◎ Steinheil München (シュタインハイル・ミュンヘン) Auto-Quinaron 35mm/f2.8《前期型-III》(exakta)

(以下掲載の写真はクリックすると拡大写真をご覧頂けます)
写真を閉じる際は、写真の外 (グレー部分) をクリックすれば閉じます
※解説とオーバーホール工程で使っている写真は現在ヤフオク! 出品中商品の写真ではありません

オーバーホール/修理ご依頼分ですが、当方の記録用として掲載しており
ヤフオク! 出品商品ではありません (当方の判断で無料掲載しています)。
(オーバーホール/修理ご依頼分の当ブログ掲載は有料です)


当方の「DOH」により完璧なオーバーホールが完了しました。ネット上を見ていると、この モデルの整備をしている整備会社が幾つか掲載していますが、どの整備会社の掲載を見ても「一部解体のみ」に限定したメンテナンスしかやっていません。酷い整備会社は何と「光学系と絞りユニットの清掃だけ」と言う場合もありました (しかも絞りユニットは解体しないまま絞り羽根を綿棒で拭いただけ)(笑)

そんな整備ならちょっと解体した経験があるアマチュアの方なら簡単にできてしまいます(笑)

プロともなれば、そのような整備でも一切クレーム無いまま無事に終わってしまうのでしょうが、信用/信頼が皆無な当方が同じことをすれば「クレームの嵐」で大変なことになります(笑)

【当初バラす前のチェック内容】
 距離環を回した時のトルクムラが酷い。
距離環を回す際のトルク感が重い。
 絞り羽根の開閉が正しくない。
A/M切替スイッチの操作に絞り羽根が追従していない。
無限遠位置が相当なオーバーインフ状態。

【バラした後に確認できた内容】
過去メンテナンス時に「白色系グリース」塗布。
さらに古い「黄褐色系グリース」も残ったまま。
絞りユニットのベアリングに赤サビ発生。

今回のオーバーホール/修理ご依頼内容は「絞り羽根開閉異常」と「距離環を回す時のトルクが重すぎ/トルクムラもある」と言う内容がメインの不具合になります。

オーバーホール作業にあたって「ギョッ!」と驚いたのは (解体したのを後悔したのは) 実は 上の問題点 ベアリングに赤サビ発生」でした(笑) その理由は後ほどオーバーホール工程の中で出てきます

今回このモデルを扱うのは累計で5本目になりますが、前回扱ってから3年ぶりです。9年間で僅か5本ですから非常に少ないワケですが、そもそも当方自身がこのモデルを敬遠しているからです(笑)

いえ、もっと正確に言うならSteinheil製オールドレンズの多くのモデルを敬遠しています。 敬遠している理由は描写性能が悪いとか、操作性/機能面に問題があるとかそのような話ではありません。

純粋に「バラして組み立てるのが面倒くさいから」だけです(笑)

面倒くさい」と言う意味は、その作業自体が細かくて多くて面倒くさいのもありますが、 実は根本的に各部位の微調整が相当大変だからです。ハッキリ言ってこの当時の旧西ドイツ製オールドレンズで、特にSchneider-Kreuznach製やSteinheil München製、或いはA.Schacht Ulm製などなど、凡そ (作業する立場としては) 一切関わりたくないオールドレンズだったりします(笑)

何しろ環 (リング/輪っか) の数が多いですし (当時の日本製オールドレンズのほぼ倍の数) その分だけ「イモネジ」がハンパない数で使われています。さらに内部構造はむろんの事「チカラの伝達経路」も相当複雑で、経年劣化に伴う酸化/腐食/錆びを除去する作業は想像を絶する 内容です(笑)

従って、ハッキリ言ってこのモデル (Steinheil München製オールドレンズ) を「完全解体に こだわってバラす」整備者は世界中探してもとても少ないでしょうし、さらに『完璧に各部位を微調整して組み上げられる技術スキル』の整備者は、もっと少ない話になります (おそらく日本国内でも数えるくらいの人数しか居ない)。

逆に言えば、単にバラしてグリースを入れ替えて組み上げるだけで良いなら、大勢の整備者が候補に挙がるでしょう(笑) もちろんそのメンテナンスに於いて「トルク改善」や「絞り羽根の開閉異常改善」「A/M切替動作」などを期待してはイケマセン(笑)

