◎ A.Schacht Ulm (アルベルト・シャハト-ウルム) Travegon 35mm/f3.5 R zebra(exakta)

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この掲載はオーバーホール/修理ご依頼分についてご依頼者様や一般の方々へのご案内です (ヤフオク! 出品している商品ではありません)。
写真付解説のほうが分かり易いため今回は無料で掲載しています。
(オーバーホール/修理全行程の写真掲載/解説は有料)
オールドレンズの製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。


このモデルを完全解体でバラして、さらに各構成パーツの調整までキッチリ仕上げて組み上げられる人はそう多く居ません。低い技術スキルの当方にとって、このモデルのオーバーホール/修理には相当な勇気を伴います (それほどちゃんと仕上げられるか怖いモデルの一つ)(笑)

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いつもこの当時の旧西ドイツ製オールドレンズ (特にゼブラ柄モデル) をオーバーホール/修理する際に「どうして各社似た構造をしているのか?」と疑問を抱いていたので、少し調べてみました。当モデルの解説からは少々逸脱しますが、以下解説していきます。

↑上図は一般的なオールドレンズの内部構造を「主要部位」で表したイメージ図です。

鏡筒:絞りユニットや光学系前後群を格納
ヘリコイド:オスメスのネジ部で繰り出し/収納をする
距離環:ピント合わせの際に回す環 (リング/輪っか)、ピントリング (環) とも言う
基台:距離環やマウント部が組み付けられるベース環
指標値環/絞り環:基準マーカーが刻印された環や絞り環
マウント部:爪を備えるマウントや絞り連動ピン/レバーなど

本来は他に鏡筒の前にフィルター枠やレンズ銘板の環 (リング/輪っか) が配置されます。

この図は「距離環」を中心に各部位の関係を色分けしています。「距離環」を基準にして表した理由は、皆様のご指摘をもとにしたからです (但し当方の認識では決して距離環が基準ではありません)。

オーバーホール/修理ご依頼の中で最も多いのが「距離環を回す時のトルクが重い/軽いのでヘリコイドグリースを入れ替えてほしい」という内容です。次が光学系のクモリや汚れ/カビの除去、或いは絞り羽根開閉時の異常ですね (もちろんそれら全ての場合も多い)。

ここに当方と皆様との「認識の相違」が顕在し「距離環を回すトルクに影響しているモノ=ヘリコイドグリース」と言う認識です。つまり古い (経年劣化が進んだ) ヘリコイドグリースを新しく入れ替えれば、滑らかに軽い操作性で使い易くなると期待していらっしゃいます。

ところが、当方の認識では距離環を回す際のトルクに影響しているのは「ヘリコイドグリース」だけではなく、むしろその他の部位からの抵抗/負荷/摩擦の増大です。それは各構成パーツの経年劣化に伴う酸化/腐食/錆びなどが影響しているかも知れませんし、或いは他の部位の動きが不適切なのが影響しているかも知れません。

しかし、最も明確に言えるのは「オールドレンズ内部は総じてチカラ伝達経路の見直し」が整備の上で非常に重要な要素になる点です。「ヘリコイドグリース」入れ替えでその効果が最大限に見込めるのは、あくまでも「チカラ伝達経路が適切な状態に戻ったから」とも言えます。

その点を蔑ろにして「グリースの効果だけに頼った整備」を施しているのが今も昔も変わらないオールドレンズ整備の現状ですね(笑)

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さて上図にて「距離環」は内部に「ヘリコイド (オスメス) と鏡筒 (絞りユニットや光学系前後群)」が組み込まれます。一方後から「基台/指標値環/絞り環/マウント部」などが組み付けられることでオールドレンズが完成します。

すると「距離環を回す時のトルク (重い/軽い/適切)」は、その内部にセットされたヘリコイド/鏡筒」の重量とヘリコイドネジ山の繰り出し/収納動作に大きく影響を受けます。特にヘリコイドネジ山の動きに思い至るので「ヘリコイドグリースを交換すれば」と言う期待値が膨らむのではないでしょうか。

しかし実際は「基台/指標値環/絞り環/マウント部」から伝わる抵抗/負荷/摩擦などが「距離環」を回す時のトルクに影響を与えて、結果的に期待通りのトルク感に仕上がらないのが現実の整備の問題です。まずはこの点をシッカリとご認識頂きたいと思います。

