せっかくなので・・私の個人的なお話も

個人的ヤフオク!のオークション出品ページ上ではなく、せっかくこのブログ形式でアップしているので、ここは一つ当方の個人的なお話なども載せてもいいかな・・と思い、このページを載せてみます。

 

私は1970年に大阪の吹田市で開催された「万博 (日本万国博覧会:EXPO’70)」に、当時小学生ながら友達とEXPO'70二人で関東から往復電車旅にて駆けつけた世代です。この万博は「日本初」の万博開催であると同時に「アジア初」でもありました。公式発表では開催期間中の来場者数6,400万人、うち外国人の来場者数170万人ですから、日本中が注目と関心で熱狂していたのを微かながら覚えております。

私の一番のお目当てはアメリカ館に展示されていた「月の石」を自分の目で見てくることでした。それはこの万博が「人類の進歩と調和」をテーマとしており、私には夜空に浮かぶあの「月」に人類が到達したと言う、当時の子供ながらにも驚嘆し感慨深く心の中に焼きついた印象から、是非見に行きたいと感じたからでした。実家のタンスの上に置かれていた白黒テレビの画面に、食いつくように「アポロ11号」の月面着陸の様子を見ていたのを覚えています。「That’s one small step for man, one giant leap for mankind. (これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である)」・・アームストロング船長の名言に、月の石心踊りながらもワクワクと同時通訳と共にその一部始終を見逃すまいと食い入るように見ていました。あの時の、NASAのヒューストン管制センター実況中継での「ピーッ」と言う通信切り替え音が、いまだに耳の中に残っていますね・・。(実況中継は、こちらのNASAページにてダウンロードが可能です)

 

今思えば・・この当時1970年代は日本のカメラがその全盛時代を迎えていた太陽の塔頃なのではないでしょうか。私も万博に行く際には、母親が父に黙ってそっとリュックに入れてくれたフィルムカメラ「リコー・オートハーフE」を覚えています。会場内のパビリオンを撮りまくったのを覚えていますね(笑) 目に焼きついているのは「月の石」ではなく、意外にも「岡本太郎作:太陽の塔」でした・・(笑)

 

そんな私は昨年秋に、30年以上勤めた「小売業」の世界から足を洗いました(笑) 聞こえはいいですが「早期退職」と言ういわゆる「リストラ」の波ですね(笑) 社会に出てから数社を転々としました。最初に勤めたスーパー大手にて「電気売場」に配属され社会人1年生からのスタートです。自分の売場を持つようになった頃、電気売り場の撤退により配置転属を余儀なくされ「鮮魚売場」の辞令を拒否しての退社です。さすがに生魚を切り捌くのには抵抗がありました(笑) 若さと希望もあったのかも知れません。次の会社はパソコン関係の輸入商社でした。前職の経験を買われ数年通信販売事業立ち上げを見た後に、アメリカの出張所に配属になりロサンゼルスと日本とを行ったり来たりしました。しかしここでも会社の縮小でグルーブ会社への出向となり退職します。次は畑を替えて・・家具インテリア業界に足を踏み入れました。それまでの「物質的なイメージの世界」から「イマジネーションに訴える感性の世界」に新鮮さを覚えましたが、自分の適正から感性には向いていないと壁を感じ、最後は大手の電気量販店に戻ります。

すべて「相対接客」を主とした「小売業界」の世界でしたが、その中で通信販売業の立ち上げに携わり、当時はまだこのようなインターネットが普及する前の時代でしたから、電話とファックスに頼った「相手が見えない接客」であり、同時に極短時間での接客で成果を最大限に出すと言う「技」も磨くことができました。そして最後にはまた相対接客に戻りますが、そこは会社の看板を背負っての話ですから、何が本当に今相対しているお客様に「良い」のか、「勧める」のか・・には残念ながら個人的な要素よりも、会社としての利益追求が当然ながら最優先されます。そのギャップに疑念を抱きつつも6年前に「仕事一筋で何も自分の趣味と言えるモノが無いじゃないか」と気がつき(笑) 今やっている「レンズのバラし世界」に入ってしまいました(笑)

