◎ Heinz Kilfitt München (ハインツ・キルフィット・ミュンヘン) Makro-Kilar D 4cm/f2.8 ● ● ●(exakta)
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今回の掲載は、オーバーホール/修理ご依頼分のオールドレンズに関するご依頼者様や一般の方々へのご案内です。
(ヤフオク! に出品している商品ではありません)
写真付の解説のほうが分かり易いためもありますが、ご依頼者様のみならず一般の方でもこのモデルのことをご存知ない方のことも考え今回は無料で掲載しています (オーバーホール/修理の全行程の写真掲載/解説は有料です)。
オールドレンズの製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。
引き続きアメリカはワシントンDCからオーバーホール/修理を承った2本目になります。1955年に世界初のマクロレンズとして登場したMakro-Kilarシリーズの中で「後期型」である『Makro-Kilar D 4cm/f2.8 ●●● (exakta)』です。
今回の個体はレンズ銘板が「Heinz Kilfit München」と銘打っていますから1960年に生まれ故郷のMünchenに戻ってきてから製産された個体と言えます。この後「Kilfitt München」「Kilfitt」と変わりますが、1968年にKilfitt自身は引退してしまい会社をアメリカのZOOMAR社に売却するのでその後の製産品はすべて「Makro-Kilar」から「MACRO ZOOMATAR」へとモデル銘自体が変わっています。なお「Makro」はドイ語表記なのでラテン語/英語表記では「MACRO」ですね。従って自身が在籍していた時代はドイ語表記で出荷していたことになります。
49歳 (1947年) の時にリヒテンシュタイン公国首都ファドゥーツ (Vaduz) で「Kamerabau-Anstalt-Vaduz (KAV:ファドゥーツ写真機研究所)」を創業しますから、ZOOMAR社に会社を売却した時はちょうど70歳だったことになります。Münchenに戻ったのが62歳 (1960年) だったワケで、戦後の混乱期を避けて人生の黄昏はやはり生まれ故郷に戻りたかったのでしょう。意に反して写真機のほうではOtto Berning & CO. (オットー・ベルニング商会) の「RoBoTカメラ (フィルム自動巻上げ/連続撮影)」への足掛かりを与え会社が存続しましたが最後まで情熱を注ぎ込んだ光学製品は、残念ながらZOOMAR社のシネマ業界への傾倒から消滅していく運命でした。しかし戦前戦後を生き抜いて念願の光学製品に没頭できた人生はまさに栄光の日々だったのではないでしょうか・・。
【モデルバリエーション】
※ 製造番号の先頭3桁がモデル系列番号を表す。タイプ別はレンズ銘板に刻印あり。
※ xxxx はシリアル値の製造番号
① 1:2 倍撮影が可能なシングルヘリコイド:タイプE
初期型:モデル系列番号「209-xxxx」
開放f値3.5、最短撮影距離10cm、実絞り、フロントベゼル無し
後期型:モデル系列番号「246-xxxx」
開放f値2.8、最短撮影距離10cm、プリセット絞り、フロントベゼル有り
② 1:1 の等倍撮影が可能なダブルヘリコイド:タイプD
初期型:モデル系列番号「211-xxxx」
開放f値3.5、最短撮影距離5cm、実絞り、フロントベゼル無し
後期型:モデル系列番号「245-xxxx」
開放f値2.8、最短撮影距離5cm、プリセット絞り、フロントベゼル有り
③ 1:2 倍撮影が可能なダブルヘリコイド:タイプA
モデル系列番号「254-xxxx」
開放f値2.8、最短撮影距離10cm、プリセット絞り、フロントベゼル有り
上の写真はFlickriverで、このモデルの実写を検索した中から特徴的なものをピックアップしてみました。
上段左端から「円形ボケ・二線ボケ・熾ボケ・立体感」で、下段左端に移って「質感・発色性・被写界深度・光源」です。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
ドライな表現性と共にナチュラルともコッテリとも言い切れない中庸的な発色性なのがスタンダードとして高い信頼を置ける描写性なのですがボケ味には少し癖があって二線ボケの傾向も捨てきれません。上段右端から2枚目の「燃えるようなボケ方」も背景の光の使い方次第ではオモシロイ写真が撮れますね。マクロレンズだけあって被写体の素材感や材質感を写し込む 質感表現能力の高さは相当ですが、これが僅か「⌀15mm径」の光学系から吐き出されていると言うのは凄いことです。
光学系は典型的な3群4枚のエルマー型ですが、前回の最後期型に登場した「タイプA」とは異なります (正しくはタイプAで再設計された)。このタイプAには「Kilfitt」銘と「MACRO ZOOMATAR」銘が混在していますから会社売却時の1968年を挟んで登場していたことが分かります。
今回の「タイプD」はダブルヘリコイド方式の最短撮影距離5cmと言う1:1等倍撮影を実現したモデルであり、且つ1958年に開放f値が当初の「f3.5」から「f2.8」へ見直された光学系を踏襲し実装しています。
