◎ PORST (ポルスト) MACRO Weitwinkel 35mm/f2.8 MC auto《ENNA製》(M42)

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今回の掲載はオーバーホール/修理ご依頼分のオールドレンズに関する、ご依頼者様へのご案内ですのでヤフオク! に出品している商品ではありません。写真付の解説のほうが分かり易いこともありますが、今回に関しては当方の記録データが無かったので (以前のハードディスククラッシュで消失) 無料で掲載しています (オーバーホール/修理の全行程の写真掲載/解説は有料です)。オールドレンズの製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。

今回オーバーホール/修理を承ったモデルは旧西ドイツのPORST製広角レンズ『PORST MACRO Weitwinkel 35mm/f2.8 MC auto (M42)』ですが、このモデルの原型は、同じく旧西ドイツのENNA製広角レンズ『MC MACRO-ENNALYT 35mm/f2.8 (M42)』であり、レンズ銘板や筐体の一部をすげ替えただけのOEMモデルになります。

当方がこのモデル (ENNALYT) をオーバーホールするのは、実は4年ぶりなのですが (光学系の清掃や個別修理などは過去に3本ほど扱っています)、正直な話、関わりたくないモデルのひとつです(笑) と言うのも、筐体外装はもちろん内部の構成パーツのほとんどがエンジニアリング・プラスティック製だからです。特にヘリコイド (オス側) までエンジニアリング・プラスティック製と言うのは、オーバーホールする上で非常に厄介なので、ヤフオク! 出品用の調達時にも、むしろ敬遠しているモデルでもあります (市場での人気はいまだに高い)。

このENNALYTシリーズには他にも多くの焦点距離が存在し、さらに同じ旧西ドイツのRevue (レビュー) 社や今回のようにPORSTにOEM出荷されていましたから、同じ筐体デザインのまま異なるブランド銘のモデルが存在しています。また、今回のモデルは「MACRO」銘をレンズ銘板に刻印していますが、最短撮影距離がマクロ域まで伸びていない普通のENNALYTが開放F値「f2.8/f3.5」などで存在します。

 

 

 

 

このENNALYTシリーズに限らず、ENNA製オールドレンズの大きな特徴として画造りが「シアン寄りに振れる」と言う傾向がどのモデルでも強く出ています。実際の写真で見ると、発色性やコントラストには旧東ドイツのオールドレンズに見られるような誇張的な偏り感は薄く、どちらかと言うとナチュラル派のスッキリクッキリ感の印象を抱く描写性です。

・・と自分なりに結論していたのですが、つい数ヶ月前にその認識を覆すことに至りました。先日ヤフオク! でご落札頂いたイギリスのCORFIELD (コーフィールド) 製オールドレンズをオーバーホールして、今までの認識が思い込みであり浅はかすぎたことに気がついたのです。
いえ、逆に言うと、正直ENNA製オールドレンズを少々バカにしていた嫌いがあったかも知れません。大いに猛省し、今ではむしろファンになってしまったくらいですが、それはENNAと言う会社の光学系設計に関するポテンシャルを大いに感じ取ったからです。

前述のCORFIELD製オールドレンズは、イギリスの会社でありながらも旧西ドイツのENNA社に委託生産していたモデルですが (つまりMAD IN W.GERMANY)、ENNA製オールドレンズとしての特徴である「シアン寄りに振れる」要素を踏襲しながらも、実は発色性やコントラストのメリハリ感を強調したENNA製オールドレンズとはまた一種異なる方向性の画造りを完成させていたからです。その最も印象的な衝撃は「被写体色に忠実なナチュラル感の中にあってレッドブルーの驚異的なインパクトを与えた画造り」にスッカリ魅了されてしまったワケです。これはなかなか簡単にできる設計ではないと考えます・・何故ならば、基本的に画全体はナチュラル派にちゃんと収まっているからです。
当時の日本製オールドレンズでも、ドイツ製オールドレンズに倣え追い越せと躍起になっていた時代ですから、様々なモデルでレッドに反応するオールドレンズは多数ありますが、ブルーにまで反応を示す描写性を両立させていると言うのは、今までオーバーホールしていてもモデル数はとても少ないと受け取っています。それゆえ新鮮に感じ衝撃的だったワケです・・。

