◎ aus JENA (カールツァイス・イエナ) Pancolar 50mm/f1.8 zebra《初期型》(M42)

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今回完璧なオーバーホールが終わって出品するモデルは、旧東ドイツの
Carl Zeiss Jena製標準レンズ・・・・
Pancolar 50mm/f1.8 zebra《初期型》(M42)』です。


この数日、寒暖の差が激しく体調が悪くて作業が滞っています。このモデルの当方での扱いは今回が累計で23本目にあたりますが、前回オーバーホール済でヤフオク! に出品した2017年から2年が経ってしまいました。特に敬遠しているワケではありませんが、光学系の状態 (特にカビの発生状況) や距離環を回す時のトルクムラの懸念まで考えると、なかなか状態の良い個体を手に入れられません。

ブラスαで、今回のモデル『初期型』は光学硝子材に「酸化トリウム」を含有した、俗に言う「アトムレンズ (放射線レンズ)」なので、経年による「ブラウニング現象」から極度に「黄変化」した個体が多いのが実情です。

これらについて順に解説していきたいと思いますが、実はこのモデルは当時併売されていた
下位格の標準レンズ「Tessar 50mm/f2.8 zebra (M42)」と一部パーツが共通化されていたことが伺えます。ネット上では誰一人そのような話を案内していないので、またいつものとおり「ウソばかり書いている」とSNSで批判されそうですが(笑)、その点もオーバーホール工程の中で解説していきたいと思います。

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まず光学硝子材に「酸化トリウム」を含有させた「アトムレンズ (放射線レンズ)」である点を解説していきます。

ヤフオク! などを見ていても、このPancolarシリーズについて「黄変化」しているかどうかをワザワザ明記して出品している出品者が多いですが、その「黄変化」は「ブラウニング現象」の結果、光学系内の光学硝子レンズが経年で「赤褐色化」に変質してしまった状態を指します。光学硝子材に含有している「酸化トリウム」と硝子材成分との化学反応から、長期間使われないまま保管していた場合に (つまり入射光が光学系内に透過されない期間が長い場合に)
生じてしまう現象です。

酸化トリウム」は放射性物質であり半減期の長さからいまだに放射線を放出していますが、そもそも普段食べている食品や建物内/屋外でも私達は自然被曝しています。

  • 日本人の身の回りの自然放射線量:年間被曝量2.1mSv (日本国平均)
  • 航空機による東京〜ニューヨーク間一往復:0.11〜0.16mSv
  • 胸部X線撮影 (1回):0.06mSv
    ※(公財)原子力安全研究会2011年版より
    ※mSv:ミリシーベルト

アトムレンズ (放射線レンズ)」などと言うとその被曝を怖がる方がいらっしゃいますが、撮影時の放射線量はレントゲン撮影時の凡そ70% (最大値) くらいと言われています (カメラ装着時後玉から10cmの距離で放射線量測定した場合)。オールドレンズなので、当然ながら製産されていた当時はフィルムカメラが装着対象でしたから、撮像面のフィルムに影響を来す放射線量には至りませんし、そもそも人体に対しての影響度も自然被曝の範疇に勘案されています。

ところが、保管期間が長いと前述のとおり「黄変化」してくる為に1970年代に入ると世界中の光学メーカーが「酸化トリウム」の含有をやめてしまいます。その背景は従前のモノコーティングからマルチコーティング化へ進歩した (つまり解像度も向上した) のと同時に、光学硝子材成分の厳格化や技術革新による光学硝子切削技術向上など、そもそも「酸化トリウム」を含有させる必要性が薄くなった与件もあるのかも知れません。

では何故当時「酸化トリウム」を光学硝子材に含有させていたのか?

