◎ KMZ (クラスノゴルスク機械工廠) ZORKI ZK 5cm/f1.5 Π《初期型:耳付》(L39)

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※解説とオーバーホール工程で使っている写真は現在ヤフオク! 出品中商品の写真ではありません

今回完璧なオーバーホールが終わって出品するモデルは、旧ソ連は
KMZ製標準レンズ・・・・、
ZORKI ZK 5cm/f1.5 Π《初期型:耳付》(L39)』です。


ついに手に入れました!
10年かかりました・・!(涙)
ロシアンレンズのJUPITER-3量産型の基になった「まんまコピー」モデル・・
ZORKIバージョンの耳付『ZK』モデル (1949年製産) です!(涙)

そして今回この『ZK』モデルを完全解体してオーバーホールしていくことで、初めて発見できた『ロシアンレンズの謎』が解けたのです・・(涙)
まさに10年がかりでも今まで解けなかった謎だったのです!(涙)

もぉ〜、本当に感慨無量と言うヤツですョねぇ〜(涙) 10年かかりましたから・・。

その『ロシアンレンズの謎』とは、どうして戦後すぐにお試しで製産したのであろう (ネット上でそのように語り継がれているから)『まんまコピー』の後に,同じ製産工場なのにワザワザ ロシアンレンズとして量産型モデルを再設計してまで「JUPITER-3」と命名しスタートさせたのか・・と言う当方にとってはいまだ納得できていない、どう考えてもその整合性が執れない『謎』だったのです (どうしてそのまま微調整の再設計だけし直して量産型に継承しなかったのか?)。

何故ならドイツ敗戦時、それこそ建物だけを残して何から何まで「/モノ/資材/設備/資料」のありとあらゆるモノをソ連本国に接収/移送させたのに、せっかく造った『まんまコピー』
モデルを敢えて再設計までし直して量産型にガラッと変更してしまったのか?

いったい何が気に入らなかったのか,その理由がどう考えても「???」だったのです。

当時のソ連の事ですから,撃破した敵の所有物は全て何から何まで自分達のモノと言う思想や概念できっと接収したハズだと当方は捉えているので、それで移送して実際にドイツ人設計者に手に入れた図面と機械設備で、さらには資材/資料 (ここで言う資料は原料のこと) までちゃんと使って造ったまんまコピーモデルは、ある意味別の捉え方をすれば『再製産品』とも受け取れると思うのです・・。

まさに戦前にさんざん狙っていたドイツ製の本家「Sonnar 5cm/f1.5 T (L39)」そのモノで あり、もしもどうしても何か相違点を挙げろと言われれば「それは生産した工場の場所が違うだけ」しかあり得ず、建物が違うだけで使った設備も人もまるッきしの「元Carl Zeiss Jenaの所有物」だったハズなのです。

この「建物だけを残してありとあらゆるモノを接収した」と言うのは実際に英語圏のサイトで研究している方がいらっしゃり、そのサイトの掲載写真で「建物以外中はカラッポ」状態なのが何枚もの写真で確認できたから、そのように受け取っているのです。

また合わせて当時のソ連 (ソビエト連邦) の社会主義体制の論文を読み漁った際に、様々な産業工業分野で必須となった前提の中に、特に重工業などは「敗戦国ドイツからの接収機械設備と設計者/図面」に非常に重きを置いていた点も知り得たからです。

逆に言うなら,当時アメリカ軍/イギリス軍/フランス軍などなど、ソ連軍とも合わせて「連合国軍」を構成していましたから、第二次世界大戦終結の為に挙って戦前ドイツの首都ベルリンへの侵攻を競っていたようです。ところがその途中で進撃中のアメリカ軍とソ連軍兵士が互いにカチ合った事件がありました。

互いの兵士がカチ合った場所は、ベルリンの下「ザクセン州トルガウのエルベ川河岸」で、当時その時の事件を「エルベの誓い (アメリカ軍)」或いは「トルガウの出会い (ソ連軍)」と記事にしたようです。

この時のタイミングはドイツ敗戦直前に当たる1945年4月25日で、左Google地図の解説では赤色矢印がアメリカ軍進撃進路で、グリーンの矢印がソ連軍を表します (いずれも一部の部隊の話で全軍ではない)。

すると記録などを読み漁るとアメリカ軍は「エルベの誓い」の後に一旦進軍を遅らせて (兵站の必要性から) 一部の部隊を急きょさらに南に位置する「Jena (イエーナ)」に向かわせ、ここでCarl Zeiss Jenaの主要人物とその家族 (125人) に図面などの資料 (8万枚) をいち早く拉致しOberkochen (オーバーコッヘン) に移送しています。

一方当時のソ連軍は何しろベルリン陥落を目指していたので、一目散に北に位置するベルリンに進撃した事から、ドイツ敗戦後に再び一部の部隊を南下させてイエーナに赴きCarl Zeiss Jena工場群から機械設備や資材、或いは近辺地域からドイツ人などの人材とその家族を接収 したようです。

後にこのタイムラグが基で、旧東ドイツでソ連による社会主義体制を推し進めていた中、Carl Zeiss Jenaが痺れを切らして旧西ドイツ側のCarl Zeiss (Oberkochen) を1953年に提訴した「商標権裁判」が有名です。この裁判が結審したのは何と1970年であり、判決は旧東ドイツ側Carl Zeiss Jenaの敗訴でした (1971年判決)。いわゆる旧東西ドイツで最も長い裁判 (18年間に及ぶ審理) と語り継がれている話ですね(笑)

この旧西ドイツ側Oberkochenに創業したCarl Zeissが勝訴した最大の理由が、実は「主要 人物の在籍と権利証などを含む重要書類の所有」が決め手だったとも言い伝えられています から、まさに一足早くイエーナに赴いたアメリカ軍の優れた先見性とも考えられます。

ではどうしてそんなにまでして挙って戦前ドイツのCarl Zeiss Jenaの設計陣や資料をアメリカとソ連が欲しがったのかと言えば、それは一にも二にも自軍の武器や軍需品に対する精度向上や発展、合わせて同時に科学の進歩に資するとの判断だったからなのが自明の理ですが、そこに何と日本まで手に入れていたアメリカはその後の冷戦で徐々に有利になっていきます。

話が反れましたが、このような背景から敗戦時にドイツCarl Zeiss Jenaから接収した人材や 設備と資材を最大限に有効活用して『まんまコピー』を造らせたとみています。

海外オークションebayでも滅多に出回らず,流通価格も8万円〜10万円で当然ながらそれでいて光学系の状態まで期待するのが難しいモデルです。そんな中で今回のオーバーホール済でヤフオク! 出品する個体は「スカッとクリア!」なので、本当に信じられません!

さらにオーバーホールによって本来あるべき姿に調整され,当初バラす前の実写確認よりも僅かながらもピント面の鋭さが増して、まだまだ100年を目指して (製産後今年で72年経過) 実用に耐え得る仕上がりに至った個体です!

是非是非ご検討下さいませ・・!

