◎ PORST (ポルスト) AUTO REFLECTA 55mm/f1.7《前期型:富岡光学製》(M42)

(以下掲載の写真はクリックすると拡大写真をご覧頂けます)
写真を閉じる際は、写真の外 (グレー部分) をクリックすれば閉じます

今回完璧なオーバーホールが終わって出品するモデルは、旧西ドイツの写真機材通販商社PORST製標準レンズ『AUTO REFLECTA 55mm/f1.7《富岡光学製:前期型》(M42)』です。

PORST (ポルスト) はブランド銘で、1919年にドイツ人のHanns Porst (ハンス・ポルスト) 氏によって、旧ドイツのニュルンベルク市で創業した主に写真機材を専門に扱う通信販売専門会社「PHOTO PORST」で使われていたブランドです。会社所在地のニュルンベルク市はバイエルン州に属する街ですが、敗戦後の東西ドイツ分断の時期に於いては、バイエルン州自体が複雑に東西ドイツに跨がっていたためにネット上の解説では旧東ドイツの会社だと案内されていることがあります・・正しくは「旧西ドイツ」になります。同じPORSTでも創業者の名前を採ったブランド銘ですから当時実在していた「Porst市」とは一切関係がありません。
ちなみに、1930年〜1950年代に駆けては自身の名前の頭文字から「HAPO」ブランドを展開していたようですが、PORSTブランドの製品も含めて自社での開発をせず、他社光学メーカーからのOEM製品供給に頼っていたようです。終盤期にはPORSTブランドに追加して「carenar (カリーナー)」ブランドが新たに加わりますが、愛娘の名前をあしらってブランド銘にしています (日本語的な読み方のカレナーではありません)。

今回出品するモデルは、当時PORSTが旧東ドイツのPENTACONより1968年に発売されたPENTACON製フィルムカメラ「PRAKTICA SUPER TL」を原型モデルとしてOEM供給を受け、1970年に自社製品として「PORST REFLEX FX6」と命名し発売したフィルムカメラにセットされていた標準レンズであり、富岡光学製のPORST向けOEM輸出用モデルになります。
なお、このフィルムカメラ「PORST REFLEX FX6」は翌年1971年までの販売で終了しているために、セットレンズである今回出品するモデル自体も、現在市場に於いての出現率が非常に少ない珍しいモデルになってしまっています。

この当時のモノコーティングである焦点距離「55mm/f1.7」の富岡光学製オールドレンズは、今までにアメリカのargus製「Auto-Cintar 55mm/f1.7」やRevue製「AUTO REVUE-NON 55mm/f1.7」チノン製「AUTO CHINON 55mm/f1.7」など数多くオーバーホールしていますが、いずれの個体も外観はともかく構造面では「後期型」ばかりで、肝心な「前期型」を手掛けたことがまだありませんでした。特に同じ焦点距離55mmでも開放F値「f1.4」のモデルには「前期型」のモデルが市場には流れているので、どうして「55mm/f1.7」のほうだけ「後期型」ばかりなのか不思議だったのです・・。

と言うのも、富岡光学製のOEMモデルは製造番号の先頭2桁〜3桁にOEM先メーカー専用の番号を符番しているため、純粋にシリアルな製造番号として捉えてしまうと生産時期の前後が判断できません (生産数の増大に伴い桁数がMAX値に達すると繰り上げずに別の先頭番号を符番している)。そのため富岡光学製オールドレンズである外観の特徴から前期型を探すしか方法が無かったのですが、ブランド銘が不明なままではなかなか発見できませんでした (検索に引っ掛からない)。特に今回のモデルのようにノーブランドのモデルは、まず見つけようがありませんから調達できラッキ〜でした。その意味で、今回の出品モデルは富岡光学製OEMモデルの焦点距離「55mm/f1.7」の中で非常に希少だと言えます (それほど前期型は珍しい)。

そして、今回の最大の発見は光学系構成に相違があったことです。前期型では典型的な4群6枚のダブルガウス型を採用していました。後に登場する後期型では前群を拡張させた5群6枚のウルトロン型に変わっています。その意味では、前期型と後期型とでは描写性能が全く変わりますし、特に後期型にはマルチコーティングのモデルも存在するので収差が改善された分解像度も上がり、選択肢としてのバリエーションを考えるとなかなかオモシロイと思います (収差を味として捉えるならば、むしろダブルガウス型の前期型のほうに魅力があると言う考え方もアリではないかと)。枚数が少ないですが、Flickriverでこのモデルの実写を検索したので興味がある方はご覧下さいませ。