Steinheil München製オールドレンズとは、そのようなポジショニングのオールドレンズだったりします(笑)

  ●               ● 

戦前ドイツのバイエルン州ミュンヘンで1855年に物理学者/天文学者であるCarl August von Steinheil (カール・アウグスト・フォン・シュタインハイル) によって創設された老舗の光学機器メーカーで、当初は天体望遠鏡などが主体でしたが戦時中に兵器製造に駆り出された後、戦後は幾度とオーナーが替わり最後は解体/清算されています。

今回扱うモデル『Auto-Quinaron 35mm/f2.8《前期型−III》(exakta)』は、1956年に発売された広角レンズの一つです。戦前からIhagee Dresdenが発売する「Kine Exakta (キネエクサクタ)」或いは戦後1950年に登場した「Exakta Varexシリーズ」向けに、それ以降も含め「exaktaマウント」モデルを数多く発売していました。特に独特なシャッターボタン機構部 (トリガー) を持つ発想が、当時の「Exakta Varex」ユーザーに絶大なる支持を受け販路が急拡大したようです。なおこのモデルの呼び方は「オート・キナロン」であり「オート・クィナロン」などではありませんね (例えば標準レンズもQuinon/キノン)(笑)

【モデルバリエーション】
オレンジ色文字部分は最初に変更になった諸元を示しています。

1956年発売前期型−I〜III

光学系:5群7枚レトロフォーカス型構成
絞り羽根枚数:7枚
f値:f2.8〜f22
最短撮影距離:23cm〜∞
筐体色:シルバークローム/前期型−I〜III型まで

1966年発売後期型

光学系:5群7枚レトロフォーカス型構成
絞り羽根枚数:7枚
f値:f2.8〜f22
最短撮影距離:23cm〜∞
筐体色:ゼブラ柄のみ

この中で「前期型」はオールシルバーな筐体色のモデルが「前期型−I」にあたり、A/M切替 スイッチ部にマットなブラツク意匠が「前期型−II」として最初の1956年に同時発売されて います。今回扱う「距離環にガイドナンバー環を有するモデル」は1958年に追加発売された モデルになります。この「GN環」によってフラッシュ光が届く距離の目安になるよう指標値が刻印されています。




上の写真はFlickriverで、このモデルの特徴的な実写をピックアップしてみました。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。

一段目
左端からシャボン玉ボケが破綻して円形ボケを経て溶けて消えていく様をピックアップしていますが、収差の影響を受け口径食もありキレイな真円を維持した円形ボケとして表出しませんし、またエッジがすぐに滲んでしまうので明確な輪郭も苦手です。

二段目
さらに収差の影響を受けた背景になる収差ボケをピックアップしました。ピント面の鋭さを維持したまま背景だけが独特な滲み方をするので、これはこれで上手く「効果」として活かすのも一つの手ですね。なお、このピント面の特徴 (程良く鋭さを維持した繊細感のあるピント面) は実装している光学系の特徴から来ます。

三段目
左端からダイナミックレンジの広さを表す写真としてピックアップしていますが、この撮影者の撮影スキルが非常に高いので (撮影が上手なので) まさにこのモデルの良さ/特徴を存分に表現できている実写として残せています。明暗部の幅が広いと言う単なるダイナミックレンジの階調だけではなく、被写体の材質感や素材感を写し込む質感表現能力の高さまでしっかり取り込んでいる (表現できている) のがさすがです。

さらに右側2枚の写真はまさに「光のコントロール」ができている素晴らしい写真です。如何に撮影スキルが高い方なのかを表している写真ではないでしょうか。

四段目
左端の写真は赤色表現としてピックアップしましたが、残念ながら「色飽和」しています。 ディストーション (歪み) は僅かにタル (樽) 型でしょうか。逆光耐性が良くゴーストやハレを伴うものの美しく表現できています。

光学系は5群7枚のレトロフォーカス型構成ですが、このモデルが発売された当時の戦前〜戦中に於いてメインで使われていたフィルムカメラはレンジファインダーカメラです。するとシャッター羽根ををカメラのボディ側で内蔵しているので、光学系の設計としてバックフォーカスが必要なく、標準レンズ域の光学系設計のまま広角レンズ域まで延伸した設計で対応できていました。

