◎ Heintz Kilfitt München (ハインツ・キルフィット・ミュンヘン) Makro-Kilar 90mm/f2.8 ◉◉◉ (black)(NF)

(以下掲載の写真はクリックすると拡大写真をご覧頂けます)
写真を閉じる際は、写真の外 (グレー部分) をクリックすれば閉じます
※解説とオーバーホール工程で使っている写真は現在ヤフオク! 出品中商品の写真ではありません

オーバーホール/修理ご依頼分ですが、ご依頼者様のご希望により
有料で掲載しており、ヤフオク! への出品商品ではありません。
(オーバーホール/修理ご依頼分の当ブログ掲載は有料です)


まず一番最初に、このような大変希少なモデルのオーバーホール/修理ご依頼を賜り、本当にありがとう御座います!

今回のご依頼者様は当方がオーバーホール済でヤフオク! に出品するオールドレンズも数多くご落札頂いていますが、今回のように当方の自らの資金力では全く以て手を出せないような、大変貴重なオールドレンズのオーバーホール/修理までご依頼頂きます。当方にとっては生活の糧となりながらも、さらにその上貴重なモデルのオーバーホール経験を蓄積できているワケで何とお礼を申し上げれば良いのか言葉に詰まるくらいです(涙)

ここで改めてお礼申し上げたいと思います・・。

  ●               ● 

今から65年前の1955年に、旧西ドイツ隣国のリヒテンシュタイン公国Kamerabau-Anstalt-Vaduz (KAV:ファドゥーツ写真機研究所) から「世界初のマクロレンズ」として登場した焦点距離40mmのマクロレンズ「Makro-Kilar E 4cm/f3.5 C」のポートレートマクロとして、翌年の1956年に発売された「Makro-Kilar 90mm/f2.8 C」の後継モデルが今回扱うマクロレンズです。

開発設計者である「Heinz Kilfitt (ハインツ・キルフィット:1898-1973)」は戦前のドイツはバイエルン州München (ミュンヘン) のHöntrop (ハントロープ) と言う町で1898年に時計店を営む両親の子として生まれます。
時計職人の父親に倣い自身も時計の修理や設計などを手掛けていましたが、同時に光学製品への興味と関心からカメラの発案設計なども手掛けていました。


Kilfittは27歳の頃に想起し、5年の歳月を掛け開発したゼンマイ仕掛けによる自動巻き上げ式のフィルムカメラ (箱形筐体にCarl Zeiss Jena製Biotar 2.5cm/f1.4レンズを実装) のプロトタイプに関する案件を、31歳の時に同じドイツのHans-Heinrich Berning (ハンスハインリッヒ・ベルニング) 氏に売却しています。

このカメラは後の1935年に小型化されカメラらしい筐体となって世界で初めての自動連続撮影が可能なフィルムカメラ「robot I」型 (ゼンマイ式自動巻き上げ機構を搭載した 24x24mm フォーマット) としてオットー・ベルニング社から発売されています。

その後の戦時に入ると、これら「RoBoT」カメラはドイツ空軍仕様が供給され、例えば翼内に実装し空撮や偵察写真などに使われたようです (右写真は当時のRoBoTカメラで裏面に”Luftwaffen Eigentum”空軍備品の刻印があるタイプ)。

ネット上の解説では、このフィルムカメラ「robot I型」の設計者がHeinz Kilfittであると解説されていますが、正しくはKilfittが設計開発した小型フィルムカメラを基に、オットー・ベルニング社がフィルムの自動巻上げ機構を開発設計し組み込み製品化 (量産化) したので少々異なります。

このパテントを基にOtto Berning氏らと共に設立した会社でKilfittはゼンマイ式巻き上げ機構を装備する前の小型フィルムカメラを幾つか開発した後に退社し、長い間温め続けていた自ら光学製品を開発設計するためにこの案件売却の資金を基にミュンヘン市の町工場を1941年に買い取り試作生産を始めています。

大戦後1947年には隣国リヒテンシュタイン公国首都ファドゥーツ (Vaduz) にて、念願の光学製品メーカー「Kamerabau-Anstalt-Vaduz (KAV:ファドゥーツ写真機研究所)」を創業し様々な光学製品の開発・製造販売を始めました (Kilfitt 49歳)。

会社名は「Heinz Kilfitt → Kilfitt」そして後の1960年に念願の生まれ故郷、München (旧西ドイツ) に会社を移し「Heinz Kilfitt München」としたので、レンズ銘板刻印もそれに伴い変わっています。

その後1968年の70歳の時に、アメリカのニューヨーク州ロングアイランドで会社を営むFrank G. Back博士に会社を売却し引退してしまいます。Kilfitt引退後に社名は「Zoomar」(商品名もMakro-KilarからMACRO-ZOOMATARに変更) に変わり終息しています。

つまりKilfitt在籍中のみ自身の名前が会社名に使われていました。なお「Makro」はドイ語表記なのでラテン語/英語表記では「MACRO」ですね。従って自身が在籍していた時代はドイ語表記で出荷していたことになります。

Münchenに戻ったのが62歳 (1960年) だったので、戦後の混乱期を避けて人生の黄昏はやはり生まれ故郷に戻りたかったのでしょう。

意に反し写真機のほうでは、Otto Berning & CO. (オットー・ベルニング商会) の「RoBoT
カメラ (フィルム自動巻上げ/連続撮影)」への足掛かりを与え会社が存続しましたが、最後まで情熱を注ぎ込んだ光学製品のほうは残念ながらZOOMAR社のシネマ業界への傾倒から消滅していく運命でした。しかし戦前戦後を生き抜いて念願の光学製品に没頭できた人生は、まさに
栄光の日々だったのではないでしょうか・・引退してから5年後の1973年に75歳でその生涯を閉じています。

