◎ Carl Zeiss (カールツァイス) Planar 50mm/f2 black Flash Matic “Blitz”《後期型》(CRX)

(以下掲載の写真はクリックすると拡大写真をご覧頂けます)
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今回の掲載はオーバーホール/修理ご依頼分に関するご依頼者様や一般の方々へのご案内ですのでヤフオク! に出品している商品ではありません。
写真付解説のほうが分かり易いこともありますが今回は当方での扱いが初めてのモデルだったので記録の意味合いもあり無料で掲載しています。
(オーバーホール/修理の全行程の写真掲載/解説は有料です)
オールドレンズの製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。


今年3月にアメリカはボストンの方から初めてこのモデルのオーバーホール/修理を承りましたが、その時のご依頼が光学系のニコイチだったので完全解体したのは今回が初めてです。
シルバー鏡胴の「中期型」モデルはバラしたことがありましたが、マウント部直前にフラッシュマチック機構部を装備した俗に言う「Blitz (ブリッツ)」の「後期型」はバラしたことがありません。

パッと見で黒色鏡胴ですからなかなかシックなデザインで好きなのですが、恥ずかしながらフィルムカメラ音痴の当方はこの「フラッシュマチック」なる装置の意味が頭で理解できても、そもそも使ったことがありません(笑) ギミック感をタップリ感じつつもどうせその機構部が追加されているだけと高を括って臨んだのがバカをみました(笑) 今回も丸2日掛かりの相当ハードな整備作業に至ったワケであり、相変わらず技術スキルの低さに嫌気が射しますね・・(笑)

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1959年に旧東ドイツのZeiss Ikonから発売された高級一眼レフカメラ「CONTAREX I」で、俗に「Bullseye (ブルズアイ)」と呼ばれるフィルムカメラのセットレンズとして登場した標準レンズです。
「初期型」ではシルバー鏡胴のみでしたが「中期型〜後期型」で黒色鏡胴が1965年から登場しています。

「中期型〜後期型」である黒色鏡胴モデルはマウント部直前に「Flash Matic (フラッシュマチック)」が装備され、撮影時にフィルム感度とガイドナンバーを予めセットしておくと (レンズ側マウント部直前にセット用ツマミ装備) 距離環を回してピント合わせした時、自動的に適切な絞り羽根の開閉幅を制限する仕組みで撮影に専念できる画期的なシステムです。

   
   

上の写真はFlickriverで、このモデルの特徴的な実写をピックアップしてみました。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。

一段目
円形ボケ〜背景ボケへと変わっていく様を集めてみました。また一番右端の写真は背景ボケが独特なエッジを伴いつつもピント面は大変鋭くリアルで、まるで油絵のようです。

二段目
このモデルで当方が特に感銘を受けたのがこの「空間表現」です (左からの3枚)。まるで現場の音や日射しまで感じそうな人の「五感に訴える表現性」に魅入ってしまいます。

光学系はネット上で検索すると典型的な4群6枚のダブルガウス型で解説しているサイトばかりがヒットしますが (右図)、この光学系は1959年発売の「初期型」モデルのみに限定した光学系の設計だったようです。

一方、以前オーバーホールした「CONTAREX版Planar 50mm/f2」は、5群6枚のビオター/クセノター型光学系構成でした (右図:ワザと誇張的に表現したイメージ図です)。
第3群が貼り合わせレンズ (2枚の光学硝子レンズを接着剤を使って貼り合わせてひとつにしたレンズ群) ではなく分割した1枚ずつになっていました (後群は合計3枚に分割)。

さらに今回の「後期型」である黒色鏡胴モデルは、光学系前群の第1群〜第2群の仕様が違います (右図)。
光学系後群側は「白鏡胴」と同一のように見えますが、前群の硝子レンズコバ部分 (硝子レンズの外周部分) の厚みが異なります。

以上から『CONTAREX版Planar 50mm/f2 (CRX)』では、1959年発売の最短撮影距離30cm「初期型 (4群6枚)」と黒鏡胴が追加登場した「中期型 (5群6枚)」そして最後に最短撮影距離38cmに変わりフラッシュマチック「ブリッツ」装備の黒鏡胴モデル「後期型 (5群6枚)」の3種類が存在することが分かっています (以前オーバーホール/修理ご依頼の方から情報提供あり)。

