◎ KMZ (クラスノゴルスク機械工廠) ЮПИТЕР-3 (JUPITER-3) 5cm/f1.5 Π(L39)

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この掲載はオーバーホール/修理ご依頼分のオールドレンズに関するご依頼者様や一般の方々へのご案内です (ヤフオク! 出品商品ではありません)。
写真付解説のほうが分かり易い事もありますが、今回は記録として無料掲載しています (オーバーホール/修理の行程写真掲載/解説は有料です)。
オールドレンズの製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。


当方は「ロシアンレンズ」と表現していますが、正しくは旧ソ連 (旧ソビエト連邦) 時代に生産されたオールドレンズになります。共産主義体制国家には「私企業」の概念が存在しない為、主だった企業は国家に一元管理されていました。しかしどの工場で生産されたモデルなのかが不明瞭なので、ロシアンレンズはレンズ銘板に生産工場を示すロゴマークを刻印しています。

旧ソ連では戦前ドイツで1932年に発売されたZeiss Ikonのレンジファインダーカメラ「CONTAX I」や、その交換レンズ群に注目しており今回扱うモデル『JUPITER-3 5cm/f1.5 Π (L39)』はそのCarl Zeiss Jena製標準レンズ「Sonnar 5cm/f1.5 T」を模倣したモデルとして、戦後の旧ソ連で独自の系統として新たに発展していったオールドレンズの一つです。

これは非常に興味深い話で、旧ドイツ製オールドレンズを「模倣」したオールドレンズは日本も含め数多く存在すると思いますが、模倣元のモデルと同じ光学硝子材を使って同一設計品をまず製産し、そこから独自に別の系統としての発展を遂げたオールドレンズとなるとそれほど多くないと思います。

右写真は、旧ソ連が模倣した戦前ドイツのCarl Zeiss Jena製標準レンズ「Sonnar 5cm/f1.5 T」ですが、ドイツ敗戦時に占領した旧ソ連軍はCarl Zeiss Jenaの設計技師を含む人材や工場の機械設備、或いは原材料などの資材を接収しています。

その接収した人材や設備/資材をもとに、旧ソ連のGOI Leningrad (Gosudarstvennyi Optichaskij Institut Leningrad) と言う国立光学研究所で新たに作られたプロトタイプが1947年に登場した「ZK 5cm/f1.5 Π」であり、これがまさに「まんまコピー」だったモデルです (左写真:但し後のKKMZ製)。

ここがポイントで、単に似せて作ったのではなく当時の設計図や技師も伴い同じ光学硝子材の成分と配合で「模倣」したのは、例え国が違っていてもまさに「再製産」したことになるのではないでしょうか。その意味で単なる光学系の模倣品とは全く別次元の話であり、それは国を跨いで別系統の流れとして発展していったと考えられ、オールドレンズの中でそのような機会を得て戦後も潰えずに発展を続けたモデルは数少ないと考えています。

実際にはその後KMZ (Krasnogorski Mekhanicheski Zavod:クラスノゴルスク機械工廠) で再設計されたモデルが「ZK 5cm/f1.5 Π」として1948年に極少数作られ、1949年より本格的な量産型モデルとして再び設計し直したたモデルが「ZORKI ZK 5cm/f1.5 Π」として登場し、新たな源流となっていきます。

今回扱うモデルはその後1951年〜1956年までKMZで製産されていたモデルバリエーションにあたり、モデル銘が「ZORKI ZK」から「JUPITER-3」へと改めたられた最初のタイプです。

左図は今回扱うモデル『JUPITER-3 5cm/f1.5 Π』のレンズ銘板に刻印されている製産工場を現すロゴマークの変遷を示しています。

KMZのロゴマーク自体は戦時中の単なる台形 (プリズムを型取ったロゴマーク) からスタートして戦後には入射光が左端から入り射出していく様を現す矢印が加えられています。

