◎ RICOH (リコー) AUTO RIKENON 55mm/f1.8(M42)
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1964年に発売されたフィルムカメラ「SINGLEX TLS」用セットレンズとして用意されていた標準レンズ群 (55mm/f1.4、55mm/f1.8) の中のひとつです。開放f値「f1.4」のほうは今までに何度もオーバーホールを行っているので既に富岡光学製であることが判明していますが開放f値「f1.8」のほうは実は今回が初めてでした。筐体の意匠から判断すると富岡光学製である要素が幾つかあるのですがバラしてみなければ判りません。
結論から申し上げると、内部の構造化には富岡光学らしい要素が構造や使われている構成パーツに見受けられるのですが同一の構造化の他社光学メーカー向けOEMモデルが思い当たらず明確な判定ができませんでした。一部に近似した他社光学メーカーのOEMモデルの記憶があるのですがモデル銘が分かりません。恐らく富岡光学製ではないかと言う範疇に留まっています。
光学系は4群6枚の典型的なダブルガウス型でその描写性にも特徴が出てきます。光学系内構成図は該当するモノが無かったので一般的なダブルガウス型の構成図を載せていますが、現品は曲率が低いのでその影響による内部構造の工夫/苦悩が伺えます。
富岡光学製として捉えるとその描写性には従前の富岡光学製オールドレンズらしさは影を潜めドイツ製オールドレンズのような色乗りの良い発色性とコントラストの誇張感があり、同時に富岡光学製オールドレンズに見受けられていた画全体の繊細感 (細いエッジのピント面) も意識的な設計で変えているようにも感じます。日本製オールドレンズで言えば富士フイルム (FUJICA) の「FUJINON」シリーズに見られる元気の良い鮮やかな画造りなのですがこのモデルの発色性はドイツ製オールドレンズ的な渋みのある発色をするので「FUJINON」シリーズとは対称的です。
オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。
ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。部品点数は当時の富岡光学製オールドレンズよりもさらに多く複雑な構造をしていました。
構成パーツの中で「駆動系」や「連動系」のパーツ、或いはそれらのパーツが直接接する部分は、すでに当方にて「磨き研磨」を施しています (上の写真の一部構成パーツが光り輝いているのは「磨き研磨」を施したからです)。「磨き研磨」を施すことにより必用無い「グリースの塗布」を排除でき、同時に将来的な揮発油分による各処への「油染み」を防ぐことにもなります。また各部の連係は最低限の負荷で確実に駆動させることが実現でき、今後も含めて経年使用に於ける「摩耗」の進行も抑制できますね・・。
絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルではヘリコイド (オス側) は独立しており別に存在しています。
6枚の絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させます。上の写真に写っている環 (輪っか) が絞り羽根の位置決め環になり、絞り羽根の表裏に1本ずつ打ち込まれているキー (金属製の円柱筒) の開放が刺さっています。絞り羽根の位置を確定させている環であり絞り環を回した時に絞り羽根の角度を調整している「絞り羽根開閉幅制御環」はこの裏側に入っています。
この当時の富岡光学製オールドレンズで多く採用されている絞りユニットの固定方法が鏡筒の外側からイモネジ (ネジ頭が無くネジ部にいきなりマイナスの切り込みを入れたネジ種) 3本で締め付け固定する方法なのですが、このモデルでも同様の固定方式を採っています。
