◎ Carl Zeiss Jena (カールツァイス・イエナ) Biotar 75mm/f1.5《後期型》(exakta)

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この掲載はオーバーホール/修理ご依頼分オールドレンズのご依頼者様や一般の方向けご案内です (ヤフオク! 出品商品ではありません)。
写真付解説のほうが分かり易い事もありますが、ご存知ない方も参考にして頂けるよう今回無料掲載しています (オーバーホール/修理の行程写真掲載/解説は有料です)。オールドレンズの製造番号は画像編集ソフトで加工し消しています。


このオールドレンズは「グルグルボケ」の代表格のようなモデルです。Biotarは戦前のドイツで、当初は1910年に開発されたシネレンズとして8.5cm/f1.8が考案されますが量産化までは進まず、1928年にはやはりシネレンズとして量産モデルが焦点距離2.5cm〜7cmまで揃えられたようです。1932年にはフィルムカメラのRoBoT用モデルとしてようやく4cm/f2モデルが登場し、後に1936年一眼レフカメラ用の「Biotar 5.8cm/f2と7.5cm/f1.5」が発売され1965年まで製産が続きました (その後Pancolarに継承される)。

なお、このBiotarの開発履歴を知ることで、当時旧西ドイツ側で活躍していた世界初のマクロレンズ「Makro-Kilar」開発設計者であるHeintz Kilfitt氏が、当初27歳から想起し開発した連続写真撮影機 (後のRoBoT) プロトタイプに「Biotar 2.5cm/f1.4」シネレンズを使用したタイミング (1929年31歳の時にプロトタイプ案件を売却している) とも合致するので、当時の横の繋がりが見えてきてオモシロイです(笑) 「Makro-Kilar」についてはこちらのページで解説しています。

【モデルバリエーション】
オレンジ色文字部分は最初に変更になった諸元を示しています。

初期型1936年発売
コーティング:ノンコート
最小絞り値:f16
絞り羽根枚数:18枚
最短撮影距離:1m〜∞
マウント:exakta / 旧CONTAX
筐体:総真鍮製

前期型1945年〜1950年
コーティング:モノコーティング T
最小絞り値:f22
絞り羽根枚数:18枚
最短撮影距離:1m〜∞
マウント:exakta / 旧CONTAX / PRAKTINA / L39 / M42
筐体:アルミ材削り出し / 一部真鍮製

後期型1951年〜1965年
コーティング:モノコーティング T
最小絞り値:f16
絞り羽根枚数:10枚
最短撮影距離:0.8m〜∞
マウント:exakta / 旧CONTAX / L39 / M42
筐体:アルミ材削り出し

ロシアンレンズで近年富みに人気が高くなっている「HELIOS-40 8.5cm/f1.5」のコピー元がまさしく「Biotar 7.5cm/f1.5」で、当時のソ連 (ソビエト連邦) が戦前のCarl Zeiss Jenaモデル (の光学系設計) を狙っていたと言う話が語り続けられています。

左の写真は例として1枚だけ貼り付けましたが、Flickriverで圧倒的なフォロワー数を誇る「Florence Richerataux」氏の「幻想世界」を自らも愉しめるかも知れないと言う大きな期待感に苛まされます(笑) この中にロシアンレンズ「HELIOS-40-2」の大変美しい世界がアップされています (一見の価値あり)。
(左写真クリックで投稿者の様々なオールドレンズによるアルバムページを別表示します)

   
   
   

上の写真はFlickriverで、このモデルの特徴的な実写をピックアップしてみました。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。

一段目
左端からシャボン玉ボケが大きく滲んだ円形ボケへと変わっていく様を集めてみました。

二段目
特徴的な背景ボケを集めています。背景効果を狙ってワザとザワザワした背景に二線〜三線ボケの特徴を上手く使ってボカしていく写真 (左端)、その中に敢えてインパクトの強い発色の被写体を混ぜた印象画的な写真 (2枚目)。或いは水彩画のようにトロトロにボケるよう背景に気を遣った写真や空を水面に映すことで幻想的な効果を狙った写真などです。

