◎ MINOLTA (ミノルタ) AUTO ROKKOR – PF 58mm/f1.4(MD)(保存版)
今回の掲載はオーバーホール/修理ご依頼分のオールドレンズに関する、ご依頼者様へのご案内ですので、ヤフオク! に出品している商品ではありません。写真付の解説のほうが分かり易いため掲載しています (オーバーホール/修理の全工程の写真掲載/解説は有料です)。
(掲載の写真はクリックすると拡大写真をご覧頂けます)
今回のご依頼内容は「絞り羽根が開放にはなるが、絞られない」「ヘリコイド (距離環) が無限遠位置まで回らない」と言う現状でオーバーホール/修理のご依頼を承りました。届いたオールドレンズは、ご依頼内容の通りの現象を確認できました。
こちらの写真はバラした直後の絞りユニットから「絞り羽根」と「絞り羽根開閉幅制御環」を取り出して撮影したモノです。分かりにくいのですが、絞り羽根には油染みが粘りのある状態で附着しており、上の写真のように数枚がくっついていて動きにくい状態でした。また右側の「環 (輪っか)」は、絞り羽根の開いたり/閉じたりの角度を制御する「絞り羽根開閉幅制御環」です。ご覧のようにスッカリ錆が出てしまっています・・。
この絞り羽根の油染みと、制御環の錆の「原因」が次の写真です。
こちらの写真も、バラした直後のヘリコイド関係をごっそり外して撮影しています。写真の上から順番に「ヘリコイド:オス (アルミ合金材)」→「ヘリコイド:メス (真鍮製)」→「ベース環 (アルミ合金材)」の順番にネジ込まれています。
「ヘリコイド:オス」の薄紫色の部分 (写真中央付近) に「長い縦線が2本」刻み込んであります。これは前回 (過去) のメンテナンス時に刻み込まれたマーキングです。さらに左サイドにもまた別のマーキングが刻まれています。今回のオーバーホール/修理では、上の写真で右端側に「短い縦線2本が縦方向に2箇所」あるのが当方にて刻み込んだマーキングです。つまり今回が都合3回目のメンテナンスになりますね・・少なくとも過去に1回はメンテナンスされていることは間違いありません。メーカーの生産時には、このようなマーキングは刻みませんから。
さて、このマーキング (当方が刻んだ今回の分も含めて) はいったい何のために刻んでいるのか・・? 当初バラす前の無限遠位置のマーキングです。無限遠位置をマーキングしておくことによって、実際に組み立てていく過程で無限遠位置のアタリが付け易いメリットがありますが、そもそも当初の状態が適正だったか否かの判定にもなります。
今回の個体は、無限遠位置まで距離環が既に回らなくなっていましたので、当方でマーキングした位置は「正しい無限遠位置」をマーキングしています。
しかし、過去のマーキング位置とは違う箇所です・・つまりは過去のメンテナンスで無限遠位置の判断をミスっていたことが判明します。当方が刻んだマーキングが「小さい」刻み込みなのも理由があります。無限遠位置は「原理原則」から構造的に判断して決まってしまうから、本来はマーキングしなくても良いのですが、組立工程の途中で確認するにはマーキングがあったほうが楽なのです。その程度の意味合いしかないので「小さな」マーキングにしています。
ところが、過去のメンテナンスで刻まれているマーキングはだいぶ長い距離になっています。これは「薄紫色」の部分が外れるかも知れないと考えて、その位置合わせを兼ねて長く刻んでいるからです・・つまりは、このモデルの構造自体を「知らなかった人」によるメンテナンスであることまで判ってしまいます。上の写真の「薄紫色」の筒部分は外れない一体型になっています。
そして、塗布されているヘリコイド・グリースは例によって「白色系グリース」です。
上の写真 (2枚) は、ヘリコイド (オスメス) とベース環をそれぞれ解体した状態で撮影しています。1枚目はバラした直後の状態を解体した写真です。2枚目は、当方にて溶剤を使って古いヘリコイド・グリースを落とした後「磨き研磨」を施した状態での写真になります。
古いグリースが除去されると、本来はとてもキレイなネジ山だったことが分かりますね・・特に真ん中の「真鍮製ヘリコイド (メス側)」に於いては、経年で表層面が「腐食」してしまい黄褐色化していました。本来の色合いは真鍮材ですから「黄金色」です。
そして、古いヘリコイド・グリースは「白色系グリース」だったワケですが、ネジ山が削れてしまった「摩耗粉」がビッチリと附着していて濃いグレーになっていたワケです・・当方が嫌う理由はこの「摩耗粉」です。ネジ山を削ってしまうのは良くないと考えています。
