◎ Eastman Kodak Co. (コダック) Cine Ektar II 25mm/f1.9(C)

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今回の掲載はオーバーホール/修理ご依頼分のオールドレンズに関する、ご依頼者様へのご案内ですのでヤフオク! に出品している商品ではありません。写真付の解説のほうが分かり易いこともありますが、今回に関しては当方での扱いが初めてのモデルでしたので、当方の記録としての意味合いもあり無料で掲載しています (オーバーホール/修理の全工程の写真掲載/解説は有料です)。オールドレンズの製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。

今回オーバーホール/修理を承ったモデルは、アメリカはニューヨーク州ロチェスターに本拠地を置く「EASTMAN KODAK (イーストマン・コダック)」社より1952年〜1956年の間に生産されていた16mmムービーカメラ用シネマレンズ『Cine Ektar II 25mm/f1.9 (C)』になります。ご依頼内容は「距離環が固く回そうとするとレンズが外れてしまうほど」と言う内容です。届いた現物を確認すると確かに目一杯チカラを入れると少しずつ回るのですがマウントがスクリューですからレンズが外れてしまいます。

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。シネマレンズですから筐体もコンパクトなので部品点数は大変少ないです。光学系は対応できる工具が無く解体できませんでした。バラしてみるとヘリコイド・グリースはオリジナルのKodak純正グリースの上から「白色系グリース」がそのまま塗られ、最後は「潤滑油」が注入されていることが確認できました。

この「白色系グリース+潤滑油」のパターンが一番最悪で経年に拠る潤滑油の揮発と共に白色系グリースがまるで接着剤のように粘りを持ち極度に固くなってしまいますが残念ながら海外オークション (最近は日本のオークションでも) 使われている常套手段であり「落札者に品物が届いた時だけ」滑らかに動いていればOKと言う悪質な処置です。

絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルが生産されていたのが1952年〜1956年ですが今回の個体は1955年の生産品であることが製造番号から分かります。

この当時はまだオールドレンズのほうでも筐体にはズッシリと重みを感じる真鍮製 (真鍮 (黄銅) 製/ガンメタル) が使われていた時代ですが当時のKodak製オールドレンズはアルミ合金材削り出しで造られた大変シッカリした筐体です・・一般的なこの当時のアルミ材削り出しと違い半世紀と言う時間を経ていてもアルミ合金材の腐植やサビが生じない金属成分で造られています。ここに何かしらのアメリカ的な思惑を感じてしまいます。

8枚の絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させますが、このモデルでは光学系前群が絞りユニットの固定を兼ねています (上の写真はまだ光学系前群が入っていません)。

絞り環に1本だけネジが入っており上の写真のスリット (絞りユニットにある縦長の開口部) にそのネジが刺さって絞り環と一緒に絞りユニットが回る仕組みです。しかし経年劣化に拠り絞りユニットの真鍮材が腐植してくると滑らかに回らなくなり結果的に絞り環操作が重くなります。それを改善するためにこの絞りユニットにもグリースを塗ったり最悪は「スプレー式潤滑油」をシュッとやったりしてしまいます・・すると経年の使用に於いて油染みが絞り羽根に発生するだけではなく下手すればさらに酷い腐植が絞りユニットの真鍮材に発生して絞り羽根のキー (金属製の突起) が脱落する原因に陥ります。そして悲しいかなそのオールドレンズは製品寿命に至るワケですね・・「グリースに頼った整備」や「潤滑油の塗布」はロクな結果を招きません。特に「潤滑油」はオールドレンズには「天敵」なのですが平気で使っている整備者 (敢えて会社とは言いませんが) がいまだに居るのも事実であり当方にしてみれば信じられないことです。その意味では「その時だけ滑らかになればOK」と言う考えはオークションに限らず罷り通っているのが現実なのでしょう・・残念ですね。

絞り羽根がバラけてしまうので、ここで光学系前後群を組み付けてしまいます。

この状態で鏡筒を立てて撮影しましたが、上の写真は前の写真を撮ってから1時間以上経って撮影しているのです・・その間に何をやっていたのかが次の写真です。

実はヘリコイドのオスメスの「白色系グリース+潤滑油」に拠る腐植が激しかったのでヘリコイド・グリースを塗った後にヘリコイドをネジ込もうとしても固くて最後までネジ込めません。

当方による「磨き研磨」を施せば表層面の腐植は除去されて平滑性が確保できるようになるのですが「ヘリコイドのネジ山」となるとネジの「山」部分とネジの「谷」部分が存在しています。すると「磨き研磨」によってネジの「山」部分だけが研磨されてしまい結果的にネジの「谷」部分との接触面積が増えることになりさらに固くなってしまいます。

従って今回のようなケースの場合は「磨き研磨」では一切改善できません。何をしたのかと言うと当方で「拷問」と呼んでいる作業を執り行うのです。具体的にはちょうど固くなって外れなくなってしまった瓶の蓋を外すようなイメージです。ヘリコイドにグリースを塗布した後にオスメスをネジ込んた状態にして、ひたすらに瓶の蓋を開ける行為を延々と繰り返すのです。さすがに素手でやったらせいぜい500回が限界なので専用工具を使い、さらにイボイボ軍手を両手に填めて完全武装です!