三段目
このモデルの特徴的なボケ味に「液ボケ」と当方が呼んでいる液体のようなボケ味 (左端) や、一見するとまるでアニメのワンシ〜ンのようなモザイク柄的なボケ方の写真です。このグルグルボケの世界だけで写っているように見える2枚目の写真は、実はちゃんと右上端の枝にピント面があります。3枚目はまるでスタジオ撮影かのような錯覚を覚えてしまう非常に立体的な描写で、まるで飛び出てくる絵本のような写り方です。

光学系は典型的な4群6枚のダブルガウス型構成ですが、モデルバリエーションの中で「初期型前期型」モデルとその後の「後期型」とでは再設計されて構成が変化しています (右図は初期型〜前期型の光学系構成図)。

一方今回扱うモデル「後期型」では第1群 (前玉:構成図の左端) が従来の両凸レンズから裏面側が緩い凹みを帯びた凸メニスカスへと変わり、同時に第4群のカタチも変更されています。

最短撮影距離が80cmへ短縮化された事から再説計された結果と考えられますが、ネット上を検索しても「後期型」の光学系構成図はヒットしません。仕方ないので今回バラして清掃した時にデジタルノギスで計測しトレースしたのが上図です (従って各硝子レンズのサイズ/厚み/凹凸/曲率/間隔などほぼ正確です)。

そして、それは左図のCarl Zeiss Jenaの当時の設計諸元書からも確認することができます (exaktaマウント版の諸元書)。

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。上の写真では赤色矢印グリーンの矢印を使って各光学硝子レンズの締め付け環を指し示しています。

これは実は先日オーバーホール/修理した同型モデルの後玉用締め付け環が存在しなかった時の写真と比較する為です (左写真がその時の掲載写真)。前回オーバーホールした個体は後玉の締め付け環が欠品しており、単に填っていただけと言う結末でしたが、その後玉用締め付け環が欠品していることをグリーンの矢印で指し示しています (このモデルには全部で6本の締め付け環が使われている/今回の個体は締め付け環が存在する)。

内部構成パーツの全てを同じ位置で並べて同じパーツが写っていることを比較できるようにしてあります。この全景写真で特にチェックして頂きたい要素があります。前回の個体は内部構成パーツの一部に「ライトブルーのメッキ加工」が施されていましたが、今回の個体は「パープル」です。単なるメッキ塗色の相違ではなく、メッキ塗色の相違で製産工場の違いがあると当方では考察しています。

パープル」がCarl Zeiss Jena本体工場で使われていたパーツのメッキ塗色で「ライトブルー」はゼブラ柄のオールドレンズ製産を最後に、黒色鏡胴の生産前に消滅していった工場のメッキ塗色です (つまりベルリンの壁が崩壊した1989年時点の最後にはパープルのメッキ塗色/
Carl Zeiss Jena本体工場しか残っていなかった)。他にもっと早い時期に消滅した工場で使われていた「オリーブ」色のメッキ塗色も一部モデルには存在します (ゼブラ柄のオールドレンズが登場する時点で消滅した工場)。

これら構成パーツのメッキ塗色に注目した理由は、同じ部位の構成パーツなのにメッキ塗色が異なると細部の設計 (例えばネジ切りスタート位置/長さなど) に相違が顕在し、単なるメッキ塗色の相違に限らず設計自体が異なっていたことを突きとめたからです。従って、それら部位の構成パーツを似ているからと (メッキ塗色が違うだけだからだと) 入れ替えても正しく組み上げることができないことを知っています (その意味でこの当時のモデルは一部にニコイチできない場合がある)。

この当時、最大で3つの工場が並行生産しており、その際に使われていたメッキ塗色も3色「パープル/ライトブルー/オリーブ」に分けられますが、それと同時にそれらメッキ塗色の個体の製造番号を時系列で並べていくと、シリアル値で並べた時に新旧バラバラに混在してしまう事実を突きとめました。しかも構成パーツの一部に微妙な設計の相違がある (互いに代用できない) となると、一つの工場でワザワザ製産ラインを分けて異なる設計のモデル (然しモデルとしては同型品) を製産していた理由が思い付きません。