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当方では『ロシアンレンズ』と呼称していますが、戦後当時のソ連 (ソビエト連邦) で造られていたオールドレンズの総称として呼んでいます。

この『JUPITER-3シリーズ』自体はもともとソ連で独自に開発設計 されたオールドレンズではなく、戦前ドイツのZeiss Ikonが1932年に発売したレンジファインダーカメラ「CONTAX I型」合わせて同時に 用意されたオプション交換レンズ群の中に存在していた標準レンズ「Sonnar 5cm/f1.5 T」を戦後に模倣した『まんまコピー』のプロトタイプから発展した系列の名称になります。

その『まんまコピー』した原型モデルの標準レンズは戦前ドイツのCarl Zeiss Jenaから供給されていたのでカメラボディのZeiss Ikon製ではありません (左写真はCarl Zeiss Jena製Sonnar 5cm/f1.5 T)。

さらにそのマウント規格は、現在よく目にするようになったライカ判ネジ込み式マウント「L39マウント規格」とも違い「CONTAX初期型マウント」と呼ばれる独自バヨネットマウント方式の規格です。

第二次世界大戦終結時に連合国軍に参画していたソ連軍は、ドイツ敗戦時にCarl Zeiss Jenaの技術者や工場機械設備など、ありとあらゆるモノ (//図面) を接収し本国ソ連に引き揚げてしまいました。その経緯から、戦後の旧東西ドイツでそれぞれが独自に継承し発展を遂げた、戦前Carl Zeiss Jenaからの系統とは全く別に「第三国で独自進化していった戦前ドイツからの潮流」たるオールドレンズが『ロシアンレンズ』なのだと言う認識です。

つまり旧東ドイツで戦後建て直しを図り製産を再開した戦前ドイツから継承するCarl Zeiss Jenaと、さらにアメリカ軍によって接収された中心的な技術者や設計図面により旧西ドイツのOberkochen (オーバーコッヘン) で立ち上げたCarl Zeissの創設、そして当時のソ連で模倣からスタートした戦前ドイツのCarl Zeiss Jenaを出発点とした独自進化を遂げた系統という・・「実に3つの系統樹で枝分かれしてその後の発展に進んだ」非常に奇異な背景を持つのが『JUPITER-3シリーズ』とも言えます (他のモデルにも多数顕在)。

接収した人材や設備/資材をもとに、旧ソ連のKMZ (Krasnogorski
Mekhanicheski Zavod:クラスノゴルスク機械工廠) で設計された
プロトタイプが「JUPITER 5cm/f1.5」として1948年に極少数作られ、1949年より本格的な量産型モデルとして再び設計し直した「ZORKI ZK 5cm/f1.5 Π」が登場して新たな源流へと連なっていきます (右写真)。

今回扱うモデルはそのまさに1949年にKMZで製産された出荷個体で、モデルバリエーション上では「初期型」にあたりますが、国内流通品だった為に「ЗОРКИЙ ЗК 1:1.5 F=1.5см П」とレンズ銘板に刻印されています (ロシア語のキリル文字)。

従って本家戦前ドイツのCarl Zeiss Jena製品の他、戦後旧東西ドイツでそれぞれ独自に進化していったモデル、プラスして旧ソ連で発展を遂げた全く別名称のモデルと「基となる光学系は一つでもその発展系の光学系は似て非なるモノ」と言う認識で捉えて、その描写性についても考察する必要があるから相当ややっこしい話なのです(笑)

今までの当方の認識ではそのような考え方に落ち着いていましたが、今回このまさに『まんまコピー』を手に入れオーバーホールした事で、このモデル「耳付の初期型」がロシアンレンズでありながらも,実は戦前ドイツで生産されていた本家「Sonnar 5cm/f1.5 T」の生まれ かわりなのだと強く感じました (従ってその描写性もほぼ同一の印象)。

さらにもっと言うなら、旧ソ連製のロシアンレンズは当然ながらロシア語であるキリル文字で命名されレンズ銘板に刻印されていったので「ラテン語圏/英語圏」での呼称とは別にその呼び名が広まったりしているので相当複雑な状況に至っています。

さらにここに当時の時代背景として製産国の自国内で流通する個体以外に海外向け輸出品として「西欧圏に輸出したのか東欧圏に輸出したのか」が関わってきます。つまり輸出品オールドレンズはレンズ銘板の刻印が西欧圏と東欧圏で違うワケです(笑)

これは当時の国際貿易管理法が「ラテン語/英語表記の義務づけ」を採っていた為、輸出指向先の国が西欧圏なのか東欧圏なのかが輸出入時の通関処理で問題になったワケです。すると前述のラテン語/英語表記なのか、相変わらずのロシア語/キリル文字なのかの違いがレンズ銘板に顕在してしまったワケですね(笑) もちろんさらにマウント規格の相違も加味して考えないとおいそれと手に入れられませんから (カメラボディに装着できない)、その辺がオールドレンズをより難しくしている一因とも言えます。

これだけでも相当難解で複雑な系統に陥っているのに、さらに悪いことに旧ソ連も現在のロシアも社会主義体制国家なので、企業に私企業の概念がなくソ連/ロシアでは全ての企業や組織が「国営企業/国営組織」とみなされます。一方戦後に占領統治していた旧東ドイツも当時のソ連方式の国家体制を採ったので、必然的に社会主義体制の国家で全ての企業と組織が「人民所有企業 (VEB)」として管理されました。同じ社会主義体制国家でも中国は共産党一党による独裁体制で同じく全ての企業と組織が「人民公社」の認識です。

ところが旧ソ連と旧東ドイツは産業工業を「5カ年計画で国が直接に管理しつつも各組織体に権限移譲」する体制を採った為に、何から何まで共産党が逐一管理する中国の「人民公社」とはそもそも概念が全く別モノです (但し現在とは異なる)。

従ってネット上で氾濫している何もかも「人民公社」と記載して、旧ソ連や旧東ドイツの企業/組織体を指した説明には、当方は自分で各専門分野の先生 (研究者) の論文を読み漁ったので、同一とはみなしていません。つまり解説する国に従い「国営企業/人民所有企業/人民公社」と3種類のこの当時の解説には使い分けるべきと考えています

するとロシアンレンズに関し「様々な工場で並行製産により増産コントロールしていた」のがそもそもの「産業工業5カ年計画」の基本的概念なので、必然的に当時旧東ドイツでも様々な産業分野で採り入れられていた概念です。つまり旧東ドイツのCarl Zeiss Jenaは戦前ドイツの企業名称と同じながら「合併吸収していった企業体の工場に並行製産させていた」と言う事実も論文を読んで把握しました。

例えばシルバー鏡胴〜ゼブラ柄鏡胴時代の様々なオールドレンズのモデルをバラしていくと、製造番号の若い/古いのシリアル値にそぐわない「別設計の個体が同一モデル内に顕在している
/混在している」のを確認できています。この事象をもしも仮に一つの工場で製産していたと言い張るなら「1カ月間に何度も製産ラインを入れ替えて別設計/別のカタチをした構成パーツで同一モデルを製産出荷していた」事になります。

つまり外見上はパッと見で大きな相違が分からない同一モデルながら「バラして完全解体すると全く異なるカタチの構成パーツと構造が顕在する」ワケであり、内部構造が違うと言う事は「必然的に各部位の動き方まで異なる」のに外面は同じに見える (現実はビミョ〜に外見上にも相違点がある) のです。

製造番号をシリアル値で捉えた時 (並べた時)、そのような相違点が任意の製造番号の前後で頻繁に現れるとなると、どう考えても非効率的です。従ってそれら先生 (研究者) 方の論文に記載されている内容 (別工場に並行製産させていた) は至極説得力を持っていました。