ちなみに、ENNAはドイツ語でも英語でも「エナ」と発音するので「エンナ」と読むのは日本人によるローマ字的な発想ではないでしょうか。またモデル銘も「ENNALYT:エナリィ(ッ)ト」です (エンナリートではない)。また、今回のモデルの「Weitwinkel」はドイツ語で「広角」を意味し「ヴァイトヴィンクル」と発音するようです。ドイツ語の「w」は英語での「v」発音のようですね。従って、他モデル「WESTRON」も「ヴェストロン」のようになります。

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PORST (ポルスト) はブランド銘で、戦前の1919年にドイツ人のHanns Porst (ハンス・ポルスト) 氏によって、旧ドイツのニュルンベルク市で創業した主に写真機材を専門に扱う通信販売専門会社「PHOTO PORST」で使われていたブランドです。会社所在地のニュルンベルク市はバイエルン州に属する街ですが、敗戦後の東西ドイツ分断の時期に於いては、バイエルン州自体が複雑に東西ドイツに跨がっていたためにネット上の解説では旧東ドイツの会社だと案内されていることがあります・・正しくは「旧西ドイツ」になります。同じPORSTでも創業者の名前を採ったブランド銘ですから当時実在していた「Porst市」とは一切関係がありません。
ちなみに、1930年〜1950年代に駆けては自身の名前の頭文字から「HAPO」ブランドを展開していたようですが、PORSTブランドの製品も含めて自社での開発をせず、他社光学メーカーからのOEM製品供給に頼っていたようです。終盤期にはPORSTブランドに追加して「carenar (カリーナー)」ブランドが新たに加わりますが、愛娘の名前をあしらってブランド銘にしています (日本語的な読み方のカリーナーではありません)。

光学系は、ネット上をどんなに検索しても、そもそも今回のモデルや原型モデルたるENNALYTの情報すら皆無に等しいレベルしかヒットしません。しかし、今回バラしてみると5群6枚のレトロフォーカス型であることが判明しました。
右図はバラして光学系を1枚1枚清掃していた際にスケッチした構成図ですので、正確な寸法や曲率を反映していませんが、各群のイメージとしては近いのではないかと思います (中玉のサイズに対して後群側外径のほうを大きく採ってきている設計)。

レンズ銘板に「MACRO」を謳っているワケですから、光学系後群成分の中で、しかも一番最後の第5群 (後玉) で貼り合わせレンズ (2枚の光学硝子レンズを接着剤を使って貼り合わせてひとつにしたレンズ群) をやってしまっています。これは最短撮影距離を26cmまで引っ張るために最後の後玉で貼り合わせをやっているワケで、イギリスのCORFIELD製オールドレンズでも近い設計思想でしたが、なかなかの発想です。逆に、他のENNALYTで同一焦点距離ながらも最短撮影距離をマクロ域まで伸ばしていないモデルのほうは、4群4枚だったり5群5枚のレトロフォーカス型に落ち着かせています。

もちろん、今回4年ぶりにオーバーホールしたワケですから、4年前には一度バラしているのですが、如何せんその当時はまだオーバーホールを始めたばかりでありスキルが伴っておらず、バラして組み上げていく途中でプラスティック製パーツを割ってしまいました(笑) その個体は、今もジャンク箱の中でひっそりと終末を待ち侘びています・・ちゃんと葬ってあげなければ浮かばれませんね。

Flickriverにてこのモデルの実写を検索してみましたので、興味がある方はご覧下さいませ。基本的にENNALYTとはコーティングも同じなので (まんまOEMなので) 描写性も同じです。

↑上の写真 (2枚) は、当初バラす前の段階で撮影したマウント面の写真ですが、1枚目と2枚目の写真を撮る間に距離環を極僅かに回しているので、上手く同じ撮影角度で撮れていません (鏡筒繰り出しと収納時との2枚を撮影)。

上の写真は何の解説をしているのかと言うと・・このモデルの内部構成パーツのひとつである「直進キー (距離環を回す「回転するチカラ」を鏡筒が前後動する「直進するチカラ」に変換する役目のパーツ)」周りが経年で擦れ減ってしまい、距離環を回して切り返す際 (反対方向に微動させてピント合わせしている際) に「ヘリコイドが左右ブレする」現象を撮っています。