【例:Biotar 58mm/f2 シルバー鏡胴の製造番号との関係】
※当方によるオーバーホールでバラした固体の一例
・製造番号:34729xx オリーブ
・製造番号:34743xx パープル
・製造番号:34799xx ライトブルー
・製造番号:35326xx パープル
・製造番号:35410xx パープル
・製造番号:36266xx ライトブルー
・製造番号:37370xx パープル

こんな感じで製造番号を基にシリアル値で時系列として並べた時に、内部構成パーツのメッキ塗色に相違があり、しかもバラバラに混在しています。もちろんそれぞれの構成パーツには微妙な仕様の相違があるので交換して使うことはできません (交換した場合は必ず調整が必要になる)。

このことから「製造番号の工場別割当制」を思い付き、製造番号は予め生産前の段階で各工場に割り当てられており、その中から製産が完了した出荷時点で個別の製造番号がシリアルで付番されていったと仮定し、製造番号をシリアル値で並べるとバラけてしまうと言う結論に達しました。中には前後の製造番号が僅か200本分しか離れていない場合でも、メッキ塗色から細かい仕様まで相違があり、とても同一ラインで部品を分けて製産していたとは (そのような非効率的な生産状況は) 説明し難いと結論しました。

何故なら、製産ラインの区別としてメッキ塗色を分けていたのなら、ワザワザ仕様まで変更して共用化できないパーツとして用意していた説明ができないからです (従って当時最大3つの工場で並行生産していた)。それは詰まるところ増産の一環だったと考えられます。このヒントになったのが実はロシアンレンズの存在で、当時のソ連 (旧ソビエト連邦) では一つのモデルを複数工場で並行生産していたからです。光学系の設計は全く同一でも筐体の設計が各工場の機械設備仕様に任されており、外観のデザインまで全く別モノなのに同じモデル銘のまま顕在しています。

このような複数工場で (一部設計を任意に工場設備に適合させつつ) 並行生産することで同型品の増産体制を短期間で整えていたのが、当時の社会主義体制国家に於ける産業工業体系の計画製産手法であることを、当時のソ連産業を専門に研究していらっしゃる方のPDFファイルで拝読しました。ちなみに旧東ドイツは敗戦時にソ連が獲得とした占領統括地域なので、ソ連本国と同様5カ年計画に則って計画経済を推し進めていました。

なお、今回の個体はパープル色のメッキ塗色なので、Carl Zeiss Jenaの本体工場での製産品で製造番号から1963年の出荷個体と推測できます。

↑上の写真はせっかくなので外して清掃した絞り羽根を4枚並べて撮影しました (表向きを2枚に裏向き2枚)。

絞り羽根には表裏に「キー」と言う金属製突起棒が打ち込まれており (オールドレンズの中にはキーではなく穴が空いている場合や羽根の場合もある) その「キー」に役目が備わっています (必ず2種類の役目がある)。製産時点でこの「キー」は垂直状態で打ち込まれています。

位置決めキー
位置決め環」に刺さり絞り羽根の格納位置 (軸として機能する位置) を決めている役目のキー

開閉キー
開閉環」に刺さり絞り環操作に連動して絞り羽根の角度を変化させる役目のキー

絞り環を回すとことで「制御環」が連動して回り絞り羽根の開閉角度が決まるので、マウント面の「絞り連動ピン」が押し込まれることで絞り羽根の「開閉キー」が瞬時に移動して「位置決めキーを軸にして絞り羽根の角度が変化する (つまり開閉する)」のが絞り羽根開閉の原理です。

上の写真でグリーンの矢印で指し示した箇所をご覧下さい。他の箇所 (角) は全てキレイに面取りされているのに、この箇所だけ削れているようになっています。そうなんですね、製産時点で絞り羽根はまるで「枝豆の房」のようにブラブラとブラ下がった状態でカッティングされ、その時同時に「キー」もプレッシングされているワケです。従って、工場の女の子達が切削治具を使って絞り羽根を1枚ずつパチンパチンと切り取っているワケです (いえ、女の子かどうかは知りませんが)。それで1箇所だけ削れているワケですね(笑)