答えは「屈折率の向上」で最大で20%ほど改善できていたようです (後に代替材として使われたランタン材は最大値で10%代の改善に留まる)。すると「酸化トリウム」の含有で鋭いピント面を得たほうが良いのか、或いは「黄変化」を嫌うのか (放射線被曝が怖いのか) などの選択肢が分かれると思います。

生活する上での自然被曝が避けられないとすると「アトムレンズ (放射線レンズ)」だからと怖がる必要性も薄い気がしますし、そもそも「外部被曝より内部被曝のほうが深刻」と言う点を考えれば、口にする食品に気を配るほうが安全なようにも思います (もちろん仕事の職種によっては普段から被曝量が多い人も居る)。

また「黄変化」で仮に光学系内が「赤褐色化」していた場合、今ドキのデジカメ一眼/ミラーレス一眼ならばカメラボディ側の「オート・ホワイト・バランス (AWB)」設定である程度は改善が期待できます (黄色っぽく写るのを抑えられる)。しかし、カメラボディ側AWB設定で黄変化を低減したとしても、オールドレンズへの入射光はそのまま透過して撮像素子面まで到達しますから、その「黄変化」のレベルに拠り「階調表現に影響が出る」ことをあまり案内していません。

つまりコントラストに影響を来すので、簡単に言えばコッテリ系の写りになり易くなりますが、実は白黒撮影する方にはそのほうがクッキリハッキリ写るので (ダイナミックレンジに効果的なので) むしろ好まれる場合もあります。

その意味では「何がなんでも黄変化はダメ」と言う捉え方は少々乱暴なようにも考えますし (ではランタン材含有のオールドレンズも僅かながら黄変化するのでどうするのか?)、描写性との天秤で考慮すれば良いだけにも受け取れます。

要はPancolarシリーズで鋭い描写性とコントラストの特徴を重視するなら「初期型」しかあり得ませんし、コントラストを大人しくしたいのなら「後期型」の黒色鏡胴でマルチコーティング化によるピント面の鋭さも確保できます。ひいて言うなら、むしろ「前期型」のPancolarが中途半端なポジショニングの描写性のハズなので、どうして市場で人気があるのか不思議に思うことも度々あります(笑)

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上の写真はFlickriverで、このモデルの特徴的な実写をピックアップしてみました。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。

一段目
左端からシャボン玉ボケが破綻して円形ボケへと変わっていく様をピックアップしましたが、光学系が典型的なダブルガウス型構成なのに意外にもキレイなシャボン玉ボケを表出できているところが新鮮だったりします。特に「酸化トリウム」含有の効果が出ているのかは分かりませんが、エッジがより明確化した円形ボケが出せるのは特徴的です。

二段目
背景ボケはワサワサと汚く乱れますし、下手すれば二線ボケのようにもなります (決して二線ボケだけではない)。然し基本的に背景ボケはトロトロに溶けていくので背景の使い方次第で収差ボケを活用したオモシロイ写真が残せる愉しみ感が堪りません。

三段目
左端の写真は「黄変化の有 (左) (右)」による写りの違いを載せてくれた有難い写真です。「黄変化」が残ったまま (つまり赤褐色化した状態のまま) だとさすがに黄色っぼく写りますね。ところが次の人物写真 (2枚) を見ると、白黒写真にした時に「黄変化」がダイナミックレンジに良い影響を与えているのが分かります。カラー写真に比して白黒のほうが滑らかで自然な階調表現に落ち着いて写っています (この効果の相違もオモシロイですね)。そして右端写真のとおり意外にもダイナミックレンジが広いので細部まで黒潰れしないままちゃんと写っています (つまり光学系の基本性能の高さが表れている)。

四段目
左端の「空間表現」或いは被写体の素材感や材質感を写し込む質感表現能力の高さなどはピント面の鋭さだけでは表現しきれない画全体的な要素なので、これもまた光学系の質の良さを物語っているように感じます。

光学系は典型的な4群6枚のダブルガウス型構成です。右図は今回バラして清掃時にデジタルノギスで計測しほぼ正確にトレースした構成図ですが、ネット上で案内されている構成図とはビミョ〜に曲率やサイズが違っていました。
(各硝子レンズのサイズ/厚み/凹凸/曲率/間隔など計測)

【モデルバリエーション】
オレンジ色文字部分は最初に変更になった諸元を示しています。

初期型」発売:1965年

距離環ローレット:ゼブラ柄
フィルター枠:二段に絞った形状
光学系:複層コーティング (酸化トリウム含有)
絞り羽根枚数:8枚

前期型」発売:1968年

距離環ローレット:ゼブラ柄
フィルター枠:ストレート形状
光学系:モノコーティング (酸化トリウム無し)
絞り羽根枚数:6枚

後期型」発売:1975年

距離環ローレット:ブラック鏡胴
フィルター枠:二段に絞った形状
光学系:マルチコーティング (酸化トリウム無し)
絞り羽根枚数:6枚

この中でゼブラ柄の「初期型」と「前期型」の見分け方について解説します。

 

