◎ YASHICA (ヤシカ) AUTO YASHINON DSーM 50mm/f1.4《富岡光学製》(M42)

(以下掲載の写真はクリックすると拡大写真をご覧頂けます)
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※解説とオーバーホール工程で使っている写真は現在ヤフオク! 出品中商品の写真ではありません

今回完璧なオーバーホールが終わって出品するモデルは、
ヤシカ製標準レンズ・・・・、
AUTO YASHINON DS-M 50mm/f1.4《富岡光学製》(M42)』です。


このモデルの扱い数は、9年間で僅か3本しか無く今回が4本目です。決して敬遠しているワケではなく、むしろいつも探索を怠らないモデルに入っていますが、実はこの当時の富岡光学製オールドレンズの多くのモデルで「光学系の状態が悪い」のがネックになっています。

【富岡光学製オールドレンズの光学系の問題点】
カビの発生に伴うクモリの発生状況
コーティング層経年劣化に伴うクモリの発生状況
貼り合わせレンズのバルサム切れ

もちろんこれらの問題点は他の光学メーカー製オールドレンズにも該当する内容ですが、特にこの当時の富岡光学製オールドレンズの現状として、これら3点について何かしら問題を抱えている個体が多いのが現実ではないでしょうか。

例えば、有名なモデルとしてROCOH製廉価版標準レンズの「XR RIKENON 50mm/f2 《前期型》(PK)」などが良い例になります。この「前期型モデル」は総金属製の最短撮影距離45cmになり富岡光学製です。しかし光学系の状態が悪い個体が多く、カビが発生していた場合は薄いクモリを伴う事が多く清掃しても除去できません。また特に後群側のバルサム切れが既に生じている個体が多いのが現実です。

今回扱うヤシカ製「DS-Mシリーズ」も例外ではなく、むしろ上記3点の問題が発生している個体は多めに感じており、それは市場によく出回る開放f値「f1.7」モデルを見ていると分かります。そして実際今回扱う開放f値「f1.4」モデルに関しては、今までに扱った個体全てに於いて上記3点の問題が生じており、残念ながら今回出品の個体もカビ除去痕が相当残っており、一部にはコーティング層経年劣化に伴う薄いクモリが視認できます

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今回扱う『AUTO YASHINON DS-M《富岡光学製》(M42)』は、当時1969年に発売されたヤシカ製一眼レフ (フィルム) カメラ「YASHICA TL-ELECTRO」用のセットレンズとして登場した標準レンズで、下位格モデルに開放f値「f1.7」も同時に発売されました。

しかし、マルチコーティング化したタイミングと他のヤシカ製モデルとのポジショニングに純粋な疑問が湧き出ました。

そこで当時ヤシカが発売した一眼レフ (フィルム) カメラの取扱説明書をチェックして、発売の時点で用意されていたオプション交換レンズ群のモデルを調べてみました。

【ヤシカ製フィルムカメラにみる交換レンズ群】
※各発売フィルムカメラの取扱説明書記載による

YASHICA PENTA J-4 (1965年発売):YASHINON-R
YASHICA TL SUPER (1967年発売):AUTO YASHINON-DX
YASHICA PENTA J-7 (1968年発売):YASHINON-R
YASHICA TL (1968年発売):AUTO YASHINON-DX
YASHICA TL ELECTRO (1969年発売):AUTO YASHINON DS-M
YASHICA TL ELECTRO X (1969年発売):AUTO YASHINON-DX
YASHICA TL ELECTRO X ITS (1970年発売):AUTO YASHINON (AUTO YASHINON-DX)
YASHICA ELECTRO AX (1972年発売):AUTO YASHINON-DS
YASHICA FFT (1973年発売):AUTO YASHINON-DS

ネット上ではAUTO YASHINON-DX/DSの相違点が「A/Mスイッチの有無」と案内されていることが多いですが (スイッチ装備がDX)、一部モデルはDSタイプでもA/Mスイッチを装備していました (例:広角レンズ24mmなど)。またそもそもDSの発売時期がDXと同じタイミングではなく、取扱説明書を見ていくと1970年代以前のフィルムカメラにはその交換レンズ群一覧にDSタイプの記載がありません。
(当時のレンズカタログをチェックしてもやはり記載無し)

