◎ Asahi PENTAX (旭光学工業) smc PENTAX-A 50mm/f2(PK)
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この掲載はオーバーホール/修理ご依頼分に関するご依頼者様や一般の方々へのご案内です (ヤフオク! 出品商品ではありません)。
今回は当方での扱いが初めてのモデルなので記録の意味もあり無料で掲載しています (オーバーホール/修理の全行程の写真掲載/解説は有料)。
オールドレンズの製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。
当方がオーバーホールを始めた8年前、旭光学工業製TAKUMARシリーズや、その後のMシリーズと続くモデルを暫くヤフオク! 出品していましたが、人気が無くオーバーホールの作業対価の回収もできなかった為に扱いをやめてしまいました。オーバーホール/修理ご依頼分では時々TAKUMARシリーズを扱いますが、今回のAシリーズは初めてです。
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1983年3月に旭光学工業から発売されたフィルムカメラ「PENTAX super A」の登場と同時に用意された交換レンズ群が「Aシリーズ」になりますが、今回のモデル『smc PENTAX-A 50mm/f2 (PK)』は当時の取扱説明書の交換レンズ群一覧に記載がありません。このフィルムカメラは海外では「PENTAX SUPER PROGRAM」と言うモデル銘でシルバータイプのみ発売されましたが、やはり説明書を見ても一覧には載っていません。掲載されている「Aシリーズ」の標準レンズは「f1.4/f1.7」の2機種だけです。
さらに調べると1985年発売のフィルムカメラ「PENTAX P30 DATE」取扱説明書にようやくセットレンズとして掲載されていました。従って今回のモデルの発売時期は少しだけ遅れた1985年ではないかと考えています。
当モデルの評価を調べると「台湾製でチープ」とか「よく写るレンズではない」とか「それなりの廉価版モデル」など酷評の嵐でしょうか(笑) しかし、光学系の構成を見ると意外とその特徴が描写に出ているので、それほどまでに酷評する必要も無いのではと思います。
左写真はオークション上に出回っている写真から転載しましたが、市場流通品を調べると「台湾製 (写真左側)/日本製 (右側)」の2種類が出回っているようです。
「台湾製」の個体は鏡胴にシールで「TAIWAN」或いは「MADE IN TAIWAN」と貼られており「日本製」はシールではなく「JAPAN」と刻印されているように見えます。
確かに筐体外装のほとんどがエンジニアリング・プラスティック製なので (フィルター枠がアルミ合金でマウント部が真鍮製) 目一杯のチープ感なのでしょうが(笑)、光学系は5群5枚の変則ビオメター/クセノター型構成です。右図は今回バラして清掃時にデジタルノギスで計測してほぼ正確にトレースしました (各硝子レンズのサイズ/厚み/凹凸/曲率/間隔など計測してトレース)。
すると 色つけした部分 (光学系前群) はウルトロン型構成の要素を採ってきたことが分かります (右図は一般的なウルトロン型構成図を載せています)。有名処のオールドレンズとしては、PlanarやTAKUMARシリーズ、或いはVOIGTLÄNDERのウルトロンやKONICAのHEXANON ARモデルなど数多く採用されている要素です。
一方光学系後群側の要素 部分は、Carl Zeiss Jena製ポートレートレンズ「MC Biometar 80mm/f2.8」の構成図からみることができます。
ネット上の解説ではエルノスター型の拡張版と案内されていますが、当方の見立てではエルノスター型よりも解像度と収差改善を狙っているBiometar/Xenotar型構成の後群要素をもってきたと考えています (右図はビオメターの光学系構成図)。
従って色消しの (色収差補正の) 凹凸レンズによるダブレット (貼り合わせレンズ) が介在せずとも、後群側で色ズレと解像度の両面で改善を狙っているのではないかと考えています (なかなかよく考えられた光学系構成です)。
上の写真はFlickriverで、このモデルの特徴的な実写をピックアップしてみました。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。
◉ 一段目
