◎ P. Angenieux Paris (アンジェニュー) RETROFOCUS TYPE R11 28mm/f3.5《後期型》(M42)

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今回の掲載は、オーバーホール/修理ご依頼分のオールドレンズに関するご依頼者様へのご案内ですので、ヤフオク! に出品している商品ではありません。写真付の解説のほうが分かり易いためもありますが、このモデルのことをご存知ない方のことも考え今回は無料で掲載しています (オーバーホール/修理の全工程の写真掲載/解説は有料です)。オールドレンズの製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。

昨日、ご依頼者様から催促のメールが着信し急きょオーバーホール/修理を執り行いました。何かお急ぎのご事情があるのか問い合わせメールを送信しましたが、すぐにご返事頂けず「催促された」と判断しバラし始めてしまいました・・実際には深夜にご返事頂いたのですが、既にバラし (解体) が進んでいたため結局、徹夜作業になってしまいました (途中でやめると取り付け位置や締め付け具合などを忘れてしまうため)。

当方のオーバーホール作業に於いては以下のような時間が掛かっています (平均)。

  • バラし (解体) 作業:1時間 (未扱い品:2時間)
  • 清掃 (油分除去) 作業:1時間
  • 構成パーツの磨き研磨作業:2時間〜3時間
  • 清掃 (研磨粉除去) 作業:1時間
  • 組み立て作業:2時間〜3時間
  • 確認作業/再調整:1時間〜2時間
  • 所用時間:8時間〜12時間

・・こんな感じです。1本仕上げるのにほぼ8時間は最低でもかかっています。従って、当方でのオーバーホール/修理作業は基本的に「1日1本」のスタンスになります・・しかし、最近はリピーターの方々が増えてきており当方が1カ月間に整備できる本数 (つまりキャパ) がMAXに到達しています。従って、現状お預かり後、最短でも「1カ月」の返却猶予が必要になってきます (既に1カ月を経過してしまった方も多くなってきています)・・申し訳御座いません。

今回のオーバーホール/修理ご依頼を受けた『P.Angenieux Paris RETROFOCUS TYPE R11 28mm/f3.5 (M42)』も当初概算見積では「1カ月」の納期とご案内していたのですが何かご事情があるようで進捗状況確認のメールが昨夜着信してしまったワケです。可能な限り概算見積の納期でお届けできるよう頑張ってはいるのですが、本業のヤフオク! 出品もしなければならず、或いはオーバーホール/修理で手こずってしまった場合は2日掛かりの整備作業になってしまうこともあり、なかなか予定通りに進んでいません・・本当に申し訳御座いません。

当方は「個人」なのですべての工程を自分で行っているワケですが、プロのカメラ店様や修理専門会社様ならば作業される方は複数いらっしゃるでしょうからキッチリと最短の納期で戻してくれると思います。また当方は基本的に「外注」は行っていません (過去に1度だけ仕上げられずにコシナサービスさんにお願いしたことがあります/当方の低いスキルが原因なので費用当方負担)。さらに当方は完全解体による「オーバーホール」が前提ですから一般的なプロのカメラ店様や修理専門会社様ならば必要箇所のみの個別修理であり料金面でも格安です。もちろん技術スキルはピカイチですから心配する必要もありません。

それらの事柄を考えるならば、納期が限られていらっしゃる方は是非ともプロのカメラ店様や修理専門会社様に整備のご依頼をされるのが最善かと存じます。

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P.Angenieux Parisはフランスのシネマ用光学機器を主に扱っている光学メーカーです。当時はまだ民生用の35ミリ判フィルムカメラ用広角レンズが存在していませんでしたが1950年に世界初の広角レンズ「RETROFOCUS TYPE R1 35mm/f2.5」がP.Angenieux Paris社より発売されました。その後1953年に今回のモデル「RETROFOCUS TYPE R11 28mm/f3.5」が発売され1957年には「RETROFOCUS TYPE R51/R61 24mm/f3.5」と立て続けに登場します。

