◎ Meyer Görlitz (マイヤー・ゴルリッツ) Trioplan 10cm/f2.8《初期型》(exakta)
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今回の掲載はオーバーホール/修理ご依頼分に関するご依頼者様や一般の方々へのご案内ですのでヤフオク! に出品している商品ではありません。
写真付解説のほうが分かり易いこともありますが今回は当方での扱いが初めてのモデルだったので記録の意味合いもあり無料で掲載しています。
(オーバーホール/修理の全行程の写真掲載/解説は有料です)
オールドレンズの製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。
オーバーホールを始めて7年経ちましたが、その中で「Trioplan 100mm/f2.8」を扱ったのは今回が11本目です。一番最初に扱ったのが2012年でしたがその頃の市場価格は1万台でした。しかし翌年には3万円台に跳ね上がり近年は5万〜7万円台は当たり前で、下手すれば10万円の値も付けられています。僅か5〜6年でここまで高騰した原因は何なのでしょうか?
高騰を誘った原因は「Bokeh (ボケ)」と言うコトバです。それと同時に実はカメラボディ側の変化も価格高騰に寄与していました。それらの要因が重なり「Trioplan 100mm/f2.8」の市場価格高騰に至ったのだと考えています。
【Bokehにみる外国人の認識変化】
昔の白黒写真時代で例えば1910年代〜1930年代辺りの写真を見ると世界的にパンフォーカス (遠景までピント合焦している状態) で撮影した写真が大勢を占めるように思います。いわゆる「記録写真/記念写真」的な位置付けが強かったのかも知れませんし、逆に言えば写真レンズの光学性能の発展がそのレベル止まりだったとも言えます。それは当時の写真に対する認識がピント面の強調に拘っていたからでありアウトフォーカス部の滲みが多い写真は劣悪な写真と判断されていたことが窺えます。
ところが戦後の1950年代に入ると一般民衆が手に入れられるフィルも白黒からカラーの時代へと大きく流れが変わります。人間のイマジネーションに訴える世界が飛躍的に増大したことは想像に難くありません。その頃の海外と日本の写真を比べているとある事に気がつきます。海外は相変わらずパンフォーカスが主流だったにも拘わらず日本ではソフトフォーカスが流行り始めます。特に映画俳優を撮影した写真やフィルムカメラのパンフレットに使われる写真などにはエッジに僅かなハロを帯びさせたソフトフォーカス写真が多くなってきます。
しかしこの相違はスチル写真のほうで始まった流れではなく実は映画のほうで既に始まっていました。海外の白黒映画時代で特に女優のアップシ〜ンなどを見るとソフトフォーカスがかかっているのが分かります。この事からそれまでパンフォーカス的な写真にしか興味関心を抱いていなかったスチル写真の世界に「滲みの世界 (ソフトフォーカス)」を採り入れたのは世界中の中で日本人が最初だったのかも知れません。
この「滲みの世界」をソフトフォーカスというピント面のエッジに憑き纏うハロからピント面以外の滲み方にまで拡張して捉え始めたのが他ならぬ日本人です。つまりこの段階でスチル写真 (静止画写真) に記録/記念的な要素から逸脱し、それまで写真に撮られている内容 (被写体) や撮影者の意図に対してのみ与えられていた「芸術性」と言う概念を違う要素 (角度) から新しい生命として与えのが「滲みの世界の捉え方」だったとも言えます。
このことは実は1997年にMike Johnston氏による写真雑誌の記事にみることができます。この時世界で初めて「bokeh」と言う英語が登場します。もちろん日本語の「ボケ」から転生した英語なのですが (近年英語辞書にも登録) それまでの写真に於ける滲んだ部分の捉え方は「out of forcus (アウトフォーカス)」だけでしたから、ここに外国人のピント面に対する拘りが垣間見えます (ピントが合焦しているか否かしか問題にしていない証)。それ故海外では長らくパンフォーカスでの撮影が常識だったと言う考察が検証されます。
逆に言えば「滲みの世界」に何ら魅力を感じていなかったワケですが、それではこの新たな境地に外国人を踏み入れさせてしまった要素は何だったのでしょうか?