↑その上で、冒頭の疑問たる「旧西ドイツ製オールドレンズ各社がどうして似た構造を採っていたのか?」の話に繋がります (距離環のトルクに影響するのがヘリコイドグリースだけだと認識しているとこの話は見えてこない/理解できない)。

一般的なオールドレンズ (特に日本製など) は左側に記載した通り「基台」をベースにしてヘリコイド (オスメス) が繰り出し/収納動作をする為に「距離環」を回した時のチカラの伝達は「ヘリコイド (オスメス) を回転させる」だけに集中できます。

ところが右側に示した旧西ドイツ製オールドレンズ (今回のSchacht製など) はベースになる「基台」の保持点が前方側 (前玉側) に位置し、且つ「ヘリコイド (オスメス) が懸垂状態」と言う大きな設計概念の相違が顕在します。

もちろんどちらの方式 (設計概念) でもマウント部は上図の下部分に位置しますから「距離環」を回した時のチカラの分散が異なる点に注目した次第です。「距離環」はどちらの設計概念でも「ヘリコイド (メス側)」に固定されるので「距離環を回すとヘリコイド (オス側) が繰り出し/収納する」のは同一です (同様両方とも指標値環/絞り環マウント部側に位置している) 。

つまり簡単に言ってしまえば、旧西ドイツの光学メーカーは「ヘリコイド (オス側) を引っ張り上げる懸垂式」であるにも拘わらず、肝心な制御系を司る「絞り環マウント部からの距離が長い」ことがチカラの伝達として考えた時に非常にムリのある設計概念だったと言えます (何故なら絞り環マウント部直前に配置されているから)。

逆に言えば、非常にシンプルに人間の手のチカラを上手に分散させる配置 (マウント部に近い位置から順にチカラを伝達していく配置) でオールドレンズを設計してきたのが、当時の特に日本製オールドレンズなどの設計概念だったと言えるのではないでしょうか?

それはライカ製オールドレンズをバラしていても新旧モデルの相違で上図のような設計概念の相違点をチェックできるので、このような疑問に至った次第です。

そしてその結果、今回のモデルを調べていく上でA.Schacht Ulmの時代背景などを知るにつけその設計概念の違いが実際に (具体的に) 納得できたと言えます。

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今回A.Schacht Ulmの背景を調べた結果、当時の旧西ドイツ製オールドレンズの内部構造が近似していた理由が判明しました。

A.Schacht Ulmの情報は、ネット上を検索してもたいして詳しく解説されていません。創業者であるAlbert Schacht (アルベルト・シャハト) 氏は元々戦前ドイツのCarl Zeissに在籍していましたが、1909年にカメラメーカーであるIca AG (Internationale Camera Actiengesell
-schaft:イカAG/後の旧西ドイツZeiss Ikon母体の一つ) に移籍した後、1939年にはSteinheilに移籍後テクニカルディレクターを経て1946年に退職し、1948年ようやくMünchen (旧西ドイツ側) でAlbert Schacht GMBH.社を創業します。

この遍歴の中で重要なファクターは、Ica AGに在籍していた点とSteinheilとも繋がりがあった点です。さらにIca AGではLudwing Jakob Bertele (ルードヴィッヒ・ヤコブ・ベルテレ) 氏と知り合い、後のA.Schacht Ulm製オールドレンズ全ての光学設計を手掛けています。

1954年にMünchenからUlm-Donau (ウルム) に本社移転しA.Schacht Ulmに至ります。しかし苦しい経営状態が続き1967年にはSchneider-Kreuznach傘下のConstantin Rauchから支援を受けますが、1969年にはWetzlarの光学機器メーカーWilhelm Will KG社に売却され翌年1970年には会社清算しています。

このような遍歴が分かったことで、A.Schacht Ulm製オールドレンズ光学系がベルテレの設計だったことが判明しますが、同時に内部構造面の設計に大きく携わったのが当時のSteinheilから協力の依頼を受けたSchneider-Kreuznachでもありました。当時A.Schacht Ulmが開発を目指していたオールドレンズのほとんどがM42マウントモデルか、或いはexaktaマウント (極僅かにPraktinaマウントとライカ判L39マウントが顕在) だったので、Schneider-Kreuznachが関わってきたことで内部構造が近似した設計概念を採り入れた理由も納得できた次第です。