ちなみに会社売却先のFrank G. Back博士は有名な現代物理学の父とも呼ばれるノーベル物理学賞受賞のアインシュタイン博士の友人でもあり、2人はこぞってKilfittが造り出す光学機器に高い関心を抱いていたようです (特に光学顕微鏡など)。

  ●               ● 

【モデルバリエーション】
オレンジ色文字部分は最初に変更になった諸元を示しています。

Heinz Kilfitt München Kilar 90mm/f3.5 C1952年発売
モデル系列番号:212-xxxx
光学系構成:3群4枚テッサー型
絞り羽根枚数:14枚
f値:f3.5〜f32
最短撮影距離:0.78〜∞
マウント種別:L39

Heinz Kilfitt München Makro-Kilar 90mm/f2.8 C1956年発売
モデル系列番号:219-xxxx (シングルヘリコイド)
光学系構成:3群4枚テッサー型
絞り羽根枚数:16枚
f値:f2.8〜f32
最短撮影距離:0.3〜∞
マウント種別:M39 (シルバー/ブラック)

Heinz Kilfitt München Makro-Kilar 90mm/f2.8
モデル系列番号:219-xxxx (ダブルヘリコイド) ★★★
光学系構成:3群4枚テッサー型
絞り羽根枚数:16枚
f値:f2.8〜f32
最短撮影距離:0.13〜∞
マウント種別:M39 (ブラックのみ)

ZOOMAR MÜNCHEN MACRO-ZOOMATAR 90mm/f2.8 (1968)
モデル系列番号:301-xxxx (シングル)/243-xxxx (ダブル)
光学系構成:3群4枚テッサー型
絞り羽根枚数:16枚
f値:f2.8〜f32
最短撮影距離:0.3 (0.13)〜∞
マウント種別:M39

当初1952年に発売された開放f値「f3.5」モデルは、マクロレンズとして設計していない為 (単なるポートレートレンズ) モデル系列番号が異なります。
またマウント種別に「L39/M39」2種類が存在しますが「L39」がライカ判ネジ込み式である (つまり距離計連動方式) のに対し「M39」は単なる接続マウント (外径:39mm/ピッチ:1mm) なので、規格上はライカ判と同じネジ込み式ですがフランジバックなどが異なります。つまりそのまま「L39」マウントのつもりで装着してもピンボケのままになるので注意が必要です。

ここからの解説が今回の新発見であり、当方にとってはこのような考察の補完が本当に楽しいですね(笑)

今回扱うモデルはHeintz Kilfitt München製『Makro-Kilar 90mm/f2.8 black (NF)』ですが、上のモデルバリエーションで”★★★“を附しています。

各モデルバリエーションは必ず「モデル系列番号」が決まっており「3桁の数値」で示されています (グリーンの数値で明記)。そしてこの「モデル系列番号」は製造番号の先頭番号にもなっています (例:219-xxxx)。

今回の新発見は”★★★“の部分になりますが、何と「同一のモデル系列番号のまま仕様だけが変わっている」のです。例えば焦点距離40mmのMakro-Kilarでも必ず仕様の変更は「モデル系列番号の相違を伴うルール」だったのに、それを踏襲していません。

逆に言うと「モデル系列番号219」には、シングルヘリコイドとダブルヘリコイドの2つのバージョンが存在していることになります。当然ながらそれぞれで最短撮影距離が異なり・・「シングルヘリコイド30cm」に対し「ダブルヘリコイド13cm」です。

さらに細かく見ていくと筐体の意匠も僅かに変わっており、絞り環や距離環ローレット (滑り止め) 部分など設計自体が違います。またシングルヘリコイドモデルは「シルバー/ブラック」の2色で筐体が存在しますが、ダブルヘリコイドのほうは「ブラックのみ」です。

これらの事柄から「モデル系列番号219」だけは、後に仕様 (設計) 変更してしまったモデルなのではないかと考えています (製産自体を変えてしまった為それ以降シングルヘリコイドのタイプが出荷されなくなったと言う意味)。これはおそらく当時のムービー市場の需要に添った変更だったのではないでしょうか。

ロマンが膨らみます・・(笑)

  ●               ● 

一部の某有名サイトでズームレンズの「ズーム」と言うコトバが、このKilfittシリーズの最後の会社名「ZOOMAR」社から派生した言葉であると解説していますが、それは違います。

Zoom Lens Historyによると「ズーム」と言うコトバは、既に1932年時点で放送機材業界で使われていたようですが、数多くのサイトで間違った案内がされているとのことです。

そこで調べてみると、ズームの概念の一つである焦点距離の延伸 (延長) の考え方が1902年時点でパテント登録されており (右図)、それはもとを正せばイギリス人数学光学天文学者のPeter Barlow (ピーター・バロー) による発想「バローレンズ (焦点距離の延伸/延長)」概念で基本的な考え方が開発されていたようです。

さらに最終モデルの会社「ZOOMAR」社の創始者Frank G. Back博士は、自らズームレンズの開発設計は一度もしておらず、単にそれら光学製品のテレビ放送業界への浸透に汲みしたことから「ズームレンズの父」と呼ばれていると解説しています。

この焦点距離の延伸 (延長) と言う概念は、後にVariable focal length lens (バリフォーカル
レンズ:可変式焦点距離レンズ) の礎に繋がり、まさにズームレンズの発展へと展開していきますね。

光学系は典型的な3群4枚のテッサー型構成です。「屈折率を10%台まで向上させる」為に光学系の第1群 (右図の左端) と第3群貼り合わせレンズに「ランタン材 (原子番号:57の希土類元素の一つ)」を光学硝子成分に配合しており僅かに「黄褐色化」しています。「シングルヘリコイド」タイプを以前オーバーホールした際に計測したのが右の構成図です。