しかし「JUPITER-3」のレンズ銘板に刻印されているロゴを調べていくと、1956年の途中で製産工場がZOMZ (Zagorsky Optiko-Mechanichesky Zavod:ザゴルスキ光学機械工場) に変わっていることが分かります。さらにその後1975年にはVALDAI (Valdaijsky zavod Jupiter:バルダイ/ジュピター工場) へと製産を移管しています (黒色鏡胴のみ製産していた)。

従って「JUPITER-3」はKMZ:1948年〜1956年、ZOMZ:1956年〜1962年、さらにVALDAI:1975年〜1988年の時系列で変遷していったことが分かります。
なお、近年Lomographyで「JUPITER 3+」として模倣品を少量製産しています (別モノ)。

上のロゴマーク変遷を見ていて以前気がつき調べたことがあります。どうして1956年中に製産工場をKMZからZOMZへ移管してしまったのでしょうか。そのヒントになる情報が、ロシアのKMZ (後のZENIT) 製光学製品を専門に研究しているグループの情報サイトzenitcamera.comに案内されていました。

ドイツ敗戦時にCarl Zeiss Jenaから接収した光学硝子材の資材 (原材料) が1954年に枯渇してしまい、1956年以降ロシア産の光学硝子材へと変わり、そのタイミングで必然的に光学系が再設計されていると解説されています。

さらに別の旧ソ連当時のレンジファインダーカメラ専門サイトsovietcams.comで情報検索すると、1955年〜1956年に限って極少量製産された「JUPITER-3」が顕在することを案内しています。この情報でKMZはどうして少量製産にこのタイミングで切り替えたのでしょうか。

今回扱う個体が「JUPITER-3」シリーズは累計で15本目にあたりますが、当方が過去オーバーホールした個体の中に1950年〜1956年までの製産品が7本含まれていました (今回が8本目にあたる)。

ロシアンレンズは多くのモデルで製造番号の先頭2桁が製造年度を表しています。但し、特に海外オークションebayなどで流通しているまがいモノが存在し、レンズ銘板の環 (リング/輪っか) だけを入れ替えてしまった個体が平気で流通しているので要注意です。

当方が不思議に思った原因は、実はそれら8本の個体をバラして光学系を清掃すると1956年以降 (正しくは1956年途中から変化している) のモデルと光学系の設計が違うことを知ったからです。

左写真は今回個体の光学系を外して撮影していますが、まずは第2群の貼り合わせレンズ (3枚の光学硝子レンズを接着剤を使って貼り合わせてひとつにしたレンズ群) の継ぎ目が凹んでいます (赤色矢印)。
また第3群のカタチも僅かに相違があります (グリーンの矢印)。これらの違いは1956年以降のモデルになると第2群も第3群も共に設計変更しています (曲率やカタチも違う)。

さらにこれらの硝子レンズに共通していたのは硝子材の色合いです (コーティング層が放つ光彩ではなく光学硝子そのモノの色合い)。1956年以降のモデルは無色透明ですが、1956年までのKMZ製個体は「ほのかな (淡い) 緑色」に見えます。

これらの事実から前述の1954年にCarl Zeiss Jenaから接収した資材が枯渇した点 (逆に言えば1954年までCarl Zeiss Jenaの接収資材を使って硝子精製していた点) と、1955年から1956年までの期間は在庫の精製された光学硝子レンズだけを使っていた点 (何故なら製産の都度工程の中で光学硝子を精製していないから)、そして1956年中に製産工場が移管されると同時に再設計されたことなどが納得できました (1955年からは移管先で再設計されるまでの時間稼ぎだった可能性大)。

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上の写真はFlickriverで、Carl Zeiss Jena製「Sonnar 5cm/f1.5 T」の特徴的な実写をピックアップしてみました。
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※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。

一段目
Sonnarのほうは収差の影響を受けて (残存させているから) 真円のシャボン玉ボケ表出が難しいようですし、そもそもすぐにエッジが滲んでいくので円形ボケ自体の表出も難しい。右端のようにシ〜ンによっては背景ボケが乱れます。