真鍮製のヘリコイド (メス側) を無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。
まずこの当時の富岡光学製オールドレンズと異なる構造のひとつがこの部位の仕組みです。距離環が回転する範囲 (駆動域) を制限しているキー (金属製のシリンダーネジ) が裏側にネジ込まれる構造です。これだけならば単にキーが下向きになっているだけで (他の富岡光学製オールドレンズには横向きのモデルがある) 何ら気に止める必要も無いのですが大きく異なる構造は次の写真になります。
真鍮製のヘリコイド (メス側) をネジ込んだ後に距離環用の「制限環」なる環 (リング/輪っか) をさらに下側から被せてヘリコイド (メス側) の駆動域を確定させる必要がありました。この制限環自体もやはりイモネジ (3本) で締め付け固定されます。結果、距離環の駆動域は調整が必要な箇所になってしまっています。
このモデルには「無限遠位置調整機能」が備わっているのでワザワザ距離環の駆動域を調整する必要性がありません・・意味不明の構造です。上の写真で説明すれば真鍮製のヘリコイド (メス側) に開いている穴が距離環を固定する際の固定ネジをネジ込む穴であり、無限遠位置がズレていた場合にはネジを一旦緩めて距離環を回して位置調整をしてから締め付ければ無限遠位置が合致します。
逆に言えば、この制限環の固定位置がズレてしまうと距離環の駆動域自体も変わってしまい無限遠位置の調整はさらに面倒になります。ワザワザ二重に (二度も) 調整させる必要があるのかどうか疑問です・・その分組み立て工程も調整工程も増えるワケでコスト削減とは相反する考え方です。
簡単に設計するならばこの基台自体に制限キーが通る溝を用意すれば良いだけのことでありシロウトの当方でさえ思い付きます。どうせ制限環を下から被せるワケですから基台の厚みは倍になります。ならばその分厚みのある基台にしてキーが通る溝を用意しておけば良いだけのことです。どうして複雑な構造にワザとするのでしょうか・・???
こちらはマウント部内部を撮影していますが既に各連動系・連係系パーツを取り外し当方による「磨き研磨」を終わらせた状態で撮っています。当初バラした時点ではこの内部にまでグリースがドップリ塗られており構成パーツの一部には赤サビが出ていました。
この当時の富岡光学製オールドレンズに採用されている構造とは全く異なる方法で連動系・連係系を制御していました。絞り連動ピンの押し込みによる動作で「絞り連動ピン連係アーム」が動くのは他社光学メーカーでも同じなのですが、このモデルにはもう1本下側に別にアームが隠れており別の動きをしています。上の写真左側に写っている「開閉アーム用の爪」のすぐ横に別の爪 (黒色) が飛び出ています。2つの「爪」で制御する方式が富岡光学製オールドレンズでは珍しい構造です。
ちなみにこの当時の富岡光学製オールドレンズでは (1960年代ですから) このような連動系・連係系パーツに使われている材質はほとんどの場合真鍮製なのですが、このモデルではアルミ材削り出しパーツを多用しています。従って容易に曲げられるほどに軟らかなパーツに仕上がっています。実際今回の個体も片方の爪が曲がっていたので正しい向きに戻しています。
マウント部をひっくり返して絞り環をセットしますが、この時同時に「絞り羽根開閉幅制御キー」と言うアルミ板のパーツをネジ込み絞り羽根の開いたり閉じたりの角度を決めさせなければイケマセン。従って後から取り付けることができません。
さらに厄介だったのがこの自動/手動スイッチ (A/Mスイッチ) 分の構成パーツです。スイッチのツマミには環 (リング/輪っか) が附随しているのですが、その1箇所に切り替え板が用意されています。これをブルーの矢印の場所に差し込まなければならないのですが、この差し込む場所 (マウント部内部) には丁度前述の「爪 (2つ)」が位置しています。この切り替え板をどのようにその爪との関係で差し込めば良いのか・・???