ウルトロン型光学系の特徴である要素がこの左端の写真でみることができます。円形ボケはエッジがすぐに破綻していくのでキレイなシャボン玉ボケを表出させるのが難しく、且つ経口食の影響も出て真円にはなりにくい印象です。また画周辺部では収差の影響を受けてまるでグルグルボケのような放射状の滲み方をしています。
◉ 二段目
左端の写真でこのモデルを見直してしまいました。意外にもダイナミックレンジが広いのではないでしょうか? 実はご依頼者様が白黒撮影でこのモデルを気に入っていると仰っていたのですが、その理由が分かったような気がします。試しに白黒写真をピックアップしてみましたがさすが陰影/濃淡のキャパが広く、ビミョ〜なグラデーションがカラー写真よりも素晴らしい状態で表出しています。確かに白黒撮影で効果絶大のような印象を受けました。
オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。
↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。外観上、筐体外装はフィルター枠 (アルミ合金製) とマウント部 (真鍮製) を除いてエンジニアリング・プラスティック製というチープ感タップリのモデルですが、内部は要所でシッカリ金属製パーツを使っていました。
しかし、今回初めてバラしてみて「ウン?」と思ったのは、絞り羽根の制御系設計がCHINON製オールドレンズに非常に近似している点です (富岡光学製ではないほうのオールドレンズ)。特に制御系の構成パーツは各光学メーカー独自の設計思想で開発されるハズなので (ワザワザ他社製品を真似て作る必要性が一切無い) 捻りバネの使い方やサイズ、或いは2つの環の組み合わせ方などまでがソックリになることは非常に希です。疑念が湧きましたが確認する術がありません。
↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒 (ヘリコイド:オス側) ですがエンジニアリング・プラスティック製です。
↑ところが絞りユニット側は全ての構成パーツが金属製で用意されています。
【当初バラす前のチェック内容】
① 距離環を回した時に白色系グリース特有の擦れ感を伴う。
② 無限遠が全く合焦していない (相当なアンダーインフ状態)。
③ 絞り環が開放f値「f2」の1つ手前「f2.8」で突き当て停止する。
④ 絞り環のクリック感がガチガチした印象。
⑤ マウント部と鏡胴とが水平になっていないように思う。
【バラした後に確認できた内容】
⑥ 過去メンテナンス時に白色系グリース塗布し既に経年劣化が進行。
⑦ ヘリコイド (オスメス) ネジ込みミス、絞りユニット固定ミスあり。
⑧ 制御系とマウント部の組み付けミスあり。
・・とまぁ〜、ハッキリ言って過去に施されたメンテナンスは「シロウト整備」であることが判明しました(笑)
そうは言ってもヘリコイド (オスメス) をネジ込むスキルを持っており (直進キーというパーツが介在するから相応に難しい)、制御系も一応はセットできていますから、それなりのスキルを持った人が「バラしてから解体時の順番で組み立てただけ」というのが明白になりました。
つまり各構成パーツを単純にバラした時の位置で再び固定しただけなので「原理原則」を全く理解していない為に組み付け箇所の位置調整をミスっており、且つその結果が適切ではないことにも気がついていません (或いは気がついていても直せなかった)。
いわゆる、最近のヤフオク! でも横行している「整備済」の出品と同じレベルで、単にバラしてヘリコイドグリースを入れ替え組み直しただけと言うレベルです(笑) 肝心な光学系の検査はもちろん、白色系グリースを使ったことによる操作性の良し悪しなどお構いなしに、単に整備して落札者に届いた時だけちゃんと動けば良いと言うレベルです (その後数年〜10年レベルでちゃんと使えることを前提としていない)。
モノは言いようで、ヤフオク! の整備済出品者の中には「出品価格が上がらないよう必要な施工だけしている」などと意味不明な記載を平気でしている人も居るのでお笑いモノです(笑)
オールドレンズの部位は大きく「ヘリコイド部/絞りユニット部/制御部/光学系」の4箇所しか存在しないので、その何処かの整備 (調整) が欠けても適正な使用感、或いは描写性能には至りません。必要も何も無く、完全解体してキッチリ仕上げるか「ごまかして仕上げるか」の違いしかありません。
オールドレンズの整備は、そんな簡単な話ではありません!