なお、このモデルの絞り羽根は非常に薄く僅か0.3〜0.4mmくらいなので簡単に手で引きちぎれるくらいペラペラです。

↑こちらの写真は絞りユニット内部に入る「開閉環」を撮りました。開閉環が回ることで絞り羽根が開閉しています。

↑「開閉環」を今度はひっくり返して裏側を撮りましたが、ご覧のように「」が用意されています。これが「開閉キー用ガイド ()」絞り羽根の一方にプレッシングされている「開閉キー」が言ったり来たりとこのガイド部分をスライドするので、絞り羽根が角度を変更できる原理です。

この「開閉環」はアルミ合金材ですが、表層面に「梨地塗装」でメッキ加工されています。梨地塗装とは表層面に微細な凹凸を用意する焼付塗装で、その目的は揮発油成分の侵入/移動を防ぐ為です。ところが今回の個体はこの「開閉環」に何と過去メンテナンス時に「白色系グリース」が塗られていました。

これが仮にツルツルの平滑面を有する表層面 (無垢のアルミ合金材) ならグリースを塗る理由も分かりますが、ワザワザ梨地仕上げにしている箇所にグリースを塗布してしまうのは「原理原則」を全く以て逸脱した所為です。

どうしてそう言うのか? 今回の個体はつい最近、おそらく数年内にオーバーホールされた個体だからです。過去メンテナンスから時間が経過しているとしてもせいぜい5〜6年と見積もっています。何故なら内部に塗布されていた「白色系グリース」がまだ新しく経年劣化がさほど進行していない状態であり (本格的なレンズ用白色系グリースが使われている) 且つ相当オールドレンズの構造を熟知した技術スキルを有する人の手によって整備されたことがバラすと判明しました。

にも拘わらず「開閉環」にグリースを塗ってしまった理由は、たった一つ。絞り環のトルクが重かったからです。このモデルは絞り環を回す時クリック感を伴わない手動絞り (実絞り) であり、そのトルク感が少々重めの印象です。

↑取り敢えず、当方のオーバーホール (特にDOH) では絞りユニット内部には一切グリースを塗らないのが基本ですから、今回もグリース無しで10枚の絞り羽根を組み付けて絞りユニットを組み上げました。

↑完成した鏡筒を立てて撮影しています。鏡筒の外周部には2箇所ネジ山が切削されており、上が「絞り環用ネジ山」で下が「ヘリコイド (オス側)」です。鏡筒の中腹に赤色矢印で指し示しましたが、3桁の数値がマーキングされています。今回のオーバーホール/修理ご依頼者様だけはこの数値を見れば納得されますが、この3桁の数値は製造番号の下3桁をマーキングしていた当時の製産時点の刻印です (当方がマーキングしたのではありません)。

「671」を消して「672」とマーキングしています。

↑「プリセット絞り環」をネジ込みます。最後までネジ込んでしまうとスムーズに操作できなくなります。前述で鏡筒に「絞り環用のネジ山がある」と案内しましたが、最初にネジ込まれるのは「プリセット絞り環」であり、この上から「絞り環」がさらにネジ込まれます。つまり一つのネジ山を共用している駆動方式を採っています。

プリセット絞り環」の下部には「」が刻まれており、各絞り値に見合う位置で「プリセット絞り値キー ()」が用意されていて、ここに「絞り環」の内側にある金属棒がカチッと填ることでプリセット絞り機構になっている仕組みです。

プリセット絞り
予め撮影前 (当時はフィルムカメラ全盛時代なのでシャッターボタン押し下げ前のこと) に希望する設定絞り値を決めてセットすることで、絞り環を回した時にその設定絞り値まで絞り羽根を閉じられるようにする方式の絞り操作/機構のこと。