これらの事実から、富岡光学ではPORST向けOEM輸出が僅か1年少々で終わってしまったことを受け、光学系を含めた再設計に至ったのではないかと踏んでいます。1972年からは「後期型」モデルとして登場した「AUTO CHINON 55mm/f1.7 (M42)」を筆頭に様々なブランド銘で「55mm/f1.7」が世界中にOEM輸出されています。

  ●                 

今回の企画は『今一度輝け! 富岡55mm/f1.7』です。企画の目的は、富岡光学製OEMモデルの特に焦点距離「55mm/f1.7」に関して、富岡光学製オールドレンズとしての妥協のない最高の描写性能がギュッと凝縮されているにも拘わらず、ヤフオク! での評価 (落札価格) が低迷していることにガツンと活を入れる目的です (なので強気の即決価格で設定)。

特に、下の ④ CHINON製準マクロ標準レンズ『AUTO CHINON MCM55mm/f1.7 MACRO MULTI COATED LENS《富岡光学製:後期型》(M42)』で、唯一開放F値「f1.7」のモデルが準マクロレンズとして採用された (開放F値f1.2やf1.4ではない) 光学系を実装していることに着目し、その原型たる素の「55mm/f1.7」の素性の良さを再認識する狙いもあります。

また、このモデル (素の55mm/f1.7) に「前期型」が存在することも、今回初めて知りました (推測していたがオーバーホールしたのは初めて)。光学系の相違点や、後のマルチコーティング化、或いは集大成たる準マクロ標準レンズなど、それぞれの魅力を踏まえた上で揃えた希少モデルばかりです。是非ともご検討下さいませ。

  1. PORST製:AUTO REFLECTA 55mm/f1.7 (M42)【前期型】
  2. GAF製:AUTO GAF 55mm/f1.7 (M42)【後期型】
  3. CHINON製:AUTO CHINON MULTI-COATED (M42)【後期型】
  4. CHINON製:AUTO CHINON MCM 55mm/f1.7 MACRO MULTI COATED LENS (M42)【後期型】

  ●                 

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。今回前期型を調達でき、初めてバラしたことで内部構造としての設計思想は、一貫しており後に登場する後期型にもこの前期型の考え方が受け継がれていることが判明しました。

今回のモデルを「前期型」と判定した最大の「証」は、実は内部構造や外観からの特徴ではなく内部に使われている「固定用ネジ」の相違でした(笑) 特に日本製オールドレンズに関して1960年代〜1970年代前半辺りまでは真鍮製のネジが使われており磁性に反応しない固定ネジでした。さらに決定的な相違は「マイナスネジ」を使っていることです (プラスネジは皆無)。これが1970年代後半以降になると「プラスネジ」に変わりマイナスネジは一切使われなくなります。
製造番号から生産時期の判定ができないため内部構造の相違だけではなかなか確たる証拠にならないのですが、使われているネジ種の相違は明らかな生産時期の相違と合致してきますからオールドレンズは「観察と考察」をシッカリすることで意外な発見に繋がります。

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルではヘリコイド (オス側) が独立しており別に存在しています。鏡筒としての基本設計がこの時点で既に確立されていたことが前期型をバラしたことで判りました (後期型でも同じ設計思想を踏襲)。

↑6枚の絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させます。絞り羽根の格納方法まで後期型と同一でした。

↑ところが、この前期型の頃には「シム環」が存在していました。「シム環」は、光学系の光路長を調整する役目のスペーサーのようなパーツです (後期型では消滅している)。また最大の相違点は、絞り羽根の「開放側調整機能」を装備していたことです。絞り羽根が閉じた時の「最小絞り値側調整機能」は後の後期型でも実装していますが、絞り羽根が完全開放した時の調整は後期型では省かれてしまいました。
つまりこれらの事実から、後期型では明らかに生産時の「工程数削減=コスト削減」を狙った設計変更を採ったことが判りました。上の写真で「位置決めキー」は、鏡筒が格納される位置を決める役目であり、「開放側調整ネジ」により絞り羽根の開放時に顔出ししないよう調整ができていました。また同時に絞り羽根が閉じきった際の「最小絞り値側調整機能」も装備しているので、絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) を細かく調整できる設計になっています。