ヘリコイド (オスメス) が左右ブレしている移動量は「僅か0.5mm〜0.8mm」程度なので、下手クソな写真も手伝い(笑)、赤色矢印で指し示した位置の「隙間の増減」がちょっと分かり辛いと思います。実際に、マウント面を凝視しながら距離環を最短撮影距離方向と反対側の無限遠方向とに切り替え操作した時にヘリコイドが左右ブレるのを見ることができます。
そして、問題なのは撮影時にも被写体が大きく左右ブレするので、人によってはこの現象を嫌う方がいらっしゃると思います・・距離環の回転方向切り替え時には、被写体もズズ〜ッと左右に動きますから、気持ち悪いと感じるのではないでしょうか。当方は原因が判っているから気になりませんが(笑)

市場に流通している同型モデル (Revue製もPORST製も本家ENNALYTも) は、その多くの個体でヘリコイドの左右ブレが発生しているので (過去に何度か出品者に質問して確認している)、調達時には必ず確認しなければイケマセン。残念ながら、今回の個体もヘリコイドの左右ブレが発生していた次第です。

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オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。なんだか環 (リング/輪っか) がたくさんあるように見えますが、実はベース環なので意外とパーツ点数は少なめです。当方が4年前に調達してオーバーホールに挑戦した理由も、実はそのような推測からでした。
おそらく1970年代後半辺りから登場していたモデルでしょうから、プラスティック製ならば内部の構造も簡素化/合理化が進み構成パーツの点数は少ないだろうと踏んだのですが、甘すぎました(笑) パーツ点数が問題なのではなく、自らのスキルでは全く歯が立たないことを悟った次第であり、当時の自分はまだ純粋で可愛かったのだと懐かしいですね (今はひねくれ者)(笑)

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒 (ヘリコイド:オス側) ですが、総プラスティック製 (エンジニアリング・プラスティック製) です。鏡筒の一番深部に絞り羽根の片側が刺さる「位置決め環」が用意されているのですが、ヌメヌメした感じに見えているのは「表面が平坦ではない」からです(笑) ちょっと他のオールドレンズでは信じられないような話ですが、プラスティック製となればまぁ、こんなモノでしょう。

↑絞り羽根の角度を制御している「制御環」はだいぶ大型で深いサイズですが、上の写真のとおり周囲を「82個のベアリング」に囲まれています。

今回バラす前のチェックでは、ご依頼内容に入っていませんでしたが、マウント面の「絞り連動ピン」押し込み動作との連係が緩慢な症状が出ていました (つまり小気味良く絞り羽根が開閉しない)。そこで、念のため「ベアリング」もすべてチェックしてみたのですが、そもそもバラした時点で「制御環」周りにグリースが塗ったくられていました(笑) 僅か1mm径のベアリングですから、さすがに76個の中から錆びついているベアリングを見つけて磨く気持ちになりません(笑) ベアリングをひとつひとつチェックしたところ、錆び付きは確認できなかったのでホッと一安心です。

このモデルの絞り羽根は、絞り環操作で開閉していても、必ず同じ大きさで均等に各絞り羽根が開閉しません。それはエンジニアリング・プラスティック製で全てのパーツが用意されており、且つベアリングが介在するので (プラスティック材にベアリングがめり込むのを防ぐ目的で) 絞りユニットと鏡筒の間に「マチ/隙間」が設計段階で用意されているからです。従って、再現性の無い話ですが、絞り羽根の開閉幅 (開口部のカタチ) 自体も厳密に毎回同じにはなりません。そのような設計なので改善云々の話ではありませんから対処もできません (そのまま組み上げます)。

ちなみに、76個のベアリングはザラザラ〜ッと流し込めばOKなのではなく(笑)、1個ずつ均等にあっちこっち入れていかなければイケマセン。つまり制御環の筒を中心位置に左手で保持したまま、一方の右手でピンセットを持ってベアリングを1個ずつ摘んで入れていく作業です。そうしないと絞り羽根が均等になりませんし、ベアリングも均一に配置されません。1個でもベアリングの位置が浮き上がったままで絞りユニット用固定環 (真鍮製) を締め付けてしまうと、アッと言う間にベアリングが制御環の内壁にめり込んでしまい「回転不良」が発生します・・それはイコール「絞り羽根の開閉異常」に繋がる原因になるワケで、意外とこの絞りユニットの行程は神経質な作業です。
ベアリングをピンセットで摘む際にベアリングが逃げてしまい、机上で逃げるベアリングを追っかけながら戯れつつ楽しく作業しました(笑) チョ〜面倒くさい作業です(笑)

