◎ ARGUS (アーガス) CINTAR MC 50mm/f1.7《富岡光学製》(M42)

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※解説とオーバーホール工程で使っている写真は現在ヤフオク! 出品中商品の写真ではありません

今回完璧なオーバーホールが終わって出品するモデルは、富岡光学製
標準レンズ・・・・、
 『ARGUS CINTAR MC 50mm/f1.7 (M42)』です。


今回初めての扱いになりますが、当時富岡光学がアメリカのフィルムカメラメーカーたる「argus (アーガス)」向けにOEM輸出していた、おそらく最後のモデルではないかとみています。

と言うのも、当時欧米向けに富岡光学がこの標準レンズを多数OEMで輸出していたワケですが「55mm/f1.4」或いは「55mm/f1.7」後 には「50mm/f2.8」など凡そモノコーティングの標準レンズばかりでした。他にも例えば日本国内向けでRICOHブランドやCHINON、COSINON、mamiya 、さらにヨーロッパ向けでPORSTやRevueなど多数に渡ります。

その中で1972年以降にOEM供給していたCHINON銘のモデル、或いはPORST銘などの他にはマルチコーティングモデルが存在しないとみていたのですが、今回初めてargusにも供給されていたのを知った次第です。

但しそうは言っても一緒にOEMで供給されていたフィルムカメラ側は前出広告の「CR-1」の他コシナ製の「CSM/CSL/CSR」などでしたから、時期的にどのモデルになるのかは不明なままです。

いずれも当時の取扱説明書をみる限りモノコーティングのモデルばかりです。

↑上は当時のフィルムカメラ「CSM」取扱説明書の記載内容で「M42マウント規格」である事が印刷されていますが、何とそのフランジバックが「45.45mm」になっています。現在wiki等に告知されている「45.46mm」ではなく、或いは国内マウントアダプタ製産メーカーである宮本製作所のマウントアダプタのように「45.5mm」にも丸めていません。

逆に言えばオールドレンズ側の誤差許容値が「±0.02mm」としている光学メーカーが当時は多かったハズなのを勘案しても「45.5mm」まで一桁台に丸めてしまうと言う概念も唸ってしまいますね(笑) それでも日本の製産メーカーなので信用/信頼は高く誰も文句言いませんが、むしろ当方のような何処のウマの骨だかワケ分からない存在は誰にも相手にされません(笑)

Argus (アーガス) と言う会社はアメリカの会社で、その前身は戦前の1931年にミシガン州アナーバーにて創業の「IRC (International Radio Corporation)」になりラジオ製品の製造販売会社でした。後に創業者のチャールズ・バーシャー氏がヨーロッパを旅行した際ライカカメラに魅入られ、帰国後に安価なライカ判フィルムカメラ製造販売に専念するために子会社として「Argus Camera Company」を1936年に創設したのが始まりです。

アールデコスタイルのベークライトカメラ「モデルA」の発売は大成功し1938年には「C2」翌1939年に「C3」と立て続けに発売していきます。しかし戦争に至り否応なく軍需光学製品の生産に切り替えざるを得なくなり軍用カメラや弾着測距器、或いは照準機から潜望鏡まで幅広く生産したようです。戦後1949年時点ではもはや戦前の勢いは無く、最終モデルの「モデルC3」のみを引き継ぎ「Argus Camera」と社名を変更します。しかし戦後台頭してきたドイツ製光学製品そしてその後の日本製光学製品に淘汰され、ついに1959年には会社がシルバニア
・コーポレーションに売却されブランド銘だけが引き継がれていったようです。

その後1972年にはCHINONからのOEM製品であるフィルムカメラ「CR-1」を発売しセットレンズとして用意されたレンズ群「広角28mm・標準55mm・中望遠135mm」の3本には「Cintar (シンター)」と言うブランド銘が付けられました。このフィルムカメラ「CR-1」或いはレンズ群もすべて「MADE IN JAPAN」のOEM製品に頼った製品戦略を展開していたようです。通信販売では、堅牢な専用アタッシュケースにストロボやアクセサリなどすべてを一式セットして販売していたようです。1976年に発売のやはりCHINONのOEM製品「CR-3E」を最後にシリーズは終末を迎えます。ちなみに「Cintar」を「チンター」と解説しているページやオークションがありますが「シンター」ですね(笑)