さらにDX/DS共にモノコーティング仕様ですが、途中で発売されたマルチコーティングの「DS-M」は1969年に登場していながら()、その後のセットレンズは再びモノコーティングのモデルばかりに戻っています。しかもA/Mスイッチ装備のDXからDSにセットレンズの主体を変更しているので、何だかやっていることが当時の他社光学メーカーの動きとは逆のようにも見え、ヤシカが当時狙っていた商品戦略がよく分かりません(笑)

上記はいずれもマウント種別「M42マウント」に限定した調査ですが、後のヤシカで主流となるマウント種別「C/Yマウント」にまで焦点を広げると何かが見えてきたように思います。

1977年にヤシカから発売された自社初の「C/Yマウント」一眼レフ (フィルム) カメラ「YASHICA FR」に用意されていたセットレンズ、及びオプション交換レンズ群は全て「YASHICA LENS MLシリーズ」になります。

この「MLシリーズ」は全てのモデルがマルチコーティングです。

ところが、実はその2年前の1975年に旧西ドイツのZeiss-Ikonとの提携によりドイツ製CONTAXの後継機たる一眼レフ (フィルム) カメラ「CONTAX RTS」を発売しています。

当然ながらここで採用されたマウント種別が本家CONTAX規格を引き継いだ「CONTAX/YASHICAマウント (C/Y)」になるワケですが、用意されたセットレンズやオプション交換レンズ群も全てCarl Zeiss銘の「T*」でありマルチコーティングです。

旧西ドイツのZeiss-Ikonが1971年に光学製品の製産から撤退してしまい、ブラウンシュヴァイク工場を閉鎖したのが1972年です。その後日本の光学メーカーとの協業に目を付け旭光学工業に打診して眼鏡レンズの子会社を設立しています (カメラ関連製品の協業は拒否)。

ここで初めてヤシカが登場し提携により1975年の「CONTAX RTS」発売へと繋がります。

一方富岡光学の沿革を調べると、ヤシカへオールドレンズを供給しつつも経営難から1968年にヤシカに吸収合併されますが、その母体のヤシカさえも当時既に経営難に喘いでおり、ついに倒産により1983年には京セラに吸収され消滅していきます。富岡光学は「京セラオプテック」として京セラグループの子会社となり現存しています。

従って、これら当時の背景から今回の「DS-M」発売時点である1969年〜1973年は、富岡光学やヤシカは共に企業としての体力が既に低下していた時期だった事が伺え、せっかくマルチコーティング化に漕ぎ着けたにも拘わらず収益性の問題からモノコーティングのモデルばかりを主体にせざるを得なかった事が垣間見えます。

また息を吹き返したかの如くチャンスを得たのはまさに旧西ドイツZeiss-Ikonとの提携でありそこに活路を見出した匂いが漂っています。

実は、これら当時発売された一眼レフ (フィルム) カメラ変遷やオプション交換レンズ群を見るだけでなく、それらオールドレンズの内部構造を紐解くとさらに明確な背景が見えてきます。

左写真は1977年に登場した「YASHICA LENS MLシリーズ」のオールドレンズに数多く採用されている絞り羽根制御機構の設計ですが (鏡筒の裏側を撮影)、この機構部の設計概念が取りも直さず今回扱う「DS-M」そのモノなのです。

左写真は上位格「50mm/f1.4」なので、光学系有効面積を最大限採る必要性から絞り羽根制御環の制御方法を設計変更しています。

またさらに左写真はCONTAX版Carl Zeiss銘「T*」モデルの、同じく「50mm/f1.4」の絞りユニットですが、この設計概念は旧西ドイツのCarl Zeiss製モデル (つまり俗に言うところのAEGモデル) から引き継ぐ設計です (初期モデルのみ)。

これはおそらくパテントの問題から同一設計を余儀なくされたのだと推測できます。

いずれも1975年以降にヤシカが製産していた (つまりは富岡光学製) オールドレンズの設計概念を紹介しましたが、ヤシカ純正モデルには「DS-M」の設計思想が連綿と受け継がれていた事になりますし、同時に提携したCarl Zeiss製モデルはZeiss-Ikonの意向に添った設計を採っていた事も納得できます。

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上の写真はFlickriverで、このモデルの特徴的な実写をピックアップしてみました。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。

一段目
左端からシャボン玉ボケが破綻して背景の円形ボケへと溶けていく様をピックアップしています。光学系が6群7枚のウルトロン型構成なので、真円で明確なエッジを伴うキレイなシャボン玉ボケの表出が苦手です。それでも円形ボケをここまで残せるので収差の制御がよく考えられているモデルではないでしょうか。