↑さらに下方向から「絞り環」をネジ込みます。赤色矢印で指し示した箇所に「」マーカーが刻印されています。「プリセット絞り環」の刻印絞り値「f1.5」と基準「」マーカー位置を合わせ、この位置に「絞り環」をセットしてからマウント側方向に引き戻し (クッション性があるので引き戻すことができる:ブルー矢印①) 希望する設定絞り値まで「絞り環」を回します (上の写真では仮に「f4」に設定するとします:)。「f4」位置まで回してから指を離すとカチッとハマる音が聞こえて停止します ()。

すると絞り羽根は開放f値「f1.5〜f4」の間を無段階式 (実絞り) 状態で開閉させることが実現する「プリセット絞り機構」ですね (グリーンの矢印④)。

ここで補足解説すると、自らバラして整備済でロシアンレンズなどをヤフオク! に出品している出品者が「プリセット絞り機構」について間違った案内をしているので解説しておきます。

その出品者は一部のロシアンレンズで「この当時のオールドレンズには一部に絞り環を開放位置に回すと絞り羽根が閉じていく逆の動き方をするモデルがある」と案内していますが、それは誤りです。

上の写真で解説します・・。

プリセット絞り環を回して開放f値「f1.5」を基準「」マーカーにセット
絞り環の基準「」マーカーも同時に開放f値「f1.5」にセット
この時絞り羽根は「完全開放」の状態
絞り環を回して設定絞り値「f4」にセット (カチッと填る)
この時プリセット絞り環側は「f1.5」のままなので絞り羽根は「開放状態」を維持
撮影前に距離環を回して開放状態のままピント合わせする
ピントが合焦したら絞り環を回してプリセット絞り環を回す (填っているので一緒に動く)
プリセット絞り環は絞り環が填っている「f4」が基準「」マーカー位置に移動
従って当然ながら絞り羽根は設定絞り値「f4」まで閉じていく

何のことはありません。至極自然な動きをしています。前述の出品者が説明している「絞り羽根が逆の動き方をする」などと言うワケの分からない説明にはなりませんね(笑)

つまりは「プリセット絞り環」と「絞り環」の役目を理解していないから、そんな変な話を平気でしています。自分でバラして内部構造を知っているクセに、そもそも何の為にそこにネジ山が用意されているのかなど全く考察せずに、単にバラして組み立てているだけだから誤った説明をすることになります (ハッキリ言って自称プロのフォトグラファーなのに恥ずかしい)。

鏡筒の上部に用意されているネジ山は「プリセット絞り環/絞り環共用」のネジ山なので、そのような仕組みで「プリセット絞り環/絞り環」が動きます。これが仮にネジ山が2つ用意されているならまた別の動き方になりますね。

↑「プリセット絞り環/絞り環」を組み込んで完成した鏡筒に光学系前後群を組み付けて鏡胴「前部」を完成させます。

さて、ここで前述の絞りユニット内部の構成パーツ「開閉環」にグリースを過去メンテナンス時に塗布していた理由を解説します。今回の個体は「プリセット絞り環」の2箇所に過去の「打痕 (凹み)」が残っています。おそらくその時の衝撃で極僅かですが「プリセット絞り環の変形」が生じてしまったと推測します。実際「プリセット絞り環」を先のネジ山にネジ込んでいくと僅かですがトルクムラを感じますから「プリセット絞り環が真円を維持していない」と考えられます。

つまりそれを解消して少しでもスムーズに操作できるよう「開閉環にグリースを塗る」と言う荒療治を施したのだと推測します。何故なら「プリセット絞り環/絞り環」共にネジ山には既にグリースを塗布しているので、それでトルクムラが改善しないとなると残るは「絞りユニット内部の開閉環」しか回転箇所が存在しないからです。

おそらく過去メンテナンス者は「プリセット絞り環/絞り環の真円度」と言う要素に対して考察が足りなかったのではないでしょうか。今回のオーバーホールではもちろん絞りユニット内部の「開閉環」にはグリースなど一切塗りません。何故なら絞りユニット内部ですし光学系前後群で挟まれている箇所ですから、可能な限りこれから先将来に至るまで経年の揮発油成分によるコーティング層劣化を防ぎたいからです (必要以外のグリースは塗りたくない)。