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今回ご依頼頂いたオーバーホール/修理の内容は「ヘリコイドのトルクムラと絞り羽根のサビ改善」です。

【当初バラす前のチェック内容】
 距離環を回すと酷いトルクムラを生じている。
距離環はガチャガチャと相当なガタつきがある。
 距離環を回す時のトルク感はグリース切れの症状。
ピント面が甘い印象を受ける。

【バラした後に確認できた内容】
過去メンテナンス時に白色系グリース塗布しているが経年劣化進行。
距離環を締め付け固定しているイモネジ (3本) が半締めのまま。
直進キーが逆付けされている。
絞り羽根の一部に酷いサビが発生。
絞り羽根の開閉幅が不適切。
 光学系後群側の締め付けが甘い。
フラッシュマチック機構部との連係不良。

ザッと挙げただけでもこれだけ問題が出てきました。

↑こちらの写真はバラした後に絞りユニットから取り出した絞り羽根を写しました。

 

絞り羽根には表裏に「キー」と言う金属製突起棒が打ち込まれており (オールドレンズの中にはキーではなく穴が空いている場合や羽根の場合もある) その「キー」に役目が備わっています (必ず2種類の役目がある)。

位置決めキー
位置決め環」に刺さり絞り羽根の格納位置 (軸として機能する位置) を決めている役目のキー

開閉キー
開閉環」に刺さり絞り環操作に連動して絞り羽根の角度を変化させる役目のキー

絞り環を回すとことで「開閉環」が連動して回り、刺さっている「開閉キー」が移動するので「位置決めキーを軸にして絞り羽根の角度が変化する (つまり開閉する)」のが絞り羽根開閉の原理です。

上の写真の「赤サビ」が発生しているのは「位置決めキー」ですが、全部で9枚の絞り羽根のうち3枚に酷い赤サビが発生しています。キーが錆びついてしまうとご覧のように「キー表層面の抵抗/負荷/摩擦が増大する」ので必然的にキーが打ち込まれている根元部分にそのチカラの負荷が集中します。つまりこのレベルで錆びてしまった絞り羽根はいずれキーが脱落してしまい「製品寿命」に至ります。一度脱落してしまったキーは二度と打ち込むことができません (打ち込んでいる絞り羽根側の穴が広がってしまったから脱落している)。従ってオールドレンズとして用を成さないので「絞り羽根油染みの放置」は実は恐ろしいことだと考えます。

今回の個体は9枚の絞り羽根の中で隣り合わせの3枚に集中してキーの赤サビが発生していました。このことから導き出される経緯は「経年のグリース揮発油成分が絞りユニット内に侵入し同じ向きのまま長期間保管されていた」ことが判明します。つまり絞りユニット内部で揮発油成分がほぼ液化状態で3枚の絞り羽根にヒタヒタと溜まっていた状態が続いたと推測できます (結果キーが錆びついた)。

この「経年のグリース揮発油成分のせいでサビが出る」ことに異論を唱える方がいらっしゃいます。揮発油成分だとしても「」である以上サビが発生する要素にならないと言うご指摘ですが、錆びついてしまう理由は「 (揮発油成分) だから」ではなく、その揮発油成分に引き寄せられて (留められて) 集まる「水分/湿気」に拠ってサビが生じると当方は考えています。

それは例えば光学系内の光学硝子レンズも経年の揮発油成分附着に伴い吸い寄せられてしまった「水分/湿気」の中に含まれるCO2 (二酸化炭素) により、コーティング層の溶解が促されてポツポツと「極微細な点キズ」として最終的に光学硝子面を浸食します。また光学硝子レンズに生じる「カビ」も同じ原理で「水分/湿気」に含まれる「有機物」を糧として繁殖しコーティング層/硝子面を浸食します。

つまり経年の酸化/腐食やカビの発生は防湿庫で湿気を防ぐことで回避できる話では一切無く (何故なら防湿庫は完全密閉ではない/真空ではない) 空気中に浮遊している何万というカビ菌は自由自在に防湿庫、ひいてはオールドレンズ内部に侵入しています。重要なのは「オールドレンズ内部に湿気やカビ菌を留めない環境」つまりは「経年の揮発油成分を可能な限り定期的に除去する」ことが重要ではないかと考えます。何故なら一般的にオールドレンズである以上、ヘリコイドグリースが塗られていることが多いので揮発油成分は必ず存在するからです。