二段目
収差ボケの乱れ方や滲み方も酷くなく大人しめの印象です。ピント面が「優しく柔らかく写る」のが特徴的で、カリカリの鋭いピント面だけを決して誇張しすぎず、それでいてマイルド感だけで終わらない素性の良さを感じます。この柔らかい雰囲気のピント面は、まさに今ドキの「インスタ映え」には非常に効果的な画造りを感じます。

三段目
人物撮影もリアル感よりもやはり優しい雰囲気のほうが強調されます。またダイナミックレンジが相当広いのでビミョ〜なグラデーション表現もそつなくこなし発色性の鮮やかさとも相まりインパクトのある写真を残せます。

光学系は6群7枚のウルトロン型構成ですが、基本となる4群6枚のダブルガウス型光学系に後群側に1枚追加して屈折率に余裕をもたせると同時に、第2群の貼り合わせレンズを分割させることで面数を増やして収差の改善を狙った設計です。

右図はカタログからのトレース図になりますが、ネット上の案内をチェックするとこのモデルは「酸化トリウム」を光学硝子材に含有した「アトムレンズ (放射線
レンズ)」との解説が多いです

たいていの場合「酸化トリウム」を光学硝子材に含有させているとなれば、右構成図で言えば第4群の貼り合わせレンズに、プラスして第5群の凸メニスカスにも含有させて屈折率を稼いでいるハズです。

実際に放射線量を実測しているサイトもあるので間違いなく「アトムレンズ (放射線レンズ)」なのでしょうが、この光学系に瓜二つのモデルがある事に思い至ります。

左写真は同じくヤシカ製の「C/Yマウント」である「MLシリーズ」から抜粋した「YASHICA LENS ML 50mm/f1.4」です。

掲載の光学系構成図とほぼ同一のように見えます。しかしこの「ML
シリーズ」が「アトムレンズ (放射線レンズ)」である認識が当方にはありませんし、実際今までに扱った個体のデータをチェックしても「黄変化」の記録がありません。

つまり当方は「MLシリーズ」のモデルには、その光学系の光学硝子材に「酸化トリウム」を含有していないとみています。そこでよ〜く光学系構成図を見ると、確かに第2群の曲率も厚みも異なりますし、第4群の貼り合わせレンズも違います。

従って「アトムレンズ (放射線レンズ)」と言われているのは「DS-M」だけのように考えていますが、今回バラしてみて再び「???」に陥ってしまいました(笑)

右図は今回バラして光学系を清掃する際にデジタルノギスで計測したスケッチ図です。何と光学系のカタチも曲率もサイズも全く異なる別モノでした。

そして決定的な相違点は「光学硝子レンズが一切黄変化していない」点です。つまり今回バラした個体に限って言えば「アトムレンズ (放射線レンズ) ではない」と言えます。はたして「酸化トリウム」含有の有無でモデルバリエーションが別れているのかも知れませんが、なにしろ当方での扱い数が僅か4本と少ないので結論できない状況です。

少なくともカタログ掲載の光学系構成図とは今回の個体の光学系が違う事が確認できました。

なお今回扱うモデルも『富岡光学製』と当方は捉えているのですが、そのように案内すると「何でもかんでも富岡光学製にしてしまう」とSNS等で批判対象になるようです(笑)

その根拠の基になるモデルがあり、レンズ銘板に刻印されている発売メーカー刻印以外に「TOMIOKA」銘を刻んでいるいわゆる「ダブルネーム」のオールドレンズが存在します。

AUTO CHINON 55mm/f1.4 TOMIOKA (M42)」の特異的な構造要素から判定しています (右写真は過去オーバーホールした際の写真)。

具体的には『富岡光学製』の構造的な要素 (特徴) として大きく3点あり、いずれか1点、或いは複数合致した時に判定しています。

M42マウントの場合に特異なマウント面の設計をしている (外観だけで判断できる)。
内部構造の設計として特異な絞り環のクリック方式を採っている (外観だけでは不明)。
内部構造の設計として特異な絞り羽根開閉幅調整方式を採っている (外観だけでは不明)。

上記3点は今までに2,000本以上のオールドレンズを扱ってきて、富岡光学以外の光学メーカーで採っていない設計なので『富岡光学製』判定の基準としています。

今回のモデル『AUTO YASHINON DS-M 50mm/f1.4《富岡光学製》(M42)』は上記判定のに適合しており、当時のM42マウント規格のオールドレンズ中で同一の設計仕様品は 存在しません (外観だけではなくバラした上での内部構造面から判断)。