すると、当時の旧西ドイツ光学メーカーISCO-GÖTTINGEN社がSchneider-Kreuznachの100%出資子会社であったのに対し、同時にA.Schacht UlmもSchneider-Kreuznachから技術協力を受けていたとなると、自ずとそれら3社間で内部構造に近い要素が採れ入れられていたのも頷けると言うものです。

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1957年に初めて登場したのが前身モデルにあたりシルバー鏡胴で発売されます。

その後ゼブラ柄が流行り始めるとモデルチェンジして今回のモデル『Travegon 35mm/f3.5 R zebra (exakta)』が1960年に発売されました。

しかし他にライカ判L39スクリューマウントのモデルも僅かですが顕在しますし、一部にPraktinaマウントの個体もあります。



なお、1961年には開放f値を明るく設計変更した「Travegon 35mm/
f2.8 R」が追加投入されています。



光学系が特殊で初めて知った時に衝撃を受けました。当時焦点距離35mmの光学系として登場したばかりのレトロフォーカス型がまだ完成の域に到達していなかった点もありますが、それでも最低4群4枚の構成でレトロフォーカス型にトライしていた時代に、3群6枚の構成でやってしまったのが「さすがベレテレ」だと感心してしまいます。

後に登場した開放f値「f2.8」モデルでは光学系を再設計して (曲率など同一ではない) 3群7枚としています (右構成図)。

いずれの構成図もデジタルノギスで計測してほぼ正確にトレースしています (各硝子レンズのサイズ/厚み/凹凸/曲率/間隔など計測)。

これら光学系の相違は当時のカタログを見ると解説されていますね。

A.Schacht Ulm製オールドレンズにはモデル銘に附随する「R/S/M」などの文字がありますが、モデル銘の後に附随している場合の「R」はドイツ語「Reflexion (レフレクシオン)」の頭文字でモノコーティングを表します。

一方モデル銘の前に附随している場合は「S」がドイツ語「Standard (シュタンダード)」で標準域を意味し「T」は「Tele (テレ)」の望遠域、「M」は「Makro (マクロ)」のマクロレンズですが「R」のドイツ語が不明です (他にセット先フィルムカメラのEDIXAやMATなどが附随している場合もある)。



上の写真はFlickriverで、このモデルの特徴的な実写をピックアップしてみました。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。

一段目
シャボン玉ボケも含む円形ボケの表出が苦手でエッジがすぐに破綻してしまいます。コントラストが非常に高く出てくるのですが、発色性は意外にもナチュラル的な印象です。

二段目
このモデルの特徴的な写真になりますが、ダイナミックレンジが広いと思いきや暗部でストンと極端に落ちてしまうので左端写真のような夜間撮影では気になりにくくても、昼間での撮影時は暗部の配置に気配りが必要かも知れません。その傾向は白黒写真になっても同じようです。A.Schacht Ulm製もSchneider-Kreuznach製も同じ印象を受けますが「赤色表現」が独特でビビットです。

三段目
西ドイツ製オールドレンズは本当に人物描写が得意 (ステキ/美しい) ですね (いつも感心します)。

ネット上を見ていると旧西ドイツ製オールドレンズで「シュナイダーブル〜」とか「ライトブル〜が特徴」などと評価されていますが、それはあくまでもカラー撮影で最終的な効果として写っているだけで、むしろ当時は白黒写真がまだメインだった時代のハズなので、入射光の色再現性として考えた時に明度をある程度自然な印象になるよう確保したいが為に (つまりダイナミックレンジを広げたい為に) シアン系に振れるよう光学設計していたのではないかと考えています。

その結果、カラー撮りするとブル〜がキレイに写ると言う結果に至っているのであって、当時の光学設計時点からブル〜色の表現性を意識して設計していたのではないと思います。

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。ハッキリ言って旧西ドイツ製オールドレンズは (特にこの当時のゼブラ柄モデルは) メチャクチャ構成パーツ点数が多くて「高難易度」です。