なお、ヤフオク! の出品を見ていると「新品のレンズでもLED光を照射すると光学系内が汚れて見える」と逃げ口上を平気で謳っている人が居ますが(笑)、新品レンズの光学系内には「汚れ」など存在しません(笑) 笑ってしまいます。仮にあるとしても「極微細な塵/埃」が数点侵入してしまっているくらいで新品のレンズ光学系が汚れていることがあるなど以ての外です (今ドキのデジタルなレンズの話)

逆に言えばマニュアルフォーカスのオールドレンズで「新品」などと言うのが存在するハズは無く(笑)、例え一度も使われていないとしても製産されてからの経年数は事実です。その間に光学系内にカビ菌が侵入している、或いは塗布されているグリースの揮発油成分が硝子面に附着している可能性は捨てきれず、それが因果となり光学系内が汚れているように見えることは考えられます。つまり「新品のレンズ」がいったい何を対象としているのかを故意に不明瞭にした「逃げ口上」ですね(笑) その意味でよくヤフオク! などに「デッドストック品新品」などと謳って高い価格設定で出品している出品者が居ますが(笑)、そんなのは「製産されてからの経年数」が事実である以上、オールドレンズ内部の状況は決して「新品」などとは言えない状態です。それを以てしてもなお新品と言うなら、むしろ内部のヘリコイドグリースの状況 (経年劣化に伴う液化進行状況) や経年の揮発油成分の光学系内附着状況などを知らしめて初めて「新品の状態を維持している」と言えるのであって、ウソばかりです(笑)

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オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。「後期型」のBlitz (Flash Matic装備) タイプを完全解体したのは今回が初めてです。バラしてみると各構成パーツの役目はすぐに理解できるのですが、組み立て始めて高を括っていたことが分かり猛省です(笑)

当初バラす前の状態でトルクムラが発生していた根本原因は過去メンテナンス時に塗布された白色系グリースの経年劣化 (液化進行/グリス切れ) ですが、組み立ての際に影響してくる問題は別に存在していました。なお、上の写真をご覧頂くとちゃんと写っていますが「光学系は全部で5群 (左端から前玉〜後玉)」です。ネット上で解説されている4群6枚ではありません(笑) 左端から2番目が第2群で貼り合わせレンズ (2枚の光学硝子レンズを接着剤を使って貼り合わせてひとつにしたレンズ群) です。また後玉 (一番右端) のすぐ斜め右上に「環 (リング/輪っか)」が2個並べてありますが、これが後群側に入るシム環 (硝子レンズの間に入るスペーサーのような役目) なので、後群側は3分割なのがご理解頂けると思います (決してウソを書いているワケではありません)。

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルはヘリコイド (オス側) が独立しているので別に存在します。

↑前出の鏡筒をひっくり返して今度は後群側を撮影しています。ご覧のとおり絞りユニットの「位置決め環」側はアルミ合金材の鏡筒内部で一体で削り出され用意されています。

冒頭の錆びついていた絞り羽根3枚がここに刺さっていたワケですが、実はバラす際にその3枚を含めて5枚がどうやっても外れず (普通は逆さにすればバラバラ落ちてくる) たかが絞り羽根と戯れること1時間近く、ようやく外れた次第です(笑)

↑9枚の絞り羽根を組み付けて「開閉環」をセットします。鏡筒の外に飛び出てきている「開閉アーム」を操作することで絞り羽根が閉じたり開いたりしている仕組みですね。ちなみに錆びついていた絞り羽根は3枚とも磨きましたが完全にサビを除去することはできません。申し訳御座いません・・。

一応、絞り羽根に抵抗/負荷/摩擦が生じないレベルまで磨ききれているので赤サビが僅かに残っていても近い将来的に問題になることはありません。もしもご納得頂けない場合は「減額申請」にてご納得頂ける必要額分をご請求額から減額下さいませ。

↑鏡筒最深部の絞りユニットが完成します。

↑完成した鏡筒を立てて撮影しました。ネット上の解説では、シルバー鏡胴の最短撮影距離が当初「30cm」だったのに黒色鏡胴では「38cm」に延伸され寄れなくなったと酷評されていますが、はたして「僅か8cm」被写体に近づけないのがそんなに問題なのでしょうか?(笑) どうもそう言うスペック主義には違和感を感じますね(笑)