それがまさしくカメラボディ側の進化であり、フィルムカメラの時代ではなかなか「滲み方の相違」を視認するには中望遠クラスのレンズによる撮影写真 (ポートレート写真) でしか確認できなかったと思います。そこにデジカメ一眼が登場しそれはミラーレス一眼の登場により拍車がかかります。世界市場でミラーレス一眼の出荷台数がミラーを装備したデジカメ一眼の出荷台数を超えた初めての年が2014年であり「ミラーレス元年」と呼ばれています。
そうです「Trioplan 100mm/f2.8」がイキナシ高騰し始めた2013年と時を同じくしてミラーレス一眼の世界規模的な普及が始まっていったとも考えられます。2013年当時海外オークションebayに流れるTrioplan 100mmをことごとく買い漁っていたのが実は中国人だったと言うのは後に明らかになった事柄ですが(笑)、その後市場での高騰はうなぎ登りとなり現在に至っています。
【Bokehの認識の相違】
今回オーバーホール/修理するにあたり再度flickriverでTrioplan 100mmの実写をチェックしましたが、やはりどう考えても当方の考察がより強くなってしまいます。外国人の認識は「Bokeh=Bubble Bokeh」に集約されつつあるように思えてなりません。当方にとってこれは非常に大きな懸念です。
と言うのもTrioplan 100mmが「Bokeh Monster (ボケモンスター)」の称号を世界規模で受けているからに他なりませんが、もっと細かく見ていくと「Bubble Bokeh (バブルボケ)」はシャボン玉ボケ以外のリングボケや玉ボケまで一切合切含まれているように感じられます。
そこから来ている外国人の認識は「Bokeh=円形ボケ」と言う方程式に固まりつつあるように思えてならないのです。
違いますね? 少なくとも日本人の写真に於ける「ボケ (味)」とは円形ボケだけに限って表現しているワケでは無いハズです。それは単焦点オールドレンズの発展からしても頷けます。旧東西ドイツ製オールドレンズに追いつけ追い越せと躍起になった日本の光学メーカーが当時世に送り出していったオールドレンズはより滲み方に特徴のあるモデルを増やしていきましたから円形ボケに限った要素を指して「Bokeh」と認識されるのには少々違和感を感じ得ます。
今の世の中、世界規模で認識されてしまった事柄が「正義」のような時代なので(笑)、間違った認識もいずれはそれが常識に変わってしまいそうで怖く感じます。「bokeh」の定義を見るとちゃんと「blur/to blur」とぼかし/滲みとして記載されているので間違っていないのですがイザッ実写を眺めると圧倒的に円形ボケに対して「bokeh」と表現している外国人が多いように見えてなりません。
ちなみに日本語の「ボケ」を「boke」とせずに「bokeh」と最後に「h」を附随させたコトバとして世に知らしめたのが前述のMike Johnston氏に他なりませんが「boke」と書くと「ボーク」と発音してしまい日本語の発音とは違ってしまうので外国人により正しく発音してもらうために語尾に「h」を附随させています (そしてそのまま辞書登録された)。
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前置きが長くなりましたが光学系は3群3枚と言う非常にシンプルなトリプレット型です。この光学設計は1893年にイギリスのHarold Dennis Taylor (ハロルド・デニス・テイラー) 氏による考案が最初になります (右写真)。
Meyer-Optik Görlitzの前身「Hugo Meyer (フーゴ・マイヤー)」は戦前ドイツに於いて1916年から大判撮影用レンズとしてこの光学系を採用し設計/発売していました。
今回のモデル「Trioplanシリーズ」の焦点距離100mとして捉えると第二次世界大戦中の1942年よりアルミ合金材削り出しによる製品化が始まっており、戦後のタイミングで光学系も再設計されています (それ以前はすべて真鍮製)。
【モデルバリエーション】
初期型
筐体のほとんどが真鍮 (黄銅) で作られているのでズッシリと重みがあります。
