◎ Ernst Ludwing (エルンスト・ルートヴィッヒ) Meritar 50mm/f2.9 zebra《後期型》(exakta)

 

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e-ludwig-logo80世間ではダメ玉、幽霊玉、迷玉、クセ玉と酷評の嵐の中をひたすらに耐え続けている代表格的なモデル「E. LUDWIG Meritar 50mm/f2.9 zebra」をオーバーホール済で出品します。このモデルのマウントはM42のスクリューマウントのほうがまだ人気があるのですが個体差がありデジカメ一眼やミラーレス一眼にマウントアダプタ経由装着した際に指標値の「」マーカー位置がちゃんと真上に来ません。そこで当方では敢えて「exakta」マウントのモデルを好んで調達しています。

1951年に発売された標準レンズなのですが製造発売元の光学メーカー「Ernst Ludwig (エルンスト・ルードヴィッヒ)」という会社は旧東ドイツはドレスデン近郊のLausa町で戦前の1938年に十数人の従業員と共に創業した眼鏡用硝子レンズ (後に光学顕微鏡用レンズも含む) の生産を主体とした光学メーカーでした。戦時中には弾着点測距器具の光学レンズや一部照準機などの光学製品も手掛けていたようです。戦後は民生用35ミリ判フィルムカメラ用レンズの市場に参入し同じ旧東ドイツのCarl Zeiss JenaやMeyer-Optik Görlitzなどとも競合するポジションまで登り詰めましたが1980年には経営難からVEB PENTACONに吸収され歴史を閉じています。

会社の屋台骨となるような中心的存在の光学設計技師を確保していなかったのか発売されたオールドレンズは焦点距離50mm (開放f値:f2.9) をメインに据えた展開に終始し他の焦点距離の製品はそれほど売れていなかったようです。同じドレスデンに本拠地を構えるIhagee社との協業によりフィルムカメラ「EXA」や「EXAKTA」などのセット用レンズとして知名度を上げていったようです。

創業時よりメインモデルは標準レンズが中心になりますが光学系に4群4枚のアナスチグマート型を採用した「Victar 50mm/f2.9」を発売した後に今回出品するモデルと同じ光学系の3群3枚トリプレット型として「Peronar 50mm/f2.9」を投入し後半からは「Meritar 50mm/f2.9」も併売していく戦略を採っていたようです。ちなみに「Victar 50mm/f2.9」は「Victor (勝利者)」ではなく「Victar」です。

【モデルバリエーション】
オレンジ色文字部分は最初に変更になった諸元を示しています。

Anastigmat Victar 5cm/f2.9前期型 (1939年発売)
光学系構成:3群4枚アナスチグマート型
コーティング:ノンコーティング
絞り制御:実絞り
プリセット絞り機構:無し
レンズ銘板:Anastigmatの刻印が有

Victar 5cm/f2.9後期型 (1945年発売)
光学系構成:3群4枚アナスチグマート型
コーティング:シングルコーティング
絞り制御:実絞り
プリセット絞り機構:無し
レンズ銘板:Anastigmatの刻印無し

Peronar 50mm/f2.9 V (1951年発売)
光学系構成:3群3枚トリプレット型
コーティング:モノコーティング
絞り制御:実絞り
プリセット絞り機構:無し
レンズ銘板:V刻印有

Meritar 50mm/f2.9 V前期型 (発売年度不明/1951年発売?)
光学系構成:3群3枚トリプレット型
コーティング:モノコーティング
プリセット絞り機構:無し (実絞り)
レンズ銘板:V刻印有
筐体:Peronar 50mm/f2.9と同一
製造番号:〜100xxxx以下

MERITAR 50mm/f2.9 V中期型−I (1956年発売)
光学系構成:3群3枚トリプレット型
コーティング:モノコーティング
プリセット絞り機構:有り (実絞り)
レンズ銘板:V刻印有
筐体:新設計の筐体デザイン
製造番号:100xxxx〜120xxxx

