◎ Carl Zeiss Jena (カールツァイス・イエナ) Olympia Sonnar 180mm/f2.8《前期型》(exakta)

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オーバーホール/修理ご依頼分ですが、当方の記録用として掲載しており
ヤフオク! 出品商品ではありません (当方の判断で無料掲載しています)。
(オーバーホール/修理ご依頼分の当ブログ掲載は有料です)


大変貴重な銘玉、旧東ドイツのCarl Zeiss Jena製望遠レンズ『Olympia Sonnar 180mm/f2.8《前期型》(exakta)』のオーバーホール/修理ご依頼を承りました。
この場を借りてお礼申し上げます・・ありがとう御座います!

戦前のナチスドイツ政権時代の1936年に開催された第11回 夏期ベルリンオリンピックに合わせて開発/発売された、まさに戦前ドイツの威信をかけた銘玉とも言える望遠レンズです。

発売当時よりその評価が非常に高かったワケですが、今回扱ってみてその実写に溜息混じりです・・。

この緻密な描写が1945年時点で完成の域に到達していたことが、まず以てオドロキにしかなりません (今回扱う個体は戦後に発売されたタイプ)。

光学系は言わずと知れた3群5枚のゾナー型なのですが、ネット上で掲示されている光学系構成図は全て右図ばかりです。

1936年発売当時のCarl Zeiss Jenaカタログから構成図をトレースした図になりますが、今回バラしてみると光学系の設計が変わっていました。

右図が今回バラした個体の光学硝子レンズを、清掃時にデジタルノギスで逐一計測してトレースした構成図です。

全ての群で曲率やサイズが再設計されていたワケですが、特に第2群のカタチが全く違っており、且つ第3群も当初が凸平レンズだったのに対し、今回バラした個体では両凸レンズでした (内側の凸が高く外側/露出面側がほぼ平坦な曲率)。

そこで調べてみると『Olympia Sonnar 180mm/f2.8』は全部で5つのモデルバリエーションが存在し、その中で仕様が変化していることが分かりました (つまり光学系も都度再設計されている)。ネット上ではどのバリエーションの個体でも全て同一の光学系構成図が使われていますが、もっと細かく仕様が変わっているのだと考えます。

そもそも1936年発売された当時の装着対象は、Zeiss-Ikonから発売されていたレンジファインダーカメラ「CONTAX IIa/IIIa」用として登場しましたが、本来はLeni Riefenstahl (レニ・リーフェンシュタール) による1934年ナチスドイツ政権下の党大会「意思の勝利」プロパガンダ撮影用、さらにその後の1936年ベルリンオリンピックに於ける記録映画「オリンピア」撮影用として開発されたのがスタート地点とのことですから、開発に係る思い入れが全く違います (つまりシネマレンズとして製産されたタイプが存在する)。

ちなみにモデル銘たる「Sonnar (ゾナー)」の由来は、ドイツ語の「sonne (ゾンネ:太陽)」になります。

1936年発売当時に用意されていた製品には、直接ダイレクトにレンジファインダーカメラ「CONTAX IIa/IIIa」に装着するマウントのタイプの他、Flektoscop (フレクト・スコープ) と言う一眼レフのタイプ (ライカのピゾフレックス相当) も用意されていました (倒立逆像型が初期製品で正立型が後に登場)。

仕様としては1936年発売の「初期型」と同一のまま純粋にマウント部直前に入射光を一眼レフ化する目的でFlektoscopをセットしただけの製品ですが、レリーズ機能まで装備していましたからこれはこれで使い易いと思います。

【モデルバリエーション】
オレンジ色文字部分は最初に変更になった諸元を示しています。

初期型1936年〜1951年
コーティング:シングルコーティング
絞り値:f2.8〜f22
絞り羽根枚数:18枚
絞り方式:手動絞り (実絞り)
プリセット絞り機構:有
最短撮影距離:1.5m
フィルター枠:⌀77mm

前期型1947年〜1961年
コーティング:シングルコーティング/モノコーティング
絞り値:f2.8〜f22
絞り羽根枚数:18枚
絞り方式:手動絞り (実絞り)
プリセット絞り機構:有
最短撮影距離:1.5m
  フィルター枠:⌀77mm