モデル銘はどちらも「Pancolar 50mm/f1.8」ですが、実装している「絞り羽根枚数」が異なり「初期型8枚前期型6枚」それをチェックすれば確実ですが、外観からでも簡単に判別できます。

フィルター枠まで続く鏡筒カバー (グリーンのライン部分) がどのようなカタチをしているのかで判定できます。ゼブラ柄で且つフィルター枠に向かって一段すぼまっているのが「初期型」であり、同一径のままが「前期型」です。

どちらも最短撮影距離35cmなので同じなのですが、光学系の設計は別モノに変わっているので当然ながらその描写性も全く別です

↑上の表はPancolarの「初期型後期型」までを製造番号を基にサンプル110本ほどで調べた一覧です。

すると「初期型」は製造番号800xxxx辺りから始まっているようですが、流通している個体をチェックすると「前期型」が「初期型」の製造番号帯の中で混在して現れます (上の表で853xxxx〜)。これは853xxxxから一気に「前期型」にかわったのではなくバラバラに混在している状況なので、製産ラインを一斉にチェンジしたとは考えられません (一斉にチェンジしたのなら製造番号が密集しているハズだから)。

同様に「後期型」も「前期型」の製造番号帯の中でやはり混在しています (961xxxx〜)。またレンズ銘板のメーカー銘は「Carl Zeiss Jena/aus JENA」がバラバラに混在していますが「後期型」の「CARL ZEISS JENA DDR」では統一されています。

これらのことから製産ラインをチェンジしながら混在して製産していたのではなく、別工場で並行生産していたことが伺えますし、そもそも製造番号が工場別に生産前の段階で割り当てられていた「製造番号割当制」だったのではないかと推測しています。すると各工場で製産された出荷段階でレンズ銘板が附加されていた (製造番号が確定していた) と考えれば、それぞれのモデルバリエーションが途中で一時期混在していた理由が説明できます。

なお、レンズ銘板の「Carl Zeiss Jena/aus JENA」の違いは、国内流通品或いは東欧圏への輸出品が「Carl Zeiss Jena」銘で刻印され、アメリカを含む西欧圏への輸出品に対しては旧西ドイツ側のZeiss-Optonから課せられた制約から「Carl Zeiss」銘の表記ができなかった為に「aus JENA」としていたようです。

「aus (オウス)」はドイツ語で「〜製」のような意味合いなのですが、今回出品個体の製造番号から1968年10月の製産出荷品と推測できる為、1953年に旧東ドイツ側Carl Zeiss Jenaが耐えきれずに提訴してしまった「商標権裁判」が結審した1971年以前の話であり、敗訴が確定した1973年時点での和解策「出荷指向国/地域別に商標を変更する」定めが、実は既に実行されていた (制約を受け続けていた) ことが見えてきます。

逆に言えば、Carl Zeiss Jenaは商標権裁判の敗訴確定でも何ら変わらず1953年から続いていた制約に従い続けるハメに陥ったのではないかと踏んでいます。

ちなみにマウント面に電子接点を有する「electricモデル」は1965年〜1980年代までの間でバラバラに登場しますから、モデルバリエーションの変遷と捉えるよりも、市場の動向を見ながら都度製産していたのではないかと考えられます (黒色鏡胴モデルにも存在するから)。

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。このモデルが製産されていた当時に併売されていた下位格の「Tessar 50mm/f2.8 zebra (M42)」と内部構造はほぼ同一です。

左写真はそのTessarの写真を転載していますが、外観上はレンズ銘板と絞り環を見ない限りパッと見は同じオールドレンズのように見えてしまいます。

但し、これはあくまでもPancolarの「初期型」だけの話であり、この後に登場する「前期型」とは外観上Tessarは似ていません。

左写真は、当初バラした直後にそのまま撮影した光学系内各硝子レンズの「黄変化 (赤褐色化)」の状況です。

頻繁に撮影で使っていれば光学系内に入射光が入るので黄変化しにくくなりますが、保管期間が長いとご覧のように「赤褐色化」してきます (ブラウニング現象)。

左の写真は、当初バラした各硝子レンズにUV光の照射を24時間施した後の状態を撮りました。

赤褐色化」が紫外線によりほぼ除去されていますが、それでもまだ少し黄色っぽいのは「コーティング焼け」で経年による化学反応で、コーティング層が「レモンイエロー」に変質しています。