↑当初バラす前のチェックでは (今回のご依頼内容のひとつですが) 絞り羽根が「f11〜f16」で変化しない現象が出ていましたが、それはそもそも絞り羽根が「閉じすぎていた」ことが原因です。上の写真の真鍮製の環 (リング/輪っか) が絞りユニットの固定環なのですが、その固定環を強く締めすぎていたために必要以上に絞り羽根が閉じている状態だったようです。開閉幅 (開口部/入射光量) を確認しつつ適正な状態に戻してあります。

↑完成した絞りユニットを組み付けた状態で鏡筒を立てて撮影しました。ご覧のとおりオール・プラスティック製です(笑) ヘリコイド (オス側) もプラスティック製のままですね。「絞り羽根開閉レバー」なるモノが鏡筒下から飛び出ており、ここにマウント面の絞り連動ピンと連係したパーツが刺さることで、絞り羽根の開閉がコントロールされています。

逆に言うと、この1箇所に「絞り羽根を開閉するチカラ」が架かってくるワケですから、必然的に鏡筒と絞りユニットとの間に「マチ/隙間」が存在するのだとすると、結果的に絞り羽根が均等に開閉しない設計であることをご理解頂けると思います (二重の円の一箇所にチカラが及ぶ原理です)。

↑こちらは距離環やマウント部を組み付けるための基台です。この部位もエンジニアリング・プラスティック製なのですが、指標値環 (グリーンの矢印) の肉厚がとても薄いことが分かると思います。つまり、オーバーホール工程の中で、この指標値環部分を強く保持したりすると「パキッ」と割れるワケです(笑)
本来、この指標値環はカバーのようなモノなので、填っているだけなのですが、今回の個体は全く外せませんでした (おそらく過去メンテナンス時に接着されていると推測します)。

↑実は、ヘリコイド (メス側) は「空転ヘリコイド」になっているのです。このモデルの内部構成パーツのほとんどがエンジニアリング・プラスティック製であるものの、ヘリコイド (メス側) だけは金属製です。その他、固定環やベース環なども真鍮製で用意されています。

「空転ヘリコイド」は、ストッパーが無ければ何処までもグルグルと回し続けることが可能なヘリコイドを指しますが、今回のご依頼内容で「トルク感は現状同程度」とのことでしたので「粘性:重め」のヘリコイド・グリースを塗布しました。

・・と言うのも、当初バラす前のチェックでは、距離環を回す際のトルク感は「非常に重い」状態でした。原因は、過去メンテナンス時に塗布されていた「白色系グリース」がすっかり濃いグレー状に経年劣化し、既に粘着化が進んでおりだいぶ重いトルク感に陥っていました。
その「重いトルク感」と同程度とのご指示でしたが、如何せん当方で用意している最も重めのグリースを塗布しても、おそらく当初よりだいぶ「軽め」のトルク感に仕上がっていると思います・・申し訳御座いません。もしも、この件ご納得頂けないようでしたらご請求額より必要額分を減額下さいませ。スミマセン。

このまま古いグリースを除去せずに、そのまま組み上げてしまえば当初のトルク感のままになりますが、そうすると今度は1〜2年でさらに硬くなりますから、問題の「直進キー周り」の摩耗が進行してしまい、さらにガタつきが多くなってしまいます (つまりヘリコイドの左右ブレが増大する)。そこで、ヘリコイド・グリースを入れ替える結論に達しましたが、ご納得頂けなければ仕方ありません・・。

↑「空転ヘリコイド (メス側)」を組み込むと、こんな感じに仕上がります。当初この部位をバラす際に、真鍮製の「固定環」が完全固着しており、何をしても全く回りませんでした (つまり空転ヘリコイドを外せない状態)。よ〜く観察すると、エポキシ接着剤で真鍮製の固定環を数箇所で接着していたようです。

外すには、数回溶剤を流し込めば外せるのですが、問題なのは溶剤に拠ってエンジニアリングプラスティック材のネジ山まで溶けてしまいます。少しでも溶けてしまうと、今度は組み上げ時に固定環が入らなくなるか、ネジ込めても締め付け固定できなくなります。するとイキナシ「製品寿命」と言う結末になり兼ねません。