話が長くなりましたが、当時旧ソ連ではオールドレンズに於いて製産工場を表すロゴマークをレンズ銘板に刻印管理していたので、当初の州立GOI光学研究所で設計された『まんまコピー』の「Sonnar 5cm/f1.5」モドキ (Zorki ZKモデルと呼称)」は、その後の量産化でKMZ (クラスノゴルスク機械工廠) 向け光学系の開発が行われて (再設計して) 製産され続けました

この時点でモデル名称は「JUPITER-3」に変わっているので『まんまコピー』とは別モノなのが分かります (実際過去の検証でZKモデルとの光学系の相違を確認済)。

そして敗戦時に接収した戦前ドイツCarl Zeiss Jena時代から使い続けられていた光学硝子資材が潰えてしまうと「ロシア産の硝子材での光学設計」の必要性に迫られ、ついに1958年にはKMZ (クラスノゴルスク機械工廠) での製産を打ち切り、ZOMZ (ザゴルスキ光学機械工場) に製産の全てを移譲してしまいます。

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さて、ここまでの解説で当時の時代背景や変遷など知識を得た状態でようやく解説できるワケですが、今回まさにその『まんまコピー』モデルを10年目にして初めて手に入れましたが、単に入手しただけでは決して判明し得なかった『ロシアンレンズの謎』をここから紐解いていきます。

要は完全解体してオーバーホールしなければ決して発見 (判明) することも「観察と考察」もできなかったワケで、その意味では単に所有しているだけでは理解できない内容でもあります。逆に言うなら今までに数多くの整備者がメンテナンスしていながら、どうしてこれらの解説をしてこなかったのかが、あまりにも不親切と言うか探究心が無さ過ぎると思いますね!(怒)

そもそもソ連の州立GOI光学研究所で編纂されていた、当時のロシアンレンズ全モデルに関する設計諸元データで捉えると、そのプロトタイプではなくKMZ工場で量産化を狙ったモデルとして、1949年時点で2種類のマウント規格に対応させていたのが分かります。

その一つがライカ製のレンジファインダーカメラをコピーした ライカ判サイズ「24 x 36mm」のいわゆるフルサイズの画角に対応し、且つフランジバック「28.8mm」に採ってきたまさにネジ込み式の「L39マウント規格」を模倣した、ソ連製のレンジファインダーカメラ「ЗОРКИЙ (Zorki/ゾルキー)」シリーズ向けオールドレンズ群を用意しています。

左図はその「ЗОРКИЙ ЗК 5cm/f1.5 Π (L39)」の諸元図になります。まさに今回扱った「初期型」なのが耳付きの絞り環を備えている点からも明白であり、同時にネット上で語られ続けている『まんまコピー』モデルなのが分かります。

一方こちらはもう一つのZeiss Ikon製レンジファインダーカメラ「CONTAX I型」を模倣したレンジファインダーカメラ「КИЕВ (Keiv/キエフ)」シリーズ向けのオールドレンズ群も合わせて用意し、マウント規格は同様「CONTAX初期型マウント規格」としています。

左図はその「КИЕВ ЗК 5cm/f1.5 Π (Keiv)」の諸元図になり、やはり絞り環に耳が付いているタイプでまさに『まんまコピー』モデルなのが分かります。

しかしこれらKMZ向け量産型モデルの設計諸元図で捉えようとすると,冒頭の『ロシアンレンズの謎』がまだ見えなかったワケです。

今回完全解体した上でオーバーホールする事で初めて見えてきた事実が右図の説明になります。右写真の個体は今回のオーバーホール済で出品する個体そのモノですが,既にオーバーホールが完了した状態で撮影しています。

するとグリーンのラインで指し示している絞り環の肉厚 () 鏡胴 () そして距離環 () のいずれも非常に薄く,下手すればスパッと手を 切るくらいです。しかし肉厚が薄いのに決して軟らかくないのです。

これがポイント (薄いのに軟らかくない) になりました・・!

こちらは以前扱った1950年製産個体のやはりKMZ製「ЗОРКИЙ ЗК 5cm/f1.5 Π (L39)」の写真です (但し二度目の再設計を経ているので絞り環に耳が存在しない)。

同じようにグリーンのラインで指し示しましたが、絞り環の肉厚 () 鏡胴 () そして距離環 () といずれもその肉厚が増えて厚みが増しているのです。僅か1年後なのにもう一度設計を変更している点が「???」なのです。

ちなみに肉厚の相違があるものの、その「肉厚」とは「絞り環/鏡胴/距離環」それぞれに於ける「最も厚みがある箇所の肉厚」を指して表現しているので,例えばそれぞれの縁部分の薄さは互いに似たような肉厚です (今回の耳付き個体のほうが僅かに薄い程度の相違)。

モデル銘も仕様も変わらず「ЗОРКИЙ ЗК 5cm/f1.5 Π (L39)」のままなのに、どうして僅か1年足らずで二度目の設計変更を行い鏡胴パーツの意匠まで変更してきたのでしょうか?

その答は・・・・、

戦時中にドイツ軍もソ連軍も互いに敵の状況に気づいていなかった現象が原因だったのです!

ドイツ軍にしてみるとソ連のモスクワを目指して不可侵条約を破って侵攻したワケですが、距離があまりにも長く兵站が追いつかずに侵攻の遅れが発生しそのまま冬を迎えました・・。

この時ドイツ軍は初めてソ連領内の−40℃以下という極限的に極寒な状況で「金属凍結」により機能しない状況に陥り侵攻を停止せざるを得なくなりました。この問題については当時のドイツ軍の白黒写真をチェックしてみると、例えば戦車や野砲なども布を巻いて対処しているのが分かりますが、しかしそんな対処方法では全く歯が立たないくらいの極寒で、とても金属凍結を防ぎきれませんでした。

一方ソ連軍のほうは自国領土内の話なので冬の金属凍結などは当たり前で,その分金属材などの成分配合を変更したり特にグリースの成分と粘性でちゃんと対応させ、且つそれら軍需用品や武器などの設計段階で「金属凍結」に配慮した設計を採っていたワケです。

それが当然のことと考えていたのでドイツ軍の状況をすぐに把握できていなかった事が推測できます。

つまり上の右写真でグリーンのラインで指し示した肉厚の相違こそが「使用していて金属凍結するか否かの分かれ道」だった事に当方も気づいたのです!(驚) もちろん『まんまコピー』のほうは敗戦時にドイツから接収してきた技術者に、同様接収したCarl Zeiss Jenaの機械設備と資材を与えて「まるで再製産の如く任せて造らせた」事が窺えます。

どうしてそんな細かい点まで分かるのかと言えば「それこそがまさに完全解体してオーバー ホールしたからこそ判明した事実」なのです。

『まんまコピー』のほうは前述のとおり薄い肉厚なのにアルミ合金材の成分配合が適正で非常に強度を保った作りと,何よりも切削精度の高さに「面取り加工」まで施していたのが十分に分かったからです。

このような強度と切削精度に面取り加工はその当時のロシアンレンズには存在しなかった 要素ばかりだからです

従って、ロシア人には珍しくせっかく手間暇掛けて接収した機械設備があるのに、何故その後のロシアンレンズは切削精度が低下してしまったのかがいつも不思議だったのです。

もっと言うなら、戦前から狙っていた戦前ドイツCarl Zeiss Jena製標準レンズ「Sonnar 5cm
/f1.5 T
」を手に入れて、それをバラして逐一内部構造と構成パーツ、さらに光学系の設計まで研究すれば「単にコピー/模倣したいだけ」なら面倒な事をせずに済んだハズです。ところが 現実的に必要だったのはそんな「構造や設計思想」ではなくて「金属材の成分や配合」或いは「光学硝子材の成分と配合」など、凡そ完成品から探求するには課題が残る要素について当時のソ連技術者は知識を得る必要性に駆られたのだと当方は考えたのです (それを克服しない 限りソ連の領土内では全く使いモノにならない)。

連れてこられたドイツ人技術者が造ったアルミ合金材の成分や配合も、或いはヘリコイドグリースの成分や粘性も、さらにもっと言うなら内部構造もヘリコイドのネジ山の勾配も,何もかも「金属凍結の配慮が欠落していた」からこそ、僅か1年足らずで『まんまコピー』の製産をやめてしまい,二度目だとしても再設計をせざるを得ない状況に至った為、その後のロシアンレンズへと変わったのだと確信しました!

