◎ Nikon (ニコン) NIKKOR 105mm/f1.8 Ai-S(NF)

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今回の掲載はオーバーホール/修理ご依頼分のオールドレンズに関する、ご依頼者様へのご案内ですのでヤフオク! に出品している商品ではありません。写真付の解説のほうが分かり易いこともありますが、今回に関しては当方での扱いが初めてのモデルでしたので、当方の記録としての意味合いもあり無料で掲載しています (オーバーホール/修理の全工程の写真掲載/解説は有料です)。オールドレンズの製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。

正直なところ、描写性能は別として整備の話となるとニコン製オールドレンズは当方と相性があまり良くありません。その理由は以下のオーバーホール工程の中で説明していきますが、どうしてニコンだけがそうなのか、いまだに確かな説を耳にすることはありません・・。

Flickriverにて実写も検索してみました。開放F値「f1.8」と当時としても標準レンズクラス並みに明るい光学系を実装した、このモデルのポテンシャルは相当なもので被写界深度の浅さからもポートレートレンズとしても充分活躍できる素晴らしいモデルです。

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。筐体サイズが大型なので撮影に使っている小道具の楢材のお盆に並び切りません。

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。

↑9枚の絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させます。絞り羽根が配置されている最下層の上に絞り羽根の開閉を司る「絞り羽根開閉幅制御環」が位置し (第2階層)、さらにその上に絞り羽根の開閉幅を決めている環 (リング/輪っか) が配置されています (第3階層)。

この大柄な鏡筒がレンズ内に組み込まれる位置は位置決めネジが存在するため決まっており、鏡筒の位置は一定になっています。さらに絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) の大小を調節する仕組みは鏡筒内の第3階層の環を位置調整することで微調整が可能であり、調整のために鏡筒を引っ張り出さなければならないものの、非常に合理的で且つ工程数を省いたよく考えられた構造化が成されています。さすが戦前から光学製品を手掛けてきた日本を代表する光学メーカーだけはあります。

↑距離環やマウント部を組み付けるための基台です。

↑基台にヘリコイド (メス側) を無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。

このヘリコイド (メス側) には、もうひとつネジ山が用意されており「距離環カバー」をネジ込むように設計されています。この「距離環カバー」がいったいどのような役目を持つのかは後ほど解説します。

↑ヘリコイド (オス側) を無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルには全部で21箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

↑さて、冒頭で触れましたが、当方がNikon製オールドレンズと相性が悪いお話をしていきます。上の写真では「直進キー」と言う距離環を回す「回転するチカラ」を鏡筒が前後動する「直進するチカラ」に変換する役目のパーツを赤矢印で指し示していますが、この「直進キー」は一般的にオールドレンズでは「1本」ないし「2本」を装備していることが普通です。「1本」の場合は基台の任意の位置に固定されるのですが「2本」装備している場合には、通常、直径線上の両サイドに1本ずつ配置される設計が一般的です。ところが、今回のモデルは上の写真のグリーンの矢印 (直径) から外れた位置にもう1本の「直進キー」が配置されています。

Nikon製オールドレンズで、例えば標準レンズ〜広角レンズなどになると「直進キー」は「1本」装備のモデルが多いようですが、今回のオーバーホール/修理は「距離環が固すぎる」「鏡筒の繰り出し/収納時が同じトルク感にならない」と言う内容のご依頼でした。この不具合が発生する根本的な原因の一つに「直進キー」の配置が影響しています。

例えば、直径線上の両サイドに「直進キー」が1本ずつ均等に配置されているならば、距離環を回して鏡筒を繰り出したり、逆に収納したりする際のトルク感に相違が生ずる可能性は低くなることは容易に推察できると思います。ところが直径線上から外れた位置に1本の直進キーが配置されてしまうと、距離環を回した際のトルク (つまり架かっているチカラ) の及び方は均質なチカラの伝達になりません・・ご理解頂けるのではないかと思います。従って、一般的には直進キーを「1本」にしてしまうか、或いは「2本」使うならば直径線上に均等配置するのが多いのは至極当然な成り行きではないでしょうか。

↑「直進キー」の固定ネジは基台の裏側に2本のネジで締め付け固定されていますが、この固定ネジに「マチ (僅かな隙間)」は一切用意されていません・・つまり、直進キーの固定位置を微調整することで距離環を回す際の「トルク感調整」をする機能を装備していないことになります。しかし、トルク調整ができないオールドレンズなどは100%存在しません。

前述のとおり「直進キー」の役目は距離環を回すチカラを変換して鏡胴の直進動にしているワケですから、ヘリコイドが回転するチカラの伝達・・つまりは「トルク」・・の加減が重要になってきます。では、いったい何処で距離環を回す際のトルク調整を行っているのか・・?