コーティング焼けはUV光の照射でも改善できないのでこのように残ってしまいますから、これから各硝子レンズが重なり合えば必然的に「黄色っぽくなる」ので「黄変化は半減程度」と言うことになりますね (但しUV光の照射で赤褐色化は除去できている状態)。

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒 (ヘリコイド:オス側) です。

左写真は当時併売されていた同じゼブラ柄のTessarから鏡筒部分を並べて撮影しています。

実際に鏡筒外径を計測するとほぼ同一なので、それは特にTessar側鏡筒 (右側) の肉厚を見れば納得できます。つまりTessarのほうが開放f値が暗いので (f2.8なので)、その分光学硝子レンズ外径サイズが小さい為に鏡筒の肉厚をとって調整していたのが分かります。

↑Pancolarシリーズ中唯一の「8枚の絞り羽根」を組み付けて絞りユニットを完成させます。

左写真は、如何に今回のモデル「初期型」の絞り羽根が小さくコンパクトなのかを示しています。

写真左側の2枚がPancolarで右端だけがTessarですから「初期型」の絞り羽根が細身に設計されているのがよ〜く分かると思います。

実はこのモデル「初期型」は絞り羽根を閉じていく時にスキマが空いているように見えてしまいます。もちろん入射光を完全に遮っているので隙間は生じていないのですが、そのように見える原因が「細身のカタチの絞り羽根」と言えます。

この細身のカタチに設計したが為に組付けの際に調整をミスると「絞り羽根の沈降現象」が起きてしまい、絞り羽根の開閉時に「互いに重なり合った時に水平を維持できなくなる」結果、先端部分が沈んで落ち込んでいく現象です (それでも隙間はやはり空かない)。然し絞り羽根の開閉幅 (開口部の大きさ/カタチ/入射光量) は狂ってしまうので絞り環絞り値との整合性がとれなくなります。

この現象を指摘している人は誰も居ませんが(笑)、簡易検査具でチェックしていて (だいぶ昔に) 発見した次第です。つまり細身の絞り羽根に設計してしまったことからそのような現象が発生するので、確実に各絞り羽根が水平を維持するようこのモデル「初期型」だけは調整する必要があります。

その意味で、単にバラして組み上げるだけでは適正な調整には至らないので「少々難易度が高い」モデルとも言えます。もちろん簡易検査具でチェックせずに組み上げるなら関係無い話ですが・・(笑)

なお、Pancolarシリーズの中でこの「初期型」だけが (細身にしてまで) 8枚絞り羽根に設計変更した理由があったハズです。それは光学系内を透過する入射光制御に於いて必然的な問題だったことが推察できますから、この絞り羽根枚数が唯一増えたモデルである点だけをみても鋭い描写性の追求が伺えます。つまりは光学硝子材に「酸化トリウム」を含有させて屈折率を向上させたが為に、入射光制御の問題から絞りユニットの設計変更を余儀なくされたと同時に、従前の最短撮影距離50cmから35cmまで短縮化を図ったことも影響していたと考えられます。

その意味で、当時のCarl Zeiss Jenaの意地を見せたモデルだったのではないかと感慨深くなりますね。

↑距離環やマウント部を組み付けるための基台です。

同様左写真はTessarの基台を並べて撮影しています。当然ながらPancolarとTessarでは開放f値が異なるので、基台側の切削は同一にはなり得ません。つまり絞り羽根の開閉幅 (開口部の大きさ/カタチ/入射光量) が違うので、その制御部分の設計が異なる為に同一になるハズがありません。

↑ヘリコイド (メス側) を無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。

↑完成している鏡筒 (ヘリコイド:オス側) を、やはり無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルは全部で11箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

