◎ FUJI PHOTO FILM CO. (富士フイルム) FUJINON L 5cm/f2.8(L39)

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オーバーホール/修理ご依頼分ですが、当方の記録用として掲載しており
ヤフオク! 出品商品ではありません (当方の判断で無料掲載しています)。
(オーバーホール/修理ご依頼分の当ブログ掲載は有料です)


なかなか当方の資金力では手が出せず、興味関心があるにも拘わらず見送っているオールド レンズがたくさんありますが、今回のように高価で貴重なオールドレンズのオーバーホール/修理ご依頼を承ります。

本当にありがたい事です・・。

かつて東京都葛飾区に存在していたカメラメーカー「昭和光学精機 (1939年創設)」から発売されていた、バルナック型ライカのコピー モデル「Leotax (レオタックス)」シリーズに、セットレンズとして 富士フイルムから供給された標準レンズの一つです。

一番最初のレオタックスは1940年に発売されていますが、その後も 多くの改良を加えてモデルチェンジが毎年のように続きます。会社名もレオタックスカメラと改めますが、しかしその情熱とは裏腹に売れ行きは下降線を辿り、 ついに1959年に倒産し消えていきました。

セットレンズとして用意された標準レンズもやはり種類が多いですが、メインは東京光学製 だったようです (以下はセットレンズとしての登場順)。

藤田光学工業製:Letana Anastigmat 5cm/f3.5 (沈胴式)
東京光学製:State 5cm/f3.5 (沈胴式)
東京光学製:C. Simlar 5cm/f3.5 (沈胴式)
東京光学製:Simlar 5cm/f3.5 (沈胴式)
東京光学製:Simlar 5cm/f1.5
オリンパス製:Zuiko 4cm/f3.5 (沈胴式)
東京光学製:Topcor 5cm/f3.5
東京光学製:Topcor 5cm/f2
東京光学製:Topcor 5cm/f1.5
小西六製:Hexanon 5cm/f1.9
東京光学製:Topcor-S 5cm/f2
小西六製:Hexar 5cm/f3.5 (沈胴式)
富士フイルム製:FUJINON L 5cm/f2.8
富士フイルム製:FUJINON 5cm/f2
東京光学製:Topcor 5cm/f2.8
レオタックスカメラ製:Leonon 5cm/f2
レオタックスカメラ製:Leonon-S 5cm/f2
東京光学製:Topcor-S 5cm/f1.8
ヤシカ製:Yashikor 5cm/f2

今回扱う富士フイルム製標準レンズ『FUJINON L 5cm/f2.8 (L39)』は、上位格の開放f値「f2/f1.2」と合わせて1954年に発売されたようです。

光学系はこの当時の沈胴式標準レンズがエルマー型やテッサー型を採っていたのに対し、4群5枚のクセノター型構成を採っており相当な拘りが覗えます。

右図はネット上の解説で使われている構成図からトレースしましたが、はたしてこの構成図は何処から参照したのでしょうか?

2時間ほどかけて当時のカタログやカメラの取扱説明書など、ネット上をくまなく探索しましたが、光学系に4群5枚のクセノター型を採用していることしかヒットしません (構成図が見つからない)。

そこでいろいろ調べたところ、右構成図はどうやら一般的なクセノター型構成図をもってきているようです。

と言うのも今回バラして光学硝子レンズを清掃した際にデジタルノギスで実測したところ、全く異なる構成図になりました。

やはり4群5枚のクセノター型構成なのは間違いありませんが、そもそも貼り合わせレンズのカタチが違いますし、第1群 (前玉) の外径サイズも曲率も厚みまで全く適合しません。

右図は当方の実測値をもとにトレースした構成図です。

この構成図を見ていて思い出しました。そっくりな光学系の設計で登場したモデルがあります。同じく4群5枚のクセノター型ですが、Nikonの標準マクロレンズ「Micro-NIKKOR 55mm/f3.5」です。

マクロレンズの光学系に使われるくらいですから、このクセノター型の構成というのは相当に鋭いピント面を吐き出します。

左写真は今回扱った個体から取り出した光学系 第2群の貼り合わせレンズです。

またSNSで当方がウソを掲載していると言われてしまうので(笑)、証拠写真になります。

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上の写真はFlickriverで、このモデルの特徴的な実写をピックアップしてみました。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。