グリースなのだから「滑らか」なハズなのに、どうして削れてしまうのか・・? 簡単に言ってしまえば、グリースの中に含有している成分にそのようなモノが含まれているのですが、例えば人間の目には見えない電子顕微鏡レベルの「ミクロの鋼球ボール」が無数に入っていると仮定してください。メンテナンスした直後でも、何年経った後だとしても「ミクロの鋼球ボール」が混ぜられている以上、いつまでもスルスルと滑らかな動きが保証されますね?! しかし、その鋼球ボールのせいでネジ山は少しずつ削れていってしまいます・・それがこの「摩耗粉」であり濃いグレー色の部分になります。
摩耗粉かどうかは、清掃前は無色透明だった溶剤を清掃後に見てみればすぐに分かります・・溶剤は真っ黒になってしまっています。少しかき混ぜれば、非常に微細な黒色のモノが模様状にクネクネと動いていますから「摩耗粉」だと判断できます。金属質の相違で「真鍮材」のほうは削れにくいのでアルミ合金材のほうばかりが摩耗していきます。それで濃いグレー色なワケです。
当方は基本的に「白色系グリース」を使いません。当方では「黄褐色系グリース」を使っており、昔の旭光学工業のモデルや他の光学メーカーで使われていた類のタイプです。
こちらの写真は過去にオーバーホールした旭光学工業の「タクマーシリーズ」モデルのヘリコイドです。バラした直後の写真ですが経年劣化で既に液化が進行している状態です。しかし「摩耗粉」がありませんね・・?! 「黄褐色系グリース」の場合にはネジ山を削ってしまうような成分が含まれていないことが多いので、このようにオリジナルのネジ山をキープしてくれています。
この違いが当方が「白色系グリース」を嫌う理由です。白色系グリースならば、どんなにヘリコイドのネジ山が摩耗していたとしても、スルスルと滑らかなトルク感が保証され、しかもそれは何年も先まで続きます。つまりは「短時間で楽なメンテナンスが可能」であり、同時に顧客の満足度も保証されるワケです。しかし、それは裏を返せばそのような成分が含まれているからであり、見かけ上の滑らかさを優先しているだけに過ぎません・・当方はそのように考えているので「白色系グリース」は使いません。白色系グリースのほうが良ければ、当方ではなくプロのカメラ店様や修理専門会社様にご依頼頂くのが良いかと思います。
- 白色系グリースのメリット:
均一なトルクを長期に渡って維持でき、粘性の特質をトルク感にそれほど反映させない。
メンテナンスが容易。 - 白色系グリースのデメリット:
液化の進行性が早く、ネジ山の摩耗を伴う。 - 黄褐色系グリースのメリット:
粘性の特質をトルク感に反映させるので粘性で調整可能。ネジ山の摩耗が少ない。 - 黄褐色系グリースのデメリット:
ネジ山の状態に影響を受け易い。粘性の特質の相違がトルク感に影響を与える。
粘性により液性の進行性が異なる。メンテナンス性は良くない (面倒)。
絞りユニットを組み立てた状態の写真です。不具合が出ていた絞り羽根もキレイになり確実に駆動しています。もちろん錆だらけになっていた「絞り羽根開閉幅制御環」もキレイに磨いたので、正しい絞り羽根の開閉幅が戻りました。
さて、もうひとつの不具合であった「無限遠位置まで距離環が回らない」と言う問題です。上の写真はオーバーホールの工程途中の「マウント部内部」を撮影したものです。まずは、写真の赤色矢印の「固定ネジ」です。
上の写真は、前述の既に当方にて組立が終わっているマウント部内部の写真なのですが、ネジ頭の「高さ」が左右で異なっています。この固定ネジが左右間違った締め付けで固定されていました。まずはこれが原因で距離環を回すと「高い」ネジ頭のほうに鏡筒が当たってしまい最後まで回らなくなっていました。当初バラした時は、この2本の固定ネジは逆にネジ込まれていました・・前回のメンテナンス時にネジ込みをミスってしまったのだと思います。
そして、この部分が「距離環が無限遠位置まで回らない」決定的な原因です。当方でも組立の工程を進めてしまい、最後になって距離環が無限遠位置まで回らない現象が再び発生してしまいました。無限遠位置のアタリ付けも正しい位置ですし、ヘリコイドのネジ込み位置も間違っていません。しばらく悶々とした時間が過ぎていきました・・原因が判らなかったのです。
ヘリコイドを再び外して、もう一度無限遠位置のアタリ付けをして組み直してみたり、鏡筒の格納状態を確認してみたり、或いは絞り羽根の動き方をチェックしたり・・何度も確認しましたが、すべて正しくセットされており問題がありません。
