◎ ISCO-GÖTTINGEN (イスコ・ゲッチンゲン) WESTRON 35mm/f3.5《後期型》(M42)

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今回完璧なオーバーホールが終わって出品するモデルは、旧西ドイツのISCO-GÖTTINGEN社製広角レンズ『WESTRON 35mm/f3.5《後期型》(M42)』です。

今までに総金属製の「前期型」モデルはオーバーホール/修理の経験がありますが、筐体外装がエンジニアリング・プラスティック製に変わった「後期型」モデルは今回のオーバーホールが初めてになります。「前期型」はゼブラ柄の総金属製ですし開放f値「f2.8」のモデルもあるので市場で相応に人気がありますが、こちらのf値「f3.5」のしかも「後期型」はほとんど人気がありません。しかし、描写性は同じであり少々大きめの筐体サイズからコンパクト化された「後期型」をエンジニアリング・プラスティック製と言えども今回は扱ってみました。

ISCO-GÖTTINGEN (イスコ・ゲッチンゲン) 社は旧西ドイツの光学メーカーですが、同じ旧西ドイツの老舗光学メーカーSchneider-Kreuznach (シュナイダー・クロイツナッハ) 社の100%出資による完全子会社として、戦前のドイツにて1936年に創業した会社です。民生用光学製品の設計や生産を目的として創設されたのではなく、当時のドイツ軍部の要請から政府指示で分社化された経緯があります。会社創設の真の狙いは、第二次世界大戦中のドイツ空軍爆撃機に装備する高性能な爆撃照準器 (光学式射爆照準機) や航空撮影器に使用する高性能なレンズの生産が当初の目的だったようですから意外な出発点ですね・・戦後はSchneider-Kreuznachが高級品路線だったのに対し、ISCO-GÖTTINGENは廉価版の格付で始終したようです。
Schneider-Kreuznach同様近年まで現存し続けていましたが経営難から紆余曲折を経て2004年には倒産してしまいます。その後再生を来たし2014年には再び親会社のSchneider-Kreuznachに再統合され現存しています。

光学系は5群5枚の簡易型レトロフォーカスになりますが、このモデルが独創的な光学設計を採っているのは別の要素です。

開放f値「f2.8」のモデルが別にありながらも欲張らずに「f3.5」に抑えてきたところに、今回のモデルの特徴があるワケで、いわゆる廉価版の格付ながらも筐体サイズをコンパクト化させた上で、その描写性と共に使い易さを兼ね備えたモデルではないかと考えています。

上の写真はFlickriverにてこのモデルでの実写を検索した中から特徴的なものをピックアップしましたが、左上から「開放時・ソフト・リングボケ・玉ボケ・逆光・発色」です (クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)。

例えば一番目の「開放時」では背景のボケ味 (煩さ) を活用して幻想的な雰囲気を醸し出していますし、二番目の「ソフト」ではピント面のハロを上手く活用しています。リングボケや玉ボケの先には背景がトロトロにボケた水彩画のような写真も写せるので、決して開放f値「f3.5」がデメリットだけではないことになります。そして、やはり「シアンに振れる」ことから来るブルーレッドの特徴的な発色性はインパクトがありながらも違和感を感じないヨーロピアン的な画造りを楽しめるのが特徴ではないでしょうか・・。

なお、モデル銘「WESTRON」はドイツ語なので「w」がラテン語/英語の「v」であり「ウェストロン」ではなく「ヴェストロン」です。また、このモデルのマウント種別に「M42」の他「exakta」と「L39」がありますが、特に「L39」に関しては確かにライカ判「L39」フォーマットなのですが、当時の旧西ドイツのカメラメーカー Braun (Carl Braun Camera-Werk) 社から発売されたPAXETTE専用マウントで、フランジバックが全く異なりますから装着できてもピントが合焦しません (ライカ:28.8mm/PAXETTE:44mm)。

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オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。内部構成パーツ点数が極端に少なく、さらにマウント面に「絞り連動ピン」が無いモデルですから、まさしく「初心者向け」と言えますが、組み立てには相応な「原理原則」を理解したスキルが必要です。

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒ですが、実は距離環やマウント部を組み付けるための「基台」も兼ねています。

↑鏡筒を立てて撮影しましたが、こんな感じで基台の要素を兼ね備えています (すべての構成パーツがここに組み付けられていくので基台と言える)。

↑8枚の絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させますが、マウント面に「絞り連動ピン」を有さない実絞りタイプのオールドレンズなので至って簡素です。実は今回の個体をバラしたところ過去メンテナンスが最低1回は施されているマーキングが既にあるのですが、絞りユニットの「開閉環」には開閉アームが刺さる「穴」が4個も用意されていました (一番的なオールドレンズには1個しかない)。何故に4個も穴が用意されているのか「???」でしたが、組み立てを進めていくと判明しました。