貼り合わせレンズ
2枚〜3枚の光学硝子レンズを接着剤を使って貼り合わせて (接着して)
一つにしたレンズ群

そして今回の「ダブルヘリコイド」タイプの構成図が右図になります。もちろん同様に第1群 (前玉) と第3群 (後玉:貼り合わせレンズ) に
ランタン材」を含有しているので、光学系内を覗き込んだ時に
黄褐色化」して見えます。

 

↑上の写真は今回の個体の光学系を取り出して「UV光の照射」を行った時のその前後の相違を撮影していますが、ご覧のとおりUV光を照射しても何ら「黄褐色化」の度合いに変化が起きていません。もしも仮に光学硝子材に「酸化トリウム」を含有していた場合は、UV光の照射で「黄褐色化」を低減させることが可能なので、今回のモデルの光学硝子材には「ランタン材」を含有しているとの考察が適切ではないかと考えています。

さらにこの光学性能を裏付ける要素として「アポクロマート仕様」である点があります。厳密に入射光の3波長に対して軸上色収差を補正し、さらにそのうちの2波長に対しては球面収差とコマ収差を解消している状況を「アポクロマート (apochromat)」と呼び、凸凹凸3つの色消しレンズの組み合わせにより実現しています。

Makro-Kilarシリーズ」の中にはレンズ銘板に3色ドット「」が附随するモデルがあり
(初期モデル)、また今回のモデルのように後には「」刻印に変わっています。3波長の 軸上色収差の補正は、その補正順により「」から「」へと設計概念が次第に変わっているようです (後期には初期の頃の順で設計したモデルが存在しない)。この色の並び順の相違は、その違いが補正の順序なのか、或いは補正の重要度なのか、各色で波長が違うとなれば自ずと光学系の設計時に補正の度合いまで加味して設計する必要性があるのではないかと 考えています。

従って単なる色の並び順の相違に非ず「アポクロマートの設計の相違を表している」ものとして当方では受け取っています (つまり並び順が混在して製産されていない/新旧モデルの相違の違いに一致する)。

この「シングルヘリコイド」の光学系構成について、そのサイズを
調べると当時のカタログに載っている構成図と寸分違わぬ正確さなのですが、そのカタログを見てもやはり「シングルヘリコイド」の内容しか載っていません (但し1:1等倍撮影が可能と説明している)。

各種マウントに対応可能であり、その変換マウントがフランジバック調整を兼ねているので確かに等倍撮影まで実現できます。

しかしどうして「ダブルヘリコイド」の案内が埋もれてしまったのでしょうか・・謎は深まります。




上の写真はFlickriverで、このモデルの特徴的な実写をピックアップしてみました。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。

一段目
左端からシャボン玉ボケが破綻して円形ボケへと変わっていく様をピックアップしていますが、このモデル「Makro-Kilar 90mm/f2.8」の特徴的な円形ボケは「玉ねぎボケ」と俗に呼ばれている「二重の輪郭を伴う円形ボケ/シャボン玉ボケ」です (上の写真で言えば右側2枚にその兆候が現れている)。左側の2枚はワザと敢えて普通のシャボン玉ボケに近い実写をピックアップしています (普通のシャボン玉ボケも表出させられると言う意味)。

二段目
この段では収差の影響を強く受けた為に円形ボケが特徴的になってしまった実写をピックアップしました。左端のこの塊のような円形ボケの表出は一般的なオールドレンズではムリだと考えます (マクロキラー90mmだけの特徴)。「玉ねぎボケ」が多く出てきますがピント面をトロトロボケにする事ももちろん可能です。

三段目
ピント面のインパクトについて特徴的な実写をピックアップしました。マクロレンズだからと言ってフワフワのソフトな印象のトロトロボケだけが特権だけではありません。鋭いピント面と共に被写体の素材感や材質感をキッチリ写し込む質感表現能力が高いからこそ、非常にリアルな表現性を残せます。

四段目
左端は一般的なオールドレンズ同様に鈍いボケ味を使って空間表現が可能なことを示した実写として載せています。もちろん人物撮影にも向いていますし開放f値「f2.8」ながらも被写界深度がとても浅い (狭い) のも特徴です。上手く使えば開放撮影時にピント面にビミョ〜なハロを附随させることも可能ですね。

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。焦点距離40mmのマクロキラーも含めて、このようにバラバラに完全解体できる整備者と言うのは、実はそれほど多く居ません。

別に完全解体せずとも、光学系はたかが3群4枚のテッサー型ですから容易に取り出して清掃できます(笑) しかし当方はパラさずに残ってしまう経年の揮発油成分や、除去しなかった構成パーツの酸化/腐食/錆びなどのほうが気になってしまいます。それらを可能な限り除去することで不必要なグリースの塗布を避け、その結果光学系の特にコーティング層の寿命を延ばしたいと言う思惑があります (できるだけオリジナルの製産時点のコーティング層を残し続けたい)。

当方の「DOH」の目的はオールドレンズの「延命処置」ですが、その結果は光学系の特にコーティング層の状態維持に他なりませんね (写真撮影の道具ですから)(笑)

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルはヘリコイド (オス側) が別に存在し独立しています。

そもそもヘリコイドの駆動方式として「回転式繰り出し方式」を採ってきたので、距離環を回すとグルグルと鏡胴が360度回りながら繰り出され、その時に絞り環/プリセット絞り環も一緒に回転していく為、絞り指標値が2箇所に刻印されています。一番最初は取っつきにくいですが(笑)、すぐに慣れてしまいこれはこれで扱い易く感じます。

絞り羽根には表裏に「キー」と言う金属製突起棒が打ち込まれており (オールドレンズの中にはキーではなく穴が空いている場合や羽根の場合もある) その「キー」に役目が備わっています (必ず2種類の役目がある)。製産時点でこの「キー」は垂直状態で打ち込まれています。