一段目
驚異的なピント面の鋭さですが、同時に非常に高いコントラストの描写性なので余計にピント面が強調される印象です。2枚目の風景写真はカメラボディ側のフィルタ処理 (ミニチュア/ジオラマ) を駆使した実写のようです。それでもピーカンでこれだけのコントラストを維持しているからさすがです。また一番右端の人物写真を見ても分かるとおり、大変滑らかなグラデーションを描きます。

二段目
その豊かで違和感を感じない自然なグラデーションが何処から来るのかと言えば、まさに左からの3枚の写真で如実に表されているダイナミックレンジの広さです。夕方の艀にも拘わらずこれだけの階調をちゃんと記録してしまうのが凄いですし、2枚目の写真では前ボケしている梅の花 (?) の色合いをシッカリ取り込んでいます。そしてハイトーン側の階調まで滑らかに表現できますから、このモデルの光学系のポテンシャルは相当高いのではないでしょうか。その結果、これらの事柄が功を奏して非常にリアルな臨場感を写し込む、ある意味空気感や距離感を漂わせた立体的な表現性が恐ろしく明確に出てくるモデルとも言えます。

オドロキのオールドレンズです・・!

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。内部構造はそれほど難しくなく構成パーツ点数も少なめですが、このモデルの最大のポイントは「回転式繰り出し方式」の鏡筒である事です。逆に言えば、回転式にしたが為にシングルヘリコイドだけで「L39マウント」の規格に適合できたとも言えます (距離計連動なので直進式ならダブルヘリコイドが必須になる)。

このモデルは距離環を回すと一緒に絞り環までクルクルと回っていくので、絞り値が両サイドに刻印されています。つまり「距離環のトルク vs 絞り環の操作」と言う問題がどうしても 憑き纏います。何故なら、ピント合わせが終わった後に絞り具合 (ボケ味) をイジると、一緒に距離環が微動してしまうのでピントがズレてしまうからです。

そして最大の難関は「絞り環はクリック感を伴う」操作性である点です。このモデルはピントの山が掴み辛いので、距離環を回してピント合わせする際に重いトルクになると使い辛くて 仕方ありません。

しかし、距離環を回すトルクを軽くすると、その軽くした分だけ「絞り環側をもっと軽く仕上げないとイケナイ」のが相当難易度の高い話になります。

従ってこのモデルは単にバラして組み上げるだけなら簡単ですが「トルク調整」まで行うなら相当ハードルの高いモデルと言えます。

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルは鏡胴が「前部/後部」の二分割方式なので、ヘリコイド (オス側) は鏡胴「後部」側に配置されています。

絞り羽根には表裏に「キー」と言う金属製突起棒が打ち込まれており (オールドレンズの中にはキーではなく穴が空いている場合や羽根の場合もある) その「キー」に役目が備わっています (必ず2種類の役目がある)。製産時点でこの「キー」は垂直状態で打ち込まれています。

位置決めキー
位置決め環」に刺さり絞り羽根の格納位置 (軸として機能する位置) を決めている役目のキー

開閉キー
開閉環」に刺さり絞り環操作に連動して絞り羽根の角度を変化させる役目のキー

位置決め環
絞り羽根の格納位置を確定させる「位置決めキー」が刺さる環 (リング/輪っか)

開閉環
絞り羽根の開閉角度を制御するために絞り環操作と連動して同時に回転する環

↑10枚の絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させます。絞り羽根には油染みが生じていましたが、それよりも「赤サビ」のほうが酷かったですね。このまま放置プレイを続けると、やがて「キー」が真っ赤に錆びつきますから、キー脱落の危険性が高くなります (キーが外れたら最後もう製品寿命に堕ちてしまう)。

↑完成した鏡筒を立てて撮影しました。上側が前玉側になります (下部が後玉側)。4群5枚のクセノター型構成ですがとてもコンパクトです。

↑このモデルは筐体構成パーツの半分以上が真鍮 (黄鋼) 製です。真鍮 (黄鋼) のフィルター枠をセットします。するとこのモデルの絞り環操作でクリック感を伴う操作性を軽くできるかどうかは、このフィルター枠部分の「磨き研磨」レベルでほぼ決まってしまいます。しかし過去メンテナンス時にはそれができない為に「グリースに頼った整備」が施されており、既に真鍮 (黄鋼) の一部分にはサビが発生しています。