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。内部構造や各構成パーツを細かく見ていくと、他の「DS-M」モデルと近似した状況なのが一目瞭然ですが、特に光学系設計の観点から必然的に影響を受けて、特に鏡筒周りの設計に一部相違があります。

実は、今回の個体は当初バラす前のチェック時点で、距離環を回すトルクが重すぎてとてもピント合わせできる状況ではありませんでした。さらに実際に実写してみると「甘いピント面」であり、とてもピントの山が掴める状態にありません (オーバーインフも2目盛分も狂っている)。さらにマウント面から飛び出ている「絞り連動ピン」の操作との連係も絞り羽根の動きが緩慢だったりします。

このような状況から大凡の推測は既についていましたが「過去メンテナンス時の組み立て状況と微調整に問題あり」とみていました。

そこで解体を始めると、ほぼ全ての締付ネジに「固着剤」が塗られており、且つ一部にはエポキシ系接着剤まで使って接着されています。マウント部内部の「捻りバネ」には故意に曲げ加工が施されており、且つ「絞り連動ピンの連係機構」の固定位置までワザと変えられていました。

これらの事柄からシロウト整備ではない「プロの手による整備」と推測できます (何故なら捻りバネのカタチをイジれるスキルはシロウトレベルではムリだから/向きを変える事でチカラバランスが崩れるから)。

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルはヘリコイド (オス側) が独立しており別に存在します。

絞り羽根には表裏に「キー」と言う金属製突起棒が打ち込まれており (オールドレンズの中にはキーではなく穴が空いている場合や羽根の場合もある) その「キー」に役目が備わっています (必ず2種類の役目がある)。製産時点でこの「キー」は垂直状態で打ち込まれています。

位置決めキー
位置決め環」に刺さり絞り羽根の格納位置 (軸として機能する位置) を決めている役目のキー

開閉キー
開閉環」に刺さり絞り環操作に連動して絞り羽根の角度を変化させる役目のキー

位置決め環
絞り羽根の格納位置を確定させる「位置決めキー」が刺さる環 (リング/輪っか)

開閉環
絞り羽根の開閉角度を制御するために絞り環操作と連動して同時に回転する環

↑6枚の絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させます。いとも簡単に絞りユニットを組み込み終わっているように見えますが、実はこのモデルは「高難易度」のモデルです。その理由がこの絞りユニットで一般的なオールドレンズとは異なる特殊な絞りユニットの設計を採っているからで、ここの微調整をキッチリできない限り「絞り羽根の開閉異常」に悩まされることになるからです。

従ってこのモデルのメンテナンスがちゃんとできたのかどうかで、ある程度技術スキルの判定ができたりします (単に組み上げるだけではなく微調整まで完璧にできている事が前提条件)。

↑完成した鏡筒をひっくり返して裏側 (つまり後玉側方向) から撮影しました。絞り羽根の制御系パーツが密集しています。「制御環」の途中に用意されている「なだらかなカーブ」に「カム」が突き当たる事で、その勾配によって絞り羽根の開閉角度が決まり「開閉アーム」が操作される事で設定絞り値まで絞り羽根が閉じる仕組みです。

なだらかなカーブ」の麓部分が最小絞り値側になり、勾配 (坂) を登り切った頂上部分が開放側に当たります (ブルーの矢印)。

連係アーム
絞り環と接続して設定絞り値を制御環に伝達する役目

カム
なだらかなカーブに突き当たる事でその勾配から絞り羽根の開閉角度が決まり伝達する役目

制御環
絞り環と連動して動き絞り羽根の開閉角度を制御している環 (リング/輪っか)

開閉アーム
マウント面の絞り連動ピンの連動して絞り羽根の開閉を行う役目

↑同じく鏡筒をひっくり返したままですが、別の角度から反対側を撮影しました。するとご覧のように「開閉アーム」に附随するスプリングが2本組み合わさってセットされています。

絞りユニットから一部が露出している「開閉環」と「位置決め環」に、それぞれ1本ずつのスプリングがセットされています (グリーンの矢印)。

このモデルで最も難易度が高いのがここの微調整になりますが、一般的なオールドレンズでは絞りユニット内の「位置決め環」側は固定であり、絞り羽根が刺さる場所を特定している設計を採っています。