位置決めキー
位置決め環」に刺さり絞り羽根の格納位置 (軸として機能する位置) を決めている役目のキー

開閉キー
開閉環」に刺さり絞り環操作に連動して絞り羽根の角度を変化させる役目のキー

位置決め環
絞り羽根の格納位置を確定させる「位置決めキー」が刺さる環 (リング/輪っか)

開閉環
絞り羽根の開閉角度を制御するために絞り環操作と連動して同時に回転する環

↑16枚の先見の明たる「フッ素加工が施された絞り羽根」を組み込んで絞りユニットを完成させます。

前述のとおり、このモデルは距離環を回すと絞り環まで一緒にグルグル回ります。つまり「ピント合わせした後の絞り環操作で距離環まで動いてしまう」事に気がつかないとダメです。

ピントがあった後のボケ具合をイジっただけでピントがズレてしまいピンボケ写真を乱発・・などと言う事になり兼ねませんね(笑)

と言うことは距離環のトルクと絞り環のトルクの整合性を執らないと使いにくくなる」点に整備者が気がつかないとダメだと言っているのです。距離環のトルクを絞り環のトルクよりも「重め」或いは抵抗/負荷/摩擦が掛かるように仕上げないとダメですし、逆に言えば絞り環の操作性 (トルク) は距離環よりも「軽く」なっていないとダメですね。

もしもこの文章を読んでピンと来なかった人は「回転式繰り出し方式」をまだ理解できていないと考えたほうが無難です。何故なら一般的なオールドレンズの多くのモデルは「直進式繰り出し方式」のヘリコイド (オスメス) だからです (距離環を回しても鏡筒がズ〜ッと直進して出てくるだけ/回転しない)。

↑たかが3群4枚のテッサー型光学系を実装しているだけですが、ご覧のとおり光学系の格納位置が深いので鏡筒自体が長い (深い) 設計です (上の写真上側が前玉側方向)。

↑ここで先に光学系前後群をセットしてしまいます。まずは第1群〜第2群の前群を組み込みました。

↑次に光学系後群ですが第3群の後玉だけですね。

↑完成した鏡筒にプリセット絞り環と絞り環を組み込んでいきます。このモデルは「プリセット絞り方式」なので、事前に撮影前に予め設定絞り値をセットする概念で設計されています。

↑焦点距離40mmのマクロキラーも含めて、この「プリセット絞り環/絞り環」の微調整が適切ではない個体があったりします。「プリセット絞り環」の操作自体はクリック感を伴うのですが、隙間が空きすぎていたり逆にクリック動作が硬かったりと使い勝手に影響する問題があったりします。

すると前述のように「距離環のトルクよりも軽い操作性に仕上げたい」ワケですが、その為には「絞りユニットの平滑性」が重要な話になってきます。絞り羽根が最小絞り値方向に重なっていくと (つまり絞り環を最小絞り値まで回すと) 重いトルクに至る点を考慮しないと、最終的なトルク調整に繋がりません。

しかし絞りユニットは既にこの鏡筒内に組み込みが終わっています・・。

すると「絞りユニットの駆動が平滑」である前提のもと、これら「プリセット絞り環/絞り環」のトルク調整ができるワケで、オールドレンズの整備作業とはこのように各部位の仕上がりだけで進められるものでもなく、それぞれとの連係の中で「どのようにチカラが伝達されていくのか」が非常に重要になってきます。

↑鏡筒にヘリコイド (オス側) の「三段目」をネジ止めします。

するとこのヘリコイド (オス側) にネジ止めされているのが鏡筒なので、このモデルの絞り羽根をバラしたいと考えた時、このように完全解体しなければ絞りユニットを取り出せない事になりますね。何故なら、ヘリコイド (オスメス) の内側に (内部に) このネジが入ってしまうので、取り出すことができないからです (後玉のほうにこのネジが一切露出しないから取り出さない限り鏡筒は外せない)。↑ヘリコイド (オスメス) の第一段目〜第三段目までをオスメスのセットでネジ込んだところです。このモデルは「ダブルヘリコイド方式」なので、都合三段分の繰り出し量になりますね。グリーンのラインで示した部位が格納時に収納されていくヘリコイド (オスメス) になります。

これらダブルヘリコイドの組み込み工程は申し訳御座いませんが企業秘密なので公開できません(笑)

↑全てのヘリコイド (オスメス) が格納されるとこのようにコンパクトになります。この後は距離環を仮止めしてから無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行えば完成です。

修理広告DOHヘッダー

ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑完璧なオーバーホールが完了しました。Heintz Kilfitt München製のポートレートマクロ『Makro-Kilar 90mm/f2.8 black (NF)』をここまで完成度の高い状態で微調整して仕上げられる整備者がどれだけ居るのでしょうか (そのように明言できてしまうほどの仕上がりです)。

↑開発設計者のHeintz Kilfitt氏は、フィルターの装着位置を「光学系第1群 (つまり前玉) の直前」のみ認めていました。その関係から上の写真の解説のとおり「フロントベゼル」が存在し、そこにフィルターをセットするような仕様になっています。グリーンの矢印で指し示した箇所が押さえ込み方式 (押さえ込み板) になっているので、ここにフィルターをハメ込むだけですね。