中期型−I1961年〜1966年
コーティング:モノコーティング
絞り値:f2.8〜f22
絞り羽根枚数:8枚
絞り方式:自動絞り (クリック式)
プリセット絞り機構:
最短撮影距離:2.2m
  フィルター枠:⌀86mm

中期型−II1966年〜1976年
コーティング:モノコーティング
絞り値:f2.8〜f32
絞り羽根枚数:7枚
絞り方式:自動絞り (クリック式)
プリセット絞り機構:無
最短撮影距離:1.7m
  フィルター枠:⌀86mm

後期型1976年〜1990年
コーティング:マルチコーティング
絞り値:f2.8〜f32
絞り羽根枚数:7枚
絞り方式:自動絞り (クリック式)
プリセット絞り機構:無
最短撮影距離:1.7m
  フィルター枠:⌀86mm

これらのモデルバリエーション変遷から捉えると、光学系はバリエーションが変わるごとに再設計されていたと考えるのが適切です。それは最短撮影距離が変わったり、実装している絞り羽根枚数の変化、或いはマルチコーティング化に伴う解像度の向上や収差の改善など、従前の光学系を維持したままではこれら仕様変更の説明ができません。上記モデルバリエーションの中で絞り羽根枚数など仕様は現物写真をチェックして確認しました。

なお1978年にはヤシカからCONTAX判のモデルが発売されています。
コーティング:マルチコーティング
絞り値:f2.8〜f22
絞り羽根枚数:8枚
絞り方式:自動絞り (クリック式)
最短撮影距離:1.4m
フィルター枠:⌀72mm

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上の写真はFlickriverで、このモデルの特徴的な実写をピックアップしてみました。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。

一段目
左端から円形ボケが破綻していく様子をピックアップしていますが、ゾナー型なので明確な真円のシャボン玉ボケ表出は難しいようです。アウトフォーカス部がすぐに滲んで溶けてしまうので円形ボケのエッジを残すのが苦手なようです。

二段目
左端写真のように二線ボケからさらに滲んだ目障りな収差ボケになることがあり、そのようなシ〜ンでは背景ボケに気を遣うかも知れません。しかし被写体の素材感や材質感を写し込む質感表現能力に優れているので、バケツの写真のように妙にリアルな1枚を残せます。そもそもダイナミックレンジが広いのでアウトフォーカス部の滲み方と相まり階調も自然で滑らかに見えます。

三段目
焦点距離:180mmではさすがにポートレート撮影にはムリがあると考えていましたが、全く逆でこの人物撮影の素晴らしさには本当に驚きました。ピント面 (一帯) に漂う非常にリアルな臨場感、緊迫感、生々しさがまるで現場に居るかのような錯覚を伴うレベルであり、いわゆるポートレートレンズと呼ばれる中望遠域辺りの85mmクラス以上ではないかと恐れ入りました。これだけの距離で離れているとさすがにカメラを意識しにくくなりとても自然な表情が撮れます。

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。一部を解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。

今回のオーバーホール/修理ご依頼は完全解体するオーバーホールとして承りましたが、残念ながら鏡胴「前部」の解体には専用工具が必要になりバラせませんでした (ヘリコイド:オス側が外せない)。申し訳御座いません・・。

ラッキ〜なことに、絞り羽根の開閉動作がとても滑らかで油染みも生じていない個体だったので、このまま使うことにしました。

左写真は光学系第2群の貼り合わせレンズを撮っていますが、ご覧のようにネット上で案内されている光学系構成図とはカタチが全く違います。

また当方がウソを載せていると言われてしまうので(笑)、証拠として撮影しました。

貼り合わせレンズ
2枚〜3枚の光学硝子レンズを接着剤を使って貼り合わせて一つにしたレンズ群

↑今回は完全解体していないのでオーバーホール工程の撮影を省きました。上の写真は既に組み上がった状態の撮影になります。とても巨大で重量感のあるモデルです。

Olympia Sonnar」との異名がありますが、レンズ銘板の刻印はそのまま単なる「Sonnar 180mm/f2.8」です。モノコーティングを示す「zeissの」刻印がレンズ銘板にありませんが、各硝子レンズを清掃したところ、ちゃんとモノコーティングであることを確認しました (つまりT刻印を省いて製産し始めていた時期の個体)。