絞り環の刻印絞り値の真上にだけ「●」ドット刻印があるタイプですが、市場に出回る率が相当少ないモデルです。
市場に出回る率が高いのがこちらのタイプで、絞り環の刻印絞り値は上部に「●」ドット刻印を伴い、且つ絞り値の間にも「●」が入っています。
絞りユニット環の刻印絞り値に伴う上側の「●」ドット刻印が消えて間の刻印だけに変わっています。また基準「▲」マーカーの左右に囲みラインが無くなっています。
外見上は全く分かりませんが、光学系後群の固定がイモネジ (3本) による締め付け固定に変わりました。逆に言うと「後期型−I」までは後玉は締付環による締め付け固定なので、光路長確保が楽だと言えます。
上の写真はFlickriverで、このモデルの実写を検索した中から特徴的なものをピックアップしてみました (クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)。
◉ 一段目 (左→右)
真円で繊細で明確なエッジを伴う「シャボン玉ボケ」からリングボケを経て玉ボケ、そして円形ボケへと変化していく様を並べてみました。
◉ 二段目 (左→右)
今度は背景ボケが円形から破綻していく様を並べましたが油絵のようになっていく背景ボケも写せます。
◉ 三段目 (左→右)
ピント面のエッジに纏わり付くハロを上手く活用することでソフトフォーカスな写真に魅せてしまうこともできますが、最後の4枚目のように明確なエッジだけで撮ることももちろん可能です。
◉ 四段目 (左→右)
被写界深度は開放f値「f2.8」にしては浅いのでそれを有効活用すればソフトフォーカスな写真を残せます。しかしこのモデル本来の光学性能はそれほど (7〜8万円になるほど) 価値のある光学系ではありません。2枚目のコントラストが消化不良な階調幅の写真や、それはそのまま被写体の素材感や材質感を示す質感表現能力の劣化 (右から2枚目) にも及んでいます。
3群3枚のシンプルなトリプレット型 (いわゆる3枚玉) はこのように見ていくと一般的な中望遠域のオールドレンズとして捉えた時に特に珍しいとは感じられません (むしろもっと素晴らしいモデルはたくさんある)。その意味ではあくまでも「シャボン玉ボケ」として追求していくと到達するモデルなのかも知れません (つまり万能ではない)。例えば今現在ヤフオク! に出品している同じ焦点距離「KOMURA- 105mm/f3.5 (L39)」が比較対象として分かり易いかも知れませんね (シャボン玉ボケとして見るとそれ程繊細ではない)。
オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。
↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。バラしてみると今まで扱ってきたこのモデルの「中期〜後期型」とは全く別の内部構造でした。と言うかバラすのが結構大変だったりします。このモデルは鏡胴が「前部/後部」の二分割方式に設計されているのですが、問題なのは鏡胴「前部」を外す際に何処にチカラを加えて回せば良いのかの判断が (当然初めてなので) 難しいワケです (下手すれば内部パーツを折ってしまいイキナシ製品寿命に至るから)。
さらに今回のモデルは鏡胴「後部」側も厄介でした。構造上は非常にシンプルなのですがネジ切りが全て逆だったので、それに気がつくのに時間がかかりました (バラす前にはどちらの方向にネジが切られているのかはもちろん一切分からない)。知らぬまま逆方向にチカラを入れて一気に回そうとすると下手すればイモネジを削ってしまう結果に堕ちますし、もっと言えば筐体の材質が「総真鍮製」なので逆方向に回してしまうことはイコール「カジリ付」に至り余計に回せなくしていることに繋がってしまいます。
単に時計と同じ方向に回してみてダメなら反対に回せば良いなどと考えていると大変なことになります(笑) 実際にオーバーホールしたことがない人ほどこのような事柄について考えが及びませんし「バラせない=スキルが低い」と貶されます(笑)
↑総真鍮製なので全ての構成パーツが真鍮材の削り出しでできています。絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。