Meritar 50mm/f2.9 V中期型−II
光学系構成:3群3枚トリプレット型
コーティング:モノコーティング
プリセット絞り機構:有り (実絞り)
レンズ銘板:V刻印有無が混在
筐体:新設計の筐体デザイン
製造番号:120xxxx〜145xxxx

Meritar 50mm/f2.9後期型 (1963年発売)
光学系構成:3群3枚トリプレット型
コーティング:モノコーティング
プリセット絞り機構:有り (実絞り)
レンズ銘板:V刻印
筐体:絞り環と距離環逆転配置ゼブラ柄
製造番号:146xxxx

このように見ていくと特に「Meritar 50mm/f2.9」を主力に据えた頃から (Peronarの併売をやめた) 思考錯誤していることが伺えます。当初Peronarと全く同一だったのを見直して中期型では新設計で内部構造も含め新たに構成パーツを一新しています。さらに後期型に至っては当時世界規模で流行っていたゼブラ柄を採り入れ、且つ距離環を前玉側に配する (当時の他社光学メーカーとしては基本構成になりつつある時期) 冒険的手法を採り入れています。このように設計変更を繰り返したために経営が圧迫されついには消滅する運命を辿らざるを得なかったのでしょう。

光学系は3群3枚の典型的なトリプレット型ですが本来のトリプレット型の長所であるピント面の先鋭感が諸収差の影響から前面に出ていません。特に開放での撮影では低コントラスト感が否めず、且つ黒潰れや白飛びフレアなどが影響して酷評の結論に到達してしまうようです。

しかし、このモデルには他のオールドレンズでは撮影できないとっておきのワンシーンに対応する魅力があります。「こちらのページ」にとても上手くこのモデルの特徴を現した写真が掲載されていますのでご覧頂くと納得できると思います。1枚目の写真では画の質 (入射光の処理) としては決して階調表現がちゃんと反映されているワケではないのですが、淡いトーンの雰囲気を上手く描き出しています。2枚目の写真は下手すると心霊写真に堕ちてしまうシーンを上手く緊縛感のある画 (調律中の音を聴き取っている緊張した瞬間) に落ち着かせています。クセ玉だとしても撮影者がシッカリ使いこなせるのであればこのような素晴らしいワンシーンが切り出せるワケでその見本的な写真です (プリコラージュ工房NOCTO様のページ)。

総じてこのモデルは当時のフィルムカメラに於ける白黒写真での表現性を追求したような印象を受け、ひとつの「個性」として優しい雰囲気を漂わす光学系を意図的に設計していたのではないかと考えています・・つまり戦略的に当時のCarl Zeiss JenaやMeyer-Optik Görlitzとの差別化を図っていたのではないか? それが現代のデジカメ一眼やミラーレス一眼などでオールドレンズの性能を極限まで拾ってしまうようになるとダメ玉、幽霊玉、迷玉、クセ玉と言う酷評にまとめてしまうのでしょう。できることならばもぅ少し余裕を持って臨んであげればこのモデルの魅力の虜になるファンも増えるのではないかと (微かな期待を寄せつつ) 出品してしまうワケです・・。

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オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

mr5029z092811ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。

mr5029z092812絞りユニットや光学系前後群を格納するとても小さな鏡筒 (ヘリコイド:オス側) です。

mr5029z092813たった5枚の絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させます。一丁前に絞り羽根はフッ素加工が施されておりサビが出にくくなっています。

mr5029z092814距離環やマウント部を組み付けるための基台ですが、このモデルでは設計上この基台 (被写界深度の指標値環でもある) が真ん中に配置されています。

mr5029z092815独特なゼブラ柄の距離環 (ヘリコイド:メス側) を無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。

mr5029z092816この状態でひっくり返して先ほど完成した鏡筒 (ヘリコイド:オス側) を、やはり無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルでは全部で9箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