ヘリコイドのオスメスをネジ込んだ状態のオールドレンズを順手で両手に持ち、1秒で1回の「ネジ込み (このモデルでは反時計回り)」「外し (時計回り)」の往復操作をします (1分間で50〜60回グリグリ)。当然ながら元々が「固い」ワケですからネジ込もうとしても一切ネジ込めません・・従ってネジ込めるネジ山の「たったの5mm」ほどの距離だけでネジ込むワケです (つまり5mmずつネジ山を進んでいくワケです)。

この作業を40分間延々と繰り返したのが上の写真です。ネジ山を1周回るのにどれだけの回数グリグリやることになるのか・・順手で持っていた手の親指と人差し指は両手共にパンパンになってしまいます。上の写真で「濃いグレー状」のモノはヘリコイドの「ネジ山が擦れた摩耗粉」です。つまりは強制的にネジ山を成らして馴染ませた処置・・を「拷問」と呼んでいるワケです。

こちらの写真はヘリコイド「メス側」になりますが二重ヘリコイドになっているので「前側ヘリコイド」と「後側ヘリコイド」の2つのネジ山が切られており互いが逆回転で回るようになっています。

つまり「拷問」は「前ヘリコイド」と「後ヘリコイド」の2セットを行ったワケでありトータルの時間は65分に及びました・・両手は赤くなってパンパンに膨れあがってしまいましたし既に握力が失せています。ピンセットはもちろん精密ドライバーさえも掴めません(笑) これでは仕事にならないので一休み (寝ます!) して起きてから撮影したのが上の写真です。

距離環やマウント部が組み付けられる基台です。

距離環 (ヘリコイド:メス側) を無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。

鏡筒 (ヘリコイド:オス側) をやはり無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルでは全部で3箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

ヘリコイドのネジ込み位置が確定した時点で今度は絞り環をセットして絞りユニットへの「連係キー (ネジ)」を刺します (ネジ込みます)。この後はマウント部を組み付けて無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認をそれぞれ執り行えば完成です。

 

DOHヘッダー

 

ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

当初ご依頼を承った際に、その内容が「距離環が固くて回らない」でしたからEktarなので薄々は「拷問」を予測していましたがイザッやるとなるとヤッバし嫌です・・特にこの当時のKodak製オールドレンズのアルミ合金材は金属と金属が噛み易い性質なのか (成分の問題なのか) 固い個体の場合には非常に厄介なのです。しかし、ご依頼者様の熱く語られる思いに絆されて引き受けてしまいました(笑)

解体するための専用工具が無いので光学系は各群にバラすことができませんでしたが光学系内の透明度は非常に高いです。

一部にカビが発生していたので (最初は汚れに見えましたが) 清掃で除去しています。またその関係で前玉にはカビ除去痕としてのコーティングスポットが生じています。

当初の確認時には絞り環の操作は問題ありませんでしたが、やはりバラしてみると経年相応の油染みが絞り羽根には発生していました。キレイになり確実に駆動しています。このモデルではいっちょ前にクリック感を伴う絞り環操作を装備しているのでシッカリした、しかし心地良いクリック感で絞り環操作ができるよう仕上がっています (磨き研磨をしたので)。

ここからは鏡胴の写真になります。元々キレイな個体でしたが一応当方による「磨き」を筐体外装にいれたので美しい輝きを放っています。清掃時に各指標値の一部が褪色してしまったので視認性アップのために当方による着色を施しています (黒色刻印のみ)。

塗布したヘリコイド・グリースは「白色系グリース」と「黄褐色系グリース」さらにそれぞれで「粘性:軽め〜重め」のすべてを塗布しながらいちいち確認していきましたが (その都度組み直しを行いましたが) 最終的に「黄褐色系グリース」の「粘性:中程度+重め」にて仕上げました。

距離環を回す際のトルク感は・・それはそれは当初の状態からすれば天にも昇るような軽さなのですが(笑) そうは言っても僅かなトルクムラがあります。これは「黄褐色系グリース」を塗布したことが原因なのですが「白色系グリース」を塗ると負荷が増えてしまい重くなるので「黄褐色系グリース」に決めています。従ってシットリした感触のピント合わせが実現できているのですがヘリコイドのネジ山の状態に神経質な性格なのが「黄褐色系グリース」なので結果的にトルクムラが生じています。もしもご納得頂けない場合はご請求額より必要額を減額下さいませ。特に僅かながらも抵抗を感じる箇所は最短撮影距離附近だと思うのですが、スミマセン・・既に時間的にも回数的にもチカラ尽きている場所なので (最後の一周なのですがゴール直前で心折れるタチなので) ちゃんとした「拷問」ができていなかったようです。ゴメンナサイ。

無限遠位置は相当なオーバーインフなのですが当初の位置で組み上げています・・理由はヘリコイドのネジ込み位置が3箇所しか存在しないモデルなのですべて試しましたが最も適正だったために元に位置で組み上げました (1箇所はさらにオーバーインフになりもう1箇所は無限遠合焦せず)。

当レンズによる最短撮影距離30cm附近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでベッドライトが点灯します)。何処かのサイトで解説されていましたが、オモシロイものでやはり「セピア」に画全体の色合いが転びますね・・ステキです!

絞り環を回して絞り値をF値「f2.8」にして撮影しています。

F値は「f4」になりました。

F値「f5.6」になります。

F値「f8」です。

「f11」になりました。

F値「f16」で撮っています。

最小絞り値「f22」での撮影です。今回のオーバーホール/修理ご依頼誠にありがとう御座いました。