去メンテナンスされていることになります。Makro-Kilarシリーズの中では最もヘリコイドを外す方法が簡単なタイプにも拘わらず、過去の整備者は無限遠位置のアタリ付けに自信が無かったのでしょう(笑)
ちなみにこちらも絞り羽根には赤サビが生じていたのでサビ取りしていますが痕跡はそのまま残っています。
↑プリセット絞り機構を装備していないので純粋に絞り環をネジ込みますが、最後までネジ込んでしまうと機能しなくなります。
↑実は絞りユニットはまだ固定されていない状態だったので、レンズ銘板を兼ねる光学系第1群 (つまり前玉) 用の格納筒をセットして初めて絞りユニットと絞り環までが固定されます。当初バラす際にこのレンズ銘板部分が何度溶剤を流し込んでも全く外れず、当方の持病である肩を痛める寸前までいきました。観念して「加熱処置」を施したので申し訳御座いませんがご請求に加算されています (なるべく加算しないように考えているので最後まで頑張ったのですが スミマセン)。
↑ダブルヘリコイド (内外ヘリコイド) 部を無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションで ネジ込みます。このモデルでは全部で29箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。ヘリコイドのネジ込み工程はスミマセン、企業秘密なので撮影できません(笑) もちろん内外ヘリコイドのネジ込みの際に無限遠位置合わせも必要なのですが (全群繰り出しの回転式なので無限遠位置調整機能を装備していない)、Makro-Kilarシリーズは内外ヘリコイドがそれぞれ最も繰り出した時に互いに停止する位置までも途中のままなので、各々お尻と頭の位置合わせが必須であり難度は自ずと高くなります。一番最初にバラした7年前はこのことに気づくのに3日かかったような気がしますね (あまり進歩してませんが)(笑)
この後は無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行えば完成です。
ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。
↑レンズ銘板の製造番号先頭が「Nr.211-xxxx」なので1955年に発売されたモデル系列番号「211」の「前期型:タイプD」と言うことになります (シングルヘリコイドのモデルはタイプE)。レンズ銘板の途中に刻印されている「C」は「モノコーティング」を表しており、今回の個体はドット「●●●」刻印が無いのでアポクロマートレンズではないことになります (当時の製産品の中には同型モデルでもアポクロマートタイプが出荷されていた)。
ちなみに、後の「後期型 (1958年発売)」ではアポクロマートレンズのドットが「●●●」と「青赤黄」の順番に変わっているので、入射光の3波長 (総天然色の三原色) に対して厳密に光学硝子レンズの表面反射を抑えてきた設計であることは変わりませんが、波長の優先順位が変わっているのでそれは描写性にも何某かの (光学設計上の) 変更があったのではないかと推測しています。
↑この個体も光学系内の透明度が非常に高い状態になりました。当初バラす前の時点では極薄いクモリが後群側に生じていました。
↑光学系後群側の付け根には「Made in Liechtenstein」の刻印があるのでドイツ隣国のリヒテンシュタイン公国に会社があった頃の製産品であることを表し創設時の「Kamerabau-Anstalt-Vaduz (KAV:ファドゥーツ写真機研究所)」ですね。また附随して「Pat. angem」の刻印があるので「特許出願中」になります。
光学系後群側は構成で第2群と第3群 (貼り合わせレンズ) になりますが、今回の個体は構成4枚目の後玉表面に経年によるコーティング層の劣化で薄いクモリが盛大に発生していました (ほぼ中心部が全滅状態)。当方による「硝子研磨」でほぼ除去が完了しています。
↑まさか絞り羽根がアッチコッチ向きが違う状態で刺さっているとは思いもしませんでしたがきれいな「真円に近い円形絞り」に戻りました。もちろん絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性も簡易検査具でチェック済です。ヤフオク! で整備済で出品している人がだいぶ増えてきたので良いことですが、意外と絞り羽根の開閉幅はテキト〜整備を貫いています (検査具を使わずに実写チェックだけで済ませている/回折現象が目で見て分かるなんて凄い技術スキルです!)(笑)
整備済と言うと皆さん「光軸ズレ」ばかり気にされますが、光軸ズレはそもそもピント面に 於いて明確な違和感を覚えるので整備工程の中で自然に気がつくハズです。もちろん当方では最後に簡易検査具ですが「光軸ズレ (偏心含む)」をチェックしています。ところが絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) が狂っていると、例えば製品諸元値で最小絞り値側で「回折現象」が出ない設計であるにも拘わらず生じている個体が意外と多いのに泣けてきます(笑)
よく見かけるのが旧東ドイツ製Carl Zeiss Jenaの広角レンズMC FLEKTOGON 35mm/f2.4でしょうか。ヤフオク! の出品個体などを見ていても最小絞り値「f22」が閉じすぎている固体の多いこと(笑) このモデルは最小絞り値でも回折現象が生じないのが光学諸元だからです。
「回折現象」は絞り羽根が閉じていく際に入射光 (波長) が絞り羽根の裏側に回ってしまう (回折してしまう) 現象を指し、撮像面 (フィルムカメラならフィルム面でデジカメ一眼/ミラー レス一眼なら撮像素子面) まで到達しないことになります。結果撮った写真を見ると具体的にコントラストの低下を招いていることが一目瞭然になります。
これは例えば絞り羽根の開閉幅調整機能を装備していないモデルの場合は回折現象が起きてもそれは製品諸元上の適正値と言うことになりますが、絞り羽根開閉幅調整機能を装備しているモデルなら本来の光学性能を発揮できていないことになります。確かに最小絞り値側で撮影しない人には関係無い話ですが、そうは言ってもではいったいどの開閉幅 (f値) から回折現象が発生しているのかはなかなか分かりません。まぁ〜心の健康程度のお話なので拘ってチェックしている当方の自己満足です (しかもチェック時に使っているのは厳密な機械設備ではない 単なる簡易検査具ですから)(笑)
↑塗布したヘリコイドグリースは他の個体同様黄褐色系グリース「粘性:重め」を塗りましたがヘリコイドのネジ山の状態が良いので「普通」程度のトルク感に仕上がっています。但し、ダブルヘリコイドの繰り出し位置では内ヘリコイドと外ヘリコイドが繰り出される時に一瞬 トルクを感じる箇所がありますが、これはこのモデルの構造上の問題なので改善できません。
↑筐体の刻印指標値が洗浄時に全て褪色してしまったので当方にて着色しています。
無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環の絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。絞り環が開放f値「f3.5」の先まで回りますが、これも構造上の問題なのでピタリと合わせることはできません。上の写真を撮影した時は距離環を固定しているイモネジの締め付けを1本忘れていたので(笑)、よ〜く観察すると斜めっていますがこの写真で気がついて現物は締め直したのでパッチリです。
↑当レンズによる最短撮影距離5cm (実際は20cmくらい) での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。
↑最小絞り値「f22」での撮影です。今回遙々アメリカから4本ものMakro-Kilarオーバーホール/修理をご依頼頂き、本当にありがとう御座いました! 充分楽しませて頂きました。貴重なタイプAも本当に久しぶりに手にしましたし4本揃っての記念撮影はさすがに圧巻でした。
ありがとう御座いました!