何故なら、敗戦時のCarl Zeiss Jenaから接収した光学硝子材の資材が枯渇してしまったのは1954年であって,当時既に社会主義体制の下で計画生産をしていたソ連の各工場、とりわけKMZともなれば接収した機械設備まで放棄する必要はありません。ひいてはそのまま機械設備まで模倣してしまえば切削精度の改善も期待できていたハズなのに、それをせずに自前の機械設備を使ってアルミ合金材を従前の成分配合に戻して設計し直したワケです。

その根拠の全ては「金属凍結への対応」だった事が窺えます。

だからこそその後の同じモデル銘「ЗОРКИЙ ЗК 5cm/f1.5 Π (L39)」なのに、アルミ合金材の強度が変わり、塗布するヘリコイドグリースも自前のグリースに戻って、さらには絞りユニット内部にまでグリースを塗る方式に変更したのだと考えます。

ここで言うところのロシアンレンズに於ける「強度の違い」は、アルミ合金材の成分の配合が異なるようなので、同じ仕上がり材の肉厚で比較した時に戦前、或いは戦後旧西ドイツ側のCarl Zeiss製オールドレンズと比較して「アルミ合金材が軟らかい」と評価できるワケで (但しあくまでも当方の評価)、ロシアンレンズの特に絞り環や距離環などは「そのまま親指と人差し指で掴んでチカラを入れると容易に撓って変形する」のを検証済です (比較対象のドイツ製のアルミ合金材は同じように掴んでチカラを入れても、その撓りは極々僅かで変形に至らない)。

パッと素人的に考えると「金属凍結」の対処ならむしろ逆に材の強度を高くすると考えられるのですが、実はどんなに強度を上げても凍結は防ぎきれません (たかが数ミリの相違では変わらない)。すると重要なのは金属材の強度よりも「撓る程度」と共に「不凍結グリース」が接触箇所全てに塗布されていて「グリースの性質と金属材応力の両方で対応している」と考えられるのです。

それら全ての変更はその後に登場したロシアンレンズのあらゆるモデルに共通的に採用され続けたのを、様々なモデルをオーバーホールして確認しています。まさにこの点こそが『まんまコピー』から脱却してしまった、新たな系統たるロシアンレンズの誕生だったのではないで しょうか。

戦前ドイツは当時最先端の技術を有しながらも、ソ連への侵攻は敵わずソ連軍に負けて、さらに自然相手にも負けていたのだと今回判明した次第です。

そして敗戦時に接収したドイツ人技師や機械設備に資材/資料を使わせて『まんまコピー』を 戦後に造らせたと言う事実一点だけが「当時のソ連も戦時中に侵攻してきたドイツ軍の極寒地での状況を把握していなかった」事の裏付けだと確信したのです。何故なら,ワザワザ1年の時間と手間隙をかけて、且つ貴重な接収した資材/資料まで消費してその後量産化しない『まんまコピー』の製産にこだわる理由が見えないからです。

つまりもしも戦時中のドイツ軍侵攻停止の理由を事前に掴んでいたら、そもそも戦時中のソ連軍の反撃体勢も変わっていたハズだと考えられ、当然ながら戦後に『まんまコピー』の製産にこだわる理由も存在しなかったと推察できるワケです (単にドイツ人技師から詳細を聞き出し設計/製造の工程過程を把握すれば良いだけの話)。

ちなみにこれら与件が影響したのか否かは不明ですが、接収で拉致されていた各産業工業分野の主だった設計技術陣は、その家族も含め半数以上が1950年代には祖国ドイツに帰還しているので、ある意味何もかも負け尽くしたのが却って功を奏し結果的に早く戻れたのだと受け取れば,きっと残りの人生はポジティブに生きられたでしょうね!(笑) そんな話が本当かどうかは分かりませんが (単なる当方の憶測なので)、しかし明確なのは、そのようなロマンもまた お気にのオールドレンズに纏わる妄想を掻き立てて(笑)、本当に楽しいです!

オールドレンズ・・本当に奥が深くて驚きばかりです(嬉)

なお光学系にも変遷が見られました。もちろん3群7枚のゾナー型 光学系の構成は変わりませんが、右構成図はそのプロトタイプの設計諸元書からトレースした図です。

特に目を引いたのは第1群前玉の裏面側が平坦な凸平レンズを使っていた点です。同様第3群の3枚貼り合わせレンズも表裏共に曲面レンズを使っています。

一方こちらの右図はKeivシリーズの「JUPITER-3 (ZKバージョン)」の諸元図からトレースした構成図になり、ビミョ〜に各群の硝子レンズはサイズが違っています。

今回の出品個体と同じ1949年にKMZ工場で生産された、モデルバリ
エーション「初期型」モデルの構成図ですが、第1群の前玉はプロトタイプの凸平レンズから凸メニスカスへと変わっています (各群で設計変更)。

そしていよいよ今回扱う耳付の「L39マウント」規格品の構成図で、やはり各群の設計がビミョ〜に変わっています。

製産年度が1949年でやはりKMZ工場での生産個体です。

このように捉えるとこれら「耳付き絞り環」のタイプは、僅か1年で消えてしまった非常に貴重なモデルなのが判りますし、ましてや接収した技術者と戦前からのCarl Zeiss Jenaの機械設備や資材と図面から起こされた製産個体なのだと考えると、いくらソ連で造られたとしても「まさに再製産品」としか考えようがありません。

その意味で「耳付き絞り環」モデルは,本家Carl Zeiss Jena製Sonnarと同格扱いに当方では 今回のオーバーホールで捉え方が変化しました。

ちみなに「ЗОРКИЙ (Zorki/ゾルキー)」はライカ判レンジファインダーカメラのコピーモデルを表しますが、さらにレンズ銘板に附随する「ЗК (ZK)」の意味は「Zonnar Krasnogorski」の頭文字なので、例えば英語/ラテン語表記で「Sonnar」と「」が頭文字なのに、ロシア語の発音では発音しにくいので「」を当てて「Zonnar」としているようです。同様にZeiss Ikon製のレンジファインダーカメラ「CONTAX I型」もロシア語の発音で「」がキリル文字に存在しておりラテン語/英語の「」に当たるため「KONTAX」と発音しているようです。ここら辺がロシア人に英語を発音させると独特になる由縁なのでしょうか?(笑)

こんな感じで長々と超長文で解説してきましたが、如何でしょうか?