ネジ類も含めていつもは20個あるパーツケースで充分足りるのですが、今回は38個にも及びました(笑) しかも38個のうち35個の構成パーツが「要調整」箇所になるので相当ハードな工程になります。このモデルをここまで完全解体している人がどれだけ居るでしょうか?(笑)

「必要箇所のみ解体すればいいじゃないか」と聞こえてきそうですが(笑)、必要最低限のグリース塗布に拘ると「完全解体」以外あり得ません。

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルはヘリコイド (オス側) が独立しており別に存在します。

鏡筒最深部には絞り羽根の「位置決めキー」が刺さる為に用意されている穴が6個あります。

↑こちらは絞りユニットの構成パーツの一つで「開閉環」になります。この環 (リング/輪っか) が回ることで絞り羽根が閉じたり開いたりしています。その回る方式がご覧のとおり「ベアリング駆動」であり6個のベアリングを内部に組み込むことでクルクルと回転していますから、このベアリングに酸化/腐食/錆びなどが生じていたら、そもそも絞り羽根の開閉が緩慢になります。「絞り羽根の油染み」だけが原因だと勘違いしたまま整備している人が居ますね(笑) 何の為に「ベアリング駆動」させているのか「観察と考察」がそもそもできていない証拠です。

↑「開閉環」をひっくり返して反対側を撮りました。ご覧のとおり円弧を描いた切り込みが用意してあり、この溝を絞り羽根の「開閉キー」が行ったり来たりするので絞り羽根の開閉角度が変化します。フツ〜の一般的なオールドレンズに備わる「開閉環」には、こんな弧を描く「」は用意されていません。

↑実際に組み込まれる絞り羽根6枚の中から3枚の表裏を撮影しました。片面側に「開閉キー」と言う金属製突起棒がプレッシングされており、反対側に「位置決めキー」が打ち込まれています。

位置決めキー
位置決め環」に刺さり絞り羽根の格納位置 (軸として機能する位置) を決めている役目のキー

開閉キー
開閉環」に刺さり絞り環操作に連動して絞り羽根の角度を変化させる役目のキー

すると、この「キー」が2本とも単なる「穴」に刺さっているだけだと、絞り羽根の角度を変えることができませんョね?(笑) 必ずどちらか一方は「キー」がスライドして移動するスキマ () が必要なのが絞り羽根開閉の原理です (残りの1本のキーが回転軸になっている)。

↑6枚の絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させたところです。開放から絞り羽根を閉じていき最小絞り値まで閉じきった状態で撮影しました。

↑ところが、この絞りユニットは「開閉環が弧を描いている」からご覧のようにさらに閉じていくと「再び開き始めてしまう」変わった設計を採っています。一般的なオールドレンズは閉じた絞り羽根は閉じきった位置で停止しますが、このモデルはまた開き始めてしまうワケです(笑) 「開いて閉じてまた開いて」でようやく停止します。そこから逆方向に閉じていっても同じ動きでやはり「閉じてまた開く」ですね。

従って、このモデルはどの位置で「開閉環」をセットすれば適正な絞り羽根の開閉角度を維持できるのかが問われるので、イキナシ絞りユニットの組み立て工程からして「ハードルが高い」ワケです (そうしないと絞り環設定絞り値とチグハグになってしまうから)(笑)

↑完成した鏡筒をひっくり返して立てて撮影しました。鏡筒の外周に「制御環」と言う環 (リング/輪っか) がネジ込まれており、回る (グリーンの矢印) ことで「歯車」が回って「捻りバネ」のチカラを借りて絞り羽根が強制的に「常に開くチカラ」が及ぶ構造の設計です。つまり「常時開放位置」にするようチカラを及ぼすのがこの「捻りバネ」の役目 (グリーンの矢印) です。

↑鏡筒を回して位置を変え反対側を撮りました。反対側にも制御系のパーツが密集しており「開閉アーム」や「制御アーム」或いは「停止板」などが重要な役目を担っています。もちろんこれら全ての構成パーツは「要調整」箇所なので、このいずれかの調整が狂った時点で、最終的な絞り羽根の開閉に異常が発生します。はたしてどれだけの人がこの調整をクリアできるでしょうか・・(笑)