↑その答えが上の写真になります。この考え方 (設計思想) が当方の整備作業に於いて相性が悪いのです。2本の直進キーのうち1本のみに「トルク調整ネジ」なるネジが用意されています。このネジを締め付けると直進キー側に圧力が架かり、逆にネジを緩めると圧力が減ります。

例えば、Nikon製オールドレンズで1本しか直進キーを装備していないモデルの場合は、必ずこの「トルク調整ネジ」が備わっています。

ネット上を見ると某有名修理専門会社様の解説ページで、今回のモデルの整備が出ているのですが整備後のトルクが重いのは「光学系が重いから」と説明されています・・しかし、これは嘘っぱちです (整備結果が不本意である理由として嘘を着くのは甚だ遺憾なこと)。

では、どうして「トルクが重くなる」のかを、これから当方が説明していきます (嘘っぱちを証明していきます)。上の写真はヘリコイド (オス側:シルバー色のほう) の内側を撮影しているのですが、距離環を回すとヘリコイド (メス側) のほうが回るワケですから基台 (黒色のほう) に刺さっている (固定されている) 直進キーに対してヘリコイド (オス側:シルバー色のほう) は繰り出されたり収納されたりします・・その動きを上の写真ではグリーンの矢印で指し示しています。

この時「トルク調整ネジ」の締め付け具合に拠って直進キーへの「圧」が変わるワケですから、当然ながらトルクが重くなったり軽くなったりします。つまりは、この「トルク調整ネジ」の締め付け具合を調整してあげれば距離環を回すトルク感を微調整できるワケです。

↑こちらの写真は基台の裏側から撮影していますが、直進キー用の固定ネジ (2本) のすぐ横に「丸窓」が空いており、その中にはヘリコイド (オス側) に締め付けられている「トルク調整ネジ」のネジ頭が顔を見せています (マイナスの皿ネジ)。

今回のモデルには直進キーは「2本」装備されていますから、実際にもう一方の (トルク調整ネジが備わっていないほうの) 直進キーをヘリコイド (オス側) の溝でスライドさせてみると大変滑らかに動くことを確認済です。しかし、「トルク調整ネジ」が備わっている直進キーはギッチリと (圧が架かった状態で) 組み付けられています。

では、どうしてそのような「圧」を加えてオリジナルの状態では調整されているのでしょうか (実際トルク調整ネジには固着剤が塗布されており微動しないようにしてある)??? 誰が考えても滑らかな駆動で距離環が回ってくれたほうが使い易いです。

今回の整備でも、当方はワザと、この「トルク調整ネジ」の固着剤を剥がして緩めていません・・つまり生産時点のオリジナルの状態を尊重しています。ネット上の某修理専門会社様の嘘っぱちは、ここからの説明が当てはまります。

重要なのは「トルク調整ネジの締め付け具合」ではなく全く別の話で「ヘリコイド・グリース」なのです。その説明をせずに「光学系が重いから」などと言う理由で距離環を回すトルクが重いことを説明しているので「嘘っぱち」と言っています。

もしも仮に、今回この「トルク調整ネジ」を緩めてしまったらどうなるか・・? 片側の直進キーが緩い状態でスライドすることから予測できる結果は「距離環のガタつき発生」です。2本装備している直進キーが2本共に滑らかになってしまった場合、鏡筒の繰り出し距離が長くなればなるほどガタつきの発生率が高くなっていきます。具体的には距離環を回している際に反転させる時 (多いのはピントを合わせている最中ですね) の反転する瞬間に「僅かなガタつき」を手に感じるハズです・・。

今回の整備では、その予想が容易に思い浮かぶので敢えて生産時のままの (固着剤が塗布してあるので) 「トルク調整ネジ」を緩めませんでした。基本的に当方はNikon製オールドレンズに於いて「トルク調整ネジ」は (既に生産時に固着剤で固められているので) 緩めません。