↑ここで先に距離環を仮止めしてしまいます。

左写真はTessarの距離環をワザと積み重ねて撮影しましたが、ご覧のとおり全く同一です。

そもそも最短撮影距離が35cmでTessarも同じなので、鏡筒の繰り出し量をそれを見越して設計することで (つまりヘリコイドのネジ山の勾配をPancolarと変えることで) 同じ距離環を使えるよう「パーツの共通化」をしていたことがこれで分かります。

↑完成した基台をひっくり返して反対側を撮影しました。「直進キー」と言うパーツが片側だけに1本セットされます。

一般的なオールドレンズでは「直進キー」は距離環を回す際のトルクを均一にする目的から「両サイドに1本ずつ (合計2本)」設計することが多いですが、このモデルでは1本だけです。

つまり何を言いたいのか?

距離環を回すトルク調整はこの「直進キー」の調整如何にかかっていると言えるワケで、Tessar含めこの方式のモデルがヘリコイドグリースだけではトルク調整が難しい一面がある原因の一つです。逆に言えば、ヘリコイドグリースだけで距離環を回すトルク調整をしている整備の場合、数年でトルクが変化してしまう結果に至ります (何故ならグリースの経年劣化進行に伴いトルクが変化してくるから)。特に「白色系グリース」を使っている場合に手に入れた当初は滑らかだったのに、1〜2年でスルスルに軽くなってきたりするのが分かり易い例でしょうか(笑)

直進キー
距離環を回す「回転するチカラ」を鏡筒が前後動する「直進するチカラ」に変換する役目

↑絞り連動ピンの機構部を組み付けますが、連動する「プレビューレバー機構部」も同時にセットする必要があります。

マウント面から飛び出てくる「絞り連動ピン」が押し込まれると (ブルーの矢印①)、その押し込まれた量の分だけ「カム」が移動して () 同時に「プレビューレバー」も動きます ()。逆に「プレビューレバー」を操作するとマウント面の「絞り連動ピン」も押し込まれた状態まで引っ込むので互いに連係動作している機構部です。

実はTessar含め大変神経質な機構部で「絞り連動ピン/プレビューレバー」共に微調整機能を有している為、オーバーホールとなるとそれほど簡単なモデルではありませんが、Tessarを好んで整備してヤフオク! 出品している人が居ますから(笑)、さすがたいしたものだと感心してしまいます。

なお、ご覧のとおり「絞り連動ピン」はこの状態ではまだ一切固定されておらずフリーのままです (だから上の写真でも斜めって写っている)。

↑絞り環をセットしますが、その前にクリック感を実現している箇所を拡大撮影しました。ご覧のとおりカチカチとクリック感を実現しているのは鋼球ボールではなく「棒状のピンと板バネ」による設計ですから、ガチガチした堅めの印象のクリック感だったり、スカスカの場合などこの部位の調整が必要になります。

同様Tessarの絞り環と重ねて撮影しました。開放f値が違うので刻印絞り値の位置が違いますが、ゼブラ柄の切削が同じであることが分かります。

但し開放f値が異なればその制御部分の設計も自ずと違うので同一パーツにはなり得ません。

↑絞り環をセットしたところを撮っています。絞り環には「なだらかなカーブ」が用意されており、その坂部分 (勾配) にカムが突き当たる (ブルー矢印②) ことで具体的な設定絞り値に見合う絞り羽根の開閉角度が決まります。勾配の麓が最小絞り値側で、登りつめた頂上が開放側になります (グリーンの矢印)。するとマウント面の絞り連動ピンが押し込まれても () プレビューレバーを操作しても同じ動作になりますね。

↑マウントカバーを被せます。ここで初めて「絞り連動ピンが固定される」ワケで (赤色矢印)、この時正しく垂直状態を維持していれば、絞り環を回した時に適正な絞り羽根の開閉幅 (開口部の大きさ/カタチ/入射光量) で絞り羽根が開閉しますが、垂直を維持していない場合は「絞り羽根の開閉異常」に至ります。

つまり絞り連動ピンが垂直状態を維持しつつ適正な「なだらかなカーブ」の勾配にカムが突き当たって正しい絞り羽根の開閉角度に至ると言う連係動作なので、意外と真剣に調整し始めると、このモデルは (Tessar含め) 厄介な (神経質な) モデルです。

この後は光学系前後群を組み付けて無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行い、最後にフィルター枠とレンズ銘板をセットすれば完成です。