セットできるフィルターは「series VI (シリーズ6)」のフィルターであり「外径⌀41mm厚み:4mm」になります

フィルターを装着した「フロントベゼル」は、そのままの状態で本体にネジ込んでセットします (ブルーの矢印)。

↑光学系内の透明度が非常に高い状態を維持した個体です。LED光照射でもコーティング層経年劣化に伴う極薄いクモリすら皆無です。

長めの微細なヘアラインキズ (2cm長) 1本と短いヘアラインキズが数本、光学系内の第2群表面に残っています。

↑光学系後群側もLED光照射で極薄いクモリが皆無です。

解説のとおり「M39スクリューマウント」が本体側のマウント規格ですが、これは「単なる接続マウント」にすぎないのでライカ判「L39マウント」ではありません。

↑上の写真は、ミニスタジオで疑似的に撮影した「玉ねぎボケ」です。ご依頼者様はご存知ですが、当初バラす前の状態ではこの「玉ねぎボケ」の内側に汚く斑模様の点状が入っていました (オーバーホール後はご覧のとおりキレイに消えています)。この汚く見えていた斑模様の犯人は「光学系第2群のカビ」です。

ご依頼者様が当初この個体を入手された際のオークション出品ページには「カビ無し」と明記されていましたが、立派なカビが発生していました(笑)

薬剤で除去したので現状キレイな「玉ねぎボケ」をお楽しみ頂けると思います・・。

↑16枚の絞り羽根もキレイになり「プリセット絞り環/絞り環」共々確実に駆動しています。ご覧のとおり「完璧に真円の円形絞り」として最後まで閉じていきます。

ここからは鏡胴の写真になりますが、経年の使用感が僅かに感じられるものの当方にて筐体外装の「磨きいれ」を施したので大変落ち着いた美しい仕上がりになっています。「エイジング処理済」なのですぐに酸化/腐食/錆びが生じたりしません。

この当時の旧西ドイツ製オールドレンズは、その多くのモデルでどう言うワケか「塗膜が薄い」と言う共通点があります (同じ時期のロシアンレンズも同様塗膜が薄い)。例えばSchneider-Kreuznach製にしてもStinheil製もA.Schacht Ulm製も、黒色鏡胴のモデルは全てその焼付塗装の塗膜が薄いので、下手に磨きすぎると剥がれてしまいます。

ところが同じ時期に製産された日本製オールドレンズは、鏡面仕上げの塗膜面もシッカリ厚みを持っているので安心して磨くことができます。このような部分にもお国柄なのか違いが出てきますから、ちゃんと「観察と考察」を進めると意外な事実が浮かび上がり楽しいですね(笑)

もちろん今回のオーバーホールではそれを留意してちゃんと「磨きいれ」してあるので、ご依頼者様は現物を手に取ればピッカピカに仕上がっているのがお分かり頂けると思います(笑)

ちなみに、旧西ドイツのKilfitt製品は全て「青紫赤紫」を基調にした濃淡で黒色に至っていますから (鏡胴が青紫で距離環が赤紫)、例えばフランスのP.Angenieux Paris製オールドレンズも同様「青紫」の濃淡で黒色に至っています。日本製オールドレンズで言えば、当時のフジカ製モデルが同じですね(笑) 溶剤で拭いた時に塗膜面を光に反射させるとちゃんと「青紫色」に光り輝くので分かります。中には「濃い緑色」を基調色とした黒色を採用している光学メーカーもありますから、パッと見で黒色に見えますが「マットな漆黒の黒色」と言う焼付塗装は、実はマットな反射防止塗膜しかなかったりします。

↑塗布したヘリコイドグリースは「黄褐色系グリース」の「粘性中程度」だけを塗っています。ある程度のトルクを与えないと距離環を回すのがスルスル (スカスカ) 状態になり兼ねませんから調整しています。

実は当初届いた現物をチェックしていて「あれ? 距離環の刻印が最短撮影距離5.5インチになっている?」と気がつきました。つまり「1:1の等倍撮影モデル」の指標で距離環が刻印されていることに気がついたワケです(笑)

しかし、届いた現物はどう距離環を回してもヘリコイドが一段分しか出てきません (つまり
シングルヘリコイド状態
)。これでは「1:2のハーフマクロ」にしかなりません。

「???・・???」

さんざんイジリ回してもヘリコイドの繰り出しに変化は無く、ご依頼者様のメールを読んでも当初入手時のオークションページを確認しても、この個体のヘリコイドはシングル分しか繰り出していませんでした。

しかも当方の思い込みが邪魔して「この当時のモデルはシルバー鏡胴モデル同様ハーフマクロでしょ?!」との考えが先行してしまいます。

では何でコイツは1:1刻印しているんだ?!

一段分しか繰り出さないシングルヘリコイドと距離環の刻印との整合性が無い現実に、ひたすら頭の中が「真っ白」状態(笑)

それはそもそも今回の個体の「モデル系列番号219」が当方の頭を思考停止状態にしてしまったのです。

何故なら、冒頭解説のとおり「219」はシングルヘリコイドのモデルバリエーションで使っている番号だからです (シルバー鏡胴モデル)。

そこでようやく「アンタ間違って認識しているでしょ?!」と自らの非を認める気持ちになりました(笑)

上の一覧はネット上で調べた製造番号をもとにした状況です (サンブル数45本)。

すると「モデル系列番号219」なのに最短撮影距離の相違 (つまりは倍率の相違) が顕在し且つ製造番号のシリアル値に沿っておらず、アポクロマートの表記まで変わっています。
(一覧の 部分)

逆に言うと、 部分の直前まではちゃんと製造番号シリアル値に則りレンズ銘板の「」或いは「」刻印の別が混在せずに分かれているのです。つまり「混在」と表記している箇所の項目のみシリアル値に則らずにバラバラに混じっている状況と言えます。

従って、製造番号に関してはシリアル値で管理すると共に「事前割当制で付番」していた事が推測できるので混在してしまうのは予測できますが、最短撮影距離の相違 (倍率の違い) は光学系の設計に基づく為、製産ラインを変更しているハズです。