二段目
ダイナミックレンジが非常に広く暗部までキッチリ再現しています。また「空間表現」の能力に長け被写体との遠近に関係なく空気感や距離感を写し込みます。


上の写真はFlickriverで、KMZ製「JUPITER-3 5cm/f1.5 Π」の特徴的な実写をピックアップしてみました。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。

一段目
JUPITER-3のほうが近似した光学系ながらもシャボン玉ボケの表出が楽なようです。さらにエッジが滲んで円形ボケへと変わっていく様を見ても、本家Carl Zeiss JenaのSonnarのような収差の残存を抑えようとした設計なのが見てとれます (Sonnarは故意に残している要素がある)。

二段目
ダイナミックレンジの広さはSonnar譲りで、さらに「空間表現」も継承しているのでさすがです。とろこがロシアンレンズとしての性格の違いが明らかに出ています。

同じ光学系から発した展開だとしても、本家Carl Zeiss Jena製SonnarとJUPITER-3との違いがこのように見比べると明確に分かります。一言で言い表せば「繊細感漂わす描写性のSonnarに対してカチッとした表現性のJUPITER-3」と感じました。

それは多くのロシアンレンズに共通する要素なのですが、ピント面のエッジが骨太で明確に出てくる傾向があるので、どうしてもカチッとした写りに収まってきます。一方Sonnarのほうはピント面のエッジが細く出てくるので、残存収差の影響もあり画全体的な繊細感とマイルド感が織り成す素晴らしさがあります。

その意味で、同じ光学系だとしても二者の性格付けは全く対極的な印象を持ち、然しながらもダイナミックレンジの広さや「空間表現能力」などはシッカリ受け継いでいるワケで、それはそれで「JUPITER-3恐るべし」と当方は受け取っています (ロシアンレンズだからと決してバカにできない)。

ちなみに、ロシアンレンズを「ホワイトト〜ンの代表格」的に表現している写真家が数人居ますが、ロシアンレンズ全てのモデルがコントラストが低く彩度が浅く出てくる光学設計ではありません。ひいて言うなら、そもそも写真を撮っている写真家自らがそのように意識して (思い込んで) ホワイトト〜ンばかりに仕上げているように思います。プロの写真家ならもっと公正な表現をロシアンレンズとして案内するべきだと考えますね (作品=ロシアンレンズではないと言う意味)。

光学系は3群7枚のゾナー型です。右の構成図では分かりにくいですが第2群の3枚貼り合わせレンズの側面 (光学硝子端) で凹んでいます。1956年以降の個体にはこの凹みが存在せず、一般的な貼り合わせレンズと同じように一体化していますから、明らかに設計が異なると言えます。

右図は今回バラして清掃時にデジタルノギスで計測してほぼ正確にトレースした構成図です (各硝子レンズのサイズ/厚み/凹凸/曲率/間隔など計測)。

ちなみに、今回の個体はレンズ銘板刻印がロシア語のキリル文字表記「ЮПИТЕР-3」なので国内流通用か、或いは東欧圏向け輸出品だったと推測できます。ロシア語では「ユピテル3」と発音するので、一部サイトではその名称で案内されています。
またレンズ銘板の「Π」は、ロシア語キリル文字の「Просветляющее」の頭文字でモノコーティング (反射防止/膜) を意味します。ラテン語/英語で表記すると「P」なのでPコーティングとも呼ばれていますね。

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。内部構造が簡素で構成パーツ点数も少なめなのでオーバーホール自体は簡単です。このモデルは鏡胴が「前部/後部」の二分割式なので、鏡胴「前部」はネジ込み式で鏡胴「後部」にネジ込まれているだけです (時計の針と反対方向に思いっきり回せば簡単に抜き出せる)。

とは言っても、鏡胴「前部」を回す時にはコツが必要で、単に保持して思いっきり回すとまず間違いなく壊れます (そう言う個体を過去に数本オーバーホールしています)(笑)