ところがクィックリターンミラーを装備した一眼レフ (フィルム) カメラが登場すると、バックフォーカスが必要になり標準レンズ域の光学設計の延伸だけでは広角レンズ域モデルが用意できません。従って1949年までは一眼レフ (フィルム) カメラ用の広角レンズ (の光学設計) が まだ開発されていないのが実情でした。

1950年にフランスのP.Angenieux Paris (アンジェニュー) 社から
バックフォーカスを考慮した広角レンズ域専用の光学設計を実装した「RETROFOCUS TYPE R1 35mm/f2.5」が世界初として発売された事によりようやく一眼レフ (フィルム) カメラ用の広角レンズに対応できる状態に到達したと言えます。

すると上の構成図でアンジェニューの広角レンズ (35mm/f2.5) は5群6枚のレトロフォーカス型構成を採っていますが、 部分の第3群〜第5群までが「3群4枚のTessar型成分」とみる事ができます。バックフォーカスを採る為にその直前に第1群〜第2群を配置していますが収差の改善目的で第2群を用意しています。

ところが今回のモデル『Auto-Quinaron 35mm/f2.8《前期型−III》(exakta)』ではご覧のように 部分が「4群6枚のダブルガウス型成分」ですから、この相違がちゃんとその描写性にも現れているのが分かりますね。

つまりアンジェニューに遅れること3年でしたが、より収差改善を狙った高性能な35mm広角レンズを市場に投入できたと言うのがSteinheilの自信だったのではないでしょうか・・ロマンは広がります(笑)

ちなみにこの「レトロフォーカス型光学系構成」を「甘いピント面」或いは「コントラストが低い写り方」などと、その印象を案内しているサイトがネッ上を見ているとありますが、それは思い込み/誤解です。

前述のように光学系内の成分に「Tessar型」或いは「ダブルガウス型」を採り入れているくらいですから、ピント面の鋭さは折紙付きです。この『レトロフォーカス』と言うコトバに対するイメージ/連想のほうが大きい為に、そのような誤解を招くのですが『RETRO (後退)』と『FOCUS (焦点)』という造語なのですから、純粋に「バックフォーカスを稼いだだけ」と認識するべきですね。従って前衛光学硝子の後に位置している「基本成分の光学系要素」の性格がちゃんとその描写性に現れているハズなのです。

例えばやはり3年遅れでようやく発売に漕ぎ着けた旧東ドイツのCarl Zeiss Jena製広角レンズ「Flektogon 35mm/f2.8 (silver)」も右図の とおり5群6枚のレトロフォーカス型構成ですが、基本成分である の部分は「4群5枚のビオメター型/クセノター型構成」です。
(同じように第1群前玉でバックフォーカスを稼いでいるだけ)

このように同じ35mm域の広角レンズであり「レトロフォーカス型構成」ですが、その内なる基本成分に着目すると「その描写性をより一層認識できる」話になるので、手に入れる前の一助にするのも一つの手法だと考えますね(笑)

なお、Carl Zeiss Jena製「Flektogon 35mm/f2.8 zebra」(後に登場したゼブラ柄モデル) を「最短撮影距離:18cm迄近接できる銘玉」としてヤフオク! で自ら整備済で売りまくっている写真家が居ますが(笑)、このモデルは無限遠位置「∞」の時だけ開放f値が「f2.8」であり、極僅かでも距離環を回して無限遠位置から近接した (繰り出した) 場合「絞り環が勝手にf4直前 までズレていく」設計/仕組みです。つまり無限遠位置以外では「f2.8」ではありません (実測値でf3.6くらい)。従って当方では同じ広角レンズ域モデル「Flektogon 20mm/f4 zebra」と同一の「f4モデル」として捉え「見なし開放f値f2.8のモデル」と考察しています。

プロの写真家のクセに最短撮影距離:18cmである事を強調して「f2.8」を謳うのは如何なものかと思いますが、当方から見れば最短撮影距離:23cmでもちゃんと開放f値「f2.8」を維持できている今回のモデル『Auto-Quinaron 35mm/f2.8《前期型−III》(exakta)』のほうが納得できますね (Flektogonのシルバーモデルは最短撮影距離:36cm)(笑)

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。久しぶりにSteinheil製オールドレンズを扱いましたが「イモネジ」の多いこと!(笑) この「イモネジ」を使った設計だった時にどのような目的でイモネジをそこに使ったのか」までちゃんと理解できている整備者なのか否かが適切な組み上げができるかどうかを決めます

