◎ EASTMAN KODAK (イーストマン・コダック) EKTRA EKTAR 50mm/f1.9(EK)

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今回の掲載はオーバーホール/修理ご依頼分オールドレンズに関するご依頼者様や一般の方々へのご案内です。
(ヤフオク! に出品している商品ではありません)

写真付の解説のほうが分かり易いためもありますが、ご依頼者様のみならず一般の方でもこのモデルのことをご存知ない方のことも考え今回は無料で掲載しています (オーバーホール/修理の全行程写真掲載/解説は有料です)。
オールドレンズの製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。


今回のモデルは、当時アメリカのニューヨーク州ロチェスターに本社を置くEASTMAN KODAK (イーストマン・コダック) 社より1941年に発売されたレンジファインダーフィルムカメラ「EKTRA (エクトラ)」用の標準レンズです。

レンジファインダー機と言うこともあり独自マウントを採用したためEKTRAでしか使えませんが、そもそも生産台数が少なく入手するのが非常に困難な状態です (1941年からの7年間で生産数僅か2,500台のようです)。

交換レンズ群は全部で6本しか用意されませんでした・・。

EKTAR 35mm/f3.3 (3群5枚ヘリアー型)
EKTAR 50mm/f3.5 (3群4枚テッサー型)
EKTAR 50mm/f1.9 (4群7枚変形ダブルガウス型)
・EKTAR 90mm/f3.5 (3群3枚トリプレット型)
・EKTAR 135mm/f3.5 (2群4枚テレフォト型)
・EKTAR 153mm/f4.5 (2群4枚テレフォト型)

今回のモデルは4群7枚の拡張ダブルガウス型で第1群にいきなり貼り合わせレンズ (2枚の光学硝子レンズを接着剤を使って貼り合わせて一つにしたレンズ群) を持ってきた独特な設計です。

   
   

上の写真はFlickriverで、このモデルの実写を検索した中から特徴的なものをピックアップしてみました。
上段左端から「円形ボケ①・円形ボケ②・円形ボケ③・ゴースト」で、下段左端に移って「リアル感①・リアル感②・発色性・動物毛」です。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)

この「EKTRA Ektarシリーズ」にはその描写性に共通の光学設計思想が感じられ、それは上のピックアップ写真下段左端1〜2枚目で端的に表しています。残念ながら今回のモデルではなくCマウントのシネレンズによる写真ですが、この非常にリアルな現場感の写し込みが大きな 魅力です。特にピント面の鋭さや緻密さなどが協調されているワケではなく、もちろん単なる甘い印象のオールドレンズライクな画造りと一言で済ましてしまうワケにもいきません。

被写体の素材感や材質感を写し込む質感表現能力に優れ距離感や空気感までも漂わす立体的でリアルな表現性を持ち、結果的に現場感や臨場感などを余すことなく見事に再現しているその描写性には惚れ惚れしますね・・。

数多くあるオールドレンズの中で、何はともあれ1本だけ標準レンズを選べと言われたら迷わず「EKTRA EKTAR 50mm/f1.9」をチョイスしますね。それほどの銘玉中の銘玉です。

然し、哀しいことにその独特なマウントのために最近では海外オークションebayでもバラされ創作レンズ (プリコラージュ) として使われつつあり、現実的にフィルムカメラEKTRA EKTARで使う以外にマウントアダプタが存在しない以上方法が無く、オリジナルの状態を残したままの個体が消えていく、まさしく「絶滅危惧種」たる運命でしょうか・・。
(唯一マウントアダプタを製産していた三晃精機さんがありましたが現在は不明です)

今回のオーバーホール/修理ご依頼は実は以前一度オーバーホールした個体の再修理になります。2015年の作業でしたから2年半ぶりに再び手元に届いたワケで・・懐かしい。

↑上の写真は届いた今回の個体を解体している最中に撮影したものです。

ご依頼内容は「距離環が突然固着してしまい動かなくなった」と言うことでしたが届いた個体は確かに無限遠位置少々手前辺り (50ft〜25ft) で完全にカジリ付いていました。しかし、そもそも内部構造的に距離環がカジリ付く原因が存在しないので全く見当が着かないまま再修理のご依頼を承りました。

そしてバラしてみると原因は根本的な問題が関わっていました。2015年にオーバーホールした際に当初から外れていたネジが再び外れていたのです。

具体的には2015年時点で外れていたのは「内ヘリコイド用直進キーのネジ」でしたが、今回はネジの反対側に位置する「真鍮製のナット」が外れて内部に落下してしまい、内ヘリコイドと外ヘリコイドの間で咬んでいました。それで距離環が突然停止したのです。

これは当方にとっては非常に厄介な状態で正しくは「内ヘリコイドのオス側ネジ山にササクレが発生」してしまいました。外れて落下した真鍮製ナットが同じく真鍮材のヘリコイドのネジ山に斜め状に咬んでしまいネジ山をえぐっていました。