【モデルバリエーション】

 「前期型」発売:1953年

鏡胴ローレット (滑り止め):細かい筋目

「後期型」発売:不明

鏡胴ローレット (滑り止め):大まかな筋目

外見上から判断できるバリエーションの相違はローレット (滑り止め) のデザインが最も分かり易いですが実際には「前期型」も細かい意匠の変更などがありバリエーションはもう少し多くなります。

しかし、元々このモデルのピント合わせが分かり辛い (ピントの山が明確ではない) こともあり、且つ逆光に弱く特に開放での撮影時にはコントラストの低下を招くことからそのような写真がネット上でも氾濫しており「レトロ調」の印象が代名詞のようなニュアンスとして定着してしまいました。本来は「focus (焦点)」を「retro (後退)」させる意味合いになり光学系の設計思想を表したコトバだったのですが誤った受け取り方のまま認識していらっしゃる方も多いようです。

特にこのモデルの場合第1群 (つまり前玉) 裏面と第2群〜第3群の中玉、そして第6群 (後玉) 裏面の各コーティング層に経年劣化が生じ易く既にクモリのある状態の個体が市場には多く流通しており、結果としてさらにコントラストが低下した描写の写真を乱発しています。それはそれでこのモデルの魅力として捉えればいいのですが、あたかも「レトロフォーカス」と言う固まったイメージで見てしまうと少々可哀想でね・・。

↑上の写真は光学系前群を取り外した状態で撮っています。第4群にビッシリとカビが発生していました。

↑ちょっとキモイ感じです・・(笑)

↑今回のご依頼内容は「距離環指標値と実際の距離が合致していない」「無限遠が出ない (合焦しない)」「光学系内のカビ除去」などです。上の写真は内部に使っている「シム環」と言うリング/輪っかなのですがスペーサーのような役目になりますが黒色のビニルテープを二重に貼り付けてありました。そもそも当初の確認時点で無限遠が出ていない状態でしたので、このようにビニルテープを貼り付ける理由が判りません (無限遠を出すためには、この環を薄くしなければイケナイのに逆に厚くしている)。

↑マウント部には「指標値環」が被さっているのですが、マウント部内部には鏡胴を繰り出したりする際に使っている「直進キー (距離環を回す「回転するチカラ」を鏡筒が前後動する「直進するチカラ」に変換する役目のパーツ)」があったりします。

今回は無限遠位置が異常なので直進キーを外して再調整しなければならないのですが、何と今回の個体は「指標値環」がギッチリと填っていて外れません。上の写真は既に2時間がかりで目一杯のチカラを入れて回して進んだ場所で撮影しています。専用工具を使っても指標値環を1週回して「たったの1mm程度」しか進まないのです・・従って2時間以上かかってしまいました。通常、このモデルの場合「指標値環」は固定ネジを外せばストンと軽く外れるハズなのです。

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オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。今回の個体で外すのに苦労してしまったのは実は「指標値環」だけではなく光学系前群側がビクともしませんでした。

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。絞り羽根が奥まった位置にあるので大変小さな絞りユニットになります。

↑真鍮製 (真鍮 (黄銅) 製/ガンメタル) の絞り羽根制御環を組み付けて絞りユニットを完成させたところです。

↑完成した絞りユニットを鏡筒にセットしました。鏡筒をご覧頂くと「307」と言う手書きの刻み文字が入っています。この番号は製造番号の下3桁ではなく、メーカーの生産時に於ける作業番号だと考えられます (アンジェニューのオールドレンズには必ず刻まれています)。

↑鏡筒にまず先に光学系第3群〜第4群を組み付けます。ネジ込むだけなのですが最後までネジ込んでイモネジ (ネジ頭が無くネジ部にいきなりマイナスの切り込みを入れたネジ種) を1本締め付けて固定しなければイケマセン・・この位置をミスると描写性能に影響を来します。しかし、当初バラす際もなかなか回らなかったのですが、組み立て時もチカラを入れて回そうともなかなかネジ込まれません。この第3群〜第4群のセットだけで1時間を費やしてしまいました。