イモネジ
ネジ頭が存在せずネジ部にいきなりマイスの切り込みが入っている
ネジ種 (ネジ端が尖っている場合と平坦な場合がある)

↑上の写真 (2枚) は、1枚目が当初バラした直後に撮影した「洗浄する前」の写真で、2枚目が洗浄後に当方による「磨き研磨が終わった状態」を撮った写真です。

すると過去メンテナンス時には「白色系グリース」が塗られており既に経年劣化進行に伴い「濃いグレー状」に変質しているのが分かりますが、そもそもその過去メンテナンス時にさらに古い時代の「黄褐色系グリース」を除去せずに上から塗り足しています。

整備会社ではこのような所為を「グリースの補充」と言って実施しているそうですが(笑)、当方からすれば「成分/配合の異なるグリース種別を混ぜて使うなど以ての外」と言わざるを得ません。もちろんグリース業界の方にお話しを伺った際も同じことを指摘していました(笑)

しかし残念ながらいまだに多くの整備会社で「グリースの補充」が行われ続けているようですね(笑)

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルはヘリコイド (オス側) が独立しているので別に存在します。

絞り羽根には表裏に「キー」と言う金属製突起棒が打ち込まれており (オールドレンズの中にはキーではなく穴が空いている場合や羽根の場合もある) その「キー」に役目が備わっています (必ず2種類の役目がある)。製産時点でこの「キー」は垂直状態で打ち込まれています。

位置決めキー
位置決め環」に刺さり絞り羽根の格納位置 (軸として機能する位置) を決めている役目のキー

開閉キー
開閉環」に刺さり絞り環操作に連動して絞り羽根の角度を変化させる役目のキー

位置決め環
絞り羽根の格納位置を確定させる「位置決めキー」が刺さる環 (リング/輪っか)

開閉環
絞り羽根の開閉角度を制御するために絞り環操作と連動して同時に回転する環

↑7枚の絞り羽根を組み込んで絞りユニットを鏡筒最深部にセットします。

↑完成した鏡筒を立てて撮影しましたが、上の写真では写真下側が前玉方向になるので後玉側方向からの撮影です。

すると鏡筒の途中には「開閉キー用の切り欠き/スリット」が用意されており (グリーンの矢印) 且つ後玉側の付近には「開閉環用の段差」もあります (赤色矢印)。

↑説明の為にさらに同じ向きで撮影していますが、ご覧のようにその「段差部分」にはグリーンで示したベアリングが一列に並びます。この「段差部分」に並ぶベアリングの数は「60個」です。

↑実際に60個のベアリングを並べてから「開閉環 (赤色矢印)」をセットし、さらに再びベアリングを60個また組み込みます (グリーンの矢印)。

↑実際に「開閉環」を組み付け終わった状態でやはり鏡筒を横方向から撮影しました (同様に写真下側が前玉側方向)。

すると「開閉環 (赤色矢印)」と言うのは実は「ギアとしての溝が全周に渡り刻まれている環 (リング/輪っか)」なのが分かります (グリーンの矢印)。また鏡筒の中腹には「切り欠き/スリット」が用意されていて、そこから「開閉キー」が飛び出てきて連結しています。

つまり「開閉環が回ることで開閉キーが操作されて絞り羽根が開閉する」仕組みなのが分かりますね (ブルーの矢印)。

開閉環 (赤色矢印)」は「固定環」によってベアリング60個が詰まった状態のまま封入されている設計です (グリーンの矢印)。

つまり「開閉環 (赤色矢印)」の内側はオレンジ色ラインの箇所で2段に分かれており、それ ぞれに「ベアリング60個」が上下で2箇所に並んで中に詰まっています。

これがこのモデルに於ける「絞り羽根を開閉させる仕組みの原理」であり、マウント部横に位置する「シャッターボタン」操作に伴い絞り羽根が勢い良く開閉するのは「このギア環/開閉環を直接回しているから」と言えますね(笑)

何を言いたいのか???