↑距離環やマウント部を組み付けるための基台です。

↑真鍮製のヘリコイド (メス側) を、無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。

↑ヘリコイド (オス側) を、やはり無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルでは全部で7箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

ここでも新たな発見がありました。ヘリコイド (オス側) のネジ山で「山側」に関しては、鏡筒削り出しの際のメッキ加工塗色を残したままでネジ部を切削していたことが判りました (上の写真で赤色矢印で指し示している黒色部分)。鏡筒のメッキ塗色がそのまま残っている切削なので、一見すると白黒の縞模様に見えますが、実はこのようなネジ山の場合はネジピッチも荒くなっておりネジ山数が後期型に比較して少ないのです。

今までオールドレンズをバラしていても、一部構成パーツに富岡光学製の特徴があるものの、ヘリコイドのネジ山が白黒なので富岡光学製の判定ができなかったモデルが幾つかあるのですが、これで富岡光学製であることが確実になりました。

↑後期型と全く同一の設計思想になりますが、ヘリコイド (オス側) の内側に鏡筒をストンと落とし込んでから、前玉方向より「固定環」を締め付けて鏡筒を固定する方式であることも判ります (つまり基本設計は後期型でも一切変わっていないことになる)。

↑こちらはマウント部内部を撮影していますが、既に当方による「磨き研磨」が終わった状態で撮っています。

↑マウント部内部の連動系・連係系パーツにも相違点がありました。上の写真のパーツは、マウント面の絞り連動ピンの押し込み動作に連動して駆動している「絞り連動ピン連係アーム」ですが、後期型ではバラバラのパーツでした。しかし、今回の前期型では「カシメ止め」しており後期型に比べて工程数が多かったことが判ります (逆に言うと後期型ではここでも工程数を減らしてコスト削減を図っていたことが判る)。

↑外していた各連動系・連係系パーツも個別に「磨き研磨」を施し組み付けます。連動系・連係系パーツには「捻りバネ」と「コイルばね」が附随しており、鏡筒内の絞りユニットに組み付けられている絞り羽根に対して、互いに反対方向のチカラを及ぼしています (一方は開こうとするチカラでもう一方は閉じようとするチカラ)。

富岡光学製オールドレンズでは、特に「捻りバネ」と「コイルばね」との引張率 (或いは反発力) のバランス調整が非常に難しいと言わざるを得ません。つまり、今回のモデルでの最大の難関は、この「マウント部内部の各連動系・連係系パーツの調整」なのです。ここをクリアできる方は、相当なスキルの保有者だと言えますね。

↑完成したマウント部を基台にセットします。ここでも使われている固定ネジは「マイナス」です (後期型ではプラスネジに変わっている)。

↑指標値環を組み付けます。

↑鋼球ボール (2個) を入れ込んでから絞り環をセットします。

↑後期型では、自動/手動切替スイッチ (A/Mスイッチ) の「スイッチ環」は完全な環 (リング/輪っか) でしたが、前期型では上の写真のような「半円形」のパーツにツマミを取り付けた設計でした。従って、スイッチ操作は少々シッカリした (どちらかと言うと重めの) 操作性になっているので、後期型では操作性を改善させていたことも判りますね (リング形状にすることでスイッチ操作時の負荷/抵抗のツマミへの集中を低減できるから)。

↑スイッチ部を取り付けて完成した飾り環を組み付けます。梨地銀枠の飾り環に対して均等配置でイモネジ (ネジ頭が無くネジ部にいきなりマイナスの切り込みを入れたネジ種) が3本入ります (グリーンの矢印)。この薄い厚みの「飾り環」にイモネジ (3本) を使って締め付け固定する方法を採っていたのが富岡光学製オールドレンズだけですから、外観で富岡光学製だと判定するのに最も分かり易い富岡光学製オールドレンズの特徴になります (M42マウントのモデルのみ)。