少なくともロシアンレンズの多くの個体で絞り羽根がビチャビチャに油染みが生じていたり、或いは非常に臭い異臭を放つグリースがヘリコイドのみならず鏡筒内部にまで大量に塗られていたりと、一般的なその当時に流通していたであろう他国のオールドレンズと比較して、あまりにも異なる状況に納得できたのではないでしょうか・・すべては自然相手の (−40℃以下の極寒地でも使えるという) 永き時間で育まれた知恵を反映させる根拠を探っていたのだと垣間見えた気がします(涙)

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑今回出品の個体を完全解体した時のパーツ全景写真です・・と言いたいところですが,実はうっかりしていて完全解体したパーツの全景写真を撮り忘れてしまいました。10年間で1本しか手に入らない貴重品なのに大失敗ですッ!(涙)

ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。取り敢えず内部構造が少し違う箇所があるのと、使う構成パーツにも細かい仕様の相違点が幾つも顕在するのでこの「耳付き絞り環」のモデルは後の「JUPITER-3」とのニコイチなど一切できません。

その意味でさらに希少性が高まると考えられます。

↑ここからは全て今回出品個体の「耳付き絞り環」モデルの構成パーツで組み上げていくオーバーホール工程の解説に戻ります。

絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。この後に登場する同型モデルZORKI ZK 5cm/f1.5 Π《初期型:耳無し》(L39)』と設計上の仕様は同じですが,実は切削精度が全く違っていてロシアンレンズの粗い切削レベルとはまるで別世界です。

↑絞り羽根は全部で13枚セットされますが,実はこの絞り羽根の切削レベルまで全く別モノです。それぞれ表裏面に金属製の「キー」がプレッシングで打ち込まれるのは同じですが、そのプレスの精度まで全然違います!(驚)

また製産時はグリーンの矢印で指し示した箇所でニッパーなどを使ってパチンと切断しているので、この絞り羽根自体はまるで枝豆の房のような感じでブラブラとぶら下がってプレッシングされたのを切り取っているようです。その切断面がグリーンの矢印の指し示した箇所ですがこの位置まで後のロシアンレンズとは違います。

絞り羽根には表裏に「キー」と言う金属製突起棒が打ち込まれており (オールドレンズの中にはキーではなく穴が空いている場合や羽根の場合もある) その「キー」に役目が備わっています (必ず2種類の役目がある)。製産時点でこの「キー」は垂直状態で打ち込まれています。

位置決めキー
位置決め環」に刺さり絞り羽根の格納位置 (軸として機能する位置) を決めている役目のキー

開閉キー
開閉環」に刺さり絞り環操作に連動して絞り羽根の角度を変化させる役目のキー

位置決め環
絞り羽根の格納位置を確定させる「位置決めキー」が刺さる環 (リング/輪っか)

開閉環
絞り羽根の開閉角度を制御するために絞り環操作と連動して同時に回転する環

↑念の為その後に登場した同じモデル銘のZORKI ZK 5cm/f1.5 Π《初期型:耳無し》(L39)』の絞り羽根を写した写真です。解説のとおりグリーンの矢印で指し示した位置で連結しているプレッシングなのですが、そもそも絞り羽根の肉厚さえも薄く、且つご覧のように切断が全く以て雑です! (この個体に関する話ではなくロシアンレンズの全体的に非常に多い切断の粗さ/仕方です)(笑)

こういうところにも国民柄と言うのが現れるのでしょうか・・(笑) それは一つ前の『まんまコピー』の切断を見ても相変わらずテキト〜なのが分かるからです(笑)

↑こちらは今回出品個体の光学系を第1群 (前玉) 〜第3群 (後玉) の順で並べています。

↑一方こちらはその後に登場した「JUPITER-3シリーズ」の光学系を並べて撮影したモノで,別個体からの転用写真です。ビミョ〜に各群のサイズや曲率が異なるのが分かるでしょうか?

↑上の写真は今回の出品個体「耳付き絞り環」モデルの第1群前玉ですが、グリーンの矢印部分は硝子レンズのコバ端と言って切断面ですが、赤色矢印の箇所にもう一つ「締付環が当たる場所専用に切削面を用意している」配慮まで施されています。

このような配慮は当時の日本製オールドレンズにも見られますし (NikonCanonなど) 或いはライカ製やフランス製など,結構各国の有名光学メーカーではそういう細かい配慮がちゃんと施されていたりしますが,ロシアンレンズにはまず以てあり得ませんね (今まで見た記憶がない)!(笑)

↑同様今回扱う「耳付き絞り環」モデルの第2群3枚貼り合わせレンズです。赤色矢印箇所には3枚の硝子レンズが貼り合わせられるので、その分の窪み (凹み) があります。またグリーンの矢印の箇所にはとても細いですがちゃんと平らなコバ端が備わっています。

↑同様「耳付き絞り環」モデルの第3群後玉です。やはり赤色矢印部分はそれぞれ格納筒の縁が当たる場所だったり「締付環」が当たる箇所などの配慮が施された切削で、さらにグリーンの矢印の部分は僅か1ミリにも満たない幅ですが、ちゃんと格納筒の内部で当たる箇所用に配慮した平らな面が用意されていて「要は格納位置を確定させる」配慮とも考えられます。

↑上の写真は絞りユニット内で「開閉環の押さえ込みに使うC型環」ですが、赤色矢印の肉厚が厚いのと合わせて切削精度が高く、やはり「面取り加工」されているので滑らかです。

ところがロシアンレンズになると同じパーツが絞りユニット内に使われているものの、切削面が一切面取り加工されておらず、指を切りそうなくらいにガリガリ状態の粗いままです。当然ながらそんな状態だと絞りユニット内の「開閉環」に接触して滑らかな駆動に抵抗/負荷/摩擦を生じる懸念が高まります。

しかしそれさえもロシアンレンズは鏡筒内部の絞りユニットでさえ不凍結グリースを塗って しまうので、多少パーツの切削が粗いままだとしてもちゃんと回ってしまうワケですね(笑)

↑13枚の絞り羽根を組み付けて絞りユニットを鏡筒最深部にセットします。もう既にこの時点でこの後に登場するロシアンレンズとは別モノの「適切な切削レベルに拠る平滑性の確保」が成されているのが十分に分かります。まるでロシアンレンズとは別世界ですね!(笑)

↑完成した鏡筒をたてて撮影しました (写真上部が前玉方向で下が後玉方向)。すると赤色矢印で指し示した場所に「開閉環」が見えています。この開閉環が絞り環と連結することで絞り環操作でダイレクトに絞り羽根が閉じたり開いたりの開閉動作をする仕組みです。

またグリーンの矢印で指し示した箇所に左写真のような「イモネジ用の下穴」が3箇所視認できますが、ここには「鏡筒位置決め環」と言う環/リング/輪っかがネジ込まれて、イモネジで締め付け固定する事で「鏡筒の格納位置が決まりピント面の鋭さが確定する」設計です。

つまりここの固定位置をミスると「ピントが甘い印象」に堕ちるワケで、非常に重要な下穴なのに3箇所もあります(笑)

要は過去メンテナンス時にミスッてテキト〜な位置で「ごまかしの為に下穴をドリルで切削して用意した」のがバレてしまいます (3つのうち1個だけが本物)(笑)