冒頭問題点のの絞り羽根が正しく動いてくれない問題の原因は「ベアリング60個 x 2セット」だったのです(笑)

つまり過去メンテナンス時に塗布してしまった「白色系グリース」のせいで、経年の揮発油成分により「赤サビがベアリングに生じてしまい抵抗/負荷/摩擦となって動きを悪くしていた」のが根本的な原因です。

不具合の原因は何のことはなくベアリングだったワケですね(笑)

コトバで言い表せば単にそれだけでオシマイですが(笑)、実は「ベアリングに生じてしまった赤サビを除去しない限り平滑性を取り戻せない」話に繋がります。

そうですね、当方はこの後2時間がかりでひたすらに120個のベアリングをゴシゴシと磨いて「憎き赤サビ」を削り取る作業を続けたワケです(笑) そしてキレイなシルバー色のベアリングに戻って皆で気持ち良く一列に並んで収まった記念撮影が1つ前の写真と言うワケです(笑)

僅か「⌀1.5mm径」のベアリングですから、それを120個もゴシゴシやるのはさすがに相当疲れます(笑) いわゆるタマ転がし作業なのですが、さすがにその作業をしている最中の姿は他人に見せられませんね (とても病的・・)(笑)

なお、一つ前の写真のとおりこのモデルの場合開放f値「f2.8」の時点でも絞り羽根が閉じてきており「完全開放」の設定で設計されていません。「開閉環」を最大限開く方向に回しきっても (つまり上の写真の位置) 絞り羽根は一つ前の写真のように出てきており少し閉じている状態です (この状態で/閉じ具合で開放f値:f2.8を達成している設計)。

それは光学系をチェックすれば一目瞭然なのですが、絞り羽根の開口部の面積/広さに対して、意外にも光学系の径が小さいので絞り羽根が閉じている状態で組み上がると「完全開放しているように見えている」のが「f2.8」の時の状態です。

その意味で、もしも仮に光学系の径がもっと大きく、且つ絞り羽根が面積一杯までちゃんと開ききる設計になっていれば「f2.8よりももっと明るい高速な広角レンズが登場していたハズ」とも考えられますが、現実は光学系の設計が間に合わなかったのでしょう。

問題点の一つである絞り羽根開閉異常の原因が判明し改善できたところで工程を進めます。距離環やマウント部が組み付けられる基台です。

↑同じアルミ合金材でできているヘリコイド (メス側) を無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。

↑真鍮 (黄鋼) 製のヘリコイド (オス側) を、やはり無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルでは全部で11箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

するとヘリコイド (オス側) のネジ山の途中には両サイドに1箇所ずつ「直進キーガイド」と言う溝が用意されています (合計2箇所/グリーンの矢印)。ところがその斜向かいに同じように溝がやはり用意されています (オレンジ色矢印)。

↑ヘリコイド (オス側) をネジ込んだ後に最短撮影距離位置までヘリコイドを繰り出した状態で内部を撮影しました。ご覧のように「直進キー」と言う板状パーツがず〜ッと伸びていて「その先っぽで辛うじてヘリコイド (オス側) を保持している状態」なのが最短撮影距離位置の時の内部です (グリーンの矢印)。

何を言いたいのか???

つまりこのモデルはバラそうとして最短撮影距離の位置まで繰り出して、そのまま鏡胴を掴んだで反時計方向に回そうものなら「一発で直進キーが締め付けネジの穴部分で折れる」設計なのです。

折れないにしても垂直状態を維持できなくなりますから距離環を回した時のトルクムラの主原因に至ります。今回の個体で当初問題点のの因果関係がまさにこの話だったワケです。

過去メンテナンス時の整備者はおそらく鏡胴を掴んで反時計方向に回して外そうと試みたようですが、途中で思い直したのか「直進キーの変形が僅かで軽微だった」事が不幸中の幸いでした。

とにかくトンカチでブッ叩いて「直進キー」を元の平坦な状態まで戻して組み付けたところです(笑)

↑大凡のトルク改善が完了したので工程を進めます。距離環には「ベース環」と言う内部の環 (リング/輪っか) が用意されており、そこに距離環が被さっているだけの設計です。

基台とその「ベース環」のにはそれぞれに「制限壁」が用意されており (グリーンの矢印)、それが突き当たることで「無限遠位置/最短撮影距離位置」でカツンと停止する原理です (ブルーの矢印)。

また「ベース環」には「イモネジ用の下穴」が用意されています (オレンジ色矢印)。つまりこれを見ただけですぐに気が付かなければイケナイのですが、このモデルは「無限遠位置微調整機能」が備わっていません。