↑こんな感じで鏡筒の周りは制御系パーツでビッシリです。それぞれがグリーンの矢印の動きをすることで各部連係してチカラの伝達が執られています。

すると「決して絞り羽根の油染みだけが問題ではない」ことがご理解頂けるのではないでしょうか? もっと言えば、どんなに絞り羽根がキレイでも、これら各制御系パーツの調整が適切ではない限り最終的な絞り羽根の開閉が正常にはなり得ません。

おそらくこれら制御系構成パーツを外さずにメンテナンスしている人が居るだろうと考えますが(笑)、絞り羽根を一切外さないなら仕方ないとしても、一度でも絞り羽根を外したら (つまり前玉側にある開閉環を外したら) これら制御系パーツの調整が必ず必要です。

↑距離環やマウント部を組み付ける為の基台です。冒頭解説の通り異常に長い (深い) 厚みのある基台です。

↑この基台の中に入るのはご覧のとおりヘリコイド (オスメス) だけではなく他に2つの真鍮製環 (リング/輪っか) が存在します。

また左端に写っている「ヘリコイド (オス側)」にはネジ山の途中に (両サイド2箇所)「直進キーガイド ()」が用意されていることを覚えていて下さい。

↑上の写真は組み立て工程の途中で撮影しましたが「直進キー環」と「ヘリコイド (メス側)」をセットした状態で撮っています。ヘリコイド (メス側) は無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みますが、最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。

↑ヘリコイド (オス側) を、やはり無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルでは全部で5箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

↑ヘリコイド (オスメス) をネジ込んだ状態でひっくり返して反対側を撮りました (つまり後玉側方向から見ている写真)。ヘリコイド (オス側) の両サイドに用意されている「直進キーガイド」に「直進キー ()」がちゃんと刺さった状態なので、ヘリコイド (メス側) が回転すると「回るチカラが変換されて直進動になる」のが「ヘリコイド駆動の原理」ですね(笑)

この写真を撮った理由は別にあり、たいていの過去メンテナンスでグリースを塗ったくっているのがヘリコイドの組み立て工程なのですが (現在のヤフオク! で整備済で出回っている出品商品でも同じ話)、ご覧のとおり「当方のオーバーホールではヘリコイドネジ山以外グリースを塗りません

つまり「直進キー」に関わる箇所にも一切グリースを塗っていませんが、それでもとても滑らかに (トルクムラ無くスムーズに) 回転していくのが当方の「DOH」効果です。それをご確認頂くためにこの写真を撮りました。自ら整備している人は自分の整備と比較して頂きたいものですね。必要以上に塗布したグリースは、やがてオールドレンズ内部に揮発油成分が廻って、再び光学系コーティング層の経年劣化を促し始めますから、いずれ50年も経てばオールドレンズの絶対個体数が激減しているハズだと推測します。

↑その良い例を示したのが上の写真ですが、当初バラした時点はグリーンの矢印付近に過去メンテナンス時に塗布した「白色系グリース」が「濃いグレー状」になって広がっていました。

絞り環連係パーツ」が被写界深度インジケーターと絞り環とを連係する役目で用意されていますが、肝心な被写界深度インジケーター側はそのような「濃いグレー状」には至らずキレイでした。ではどうしてグリーンの矢印の箇所だけに「濃いグレー状」が生じたのでしょうか?

答えは、絞り環操作を頻繁に行うから、上の「絞り環連係パーツ」が行ったり来たりして擦り減って摩耗した「アルミ合金材の摩耗粉」が「濃いグレー状」の正体だと言えます。

この基台のこの部分だけにしか「濃いグレー状」は存在せず、後はヘリコイド (オスメス) のネジ山が「濃いグレー状」に至っていただけですから、絞り環操作のチカラの伝達がこの部位で抵抗/負荷/摩擦になっていたことが判明します。

つまり、いずれ摩耗が進んでしまうと絞り環操作しても重くなり、やがて被写界深度インジケーターが引っ掛かり始めて絞り羽根の開閉が上手くできない個体に陥ってしまいますね(笑)

↑こちらは被写界深度インジケーター機構部に使われる構成パーツを撮っています。オレンジ色のインジケーターにギアが備わっています。

↑バックパネルをひっくり返して裏側を撮りました。ご覧のように「歯車」が中央に用意してあり、そこをインジケーターが左右に分かれてギアで開いたり閉じたりする動作です。