mr5029z092817ローレットも何も無いのですが実はこの部位が構造上は絞り環の役目になっています。

mr5029z092818上の写真の捻りバネ (大小) の2本は先の絞り環内側にある「溝」に填ります。

mr5029z092819やはり独特なゼブラ柄を配した「プリセット絞り環」をセットしてから捻りバネの「小」を内側の溝に組み付けます。ここでテキト〜に捻りバネを置いてしまうと組み上げできなくなります。シッカリと溝にハメ込むのがポイントです (バネなのでコツが分からないとすぐに飛び出します)。

mr5029z092820このモデルの組み上げが難しくてできないと言う人が多いのは、この部分の構造 (仕組み) が理解できていないからです。まず鏡筒 (ヘリコイド:オス側) には直進キーと言う距離環を回す「回転するチカラ」を鏡筒が前後動する「直進するチカラ」に変換する役目のパーツが入る「溝 (ガイド)」が両サイドに1本ずつ用意されています。この部分に直進キーが入るワケですが、このモデルでは「鋼球ボール+マイクロ・スプリング」を直進キーとしています。指標値環用の固定環内側に「穴」が用意してあり、そこに鋼球ボールとマイクロ・スプリングが入ります (両サイド)。従ってこの両サイドの鋼球ボールを同時にガイドに入れ込む (指標値環用固定環を水平に保ちながら入れ込む) ことが最初の難関になります。結果、距離環を回すことでこのガイドの直進キーが切っ掛けとなり鏡筒が繰り出されたり収納されたりする直進動をするワケですね。

しかし、この状態ではまだプリセット絞り環が全く機能していません (緩んだままのガタガタです)。そこで固定環とプリセット絞り環との間の隙間に「捻りバネ (大)」を入れ込むワケです。当然ながらプリセット絞りの設定方法はプリセット絞り環をマウント側の方向に一旦押し込んでから設定したい絞り値まで回して指を離すことになりますから、このプリセット絞り環がバネで押さえ込まれていなければイケマセン。従って、捻りバネ (大) は固定環の内側へ入り込むことになります・・これもなかなか気がつかないようでバラしたものの組み上げができないと修理依頼をしてくる方がいらっしゃいます。

この後はマウント部を組み付けてから光学系前後群をセットして無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認をそれぞれ執り行い、最後にフィルター枠をセットすれば完成です。

DOHヘッダー

ここからはオーバーホールが完了した出品商品の写真になります。

mr5029z09281こんなオールドレンズを付けて撮影していたら独特なゼブラ柄の意匠で目を引くことは間違いありません。Meritarの中では今回の個体は最後のほうの生産品になりレンズ銘板からは既に「V」刻印が省かれていますが上の写真のとおりブルシアンブルーに光り輝いているのでモノコーティングが施されています。

mr5029z09282光学系内の透明度がとても高い個体です。残念ながら前玉のコーティング層は経年劣化が進んでおり極微細な薄いヘアラインキズやコーティングスポット、或いはハガレなどが見受けられます (すべてあくまでもコーティング層の話であり光学硝子面のキズではありません)。従ってLED光照射で前玉を見てもヘアラインキズなどが見えません (コーティング層なので当たり前です)。もちろんカビ除去痕としての極微細な点キズはあります (それはLED光照射でも視認できます)。

たまにこれを一緒くたにしてヘアラインキズがあるとクレームしてくる人が居ますが理解してません。光学硝子レンズ面に付いたキズ (例えばヘアラインキズ) はガラス面が削れているキズですからLED光照射でも当然ながら視認できますがコーティング層のキズは光の反射で見えているのでLED光照射では視認できません・・つまり光学硝子面へのキズではないからです。納得できない人はヘアラインキズがあるオールドレンズは手に入れないほうが良いと思います。果たしてどの程度そのようなオールドレンズが市場に流れているか疑問ですが・・或いはプロのカメラ店様や修理専門会社様で扱っている新品同様品のような一切キズの無いキレイな光学系のオールドレンズをお買い求め頂くのが最善でしょう。当方が出品しているオールドレンズはご落札頂かぬようくれぐれもお願い申し上げます。