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルは鏡胴が二分割式なのでヘリコイド (オス側) は独立しており別に存在し、鏡胴「後部」側に配置されています。

ヘリコイド (オスメス) がオールドレンズ内部の何処に配置されているのかを気にする必要があり、それによって組み立て手順やトルク調整の方法まで変わってくるので当方のオーバーホールでは必ずヘリコイド (オスメス) の位置が重要になってきます。

↑13枚の絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させます。このモデルは絞り環操作が手動の実絞り方式なので、絞りユニットの構造は至って簡素ですが、絞り羽根開閉時のトルク調整方法を知らなければ、この工程で適切なトルクにセットできません。

↑完成した鏡筒を立てて撮影しました。この個体は上の写真赤色矢印の箇所が過去メンテナンス時に黒色着色されていました。基本的に製産時に施された焼き付けメッキ塗装は溶剤で溶けたりしませんが、今回の個体は着色されていた黒色塗膜が溶剤で洗浄した時に溶けました (それで過去に着色したと分かった)。

この箇所に段差が用意されている理由は、ここに「絞り環」が入るからなので、過去メンテナンス時の着色で余計な肉厚が増えてしまいトルクムラに至っています。従ってジコジコと過去に着色された黒色塗膜を剥がす作業が発生してしまいました (ロクなことをしない)(笑)

しかし、さらに問題だったのはグリーンの矢印で指し示した「開閉キー用のネジ穴」です。上の写真で見えている環 (リング/輪っか) は、絞りユニット内にセットされている「開閉環」と言う絞り羽根が刺さっている環です。通常オールドレンズでは「開閉環に用意される開閉キーの穴」は1箇所あれば用が足ります。

絞り羽根には表裏に「キー」と言う金属製突起棒が打ち込まれており (オールドレンズの中にはキーではなく穴が空いている場合や羽根の場合もある) その「キー」に役目が備わっています (必ず2種類の役目がある)。製産時点でこの「キー」は垂直状態で打ち込まれています。

位置決めキー
位置決め環」に刺さり絞り羽根の格納位置 (軸として機能する位置) を決めている役目のキー

開閉キー
開閉環」に刺さり絞り環操作に連動して絞り羽根の角度を変化させる役目のキー

位置決め環
絞り羽根の格納位置を確定させる「位置決めキー」が刺さる環 (リング/輪っか)

開閉環
絞り羽根の開閉角度を制御するために絞り環操作と連動して同時に回転する環

絞り環を回すとことで「制御環」が連動して回り絞り羽根の開閉角度が決まるので、マウント面の「絞り連動ピン」が押し込まれることで絞り羽根の「開閉キー」が瞬時に移動して「位置決めキーを軸にして絞り羽根の角度が変化する (つまり開閉する)」のが絞り羽根開閉の原理です。

ところが、今回の個体は「開閉環に2箇所キー用の穴が空いていた」のです (JUPITER-3で2箇所用意されている個体が今までに無い)。すると2つ用意されているネジ穴のうち、どちらが正しい絞り値に見合う位置なのかを調べなければイケマセン。

実際に2つの穴に「開閉キー」をそれぞれネジ込んで絞り羽根を開閉すると、ビミョ〜に開放時も最小絞り値側も絞り羽根の開閉幅 (開口部の大きさ/カタチ/入射光量) が違っています。

ネジ穴を確認すると、1箇所はシルバーでもう1箇所はアルミ合金材と同色です。すると「開閉キー」がネジ込まれていたならネジ山が摩耗していないハズがないので、ネジ山が摩耗しているほうに「開閉キー」をネジ込んでまずは組み上げ、最後に簡易検査具を使って検査するしか手がありません (何と面倒くさいことか)。

ネジ山の仮説を立てて、摩耗しているほうに「開閉キー」をネジ込んで組み上げたところ、簡易検査具で適正な絞り値が確認できました。どうしてもう1箇所ネジ穴を用意したのかが全く不明ですが、よ〜く観察するとネジ穴の縦方向位置がビミョ〜に違います。おそらく製産時の切削でミスってしまい「開閉キーが擦れる位置だった」ために別の箇所に穴開けし直したのではないかと推察します (何故ならもう1箇所はネジ山が削れていないから実際に一度も使っていない/つまり必要が無いネジ穴)。