製産後数十年〜半世紀以上の時間を経て酸化/腐食/サビが生じてしまった構成パーツを、どれだけキッチリ組み立てて仕上げられたのかは、シッカリと検査しつつ調整を施したのか否かに100%関わっています。
しかし、実際は信用/信頼が高いヤフオク!の出品者が多いワケで整備済品が飛ぶように毎週落札されていきます。一方当方が出品しているオールドレンズと言えば、1カ月〜数ヶ月そのまま落札されずに出品し続けている始末なので(笑)、それは信用/信頼が無いからだと言えるのではないでしょうか。それが現実であり、日々それを真摯に受け止めコツコツと地道に技術スキルの向上に努めるしか当方には残されていません。
↑完成した絞りユニットを鏡筒最深部にセットします。この時過去メンテナンス者は絞りユニットの位置調整をミスってしまいました。
「原理原則」を理解している人なら絶対にミスらないような位置で固定してしまったのです。従って当初バラした時は、開放f値「f2」までそもそも絞り羽根が開ききらない状態にセットされていました。
↑完成した鏡筒を立てて撮影しました。赤色矢印で指し示している箇所に「直進キーガイド」と言う「溝」が用意されていますが、一般的なオールドレンズはこの「直進キーガイド」がヘリコイド (オス側) の両サイドに備わっています。
ところが今回のモデルはご覧のとおり「ハス状のポジション」で用意されているので、距離環を回す時のトルク調整がむしろ一般的なオールドレンズよりも難しくなります (チカラが及ぶ場所と及ばない場所との距離が違うから)。それは両サイドに位置していればチカラが均等に及ぶのは自明の理ですね(笑)
↑こちらは距離環やマウント部が組み付けられる基台ですが、やはりエンジニアリング・プラスティック製です。
ここで過去メンテナンス者が必要外の所為を講じてしまったことが判明します。組み立ててみたら絞り環が開放f値「f2」まで行かないので、慌てて何度もガチャガチャやったのだと思います。赤色矢印で指し示しているのは絞り環の駆動域を決めている「ストッパー」の役目をしている板バネです。この板バネは正しくはグリーンの矢印の先プラスティック製ダボにハマッて溶かして固定されています。ところが今回バラした時に絞り環を外す前にこの板バネがポロッと落ちてきました。
ご覧のとおりダボ部分が破断してしまい板バネが固定できません。これが原因で当初絞り環を回した時にガチガチした印象だったのかも知れません (絞り環内部で外れた板バネが咬んでいた)。
ちなみにクリック感を実現しているのが左側にネジ止めされている板バネのほうで、このモデルは「鋼球ボール+スプリング」によるクリック方式ではありません (左側板バネの先がカチカチと絞り環裏側の溝に填ることでクリック感を実現する方式)。従って絞り環を回した時クリックしながらもガチガチしていたのは右側の板バネが咬んでいたからだと考えられます。
↑脱落していた板バネ (右側) を仕方ないのでエポキシ系接着剤で接着してからヘリコイド (メス側) を無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。
おそらく過去メンテナンス時は、このヘリコイド (メス側) のネジ込み停止位置は適切だったように思います。ミスったのは次の工程ですね。
↑鏡筒 (ヘリコイド:オス側) を、やはり無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルは全部で6箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。
過去メンテナンス者はこの工程で鏡筒 (ヘリコイド:オス側) のネジ込みポジションをミスったのだと推察します。その結果無限遠合焦しない (相当なアンダーインフ) 状態に陥ったと考えます。
↑この状態でひっくり返して裏側を撮影しました。「開閉レバー環」を既に組み付けていますが、この裏側に「絞り羽根開閉を司る制御系」が集中します。
絞り環との連係をする「連係環」がもう1個介在してグリーンの矢印のように「開閉レバー環の上に被さる」のが正しい組付けですが、当初バラした時はキッチリ被さっていませんでした。
ちなみに、この制御系の構造がCHINON製オールドレンズ (富岡光学製ではないモデルのほう) と非常に近似しています (左写真はそのCHINON製オールドレンズの同じ制御系写真を転載しました)。
↑絞り環をセットします。当然ながら、この時点で絞り環は開放f値「f2〜f22」までちゃんと駆動しますし、もちろん「A」位置にもカチッと填って固定になります (解除ボタンを押して回せば元に戻る)。
↑過去メンテナンス者は「単にバラした時の位置で組み立てれば良い」と考えていただけ・・と言う点まで明白になってしまいました(笑)
その理由が上の解説です。この工程で「先に光学系後群をセットする必要がある」のですが、赤色矢印で指し示した箇所が僅かに (1mm弱ほど) 厚みがありさらに少し外側に出っ張っています。