イモネジ
ネジ頭が存在せずネジ部にいきなりマイスの切り込みが入っているネジ種

↑さらに絞り環用のベース環をネジ込みますが、これもテキト〜ではなくちゃんと絞り環が適切に位置でセットされるべきネジ込みの停止位置があります。そもそも絞り環操作は無段階式 (実絞り) ですが,約半周程度しか回転しないので、一つ前の写真で鏡筒の赤色矢印開閉環」で指し示した位置に11列ものネジ山が切削されており、そこにこのベース環がネジ込まれるので半周の駆動域に対して11列ですから「停止位置の判定が重要になる」次第です。

ちなみにグリーンの矢印で指し示しているように、やはり「イモネジ用の下穴」が2箇所ずつ全周に渡って6箇所ありますから、このうちの3つの下穴が正しい設計時の下穴で,残りの3箇所は過去メンテナンス時にごまかしでドリル穴あけされています(笑)

↑こちらは距離環やマウント部がセットされる基台です。基台には「距離環が回転する/駆動する範囲を限定する目的の制限壁」があります。また下部には両サイドに縦方向のスリット (切り欠き) が備わり、そこを直進キーというシリンダーネジが上下方向に行ったり来たりする仕組みです (赤色矢印)。

↑こちらは同じ基台の写真ですが、実は後に登場した「耳なし絞り環」モデルからの転用写真です。同じKMZ工場製ながらもZORKI ZK 5cm/f1.5 Π《初期型:耳無し》(L39)』なので 翌年の1950年に二度目の再設計で登場したタイプです。

するとグリーンのラインで示したとおり「直進キーガイドと制限壁の位置が違う」のが明白でこの事実から「距離環の駆動域を変更している」事が判明します。つまり『まんまコピー』
モデルから距離環の動き方を変えざるを得なかった理由が何かあったワケです。

その証拠としてワザワザこのブログで写真を掲載しました(笑)

↑実際に今回の出品個体「耳付き絞り環」モデルの写真ですが、ヘリコイド (メス側) を無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。

直進キーガイドのスリット (切り欠き) と「制限壁」の位置関係が同じ位置です。ところがグリーンの矢印で指し示した幅をチェックして下さい。

↑一方上の写真はその1年後に登場した同型モデル銘ZORKI ZK 5cm/f1.5 Π《初期型:耳無し》(L39)』の同じ部位です。

するとリヘリコイド (メス側) の縁の幅/高さが薄い/低いのが分かります (グリーンの矢印)。

そしてさらにもっと決定的な相違点/証拠をお話します!(笑)

今回扱うZORKI ZK 5cm/f1.5 Π《初期型:耳付》(L39)』とその1年後に
二度目の再設計で登場したZORKI ZK 5cm/f1.5 Π《初期型:耳無し》(L39)』モデルとは、ヘリコイド (オスメス) のネジ山数が異なるのです

耳付き絞り環」モデルが5列に対して「耳なし絞り環」モデルのほうは6列あるのです。つまり焦点距離も開放f値も同一なので (同型モデルだから当たり前の話)『まんまコピー』モデルのほうが「急勾配で鏡筒を繰り出し/収納させていた」事がこれから掴めます。

だからこそヘリコイド (メス側) の縁の高さ/幅が全く違うワケですね・・(驚)

このような点が決定的な『証拠』になるワケで、実際に写真のネジ山数をカウントして比較すればすぐに分かります。

要はちゃんと「観察と考察」できていれば判明する話であって、その結果ネジ込み位置が変わるのも納得できる話になり、必然的に「オーバーホール工程での組み立て方や微調整の位置まで変わってくる」ワケで、別に「サービスマニュアルなど無くてもちゃんと分かる組み立て手順/調整」なのです(笑)

ちなみに鏡筒の繰り出し量/収納量が距離環の回転量に従い異なるという事は、実装されている光学系の設計まで変更しなければ、収差の影響が現れるのは容易に推測できるので、この点に於いても面倒だとしても再び光学系の再設計の必要に迫られたのが納得です!(笑)

従って光学系の各群のサイズや曲率、或いは厚みなどがビミョ〜に違うのも,至極自然な結果と断言できますね!(笑)

そしてヘリコイドのネジ山勾配を変化させた (ロシアンレンズのほうでは一段ネジ山数を多くしもう少し緩やかに繰り出し/収納するように設計変更した) その根拠は、−40℃以下の極寒地に対応する不凍結グリースに戻したものの、その専用グリースでさえもさすがに自然相手では限界があり「ネジ山数を調整した設計に変更せざるを得なかった」とみています。

不凍結グリースなので凍らないにしても距離環を回すトルクは最下限温度帯 (−40℃以下) に近づくに従い相当重くなっていたはずなので、それを少しでも改善しようと/軽くしようと意図するなら、まさにネジ山数を一段増やす事でより緩やかな勾配にしたと考えられるワケです

だからこそ、その他のパーツの細かい部分までその影響が現れ設計変更を余儀なくされたのだと結論づけることができそうですね(笑)

↑今度はヘリコイド (オス側) を無限遠位置の当たりを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルでは全部で6箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

鏡筒下部の直進キーガイド部分を見ると、既に「直進キー」が刺さっているので、ブルーの矢印①の距離環が固定される環/リング/輪っかを回すと「直進キー」によって回転するチカラが直進するチカラに変換されて「直進キーが上下方向にスライド/直進動する (ブルーの矢印②)」と同時に、その動きに連動してブルーの矢印③のようにヘリコイド (オス側) も繰り出したり/収納したりの動き方をするので、結果的に距離環を回して繰り出したり/収納したりの原理になっているワケです。

逆の表現で解説するなら「距離環を回すチカラはこれら3つの動き方を行うチカラとして伝達される」のであって、その時に皆さんが気にされる「トルクが重すぎる/軽すぎる/ムラがある」などの違和感は,確かにピント合わせの際に気になる人は気になるのでしょうが、はたして3つの動き方に影響を与えているのだと考えると「如何にトルク管理/微調整が難しいのか」を物語っている原理だと思いませんか?

少なくとも毎日のようにオーバーホールしている当方にはそう感じられて仕方ありません。

然しそんな事を言っても「言い逃れだ!」と怒られるのがオチで(笑)、どんだけ大変な話なのかはなかなかご理解頂けませんねぇ〜(泣)

なおグリーンの矢印で指し示したとおり「制限壁」が飛び出ているので、ここに「制限キー」と言うパーツがカチンと突き当たることで距離環の動きが止まる原理です。

要は無限遠位置「∞」刻印とその反対側である最短撮影距離位置でカチンと音がして距離環が止まる、その止まるのを決めているのが「制限壁」の役目なのが分かります。従ってこの後に登場する同じモデル銘のZORKI ZK 5cm/f1.5 Π《初期型:耳無し》(L39)』では、距離環の駆動域が変化した設計になっているのも間違いがない話ですね(笑)

そもそもヘリコイドの繰り出し量/収納量が1列分の増減で変化したワケですから、それに合わせて距離環の駆動域も設計段階で変更しないと、当然ながら適切な諸元値を実現できないことは,整備していない人でもよ〜く理解できると思います。

↑マウント部をネジ込んで固定します。グリーンの矢印で指し示していますが、過去メンテナンス時にドリルを使って「ごまかす為に穴を空けて赤色に着色した」のがバレバレです(笑)

結局、今までの工程の中で説明したとおり、過去メンテナンス時にいろいろな部位でミスっているので「ドリルでムリヤリ穴を空けて辻褄合わせをした」のが明白です(笑)