↑しかし今回の個体で問題だったのは上の写真のほうになります。「絞り環」が被さる為の「ベース環」がネジ込まれて、そこに用意されているスリットに前述の「開閉キー」がご覧のように刺さります (赤色矢印)。

ところがこの「開閉キーが刺さるスリット」も2箇所用意されており、反対側にもう1箇所切り込みがあります (正しい設計で必ず2箇所ある/マウント種別の相違に対応しているから/絞り値との整合性確保の為)。逆に言えばこの「ベース環」側で位置を2箇所用意しているので、前述の「開閉キー用の下穴」を2箇所用意する必要性が無いことも理解できると思います。

何を言いたいのか?

実は今回の個体は当初バラす前の時点で、既に基準「」マーカーと絞り環の基準「」マーカー位置とが合致しておらず、このオールドレンズをネジ込んでカメラに装着した時「絞り環がアッチの方向を向いている」個体だったのです(笑)

左写真は今回の個体を既に組み上げてオーバーホールが完了した時の写真ですが、ご覧のように (グリーンのラインで示したように)「絞り環」側の基準「」マーカーと鏡胴の指標値環側基準「」マーカー位置が同一ライン状に (一直線上に) 並ぶのが適正な組み上げ状態です (当たり前の話ですが)。

しかし、この当たり前の話を蔑ろにしたまま整備している出品者がヤフオク! にも存在し(笑)、一直線上に並んでいない個体が整備済で流通しています。

それは「JUPITER-3」に限らず「JUPITER-8」だろうが「JUPITER-9」だろうが、どんなオールドレンズでも基準「」マーカーは本来真上に来るべきで、且つ絞り環の基準「」マーカーと同一線上に来なければイケマセン (左写真のようになるのが適正)。

そこで、このモデルが「鏡胴二分割式」であることが問題になってきます。いえもっと厳密に言うなら、鏡胴「前部」が「後部」にネジ込み式で固定される点が問題になります。

鏡胴「後部」側がヘリコイド (オスメス) とマウント部だけの配置なので、このモデルの光路長が適正なのか否かを決めるのは「鏡胴前部の固定位置」になる点が、前述のテキト〜な整備品は蔑ろにされたまま仕上げられていると言えますし、それに気がつかないまま落札している人がとても多いと言わざるを得ません。

鏡胴「前部」の固定位置が短くなると、それは「オーバーインフ」へと繋がる話になるので、距離環刻印距離指標値の「∞」手前位置で無限遠合焦してきます。

つまり単なる基準「」マーカー位置の相違に留まらず、実は描写性の相違にも繋がる話をしているのであって、当方が拘って組み立て工程をしている理由がご理解頂けるでしょうか。

今回の個体は過去メンテナンス時に間違った位置で「開閉キー入れた」のがそもそも根本的な原因です。それが最終的に「アッチの場所に絞り環が居る」結果に至りました(笑)

さらに問題だったのが上の写真グリーンの矢印です。「固定環」は鏡胴「前部」を鏡胴「後部」にネジ込む際に、適切な位置で確定させる為に用意されている意味を兼ねている環 (リング/輪っか) なのですが (実際はその他に無限遠位置調整用のシム環もある)、イモネジ (ネジ頭が無くネジ部にいきなりマイナスの切り込みを入れたネジ種) が入っておらずフリーでした(笑)

イモネジは両サイドに1本ずつ入るので合計2本欠品したまま組み立てられていました。上の写真をご覧頂くと、前述の「絞り環用ベース環」との間に隙間が見えています。つまりこの「固定環」がベース環用に用意されていないことを「観察と考察」で知るべき話をしているワケで鏡胴「前部」の位置を確定する根本ですから非常に重要です。