↑実は、ここに前述の「絞り環連係環」が空間に入ることで、絞り環の設定絞り値に見合う位置で「開閉レバー環」が駆動します。何故なら、設定絞り値と開放f値「f2」との間だけで絞り羽根を開閉しなければイケマセンよね?(笑)
従って、絞り環で設定した絞り値との連係する必要があるので「連係環」が存在し、且つそれは「開閉レバーの駆動範囲を制限する」のが「原理原則」ですが、過去メンテナンス者はそんなことはお構いなしに組み立ててしまいました。
グリーンの矢印で指し示した箇所に極僅かなスキマが存在するのが正しい組付けなのですが、当初バラした際は「連係環」はデタラメな位置で入っていただけでした (上の写真のようにキッチリ填っていなかった)。
それが冒頭問題点⑤のマウント部と鏡胴が水平になっていないと言う問題になっていた原因です。
↑光学系前群を組み付けますが、光学系前群は何と鏡筒内にストンと落とし込んで入っているだけです(笑) ネジ込みは一切されずに単に締め付け環で締め付け固定しているだけ (押さえ込んでいるだけ) と言う簡素な設計です。
この後は無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行い、最後にフィルター枠と銘板をセットすれば完成です。
ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。
↑確かにエンジニアリング・プラスティック製で安っぽいチープ感漂う廉価版モデルなのでしょうが、そうは言っても内部構造や構成パーツの調整はフツ〜のオールドレンズと同じレベルで設計されているので「原理原則」に基づき検査しつつ組み上げていかなければ適切な描写性能には至りません。
↑光学系内の透明度が非常に高い個体です。LED光照射でもコーティング層経年劣化に伴う極薄いクモリすら皆無です。一部第4群の外周附近に数点の点キズが集まっている箇所があり、パッと見で「塵/埃」が集まって残っているように見えますが (当方もそう見えたので) 再び光学系をバラして最終的に3回清掃しましたが除去できません (つまり点キズでした)。この当時のオールドレンズには、もう「気泡」は存在しないと思うのでCO2溶解による点キズだと推測します。
↑後群側も同様LED光照射でも極薄いクモリすら皆無です。総じて光学系内の状態が素晴らしいですね。
↑6枚の絞り羽根もキレイになり確実に駆動しています。絞り羽根が閉じていく際に歪なカタチにもなりませんし、もちろん絞り環との連係もバッチリです。
絞り環操作は当初のガチガチ感を排除した小気味良いクリック感に改善して、正しく開放f値「f2」と最小絞り値「f22」の間を操作でき、当然ながら「A」のセットと解除用ボタンとの連係動作も確実です (つまりフィルムカメラでもちゃんと使えます)。
↑塗布したヘリコイドグリースは黄褐色系グリースの「粘性:中程度」を使いました。このモデルのピントの山が大変掴みにくいので、ピント合わせ時に重いトルク感だと微動し辛いので「軽め」に仕上げました。
距離環を回す時のトルク感は「軽め」で「全域に渡り完璧に均一」です。ピント合わせの際は極軽いチカラだけで微動できるのでキッチリとピントの山を探ることができます。
↑今回初めてバラしましたが、内部構造や使っている構成パーツなどは決して手を抜いておらずキッチリ設計されていました。またエンジニアリング・プラスティック製筐体の成形レベルも非常に優れており、特に鏡筒 (ヘリコイド:オス側) のネジ山などがシッカリ機能しています。
おそらく今回の個体は「台湾製」ではないかと考えますが (シールが貼り付いているが印刷が消えている)、全ての構成パーツは何ら日本製と変わらない精緻な作りと仕上げでした。今時の下手な中国製デジタルレンズよりも全然マシだと考えますね(笑)
台湾の方々もベトナム人もそうですが、日本人と同じように勤勉な人々ですョ。香港に住んでいた時に台湾人もベトナム人も広東人も一緒くたでお付き合いしていた時期がありますが、現地の広東人に対して台湾人とベトナム人の取り組み方、熱意は相当なものでした。特に現地人はプライドが高いのに対して、台湾人もベトナム人ももちろん日本人もいろいろ気を遣っていましたね (懐かしいです)。
↑当レンズによる最短撮影距離45cm付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。
この実写はミニスタジオで撮影していますが上方と右側方向からライティングしています。その関係でフードを装着していない為に絞り値の設定によりハレ切りが不完全なまま撮影しています。一応手を翳していますがハレの影響から一部にコントラスト低下が出てしまうことがあります。しかし簡易検査具による光学系の検査を実施しており光軸確認はもちろん偏心まで含め適正/正常です。
↑最小絞り値「f22」での撮影です。大変長い期間に渡りお待たせし続けてしまい大変申し訳御座いませんでした。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。