今回の個体はレンズ銘板に「●●●」ドットが刻印されているので「アポクロマートレンズ」であることが分かり、球面収差/コマ収差/非点収差/像面歪曲/歪曲収差等の諸収差に対して硝材の組み合わせで収差を改善していく際に、屈折率と分散率が異なる2つの硝材 (凸凹) を組み合わせる事で入射光の2波長に対して厳密な色収差を改善させた「アクロマートレンズ」の発展系として、3つの硝材 (凸凹凸) 組み合わせによりアクロマートで補正しきれなかった3つ目の波長 (紫成分) を補正させたレンズを指します。さらに光学硝子の表面反射で片面あたり4%ずつ入射光を失うことを考えると色収差を厳密に補正させようとした時、自ずと入射光に対する3波長分の透過率を向上させる必要が生じるので「青赤黄」の3色について資料 (基となる材料のこと) を用意してコーティング層を蒸着しています。
光学系を光に翳すと「アンバーパープルブルー」の3色の光彩を放ちます。この光彩の色合いが3色なのを以てマルチコーティングと主張する人も居ますが、モデルの変遷や技術的な時代背景などをもとに考察するとマルチコーティング化が達成されるにはさらに10年の歳月が必要でしたから、あまりにも先取りしすぎです (マルチコーティング技術の目的は色収差改善のみに留まらず解像度の向上やその他の様々な収差の改善を狙った技術だから)。
そもそも当時の自然光の解釈 (つまり色の三原色) が「赤青黄」であり、現在のデジタルに於ける「RGB (赤緑青)」とは異なっています (現在の最新技術では「RGBY (赤緑青黄)」も採用されている)。「色の三原色」は総天然色を表現する上での考え方なので、必然的に入射光の色ズレ (色収差) を改善させようとすれば (当時は)「赤青黄」つまり「アンバーパープルブルー」の
3色に対して入射光の表面反射を防ぐ必要があったワケですね。ちなみに当初Makro-Kilarシリーズでは「赤青黄 (つまり●●●)」でしたが「後期型」では「青赤黄 (●●●)」に変更されています (おそらくコーティング層蒸着レベルも変更しています)。またモデル銘「Makro-Kilar」の「Makro」と赤色刻印にしているのは一部ネット上の解説で案内しているアクセント表示ではなく(笑)「モノコーティング」を表す赤色表示ですのでお間違いなく (初期型モデルに刻印されているモノコーティングを示すCの代用です)。従って「C」と「Makro」は同格の位置付けですが「●●●」は当時生産数自体が少なく非常に高額な製品だった「アポクロマートレンズ」を意味するワケです (逆に言うとドットが無い個体も出回っている)。
オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。
↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。内部構造は非常に簡素ですがマクロキラーをここまで完全解体できるスキルを持っている人は世界中探してもそんなに多くは居ません (それほど特異な構造です)。
実際、今回の個体もヘリコイド部のグリースは何と製産時のオリジナルな黄褐色系グリースがそのまま残っていました。しかし絞りユニットは過去に一度バラされている (解体時の痕跡あり) ので完全解体できいなままムリやり絞りユニットだけ外したことが判明します。
↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。光学硝子自体の外径が僅か「⌀15mm径」しかないのでとても小さい鏡筒です (3群4枚のエルマー型ですし)。
↑10枚のフッ素加工が施された絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させますが、絞りユニットの固定を光学系前群に代用させているのでこの時点ではまだ固定されていません (ひっくり返すと絞り羽根がバラけてしまう)。
過去メンテナンス時にこの絞りユニットだけをムリやり取り外したと判断できた理由は、上の写真で見えている「開閉環 (絞り環操作で絞り羽根をダイレクトに開閉させている環/リング/輪っか)」に刺さっている「シリンダーキー (円柱にネジ部が備わっているネジ種)」が錆びついたまま開閉環に完全固着していたからです。つまり完全解体しなければ絞りユニットを上の写真の状態まで単体で取り出しできませんから、過去メンテナンス時は開閉環だけ思いっきり引っ張り上げて取り外したことが判明します (その時のキズが開閉環の外壁に残っていた)。
完全解体することで過去メンテナンス時の所為までまるで走馬燈の如く浮かび上がりますからごまかしやいい加減な整備はすぐにバレます(笑)
↑絞りユニットがおぼつかないので先に光学系前後群を組み付けてしまいます。
↑ちょっと分からないのですが絞りユニットの裏側に鉛筆で「3.5」と書かれていました。
まさか開放f値「f3.5」の個体から転用してきた絞りユニットではないかと考えてしまいますがそれは安心です。何故なら絞り羽根の開閉幅が異なるので、そのまま開放f値が異なる個体から絞りユニットだけを転用することはできません。まぁ〜、あまり気味のいいものではありませんが (もしかしたら3Sなのか?)・・。
↑絞り環をネジ込みますが最後までネジ込んでしまうと適正な絞り環操作に至りません。絞り環の表面にポチポチと「穴」が空いているのは各絞り値に見合う位置で用意されている鋼球ボールがカチカチと填り込む「絞り値キー」です。前回の「MACRO ZOOMATAR」ではこの穴の一つが深かった為に鋼球ボールが本格的に填ってしまい途中で動かなくなっていました。