↑距離環やマウント部を組み付ける為の基台です。シルバー鏡胴モデルとは全く異なる設計です。つまり「FLash Matic (フラッシュマチック)」機構部を装備している為、それらの構成パーツがここにセットされるからですが相当厄介です。

↑基台の内部を撮影しました。絞り羽根の「制御環」が備わっていますが「72個の鋼球ボール」でゴリゴリと回る仕組みです。ゴリゴリと書いたのには理由があり後ほど出てきます(笑)

↑前出の基台をひっくり返して裏側 (マウント側) を撮影しました。カニ目溝がある環 (リング/輪っか) で締め付け固定されていますが、前述の「制御環」を固定しているリングです。この中に鋼球ボールが封入されていますが「制御環」自体も中空に浮いている状態でセットされています。つまり鋼球ボールが存在しないと「制御環」はストンと基台を貫通してしまう大きさです (鋼球ボールの半径分だけで制御環が支えられている)。こうすることでスルスルと抵抗/負荷/摩擦無く回転する設計です。

↑実は上の写真は2日目に撮影しています(笑) 赤色矢印箇所に「古い黄褐色系グリース」が固形化して残っています。バラした後に全ての構成パーツを個別に洗浄していますが、それでも除去しきれなかった「固形化したグリース」がいろんな箇所にありました。普通溶剤で簡単に溶けるのでこのように古いグリースが固まっていることは希です。

まず1日目の作業ではこの固まっている古いグリースを問題視しなかったので(笑)、そのまま組み上げてしまいました。すると何と距離環のトルクムラが解消しません。どう調整してもトルクムラが生じてしまいます。さんざんガチャガチャイジり回してようやく初心に返ることにしました。

一旦塗布したグリースを再び洗浄してキレイにすると、何と古いグリースが至る箇所に残っていました。これが抵抗/負荷/摩擦となってヘリコイドのトルクにムラが生じていたのです。

仕方なく、構成パーツの至る箇所に残っている「固着した古いグリース」を精密ドライバーでこじいて削り落としました(笑) まるでニスか接着剤のように硬く固まっています (20箇所くらいあり)。1時間がかりで全ての構成パーツをチェックし固着したグリースを落として再び組み上げた次第です。

このことから過去メンテナンス時に古い黄褐色系グリースを除去せず「その上から白色系グリースを塗り足した」ことが判明します。結果、経年で化学反応して黄褐色系グリースの一部が固着化していました。これが影響してヘリコイドのトルクムラを生じていたようです。

当方はオーバーホールを始めて8年が経過しましたが、まだまだ未熟者であることがこの工程で思い知らされましたね(笑) すんなり完成していれば1日目でオーバーホールが完了していたのに・・。

↑2日目の写真ですが(笑)、基台にヘリコイド (メス側) を無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。

この工程でもハマりました(笑) 一般的なオールドレンズであれば単に無限遠位置をアタリ付けするだけでOKなのですが、このモデルには「Flash Matic (フラッシュマチック)」機構部が附随します。従って単に無限遠位置を適合させるだけではなく、同時にFlash Maticとも合致させないとイケナイことが判ったのです。

↑ヘリコイド (メス側) の内側に「直進キー」と言う距離環を回す「回転するチカラ」を鏡筒が前後動する「直進するチカラ」に変換する役目のパーツを両サイドに1本ずつ固定します (赤色矢印)。ところが「直進キー」の片側には1箇所欠けている部分があります (グリーンの矢印)。

実は当初バラした際にこの「直進キー」が逆付けされていた為にトルクムラに繋がっていました。その理由もまた後で出てきます。

↑こちらはヘリコイド (オス側) ですが内側に「直進キー」がスライドするガイドが用意されており、この縁の出っ張り部分が一方の直進キーの横部分 (切削されているほう:前出のグリーンの矢印) に当たっていてトルクムラの原因にもなっていたのです。

↑ヘリコイド (オス側) を無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルは全部で10箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

↑基台の側面に「Flash Matic機構部」を組み付けます。

↑このFlash Matic機構部から伸びている「ストッパー」が絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) 制御環に附随している「制限キー (階段状のギア)」にカチカチと突き当たることで絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) が制限される仕組みです。これはフラッシュのガイドナンバー設定ツマミとも連動しています。