そのタイミングでアポクロマート表記も変更になるワケで辻褄が合いますが、後の「モデル系列番号243」の仕様を「219」の途中から作っていた事が覗えます。このような変則的な製産は、Heintz Kilfitt Münchenではこのモデルだけでしか確認できていません
(他は全て仕様の変更=モデル系列番号の変更に合致している)

なお 部分で明示しましたが、製造番号の中でシリアル値側の桁数が1桁増えている個体が存在します。45本のサンブル数の中でたったの1本の実数なので、シリアル値側は何か暗号の意味合いを持たせているのかも知れません (純然たるシリアル値ではないという意味/29xxxの意味になり30本目を示す番号)。

また最後期のモデルの中でダブルヘリコイドは「モデル系列番号243」ですが、シングルヘリコイドのタイプが存在し「モデル系列番号301」です。しかし今回のサンプル調査では
1本もヒットしませんでした。

話が反れましたが、そのような経緯でヘリコイドの繰り出し状況に疑問を抱いた次第です。

↑話を戻して、届いた個体のヘリコイド繰り出し状況が「異常」であると言う結論が導き出された話をしたかったのです(笑)

そう判断しないと距離環刻印指標値の「1:1」等倍撮影の整合性がとれません。

そこでバラし始めたところ、どうやっても一段分しかヘリコイドは繰り出しません。しかしよ〜く観察すると、何ともう一つのヘリコイドが入っているではありませんか!(驚)

このモデルのヘリコイド筒はメス側の厚みが「僅か1.5mmの肉厚」しかありません。その肉厚の中に「メス側ネジ山」がネジ切りされているので、ネジ部の谷部分の肉厚はさらに薄い事になります。

ヘリコイド筒をバラしたところ最後のヘリコイド筒が「二重に重なっている」事に気がつきました。しかし、互いがビッチリ噛み合っていて全く微動だにしません。

仕方なく「加熱処置」を施す事6回(笑)、約2時間の奮闘の末にようやく咬んでいた「内ヘリコイド筒 (メス側)」が回り始めました。

2時間の時間を要して、且つ6回もの「加熱処置」を繰り返したのには理由があり、前述のとおり肉厚の非常に薄いアルミ材削り出しヘリコイド筒てすから、少しでも圧が掛かり過ぎて耐性を超過してしまうと「真円を維持しなくなる (つまりヘリコイド筒の変形)」危険が高かったからです。

従って焦らずにしぶとく何度も何度もゆっくりと作業を進めていった次第です。はたしてこの個体の出品者たる前オーナーが気がついていたのか否かは不明ですが、もしかしたら前オーナー自身もシングルヘリコイドだと思い込んでいたのかも知れません。

いずれにしても、このように曖昧でいい加減な考察しかできないのが当方なのは間違いないですから(笑)、如何に技術スキルが低く信用/信頼が低いのか、このブログをご覧の皆様も重々 ご承知置き下さいませ

偉そうな事を言っていて、この程度の輩なのです・・(笑)

確かに修行中の身の上ながらも、まだまだ未熟者である事を今回はイヤと言うほど思い知らされた感じです(笑)
(オーバーホールを始めて9年も経ったのにいまだにこのスキル止まり)

↑このモデルの事をご存知ない方の為に「プリセット絞り機構」を解説していきます。

プリセット絞り機構」は撮影でシャッターボタンを押し下げる前に、予め設定する絞り値 (ボケ具合) を決めておく概念ですね。従って「プリセット絞り環/絞り環」の2つの環 (リング/輪っか) が存在するワケですが、この配置を間違って認識してしまうと意味が分からないまま使うことになります。

このモデルでは上側の環 (リング/輪っか) が「プリセット絞り環」になりクリック感を伴う操作性になっています。またその直下に配されている絞り値が刻印されている環 (リング/輪っか) が「絞り環」であり、クリック感が無い「無段階式 (実絞り)」の駆動になります。

この「プリセット絞り環/絞り環」の区別を間違って認識してしまうと、解説を読んでも理解できませんから注意が必要です。

グリーンの矢印で指し示した基準「」マーカー位置にどの絞り値が合致しているのかが重要になってきます。

上の写真では開放f値「f2.8」の刻印が来ていますから、現状絞り羽根が完全開放していることを示しています (いちいち覗き込まなくてもここをチェックするだけで絞り羽根の開閉状況が分かるという意味)。

一方「プリセット絞り環」側にある基準「」マーカーも上の写真では開放f値「f2.8」に合致しているので、現状「プリセット絞り値はf2.8にセットされている」事を示しています (オレンジ色矢印)。つまりプリセット絞り環」側にある基準「」マーカーが居る絞り値が「設定絞り値」と言う話になります

今回の例では設定絞り値を「f5.6」にセットします。「絞り環」側のローレット (滑り止め/ジャギー) を保持して動かないようにしたまま上側の「プリセット絞り環」だけを動かして、クリック感を伴いながら「f5.6」位置まで移動させます (ブルーの矢印①)。

今回のオーバーホールでは絞り羽根の開閉動作に負荷を与えたくなかったので、この「プリセット絞り環側のクリック感」は多少硬めに調整しています。ここを軽くすると逆に「絞り環側の開閉動作が重くなる」か、或いは下手すれば隙間が空いたままと言う仕上がりになったりしますね(笑)

↑設定絞り値を「f5.6」にセットしたところです (オレンジ色矢印)。しかしこの時本体側の基準「」マーカーの位置 (グリーンの矢印) にはまだ「f2.8」が居ますから、絞り羽根は完全開放を維持したままになっています (覗き込まなくても分かる)。

絞り羽根が開放状態のままなので、ここで距離環を回してピント合わせを行います。ピントが合致したら設定絞り値まで絞り羽根を閉じてからシャッターボタンを押し込んで撮影します (ブルーの矢印②)。