↑光学系内は非常に透明度が高い状態を維持した個体で、LED光照射でもコーティング層経年劣化に伴う極薄いクモリすら皆無です。

当初バラす前のチェックでは、光学系第2群に幅広な筋状のクモリが2本 (3cm長) ありましたが清掃で完全除去できました。バラしたところ過去メンテナンス時に「白色系グリース」が塗られていたので、その揮発油成分が光学系内に侵入し、相当頑固にこびり付いていました。

第2群の太めな筋状のクモリは、過去メンテナンス時に拭いた際の痕跡に附着した揮発油成分が汚れ状になっていたのではないかと考えます。結局、第1群の裏面と第2群表裏、さらに第3群の内側の全て (つまり光学系内の全て) に相当頑固な油膜が附着していて、通常の1回の清掃だけでは完全除去できないほどでした。もちろん硝子レンズ格納筒自体がベタベタでした。

従って、例えば製産時点の「黄褐色系グリース」が古くなっていた場合でも、ここまで頑固に揮発油成分がベタベタになることはあまりないので、過去メンテナンス時に塗られた「白色系グリース」のせいではないかと考えています。下手すると一度その後に「潤滑油」を注入されてしまい、それが揮発している状況なのかもしません。

特に「白色系グリース」塗布後にさらに「潤滑油」を注入された場合には、化学反応なのか分かりませんが経年劣化が進行して「濃いグレー状」に変質してしまったグリースに粘性が生じてベタベタになることがあります (指で触ると接着剤を触っているように張り付く)。

これは「黄褐色系グリース」に「潤滑油」が注入されていても生じないので「白色系グリース」の場合の独特な現象です。従って、距離環を回すトルクが異常に重くなってくるワケで、今回の個体で言えばこの後数年でヘリコイドが固着化していたのではないかと考えられます。

光学系内のベタつきも、おそらくそれら揮発油成分が附着していたからだと推測できますし、硝子面の頑固な油膜もそれで説明ができます (普通のオールドレンズでは経年だとしても頑固な油膜の附着までには至らないから)。それゆえ「液化潤滑油」の注入はオールドレンズでは禁じ手だと当方は考えます (但し真鍮材のネジ山同士の場合には潤滑油の注入もあり得る)。

なお残念ですが、第2群の貼り合わせレンズは前玉から次の2枚目と3枚目の光学硝子材接着面にバルサム切れが一部生じています。具体的には外周附近にほぼ全周に渡り約1mm程度内側方向に向かってバルサム切れが進行していますが、今後将来的に進むようには見えません (前玉から覗き込むと菌糸状のカビ発生のように見えますがバルサム切れです)。

↑マウント種別が「exakta」ですが、これだけの重量を支えるとなるとexaktaでさえもなかなか厳しい状況ではないかと思いますから、マウントの着脱には配慮が必要です。

↑18枚の絞り羽根は解体していないので清掃していませんが油染みがありません。絞り羽根の開閉動作は適切な程良いトルクを伴っているので全く問題無いと考えます。バラせていればプリセット絞り機構部のクリック感を少し軽めに調整したかったのですが残念です。

↑丸窓 (グリーンの矢印) にプリセット絞り値が表示されるのがありがたいです。絞り環に用意されているシルバーなツマミ (ノブ) を指でガッツリ保持しながらプリセット絞り環を回すとクリック感を伴ってプリセット絞り値を設定できます。単にプリセット絞り値をセットしているだけの機構部なのでどの位置からでもクリック操作でプリセット絞り値を変更できます。

↑塗布したヘリコイドグリースは「黄褐色系グリース」の「粘性超軽め」だけで仕上げました。他の粘性「中程度/軽め」なども塗って試しましたが、全くトルクを軽くできません。

実は前出のパーツ全景写真をご覧頂くと分かりますが、ヘリコイド (オス側) には両サイドに相当長い距離の「直進キーガイド (切り欠き/スリット/溝)」が用意されています。

このガイドの溝部分を行ったり来たりヘリコイドの繰り出し/収納で直進動しているのが「直進キー」なのですが、このモデルは四角い真鍮 (黄銅) 製のナットを使っています。

