◎ D&N (ドロンド・アンド・ニューカム) D&N 35mm/f3.5(M42)
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今回の掲載はオーバーホール/修理ご依頼分のオールドレンズに関する、ご依頼者様へのご案内ですのでヤフオク! に出品している商品ではありません。写真付の解説のほうが分かり易いこともありますが、今回に関しては当方での扱いが初めてのモデルでしたので、当方の記録としての意味合いもあり無料で掲載しています (オーバーホール/修理の全工程の写真掲載/解説は有料です)。オールドレンズの製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。
今回オーバーホール/修理ご依頼を承ったモデルは得体の知れない謎のオールドレンズです。しかし、バラしてみるとすぐにピンと来ました。栗林写真工業のオールドレンズに似ているのですが鏡筒やヘリコイドを含めた内部の構成パーツの「材質/切削」などが異なっていますし、各部位の構造自体が違います。従って栗林写真工業製ではないと踏んでいます (栗林写真工業製オールドレンズの過去に整備したモデルは「こちらのページ」で解説しています)。
当時栗林写真工業には光学メーカーの協栄光学や地野光学、チノン、コシナなどがOEM供給していたようなので、その中のいずれかの生産によるOEMモデルと推測します・・決定的な理由は鏡筒の仕上げ方 (素材そのモノの質) が全く異なっておりヘリコイドの設計も違うからです。
D&N (ドロンド・アンド・ニューカム) 社は1750年に英国ロンドンで創業された写真機材の光学メーカーで英国では最も古い光学メーカーのようです。時は大英帝国時代真っ盛りで創始者Peter Dollond (ピーター・ドロンド) 氏の共同経営者John Dollond (ジョン・ドロンド) 氏は時の国王ジョージ三世 (ジョージ・ウィリアム・フレデリック) とヨーク侯の王室公認会計士も務めており、その潤沢な資金を基に二眼レンズの開発にも成功したようです。1927年に合弁によりD&A (Dollond & Aitchison) に代わり、その後2009年にはBoots Optician社に買収され現在に至っているようです。
今回の個体のレンズ銘板には「D&N」刻印がありますが、まさか1800年代のシロモノではありません(笑) D&Aとの合弁後にブランド銘の商標権だけが生き残っていたために、そのまま当時の光学製品にも冠されていたと考えるのが自然です・・当時はIhagee社のフィルムカメラ (VarexやEXA) などにセット用レンズとして供給されていたようですが鏡胴には「LENS MADE IN JAPAN」の刻印があるのでOEM供給に頼っていたと考えられます。
光学系は5群5枚のレトロフォーカス型で簡易型です。曲率を多少いじっていますが各硝子レンズの構成はほぼ当時の海外光学メーカーの製品に近似しています。おそらく当時が白黒フィルム全盛時代であったことからボケ味よりも記録写真のようなメリハリ感を優先した設計を狙ったモデルなのでしょうか・・開放F値「f3.5」でもほとんどボケが出ず、且つピント面は非常に甘い印象を受ける、あくまでも当時のオールドレンズの描写です。一見するとノンコートのようにも見えますがモノコーティングの光学系です。
オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。
ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。上の写真をご覧頂くと分かりますが、このモデルは「12枚」の絞り羽根を装備しています。当時の似たモデルをネット上で調べるとたくさん出てきました・・。
- K.C. Petrri Orikkor 35mm/f3.5 (栗林写真工業)
- W-Acall Kyoei 35mm/f3.5 (協栄光学)
- W.XETAR 35mm/f3.5
- PARAGON 35mm/f3.5
- HANIMAR 35mm/f3.5
- INA WIDE ANGLE 35mm/f3.5
- PRINZGALAXY 35mm/f3.5
- BITTCO SUPER VEMER 35mm/f3.5
・・とまぁ、得体の知れないブランド銘がズラリと並んでしまいますが、これらのモデルは全て「8枚」絞りです。ところが中には古い製造番号の個体に僅かですが「12枚」絞りを装備した個体がありました。しかし、それら12枚絞りのモデルは今回の個体とは異なるプリセット絞り機構を装備しています。これらの事柄から考察すると当レンズは8枚絞りに移行する直前の前期型ではないかと推測しています (製造番号から一目瞭然ですが)。そして、おそらく前述の列記したモデルも含めて海外向けにOEMモデルとして「売り切り」で生産されていたのではないでしょうか・・。
絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。当時のモデルらしくレトロフォーカス型光学系なので鏡筒の奥行きが長くなっています。
絞り羽根には「キー」と言って絞り羽根の位置を決めたり開いたり閉じたりする際の角度を決める目的の「突起」が表裏に1個ずつ用意されています。たいていの光学メーカーでは「金属製の突起棒」を絞り羽根に打ち込む方法を採っていましたが中には上の写真のようなプレッシング時に十字状に切り込みを入れて折り返した簡単な構造のキーを好んで使っていた光学メーカーがあります (上の写真は過去に整備した別モデルから転用しています)。