↑絞り環をイモネジ (3本) でセットしますが、3本のイモネジのうち1本がバカになっていたので、当方で1本調達しています。

今回調達したイモネジは胡麻粒の1/5くらいの大きさですから、たかが知れてます。しかし、ネジ径とネジ長、さらにネジ先端部の尖り状態まで合致しないと、イモネジをネジ込んでいった時に絞り環が膨れあがり「擦れる感触/トルクムラ」などに至るワケで、逆に言えば3本のイモネジが適正にネジ込まれない限り絞り環はガチャガチャした印象に仕上がりますから、それこそ気にする人が居るのではないでしょうか?

↑こちらは距離環やマウント部が組み付けられる基台です。ここにも問題点がありました (赤色矢印)。この基台の外回りにはマウント部 (指標値環兼ねる) がネジ込まれるので、やはりイモネジ (3本) で締め付け個体なのですが、何とそのうちの1箇所のイモネジ用下穴が「貫通」していました。これは厄介です。

基台の外側のネジ山はマウント部 (指標値環兼ねる) 用ですが、内側は「ヘリコイド (メス側)」のネジ山です。そこが貫通しているとなると当然ながらネジ山にササクレがあると考えられます (実際拡大すると微細なササクレがある)。

↑ヘリコイド (メス側) を洗浄していて不思議に思ったのが上の写真赤色矢印の「」だったのです。

何でヘリコイドの途中に「」が空いているのか??? その理由が前述の話になります。仕方ないのでこのヘリコイドネジ山部分 (両方とも) を「磨き研磨」してササクレを解消しました (何と面倒くさいことか)。何故ならヘリコイドのネジ山なのでテキト〜に研磨できません。

↑そして、ここの解説が今回の個体でオーバーホール/修理ご依頼の「トルクムラ/重い」原因そのモノです。

上の写真はヘリコイド (メス側) を無限遠位置のアタリを付けた場所まで基台にネジ込んだ状態を撮っていますが、このネジ込みの段階で既に回していくと赤色矢印の位置でキツくなり、逆にグリーンの矢印では軽くなります。ヘリコイド (メス側) はグルグルと数周ネジ込んでいくことで適切な無限遠位置に到達します。

しかし、そのネジ込み途中で必ず上の赤色矢印/グリーンの矢印位置でそれぞれトルクが変化します。残念ながら、この個体はヘリコイドが撓っています。過去に落下したのかぶつけたのか、或いは万力などで保持して何か処置したのか、分かりませんが「ヘリコイドが真円状態を維持していない」のが原因で距離環を回す時のトルクムラに至り、且つ重いトルク感になっています。

当方には真円を検査する機械設備が無いので、また仮にあったとしても軟らかいアルミ合金材のヘリコイド部分を真円に戻す方策がありません。

↑ヘリコイド (オス側) を、やはり無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルでは全部で4箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

絞り環用の基準「」マーカーがこのヘリコイド (オス側) に刻まれているのを示しています (赤色矢印)。

↑前述のヘリコイド (メス側) のネジ山途中に「」が空いていたのが赤色矢印で指し示した位置のイモネジの貫通が原因です。また過去メンテナンス時にムリなチカラで鏡胴「前部」を回して外そうとした痕跡がグリーンの矢印で、これは距離環のイモネジを外さないまま距離環が空転したことを意味します。さらにブルーの矢印は逆に製産時点とは異なる位置で距離環を固定していた痕跡 (証拠) で、過去メンテナンス時にヘリコイドのネジ込み位置ミスをしていながら、それをごまかそうとしてムリヤリ距離環の固定位置をズラしていたことが判明します (イモネジには必ず下穴が必要なのに下穴がないところにイモネジをネジ込んだ痕が残っている)。

このようにオールドレンズはバラすことで過去メンテナンス時の「ごまかしやミス」が全て白日の下に曝されることになりますが、結局その尻ぬぐいをするのは当方だったりします(笑)