過去メンテナンス者はこのモデルの開放f値「f3.5」時の絞り羽根が開く位置をバラす前にチェックし忘れたのです。何を言っているのか分からないと思いますが、広角レンズに多い話です・・。

このモデルの光学系後群の硝子レンズ外径が絞りユニットのさらに内側に小さい内径で備わっていることをチェックしていなかったのです。つまり、絞りユニットに絞り羽根を組み付ける際に、開放時完全に開ききる位置でセットしてしまうと、組み上げ後に絞り環の設定絞り値「f4」でも絞り羽根が出てこない現象に至ります。この時、仮に内部を見ながら絞り羽根を開閉させると、ちゃんと絞り羽根が動いて閉じているのが見えるのですが、光学系後群の硝子レンズにまで差し掛からない位置までしか絞り羽根が閉じません。何故ならば絞り羽根が開きすぎているからです・・。

逆に言うとこのモデルの場合はf値「f3.5」の開放時、内部の絞り羽根は既に閉じ始めている状態にセットしなければ適正な開閉幅 (開口部/入射光量) になりません。これが「原理原則」を理解しているか否かの別れ道になるワケで、絞り羽根の「開放=完全に開いている状態」と思い込んでいると、過去メンテナンス者の過ちと同じ状況に至ります(笑) 過去メンテナンス時にそのミスがあったために「穴」を幾つも開けてムリに開放時の絞り羽根位置を詰めていったのでしょう・・今回は生産時に用意されている正しい「ネジ穴」を見つけて組み上げた次第です。

似たようなことは、例えば旧東ドイツのCarl Zeiss Jena製広角レンズ「MC FLEKTOGON 20mm/f2.8」でも同じで、絞り羽根を完全開放の状態でセットしてしまうと、絞り環を「f5.6」辺りまで回さないと絞り羽根が出てきません (つまり開放〜f4まで開放のまま)。

しかし、だとすると今回のモデルはむしろ後出しで設計されたのかも知れません。つまり、開放f値「f2.8」モデルの基台 (鏡筒を兼ねる) と絞りユニットを使ったまま光学系設計だけをf値「f3.5」に再設計し直して製品化したと言う憶測も出てきます (もちろん開放時f3.5刻印の絞り環も新規で用意されている)。このように「観察と考察」を進めていくと、オールドレンズは当時の時代背景と共に設計者の意図や企業戦略まで垣間見えてくるから楽しいです!(笑)

ちなみに「開閉環」とは絞り羽根を開いたり閉じたりしている環 (リング/輪っか) であり絞りユニット内の構成パーツの一つです。またその「開閉環」に刺さる金属製の棒状を「開閉アーム」と呼称しています。

↑絞りユニットが完成したところで、次は「鋼球ボール+コイルばね」を組み込んでから絞り環を組み付けるワケですが、このモデルの絞り環はエンジニアリング・プラスティック製なので、軽すぎて指を放すと「鋼球ボール」がコイルばねのチカラで浮いてしまいます。すると適正な位置に鋼球ボールが来ないので組み上げできなくなりますから、仕方なくマウント部の組付けまで一気に工程を進めなければイケマセン (つまり途中の写真が撮れない)。

↑こちらは光学系第1群 (つまり前玉) 〜第2群までの硝子レンズを格納する格納筒なのですが、ご覧のとおりヘリコイド (オス側) のネジ山が格納筒の外側に刻まれています。

つまり、このモデルは第3群〜第5群までの光学系後群を固定配置したまま、光学系前群が直進動してしまう独創的な光学設計を採ってきているモデルなのです。右の構成図でピンク色の光学系後群 (第3群〜第5群) までが基台に固定されたままブルー色の光学系前群 (第1群〜第2群) が距離環を回すことで独立して回転しながら繰り出されたり収納したりする「光路長可変型」の設計です。

↑光学系前後群を組み付けたら距離環を仮止めして、この後は無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (それぞれ解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行い、最後にレンズ銘板をセットすれば完成です。

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DOHヘッダー

ここからはオーバーホールが完了した出品商品の写真になります。

↑金属鏡胴のゼブラ柄モデルならば目を惹くのでしょうが (人気があるのでしょうが)、エンジニアリング・プラスティック製の「後期型」でしかも開放f値「f3.5」モデルでは何ヶ月も残っていると予測しています・・まぁ、気長に待ちます(笑)