↑実際に距離環をセットしてこの後に鏡胴「前部」に光学系をセットしてからネジ込んだ後,無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行い、最後にフィルター枠とレンズ銘板をセットすれば完成です。

ちなみにこのモデルは後に登場したモデルも全て鏡胴は「前部/後部」の二分割方式です。従って鏡胴「前部」をネジ込んだ時に「適切な光学系の光路長が確保されなければ甘いピント面に堕ちる」のが自明の理ですね(笑)

このように一つずつ考えていれば・・自ずと不具合発生時の対処も適うと言う話です

DOHヘッダー

ここからはオーバーホールが完了した出品商品の写真になります。

↑10年目にしてやっと手に入れられた本当に貴重な「耳付き絞り環」のЗОРКИЙ ЗК 5cm/f1.5 Π《初期型:耳付》(L39)』です。

確かに生産されたのは旧ソ連のKMZ工場ですが,戦前ドイツのCarl Zeiss Jenaから使い続けられていた機械設備,或いはアルミ合金材まで含めた光学硝子レンズなどの資材/資料まで、その全てが敗戦したドイツから接収した技術者と機械設備に資材ですから「本家ドイツ製モデルの再製産品」に匹敵すると言えないでしょうか?

確かに戦前の本家、Carl Zeiss Jena製標準レンズ「Sonnar 5cm/f1.5 T」は真鍮 (黄鋼) 製でしたが、戦争中に一部のモデルはアルミ合金材へと構成パーツが変化し,その段階で再設計されていますからそれを踏襲したモデルとも受け取れます。

いずれにしても後にも先にも総アルミ合金材による切削精度が高くちゃんと面取り加工まで施した (平滑性が担保された) 素晴らしい工業生産品は、このロシアンレンズЗОРКИЙ ЗК 5cm/f1.5 Π《初期型:耳付》(L39)』しか存在しませんでした。

今回のオーバーホールでまさにそれら細かい背景や疑問などが根拠と共に全て判明し、もはや感慨深い想いしかありません(涙)

↑光学系内の透明度が非常に高い状態を維持した個体です。LED光照射でもコーティング層経年劣化に伴う極薄いクモリが皆無です。

製造番号から1949年の製産個体なので既に72年も経っているワケで、信じられないレベルの状態です。

当初バラす前の時点では光学系内に特大のカビが幾つも繁殖しており、これはコーティング層を侵食していると覚悟しましたが、キレイサッパリ全てのカビが除去できています!(驚)

但しご覧のとおりこの当時のオールドレンズに多く見られる「大小の気泡」が残っています (写真には影響しません)。

気泡
光学硝子精製時に適正な高温度帯を一定時間維持し続けた「証」と捉えていた為、当時の光学メーカーは正常品として出荷していた

なお、光学系第2群の3枚貼り合わせレンズのコーティング層が既にコーティング焼けしているので「微かにレモンイエローの黄変化」が起きています。これはUV光の照射でも全く除去できないのでそのままです (事前告知済なのでクレーム対象としません)。特に写真のコントラストなどに影響を来す (濃く写る) ようなレベルではないので,気にしないで済みます。

↑上の写真 (3枚) は、光学系前群のキズの状態を拡大撮影しています。すべて極微細な点キズを撮っていますが微細すぎて全部写りませんでした。

↑光学系後群も後玉は3枚の貼り合わせレンズですが、なんでこんなにキズも少なく「スカッとクリア!」なのかと本当に不思議なくらいです(笑)

↑上の写真 (3枚) は、光学系後群のキズの状態を拡大撮影しています。すべて極微細な点キズを撮っていますが微細すぎて全部写りませんでした。

【光学系の状態】(LED光照射で様々な角度から確認)
・コーティング劣化/カビ除去痕等極微細な点キズ
(経年のCO2溶解に拠るコーティング層点状腐食)
前群内:20点以上、目立つ点キズ:13点
後群内:20点以上、目立つ点キズ:18点
・コーティング層の経年劣化:前後群あり
・カビ除去痕:あり、カビ:なし
・ヘアラインキズ:あり(前後群内僅か)
(後群内に極微細な薄い11mm長数本あり)
・バルサム切れ:なし (貼り合わせレンズあり)
・深く目立つ当てキズ/擦りキズ:なし
(前後玉に微細な拭きキズ/擦りキズ/点キズあり)
・光源透過の汚れ/クモリ (カビ除去痕除く):なし
・その他:光学系内は微細な塵や埃が侵入しているように見えますが清掃しても除去できないCO2の溶解に拠る極微細な点キズやカビ除去痕、或いはコーティング層の経年劣化です。
・光学系内は透明度が非常に高いレベルです。
(LED光照射でも極薄いクモリすら皆無です)
・光学系内には大小の「気泡」が複数あり、一部は一見すると極微細な塵/埃に見えますが「気泡」です(当時気泡は正常品として出荷されていた為クレーム対象としません)。「気泡」も点キズにカウントしているので本当の点キズは僅かしかありません
・第2群貼り合わせレンズのコーティング層が経年劣化によりコーティングや気が起きている為、微かにレモンイエローに黄変化しています。写真のコントラストなど影響を来すレベルではないのでクレーム対象としません。
・いずれも全て実写確認で写真への影響ありません。

↑13枚の絞り羽根もキレイになり絞り環共々確実に駆動しています。絞り羽根が閉じる際は「完璧に円形絞りを維持」しながら閉じていきます。

絞り環の駆動は設計上の仕様から無段階式 (実絞り) ですが、普通ロシアンレンズはスカスカな絞り環操作に至るのに「このモデルは戦前ドイツ時代の設計なのでちゃんとトルクが与えられている」からさすがです!(驚)

こう言う部分でもロシアンレンズとは別世界な印象です・・(涙)

ここからは鏡胴の写真になりますが、経年の使用感が僅かに感じられるものの当方にて筐体外装の「磨きいれ」を施したので大変落ち着いた美しい仕上がりになっています。「エイジング処理済」なのですぐに酸化/腐食/錆びが生じたりしません。

↑【操作系の状態】(所有マウントアダプタにて確認)
・ヘリコイドグリースは「粘性:中程度+軽め」を使い分けて塗布し距離環や絞り環の操作性は非常にシットリした滑らかな操作感でトルクは「普通」人により「軽め」に感じ「全域に渡り完璧に均一」です。
距離環を回すとヘリコイドのネジ山が擦れる感触が伝わる箇所があります
・絞り環は設計無段階式(実絞り)でスカスカですが今回のオーバーホールで極僅かにトルクを与えてスカスカ感が低減するよう微調整済です。

【外観の状態】(整備前後関わらず経年相応の中古)
・距離環や絞り環、鏡胴には経年使用に伴う擦れやキズ、剥がれ、凹みなどありますが、経年のワリにオールドレンズとしては「超美品」の当方判定になっています (一部当方で着色箇所がありますが使用しているうちに剥がれてきます)。
当方出品は附属品に対価を設定しておらず出品価格に計上していません(附属品を除外しても値引等対応できません)。
・鏡胴絞り環用の基準「」マーカーの隣に過去のメンテナンス時にドリルで空けられた丸穴があります。

今回のオーバーホール済でのヤフオク! 出品に際しセットした附属品の一覧です。

《今回のヤフオク! 出品に際し附属するもの》
HAKUBA製MCレンズガード (新品)
本体『ZORKI ZK 5cm/f1.5 Π《初期型:耳付》(L39)』
汎用金属製ネジ込み式後キャップ (中古品)
汎用樹脂製スナップ式前キャップ (新品)