上の写真は既に刺さっていた15枚の絞り羽根を取り外して撮影していますが、実は15枚中4枚が外れませんでした。絞り羽根と言ってもとても薄いですし、そこに「キー」と言う金属製突起棒が表裏に1本ずつ打ち込まれています (キーが穴に刺さることで絞り羽根の位置が確定)。
◉ 位置決めキー
「位置決め環」に刺さって絞り羽根の格納位置を決めている役目のキー
◉ 開閉キー
「開閉環」に刺さり絞り環操作に連動して絞り羽根の角度を変化させる役目のキー
絞り環を回すとことで「開閉環」が連動して回り、刺さっている「開閉キー」が移動するので「位置決めキーを軸にして絞り羽根の角度が変化する (つまり開閉する)」のが絞り羽根開閉の原理です。
上の写真に写っている「穴」は「位置決めキー」になるのでここに4枚の絞り羽根が刺さったまま外れません。ムリなチカラで絞り羽根を外そうとすれば「キー」が外れかねません (一度でも外れたらアウト)。従って仕方なく「加熱処置」しましたが3枚しか外れません。最後の
1枚は相当キツく入っており (実際絞り羽根を動かそうとすると相応にチカラが必要なくらい) 最後の手を使ってようやく外れました (方法は案内できません)。
↑15枚の絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させます。絞り羽根は「カーボン仕上げ」なので表裏はカーボンが蒸着されています。特に赤サビも生じていないのですが外れにくかった4枚の絞り羽根は「キーの打ち込み箇所」が膨れています。おそらく過去に相当な油染みが生じていて絞り羽根が膨れあがっていたと推察します (そのまま放置するとキーが脱落して製品寿命に至る)。絞り羽根は非常に薄くて軟らかいので細心の注意を払って変形を正しセットしました (正しく変形を戻せたからキレイな真円に近い円形絞りに閉じている)。
↑完成した鏡筒を立てて撮影しました。ここでこのモデルの構造的な問題が出てきます。
絞り羽根を絞り環で回す時「開閉環」と言う環 (リング/輪っか) に絞り羽根の一方のキー「開閉キー」が刺さり溝をスライドしているワケですが (1つ前の写真に開閉環が写っている) その開閉環は「C型留具」で押さえ込んで固定されています。
必然的に「C型留具と開閉環との抵抗/負荷/摩擦」が生じますが、実は開放時は各絞り羽根が互いに1/3〜1/4程度の面積でしか重なり合っていません。ところが最小絞り値まで絞り羽根が閉じた時はほぼ90%の面積で重なり合っている状態になるので、この時必然的に絞り羽根の重なっている厚みが最大値に到達します。
何を言いたいのか?
開閉環と上の写真の横方向にカッティングされた開口部とのマチが少ないので最小絞り値まで絞り羽根を閉じた時、このモデルは絞り環のトルクが重くなります (開放〜最小絞り値に向かって徐々に重くなる)。構造上の問題なので改善できません。
そして当初バラす際に (初めてで構造が不明なままなので) 何処にチカラを加えて良いのか判断が難しかった理由も、実はこの開閉環に刺さる「シリンダーネジ」と言う絞りユニット環との連結ネジの細さに問題があるからです (左写真)。
僅か1.5mm径で軸部分は1mm程度しかないのでムリなチカラを加えると途端に「パンッ!」と言う音と共に折れてしまいますし折れたら最後製品寿命です。
つまりこのモデルはシリンダーネジの高さ分しか開口部 (上の写真横方向のスリット) が用意されていないので最小絞り値まで絞り羽根が閉じてくるとシリンダーネジが上方向に持ち上がり結果的に絞り環のトルクが重くなる原理です。開口部の高さを0.5mmほど高くして (削って) しまえば軽い操作性になりますが下手すれば今度は絞り羽根が外れてしまいます (開閉環の厚みが薄いから)。
↑絞り環をセットします。絞り環のセット位置も上下左右共に調整できません (1箇所しか対応していない設計でした)。
↑後から組み込むのが面倒なので先に光学系前後群を組み付けます。一見すると「ノンコーティング」のように見えますが (実際そのように案内しているサイトもある) ちゃんとシングルコーティングになっています。シングルなのでまさに「単層コーティング」であり当方が言う「モノコーティング」の複層幕コートは違います。従って例えばCarl Zeiss Jenaの「T」などをシングルコーティングと呼んでしまうと説明ができなくなってしまうワケです(笑)