↑シャッターボタンを押し込む前に都度、いちいち「絞り羽根を閉じる動作」が入るのが「プリセット絞り機構」の前提になりますね。

撮影が終わったら再び設定絞り値を開放に戻すので、まずは絞り羽根を完全開放状態に戻します。鏡胴側基準「」マーカー (グリーンの矢印) には設定絞り値「f5.6」が来たままなので (オレンジ色矢印)「プリセット絞り環/絞り環」丸ごと動かして絞り羽根を完全開放にします (一緒にくっついて動くからどちらを回しても良い:ブルーの矢印③)。

↑鏡胴側基準「」マーカー位置 (グリーンの矢印) に来ている「f2.8」が動かないよう、今度は直下の「絞り環」側ローレット (滑り止め) を指でシッカリ保持しながら、上の「プリセット絞り環」側を回して設定絞り値を「f5.6からf2.8へ戻す」作業を行います (ブルーの矢印④)。

設定絞り値が「f5.6」だったので「プリセット絞り環」側の基準「」マーカーが「f5.6」位置に居ます (オレンジ色矢印)。それを開放f値「f2.8」の位置までクリック感を伴いつつ回します。

↑最初の状態「開放f値f2.8」のプリセット絞り値に戻りました。ちゃんと鏡胴基準「」マーカー位置 (グリーンの矢印) に「f2.8」が合致し、且つ「プリセット絞り環」側の基準「」マーカーも居ます (オレンジ色矢印)。

つまりこの時、設定絞り値が「f2.8」ですから「プリセット絞り環/絞り環」両方ともそこからほぼ動きません。何故なら設定絞り値を「f2.8」にセットしたことになりますから、絞り羽根が開いてはダメですョね?(笑)

このように「プリセット絞り機構」とは、予め設定絞り値 (つまりはボケ具合) を事前に決めてセットしておく概念ですから、例えばプリセット絞り値が「f5.6」の時は「開放f2.8f5.6」の間を絞り羽根が無段階式 (実絞り) で開閉することになります。

一度プリセット絞り値をセットしてしまえば、その後は「プリセット絞り環/絞り環」は一緒に動きますから、単に鏡胴側基準「」マーカー位置まで「絞り羽根を閉じるか開くかの操作をするだけ」の話ですね。

ご理解頂けたでしょうか・・。

↑ここからは距離環側に刻印されている「長〜い長い矢印」について解説していきます。距離環が「無限遠位置」で突き当て停止している時 (グリーンの矢印)、まず最初に目安にするガイドライン (距離環に刻印されている白線の矢印のこと) は、一番下側を目安にします (赤色矢印)。

それでは距離環を回し始めて鏡筒を繰り出していきます・・ (ブルーの矢印①)。

↑距離環をグルグル回してちょうど一周したところを撮影しました。基準「」マーカー位置 (グリーンの矢印) に来ている距離環の刻印指標値が「0.3m」になっています (赤色矢印)。ちょうど最短撮影距離:30cmのハーフマクロ撮影時ですね。

さらに距離環を回してグルグルと繰り出していきます (ブルーの矢印②)。ここからガイド (目安) になる白線は2つ目の矢印になります (赤色矢印で指し示しているガイドライン)。

↑繰り出している途中で撮影していますが、白線ガイドラインの途中に「1:2」が刻印されています (赤色矢印)。続けて繰り出していきます ()。

↑撮影距離指標値「20cm」の位置まで繰り出しました (赤色矢印)。ここで2本目の白線ガイドラインは終わっていますから、ここからは1本目の白線ガイドラインが目安になり、そのガイドラインの「上側を参照する」ように刻んであるのだと考えます。

さらに繰り出しを続けます (ブルーの矢印④)。

↑1本目の白線ガイドラインの上側部分だけで見ていくと、確かにちゃんと「18cm」の距離指標値が刻印されています (赤色矢印)。

まだまだ繰り出しが続きます ()。

↑ヘリコイド筒は既に2つ目まで繰り出しが始まっています。距離指標値「15cm」まで到達しました (赤色矢印) が、まだ繰り出せます ()(笑)

↑ゆうやく距離環がカツンと突き当て停止しました(笑)

1本目の白線ガイドラインは最短撮影距離「14cm」の僅か先でス〜ッと消えています。「最短撮影距離13cm」の位置で突き当て停止したことを意味しますね (赤色矢印)。

実際の撮影では、いちいち距離環の刻印指標値をチェックしながら撮影する人は今の時代には居ないでしょうから(笑)、何の目安にも成り得ませんが、フィルムカメラ全盛時代の当時はこの白線ガイドラインのおかげで、例えばストロボ撮影時にも参考になりますしボケ具合の参考にもなっています。それは基準「」マーカーの左右に広がっている白線の延長線上に距離指標値が来るので、大凡の目安として絞り値 (ボケ具合) をとれますね。

長々と解説してきましたが、ちゃんとダブルヘリコイドの繰り出しで「1:1等倍撮影」が実現しました。

前述のヘリコイドグリースの解説で「黄褐色系グリース粘性中程度」だけで仕上げていますが、ご覧のとおりこのモデルは三段分の繰り出しになるダブルヘリコイドですから (最後の三段目はオス側が繰り出されているだけだから2組のヘリコイドセットになる)、一つ目のヘリコイド筒 (オスメス) から二つ目のヘリコイド筒 (オスメス) の繰り出しに移行する際、その都度ガツンガツンと抵抗/負荷/摩擦を感じていては使いにくくて仕方ありません。

従って、できるだけ無限遠位置〜最短撮影距離位置まで「完璧に均一なトルク感のまま」距離環を回す操作レベルを維持したいと考えたが為に「黄褐色系グリース粘性中程度」で最後仕上げました。