つまり別の方法で無限遠位置の微調整を進めなければイケナイ話であり、この点に気が付いたかどうかが組み上げ工程を進める上で「オーバーインフ状態」の程度が変わる話ですね。

↑距離環を「ベース環」に「イモネジ (3本)」で締め付け固定したところです。ローレット (滑り止め) に「GN環」さらに「距離指標値環」と3つの部品に分割しているので、それぞれを連結させて「一つの距離環として組み付けた状態」なのが上の写真です。

↑さらに基準「」マーカーが刻んである指標値環をセットします。距離環は前述の「イモネジ (3本)」で下穴に締め付け固定されていますが、実ははここがポイントで「無限遠位置がズレたからと距離環の位置をズラして∞刻印位置を合わせることができない設計」である事に留意できたか否かが問題になります。

それが冒頭問題点のの因果関係ですね(笑)

↑さらにベアリングを組み込んでから絞り環をセットします (このモデルは絞り環操作時にクリック感があるから)。

↑工程はいよいよ佳境に入ります。シャッターボタンの機構部の写真ですね。それぞれスプリング (オレンジ色矢印) と捻りバネ (グリーンの矢印) が2本ずつ使われており、その「経年劣化進行に伴う弱り」が大きな問題に繋がってしまいます。

なお「操作ピニオン」とは歯車を動かすギアのような役目のパーツです。シャッターボタンが操作される事でこの「操作ピニオン」が勢い良く動くので絞り羽根が瞬時にカシャッカシャッと開閉するワケです。

↑実際に連結する先の歯車と鏡筒を並べて撮影しました。それぞれグリーンの矢印で指し示した箇所が互いに「歯車」です。

↑まずはシャッターボタンの機構部を完成させますが、この時点で既に「スプリングと捻りバネの強さ加減を微調整済」です。

するとシャッターボタンが操作されると (ブルーの矢印①) 操作ピニオンが連動して動き (ブルーの矢印②) それに従い歯車同士が互いに回転する () 仕組みであり、グリーンの矢印で指し示した箇所の歯車がクルクル回っている次第です。

何を言いたいのか???

つまり線径が細く柔な「捻りバネ」の反発力だけで「これだけの数の歯車を回転させている」もっと言えば最終的に「鏡筒直下の開閉環であるギア部分も回転させる必要がある」ワケで「どんだけか弱い捻りバネに頼るのョ!」と言うお話しです(笑)

↑実際に鏡筒直下の「開閉環 (ギア部)」と歯車が噛み合う位置確認を撮影しました (グリーンの矢印)。当然ながら咬み合う場所がズレたら「絞り羽根の開閉が正しくなくなる」話であり(笑)、それは「設定絞り値まで閉じない」或いは「完全開放しない」不具合に直結と言うワケです。

つまり鏡筒下部に附随する「開閉環」の外回りに用意されている歯車部分の「ピッチの異なる箇所がある」ワケで、それらも勘案してピニオンが噛む位置合わせをして、且つ当然ながら「絞り羽根の正しい開閉幅 (開口部の大きさ/カタチ/入射光量) に設定する」必要があるワケで「どんだけ歯車の噛み合わせだけなのに高難易度なのョ!」って言うお話です(笑)

ちなみに過去メンテナンス時の整備者はここの咬み合わせ工程をミスってしまい、テキト〜に噛み合わせた為に組み上がった時の絞り羽根の開閉幅 (開口部の大きさ/カタチ/入射光量) が 正しくなくなってしまったと言う次第です。

さらにさらにブルーのラインで示したとおり鏡筒の繰り出し/収納量 (の長さ) があるので、距離環を回した時のトルクに大きく影響を与えるのは「これら歯車の機構部の咬み合わせ状況」と言えます。

つまりこのモデルに於ける距離環のトルクを決める要素とは「決してヘリコイドグリースの 粘性の問題ではない」事が非常に重要である点をここで解説しているのです。

逆に言えば、だからこそ当方は歯車の機構部さえも「完全解体」して歯車自体の「磨き研磨」まで施したワケですし、もっと言えば前述の「120個のベアリングの赤サビ取り」が意外にも相当重要な改善処置だったワケです(笑) 逆に言えば「それほどひ弱な捻りバネからのチカラの伝達を確実に開閉環まで伝えなければならない」のが、今回のオーバーホールでの最大の命題だったワケです。