ところがこのモデルでは上の写真のとおり「開閉環も位置決め環も両方ともスプリングのチカラで動いてしまう」設計を採っています。つまり絞り羽根は何処にも位置が固定されないまま制御されている事になりますね(笑)

この点を過去メンテナンス者は全く理解しておらず、デタラメな微調整を行い、おそらく単に組み立てただけの整備だったのではないかと考えています。従って「絞り羽根の開閉異常」を来たし、それをごまかす為にマウント部内部の「捻りバネ」のカタチを故意にイジって (曲げて) それらしく動くように処置していた事が明白です。

ロクなことをしません・・(笑)

上の写真で言えば、例えば「開閉アーム」が左側に操作された時、スプリングのチカラでい「位置決め環」が引っ張られることになります。しかしその「位置決め環」にはさらに長いスプリングが附随していて、同時に逆方向に引き戻すチカラを及ぼしています。

つまりこれら2本のスプリングの引っ張るチカラ (引張力) のバランスの中で「絞り羽根が正しく開閉する」よう微調整するのが、この絞りユニットの組み立て工程の難しさであり、それを過去メンテナンス者は執り行っていません(笑)

↑上の写真は完成した鏡筒を立てて撮影しました。解説のとおり鏡筒の上部には「絞り羽根開閉幅微調整キー」なる真鍮 (黄鋼) 製の小さな円盤がネジ止めされています。

するとこの「円盤状のキー」をよ〜く観察すると分かりますが、締付ネジが円盤の中心から外れた位置で締め付け固定しています。ブルーのラインで締付ネジの中心を示していますが、その中心に対して円盤はグルグルと上下左右に「ブレて回る」のが分かります (ブルーの矢印)。

ところが過去メンテナンス者はグリーンのラインで示した領域からハミ出た位置でこの「円盤状のキー」を締め付け固定していました。さらにここにエポキシ系接着剤を塗布してガッチリ固定していたワケです。

するとこのグリーンのラインの部分は鏡筒の上部の寸法なので、ここからハミ出ると「鏡筒自体が上下にズレた位置で固定されてしまう」ことになります。

何を言いたいのか?

つまり過去メンテナンス者はこの鏡筒の固定位置が上下方向でズレている事に気がつかないまま (グリーンのラインからハミ出ているまま) 光学系前後群をセットしてしまったので「必然的に正しい光路長に至らず甘いピント面に堕ちた」ワケです(笑)

過去メンテナンス時の不始末や、或いは「ごまかしの整備」はことごとく暴かれてしまいますね(笑)

これで当初バラす前の実写で「甘いピント面」だった因果関係が掴めました。

ちなみに、この「絞り羽根開閉幅微調整キー」を操作する事で鏡筒の位置を微調整して「絞り羽根の開閉幅 (開口部の大きさ/カタチ/入射光量) を微調整する仕組み」こそが富岡光学製オールドレンズ特有の設計概念であり、冒頭に挙げた根拠のになります (他社光学メーカーで同一の方式を採っていた会社は皆無)。

↑距離環やマウント部を組み付ける為の基台です。

↑真鍮 (黄鋼) 製のヘリコイド (メス側) を無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。

↑ヘリコイド (オス側) を、やはり無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルは全部で15箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

完成したヘリコイド (オスメス) をひっくり返して反対側 (つまり後玉側方向) から撮影しました。

ご覧のように両サイドに「直進キー」がセットされヘリコイド (オス側) に用意されている「直進キーガイド」の溝に刺さります。距離環を回すとこの「直進キーガイド (溝)」を直進キーが行ったり来たりスライドするのでピント合わせできる仕組みです。

↑完成したヘリコイド (オスメス) の内側に鏡筒をストンと落とし込んでから「締付環」で締め付け固定します (グリーンの矢印)。

↑こちらはマウント部内部の写真ですが、既に各構成パーツをとの外して当方による「磨き研磨」を終わらせた状態で撮影しています。当初バラした時はこのマウント部内部にまで「白色系グリース」が塗られており、経年劣化進行により「濃いグレー状」に変質していました。

↑取り外していた各構成パーツも個別に「磨き研磨」してセットします。今回のオーバーホールではこのマウント部内部にはグリースを一切塗りませんし、塗らずとも完璧に滑らかにスムーズに各構成パーツが駆動します。