大変申し訳御座いませんが、つまりは、Nikon純正の「ヘリコイド・グリース」を使わなければ生産された時点での滑らかなトルク感には戻らないと言う結論です。当然ながら当方にはNikon純正のヘリコイド・グリースはありませんし、類似した粘性のグリースさえありません。

当方が相性が悪いと感じている理由は、そのような特殊な粘性のオリジナルグリースを使うことを前提とした設計思想を有するオールドレンズを設計していることに違和感を感じているからなのです。例えば、これがMINOLTAやOLYMPUS製オールドレンズとなるとお話は全く逆です。メンテナンス性の良さを追究した設計思想がそれらの光学メーカー製オールドレンズには一貫して成されているので「メーカー専属サービスセンターでの整備を前提としている」ことはありません。その意味では、Nikon製オールドレンズに於いては生産された時点と同じレベルの滑らかなトルク感を希望するならば「専属サービス会社」にて整備することが望ましいと考えています。

従って「大口径の光学系の重さ」が原因で距離環を回すトルク感が重くなっているワケでは・・決してありません。少なくとも設計してる以上「光学系の重さ」などはヘリコイドの設計時点で折り込み済みでありトルクまで考慮したヘリコイドのネジ山がキッチリと設計されているハズです。プロの修理専門会社様ならば、そんなことは当然ながら把握して然るべきであり、あまりにも幼稚な弁明です。似たようなことがTAMRON製オールドレンズでも当てはまります・・純正グリースを塗布しない限りオリジナルの状態に近いトルク感まで戻せません。数多く整備しているプロの修理専門会社様ならば、是非とも隠さずに正しい案内を依頼者にしてあげるべきではないでしょうか (少なくともプロではない当方は包み隠さず正直にご依頼者様にご案内しています)。

↑工程を進めます。ヘリコイド (オス側) に今度は「距離環カバー」(上の写真右側の環/リング/輪っか) をネジ込みます。

↑・・このような感じで「距離環カバー」がネジ込まれ、同時に基台の下側から距離環も差し込みます・・ここも当方には違和感の何物でもありません。この「距離環カバー」と「距離環」は一切固定されていないのです。まず写真上のほうの「距離環カバー」はネジ込むだけなのですが、ネジ込んだ後に一切固定されていません。生産時点ではネジ山に「固着剤」が注入されて固着させているだけです。この「距離環カバー」がネジ込まれる先は前述の「ヘリコイド (メス側) 」になりますから、距離環を回す時に一緒に回っているヘリコイドになります・・それに固定されていないのを当方は「将来的に不安」と考えるのです。

実際、今回の個体が「距離環が重くて回らない」「繰り出し時と収納時とのトルクに相違が大きい」などの不具合が発生してしまった理由が次に出てきます。

↑上の写真は指標値環 (基準マーカー) を組み付けてから「距離環カバー」と「距離環」とを仮止めしている写真です。当初バラした時点では「距離環カバー」と「距離環」はテーピングされていました。しかし、まるでセロテープのようなテーピングですから経年劣化に拠りテーピングの「糊」が半周ほど剥離してしまい、結果「距離環カバー」側が「僅か0.5mm」ほどズレてしまったようなのです・・「距離環カバー」のズレはヘリコイド (メス側) との位置ズレを生じます。それが仮に「0.5mm」だとしても前述の直進キーは基台にネジ止めされています。そしてヘリコイド (オス側) を繰り出したり収納したりしています。その3つの要素の中で生じた「0.5mm」のズレは致命的であり例の「トルク調整ネジ」の「圧」を増大してしまった結果にも繋がっています。ちなみに、上の写真では仮止めなので当方にて「養生テープ」をワザと貼り付けて固定しています。

従って、今回の不具合の原因は以下のようになります。

  • テーピングの一部剥離に拠り距離環カバーが0.5mm位置ズレ
  • それにより直進キーの片側に「圧」が必要以上に架かり距離環のトルクが変わってしまった
  • ヘリコイド・グリースの経年劣化に拠るグリース切れからさらに距離環を回すトルクが重くなった
  • 同時に鏡筒の繰り出し時と収納時のトルクに差異が生じてしまった

・・このような感じで不具合が発生していったのだと推測されます。と言うことは、決して「トルク調整ネジ」の問題ではない (敢えて緩めない) と言うことがご理解頂けたでしょうか?