そのナットにネジが入ることで「直進キー」が締め付け固定されるのですが、ナット側が問題になるワケです。

バラしてみたところ既に擦り減っているのですが、四角いナットですから全部で6面あります。そのうち4面の中の2面だけが前述の「直進キーガイド」の溝部分に接触することになりますが、表裏で向きが変わるのでどの位置/向きの時にトルクに影響が出ているのか全く掴めません (ナットは5mm四方程度の真鍮/黄銅製)。

ナットの向きを変えてアッチコッチと何度もバラしては組み上げるのを試しましたが、残念ながらこれ以上トルクを軽く改善できません。申し訳御座いません・・。

現状トルクムラが残っており、∞〜3m辺りまでは軽い操作性でピント合わせ時も微動が楽ですが、2.5m〜最短撮影距離:1.5mまでが問題でトルクムラが出てしまい重くなります。

ナットの向きを変えれば最短撮影距離位置側でのトルクムラを改善できるのですが、今度は逆に無限遠位置側のほうでトルクムラが出てしまいます。

するとその状態で最短撮影距離の位置まで距離環を繰り出した時は、その荷重分が加味されるので現状よりさらに重いトルクになってしまいました。従って最短撮影距離位置側で重いトルクになるほうを選んだ次第です (だから∞〜3mは軽い操作性になった)。つまり最短撮影距離側を犠牲にしています。申し訳御座いません・・。

またバラした際にヘリコイドのネジ山は「濃いグレー状」になっていましたが、前述のとおり粘性を帯びておりベタつきが発生していました。溶剤で洗浄した時にチェックすると極微細な金属粉が混じっていたので、おそらく一部のネジ山がだいぶ摩耗していると考えられますが、何処のネジ山なのかは見ただけでは分かりません。

おそらくその影響もあってトルクムラに至っていると考えられます。申し訳御座いません。

この件、ご納得頂けないようであればご納得頂ける金額分をご請求額より「減額申請」にて差し引き下さいませ。お詫び申し上げます。減額の最大値は「無償扱い」までとし弁償などは対応できません。申し訳御座いません・・。

なお、当初バラす前の実写チェックと比較してオーバーホール後は僅かにピント面の鋭さが上がったように見えます (原因は第2群の貼り合わせレンズ締め付けが緩かったから/指で簡単に締付環を回せたくらい緩かった)。

なお、無限遠位置の「∞」刻印の位置が基準「」マーカーから越えた位置で停止しているのは全ての個体で同一で、そのような設計になっており、当時のカタログを見ると蛍石光学硝子材の影響云々が記載されていますが、要は無限遠位置付近で焦点移動しているのかも知れません (ドイツ語がよく理解できません)。

無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

もちろん光学系の光路長調整もキッチリ行ったので (簡易検査具によるチェックなので0.1mm単位や10倍の精度ではありません)、以下実写のとおり大変鋭いピント面を確保できました。電子検査機械を使ったチェックを期待される方は、是非ともプロのカメラ店様や修理専門会社様が手掛けたオールドレンズを手に入れて下さい当方の技術スキルは低いのでご期待には応えられません

↑当レンズによる最短撮影距離1.5m付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

この実写はミニスタジオで撮影していますが上方と右側方向からライティングしています。その関係でフードを装着していない為に絞り値の設定によりハレ切りが不完全なまま撮影しています。一応手を翳していますがハレの影響から一部にコントラスト低下が出てしまうことがあります (簡易検査具による光学系検査を実施済で偏心まで含め光軸確認は適正/正常)。

↑絞り環を回して設定絞り値「f4」で撮影しています。

↑さらに回してf値「f5.6」で撮りました。

↑f値は「f8」に変わっています。

↑f値「f11」です。

↑f値「f16」での撮影です。「回折現象」の影響が出始めているので解像度が僅かに低下しています。

 回折現象
入射光は波動 (波長) なので光が直進する時に障害物 (ここでは絞り羽根) に遮られるとその背後に回り込む現象を指します。例えば、音が塀の向こう側に届くのも回折現象の影響です。
入射光が絞りユニットを通過する際、絞り羽根の背後 (裏面) に回り込んだ光が撮像素子まで届かなくなる為に解像度やコントラスト低下が発生し、眠い画質に堕ちてしまいます。この現象は、絞り径を小さくする(絞り値を大きくする)ほど顕著に表れる特性があります。

↑最小絞り値「f22」での撮影です。大変長い期間に渡りお待たせし続けてしまい本当に申し訳御座いませんでした。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。