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mr5029z09282-2上の写真 (2枚) は、光学系前群のキズの状態を拡大撮影しています。1枚目は極微細な点キズを撮っています、2枚目はコーティング層の経年劣化に拠る極微細な薄いヘアラインキズやコーティングスポット、或いはハガレなどを光に反射させてワザと撮影しています。一部にはカビ除去痕も見受けられます。

mr5029z09289光学系後群の透明度もとても高いです。

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mr5029z09289-2上の写真 (2枚) は、光学系後群のキズの状態を撮影しています。2枚共に極微細な点キズやカビ除去痕を撮っています。

【光学系の状態】(順光目視で様々な角度から確認)
・コーティング劣化/カビ除去痕等極微細な点キズ:
前群内:10点、目立つ点キズ:6点
後群内:12点、目立つ点キズ:8点
コーティング層の経年劣化:前後群あり
カビ除去痕:あり、カビ:なし
ヘアラインキズ:あり
LED光照射時の汚れ/クモリ:あり
LED光照射時の極微細なキズ:あり
・その他:バルサム切れなし。前玉に薄い極微細なヘアラインキズが数本あります。
光学系内の透明度は高い部類です
・光学系内はLED光照射でようやく視認可能レベルの極微細なキズや汚れ、クモリなどもあります。
・いずれもすべて写真への影響はありませんでした。

mr5029z09283当初油染みが凄かった絞り羽根もキレイになり確実に駆動しています。

ここからは鏡胴の写真になります。極僅かな使用感しか感じられない大変キレイな状態を維持した個体です。当方による「光沢研磨」を施したので当時の輝きに近い眩いばかりの艶めかしい光彩を放っています。

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mr5029z09287【操作系の状態】(所有マウントアダプタにて確認)
・ヘリコイドグリースは「粘性:重め」を塗布しています。距離環や絞り環の操作は大変滑らかになりました。
・距離環を回すトルク感は「普通〜軽め」で滑らかに感じトルクは全域に渡り「ほぼ均一」です。
・このモデルは内部に2本の捻りバネが入っており、プリセット絞り機構を装備している関係から絞り環を捻りバネによって押さえこんでいます。そのため距離環のトルク感を優先してオーバーホールを仕上げたので絞り環の操作性は少々重めです。
(内部構造により絞り環には擦れる感触があります)
・ピント合わせの際は極軽いチカラで微妙な操作ができるので操作性は非常に高いです。

【外観の状態】(整備前後拘わらず経年相応の中古)
・距離環や絞り環、鏡胴には経年使用に伴う擦れやキズ、剥がれ、凹みなどありますが、経年のワリにオールドレンズとしては「超美品」の当方判定になっています (一部当方で着色箇所がありますが使用しているうちに剥がれてきます)。

mr5029z09288操作性の良さで考えるならば本当は絞り値が刻印されている部分をゼブラ柄のローレットにしてあげれば使い易い位置なのだと思いますが、操作性の良さを犠牲にしてでもこの独特なゼブラ柄の配置 (両端) に拘ったのでしょう。おかげでプリセット絞り環 (一緒に動くので絞り環でもある) がマウント直前に位置しているので回す際は少々戸惑います。

このモデルの魅力は冒頭の説明のとおり何と言っても画全体の優しい雰囲気です。本来のトリプレットの鋭さをワザと収差で誤魔化しているのかと勘ぐりたくなるほど甘い描写性ですが階調幅は低コントラスト部分でシッカリ出ているので (白飛び黒潰れのことではありません) 故意にそのような光学設計にしたのだと考えています。使いこなすにはそれ相応の撮影スキルが要求されるクセ玉中のクセ玉です。

mr5029z092810当レンズによる最短撮影距離80cm附近での開放実写です。3枚玉トリプレットの良さを追求した設計ならばもッとピント面の鋭さが活きていたと考えられます・・お主も悪よのぉ〜と聞こえてきそうです(笑) 僅かに出ているハロと背景の崩れたボケ味が性格を表しています。