(おそらく製産時の切削/面取り忘れかと・・)
↑ネット上の解説などで鋼球ボールと言われているフロントベゼルをカチャッと固定してくれる「ダボ」です (鋼球ボールではありません)。
↑プリセット絞り環に先にダボをセットしてから「ハガネ」を入れます。
↑鋼球ボール+スプリングを両サイドに組み付けてからプリセット絞り環を正しい場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうとプリセット絞り機構が機能しなくなりますし、そもそも無限遠位置の時に一直線上に並んでくれません(笑)
↑絞りユニットをようやくセットできます。ご覧のように絞りユニットは裏側 (後玉側) から ネジ止め (4本) ですから完全解体しない限り取り出すことができないワケです。
↑内ヘリコイドと外ヘリコイドを組み付けて (ダブルヘリコイド方式だから) マウント部をセットしたところです。大変申し訳御座いませんが企業秘密なので内外ヘリコイドのネジ込み工程は撮影できません(笑)
全部で26箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。もちろんご覧のとおり「Ι」マーカーとマウント部の「△」とがピタリと合致しなければイケマセンし、当然ながらプリセット絞り環や 絞り環のマーカー位置とも合致しているのが正しい組み上げです。
↑マウントの爪 (exakta) をセットします。以前arri STDのマウント種別でアルミ合金材で自作していた個体のオーバーホール/修理をしましたが、結局「△」刻印があるマウント部の自作をミスっていたために全てが狂ってしまったワケですが、フランジバックを考えると「exakta」と「M42」は近いサイズなので「M42」マウントの場合はこの爪部分がM42のスクリューになっているだけです (つまり付け替えで対応できる/△付マウント部は共用)。
↑距離環を仮止めしてから無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行えば完成です。
ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。
レンズ銘板の刻印がこの後すぐに製産されたモデルでは「Kilfitt München」へと変遷してしまいますから、ちゃんとフルネームで「Heinz Kilfitt München」なのがいいですね!(笑)
モデル系列番号「Nr.245-xxxx」の後期型です。
どうしても誇らしげに見えてしまう「Makro-Kilar」が嬉しいです!
しかも貴重な「タイプD」ですから1:1等倍撮影のマクロレンズとなれば使い出があると言うものです。実際に最短撮影距離5cmともなるとほとんど被写体に接触ギリギリ状態ですから(笑)、それはそれで 大変だったりしますが・・。
この3色ドットがクワセモノです!
実際当方の愛用レンズでも撮影していて色ズレが気になったことが 一度もありません (当方の個体もアポクロマートです)。もう既に空気のような感覚でスッカリ忘れていますが「●●●」は本当にありがたいことです。
Makro-Kilarシリーズは残念ながらコーティング層の経年劣化が限界に達しているので「光学系内に薄いクモリあり」等と言う固体を手に入れるとまず改善の見込みはありません (今までの経験値から)。それだけに前回の「MACRO ZOOMATAR」はメッケもんだったと言えます。
↑今回の個体も光学系内の透明度が高い個体です。LED光照射でも極薄いクモリすら皆無です。
↑さらに珍しいのが後玉に当てキズが無いことです。後玉の周囲にガイドがありますが、それでも中央部分の突出があるので中心部に点状キズが集中している個体は非常に多いですから 貴重です。
↑10枚の絞り羽根もプリセット絞り環/絞り環も全て適正で確実な駆動に至っています。絞り 羽根にある「黒い筋」は過去の油染み痕なので除去できません。
↑塗布したヘリコイドグリースは黄褐色系グリース「粘性:重め」を塗りましたが、こちらの個体はヘリコイドのネジ山状態が良く「普通」程度のトルク感に仕上がっています (もう少し重くしたかったくらい)。と言うのもピント合わせ後に絞り環操作すると距離環が微動してしまう場合があるからですが、これ以上絞り環側も軽くできません。
↑無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。
距離環のラバー製ローレット (滑り止め) は既に数箇所でヒビ割れが入っており、今回剥がす際に切れる寸前まで進んでしまった箇所もありますが貼り直してあります。経年劣化でボロボロなので改善のしようがありません。
鏡胴には「DBP und Ausl. Pat. angem.」とあり、そのままラテン語/英語にすると「DBP and Foreign Patent Pending」なので「ドイツ連邦テレコム及び国外特許出願中」の意味合いになります。
↑当レンズによる最短撮影距離5cm (実際は20cmくらい) での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。
↑最小絞り値「f22」での撮影です。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。引き続き同型モデルの作業に入ります (同型なのでブログ掲載はしません)。