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ここからはオーバーホールが完了した出品商品の写真になります。

↑ハッキリ言って1〜2年に1本レベルでしかオーバーホール済でヤフオク! に出品しません (つまり次回出品は早くても1年後)。絞り羽根の開閉幅を簡易検査具でチェックせずにテキト〜整備で組み上げるなら面倒くさくないですが、真面目に突き詰めていくとなかなか一筋縄ではいかないのがこのモデルなので、そう頻繁に扱う気持ちにはなりません(笑)

その意味で、当方の心の中では「テッサーやっつけられたら一人前」と認識していますが、技術スキルが低い当方はいまだにテッサー如きで躓いたりしています(笑) 従ってとても1万円前半くらいの価格帯でテッサーの即決価格を設定してヤフオク! 出品する気にはなりませんね。
(当方にとってはテッサーも1日がかりで整備しているレベル止まりだから)

↑ご落札者様お一人だけが実感できますが、これでもかと言わんばかりの驚異的な透明度を維持した個体です。なかなか配慮してジックリ選んで調達しても、現物が手元に届くとガッカリと言うことも多いのですが、今回の個体は本当にラッキ〜でした(笑) もちろんLED光照射でもコーティング層の経年劣化に伴う極薄いクモリすら皆無です。

↑上の写真 (3枚) は、光学系前群のキズの状態を拡大撮影しています。すべて極微細な点キズを撮っていますが微細すぎて全部写りませんでした。

↑光学系後群側も極微細な点キズが数点あるものの驚異的な透明度は前群側と同じ状況です。やはり極薄いクモリは一切ありません

↑上の写真 (3枚) は、光学系後群のキズの状態を拡大撮影しています。すべて極微細な点キズを撮っていますが微細すぎて全部写りませんでした。

【光学系の状態】</B>(順光目視で様々な角度から確認)
・コーティング劣化/カビ除去痕等極微細な点キズ
(経年のCO2溶解に拠るコーティング層点状腐食)
前群内:9点、目立つ点キズ:5点
後群内:13点、目立つ点キズ:8点
・コーティング層の経年劣化:前後群あり
・カビ除去痕:あり、カビ:なし
・ヘアラインキズ:あり(前後群内)
・バルサム切れ:無し (貼り合わせレンズあり)
・深く目立つ当てキズ/擦りキズ:なし
・光源透過の汚れ/クモリ (カビ除去痕除く):なし
・その他:光学系内は微細な塵や埃が侵入しているように見えますが清掃しても除去できないCO2の溶解に拠る極微細な点キズやカビ除去痕、或いはコーティング層の経年劣化です。
光学系内の透明度が非常に高い個体です
(LED光照射でも極薄いクモリすら皆無です)
・いずれも全て実写確認で写真への影響ありません。

↑8枚の絞り羽根もキレイになり絞り環共々確実に駆動しています。絞り羽根が閉じる際は「ほぼ正八角形を維持」しています。

ここからは鏡胴の写真になりますが、経年の使用感が僅かに感じられるものの当方にて筐体外装の「磨きいれ」を施したので大変落ち着いた美しい仕上がりになっています。もちろんゼブラ柄のクロームメッキ部分も「光沢研磨」を施したので、当時のような眩い艶めかしい光彩を放っています。「エイジング処理済」なのですぐに酸化/腐食/錆びが生ずることもありません。

↑【操作系の状態】(所有マウントアダプタにて確認)
・ヘリコイドグリースは「粘性:中程度と軽め」を使い分けて塗布し距離環や絞り環の操作性は非常にシットリした滑らかな操作感でトルクは「普通」人によって「軽め」に感じ「全域に渡って完璧に均一」です。
・距離環を回すとヘリコイドのネジ山が擦れる感触が伝わる箇所があります。
・ピント合わせの際は極軽いチカラで微妙な操作ができるので操作性は非常に高いです。
・絞り環操作も確実で軽い操作性で回せます。

【外観の状態】(整備前後関わらず経年相応の中古)
・距離環や絞り環、鏡胴には経年使用に伴う擦れやキズ、剥がれ、凹みなどありますが、経年のワリにオールドレンズとしては「超美品」の当方判定になっています (一部当方で着色箇所がありますが使用しているうちに剥がれてきます)。