いえ、当初は「趣味」としての「写真撮影」のつもりでデジカメ一眼をいじり始めたのです・・が、やはり自分の「感性」の無さに壁を感じた次第です。そのうちに往来の「物質的なモノ」に対する凝り性から・・まるで子供の頃に没頭していた「プラモデル」や「ラジコン」の如きオールドレンズのバラしに・・次第にのめり込んでいったワケで御座います。

とうとう堕ちるところまで堕ちてしまったのかと・・後悔半ばですが (レンズ沼のお話ですよ) (笑) さすがに生活もしていかなければならず、なかなか余裕のあるお話ではありません。それでもこうやって日々を何とか無事に暮らしていけるのも・・すべては皆様方のお陰で御座います。誠にありがたく思わないワケがない訳で、皆様方に助けられていることを日々常々感じつつ頑張っております。

昨年秋からの計画では、もう少し順調なスタートを切るつもりで数年前から前準備に奔走し、ブログのレンタルサーバー立ち上げから始まり、オールドレンズの調達と計画に沿って進みましたが、なかなか思い通りには事は運びませんでした。昨年末に「肺動脈塞栓症」にて倒れ1カ月近くの入院を強いられてしまいました。現在はまだ以前のような調子では長時間の作業ができない、ままならぬカラダです。長距離の歩行なども、まだムリですねぇ。次に血栓が移動して肺ではなく心臓やら脳などに動けば・・今度ばかりは命もどうなるか分かりません。昨年末に倒れた際は肺の10%しか機能しておらず、呼吸不能状態に陥りましたが、自分の心臓の (鼓動の) 逼迫した状況と、一方「空気が欲しい」のに空気が入ってこない肺の状態とを・・ほんの数秒の間に気がつき「コントロール」したのが良かったのだと、先生に褒められました。「貴方には救急隊員は必要ありませんねぇ」・・喜ぶべきか悲しむべきか(笑) 普通はパニック症状に陥るのに、私はその逆の行為、息を必要最低限しか「吸わない」コトをしたのが良かったとのことでした。そのような「運」の良さも、もしかしたらまだまだ見捨てられていないのではないかとポジティブに受け取り、自分の姓名判断から「晩年に成功有り」をただひたすらに信じつつ(笑) 日々精進している次第です。

長文にて誠に申し訳御座いませんが (すぐに長くなってしまいます)、最後に申し上げたいのは・・。自分の今までの「不本意なる接客」から「真の接客」を貫き通したら「どうなるか?」の検証をしているので御座います。誠に遺憾ながら、当方のヤフオク!出品ページでは、ご覧の通り「特定のユーザー」のみにターゲットを絞る「技」を採り入れております。それは当方との「波長」が相通じない方々には、何を話しても受け入れられないのを既に知っているからです。決して「差別」や「蔑視」してのお話ではありません。すべては「見えない相手」同士の取り引きであり、そこには限られた「時間」と「意思疎通」の中でお互いが満足できる (今風に言う) 「ウインウイン」の環境構築が、最も効率の良い最大限の「結果」を生み出すと信じているからです。そのための前段階として、当方の出品ページは、あのような体裁になっています。「短文でサクッと落札できるほうが見易いのに」と思われる方々も多いと思います。しかし短文ではなかなか仕上げたレンズ達の「素性」は、とても説明し切れません。そして自分のアホなくらいに拘りを持った整備で (整備レベルのお話ではありませんよ) 時間ばかり掛ければいいのかとの自問自答の中で(笑) 最後までお手元に無事にお届けして、箱を開けて手にするまでをイメージしての「一貫性」を構築した次第です。

いえ、あくまでも私自身が拘り自己満足している「一貫性」なので、そこには「企業としての利潤追求」のような大それたお話は、コレっぽっちも含まれていないワケです・・甚だお恥ずかしい限りなのですが、まぁ試しちゃってもいいかなッと感じています(笑) 試している間に朽ち果てていっては元も子もありませんが・・。

我が人生最後の「検証」中で御座います・・。吉と出るか凶と出るか・・運はどこまで付いてくるでしょうか? 美味しいモノを食べて気楽な生活ができるのは・・まだまだ先のお話のようですね(笑)