なおargusの総レンガ造りのビルは今もアナーバーに現存しており雑居事務所になっていますが、ちゃんと2階には「Argus Museum」を開設しているようです。静かでのどかな住宅街の一角ですが歴史を大事に残していく地域の方々の気持ちが伝わってきますね。

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今回扱うモデルも『富岡光学製』と当方は捉えているのですが、そのように案内すると「何でもかんでも富岡光学製にしてしまう」とSNSなどで批判対象になるようです(笑)

その根拠の基になるモデルがあり、レンズ銘板に刻印されている発売メーカー刻印以外に「TOMIOKA」銘を刻んでいるいわゆる「ダブルネーム」のオールドレンズが存在します。

AUTO CHINON 55mm/f1.4 TOMIOKA (M42)」の特異的な構造要素から判定しています (右写真は過去オーバーホールした個体の写真)。

具体的には『富岡光学製』の構造的な要素 (特徴) として大きく3点あり、いずれか1点、或いは複数合致した時に判定しています。

M42マウントの場合に特異なマウント面の設計をしている (外観だけで判断できる)。
内部構造の設計として特異な絞り環のクリック方式を採っている (外観だけでは不明)。
内部構造の設計として特異な絞り羽根開閉幅調整方式を採っている (外観だけでは不明)。

上記3点は今までに2,000本以上のオールドレンズを扱ってきて、富岡光学以外の光学メーカーで採っていない設計なので『富岡光学製』判定の基準としています。

今回のモデル『CINTAR MC 50mm/f1.7《富岡光学製》(M42)』は、上記判定の①〜③全てに適合しており、発売時期としてはマウント規格としての「M42マウント」が終焉期を迎えつつある時期に、argus向けOEM製品として単発で (作りきりで) 製産したようです。ちみなに ネット上を調べても製造番号から1,000本しか作られていないように考えられます。

光学系は典型的な4群6枚ダブルガウス型構成で、右図は今回のオーバーホールの際、取り出した硝子レンズを当方の手で逐一デジタル ノギスで計測してトレースした図になります。

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。間違いなくこの当時の富岡光学製OEMモデルに共通した内部構造であり、一部には共通パーツまで存在します。

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルはヘリコイド (オス側) が独立しており別に存在します。

絞り羽根には表裏に「キー」と言う金属製突起棒が打ち込まれており (オールドレンズの中にはキーではなく穴が空いている場合や羽根の場合もある) その「キー」に役目が備わっています (必ず2種類の役目がある)。製産時点でこの「キー」は垂直状態で打ち込まれています。

位置決めキー
位置決め環」に刺さり絞り羽根の格納位置 (軸として機能する位置) を決めている役目のキー

開閉キー
開閉環」に刺さり絞り環操作に連動して絞り羽根の角度を変化させる役目のキー

位置決め環
絞り羽根の格納位置を確定させる「位置決めキー」が刺さる環 (リング/輪っか)

開閉環
絞り羽根の開閉角度を制御するために絞り環操作と連動して同時に回転する環

↑最深部に絞りユニットをセットしたところです。

↑完成した鏡筒を立てて撮影しましたが (上の写真下部分が前玉側方向)「開閉アーム」だけが用意される簡素な設計です。スプリングが附随するので「常に完全開放状態を維持」しています。

↑今度は鏡筒をひっくり返して反対向きで撮りました (写真上側が前玉側方向) が、冒頭の「富岡光学製たる要素」の「 絞り羽根の開閉幅微調整方式」がこの部位に当たります。

上の写真を見ると鏡筒の縁に「真鍮 (黄鋼) 製の円形板をプラスネジで締め付け固定」していますが、そのプラスネジが円形板の中心部から外れた位置で締め付け固定されています。するとこのネジを緩めて円形板をクルクルと回すと「円形板の位置が左右に大きく振れる」ので、結果的に「鏡筒の固定位置が左右にズレる」ので絞り羽根の開口部の大きさが変化すると言う微調整の仕組みです。

この方式を好んで採っていたのは当時の富岡光学製オールドレンズだけです。

↑距離環やマウント部を組み付ける為の基台です。

↑まずはヘリコイド (メス側) を無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。

↑さらにヘリコイド (オス側) を、やはり無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルでは全部で9箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

すると「距離環用の固定穴」がヘリコイド (メス側) に用意されているので、距離環を回すとヘリコイド (オス側) も一緒にブルーの矢印①方向に回ろうとしますが、よ〜く見るとヘリコイド (オス側) には途中に「直進キー」と言う板状パーツが刺さっており、そのせいで「距離環を回す回転するチカラが直進動に変換される (ブルーの矢印②)」ので、鏡筒が繰り出したり収納したりする原理です。