↑こんな感じで光学系がセットされました。上の写真をご覧頂くと下側に後玉の縁が写っていますが、よ〜く見ると縦線3本が刻まれています。上の写真を撮った時は最後までネジ込んでしまったので縦線位置が右方向にズレています。最後まで組み上げて実写チェックしたところ当初よりピント面の鋭さが悪化してしまった為、縦線位置を元に戻しました (つまりちゃんと上下で一致させた)。
これは過去メンテナンス時に刻まれたマーキングなのか製産時のマーキングなのかが不明なので最後まで締め付けて一度試したワケですが、実写すれば一目瞭然でピント面が甘くなったので再びバラして一致させたワケです (もちろん当初と同じピント面の鋭さに戻った)。つまりは製産時のマーキングだったと言うことがこれで判明しますね。このような光学系のチェックは実写と言っても簡易検査具を使っての確認なので明確にピント面の鋭さの相違が判明するワケですが、以前は簡易検査具が無かった時期があるので、当然ながらクレームになっていまだにそれを根にもっている人もヤフオク! 出品者の中には居ます(笑) 当方が悪いワケですがいつまで経っても許してもらえません (本当に申し訳ない限りです)(泣)
↑後に登場する「中期〜後期型」同様「鏡筒延長筒」が備わっているのでセットしますが、光学系前後群や鏡筒も含め全てがネジ込み式だけなので (イモネジなどによる締め付け固定が一切無い) このネジ込み位置が狂うとそのまま光路長の変化に繋がり描写性を劣化させます。おそらく製産時は製品個体1本ずつを全数チェックしていたと考えられます (大量生産化の時点では固定ネジが用意されているハズ)。
従って専用工具を使い最後までキッチリネジ込みました。いえ、正しく言うなら何度もバラしてはネジ込み位置を確認するしか方法が無く、相当厄介だったと言えます (最終的に最後までネジ込むのがピント面が最も鋭くなった)(笑)
鏡胴「前部」はこれで完成です。
↑鏡胴「後部」の組み立て工程に移りますが、ご覧のようにマウント部を変更できる設計になっています。今回の個体は「exakta」でしたが他に「M42」マウントやPraktinaマウントも一部出荷されていたようです。指標値環の単位が「Meter」なので東欧圏へ流すつもりで製産された個体だったことが分かります (西欧圏ならfeetも併記)。
↑マウント部を組み付けた状態ですがまだ固定していません。上の写真のとおりネジ山に1つ「イモネジ用の下穴」が用意されています。
↑今度はマウント部を固定した状態です。マウントに対して指標値の基準「∧」マーカー位置をちゃんと真上位置にセットできるよう配慮した設計なのですが、そのためには「下穴」を用意しなければイケマセン (真鍮製なので単にイモネジを締め付けられない)。したがってあくまでも製産時点を優先して真上から少々ズレた位置のまま組み上げています (前玉方向から見て12時半辺り)。
↑ここからが大変でした・・(笑) このモデルはヘリコイドのネジ山の切削が一般的なオールドレンズとは逆方向でした。つまり距離環が繰り出された時無限遠位置「∞」方向になり (鏡筒の収納) 距離環が最も収納している時最短撮影距離位置になります。
ところがヘリコイドネジ山のどの位置が無限遠位置で最短撮影距離位置なのかは目安が存在しないので (この当時の真鍮製モデルに多い話) 仕方なく都度組み上げて実写チェックしては再びバラしてヘリコイドのネジ込み位置を1個ズラす・・の繰り返しでした。
バラし直すこと10回目でようやく適正な無限遠位置に到達しました。単にヘリコイドのネジ込み位置の問題だけではなく前述の光学系前後群のネジ込み位置で決まるので、最終的にチェックしていたのは光学系までネジ込み位置を替えていましたから (最もピント面が鋭くなる位置として) 10回だけでは済みませんが・・(笑)
似ているモデルとしてすぐに思い浮かぶのはアメリカのKodak製EKTRA Ektarだったりします。こんなことをやっていては1カ月間の出荷本数を増やせませんから(笑)、自ずと設計変更に至り「中期型」が登場したのでしょう。