マウント面から飛び出ている「絞り連動ピン」が押し込まれると (ブルーの矢印①) その押し込まれた量の分だけ「カム」が移動して () 弧を描いたアームが動き、先端にある「開閉爪」が動きます ()。この「開閉爪」が鏡筒から飛び出ている「開閉アーム」を操作するので、マウント面から飛び出ている「絞り連動ピン」の押し込み動作が伝わって具体的な設定絞り値まで絞り羽根が瞬時に閉じる仕組みですね。

すると、過去メンテナンス者はここに附随する「捻りバネ」のカタチをイジって故意に曲げてしまい反発力を変えていました (グリーンの矢印)。そうすることで鏡筒に附随している2本のスプリングのチカラバランスを上手くここで相殺させて「絞り羽根開閉異常」を改善していたようです。

しかし、本来そのような処置はこのモデルの製産時点では実施していません (つまりごまかしの整備)(笑)

従って今回のオーバーホールでは「本来あるべき姿」に再び戻してあげて、鏡筒に附随する2本のスプリングの適切なチカラバランスの中で反応するように微調整して、且つカタチを変えられてしまった「捻りバネ」も正しいカタチに戻してセットしました。

↑完成したマウント部を基台にセットします。このマウント部の締め付け固定には上の解説のとおり「皿頭ネジ」を3本均等配置で締め付けて固定しますが、過去メンテナンス者はここにもエポキシ系接着剤を塗って完全に固着させていました。

おかげでネジが外れず仕方なく「加熱処置」を行って何とか3本の締め付けネジを外しました。ところがネジを全て外したのにこのマウント部がビクとも動きません(笑) こういう場合たいていは接着されていることが多いので処置を施してマウント部を外した次第です。

時々こういう整備者が居るのですが「何でもかんでも締付ネジは全て固着させる」アホな考え方で整備しているヤツが居ます。ネジ頭の形状もネジの材質も一切考慮せずに片っ端に固着剤を塗りまくります。そして今回のように下手するとエポキシ系接着剤まで塗ってガチガチに固定しています。

それ程まで自分が整備した状態を経年で維持させたいと考えるなら、ではどうしてオーバーインフ量が2目盛分もズレていたのか? 或いは絞り羽根の開閉が緩慢に陥っていたのはどうしてなのか。もっと言えば「甘いピント面」にどうして気がつかなかったのか。

やっていることと結果が相反しており「完全固着」させている意味がそもそも理解できません。全ては思い込みだけで「締付ネジは固着させたほうが良い」或いは慣例でそのように処置しているワケで「原理原則」も理解しておらず「観察と考察」すらできていないクセに甚だ笑ってしまいます(笑)

こういう整備者が実ははいまだに・・居ますね(笑)

片っ端に光学系の締付環に反射防止塗料を塗りまくって、却って光路長に影響を与えてしまい鋭いピント面ではなくなってしまったオールドレンズを数多く見てきました。そういう整備者に限って「製産されてから相当な年数が経っているので仕方ない」などと公然と言い訳を言っている始末で(笑)、自分がやっていることとその結果が全く結びついていない話です。

今回の個体も、その類の整備者によって却って不始末なオールドレンズへと仕上げられてしまった可哀想な個体でした(笑)

↑ここの工程も冒頭に挙げた根拠のになり、富岡光学製を示す部分です。絞り環にセットされたベアリングがカチカチと填る先の「絞り値キー (溝)」が「指標値環側に用意されている」独特な設計概念を採っています (他社光学メーカーで同一の設計が存在しない要素)。

この当時の他社光学メーカーでは、絞り環の裏側グリーンの矢印の位置にベアリングを忍ばせてカチカチとクリック感を実現していたので、指標値環の固定位置に影響を受けずに組み立てできました。

富岡光学製オールドレンズはこの「指標値環」の固定位置をミスると「クリック感と実際の絞り値とがチグハグ」になってしまい、設定絞り値のどちらでクリック感を感じているのかが不明瞭になります (例:f4のクリック感なのかf5.6なのか分からない等)。そしてその微調整機能は「微調整キー」により行う事も、意外と過去メンテナンス時に蔑ろにされていたりする要素です (つまり微調整キーの使い方を間違ったまま平気で組み上げている)(笑)

↑「指標値環」をイモネジ (3本) で締め付け固定します (グリーンの矢印)。するとブルーの矢印で指し示しているとおり、基準「」マーカーに対して正しく設定絞り値のド真ん中にカチカチとクリック感を伴い小気味良くセットできるのが適正な状態です。