自動/手動スイッチ (A/Mスイッチ) をセットした状態で再びマウント部内部を撮っています。先の切り替え板は爪 (2つ) のすぐ真下に潜り込んでいます (写真では見えていません)。
この爪 (2つ) がそもそも絞り羽根の開閉に関わる重要な役目なのですから、この爪は鏡筒から飛び出ている「絞り羽根開閉アーム」に引っ掛かるハズです・・がしかし「絞り羽根開閉アーム」は1本であるのに対して爪は2個あります。これがこのモデルの内部の構造を複雑化させている最大のポイントになりました。
つまり切り替え板がどのようにこの爪と関わるのか、或いは鏡筒からの絞り羽根開閉アームとこの2個のつめがどのように接触して動くのか・・??? その構造と仕組みを調べて理解するのに数時間を要してしまいました。このモデルは今回が初めての整備だったのですがバラした時にはこれらの動きを確認する間もなく一瞬でバラバラと外れてしまいます。
結局のところ組み立て工程や構造を知っている人・・つまりは生産メーカー (或いは組み立てメーカー) でなければ事前に分かりようが無く、当方のように知らない人はバラしてから構造を調べていくしか手がありません。各構成パーツが相当複雑に関係して動いている構造化をしていました。
マウント部を基台にセットしますが、これも独特な方法です。この当時の富岡光学製オールドレンズで多く採用されているセット方法はネジによる固定です。しかし、このモデルではマウント部をネジ込んでいく方式を採っていました。つまり基台とマウント部が一体になっているように見える設計になっていたのです。
マウント側から梨地仕上げのシルバー環 (スイッチ部固定環) をセットしてイモネジ (3本) で締め付け固定すれば良いのですが、このようにマウント面に細く薄い環 (リング/輪っか) をイモネジを使って固定する方法が富岡光学製のひとつの特徴ですから、外見上は富岡光学製のようにしか見えません。
また絞り環の操作時にはクリック感があるワケですが、そのクリック感を実現している「鋼球ボール+マイクロ・スプリング」は指標値環の方に埋め込まれています。そして鋼球ボールがカチカチとクリックするための「溝 (絞り値キー)」は絞り環側に刻まれています。従って指標値環の固定位置がズレていると絞り環の指標値とはちぐはぐなクリック感になってしまい下手すれば開放f値「f1.8」や最小絞り値「f16」まで絞り環が回らないという不具合を生じてしまいます。すべては指標値環の位置次第で決まってしまうワケでそれは指標値環をイモネジ (3本) で締め付け固定する方法なのが良くないのです・・鋼球ボール+マイクロ・スプリングが埋め込まれている場所が指標値環だから。
このような調整が必要になってしまう設計を当時好んで使っていたのは富岡光学ですから、今回のモデルの構造は肝心な調整箇所が総て富岡光学製オールドレンズの考え方を踏襲しています。具体的な構造化は今回のモデルは独特であり他の富岡光学製オールドレンズと比較すると珍しい要素が多く見られますが肝心な部分をワザワザ富岡光学製の方式で設計する他社光学メーカーは考えられません。
逆に言うとワザワザ調整箇所を増やして工程数を増大させそれに関わる人件費や時間を費やしてしまう考え方は非合理的と言わざるを得ません (コスト削減とは逆のことです)。1960年代半ば〜1970年代初頭にかけて光学メーカー各社はより合理化を進め利益の増大に向けた改革をしていた時代ですから、富岡光学の模倣で他社光学メーカーがワザワザ設計することはあり得ないと言うのが当方の結論です。つまり今回のモデルは「富岡光学製」と言う判断を下しました。
マウント部内部の各連動系・連係系パーツの動き方を調べるのに数時間を要してしまいヘリコイド (オス側) をネジ込んだ写真を撮るのをスッカリ忘れてしまいました・・それほど厄介な構造化でした。距離環を仮止めしてから鏡筒を差し込んで固定し無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認をそれぞれ執り行い、最後にフィルター枠とレンズ銘板をセットすれば完成です。
ここからはオーバーホールが完了した出品商品の写真になります。