↑オーバーホールの固定写真としてアップするといとも簡単に鏡胴「後部」の完成ですが(笑)、上の写真を撮ったのは4時間経過後でした。ッて言うかヘリコイド (オスメス) のネジ込みで1枚撮影を忘れてしまったほどです(笑)
この後は完成している鏡胴「前部」をセットして無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行えば完成です。
ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。
↑構造が分かってしまえば何のことはありませんが、当初バラす時はいつもの倍の時間を掛けて念入りにバラしていきました。しかし「中期〜後期型」同様に調整が大変なモデルであることには変わりなく、残念ながら今回の扱いが最初で最後になります。
↑光学系内は驚異的な透明度を維持しています。もちろんLED光照射でもコーティング層経年劣化による極薄いクモリすら皆無です。
光学系内にポツポツと見えているのはこの当時のオールドレンズに多い「気泡」です。光学硝子材の精製時に規定の高温度を一定時間維持し続けた「証」として当時の光学メーカーは捉えており正常品としてそのまま出荷されていましたから、もちろん写真には影響を来しません。
ネット上やヤフオク! 出品者の案内を見ていると「気泡が混入」とか「気泡が侵入」と書かれていることがありますが、硝子材が固まった後に混ざることはあり得ないので(笑)、あくまでも光学硝子精製時の話であり硝子材成分中のガスが集まってできた気泡です。
↑光学系後群側は奥まっていて見えないので前出の写真をご確認下さいませ。ヘアラインキズなどもなく大変キレイです。
↑15枚の絞り羽根もキレイになり確実に駆動していますが前述のとおり最小絞り値に近づくに従ってトルクが重くなります。
↑当初バラす前のチェックでは距離環を回す時のトルクが相当重めだったのですが、バラしてみると古い黄褐色系グリースのままでした。つまり数十年間メンテナンスされていません。古い黄褐色系グリースもおそらく製産時点のオリジナルではないと考えられますから30〜40年経っているかも知れません。
今回塗布したヘリコイドグリースはもちろん「黄褐色系グリース」であり「粘性:中程度と軽め」の使い分けです。当初に比べだいぶ軽めのトルク感に仕上がりましたが、そうは言っても「直進キー」の構造上一定のトルクに仕上がりません (スリットをネジが上下動する設計)。従って距離環指標値の「1.7m」辺りから最短撮影距離に向かって少々トルクが重くなります。ネジ山の山谷の何処が経年腐食しているのか判定できないので改善のしようがありません。申し訳御座いません・・。
↑また絞り環の1箇所サビ部分の赤サビを落とした際にメッキも少々薄くなってしまいました。申し訳御座いません。以上含めご請求額よりご納得頂けない分を「減額申請」にて減額下さいませ。
無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。
↑当レンズによる最短撮影距離1.2m付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。
↑さらに回してf値「f5.6」で撮りました。ようやくピント位置が明確になってきたでしょうか?(笑)
↑f値は「f8」に変わっています。実は当初開放時にはピント面が分からず「f8」でピント合わせしてから開放に戻して撮っています。
↑f値「f11」になりました。専用の金属製フードが備わっていますがそれだけではコントラスト低下を招くのでフードの先にさらに手を翳してコントラスト低下を防いで撮っています (f5.6から低下し始める)。ところがf値「f8」ではもう回折現象が出始めるので最高の画質を維持できるのは「f4〜f5.6」辺りでしょうか。
↑f値は「f16」になりました。回折現象の影響がハッキリ出ています。
↑最小絞り値「f22」での撮影です。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。