↑距離環をスリップ現象止めしてから光学系前後群を組み付けて無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行い、最後にフィルター枠とレンズ銘板をセットすれば完成です。

修理広告DOHヘッダー

ここからはオーバーホールが完了した出品商品の写真になります。

↑過去メンテナンス時の不始末は逐一改善し終わっているので(笑)、完璧なオーバーホールが終わっています。まさに「本来あるべき姿」に戻ったと言って良いでしょう。市場では滅多に見かけない (流通量が大変少ない) 当時のマルチコーティングかが成されたヤシカ製標準レンズ『AUTO YASHINON DS-M 50mm/f1.4《富岡光学製》(M42)』です。

当方の個人的な感想としては、同じヤシカ製「MLシリーズ」よりもボケ味などもまた一段と滑らかになるので「柔らかな印象の画造り」と評価しています。ピント面の解像度に拘るなら本家Planarも良いですし安めで「MLシリーズ」も選択肢ですが、逆の嗜好として「緻密ながらも柔らかさ」を強調したいならこの「DS-M」選びもまた写真ライフのレパートリーが広がると考えます。

その意味で実は結構キチョ〜なモデルだったりします(笑)

↑今までに扱った3本と同様、残念ながら今回の個体も光学系の状態があまり良くありません (今までの中では一番マシなレベル)。光学系内の透明度が高いレベルを維持していますが、第3群のコーティング層に経年劣化に伴う極薄いクモリが視認できます。どのような状態かと具体的に言うと「まるで木星のような模様の非常に薄いクモリ」に見えます。

また前玉表面にカビ除去痕が複数残っており光に翳すと視認できますが薄いクモリは附随していません。しかし後玉表面のカビ除去痕は薄いクモリが附随していないものの、相当多いので光源を含む撮影や逆光撮影時にはハロの出現率が上がったりする懸念があります。

↑上の写真 (3枚) は、光学系前群のキズの状態を拡大撮影しています。すべて極微細な点キズを撮っていますが微細すぎて全部写りませんでした。

↑パッと見ではとてもキレイに見えますが、ジックリ後玉表面を眺めると無数にカビ除去痕が残っているのが分かります。

↑上の写真 (3枚) は、光学系後群のキズの状態を拡大撮影しています。すべて極微細な点キズを撮っていますが微細すぎて全部写りませんでした。

【光学系の状態】(LED光照射で様々な角度から確認)
・コーティング劣化/カビ除去痕等極微細な点キズ
(経年のCO2溶解に拠るコーティング層点状腐食)
前群内:20点以上、目立つ点キズ:18点
後群内:20点以上、目立つ点キズ:20点以上
・コーティング層の経年劣化:前後群あり
・カビ除去痕:あり、カビ:なし
・ヘアラインキズ:あり(前後群内僅か)
・バルサム切れ:なし (貼り合わせレンズあり)
・深く目立つ当てキズ/擦りキズ:あり
(前玉中央辺りに微細な擦りキズ/2mm長数本あります/写真には影響なし)
・光源透過の汚れ/クモリ (カビ除去痕除く):あり
(コーティング層経年劣化に伴う非常に薄いクモリが第3群表面にあります)
・その他:光学系内は微細な塵や埃が侵入しているように見えますが清掃しても除去できないCO2の溶解に拠る極微細な点キズやカビ除去痕、或いはコーティング層の経年劣化です。
光学系内に「黄変化」は発生していません
・前後玉表面側に経年相応なカビ除去痕が数箇所残っておりLED光照射で微かに極薄いクモリを伴い浮かび上がります。特に後玉表面側はほぼ全域に渡りカビ除去痕が残っているので光源を含むシ〜ンや逆光撮影時には、ハロの出現率が上がる懸念があります。
(事前告知済なのでクレーム対象としません)
・光学系内のコーティング層には一部に拭き残しのように見えてしまうコーティング層経年劣化が線状に見る角度により光に反射させると視認する事ができますが拭き残しではありません。

↑6枚の絞り羽根もキレイになり絞り環共々確実に駆動しています。絞り羽根が閉じる際は「ほぼ正六角形を維持」したまま閉じていきます (極僅かに歪なカタチ)。

ここからは鏡胴の写真になりますが、経年の使用感が僅かに感じられるものの当方にて筐体外装の「磨きいれ」を施したので大変落ち着いた美しい仕上がりになっています。「エイジング処理済」なのですぐに酸化/腐食/錆びが生じたりしません。