↑距離環を仮止めしてから光学系前後群を組み付けて無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (それぞれ解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行い、最後にフィルター枠とレンズ銘板をセットすれば完成です。

修理広告

DOHヘッダー

ここからはオーバーホールが完了した出品商品の写真になります。

↑パッと見ただけではなかなか気がつきませんが、ようやく「前期型」を調達しオーバーホールできました。ありがたいことに、今回の個体には樹脂製ですがフード (ネジ込み式) が附属しています。

↑光学系内の透明度が非常に高く、LED光照射でもコーティング層の経年劣化に伴う極薄いクモリすら「皆無」です。

↑上の写真 (3枚) は、光学系前群のキズの状態を拡大撮影しています。すべて極微細な点キズを撮っていますが微細すぎてすべて写っていません。

↑光学系後群の透明度も高いのですが、残念ながら後玉にはヘアラインキズ (複数) と目立つカビ除去痕が数点散見します。

↑上の写真 (3枚) は、光学系後群のキズの状態を拡大撮影しています。極微細な点キズよりも特大の目立つカビ除去痕が数箇所残っています (当てキズのように見えますがLED光照射で見るとカビ除去痕であることが分かります)。ヘアラインキズは微細すぎて写りませんでしたが、やはりLED光照射では十数本浮き上がります。カビ除去痕が目立ちますが写真には影響しません。

【光学系の状態】(順光目視で様々な角度から確認)
・コーティング劣化/カビ除去痕等極微細な点キズ
(経年のCO2溶解に拠るコーティング層点状腐食)
前群内:13点、目立つ点キズ:8点
後群内:16点、目立つ点キズ:10点
・コーティング層の経年劣化:前後群あり
・カビ除去痕:あり、カビ:なし
・ヘアラインキズ:あり
・バルサム切れ:無し (貼り合わせレンズあり)
・深く目立つ当てキズ/擦りキズ:無し
・光源透過の汚れ/クモリ (カビ除去痕除く):皆無
・その他:光学系内は微細な塵や埃が侵入しているように見えますが実際はカビ除去痕としての極微細な点キズです (清掃しても除去できません)。特に後玉は少々目立つカビ除去痕の点キズが数点あります。
光学系内の透明度が非常に高い個体です
・いずれもすべて写真への影響はありませんでした。

↑6枚の絞り羽根もキレイになり絞り環共々確実に駆動しています。

ここからは鏡胴の写真になりますが、経年の使用感を感じさせないとてもキレイな状態を維持した個体です。当方による「磨きいれ」を筐体外装に施したので大変落ち着いた美しい仕上がりになっています。

↑【操作系の状態】(所有マウントアダプタにて確認)
・ヘリコイドグリースは「粘性:軽め」を塗布しています。距離環や絞り環の操作はとても滑らかになりました。
・距離環を回すトルク感は「普通」で滑らかに感じトルクは全域に渡り「完璧に均一」です。
・ピント合わせの際は極軽いチカラで微妙な操作ができるので操作性は非常に高いです。

【外観の状態】(整備前後拘わらず経年相応の中古)
・距離環や絞り環、鏡胴には経年使用に伴う擦れやキズ、剥がれ、凹みなどありますが、経年のワリにオールドレンズとしては「超美品」の当方判定になっています (一部当方で着色箇所がありますが使用しているうちに剥がれてきます)。

↑完璧なオーバーホールが終わりました。距離環のトルクも大変滑らかで「軽い」操作性で回すことができます。絞り環のクリック感も小気味良く、マウント面の絞り連動ピンとの連係動作も確実ですからフィルムカメラでもご使用頂けます。「A/M切り替えスイッチ」は構造上シッカリした操作感になっています。

↑附属のネジ込み式フードを装着すると、こんな感じです。樹脂製ですが肉厚があるので変形などしないシッカリした造りです。

↑当レンズによる最短撮影距離50cm附近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。

↑絞り環を回して設定絞り値「f2.0」にセットして撮影しています。

↑さらに絞り環を回してF値「f2.8」で撮りました。

↑F値「f4」で撮っています。

↑F値「f5.6」になりました。

↑F値「f8」です。

↑F値「f11」です。

↑最小絞り値「f16」での撮影です。