残念ながら「プリセット絞り環/絞り環」の真円度を計測する機械設備が当方は個人なので持っていません。もちろん何処で変形しているのかも直視したところで真円度など目で見て分かりません。従って別の処置を講じて可能な限り「プリセット絞り環/絞り環」のトルクムラを改善させました。

↑鏡胴「前部」が完成したのでここからは鏡胴「後部」の組み立て工程です。上の写真はマウント部ですが指標値環も兼ねています。

↑ヘリコイド (メス側) を無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。

さて、ここで幾つかご案内する問題点 (と言うか報告) があります。

当初距離環に前 (玉) 後 (玉) 方向でガタつきあり。
距離環を回した時左右方向 (∞〜最短撮影距離位置) でガタつきあり。
距離環を回した時にトルクムラがある
指標値環を兼ねるマウント部にガタつきあり

以上4点はご依頼者様からのご指摘事項も含まれている当方が確認した状況です。

距離環固定用下穴が2セットある (赤色矢印グリーンの矢印)
ヘリコイド (オス側) ネジ込み位置が違っている
鏡胴「後部」側マーキング数値が違う

に関してはバラしてから初めて判明した事実です。

鏡胴「後部」はガタつきが多くは発生している状況でしたが、この根本原因は内部構成パーツの「ニコイチ」です。

マーキングをチェックすると鏡胴「前部:671→672」に対して「後部:672」です ()。つまりこの個体はおそらくPRAKTICA用だった個体にexaktaマウント部を合体させたのではないかと推測しています。

当時のPRAKTICA仕様M42マウントのフランジバックはCarl Zeiss Jenaの設計諸元書を見ると「45.5mm±0.03」となっていますから、現在の「45.46mm」でも古い仕様である「45.74mm」でもありません。すると何らかの理由があってexaktaにM42マウントから転用した鏡胴「前部」を入れ替えたのではないでしょうか。もっと言えば、そもそもご依頼者様だけはこのマーキング「672」すら違っていることをご存知ですから「ニコイチ」の懸念は捨てきれません。

さらに「直進キー」の調整をごまかしていた (両サイドに1本ずつある直進キーの片側をワザと緩めたまま) 或いは距離環を締め付け固定する為のイモネジ (ネジ頭が無くネジ部にいきなりマイナスの切り込みを入れたネジ種) 3本のうち2本の締め付けを故意に緩めている部分が確信犯だと言えます ()。

距離環のローレット (滑り止め) 部分には3箇所にイモネジ用の穴が均等配置されています。すると上の写真ヘリコイド (メス側) に距離環が被さるので、イモネジ用の「下穴3箇所」がオリジナルの製産時点と言うことになります。上の写真で赤色矢印がオリジナルな下穴ですが、それ以外にもう1セット分 (つまり3箇所余分) 下穴がドリルで空けられていました (グリーンの矢印)。

今回バラした時に距離環が締め付けされていたのは、その余分に用意された下穴 (グリーンの矢印) でしたが、3箇所のうち1箇所の下穴が不完全にドリル穴開けされておりイモネジが最後まで入りませんでした。実際に3本のイモネジを最後待て締め付けて試してみると距離環が非常に重くなってしまい回らなくなりました。

つまり過去メンテナンス時にイモネジを最後まで締め付けると距離環が回らないので2本の締め付けを半締めにしたのだと推測できます (それでガタついていた:)。

そして最後にですが、これを発見したが為に「ニコイチ」が濃厚だと言う考えに至りました。ヘリコイド (オス側) のネジ込み位置をワザと故意に違う場所でネジ込んでいます。つまりそれで無限遠位置の微調整を行っていたので、過去メンテナンス時の整備者には相応の技術スキルがあると推察できます。するとフランジバックが異なる個体からの転用も十分可能だと考えた次第です (逆に言えば組み上げられるスキルがあるのにヘリコイドのネジ込み位置をミスったまま仕上げてしまうのは考えにくい)。ちなみに、距離環の固定位置をズラして別途もう1セット分イモネジの下穴を用意していたのは、ヘリコイド (オス側) のネジ込み位置を故意に変更したからです (その分∞刻印位置がズレてしまったのでピタリと合わせた位置でイモネジ用の下穴をドリルで空けて用意した)。