その意味で、確かにこの当時の旧西ドイツSteinheil MünchenやSchneider-Kreuznach、或いはA.Schacht Ulmなどの多くのオールドレンズで「スプリングや捻りバネに頼りきった設計」を数多く見かけますが、当時の日本製レンズの光学メーカーが既に考慮していた「耐用性/耐用年数」と言う要素に関して、残念ながら旧東西ドイツの光学メーカーは配慮が至らなかったと言うのが当方の結論です

このようにオールドレンズのメンテナンスに於いては「いったい何が影響してその不具合に 至っているのか」といった「観察と考察」が重要な話であり、それを考える上で「原理原則」に則り「本来伝わるべきチカラの伝達経路確保」を確実に処理して「製産時点の状況に各構成パーツを可能な限り近づける/戻す」ことこそが、最も理想的な組み上げを保証するのでは ないでしょうか。

当方の「DOH」ポリシ〜とは、まさにそのようなスンタスの上で成り立っている概念でもありますね。

↑全ての微調整が完了したので組み上げて、この後は光学系前後群をセットして無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行い、最後にフィルター枠とレンズ銘板をセットすれば完成です。

修理広告DOHヘッダー

ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑完璧なオーバーホールが完了しました。滑らかな操作性で、且つ確実な絞り羽根の切替動作で仕上げられる技術スキルが求められる「超高難易度モデル」の一つです。はたしてどれだけの整備者が居るのでしょうか。

↑光学系内の透明度が非常に高い状態を維持した個体です。LED光照射でもコーティング層経年劣化に伴う極薄いクモリが皆無ですが、残念ながら第3群の貼り合わせレンズ外周に「ほんの微かな薄いクモリ」が生じており、おそらくバルサム切れではないかと推察します。

但し進行中ではないようなので、今回の整備で必用の無いグリースを一切塗っていないので 今後問題になる事も無いと思います。

↑光学系後群側もLED光照射で極薄いクモリが皆無です。シャッターボタンの押し込みと同時に上の写真で示した赤色矢印の金属棒が、勢い良く飛び出てきてフィルムカメラである「Exakta Varex」シリーズなどのシャッターボタンを押し込んでくれます。

↑7枚の絞り羽根もキレイになり絞り環共々確実に駆動しています。絞り羽根が閉じる際は「完璧に正七角形を維持」したまま閉じていきます。

もちろん冒頭問題点のシャッターボタンとの連係動作も確実に瞬時に動くよう調整済です。

ここからは鏡胴の写真になりますが、経年の使用感が僅かに感じられるものの当方にて筐体外装の「磨きいれ」を施したので大変落ち着いた美しい仕上がりになっています。「エイジング処理済」なのですぐに酸化/腐食/錆びが生じたりしません。ちなみに筐体外装のほとんどの部分が「アルミ合金材のアルマイト処理仕上げ」なので、それに見合った「磨きいれ」を行っています (だからすぐに錆びてこないのです)。

金属表層面の処理/仕上げ方の話ですが、木部だけではなくこんな事も職人の親方が教えて くれたので今本当にそれが役に立っています (当方は前々職は家具屋だったので)(笑)

↑塗布したヘリコイドグリースは「黄褐色系グリース」の「粘性軽め」を使いました。距離環を回すトルク感は「ほぼ均一なトルク感」であり、距離指標値の「0.3m」前後で一旦極僅かに抵抗/負荷を感じますが、違和感に繋がるような印象ではなく「グリースの偏りかな?」程度の抵抗/負荷の感触です。

これはおそらく「直進キーの変形」が原因だと考察していますが、可能な限りトンカチでブッ叩いて平坦に戻したので、既にヘリコイド (オス側) の真鍮 (黄鋼) ネジ山が摩耗してしまったのだと考えます。ヘリコイドのネジ山も当方による「磨き研磨」を施していますが、残念ながら「ネジ山の山部分」は磨けるものの「谷部分は磨けない」ので申し訳御座いません・・。

当方の技術スキルではここまでが精一杯です。
申し訳御座いません・・。

↑筐体外装はアルミ合金材の「アルマイト仕上げ」なので、今回のオーバーホールでちゃんと磨き上げています。また筐体外装は洗浄時に「刻印指標値が全て褪色」してしまった為、当方にて「着色」しています (この分追加請求になります)。申し訳御座いません・・。