逆に言えばもっと軽い粘性の黄褐色系グリースを塗ったり、さらにもお目の粘性を塗ったりと都合6回のヘリコイドグリース塗り替え作業を行い、最終的に「このトルクなら絞り環操作しても違和感を感じない」として決定しています。

つまり無限遠位置〜最短撮影距離位置まで「完璧に均一なトルク感のまま」適度なトルクを与えつつ (感じつつ) しかし「絞り環操作してもピント位置がズレない」ように配慮しているワケです。

但しそうは言っても絞り値が「f16以降 (f16〜f32)」になると、さすがに絞り羽根の重なり具合から絞り環のトルクが僅かに重くなってきますから、その時に距離環が微動してしまいます。

これを絶対に動かないようにすると、今度は距離環のトルクがとても重いトルクに設定しないとイケマセンから、それはそれではたしてマクロレンズとしての操作レベルで考えた時にどうなのかと言うジレンマに挟まれます(笑)

このトルクについて、もしもご納得頂けない場合は大変お手数ですが「減額申請」にてご申告の上、ご請求額よりご納得頂ける分の金額を差し引き下さいませ。減額の最大値は「ご請求額まで (つまり無償扱い)」とし、当方による弁償などは対応できません。

申し訳御座いません・・。

無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

ご指示に従い無限遠位置などの設定は「K&F CONCEPT製NikonSONY Eマウントアダプタ」にて適合させています。

もちろん光学系の光路長調整もキッチリ行ったので (簡易検査具によるチェックなので0.1mm単位や10倍の精度ではありません)、以下実写のとおり大変鋭いピント面を確保できました。電子検査機械を使ったチェックを期待される方は、是非ともプロのカメラ店様や修理専門会社様が手掛けたオールドレンズを手に入れて下さい当方の技術スキルは低いのでご期待には応えられません

↑当レンズによる最短撮影距離13cm付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

この実写はミニスタジオで撮影していますが上方と右側方向からライティングしています。その関係でフードを装着していない為に絞り値の設定によりハレ切りが不完全なまま撮影しています。一応手を翳していますがハレの影響から一部にコントラスト低下が出てしまうことがあります (簡易検査具による光学系検査を実施済で偏心まで含め光軸確認は適正/正常)。

アポクロマート」レンズなのでご覧のとおり色ズレがありません (当たり前です)。またオート・ホワイト・バランスがOFFの撮影なので「黄色味がかった色合い」で写っていますが、これは光学系内の「黄褐色化」の影響もあります。オート・ホワイト・バランス (AWB) 設定で落ち着いた白色に調整できますが、僅かに階調表現にメリハリが残るのがこのモデルの特徴です。

↑絞り環を回して設定絞り値「f4」で撮影しています。

↑さらに回してf値「f5.6」で撮っています。

↑f値は「f8」に変わっています。

↑f値「f11」です。

↑f値「f16」になりましたが、まだ「回折現象」が現れていませんからたいしたものです。

 回折現象
入射光は波動 (波長) なので光が直進する時に障害物 (ここでは絞り羽根) に遮られるとその背後に回り込む現象を指します。例えば、音が塀の向こう側に届くのも回折現象の影響です。
入射光が絞りユニットを通過する際、絞り羽根の背後 (裏面) に回り込んだ光が撮像素子まで届かなくなる為に解像度やコントラスト低下が発生し、眠い画質に堕ちてしまいます。この現象は、絞り径を小さくする(絞り値を大きくする)ほど顕著に表れる特性があります。

↑f値「f22」です。この絞り値で (もぅほとんど閉じきっている状態) もまだ上の解像度を維持していますから、如何に光学系のポテンシャルが高いのかご理解頂けると思います。

↑前人未踏とも言いたくなるような(笑)、f値「f32」での撮影です。確かに「回折現象」が現れていますが、はたしてその影響だとパッと写真を見ただけで言い切れる画像でしょうか? 多少コントラストの低下は否めませんが、解像度はまだまだ十分ではないかと当方などは感心してしまいますね(笑)

当初バラす前の実写チェック時点で、このモデルにしてはほんの僅かですが「甘いピント面」のように感じました。バラしたところ光学系第2群の格納位置にマチが少し残っていたので、過去メンテナンス時に敢えてそう処置したのか或いは経年なのか原因は不明です。

またチェックを進めると第1群 (前玉) の締付環も経年で塗られてしまった反射防止塗料の固着が酷く、やはり最後まで締め付けできていなかったので今回のオーバーホールで一度剥がしてから再着色しています。

従ってご覧のような鋭いピント面に戻っています。

おそらくアメリカのZoomar社に買い取られる寸前に製産された個体ではないかと推察していますが、そもそもKilfittにとってはF.G.Back博士は友人でもあるので、お互いに波乱に満ちた戦前戦後を生き抜いてきただけに安心して自身の会社を譲り渡しのではないでしょうか。

このような先達の方々には本当に頭が下がります。情熱がそのように仕向けたのか、飽くなき探求心がそうしたのか、限りないレスポンスの追求に未だに素晴らしい製品としてこれら貴重なオールドレンズが通用していることに驚きを隠せません。

個体別に1本1本全ての光学性能をチェックしていた「」が右の写真ですが、本来なら最後の会社であるZoomar社のMünchen工場 (つまりKilfittの工場) に残されていたであろう光学系性能チャートです。

Kilfittが開発したフィルムカメラ「RoBoTシリーズ」のほうは、皮肉なことにその後も会社が残り続け、現在は「ROBOT Visual Systems GmbH」としてドイツでスピード違反取り締まり用カメラなどの供給元として現存しています。

会社は消滅しましたが、これから先50年100年と「Makro-Kilar」だけは偉業を成し遂げた
Heintz Kilfittの名と共に残り続けてくれることを願うばかりです。

大変長い期間に渡りお待たせし続けてしまい本当に申し訳御座いませんでした。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。