オールドレンズをバラしているとよくあることなのですが、過去メンテナンス時に固定環を締め付け固定する際「固着剤」や酷ければ「瞬間接着剤/エポキシ接着剤」の類で固着/接着させていたりします。経年の使用に於いて固定環が回らないように配慮してのことでしょうが、度を過ぎる量を注入してしまうと次回の (将来的な) メンテナンスは不可能になります。何でもかんでも「グリースを塗って滑らかにする」とか「固着剤で完全固着させる」と言う仕業は如何なものかと考えますが、非常に多いので頭に来ます!
これが金属製ならば「加熱」と言う方策もあるのですが、プラスティック製となると溶けてしまいますから使えません。今回の個体は、この固定環を外すだけで「1時間」を要しましたので、誠に申し訳御座いませんが追加料金を加算させて頂きます。申し訳御座いません (こちらももしもご納得頂けなければ減額下さいませ)。

↑さて、いよいよご依頼内容の最大のポイントである「距離環のガタつき/ヘリコイドの左右ブレ」の行程に差し掛かります。鏡筒にはヘリコイド (オス側) が用意されていますが、同時に「直進キー」まで備わっています・・とは言うものの、その直進キーは何とプラスティック製のままです(笑)

↑そもそも「直進キー」は距離環を回した時に架かっている「チカラ」の伝達方向を変更する目的で備わっているワケですから、必然的に直進キーが「スライドする通り道」が一方に用意されています。それは、距離環を回すことで鏡筒が前後動して繰り出したり収納したりするワケで、その移動距離分の長さの「スライド (溝)」が必要になります。

上の写真は、基台側に用意されている「直進キーガイド」部分を拡大撮影していますが、そのガイド (溝) 部分の片側を過去メンテナンス時に削った痕跡がありました。おそらくヤスリ掛けしたのではないかと推察しますが一部には穴が空いていたりします (赤色矢印)。

↑こちらの写真は、直進キーガイドの反対側の壁を撮影しています。こちらは過去メンテナンス時に削られていません。ちやんと直進キーがスライドする箇所だけに「段差」が設けられています。

これが原因でヘリコイドの左右ブレが多く発生しているワケで、ただでさえ設計上の仕様からしてブレが出易い構造なのに「削るとは何ごとか!」と言う話です。その理由は、過去メンテナンス時に既に距離環のトルクムラが発生していて、それを解消する荒療治として常套手段である「直進キーガイドの切削」をやってしまったワケです。

実は、今回の個体のヘリコイド・グリースは「白色系グリース」だったワケですが、微かな「芳香」がある日本では流通していないグリースでした。従って、海外にて過去メンテナンスされたのではないかと推察します。白色系グリースは既に粘着化が進んでおり粘っているにも拘わらず、一部にはトロトロの液化状態が見られたので、もしかすると「潤滑油」も注入されているのかも知れません。ロクなことをしません・・!(怒) 「白色系グリース+潤滑油」の組み合わせは化学反応に拠りグリースの粘着化を促す (接着剤のように変質するのでヘリコイド固着を招く) のでゼッタイにやってはイケマセン。

↑オーバーホール行程途中の写真ですが、仕方ないので (削られたプラスティック材は元に戻せないので) 薄いアルミ板を調達して写真のように被せた次第です (上の写真は試しに被せているだけの状態で撮影しています)。1枚被せても、まだ僅かにガタつきが出るので、2枚目を被せたところ、今度はヘリコイドが固まってしまいました。この直進キーの箇所で厚みが増えてしまいスライドしなくなってしまったのです。

2時間掛かりで、いろいろな厚みのモノを作ってトライしたところ、最終的に上の写真の薄いアルミ板1枚 (赤色矢印) のみを使うのがベストと判断したので、改修処置を施しています。
誠に申し訳御座いませんが、この作業についても料金加算が発生しています。組み上げ後でも極僅かなガタつきは残っていますから、こちらもご納得頂けない場合は減額下さいませ。申し訳御座いません。

↑このヘリコイド周りだけで都合4時間もの時間を費やしましたが(笑)、無事にヘリコイド (オスメス) を組み込むことができました。

↑工程を進めます。距離環 (エンジニアリング・プラスティック製) を仮止めします。

↑この状態でひっくり返したのが上の写真です。基台の裏側には「絞り値キー」と言う、各絞り値で絞り環を回した時にクリック感を伴う溝が備わっています。ここにベアリングがカチカチと填ることでクリック感を実現しています。奥のほうには改修を施した直進キーとガイド部分が写っています。

↑ここからは絞り環や自動/手動切替スイッチ (A/Mスイッチ) 環などを組み付けていくのですが、すべて真鍮製の「ベース環」に外装として薄い肉厚の絞り環やスイッチ環が被さっている仕組みです。