↑一方Flash Matic機構部からは「カム」が飛び出ていて、その先端が「制御環」に用意されているなだらかなカーブ部分に突き当たることで絞り羽根の開閉角度が決まっていきます (つまり絞り羽根の開閉範囲を決めている箇所)。

するとこのブログでも他のオールドレンズで同じようにカムが「なだらかなカーブ」に突き当たって絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) を制御しているモデルが非常に多く存在します。ところがそれらのほぼ99%が「なだらかなカーブ」は一方通行です。つまり「麓〜頂上」までの勾配が一つしか存在しないのですが、このモデルにはご覧のとおり「左右に勾配が分かれている」設計です。しかもよ〜く観察すると左右の勾配は傾きが違っています。これがポイントでありFlash Maticのガイドナンバー設定ツマミ (プリセットツマミ) がどの位置の時にこの勾配の何処にカムが突き当たっているのかの違いに至ります

このFlash Matic機構部はマウント部直前に配置されているガイドナンバーのプリセット環 (ツマミ) の設定に連係/連動しています。内部に「捻りバネ」が附随していてガイドナンバーの設定により機構部そのモノが上下に移動するよう設計されており、距離環を回した時の被写体との距離によっては絞り羽根の開閉に制限を設けている考え方です。

つまり距離環を回していくと途中でこのFlash Matic機構部が作動して「なだらかなカーブ」にカムが突き当たることで絞り羽根の開閉を制御している為、距離環のトルクを指で感じている時に「カツン」と内部で何かが当たる感触が伝わります。それが「カムがなだらかなカーブに突き当たっている感触」であり、構造上この「カツン」と当たる感触を (或いはカムがなだらかなカーブから離れて抵抗/負荷が消えてフリーになる感触) を調整することは物理的に不可能です。そのような設計なので「Blitz」タイプでは調整はできません。

逆に言うと、一般的なオールドレンズではそのような原理が存在しないのでこのモデル独特な話になります。それはヘリコイドを回していった時にいったいどの位置でカムがなだらかなカーブに突き当たるのか、或いは解除されるのかの判定/調整が必須になるので相当難度の高いモデルであることが今回判りました。それはガイドナンバーのプリセットツマミがいったいどのヘリコイド位置の時にこの機構部を上下動させているのかに繋がる話なのですが (捻りバネのチカラで上の写真真鍮製のアームが常に前後玉方向/直進方向で内部で移動している)、内部が見えているワケではないので「原理原則」が理解できている人しかこのモデルはオーバーホールが完遂できません。それは結果的に絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と密接に繋がるので前出の階段状のギア部分とストッパーとの噛み合わせを見て、すぐにピ〜ンと来る人でなければちゃんと仕上げられません

相当難度が高いモデルですが、当方も2日目にしてようやくその概念を理解できました (つまりその程度のスキル止まりです)。

然し、それにしてもこのFlash Matic機構部を設計した人は相当賢い方だったと感心してしまいました。何故なら被写体との実距離でフラッシュを焚いた光が到達する必要があるワケで、その時絞り羽根の開閉制御まで考慮して一気にプリセットツマミの設定だけで自動化してしまったと言うのが驚異です。
このような話をCarl Zeissのサイトで、それこそNikonの千夜一夜物語のように創意工夫の苦労話や当時の意地を架けた話しなど知らしめてくれれば、それがそのまままたこのモデルの「大いなる魅力」として後世にまで語り継がれられると言うものです。

その意味で、この「Blitz」は旧西ドイツの光学メーカーに多く見られるギミック感タップリの被写界深度インジケーター (ゼブラ柄モデルに多い)や、或いはマウント種別の相違によるギミック感に限らず、それらとはまるッきし次元の異なる「高度な自動化」を当時のマニュアルフォーカス方式オールドレンズに与えてしまった「生ける実証機」たる存在ではないかと感服しました!