↑完成した個体に附属品をセットした状態で写真撮影していますが,ご覧のとおりグリーンのラインで示したように縦方向に一直線上に「開放絞り値/絞り環用基準マーカー/距離環用基準マーカー」の全てがキレイに並んでいます (当たり前の話/赤色矢印)。

しかしこのように一直線上に並んでいないロシアンレンズが意外と市場には多く流通しておりこのモデルの (多くのロシアンレンズで同様に) 鏡胴が二分割方式の設計なので、鏡胴「前部」がネジ込み式である事から適切な位置でネジ込みが停止しないと「鋭いピント面に至らない」問題に直面します。

当然ながら無限遠位置も鋭くピント合焦し、他の距離でもその鋭さは変わりません

またブルーの矢印で指し示しましたが、過去メンテナンス時に「ごまかす為にドリルで穴開けされた」ズレた位置の基準「」マーカーの代用がありますが、そのまま残っています (一度削られた金属は元に戻せない)。

どうしても気になる方はアルミ合金材用のパテ埋めで対処して下さいませ。

↑今回の出品個体が大変貴重な「1949年の1年間だけ製産されたKMZ製ZKモデル」合わせて戦前ドイツから継承した設計上の仕様も併せ持つ、まさに最初で最後のドイツとソ連とのミックスモデルとも言い替えられます!(涙)

その根拠が上の写真の解説で、距離環のローレット (滑り止め)/ギザギザのジャギー幅が長いのがその「」であり (グリーンのライン)、且つ距離環の駆動域の制御方法が違う点 (赤色矢印の制限キーの存在)、そして絞り環に附随する特徴たる「両サイドの耳/ツマミ」です (ブルーの矢印)。

実際にロシアンレンズを研究している著名サイトの解説をご覧頂ければ、これらの要素が「証拠」になる点を表していると受け取れますが,当方には信用/信頼がないので、気になる方は「Soviet cams.com」でご確認下さいませ(笑)

なお、どこのサイトにも記載されていませんがこの「耳付き絞り環」モデルは絞り値刻印の箇所で段差が付いている為、全てのネジ込み位置がピタリと適切でない限り絞り環の駆動域までズレてしまいます。従って過去メンテナンス時に今回の個体はネジ込み位置が適切ではなかったことから絞り値の位置がズレてしまい、仕方なく絞り環用の基準「」マーカーをドリルで穴開けして用意したのだと推測します。

今回のオーバーホールではもちろん「観察と考察」に「原理原則」に則り組み上げたので、全てがピタリと適切な位置で固定され,且つ「各部位の平滑性も担保」されたので,本当に気持ちの良い操作性で仕上がっています。

もちろん筐体外装のアルミ合金材もピッカピカに磨き上げてあるので「触ったときの指紋が気になるくらい」なのがまた楽しかったりします(笑) とは言っても数年でポツポツとアルミ合金材のサビが生じないよう「ちゃんとエイジング処理済」なので、当分の間はこのままキレイな印象の筐体外装で気持ち良くお使い頂けます。

さらにひいて言うなら,内部に塗布しているグリースも「黄褐色系グリース」しか使っていないので、絞り環や距離環などを回す時のトルク感は「チョ〜気持ちいい!」ワケですが、それを数年維持し続けるよう仕上げてあります (取り敢えず当方扱い品の7年前の個体までは市場に再び流れた時に当方自ら買い取って検証しているから分かっているのです/断言できる)。

この72年前に造られた標準レンズが多くの背景/与件に絡まれながらも、今に再び活躍できる環境を整えて現れたことをとても嬉しく思うと同時に、まだまだ活躍の場を与えて下さる新たなご主人様の手元でピカピカと光り輝いてもらいたいと・・切に切に願うばかりです(涙)

単に希少価値が高いモデルとの認識以上に、製産後72年も経過していながら光学系の透明度が高いオドロキと、合わせてオーバーホール後その仕上がった操作性の良さ/確実さ/適切なトルク感 (絞り環はトルクを与え、距離環は逆に軽め) などが「最終的な商品価値」に繋がるのだと言う考えです。そしてそれは同時に/結果的に『所有欲をも充たす』と言えます。

このような当方のポリシーから、単に希少価値の高いオールドレンズを調達し「コレクターズアイテム」と謳い転売するだけでなく、そこには「あくまでも実使用時の操作性の良さ、その結果から至る撮影に専念できる環境の提供」こそが最終的な当方の目的であり、願いそのモノなのです。

逆に言うなら・・撮影時にはオールドレンズの存在を忘れてしまうくらいに構図やボケ具合に没頭している事がまさに当方の願いなのであって,残念ながらその時に当方のオーバーホールに対する認識は・・きッと忘れ去られているでしょう (それが現実!)(笑)

無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

もちろん光学系の光路長調整もキッチリ行ったので (簡易検査具によるチェックなので0.1mm単位や10倍の精度ではありません)、以下実写のとおり大変鋭いピント面を確保できました。電子検査機械を使ったチェックを期待される方は、是非ともプロのカメラ店様や修理専門会社様が手掛けたオールドレンズを手に入れて下さい当方の技術スキルは低いのでご期待には応えられません

↑当レンズによる最短撮影距離1m附近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

各絞り値での「被写界深度の変化」をご確認頂く為に、ワザと故意にピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に電球部分に合わせています。決して「前ピン」で撮っているワケではありませんし、光学系光学硝子レンズの格納位置や向きを間違えたりしている結果の描写でもありません (そんな事は組み立て工程の中で当然ながら判明します/簡易検査具で確認もして います)。またフード未装着なので場合によってはハレーション気味だったりします。

↑絞り環を回して設定絞り値「f2」で撮影しています。

↑さらに回してf値「f2.8」で撮りました。この被写体たるミニカーの浮き出し方こそがまさに3群7枚ゾナー型光学系構成の特徴ですね!(涙)

↑f値は「f4」に上がっています。

↑f値「f5.6」に変わりました。

↑f値「f8」での撮影です。

↑f値「f11」です。

↑f値「f16」での撮影です。

↑最小絞り値「f22」での撮影です。もうほとんど絞り羽根が閉じきっている状態ですが,ご覧のように解像度もコントラストも堕ちずに「回折現象」の影響が最小限に控えられていると言う素晴らしいオールドレンズです!(涙)

 回折現象
入射光は波動 (波長) なので光が直進する時に障害物 (ここでは絞り羽根) に遮られるとその背後に回り込む現象を指します。例えば、音が塀の向こう側に届くのも回折現象の影響です。
入射光が絞りユニットを通過する際、絞り羽根の背後 (裏面) に回り込んだ光が撮像素子まで届かなくなる為に解像度やコントラスト低下が発生し、眠い画質に堕ちてしまいます。この現象は、絞り径を小さくする(絞り値を大きくする)ほど顕著に表れる特性があります。

被写界深度
被写体にピントを合わせた部分の前後 (奥行き/手前方向) でギリギリ合焦しているように見える範囲 (ピントが鋭く感じる範囲) を指し、レンズの焦点距離と被写体との実距離、及び設定絞り値との関係で変化する。設定絞り値が小さい (少ない) ほど被写界深度は浅い (狭い) 範囲になり、大きくなるほど被写界深度は深く (広く) なる。