↑このモデルの被写界深度インジケーター部分には「透明窓」が備わっていて既に経年劣化で黄ばんでいます。これを透明にしようとして擦ると簡単にポロポロと割れてしまうので (既に劣化しきっているから) このまま使います。

↑こんな感じで被写界深度インジケーターと「絞り環」がセットされます。オレンジ色のインジケーターが上下で「歯車」に刺さるので、互いに開いたり閉じたりを対称な動き方で駆動します (左が広がっている時右側も広がる/閉じる時は両方とも同時に閉じる)。

↑被写界深度インジケーターを含む「指標値環と絞り環」がセットされます。絞り環を回すとオレンジ色のインジケーターが開いたり閉じたり内部で動きます。

↑ひっくり返していよいよヘリコイド (オス側) の内部に鏡筒を組み込んでいきます。

↑完成している鏡筒をセットしました。

↑「歯車とギア」が互いに正しい位置で咬み合う必要があります。この咬み合う位置がギア1個分でもズレると絞り環操作が正しく機能しなくなりますし、下手すれば絞り羽根の開閉も絞り環に刻印されている「絞り値」との整合性が執れなくなります。それほど「歯車とギアの咬み合わせ」は重要な話なのですが、そもそも「歯車」側が鏡筒外周の「制御環」と言う環 (リング/輪っか) に固定されているので、要は「制御環のネジ込み位置/ネジ込み停止位置」が問題になってくるワケです。

つまり既に冒頭の組み立て工程時点から絞り羽根開閉の適正さを左右する調整を行っていたことになります。これが「単にバラして同じ位置で組み立てる」だけでは上手く仕上がらない最大の要素です。

仮に、例えば、バラす時点で「制御環を回して外す時の回す数」をどれだけの人が最初にちゃんとチェックしているでしょうか?(笑) 当方はそんな回す数などいちいち数えていたら面倒くさくてしょうがないのでチェックしませんが(笑)、工程の中で適正な位置をキッチリ判断できます。

それが「原理原則」を理解しているか否かであり、熟知しているなら数など数えずともネジ込んでいくだけで適切な場所を見出せます。何故分かるのか? それはこの「制御環」がネジ込み式で設計されたことを理解しているからです。カチッとハメ込むのではなく「どうしてネジ込むようにしたのか?」何故ネジ止めにしなかったのか?

要は「原理原則」と「観察と考察」の鬩ぎ合いの中で、自ずと製産時点の正しい組み立て手順が明確になり、当方はその手順で単に組み立てているだけに過ぎず、それは同時に工程の中での「要調整箇所」も明確になり「調整の度合い」までキッチリ把握できているワケです。

当方の「DOH」が一般的な整備と異なる最大の相違点がそこにあります。当方はオールドレンズ延命処置を講じるのを「命題」としているので、必然的に「グリースに頼った整備をせず」塗布する量も必要最低限が当然です (できればグリースを塗りたくないくらい)。それは将来的に光学系内に揮発油成分が侵入して、再びコーティング層の劣化を促す (ひいてはカビの発生に繋がる) のを防ぐ為しか無く、たったそれだけの目的です。

なお、上の写真のとおり各制御系の構成パーツにも「一切グリース塗らず」のままですね(笑)

↑当方の言うことを疑う人が多いので、証拠写真を撮っておきました(笑) 歯車とギア部分にも全くグリースが塗られていないのが明白ではないでしょうか。もちろん全て当方による「磨き研磨」が完了しているからこそ、グリースを塗らずとも滑らかに確実に駆動します (特に真鍮製パーツは当初バラした時点は焦茶色に変質して経年の酸化/腐食/錆びが進行している)。

↑こちらはマウント部内部の写真ですが、既に各構成パーツを取り外し当方による「磨き研磨」を終わらせた状態で撮りました。マウント部を完全解体した理由は、ご依頼者様がマウントアダプタ経由デジカメ一眼/ミラーレス一眼に装着されるのみならず「フィルムカメラでも使う」からです。

最近のヤフオク! での整備済出品を見ていると、マウントアダプタ経由での装着に限定した (と明記しない人も多いくらい) 整備ばかりですが(笑)、当方はフィルムカメラで使うなら、それ相応のオーバーホールを施します。それが使う人の立場に立った整備レベルと言うものではないでしょうか?