これは何を意味するのか? このモデルは落下したら最後、筐体外装の何処かが必ず割れます。いえ、落下だけではなくカメラに装着したまま何処かにぶつけても割れてしまいます。もっと言えば、強く鏡胴を保持しただけでも割れるかも知れません。既に数十年の経年を経ているので、いつまでエンジニアリング・プラスティック材が耐えられるのかは不明ですから、心してご留意下さいませ。
今回真鍮製の「ベース環」が焦茶色に変質し不必要な抵抗/摩擦が生じていたため「磨き研磨」を施し、絞り環やスイッチ環に負担が架からないよう処置しています (少しでも寿命を長くするため)。

↑ベアリング+スプリングを組み込んでから絞り環をセットしますが、絞り環が軽すぎるのでベアリングを反発させているスプリングのチカラだけで浮き上がってしまいます(笑) 浮き上がったままにすると容易に割れますから、ちゃんと設計段階で「アルミ材の押さえ環」が用意されていますね。
ちなみに、ベアリング+スプリングが埋め込まれている箇所もプラスティック製ですから、絞り環を回す際には荒い操作などされると割れてしまいます (絞り環の裏側に紙コップのようなカタチをした小さなプラスティック製の筒が用意されていて、そこにベアリング+スプリングが入っているため、そこが割れたらクリック感は無くなります)。

↑このような感じでマウント面に位置する「絞り連動ピン」からのチカラを伝達する機構部が備わっていますが、一番チカラが架かるであろう「絞り連動ピン連係カム」がプラスティック製です(笑) つまり、いつの日にか軸部分でカムが割れる日が来ると考えますので、このモデルは基本的に手荒い操作をするとヤバいと言うことになりますね。できるだけ労って頂き、末長くご愛用頂ければと思います・・。

↑今回のオーバーホールでご依頼内容にはありませんでしたが、マウント面の「絞り連動ピン」押し込み動作に伴う絞り羽根の開閉が緩慢だった原因が上の写真です。2本ある「捻りバネ」が経年劣化で既に弱っていたので (上の写真では水平に伸びている2本の捻りバネの片側のみ写っています/への字型のもう一方は壁の後に引っ掛かっています) 改善処置を施しています (1本ずつ別々の役目で機能しています)。

↑スイッチ環に、やはりベアリング+スプリングをセットしてから組み込みますが、同時にマウント部も組み付けなければバラけてしまいます (スプリングのチカラにスイッチ環が軽すぎて負けるから)(笑)

金属製の絞り環やスイッチ環ならば大問題にはなりませんが、プラスティック製となるとベアリングの位置がズレたまま固定したりすると、その時点で絞り環なりスイッチ環は「パキンッ!」と割れてしまいます・・既に4年前に経験済みです(笑) 絞り環やスイッチ環が無いオールドレンズなんて、使いモノになりませんからね(笑)

この後は、光学系前後群を格納し無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (それぞれ解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行い、最後にフィルター枠とレンズ銘板をセットすれば完成です。

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DOHヘッダー

ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑4年ぶりにこのモデルをオーバーホールしましたが (4年前は本家ENNALYTのほう)、当時のスキルからはだいぶ進歩していたようで、一応安心です(笑) 4年前は、確か3日がかりで作業していて最後は割ってしまったと記憶しています。当時はきっと「原理原則」も分からず「観察と考察」もままならない全くのド素人状態だったのでしょう・・。

↑光学系内の透明度が高い部類です。当初あった光学系第2群の「汚れ?」のようなモノは、実はカビでした。黄色っぽいカビと言うのも、あまり見かけませんが、カビ除去痕だけはLED光照射では非常に薄く浮かび上がります。

↑光学系後群も透明度が高いです。経年の点キズなどが少々残っていますが (微細な塵や埃に見えますが点キズで除去できません)、写真には一切影響しません。当初バラす前の実写チェックで、どうもピント面が甘いように感じていたのですが (本来のこのモデルの鋭さが無い?)、何のことはありません。光学系前群が丸ごと最後までネジ込まれていませんでした(笑) もちろん、キッチリ締め込んだので (あまり締め付け過ぎると割れる)、鋭いピント面が復活したのではないかと思います。

↑行程の途中でご案内したとおり、このモデルの絞り羽根開口部 (カタチ) は、均一に開閉しませんからご承知置き下さいませ。また、当初の状態では絞り羽根がだいぶ閉じすぎていたので、適正状態に戻しています。それも影響してカムに附随する「捻りバネ (2本)」がだいぶ弱っていたのかも知れません。