今回初めてオーバーホールをしましたが内部の構造化は独特であり下手すれば他社光学メーカーによる設計かと疑ってしまうほどでしたが「富岡光学製」であることが確認できました。そもそもこのモデルの位置付けは「廉価版」だったハズなのに複雑な構造化で設計してしまい果たして富岡光学としては生産する旨味があったのでしょうか? 相変わらず意味不明なことを平気でやっている富岡光学です。
光学系内は大変透明度が高い状態をキープした個体です。LED光照射でもクモリなどが皆無です。
上の写真 (2枚) は、光学系前群のキズの状態を拡大撮影しています。1枚目は極微細な点キズを撮っていますが微細すぎてほとんど写っていません。また2枚目は前玉や第2群の経年劣化に拠るコーティング層の極微細な汚れ状などを撮りましたが、やはり微細すぎて明確には撮れませんでした。光学系前群内には極薄い微細なヘアラインキズが数本ありますがそれも微細すぎて写っていません。光に反射させれば順光目視できるかも知れません。
光学系後群もキレイな部類ですが後玉にはカビ除去痕としてのコーティングスポットが数点あります。
上の写真 (2枚) は、光学系後群のキズの状態を拡大撮影しています。1枚目は極微細な点キズとコーティングスポットを中心に撮影していますが微細すぎて点キズのほうはほとんど写っていません (後玉のコーティングスポットは3点あります)。また2枚目は後玉外周附近に1点だけある極薄いカビ除去痕を撮りました (写真右端)。光学系内に白色の点状が数点あるのは光学硝子レンズの切削面 (コバ部分) の塗膜が浮き始めている部分なのでカビなどではありません (写真への影響にはなりません)。
【光学系の状態】(順光目視で様々な角度から確認)
・コーティング劣化/カビ除去痕等極微細な点キズ:
前群内:13点、目立つ点キズ:9点
後群内:9点、目立つ点キズ:5点
コーティング層の経年劣化:前後群あり
カビ除去痕:あり、カビ:なし
ヘアラインキズ:あり
LED光照射時の汚れ/クモリ:汚れのみあり
LED光照射時の極微細なキズ:あり
・その他:バルサム切れなし。前玉には汚れ状に見える極微細なコーティング劣化部分があります。後玉にはカビ除去痕としてのコーティングスポットが3点あります。光学系内は極微細な薄いヘアラインキズが数本あります。
・光学系内の透明度が非常に高い個体です。
・光学系内にはLED光の照射でようやく視認可能なレベルの極微細なキズや汚れなどもあります。
・いずれもすべて写真への影響はありませんでした。
ここからは鏡胴の写真になります。経年の使用感がほとんど感じられない大変キレイな状態を維持した個体です。筐体は「磨き」をいれたので落ち着いた美しい仕上がりになっていますし、フィルター枠や距離環の銀枠飾り環も「光沢研磨」を施したので大変艶めかしい輝きを取り戻しています。
【操作系の状態】(所有マウントアダプタにて確認)
・ヘリコイドグリースは「粘性:中程度」を塗布しています。距離環や絞り環の操作は大変滑らかになりました。
・距離環を回すトルク感は「普通」で滑らかに感じトルクは全域に渡り「完璧に均一」です。
・ピント合わせの際は極軽いチカラで微妙な操作ができるので操作性は非常に高いです。
【外観の状態】(整備前後拘わらず経年相応の中古)
・距離環や絞り環、鏡胴には経年使用に伴う擦れやキズ、剥がれ、凹みなどありますが、経年のワリにオールドレンズとしては「超美品」の当方判定になっています (一部当方で着色箇所がありますが使用しているうちに剥がれてきます)。
開放f値「f1.4」のほうのモデルは市場でも高騰が続いていますがこのモデル (は1.8のほう) は市場では安い価格でしか出回っていません。今回オーバーホールを初めて行いましたが、その内部構造からは相当厄介で面倒なので正直気持ち二度と手を出したくないモデルになってしまいました。もしもお探しの方は是非この機会にご検討下さいませ。オーバーホール/修理のご依頼でない限りワザワザ調達してオーバーホールを施してヤフオク! に出品することはもうありません。
当レンズによる最短撮影距離50cm附近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライト辺りに合わせています、光学系がダブルガウス型なので背景にはグルグルボケが出ていますね・・。