↑Nikon製オールドレンズでは絞り環のクリック感を実現しているのは「ベアリング+スプリング」ではなく「板バネ」が使われています。

↑絞り環をセットします。

↑マウント部を組み付けました。この後は光学系前後群を鏡筒に組み付けてから鏡筒を差し込んでセットし、無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認をそれぞれ執り行えば完成です。当然ながら上の写真で仮止めしている「養生テープ」は無限遠位置が確定したら剥がして正しくテーピング (透明テープ) してラバー製ローレット (滑り止め) を貼り付けます。

 

DOHヘッダー

 

ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑今回初めてこのモデルをオーバーホールしましたが、内部の構造化は理に適った非常に良く考えられた合理的な設計が成されています。当時は相当高額なモデルだったようですからNikonにとっても儲け頭だったのではないでしょうか・・それほど内部の構造はシンプルでした。

↑光学系内の透明度はピカイチです。ご依頼者様からも光学系内には問題無しとのご案内でしたが、実際には前玉に極微細な (埃に見える) カビが数点発生していたのでカビ除去しています (微細な点状のカビ除去痕が残っています)。

↑光学系後群もピカイチレベルです。このモデルは第1群 (前玉) の裏面と第5群 (後玉) 裏面にグリーン色の光彩を放つコーティング層が蒸着されています。他の面はすべてマルチコーティングでした。光学系の各群のガラスレンズ表層面には「薄い膜」が張っていたので、おそらく経年の揮発油成分が膜状になっていたのではないかと推測しています・・もちろんキレイに清掃して除去しています。

↑当初バラした時点の確認時には極僅かですが油染みが生じていた9枚の絞り羽根もキレイになり確実に駆動しています。

ここからは鏡胴の写真になります。経年の使用感が感じられない大変状態の良い個体です。当方による「磨き」を筐体外装にいれたので、とても落ち着いた美しい仕上がりになっています。唯一の「銀枠飾り環」である指標値環も「光沢研磨」したので美しい輝きが戻っています。

↑塗布したヘリコイド・グリースは「粘性:中程度と軽め」を使い分けて塗っています。結果、距離環を回すトルク感はやはり「重い」印象ですが、ゆっくり回せばそれほど重くは感じません。この粘性に決めたのは「被写界深度が大変浅くピントの山が明確」である特徴から、ピント合わせ時に軽く微動できる操作性を最優先した次第です。従って、距離環を早く回そうとすると「とても重いトルク感」になりますがピント合わせ時は非常に軽い操作性で微動できるので一瞬のピントの山が確実に調整できます。ヘリコイド・グリースを塗布する際は、もちろん滑らかな操作性になるのがベストではありますが、何に重点を置くかによっても結果は全く別のモノになります・・が、しかし、もしもご納得頂けないのであればご請求額から必要額を減額下さいませ。これ以上、滑らかなトルク感に仕上げるためには純正グリースが必要であり、おそらくNikon製オールドレンズを専門に取り扱われていらっしゃる修理専門会社様にご依頼頂くのが最善かと存じます。

なお、純正グリースではないので鏡筒の繰り出し時と収納時とのトルク感の相違は改善できていません・・。

↑無限遠位置も当初バラす前の位置にて仕上げていますし、絞り環の操作性の良さは変わっていません。光学系内も清掃で除去できなかった極微細な点キズが数点残っていますが埃の進入ではありません。光学系内の清掃は当方では必ず3回:カビ除去剤で清掃→カビ除去剤の除去/汚れ清掃→油分除去/仕上げ清掃・・していますから、これで残っている極微細な点キズなどは清掃でも除去できなかったことになります。山崎光学写真レンズ研究所様などにご依頼頂ければ光学系は新品同様になって戻ってくると思います (当方ではこれ以上ムリです)。

↑当レンズによる最短撮影距離1m附近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでベッドライトが点灯します)。

↑絞り環を回して設定絞り値「f2.8」で撮影しています。

↑さらに絞り環を回してF値「f4」で撮りました。

↑F値「f5.6」で撮っています。

↑F値「f8」になりました。

↑F値「f11」です。

↑「f16」で撮っています。

↑最小絞り値F値「f22」になります。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。