どうして、絞り環を回して開放にすると距離環が回らなくなるのか・・??? 最小絞り値の位置では問題なく無限遠位置まで回ります。ヘリコイドをバラしての再組み直しを数回 (多分4回) 繰り返したところで閃きました(笑)
絞り連動ピンの連係アーム周りが影響しているから「開放の時だけ距離環が回らない」のだと気がつきました・・。
それでマウント部の内部構成パーツを再びバラして、個別にひとつひとつのパーツをジックリ観察してみました。その原因が上の写真です。特に絞り連動ピン連係アームが「反っていた」のは・・僅か「0.2ミリ」程度です。その反りのために絞り環を「f1.4」の開放位置にすると、アームが浮き上がってしまい、上の写真左寄りにある「スプリング」のチカラで引っ張られて、左側に動いてしまいます。すると距離環を回して無限遠位置に近づけると鏡筒がこのアームに当たってしまい、結果「距離環が回らない」と言う状態に陥っていました。
上の写真は、既に当方にてこれら3つの構成パーツのの変形を正しく戻して組み上げた状態の写真です。しかし、ではどうしてこれら3つのパーツが変形してしまったのでしょうか???
上の写真の解説が「距離環が回らない」根本原因を作ってしまった (つまりマウント部内部の3つの構成パーツに不具合を生じさせてしまった) 理由です。
マウント面には絞り環を保持させる目的の「薄い厚みの黒色固定環」がイモネジ (ネジ頭が無くネジ部にいきなりマイナスの切り込みを入れたネジ種) で締め付けられて固定されているのですが。その固定環の取り付け位置が「僅か1ミリ」ズレていました。
バラす前の確認で「プレビューボタン」の操作に違和感を感じていました・・レバーを押すと詰まった感じで当たっているように思ったのです。その「勘」を信じて作業を進めていればもっと早く気がついたのかも知れません。
プレビューボタンが正しく操作されないので (端に当たってしまいレバーを最後まで押し込めないので) 内部の「爪」が変形してしまい、それによって「コの字型」の部分が変形し、最終的にムリなチカラで距離環を回そうと何度もいじってしまったので「絞り連動ピン連係アーム」が反ってしまったのです。
すべては「過去のメンテナンスの整備不良」・・「原理原則」を理解していない人に拠るメンテナンスの結末です。ご依頼者様の操作が悪かったのではありません。
オールドレンズは、内部の様々な構成パーツが互いに連動・連係して動いています。その「原理原則」を理解しないままにバラして組み立ててしまうと、こんなコトに陥ってしまうのですね。
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ヘリコイドに塗布したヘリコイド・グリースは、「粘性:中程度」と「粘性:軽め」の2種類を最終的に使いました。それでもまだ相応に距離環のトルクは「僅かに重め」です。ヘリコイドのネジ山が摩耗しているので、トルクムラを改善させるためにいろいろと試しましたが、この状態が当方での整備ではベストです。僅かに重く感じるトルク感ですが、ピント合わせの際には軽いチカラで操作できるので問題は無いと思います。
また光学系内は清掃をしていますが「前玉裏面」と「後玉裏面」の2箇所については「アクロマチックコーティング (AC)」が施されており、非常に薄く弱いコーティングですので、経年劣化が進んでいた場合アッと言う間に剥がれてしまいます。清掃だけでヘアラインキズが無数に残ってしまいます。従って、今回のオーバーホールでは残念ながらこの2箇所については触っていません。当方では光学硝子レンズの研磨設備が無く、またコーティングを剥がした後のコーティング蒸着設備もありません。「アクロマチックコーティング (AC)」部分の経年劣化が進んでいるかどうかの判断は、実際に清掃してみなければ見ただけではまったく分かりません。しかし、清掃しただけで、もしも劣化が進行していた場合には既にその時点で剥がれてしまいます・・従って当方では触れません。なお、光学系内に残っている極微細な点キズやヘアラインキズ、或いは汚れやクモリなどは、すべて「アクロマチックコーティング (AC)」層 (前玉裏面/後玉裏面) のモノですので、それ以外のみ清掃を施しています。誠に申し訳御座いません。
その他、規定のオーバーホール作業はすべて完了しており、無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認も終わっています。正常にご使用頂けるよう戻りましたので、どうぞ末長くご愛用下さいませ。
今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。