↑次に光学系第2群を、やはりネジ込んで最後にイモネジ1本で締め付け固定します・・同様に固定位置をミスると描写性能が低下します。

↑ようやく第1群 (つまり前玉) の組み付けに入ります。同じくネジ込んでイモネジ1本で固定します。ところが、この前玉もなかなか入りません。おそらく (推察ですが) 過去のメンテナンス時に (少なくとも過去に2回メンテナンスされています) 前玉のネジ込みがネジ山をミスッて入れていると思います。

これら光学系第1群〜第4群までの「光学系前群」の組付けだけで、何と3時間かかりました・・異常です!

↑鏡筒をひっくり返して「光学系後群」をセットします・・こちらはすんなりと固定できました。

↑まず先に「絞り環」をセットします。絞り環には「プリセット絞り値キー」と言う「穴」が各絞り値に見合う場所に空けられています。ここに「プリセット絞り環」に用意されている金属製のピン (棒) がカチカチと填ることでプリセット絞り値の設定を行っているワケです。

↑マイクロ・スプリングを4本入れて「プリセット絞り環」を組み付けます。プリセット絞り環はマウント側に引き戻す (上の写真でグリーン色の矢印) ことで希望する絞り値まで回転させることができるようになります。希望する絞り値のところで指を離せばカチッと填る音がして停止します・・開放「f3.5」と設定した絞り値との間で絞り環を回すことが可能になる「プリセット絞り機構」ですね。

↑問題の「シム環」です。このモデルは鏡胴が「前部」と「後部」に二分割するモデルなので、鏡胴「前部」を「後部」に差し込んで固定する際に鏡胴「後部」との間に僅かな隙間が用意されるよう、この「シム環」を挟みます。同時に、このシム環を使って無限遠位置の調整も執り行っています。

当初貼られていた黒色のビニルテープはすべて剥がしました・・無限遠が出ていないのにシム環の厚みをさらに厚くしており (本来は薄くする必要がある) 意味が判りません。シム環を鏡筒のグリーン色の矢印の場所にセットすれば鏡胴「前部」の完成です。

↑ここからは鏡胴「後部」の組み立てに工程に入ります。上の写真は真鍮製 (真鍮 (黄銅) 製/ガンメタル) のズシリと重みを感じるマウント部になります。

↑ヘリコイドの (オスメス) とマウント部とのネジ込み (組み付け) の関係が上の写真の解説です。最初にヘリコイド (オス側) をメス側にネジ込んでから最後にマウント部にセットします。簡単なようなのですが実際には無限遠位置の確定をしなければならず、その都度鏡胴「前部」をセットして無限遠がちゃんと出ているか確認しながらの作業になる・・つまり無限遠位置の調査・・なので厄介です。

ここで今回の個体が異常に締め付けが固かったり外れなかったりした原因が (おそらくですが) 判明しました。

↑真鍮製 (真鍮 (黄銅) 製/ガンメタル) の「ヘリコイド:メス側」を無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。

ここで上の写真の内側に手書きで刻まれている数字に注目して下さいませ・・逆向きですが「404」と刻まれています。これは変です・・鏡胴「前部」には散々「307」と刻んでいました。この数値は生産している個体を特定する数字なので鏡胴「前部」と「後部」が同一数字にならなければイケマセン。

今回の個体は鏡胴「前部:307」であり「後部:404」でした・・つまり「いわゆるニコイチ」された個体であることが判明しました。おそらく元々はマウント部が「M42」ではなかったのだと思います・・それを別個体からマウント部だけ転用して一緒に合体させたのでしょう。

そこで前述の「シム環」が役に立っていない原因も自ずと判明しました。シム環の厚み自体が適合していないのです・・これでは無限遠が出るワケがありません。

↑ヘリコイド (オス側) を無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルでは2箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