↑可能な限りそれらサビを除去して滑らかにしてから絞り環をセットします。

↑光学系前後群を組み付けます。これで鏡胴「前部」は完成なので、次は鏡胴「後部」に移ります。

↑指標値を兼ねたマウント部ですが、ヘリコイド (メス側) でもあります。前述のとおり「回転式鏡筒繰り出し方式」なので、ライカの「距離計連動」を考慮してもヘリコイドはオスメスの単独 (シングル) で完結してしまいます。逆に言えばこれがもしも「直進式鏡筒繰り出し方式」であれば、ヘリコイド (オスメス) は2セット必要になると言えますね (距離計連動のほうに1セットヘリコイドが必要だから)。

すると筐体サイズまで大型化してきますから、このモデルがこれ程までに小さくコンパクトに仕上がっているのは、まさに「回転式鏡筒繰り出し方式」のおかげとも言えます。

↑ヘリコイド (オス側) を無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルは全部で7箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。「ホ26411」の刻み込みがありますが、これは当方がマーキングしたのではありません (既に刻まれていました/製造番号とも関係がありません)。

↑距離環を仮止めしてから、完成している鏡胴「前部」を組み込んで無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行えば完成です。

修理広告DOHヘッダー

ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑とてもコンパクトな筐体サイズですが、吐き出す写真の質は相当高くオドロキの描写性で、さすが引き伸ばしレンズまで造っていた会社だけの事はあります。

その描写性には大変魅力があるのですが、それだけにこの操作性の悪さが残念です。距離環を回した時に一緒にグルグルと回っていく絞り環は、ピント合わせ後にボケ具合を変更しようとすると、距離環を指で保持して動かないようにしたまま絞り環操作しなければならず、とても使い勝手が良いとは言えません。

その意味で「事前に先に絞り値を決めて使う」のであれば使い難さもある程度は解消できます。つまり一度事前にボケ具合だけをチェックする操作を行い、撮影する絞り値を掴んで設定してしまってから再びピント合わせを行う撮影です。撮影時に二度手間を覚悟すれば良いだけの話ですが、それを勘案しても大変魅力のある描写性なのだと言えば、どれほどの事か伝わるでしょうか(笑)

レンズ銘板に刻印されている製造番号は、ネット上で40本ほどサンプルを調べましたが全て「55xxxx」ですし、その範囲は「551xxx〜555xxx」でしたので、凡そ5,000本前後しか造られていない換算になります。ちなみに上位格の「f2」モデルは「40xxxx」なので、この当時から富士フイルムは製造番号先頭2桁に暗号を意味づける使い方をしていた事が分かりました (数多く市場に出回っている他の富士フイルム製/フジカ製オールドレンズも同様に製造番号の先頭2桁だけはシリアル値になっていない)。

↑光学系内の透明度が非常に高い個体です。LED光照射でもコーティング層経年劣化に伴う極薄いクモリが皆無です。開放f値「f2.8」に設定時 (つまり完全解放時) ご覧のように「絞り羽根が顔出ししている状態」が正常です。

この状態での仕様上開放f値が「f2.8」なので、本当に絞り羽根が開ききっていればもう少し明るいのだと思います。ところが設計上 (構造上) これ以上絞り羽根を開ききる事ができないようになっています。つまり「絞り羽根開閉幅の微調整機能」を装備していません。

筐体外装を真鍮 (黄鋼) で造り上げてきた上に、その実装している光学系までクセノター型を採用するという拘りようなのですが、細かい部分への予算配分は諦めてしまったようですね(笑)

↑光学系後群側もLED光照射で極薄いクモリが皆無です。ご覧のように後玉がだいぶ奥まった位置に配置されている状態での4群5枚クセノター型光学系なので、ちょうどNikonのマクロレンズ「Micro-NIKKOR 55mm/f3.5」とは逆の考え方です。

↑10枚の絞り羽根もキレイになり絞り環共々確実に駆動しています。赤サビもほぼ完全除去できているので安心ですね (もちろん油染みは一切残っていません)。

この絞り羽根で一番怖いのが前述のとおり「キーの脱落」ですから (製品寿命に至るので)、絞り羽根が経年で汚れたり擦れたりしている事を気にしている人が居ますが、ハッキリ言って「互いに重なり合って擦れる環境」で設計されているのが絞り羽根ですから(笑)、経年の擦りキズを気にしたところで仕方ないと思います。