ここからは鏡胴の写真になりますが、距離環指標値の「フィート」側は、既に消されていたので、今回の清掃ではそのままにしています。

↑塗布したヘリコイド・グリースは、当方で最も重い粘性のグリースを使いましたが、それでも当初のトルク感からするとだいぶ軽めの仕上がりです。これ以上重くできないので、申し訳御座いません。

また、ご依頼内容のひとつ「ガタつき」は、改修により1/3程度まで改善できているのではないかと考えますが、こちらも極僅かにガタつきは残っています。これも完全にガタつきを無くすレベルまで処置するとヘリコイドが固まってしまったので、これ以上改善できません。申し訳御座いません。

↑一応、フィルムカメラでもキッチリ使えるよう、本来の駆動状態である自動/手動切替スイッチ (A/Mスイッチ) に連動した、小気味良い絞り羽根の切り替え動作まで戻してあります。要所要所で使われていた真鍮製やアルミ材の環 (リング/輪っか) を「磨き研磨」してあるので、その分軽いチカラで絞り環もスイッチ環も確実に操作できるようになっていますから、将来的に操作していて割れる要因は排除できていると思います。

しかし、前述のように、それぞれの行程でご納得頂けない要素に関しては減額下さいませ。本当に申し訳御座いません。なお、距離環他の指標値で擦れたりして褪色している (剥がれている) 箇所の着色は、指標値が刻印ではなく印刷のため今回は実施していません。

今回オーバーホールしてみて改めて感じたのは、ENNAと言う会社は光学系設計に関して相当に高いポテンシャルを持っていることを痛感したワケですが、如何せん内部の構造化設計に関しては「発想重視」に偏重していたと言わざるを得ません。
オールドレンズ内部は殆どの重要箇所にエンジニアリング・プラスティック製パーツを使っていながら、肝心な「耐用性」についてはほとんど気配りがありません。いえ、もしかしたら、それらの事柄が分かっていても配慮できなかった会社の状況があったのかも知れません。時既に日本製オールドレンズの台頭により、旧東ドイツのみならず旧西ドイツ側さえも光学製品を取り扱う各光学メーカーには厳しい冬の時代が訪れていたのかも知れませんね・・ロマンは膨らみます。

オールドレンズをバラす (完全解体する) ことで内部の構造化が判明し、同時に当時苦心したであろう様々な要素や意地などが垣間見え、そのモデルを世に送り出すのに「何に拘ったのか」が初めて顕わになるのであって、時代背景も然ることながら辿ってきた長き歴史を汲み取る一助にもなり得ます。
オールドレンズに対する所有者の「想いと愛着と魅力が織り成すハーモニー・・情熱」は、まだまだ留まるところを知りませんね。末長くご愛用願えれば、誠に整備した甲斐があったと本望で御座います。

↑当レンズによる最短撮影距離26cm附近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。

当初バラす前の実写チェックでは、開放時に於けるこのピント面の鋭さまで至っていなかったので「???」と思ったワケですが、ちゃんと適正な本来の鋭さが戻り良かったです。これでこのモデルの魅力を存分にご堪能頂けると言うものですね・・そうは言っても、実際のオーバーホール行程の最中は、何処までも光学系前群がネジ込めるので、いつ割れるのかと気が気ではありませんでしたが、恐る恐るも手に伝わる感触 (抵抗/負荷) を感じつつ締め付けた結果がまさしく出ている描写性だと思います。本当に素晴らしいです・・。

ちゃんとボディの赤色塗色が被写体色に非常に近くなっており、しかもインパクトを以て強調されている発色性を伴っているのが、さすがとしか言いようがありません。実は、この被写体になっているミニカーはプラスティック製なのですが、その質感表現がキッチリと写し込まれています。この質感を写真にちゃんと収められるモデルと言うのは、今ドキのデジタルなレンズでもそう多くありません (光沢感が現物そのモノでありオドロキです!)。

改めてこのモデルの素晴らしさを認識した次第です・・このような機会を与えて頂き感謝の念に堪えません。ありがとう御座います!

↑絞り環を回して設定絞り値「f4」で撮影しています。

↑さらに回してF値「f5.6」で撮りました。

↑F値は「f8」になっています。

↑F値「f11」になりました。

↑最小絞り値「f16」での撮影です。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。