・・と当方は考えるのですが、ヤフオク! 出品者の中には「最低限の施工で充分で完全解体とは考えない」と言う出品者のほうが信用/信頼が高いので、毎週飛ぶように落札されています。それが現実と言うことですね(涙)

どうでも良い部分に拘って完全解体しても、結局は皆様の価値観とはそう言うことなのでしょう。価格命なのだと言われれば反論できないのが当方の弱さでもありますね(笑)

そんなワケですが、今回の個体に関してはフィルムカメラで使ってもちゃんと気持ち良くシャッターボタンを操作して頂けるようオーバーホール工程を進めました

↑これも「観察と考察」の一つですが、マウント部には赤色矢印のような突起が用意されており、これがあることで絞り環のガタつきが減じられています (飛び出すぎると絞り環操作が重くなる)。

↑取り外していた各構成パーツも「磨き研磨」を施してセットします。当初バラした時は、この内部にまで「濃いグレー状」に至っていましたから、もちろん過去メンテナンス時に「白色系グリース」を塗ってしまったのは明白ですし、却ってそれに拠り「摩耗」が進んでしまい各部の連係がぎこちない印象に変わっていました。

↑シャッターボタンは小気味良く押し込んで頂けるよう調整しましたが、残念ながらご依頼者様のご指摘事項「A/Mスイッチが硬い」は、上の解説のような設計上の問題なので調整しようがありません。

単にスイッチ部の真鍮製パーツが横方向にスライドしているだけ (グリーンの矢印) なので、硬さ調整ができません。申し訳御座いません・・。

これを真鍮製パーツを削ったりするとシャッターボタン押し込み時のカムの移動量が変わってしまい、却って絞り羽根開閉異常に繋がるのでイジることができません。

↑完成したマウント部を基台にセットします。距離環を仮止めしてから光学系前後群を組み込んで無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行い、最後にフィルター枠とレンズ銘板をセットすれば完成です。

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ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑久しぶりにゼブラ柄のA.Schacht Ulm製オールドレンズ『Travegon 35mm/f3.5 R zebra (exakta)』のオーバーホールを行いましたが、完璧な状態に仕上がりました

↑光学系内の透明度が飛んでもなく高い個体です。LED光照射でもコーティング層経年劣化に伴う極薄いクモリすら皆無です。

↑しかし、上の写真のとおりご依頼者様指示内容である「光学系前群内のカビ除去」は赤色矢印のとおり2箇所目立つモノが残ったままです。

これは他のオールドレンズ全てに当てはまりますが、貼り合わせレンズ (2枚の光学硝子レンズを接着剤を使って貼り合わせてひとつにしたレンズ群) が存在する光学系で、上の写真のような「雪の結晶のようなカタチ」が生じていたら、それはカビではなく「バルサム切れであり、貼り合わせレンズの接着剤/バルサムが経年劣化で剥離し始めて白濁化し薄いクモリ、或いは反射が生じている状態になります。

従って清掃しても (もちろんカビ除去薬を垂らしても) 一切改善できません。おそらく製産過程で「不純物」がバルサム剤に混入してしまったのが原因で浮いた箇所だと考えます。何故なら、カビ菌が糧とするべき有機物が存在しないのでカビ菌の発生に至らないからです。

これが仮に光学硝子レンズの外周部から徐々に浮きが生じて中心部に至っているならカビ菌が繁殖する因果にもなりますが、貼り合わせレンズの内部中心部にイキナシカビ菌が生じることはあり得ないと考えます。

実際、他のオールドレンズでも全て同じカタチで「雪の結晶のよう」ですからカビ均の繁殖なら菌糸状に広がるハズですし周囲にクモリも無ければ (もちろんLED光照射してもこの箇所にクモリは存在しない) 芯もありません。不純物の混入だと考えます。

雪の結晶のよう」なカタチになるのは、まさに雪の結晶の成り立ちとも似ていますが、バルサム剤に混入してしまった「不純物」を中心に2枚の光学硝子レンズが接着される時に架かった「圧力」のままに、ほぼ放射状に剥離していきますから「雪の結晶のよう」なカタチになると考えています。これが仮にカビ菌の繁殖なら均一な放射状にならず、有機物がある方向に向かってより多くの菌糸を伸ばしていくハズなので、キレイなカタチになりにくいのが普通です。まして様々な多くのオールドレンズで同じカタチでカビ菌が繁殖するのも説明できません (何故なら光学硝子材精製時の資材成分/配合はバラバラだから)。