CONTAREX版Carl ZeissのPlanar 50mm/f2を手に入れるなら、この「Blitz」以外あり得ないとまで絶大なるロマンの広さを感じた次第です

Flash Maticのツマミ環をセットします。

結局、この「Flash Matic機構部」は距離環を回した時の距離指標値と関係が強いので (フラッシュのガイドナンバーが関係するから) ヘリコイドのトルクにも大きく影響しています。従ってトルクムラを生じる原因にもなっていることが判明しました。

さらに前出のヘリコイド内側にある「制御環の鋼球ボール」がゴリゴリと擦れるのも距離環を回す時のトルクムラの一因になっていました。

これらの与件から2日目は再びバラして一からやり直しました。

鋼球ボール72個を「磨き研磨」し平滑性を取り戻す作業 (ゴリゴリの改善)。
直進キーが逆付けされていたことが調べて判明 (正しく付け直す)。
20箇所近くあった古いグリースの固形化を一つずつ剥がした (トルクムラ改善)。
Flash Matic機構部の連係/連動の仕組みを調べる。

・・とまぁ〜こんな感じで1日目には気がつくことができなかった問題点を克服していきました(笑)

何度も何度もヘリコイドを回したりしながら何が影響してトルクムラに繋がっているのかを逐一調べていった次第です。特に直進キーの片側がガイド部分の途中で僅かに引っ掛かり詰まっていたのはそう簡単には判りませんでした。

↑こちらの写真は2日目に撮っていますが、ようやく全ての問題点が改善できマウント部をセットしたところです。何と恨めしいことか・・(笑)

↑指標値環をセットします。指標値環を固定する箇所は決まっている設計なので微調整ができません。

↑距離環を仮止めしてから光学系前後群を組み付けて無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行えば完成です。

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ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑以前にシルバー鏡胴モデルをバラしていた経験があるからと高を括っていたのが仇となり2日掛かりの作業になってしまいました(笑)

それはそうですョ。Flash Matic機構部はヘリコイドの動きとも深く関わり、且つ絞り羽根の開閉動作も制限している仕組みなのですからシルバー鏡胴モデルと同じ設計のハズがありません(笑) そもそもフィルムカメラ音痴なのがイケナイのです・・。

要は当方の技術スキルが如何に低いのかを知らしめただけと言うお話ですね・・(笑)

↑光学系内の透明度が高くなりましたが、残念ながら第2群の貼り合わせレンズは「外周附近から中心部に向かって1/3程の領域」にバルサム切れ (貼り合わせレンズの接着剤/バルサムが経年劣化で剥離し始めて白濁化し薄いクモリ、或いは反射が生じている状態) が生じています。

その結果、LED光照射すると極薄いクモリとなって浮き上がります。ラッキ〜だったのは中心部がまだバルサム切れしていなかったので写真には影響が出にくい状態です (そうは言っても光源を含んだり逆光撮影時には多少ハロの出現率が上がると思います)。

↑後群側も透明度が高い状態をキープしています。第4群の締め付けが緩かったので当初バラす前の実写確認でピント面が甘い印象に繋がっていたようです。後玉に経年のカビ除去痕が複数残っています (除去できません)。

↑絞り羽根を閉じていくとご覧のようにグルグルと吸い込まれるような錯覚を覚える閉じ方をします(笑) 何とも不気味なのですが、これがこれでまた魅力的で何度も遊んでしまいます(笑)

当初バラす前の絞りユニット設定では同梱頂いたマウントアダプタ装着時にキッチリ開放f値「f2」で全開していませんでした。少々閉じすぎの傾向だったので適切に調整しています。附属のマウントアダプタは開放f値「f1.4」まで絞り値が刻印されているタイプですので (f1.4レンズまで装着できるので) 当然ながらマウントアダプタ装着の時に絞りユニットとの連係が確実に成されていれば「ちゃんとf2で全開している状態」なのが正しいハズです。

つまりマウントアダプタの絞り環を「f1.4」にセットした時、このモデルでは絞り羽根が内部に収納されていなければイケマセンが当初はギリギリ顔出ししていたので「閉じすぎ設定」だったことが判ります。

おそらく過去メンテナンスした人はこのモデルの「原理原則」が全て理解できていなかったのではないかと推察しますね。なお、このモデルでの開放f値「f2」に於ける絞り羽根全開とは、光学系後群側内部の第3群〜第4群に挟まっている「入射光遮蔽シム環」を考慮した位置を指すので、その遮光シム環との兼ね合いで調整した位置が正しい開放状態です (第2群貼り合わせレンズの縁との一致ではない)。とても細かい話をしていますが、それは簡易検査具で実際の絞り値と絞り環刻印絞り値との整合性を調べていったら判明した位置ですから間違いない事実です。逆に言えば、その為に後群側でワザワザ入射光を遮る「遮蔽シム環」を咬ませているのだと納得できます。要は「原理原則」と「観察と考察」の鬩ぎ合いの中で導き出されるお話ですね(笑)