↑【操作系の状態】(所有マウントアダプタにて確認)
・ヘリコイドグリースは「粘性:軽めと超軽め」を使い分けて塗布し距離環や絞り環の操作性は非常にシットリした滑らかな操作感でトルクは「普通」人によって「重め」に感じ「全域に渡って完璧に均一」です。
・距離環を回すとヘリコイドのネジ山が擦れる感触が伝わる箇所があります。
・ピント合わせの際は極軽いチカラで微妙な操作ができるので操作性は非常に高いです。
・絞り環操作も確実で軽い操作性で回せます。
・マウント面からの後玉突出量が最大で7.8mmあり特にM42マウントネジ端からは3.8mmあるのでボディ側マウント部内部の干渉などご留意下さい。
また絞り連動ピンを最後まで押し込んだ場合最低6.3mmの深さが必要になるのでご使用マウントアダプタのピン押し底面ての相性問題も事前告知済なのでクレーム対象としません。

【外観の状態】(整備前後関わらず経年相応の中古)
・距離環や絞り環、鏡胴には経年使用に伴う擦れやキズ、剥がれ、凹みなどありますが、経年のワリにオールドレンズとしては「超美品」の当方判定になっています (一部当方で着色箇所がありますが使用しているうちに剥がれてきます)。
当方出品は附属品に対価を設定しておらず出品価格に計上していません(附属品を除外しても値引等対応できません)。

↑前回このモデルをオーバーホール済でヤフオク! に出品したのが2016年なので3年が経ってしまいました。その間に何度も調達を狙いましたが、光学系の状態に納得できる個体がなかなかありませんでした。

光学系が残念ですが、それでも今まで扱った中では一番良い状態に入ります。逆に距離環のトルク感や絞り環操作は完璧な状態まで復元できていますから、操作性はだいぶ良くなっています。

光学系を光に反射させると見る角度によりご覧のように「グリーンパープルアンバー」の3色に光り輝きます。

 

無限遠位置 (当初バラす前の位置から適切に改善/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

もちろん光学系の光路長調整もキッチリ行ったので (簡易検査具によるチェックなので0.1mm単位や10倍の精度ではありません)、以下実写のとおり大変鋭いピント面を確保できました。電子検査機械を使ったチェックを期待される方は、是非ともプロのカメラ店様や修理専門会社様が手掛けたオールドレンズを手に入れて下さい当方の技術スキルは低いのでご期待には応えられません

↑後玉が上の写真解説のとおり突出量があるので、カメラボディ側マウント内の干渉などご留意下さいませ。またマウント面から飛び出ている「絞り連動ピン」が最後まで押し込まれている状態で計測すると、マウント面から「6.3mm」のサイズになるので、今ドキのデジカメ一眼/ミラーレス一眼にマウントアダプタ経由装着される場合は「ピン押し底面の深さ6mm」が必要になります。それ以下の深さのマウントアダプタの場合、正しく絞り羽根が開閉しない懸念が高くなります (つまりマウントアダプタとの相性問題)。

従って日本製ならRayqual製マウントアダプタ、或いは中国製ですがK&F CONCEPT製マウントアダプタなら適していると考えます。

↑当レンズによる最短撮影距離50cm付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

この実写はミニスタジオで撮影していますが上方と右側方向からライティングしています。その関係でフードを装着していない為に絞り値の設定によりハレ切りが不完全なまま撮影しています。一応手を翳していますがハレの影響から一部にコントラスト低下が出てしまうことがあります (簡易検査具による光学系検査を実施済で偏心まで含め光軸確認は適正/正常)。

↑絞り環を回して設定絞り値「f2」で撮影しています。

↑さらに回してf値「f2.8」で撮っています。

↑f値は「f4」に変わっています。

↑f値「f5.6」になりました。

↑f値「f8」です。

↑f値「f11」になります。そろそろ「回折現象」の影響が現れ始めています。

 回折現象
入射光は波動 (波長) なので光が直進する時に障害物 (ここでは絞り羽根) に遮られるとその背後に回り込む現象を指します。例えば、音が塀の向こう側に届くのも回折現象の影響です。
入射光が絞りユニットを通過する際、絞り羽根の背後 (裏面) に回り込んだ光が撮像素子まで届かなくなる為に解像度やコントラスト低下が発生し、眠い画質に堕ちてしまいます。この現象は、絞り径を小さくする(絞り値を大きくする)ほど顕著に表れる特性があります。

↑最小絞り値「f16」での撮影です。