この段階で鏡胴「前部」を一旦セットして実写してみて無限遠位置の確認をしなければイケマセン・・調整のために組み直すこと7回、ようやく無限遠位置が確定しました。

しかし、それは「シム環」が厚すぎたため (それが原因だと判明したため) シム環を削ったからです・・一度テキト〜な厚みまで削ってから組み立てて無限遠が出る (合焦する) か確認して、ダメならまたバラして「シム環」を再び削ります。これを6回繰り返して7回目でようやくOKになりました (3時間かかりました)。

↑当初外すのにとんでもない時間を費やすことになった「指標値環」も内側を当方による「磨き研磨」で磨ききって滑らかに入るようにしました。

↑距離環をセットして、この後は鏡胴「前部」を組み付けて固定し無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認をそれぞれ執り行えば完成です。

DOHヘッダー

ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑無事にオーバーホールが完了し、ご依頼内容のひとつ「距離環が重い」のも改善し、もちろん無限遠位置もシッカリと調整が終わりました。

↑光学系は第1群 (前玉) には当てキズとヘアラインキズ、それに外周部にはカビ除去痕としてのコーティングはがれが一部にありますが、いずれも写真には影響しません。

↑光学系後群も後玉にカビが発生しており、清掃で除去できましたがカビ除去痕としての極微細な点キズ (実際はコーティングハガレ) が複数あります。これも特に普段の写真に影響するレベルでもないのですがハロの出現率は多少上がるかも知れません。フードを必ず装着してお使い頂くのが良いでしょう。

↑10枚の絞り羽根は、まだこの当時は「カーボン仕上げ」の絞り羽根でしたので一部に僅かなサビも出ていました。また油染みが相応に生じていたので綺麗に清掃し確実に駆動するよう仕上げています。絞り環の回転は軽めに調整しましたが、僅かに引っ掛かりを感じる箇所があります (設計上改善できません)。

ここからは鏡胴の写真になります。経年の使用感があまり感じられないとてもキレイな個体でしたが当方による「磨き」をいれたので大変落ち着いた美しい仕上がりになっています (光沢研磨もしています)。

↑塗布したヘリコイド・グリースは「粘性:中程度/軽め」を使い分けで塗っています。距離環を回すトルク感はシットリした感じになり、少々トルクムラがありますがグリースが馴染んでくれば解消されるレベルです (今は塗ったばかりなので)。真鍮製 (真鍮 (黄銅) 製/ガンメタル) のヘリコイドなので仕方ありません・・馴染むのに多少時間がかかります。ピント合わせの際は極軽いチカラだけで操作できるので、だいぶ楽になったと思います。

なお、各指標値が経年劣化で少々薄く褪色していましたのでシルバーの指標値を着色しています。また、基準マーカーである「Ι」と「」もシルバーでしたので正しく「赤色」に着色しました。

↑数日前より体調を崩しており、なかなか作業が捗らないのですが思いがけず徹夜の作業になってしまいました。然し、滞りなく完璧なオーバーホールが完了したと思います。本日の夕方便にて発送致します。

なお、大変申し訳御座いませんが、もしも次回オーバーホール/修理のご依頼を頂く際は「プロのカメラ店様や修理専門会社様」宛ご依頼頂くようお願い申し上げます (今後、当方へのご依頼はご辞退申し上げます)。当方の低い技術スキルではお預かり後、どうしても1カ月かかります。申し訳御座いません。

↑当レンズによる最短撮影距離60cm附近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでベッドライトが点灯します)。

↑絞り環を回して設定絞り値を「f4」にセットして撮影しています。

↑さらに絞り環を回してF値「f8」で撮りました。

↑F値「f11」になります。

↑F値「f16」での撮影です。

↑最小絞り値「f22」での撮影です。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。お待たせしてしまい誠に申し訳御座いませんでした、お詫び申し上げます。