それよりも、メンテナンス時に絞り羽根を1枚ずつバラしてちゃんと洗浄しない整備者が居る事のほうが「おかしいんじゃない?」と言いたいですね。

何故なら、絞り羽根で一番先に錆びる可能性が高いのは「キー」であり、そのキーが打ち込まれている「」も必然的に酸化/腐食/錆びが生じます。その結果「キー脱落」に至るワケで、ちゃんと完全解体して洗浄せずに綿棒で拭くだけで済ませている整備は、いったい何の為に行っているのか意味不明な整備としか言いようがありませんね(笑)

絞り羽根が閉じる際は「完璧に円形絞りを維持」したまま閉じていきます。

ここからは鏡胴の写真になりますが、経年の使用感が僅かに感じられるものの当方にて筐体外装の「磨きいれ」を施したので大変落ち着いた美しい仕上がりになっています。「エイジング処理済」なのですぐに酸化/腐食/錆びが生じたりしません。

↑塗布したヘリコイドグリースは「黄褐色系グリース」の「粘性軽め」を使っています。このモデルのピントの山が掴み辛い部分を勘案してチョイスした粘性ですが、その分今度は絞り環側の操作性も十分に軽くする必要が生じてしまいました(笑)

結果、現状よりもう一つ粘性を上げれば (つまり重くすれば) 何も問題無いのですが、あくまでもピント合わせ時の「微動トルク」を最優先に考えて微調整しました。

従って、ピント合わせ後に絞り環操作して (クリック感を伴いながら) ボケ具合を調整すると、残念ながら距離環が微動してしまいます。しかし、当初に比較してだいぶ軽く仕上げたので「僅かに距離環を保持していればOK」くらいのトルクにしてあるので、操作性がだいぶ良くなったと思います。

若しくは前述のとおり「事前に絞り値を決めて撮影する」のであれば何も気にする必要はありません。

↑これで「直進式繰り出し方式」で設計されていればとても使い易かったのでしょうが、その分筐体外径が大柄になり、或いは筐体全高自体もだいぶ延びるのでコンパクトさを最優先して設計したのかも知れません (何故なら装着先がレオタックスだから)。

このモデルの登場が1954年なので、1955年辺り〜1958年の極短期間の為に市場流通数が 極端に少ないですが、大変素晴らしい描写性です。

無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

もちろん光学系の光路長調整もキッチリ行ったので (簡易検査具によるチェックなので0.1mm単位や10倍の精度ではありません)、以下実写のとおり大変鋭いピント面を確保できました。電子検査機械を使ったチェックを期待される方は、是非ともプロのカメラ店様や修理専門会社様が手掛けたオールドレンズを手に入れて下さい当方の技術スキルは低いのでご期待には応えられません

↑当レンズによる最短撮影距離1m付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

この実写はミニスタジオで撮影していますが上方と右側方向からライティングしています。その関係でフードを装着していない為に絞り値の設定によりハレ切りが不完全なまま撮影しています。一応手を翳していますがハレの影響から一部にコントラスト低下が出てしまうことがあります (簡易検査具による光学系検査を実施済で偏心まで含め光軸確認は適正/正常)。

↑絞り環を回して設定絞り値「f4」で撮影しています。クリック感を伴う絞り環操作ですが、絞り環は一段分ずつしか回りません。

↑さらに回してf値「f5.6」で撮った写真です。

↑f値は「f8」に変わっています。

↑f値「f11」になりました。

↑f値「f16」です。そろそろ「回折現象」の影響が現れ始めています。

 回折現象
入射光は波動 (波長) なので光が直進する時に障害物 (ここでは絞り羽根) に遮られるとその背後に回り込む現象を指します。例えば、音が塀の向こう側に届くのも回折現象の影響です。
入射光が絞りユニットを通過する際、絞り羽根の背後 (裏面) に回り込んだ光が撮像素子まで届かなくなる為に解像度やコントラスト低下が発生し、眠い画質に堕ちてしまいます。この現象は、絞り径を小さくする(絞り値を大きくする)ほど顕著に表れる特性があります。

↑最小絞り値「f22」での撮影です。ちょっと絞り環操作でピント位置がズレてしまったと思います (ピンボケになってしまった)。

大変長い期間に渡りお待たせし続けてしまい本当に申し訳御座いませんでした。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。