なお、必然的にこのマウント部 (指標値環を兼ねる) を基台にグルグルと何周もネジ込んでいく時やはり「重い箇所と軽い箇所」があるので、どう考えても「基台が真円を維持していない」ことになります。

この後は光学系前後群を組み付けてから鏡胴「前部」をネジ込んで、無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行えば完成です。

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ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑大変貴重な1952年製造の個体であり、それはそのまま希少価値に繋がりCarl Zeiss Jenaの硝子材で作った数少ない個体であることを意味します。繊細感漂わす本家Carl Zeiss Jena製Sonnarの写りが好みなのか、或いはキッチリとピント面が出てくるJUPITER-3が好きなのか、どちらもダイナミックレンジが広く (暗部が潰れにくく) 標準レンズのクセに「空間表現能力」が高くて、でもちょっとマイルドな表現性が好みだったりします。

↑光学系内の透明度が非常に高い個体です。LED光照射でもコーティング層の経年劣化に伴う極薄いクモリすら皆無です。

光学系内には前後群共に「微細な気泡」が数点ありますが、この当時は光学硝子材精製時に一定の時間規定の高温を維持し続けた「」として「気泡」を捉えており「正常品」として出荷していました (写真への影響なし)。高温を維持した時間が短すぎると「気泡」が出ません。

↑光学系後群側も透明度が高い状態を維持しています。

↑絞り羽根の開閉も絞り環操作時のトルク感も適切な状態になるよう調整しました。絞り羽根はほぼ真円の「円形絞り」です。

ここからは鏡胴の写真になりますが、経年の使用感が少ない個体ながらも当方による筐体外装の「磨きいれ」を施したのでピッカピカに仕上がっています。もちろん「エイジング処理済」なのですぐにサビが出て酸化してきたり (白っぽくなったり) しません。ご指示に従いローレット (滑り止め) のジャギー部分もブラッシングで丹念に清掃しましたが、凹凸のあるジャギー部分は「光沢研磨」できないのでこれ以上キレイにできません。申し訳御座いません・・。

↑光学系の状態が良いだけに、ヘリコイドのこの重いトルク感 (トルクムラも酷い) が残念でなりません。当初バラした時は過去メンテナンス時に白色系グリースが古い黄褐色系グリースの上から塗り足してありました。

逆に言うと、製産当時の純正グリースはとうの昔に除去されており、別の黄褐色系グリースが塗られていました (さらにその上から白色系グリースが塗られている)。白色系グリースが既に粘性を帯びていたので重いトルク感だったワケですが、そもそも前述のとおりヘリコイド (メス側) のトルクムラがネジ山自体に生じていますから改善できません (根本的な原因は基台側の変形)。申し訳御座いません・・。

もしもご納得頂けないようであれば「減額申請」にてご請求額よりご納得頂ける必要額分減額下さいませ。

↑基準「」マーカーの位置が一直線上に並んでいますが、無限遠位置も当初位置のまま仕上げていますから、この状態が製産時点と同一と考えられます。筐体外装洗浄時に刻印指標値が褪色した為、当方にて「着色」しています。また指標値環側もイモネジが3本のうち1本バカになっていたので入れ替えています。

無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

↑当レンズによる最短撮影距離1m付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

この実写はミニスタジオで撮影していますが上方と右側方向からライティングしています。その関係でフードを装着していない為に絞り値の設定によりハレ切りが不完全なまま撮影しています。一応手を翳していますがハレの影響から一部にコントラスト低下が出てしまうことがあります。しかし簡易検査具による光学系の検査を実施しており光軸確認はもちろん偏心まで含め適正/正常です。

↑絞り環を回して設定絞り値「f2」で撮影しています。

↑さらに回してf値「f2.8」で撮りました。

↑f値は「f4」に変わっています。

↑f値「f5.6」です。

↑f値「f8」になります。

↑f値「f11」です。

↑f値「f16」になりました。

↑最小絞り値「f22」での撮影です。大変長い期間に渡りお待たせし続けてしまい本当に申し訳御座いませんでした。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。