↑上の写真はマウント部内部ですが既に当方の手で各構成パーツを取り外して「磨き研磨」した後に撮影したものです。

↑当初バラした直後は過去メンテナンス時に塗られた「白色系グリース」が経年により「濃いグレー状」に変質してしまい、且つ一部には酸化/腐食/錆びも発生していました。すべてやはり「磨き研磨」して当方のオーバーホールでは「このマウント部内部にグリースなどは塗布せず」に仕上げます。

何故なら各構成パーツの材質や仕上げ方 (メッキ加工) をチェックすればグリースが必要ない事が明白だからです。マウント面から飛び出ている「絞り連動ピン」が押し込まれると (ブルーの矢印①) そのチカラが伝達されて「操作爪が移動する (ブルーの矢印②)」ので設定絞り値まで絞り羽根が閉じます。

この「操作爪」は鏡筒から飛び出ている「開閉アーム」をガシッと掴んだままなので、結果マウント面から飛び出ている「絞り連動ピン」が押し込まれると設定絞り値まで絞り羽根が勢い良く閉じる仕組みですね(笑)

その際「カム」がが途中の「なだらかなカーブ」に突き当たるので、その勾配により登りつめた処でカムが突き当たるなら「完全開放」になり、他方麓部分なら「最小絞り値側」と言う具合に絞り羽根の開閉角度が決まります (ブルーの矢印)。

↑完成したマウント部を基台にセットします。

↑さらに絞り環をセットしたところです。ご覧のとおり絞り環側には「絞り値キー」と言う各絞り値で溝が刻まれて用意されます。一方カチカチとクリック感を実現するベアリングは反対側の「飾り環」にワザワザ用意されており、この二つが重なり合う事で絞り値とクリック感が実現されます。

このような原理で設計している要素が冒頭の富岡光学製の「」で言うところの クリック方式にあたります。

↑さらにその「飾り環」は外側から「イモネジ (3本)」で締め付け固定される方式を採っており、前述の絞り環とクリックの仕組みと合わせてこれら固定位置をミスると「設定絞り値とクリック感がチグハグになり絞り羽根の開閉幅も狂う」話になります。

このイモネジで締め付け固定する方式を採っていたのも当時富岡光学製オールドレンズだけでした (冒頭の)。従って全てが該当するので、このモデルも『富岡光学製』と捉えることができるワケです。

逆に言えば当方が富岡光学製と明言する時、ちゃんと「根拠」があって指摘しているので、富岡光学製ではないと言うならその根拠を示すべきだと考えますね(笑) レンズ銘板に「TOMIOKA」銘が伴ったモデルと同一の設計概念を踏襲しているのに富岡光学製ではないと言うなら、その根拠を是非示して下さいませ。

この後は光学系前後群を鏡筒に組み込んでからセットして無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行い、最後にフィルター枠とレンズ銘板をセットすれば完成です。

DOHヘッダー

ここからはオーバーホールが完了した出品商品の写真になります。

↑当方ではこの当時の富岡光学製OEM供給モデルを数多く扱いましたが、今回初めてマルチコーティングタイプを見つけました。確かに一部のCHINON製やPORST製など存在しますがアメリカ向けで存在するのは知りませんでした。

↑光学系内の透明度が非常に高い状態を維持した個体です。LED光照射でもコーティング層経年劣化に伴う極薄いクモリが皆無です。残念ながら経年相応にカビ除去痕か残っているので、一部には点状や菌糸状に極薄くクモリを伴いつつ浮かび上がります。

↑上の写真 (3枚) は、光学系前群のキズの状態を拡大撮影しています。すべて極微細な点キズを撮っていますが微細すぎて全部写りませんでした。硝子レンズの周辺にポツポツと白く浮き出ているのは「硝子レンズコバ端の反射防止塗膜浮き」ですが、塗り替えできないので改善できません (クレーム対象としません)。