↑当初バラす前のチェック時に全く以てデタラメな動き方をしていた「A/M切替スイッチ」も確実に正しく機能するように戻りました。ツマミを押し込むと「自動制御 (A)」になりシャッターボタンの操作と同時に瞬時に勢い良く絞り羽根が設定絞り値まで閉じます。またツマミを持ち上げるとカシャッと言う音と共に勢い良く絞り羽根が設定絞り値まで閉じて「手動制御 (M)」に切り替わります。もちろん絞り環操作で確実に絞り羽根が開閉動作します (ブルーの矢印)。

なお、このツマミとの連係動作、或いは自動時の絞り羽根開閉動作の中で50回くらいに一度の頻度で「絞り羽根の開閉が一瞬もたつく」事が起きます。ちょっと再現性が低いので何とも言えませんが、おそらくシャッターボタン機構部内の小さい捻りバネが既に弱りきっているのが原因ではないかと考えています。

これ以上捻りバネを強くすると1年もしないうちに再び弱ってしまい改善できなくなるので 諦めました (現状で既に限界状態です)。申し訳御座いません・・。

↑フィルムカメラに装着して使う際はシャッターボタンの操作で勢い良く金属棒が飛び出てきて撮影できます (ブルーの矢印)。

以上、冒頭問題点のまで全ての改善が完了しました。絞り羽根は設定絞り値に対して簡易検査具ですがちゃんと開閉幅 (開口部の大きさ/カタチ/入射光量) を検査しつつチェックして微調整しましたし、絞り環との連係動作やA/Mスイッチとの連係も確実に小気味良く行われています。また距離環を回すトルク感は当初の非常に重い状態 (ピント合わせしにくい状態) からは天と地の差の如く(笑) 改善できており、極軽いチカラだけでピント合わせできるようになっています。

また当初バラす前の実写チェック時に多少甘いピント面だったのも「鋭いピント面」に僅かですが改善しています。

逆に言えば、当方の技術スキルではここまで仕上げるのが精一杯なので、ご納得頂けない要素に関しては本当に申し訳御座いません・・。

本会員様であればご納得頂けない分の「減額」が「減額申請」で可能であり、減額する金額は最大値で「無償扱い」まで可能ですが、申し訳御座いません対象外なので今回はそのままご請求させて頂きます。

無限遠位置 (当初バラす前の位置から適切に変更済み/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

もちろん光学系の光路長調整もキッチリ行ったので (簡易検査具によるチェックなので0.1mm単位や10倍の精度ではありません)、以下実写のとおり大変鋭いピント面を確保できました。電子検査機械を使ったチェックを期待される方は、是非ともプロのカメラ店様や修理専門会社様が手掛けたオールドレンズを手に入れて下さい当方の技術スキルは低いのでご期待には応えられません

↑当レンズによる最短撮影距離23cm付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

この実写はミニスタジオで撮影していますが上方と右側方向からライティングしています。その関係でフードを装着していない為に絞り値の設定によりハレ切りが不完全なまま撮影しています。一応手を翳していますがハレの影響から一部にコントラスト低下が出てしまうことがあります (簡易検査具による光学系検査を実施済で偏心まで含め光軸確認は適正/正常)。

↑絞り環を回して設定絞り値「f4」で撮影しています。

↑さらに回してf値「f5.6」で撮りました。

↑f値は「f8」に上がっています。

↑f値「f11」です。

↑f値「f16」ですが、まだまだ「回折現象」の影響が視認できません。

 回折現象
入射光は波動 (波長) なので光が直進する時に障害物 (ここでは絞り羽根) に遮られるとその背後に回り込む現象を指します。例えば、音が塀の向こう側に届くのも回折現象の影響です。
入射光が絞りユニットを通過する際、絞り羽根の背後 (裏面) に回り込んだ光が撮像素子まで届かなくなる為に解像度やコントラスト低下が発生し、眠い画質に堕ちてしまいます。この現象は、絞り径を小さくする(絞り値を大きくする)ほど顕著に表れる特性があります。

↑最小絞り値「f22」での撮影です。大変長い期間に渡りお待たせし続けてしまい本当に申し訳御座いませんでした。お詫び申し上げます。またこのような不本意なる整備結果に至りましたこと、重ねてお詫び申し上げます。

今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。