↑光学系後群側も極薄いクモリすら皆無で同じです。

↑絞り羽根の開閉幅 (開口部の大きさ/入射光量) は絞り環刻印絞り値と整合性がキッチリ執れており確実に駆動しますし、A/Mスイッチ動作での連係も適正ですからフィルムカメラでも快適にご使用頂けます。

↑当初バラす前のチェックでは、距離環を回すトルクが軽すぎて使い辛い印象でした。もちろんご依頼者様からの指示内容も「トルクを重めに」だったので、最初に塗布したヘリコイドグリースは「黄褐色系グリース」の「粘性中程度重め」の使い分けでしたが、それで組み上げたところピント合わせ時に極僅かな「スリップ現象」が出てしまいあまり使い易く感じませんでした。

そこで再びバラして洗浄液でグリースを除去した後に、今度は黄褐色系グリースの「粘性中程度軽め」に入れ替えました。このモデルのピントの山がとても掴みにくいので重めのトルク感にセットするとピント合わせがし辛いと考えます。

かと言って、本当はもう少し重い印象のトルク感に仕上げたかったのですが、当方所有の黄褐色系グリースではこのトルク感が限界です。申し訳御座いません・・。

当初よりは幾分重めのトルク感には仕上がっているのでピント合わせはし辛く感じません。もちろん「全域に渡り完璧に均一」なトルク感を維持しており、ピント合わせ時の「極軽いチカラでシットリ微動」も実現済です。

↑A/Mスイッチ操作だけは硬いまま変化ありません (設計上の問題なので調整できません)。

旧西ドイツ製オールドレンズの筐体外装に施されている、特に黒色の焼き付けメッキ加工は成分の問題なのか磨こうとした時にキレイに光沢感が出てきません。もちろん今回も当方による「磨きいれ」を筐体外装に施したので当時のような大変艶めかしい光彩を放っています。

しかしそれは、初心に却って20年前のノートを引っ張り出して師匠たる職人から教えを請うた技術をもう一度確認したからです。当方は昔家具屋に勤めていたので職人から「磨き」について技術を伝播されておりそれなりに詳しいのですが、この独特なメッキ塗色の磨き方を忘れていました。ノートを暫く読んだところ目から鱗でしたね(笑) 結局、経年使用の手の油脂が塗色と化学反応してマットなブラックに変質しているので、それを取り除かない限り元の光沢感には戻せません。

おかげで、まるで新品の如く光り輝いています (ゼブラ柄も光沢研磨しましたが黒色鏡胴部分も光沢感が蘇りました)。きっと喜んで頂けると思います。

無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

↑当レンズによる最短撮影距離50cm付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

この実写はミニスタジオで撮影していますが上方と右側方向からライティングしています。その関係でフードを装着していない為に絞り値の設定によりハレ切りが不完全なまま撮影しています。一応手を翳していますがハレの影響から一部にコントラスト低下が出てしまうことがあります。しかし簡易検査具による光学系の検査を実施しており光軸確認はもちろん偏心まで含め適正/正常です。

↑絞り環を回して設定絞り値「f4」で撮影しています。

↑さらに回してf値「f5.6」で撮りました。

↑f値は「f8」に変わっています。

↑f値「f11」になりました。

↑f値「f16」です。そろそろミニカーの背景あたりに「回折現象」が出始めています。

回折現象
入射光は波動 (波長) なので光が直進する時に障害物 (ここでは絞り羽根) に遮られるとその背後に回り込む現象を指します。例えば、音が塀の向こう側に届くのも回折現象の影響です。
入射光が絞りユニットを通過する際、絞り羽根の背後 (裏面) に回り込んだ光が撮像素子まで届かなくなる為に解像力やコントラストの低下が発生し、ねむい画質に堕ちてしまいます。この現象は、絞りの径を小さくする(絞り値を大きくする)ほど顕著に表れる特性があります。

↑最小絞り値「f22」での撮影です。大変長い期間に渡りお待たせし続けてしまい本当に申し訳御座いませんでした。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。