当初解体するにもカジリ付いてしまった真鍮製ナット自体を外すことができず (それほど本格的に刺さっていた) 内ヘリコイドと外ヘリコイドの隙間は僅か5mm弱ほどしかありませんから、ドライバーで押そうが何しようがビクともしません (下手にチカラを入れるとえぐれ箇所をさらに深くしてしまう)。

1時間ほど悪戦苦闘してえぐれを酷くせずにようやく真鍮製ナットを取り外した (仕方ないのでナット側を極僅かに削っていきました) ところ、ヘリコイドが駆動し始め解体できました。

さて、この根本原因がそもそも2015年時点の原因と同一であることが今回判明しました。悪いのは「締付用のアルミ合金製ネジ」なのです。今回内ヘリコイド用のアルミ合金製ネジを見たところネジ穴が埋まるほど微細な摩耗粉が発生していました。つまりアルミ合金製ネジのネジ山が削れていったワケです。

これはご依頼者様のご使用方法が決して悪いのではなく、そもそも設計が拙いのです。真鍮製ナットに対してアルミ合金製ネジを使って締め付けること。さらにその役目は「直進キー」ですから同様に真鍮材のスリット (溝) を行ったり来たりする「チカラが常に架かる箇所」だからです。真鍮材の中に使っている肝心な締付ネジがアルミ合金材であることが問題なのです。

ではどうして同じ真鍮材の締付ネジを用意しなかったのでしょうか?

答えは「トルクムラ」です。距離環を回して内外ヘリコイド同士が互いに連係し合って直進動する時「適度に撓んでくれる」ことでトルクムラを解消させる必要性から「敢えてアルミ合金材の締付ネジを選択した」と言えます。その意味では設計がマズイと言っても仕方ないこととも考えられます。

2015年時点で内ヘリコイド側の締付ネジがポロッと外れていた理由は不明なままですが今回は間違いなくネジのネジ山が削れており摩耗していたことが確認できました (外ヘリコイド側で使っている同じアルミ合金製の締付ネジネジ山と比較すれば一目瞭然:上の写真でも違いが分かる)。

残念ながらこの個体は「限りなく製品寿命に近づきつつある」と言えるでしょうか(泣)

インチネジなのでこの規格のネジを入手できないばかりかアルミ合金材となると出回っていないと考えます (ニッケル材では軟らかすぎる)。

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オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。一部を解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。

前回2015年時点で既に完全解体し内部構成パーツは「磨き研磨」が施されており、今回2年半ぶりに再びバラしましたが研磨した表層面の平滑性はちゃんとキープされていました (もちろん一切酸化していない)。

今回は光学系第1群 (前玉) 〜 絞りユニット 〜 後群 (後玉) までは特にバラす必要が無いので、光学系の清掃のみ実施するとして半完成状態のまま使うことにします (もちろん絞り羽根の油染みなど発生していません/確認済)。

↑こんな感じで半完成状態のまま鏡筒周りは使います (後で光学系のみバラして清掃しました)。

↑さて、ここからが厄介な工程です。外ヘリコイドの内側には「内ヘリコイド用メスネジ」が切削されていますが外ヘリコイド側は「空転ヘリコイド」になっています。ただでさえこの「空転ヘリコイド」側にはトルクムラが生じ易いのに、ブラスして今回は内ヘリコイド用メス側のネジ山にえぐれ箇所が生じてしまいました。まずはその箇所の「磨き研磨」を行いますが残念ながら「ネジ山の谷部分」は研磨しようがありません。

大変申し訳御座いませんが残念ながらトルクムラが残ります・・。

↑こちらは距離環やマウント部が組み付けられる基台 (空転ヘリコイドオス側) です。既に2015年時点で「磨き研磨」が終わっており平滑性もキープしていました (酸化も無し)。

↑こんな感じで「空転ヘリコイド」はセットされていきます。

↑基台 (空転ヘリコイド) が完成した状態を撮影しました。

↑指標値環を組み付けてマウント部の「締付環」を固定します。

↑内ヘリコイド側オスネジが切削された感をさらにバラして「磨き研磨」を施しますが、前述のとおり「ネジ山の谷部分」は研磨できません (つまりトルクムラが残る)。

↑いとも簡単に組み上がったように見えますが(笑)、上の写真を撮影するのに既に3時間が経過しています。問題のササクレ箇所を「磨き研磨」した後に6種類ある黄褐色系グリースの粘性を取っ替え引っ替えしつつ組み上げていたワケです。

↑一つ前の工程でトルク感をチェックしつつ組み上げても、この工程で距離環をセットすると再びどうしようもないトルクに至り、とてもピント合わせできる状態になりません。つまり ダブルヘリコイド (一方は空転ヘリコイド) の為ササクレのせいでそう簡単には滑らかなトルク感に仕上がりません。