↑光学系後群側もLED光照射で極薄いクモリが皆無ですが、微細な点キズは多少多めです。

↑上の写真 (3枚) は、光学系後群のキズの状態を拡大撮影しています。すべて極微細な点キズを撮っていますが微細すぎて全部写りませんでした。

【光学系の状態】(LED光照射で様々な角度から確認)
・コーティング劣化/カビ除去痕等極微細な点キズ
(経年のCO2溶解に拠るコーティング層点状腐食)
前群内:17点、目立つ点キズ:12点
後群内:20点以上、目立つ点キズ:20点以上
・コーティング層の経年劣化:前後群あり
・カビ除去痕:あり、カビ:なし
・前後群共に僅かにカビ除去痕が残っており一部はLED光照射すると極薄いクモリを伴い浮かびあがります(微細な点状/汚れ状などあり)。
・ヘアラインキズ:あり(前後群内僅か)
(極微細で薄い8ミリ長が数本あります)
・バルサム切れ:なし (貼り合わせレンズあり)
・深く目立つ当てキズ/擦りキズ:なし
・光源透過の汚れ/クモリ (カビ除去痕除く):なし
・その他:光学系内は微細な塵や埃が侵入しているように見えますが清掃しても除去できないCO2の溶解に拠る極微細な点キズやカビ除去痕、或いはコーティング層の経年劣化です。
・光学系内は透明度が非常に高いレベルです。
(LED光照射でも極薄いクモリすら皆無です)
・カビ除去痕が複数箇所で残っており一部は極薄いクモリが附随します。
・いずれも全て実写確認で写真への影響ありません。

↑6枚の絞り羽根もキレイになり絞り環共々確実に駆動します。絞り羽根が閉じる際は「完璧に正六角形を維持」したまま閉じていきます。

ここからは鏡胴の写真になりますが、経年の使用感が僅かに感じられるものの当方にて筐体外装の「磨きいれ」を施したので大変落ち着いた美しい仕上がりになっています。「エイジング処理済」なのですぐに酸化/腐食/錆びが生じたりしません。

当方ではヤフオク! で流行っている「抗菌剤/除菌剤による清掃」などは絶対に実施しません。これをやると薬剤に含まれている成分の一部が金属の表層面に対して酸化/腐食/錆びを促す結果に至るので、早ければ1年、遅くとも数年でポツポツと錆が表れ始めます。

詳細は厚労省の「新型コロナウイルスの消毒・除菌方法について」が詳しく解説しています。

↑【操作系の状態】(所有マウントアダプタにて確認)
・ヘリコイドグリースは「粘性:中程度+軽め」を使い分けて塗布し距離環や絞り環の操作性は非常にシットリした滑らかな操作感でトルクは「普通」人により「重め」に感じ「全域に渡り完璧に均一」です。
距離環を回すとヘリコイドのネジ山が擦れる感触が伝わる箇所があります
・ピント合わせの際は極軽いチカラで微妙な操作ができるので操作性は非常に高いです。
・A/M切替スイッチは内部の板バネが経年劣化で弱っており少々クリック感が甘い印象です。

【外観の状態】(整備前後関わらず経年相応の中古)
・距離環や絞り環、鏡胴には経年使用に伴う擦れやキズ、剥がれ、凹みなどありますが、経年のワリにオールドレンズとしては「超美品」の当方判定になっています (一部当方で着色箇所がありますが使用しているうちに剥がれてきます)。
当方出品は附属品に対価を設定しておらず出品価格に計上していません(附属品を除外しても値引等対応できません)。

↑完璧なオーバーホールが終わりました。富岡光学製らしい描写性で、且つマルチコーティングのコントラストの高さもイヤミが無く (違和感なく) 自然に感じられ、特に「背景のボケ味がなるほど富岡光学製だ!」と納得です(笑)

無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

もちろん光学系の光路長調整もキッチリ行ったので (簡易検査具によるチェックなので0.1mm単位や10倍の精度ではありません)、以下実写のとおり大変鋭いピント面を確保できました。電子検査機械を使ったチェックを期待される方は、是非ともプロのカメラ店様や修理専門会社様が手掛けたオールドレンズを手に入れて下さい当方の技術スキルは低いのでご期待には応えられません

↑当レンズによる最短撮影距離50cm付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

各絞り値での「被写界深度の変化」をご確認頂く為に、ワザと故意にピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に電球部分に合わせています。決して「前ピン」で撮っているワケではありません。またフード未装着なので多少フレア気味だったりします。

↑絞り環を回して設定絞り値「f2」で撮っていますが、絞り環の刻印は単なるドット「●」です。

↑さらに回してf値「f2.8」で撮りました。

↑f値は「f4」に変わっています。

↑f値「f5.6」に上がりました。

↑f値「f8」での撮影です。

↑f値「f11」です。

↑最小絞り値「f16」での撮影です。