ここからは鏡胴の写真になりますが経年の使用感をほとんど感じない大変キレイな状態を維持した個体です。当方による筐体外装の「磨きいれ」を施したので大変落ち着いた美しい仕上がりになっています。もちろんクロームメッキ部分やアルミ合金材削り出し部分も「光沢研磨」しているので当時のような艶めかしい眩い光彩を放っています (エイジング処理済)。

↑塗布したヘリコイドグリースは黄褐色系グリース粘性中程度と軽め」を使い分けて塗りました。距離環を回すトルク感は「普通」人により「重め」ですが、このモデルはピント面の山がアッと言う間に近いのでワザと故意に軽めになりすぎないようトルク感調整を施しています。一度最初に「軽め」に仕上げて実写確認しましたがピント位置が掴みにくかったので再びバラしてヘリコイドグリースを入れ替えました (現状適切なトルク感です)。

距離環を回すトルクは「全域に渡り完璧に均一」ですが、このモデルは「Blitz」なのでFlash Matic機構部の工程で解説した「カム」がなだらかなカーブに突き当たる際「クッ」と一瞬抵抗/負荷を感じる、或いは僅かに「コツン」と当たっている感触を受けるかも知れません。

逆に言うと当初バラす前の状況ではそのようなビミョ〜な抵抗を感じることが一切できないほどにトルクムラが生じていたので、より適切にヘリコイドの回転状況が指に伝わるようになったと受け取って頂いても結構です (つまり違和感には至らない)。もちろんシットリした操作性に仕上げてあるので、きっと何度も回して遊びたい気持ちになると思います・・(笑)

Flash Maticの調整はフィルムカメラに装着してフラッシュを焚いて確認していませんが、当初位置のまま組み上げています。当方ではフィルムカメラ装着時の確認はできませんのでお許し下さいませ (申し訳御座いません)。本来ならばフィルムカメラでフラッシュを焚いてガイドナンバーと絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) を全ての絞り値でチェックして (写真を現像して) 適切な光量なのか否かを確認するのでしょうが、当方ではそのような確認をしません。

無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

また当初バラす前の実写確認でピントが甘い印象だったのがこのモデル本来の鋭さに改善できています。なお、距離環を締め付け固定しているイモネジ3本は2本が破断しているのでそのまま使っています。破断したまま緩かったので当初ガチャガチャとガタつきが生じていましたがキッチリ締め付け固定しています。

また距離環のアルミ合金材削り出しのローレット (滑り止め) 部分にある経年の酸化/腐食痕は残念ながら「磨きいれ」しても除去できません。そのままポツポツと痕が残っています。

無限遠位置〜最短撮影距離位置までシットリした操作でピント合わせ時も軽いチカラで楽に操作できます。マウントアダプタの絞り環操作とも適切/確実に連係動作し、もちろん光軸確認やピント面の鋭さもチェック済です。おそらく完璧な仕上がりに至っているのではないでしょうか?

このモデルの市場価格が安ければ是非是非手元に残しておきたいオールドレンズです(笑) このモデルの空間表現能力は相当高いレベルと評価しています (ちょっとコトバで言い表せないほど惹かれます)。仕上がった今回の個体をイジりながら暫し「いいなぁ〜コレ」と溜息混じりでした(笑)

↑当レンズによる最短撮影距離38cn付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

なお、この実写はミニスタジオで撮影していますが上方と右側方向からライティングしています。その関係でフードを装着していない為に絞り値の設定によりハレ切りが不完全なまま撮影しています。一応手を翳していますがハレの影響から一部にコントラスト低下が出てしまうことがあります。しかし簡易検査具による光学系の検査を実施しており光軸確認はもちろん偏心まで含め適正/正常です。

↑絞り環を回して設定絞り値「f2.8」で撮影しています。

↑さらに回してf値「f4」で撮りました。

↑f値は「f5.6」に変わっています。

↑f値は「f8」になりました。

↑f値「f11」です。

↑f値「f16」で撮りました。

↑最小絞り値「f22」での撮影です。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。