ヘリコイドグリースと言うのは、軽いトルク感に仕上げたいからと言っても必ずしも「粘性:軽め」が良いとは限りません。それはネジ山の状態如何で変わりますしネジ山の材質でも変化しますから「粘性:重め」のほうが良い結果に繋がることもあるのです。従って、この工程では一旦組み上がった基台側を再びバラしてグリースを入れ替えつつ距離環を組み付けていく 作業になるので・・ここでも4時間が経過。アッと言う間に1日が過ぎていきます(笑)

時間ばかり掛ければ良いワケではないので(笑)、如何に当方の技術スキルが低いのかを思い 知らされながらの作業です。どうかこのブログをご覧頂いている皆様も、当方の技術スキルはその程度なのだとご承知置き下さいませ。先ず間違いなくプロのカメラ店様や修理専門会社様宛にメンテナンス依頼したほうが信用/信頼も高くそもそも安心です。

逃げ口上はともかく、どのような結果に至ったのかと言うと「何とか使える状態まで復元」と言うのが正直なところでしょうか。距離環を回した時2箇所の位置で急にトルクが重くなりますが、それは繰り出し時/収納時で異なります。

つまり冒頭で説明した「アルミ合金製締付ネジ」を完全にキッチリ締め付けるとヘリコイドが動かなくなるため (既にネジ山が摩耗している為にナットが定位置で固定されない) 仕方なく 寸前で締め付けをやめています。

これは何を意味するのか・・???

いずれ将来再びナットかネジが落下する懸念があります。その際も同様ネジ山が摩耗しているハズなので下手すれば二度と締付できない状態に陥るかも知れません。それ故「限りなく製品寿命に近づいている状態」と言う表現になってしまいます (騙し騙し使うしかない)。
申し訳御座いません・・。

これで仕上がるのではなく、実はオーバーホールとしては「工程半ば」なのがこの状態です。ここからは半完成品である鏡筒を組み込まなければイケマセン。しかしこのモデルはその鏡筒をセットするのがまた大変なので厄介なのです(笑)

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ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑半完成品の鏡筒をセットするのにかかった時間も4時間・・既に深夜でしたが、どんだけ時間を掛ければ気が済むのかホントにアホですね(笑)
これがプロになると1日に2〜3本仕上げてしまうワケですからスキルの差は歴然ですョ。

ようやく「何とか使える状態」まで復元できました。何とか使える状態と言っても、問題なのはピント合わせ時のトルクムラであり距離環を回していると急に重くなり「動かない?」と思ってしまうほど固くなる箇所があります。然しそれは内ヘリコイド側「直進キー」たるナットとアルミ合金製締付ネジとが極僅かに撓んでいるからそのような状況に陥るワケで、そのまま「チカラを加えて前後に動かす」動作をすればスルスルっと動いたりします (同じ方向ばかりに回そうとすると動きませんから必ず反対方向に少し微動させてみて下さい)。

つまりちょっとした使い方のコツが必要なワケですが、取り敢えずフツ〜にピント合わせできる状態に仕上がっています。但しトルク感は「重め」に調整し仕上げました。理由は前述の「直進キー」の問題から軽くすると本格的にヘリコイドが停止してしまうからです。

これが「当方の技術スキルでの限界」であり、そう言うレベルです(笑)

↑光学系内はそのままですが取り敢えず清掃だけしました。

↑大変珍しい「後期型」なので後群周囲に「遮光環 (メクラ環)」が備わっています。この個体は市場でもまだ見たことが無いので本当に貴重です!

↑前回オーバーホールから2年半経過していましたが、塗布していたグリースは経年劣化が進行しながらも揮発油成分がまだ廻っていないので絞り羽根にも油染みが皆無でした。

鏡筒のグラつきは僅かに残っています。これを締め付けてグラつきを解消させるとヘリコイドのトルクムラが増大したので仕方なく諦めました (一応構造上の問題です)。

↑決して使い易いトルク感には仕上がっていません・・本当に申し訳御座いません。

ピント面は鋭さをチェックしながら鏡筒をセットしたので充分な描写性能に至っています。
もちろん無限遠位置 (僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環の絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

↑近接撮影時の切替スイッチも「無効化」したままで組み付けたので∞〜最短撮影距離1.5ft まで今まで同様シームレスに距離環が回ります。

↑当レンズによる最短撮影距離45cm附近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

↑絞り環を回して設定絞り値「f2.8」で撮影しました。

↑さらに回してf値「f4」で撮っています。

↑f値は「f5.6」になりました。

↑f値「f8」での撮影です。

↑f値「f11」での撮影です。

↑f値「f16」です。

↑最小絞り値「f22」での撮影です。今回のオーバーホール/修理ご依頼誠にありがとう御座いました。大変長い期間に渡りお待たせしてしまい申し訳御座いません。またこのような不本意なる整備になりましたことお詫び申し上げます。