↑このモデルのピントの山がアッと言う間なので、ピント面の前後で微動させる際に距離環を回すトルクが重いとピント合わせし辛い印象になる為、今回のオーバーホールではワザと (故意に) 軽めのトルク感に仕上げています。逆に言うと、それだけピント面が鋭いモデルだと言えるワケで、そういう部分に光学系の基本性能はもちろん「酸化トリウム」を含有した効果が出ているのかも知れませんね。

絞り羽根の「沈降現象」も生じることなく、確実に開閉します。

無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

なお、距離環が無限遠位置の時 (つまり∞刻印の位置の時)、後玉が最も収納された状態ですから左写真のように突出しています。最大で「3.6mm」になりますからカメラボディ側ミラー干渉などにご留意下さいませ (グリーンのライン)。

↑当レンズによる最短撮影距離35cm付近での開放実写です (実際は少し離れて全景が入る位置で撮っています)。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

AWB設定OFFなので「黄変化が半減」している分、黄色っぽい写真になりにくく改善されているのがお分かり頂けると思います。この程度の黄変化の影響度であればカメラボディ側AWB設定でキレイなホワイトに改善できますし、そもそも光学系内を透過する入射光は画質面のコントラスト影響度も同時に低減していると言えるワケです。

なお、再び保管期間が長くなってしまい黄変化が進行した場合は、直射日光に丸一日曝せば紫外線で低減させることが可能ですが、夏場は逆にオールドレンズ内部のヘリコイドグリース劣化を促す (高温下で影響を受ける:耐熱温度120度まで) 結果に至るので、避けたほうが良いと考えます。

「後期型」の黒色鏡胴になると光学系が再設計され5群6枚に変わる (コーティング層もマルチコーティング化される) 為、描写性はこの4群6枚のダブルガウス型とは変わってしまいます。残存収差の面白みを狙うなら (期待するなら)「初期型前期型」までのゼブラ柄が好ましいですし、端正な描写性を望むなら「後期型」のほうが適しています。

然しそうは言ってもCarl ZeissのPlanarのようなトロトロボケをこのPancolarに期待するには少々ムリがあるので、描写性としては画全体的にナチュラルでマイルド感タップリな前身の「Pancolar 50mm/f2」に対して、如何にも旧東ドイツのオールドレンズ代表格的なコントラスト/発色性と鋭いピント面を併せ持つ「初期型」或いはさらに鋭いピント面とバランスの良い (残存収差を低減させてしまった) 描写性の「後期型」と言う棲み分けになるでしょうか (前期型の特徴は描写性能を低減してしまった為に正直Pancolarシリーズの中にあって少し浮いた存在との印象です)。

その意味でPancolarシリーズは当時の意地を見せた「初期型」と完成の域に到達した「後期型」と言うのが当方の感想です (いずれもPENTACON auto 50mm/f1.8 MULTI COATINGとは別モノの描写性)。

この実写はミニスタジオで撮影していますが上方と右側方向からライティングしています。その関係でフードを装着していない為に絞り値の設定によりハレ切りが不完全なまま撮影しています。一応手を翳していますがハレの影響から一部にコントラスト低下が出てしまうことがあります。しかし簡易検査具による光学系の検査を実施しており光軸確認はもちろん偏心まで含め適正/正常です。

↑絞り環を回して設定絞り値「f2.8」で撮影しています。

↑さらに回してf値「f4」で撮りました。

↑f値は「f5.6」に変わっています。

↑f値「f8」になりました。

↑f値「f11」です。

↑f値「f16」になっています。

↑最小絞り値「f22」での撮影です。最小絞り値でも「回折現象」の影響が少ないのがさすがです。

回折現象
入射光は波動 (波長) なので光が直進する時に障害物 (ここでは絞り羽根) に遮られるとその背後に回り込む現象を指します。例えば、音が塀の向こう側に届くのも回折現象の影響です。
入射光が絞りユニットを通過する際、絞り羽根の背後 (裏面) に回り込んだ光が撮像素子まで届かなくなる為に解像力やコントラストの低下が発生し、ねむい画質に堕ちてしまいます。この現象は、絞りの径を小さくする(絞り値を大きくする)ほど顕著に表れる特性があります。