この後は距離環を組み込んでから完成している鏡胴「前部」をセットして無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行い、最後にレンズ銘板をセットすれば完成です。

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ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑無事に全てのオーバーホール工程が完了しました。製造番号が後のほうの個体なので、レンズ銘板にはモノコーティングを示す「T」刻印が省かれていますが、光学硝子レンズにはちゃんとモノコーティング「T」が蒸着されています。

↑光学系は4群6枚の典型的なダブルガウス型構成ですが、第2群/第3群の貼り合わせレンズ (2枚の光学硝子レンズを接着剤を使って貼り合わせてひとつにしたレンズ群) のバルサム切れ (貼り合わせレンズの接着剤/バルサムが経年劣化で剥離し始めて白濁化し薄いクモリ、或いは反射が生じている状態) も無く、LED光照射でもコーティング層の経年劣化に伴う極薄いクモリすら皆無です。

↑光学系後群側もLED光照射でも極薄いクモリが皆無です。透明度は驚異的な状態を維持しています

↑「プリセット絞り環/絞り環」を回すトルク感はこのモデルとしては少々「重め」ですが、そうは言っても普段軽すぎて (下手するとスカスカ状態) グリースの粘性で調整するのが大変なくらいなのがこのモデルなので、むしろバランス的にはちょうど良いようにも感じます。

完璧な円形絞り (真円) を維持したまま最小絞り値「f16」まで確実に閉じていきます。

↑筐体外装は当方による「光沢研磨」を施したので、当時のような艶めかしい眩い光彩を放っています。もちろんローレット (滑り止め) のジャギー部分も洗浄し経年の手垢などを可能な限り除去しているので気持ち悪くありません。

塗布したヘリコイドグリースは黄褐色系グリースの「粘性:中程度軽め」を使い分けて塗っています。距離環を回すトルク感は「ほぼ全域に渡って均一」で「少々重め」の印象です。但し距離環を回す際がシッカリしたトルクなのであって (重め) ピント合わせ時は非常に軽いチカラで微動できるシットリした操作性を実現しています。このモデルのピントの山が掴みにくいので、それを考慮してグリースの粘性を選択しています。

当初あった様々なガタつきは「直進キーが原因のガタつき」だけ残っています (距離環やマウント部は解消)。「直進キー」は金属製ですが経年使用でだいぶ擦り減っており、構造上改善できません (擦り減った金属は元に戻せません)。それでも一応、当初よりガタつきを半減程度まで改善処置を施しています。

↑ガタつき原因の調査で少々時間がかかり、またその原因判明後は今度はヘリコイド (オス側) のネジ込み位置が違うことから適正な状態に戻すのに組み直し回数が少し増えています。

無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

↑当レンズによる最短撮影距離80cm付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

なお、この実写はミニスタジオで撮影していますが上方と右側方向からライティングしています。その関係でフードを装着していない為に絞り値の設定によりハレ切りが不完全なまま撮影しています。一応手を翳していますがハレの影響から一部にコントラスト低下が出てしまうことがあります。しかし簡易検査具による光学系の検査を実施しており光軸確認はもちろん偏心まで含め適正/正常です。

↑絞り環を回して設定絞り値「f2」で撮影しています。

↑さらに回してf値「f2.8」で撮りました。

↑f値は「f4」に変わっています。

↑f値「f5.6」になりました。

↑f値「f8」です。

↑f値「f11」で撮っています。

↑最小絞り値「f16」での撮影です。

↑最短撮影距離80cm付近で被写体のミニカーの後に光りモノを置いて円形ボケの表出状況を撮っています。大変長い期間お待たせしてしまい申し訳御座いませんでした。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。