・・キー部分を拡大撮影するとこんな感じです。今回のモデルも同じ手法のキーを採用しているので冒頭の解説のような栗林写真工業にOEM供給していた他社光学メーカーの製品ではないかと言う推測に達します (上の写真は過去に整備した別モデルから転用しています)。
このキーは一度外してしまうとめくれ上がっている部分が折れたりする危険が高く (キーが入る穴に入れた後に穴の内壁部分に爪が押しつけられているから) 普段は取り外さないのですが今回は油染みが酷く既に赤サビも相当出ていたので1枚ずつバラして清掃しました。
12枚の絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させます。絞り羽根には既に赤サビが出ていたので、その部分はフッ素加工が剥がれて地が出ています (見た目汚く見えます)。
鏡筒に先ずは絞り環のベース環を組み付けます。絞り環が動く範囲がキーで用意されており適正な絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) になるよう調節をしなければなりません。
鋼球ボール+マイクロ・スプリングによるクリック感を伴うプリセット絞り機構 (フィルター枠を兼ねる) を組み付けます。
梨地仕上げの大変美しいプリセット絞り環と絞り環をセットします。絞り環に刻印されている「O↔C」はOpen/Closeの略ですね。絞り環である以上その目的は分かっているので敢えて刻印する必要も無いと思うのですが、何だか品位を落としているような気がします(笑)
こちらは距離環やマウント部を組み付けるための基台です。そもそも栗林写真工業製オールドレンズとは直進キー (距離環を回す「回転するチカラ」を鏡筒が前後動する「直進するチカラ」に変換する役目のパーツ) の概念が全く異なっており当レンズでは「ネジ式キー」を採用しています・・この部分も他社光学メーカーによるOEM製品だと予測している要素のひとつです。
直進キー用の穴が両サイドに用意されているのですが、どう言うワケか今回の個体には直進キーが「1本」しか入っていませんでした。従って組み上げたところ距離環の駆動時に極僅かなガタつきが発生しています。これは反対側の直進キーが存在しない為に生じているガタつきなので改善のしようがありません。申し訳御座いません。フツ〜は両サイドに2本の直進キーが入るので今回の個体ではどちらに1本が入っていたのか分からなくなることから上の写真のように「X」マーキングを刻みました。
無限遠位置のアタリを付けた場所までヘリコイド (メス側) をネジ込みますが、このモデルはヘリコイドのネジ山の方向が逆になっておりヘリコイドの収納 (ヘリコイドのオスメスがネジ込まれて短くなる) 時に逆に鏡筒が繰り出されている方式を採っていました・・つまりヘリコイド長が最短なのに鏡胴長は逆に最大になっている。
そもそも今回の個体をバラす前の段階で既に無限遠が出ていない (合焦しない) どころかピントそのものが合っていません・・レンズの体を成していない状態です。従って無限遠位置のアタリ付けを行うにもどの位置が正解なのか全く不明なままに原理原則から予測した位置で組み上げています。
ヘリコイド (オス側) をやはり無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルには全部で4箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。
距離環と指標値環をそれぞれ組み付けて「T2」企画のマウント部が完成したので「M42」変換マウント部をネジ込んでから光学系前後群をセットし無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認をそれぞれ執り行い、最後にレンズ銘板をセットすれば完成です。
ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。
得体の知れない謎のモデルでしたがブランド銘の由来や大凡の製造メーカーが分かってくると、それはそれでなかなか愛着が湧くモデルです。結局、何かしら気になって手に入れたオールドレンズなのですから愛着が湧くことはとても重要です (とは言っても湧いているのは当方ですが)。
光学系内の透明度が非常に高い個体です。僅かな「気泡」や当てキズなどが数点ありますが写真には一切影響しません。
光学系後群も後玉の突出量が相応にあるのですが経年での当てキズが無くラッキーです。上の写真のようにマウント面に「P」刻印があるのですが、これがどこの光学メーカーによる決まりなのかをご存知の方がいらしたらご教授下さいませ。
12枚の絞り羽根も油染みが無くなりキレイになって確実に駆動しています。
ここからは鏡胴の写真になります。
塗布したヘリコイド・グリースは「粘性:中程度+重め」を使い分けています。
結局、無限遠位置の割り出しのために5回組み直しを行いましたが、そもそも光学系内の第4群の硝子レンズの向きが逆に入っていたために全くピントが合わない状態に陥っていました。それに気がついてからさらに3回組み直しを行ってようやく無限遠位置を割り出した次第です。過去のメンテナンスでは全く距離環の駆動原理に気がついていない人の所作なのかデタラメなヘリコイドのネジ込みになっていました。もしかしたらその際に直進キーを1本紛失したのかも知れませんね。
当レンズによる最短撮影距離1.2m附近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトに合わせています。
最小絞り値「f22」になります。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。