逆に言うと、エンジニアリング・プラスティック製「後期型」の個体で距離環を回すトルクが「軽く」て絞り環操作がシッカリしている個体は、実はそれほど多く市場に流れていないので本当は貴重なのですが、分かる人にしか分からない話ですね(笑)

↑光学系内の透明度が非常に高い個体です。第2群のコバ塗膜が少しハミ出ていたので溶剤でぬぐい取ろうと数回試しましたがビクともしません。そのまま組み上げています (写真には影響しませんが)。

↑上の写真 (3枚) は、光学系前群のキズの状態を拡大撮影しています。すべて極微細な点キズを撮っていますが微細すぎて全部写りませんでした。

↑光学系後群は、特に後玉が極僅かに突き出ているので残念ながら中心部に極微細な当てキズが1点あります。後群内の透明度は非常に高い状態を維持しています。

↑上の写真 (3枚) は、光学系後群のキズの状態を拡大撮影しています。すべて極微細な点キズを撮っていますが微細すぎて全部写りませんでした。

【光学系の状態】(順光目視で様々な角度から確認)
・コーティング劣化/カビ除去痕等極微細な点キズ
(経年のCO2溶解に拠るコーティング層点状腐食)
前群内:9点、目立つ点キズ:4点
後群内:14点、目立つ点キズ:10点
・コーティング層の経年劣化:前後群あり
・カビ除去痕:あり、カビ:なし
・ヘアラインキズ:あり
・バルサム切れ:無し (貼り合わせレンズあり)
・深く目立つ当てキズ/擦りキズ:無し
・光源透過の汚れ/クモリ (カビ除去痕除く):皆無
・その他:光学系内は微細な塵や埃が侵入しているように見えますが実際はカビ除去痕としての極微細な点キズです (清掃しても除去できません)。
光学系内の透明度が非常に高い個体です
・第2群の外周にコバ塗膜が一部見えている箇所がありますが溶剤で除去できなかったのでそのまま組み上げています (写真への影響なし)。
・いずれもすべて写真への影響はありませんでした。

↑前述の絞り羽根の開閉幅が適正ではなかった問題もキッチリ合わせました。8枚の絞り羽根もキレイになり絞り環共々確実に駆動しています。

ここからは鏡胴の写真になりますが、経年の使用感を僅かに感じるもののキレイな状態を維持した個体です。当方による「磨きいれ」を施したので大変落ち着いた美しい仕上がりになっています。

↑【操作系の状態】(所有マウントアダプタにて確認)
・ヘリコイドグリースは「粘性:重め」を塗布しています。距離環や絞り環の操作はとても滑らかになりました。
・距離環を回すトルク感は「普通」で滑らかに感じトルクは全域に渡り「完璧に均一」です。
・ピント合わせの際は極軽いチカラで微妙な操作ができるので操作性は非常に高いです。
・距離環を回していると擦れる感触を感じる箇所がありますがこのモデルの構造上ヘリコイドのネジ山が擦れている感触ですので改善はできません。
(クレーム対象としません)

【外観の状態】(整備前後拘わらず経年相応の中古)
・距離環や絞り環、鏡胴には経年使用に伴う擦れやキズ、剥がれ、凹みなどありますが、経年のワリにオールドレンズとしては「超美品」の当方判定になっています (一部当方で着色箇所がありますが使用しているうちに剥がれてきます)。
・マウント部ネジ山はエンジニアリング・プラスティック製です。マウントアダプタでの使用時に指標値が真上に来るよう位置調整済です。
(但し当方所有マウントアダプタによる調整)

↑塗布したヘリコイド・グリースは黄褐色系グリースの「粘性:重め」を塗りましたが、距離環を回す際のトルク感は「普通」程度です。このモデルもピントの山が掴みにくいのでちょうど良いトルク感に仕上がっていると思います。

また、絞り環の操作性は鋼球ボールがどう言うワケか両サイドに1個ずつ入る (つまり合計2個使用) 設計なので、少々シッカリした操作性になっていますが、クリック感は確実で指標値刻印位置とも一致しています。

なお、このモデルのマウント部ネジ山はエンジニアリング・プラスティック製ですからご留意下さいませ。何度もネジ込んでみましたが特に違和感なくシッカリした硬さなのでフツ〜のようにそのままネジ込めばOKです。一応指標値刻印が真上に来るようネジ位置調整をしてあります。

↑当レンズによる最短撮影距離60cm附近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。

↑絞り環を回して設定絞り値「f4」にセットした写真です。

↑さらに絞り環を回してf値「f8」での撮影です。

↑f値「f11」になりました。

↑最小絞り値「f16」での撮影です。