◎ EASTMAN KODAK (イーストマン・コダック) Ektar Lens 47mm/f2(L39)

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この掲載はオーバーホール/修理ご依頼分に関するご依頼者様や一般の方々へのご案内です (ヤフオク! 出品商品ではありません)。
今回は当方での扱いが初めてのモデルなので記録の意味もあり無料で掲載しています (オーバーホール/修理の全行程の写真掲載/解説は有料)。
オールドレンズの製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。


今回扱うモデルは、引き続きアメリカはニューヨーク州ロチェスターに本社を置くEASTMAN KODAK (イーストマン・コダック) 社より1947年に発売された標準レンズ『Ektar Lens 47mm/f2 (L39)』です。

1941年の大戦勃発と同時にアメリカは自国内の全てのドイツ系企業を資産凍結し、政府によるAlien Property Custodian法執行に伴いニューヨークにあるE. Leitz社 (ドイツLeitz社のアメリカ支社) を政府管理下に置き、バルナックライカIIIaのコピーモデル開発/製産を指示しました。

同じ頃、ソ連のオデッサ出身で既に帰化していた米国人Peter Kardon (ピーター・カードン) が経営者となってPremier Instrument Corporationを立ち上げ、E. Leitzとの主契約を取りつけるとコピーライカの開発/製産に着手します (E. Leitz社は製産設備や設計/開発の技術的な問題から製産を断念)。

アメリカ陸軍との契約に至り陸軍仕様の「Military Kardon」を生産し供給しますが、当初6,000台の受注に対して初期納入時の正常使用可能な製品数は極端に少なく改良に窮したようです。すると陸軍の発注数は2,000台に減じられ、1945年に日本が敗戦し大戦が終結するとすぐに日本からのコピーライカ供給に陸軍は舵を切り替えた為、1945年の発注を最後に「Military Kardon」の製産は停止されました。
従って、最終的にアメリカ陸軍に納入された正常使用可能な製品数は僅か750台だったようです。

その後1947年には一部を改良して民生向け製品とした「Civilian Kardon」を発売しますが、日本製コピーライカとの競合に勝てず僅か1年で製産を断念しました (生産数2,000台未満)。その後1965年にはアメリカ政府が特殊用途の使用を前提とした (防護手袋による操作) −70度〜150度に於ける正常駆動可能なモデルの開発/製産 (200台) を指示しますが、間もなくPeter Kardonが死去しPremier Instrument Corporationのカメラ製産が終焉した為、コピーライカモデルKardonの歴史も終わりを迎えました。

Military Kardon/Civilian Kardon」共にセットレンズとしてKodak製Ektar 47mm/f2が標準レンズとして供給された為、Kardonカメラには必ずこのモデルが附随します (左は1948年当時の広告)。


上の写真はFlickriverで、このモデルの特徴的な実写をピックアップしてみました。
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※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。

光学系は典型的な4群6枚のダブルガウス型構成です。右図は今回バラして清掃時にデジタルノギスで計測してほぼ正確にトレースした構成図です (各硝子レンズのサイズ/厚み/凹凸/曲率/間隔など計測してトレースしました)。

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。内部構造が特殊なのとマウント種別「L39:ライカスクリュー」から距離計連動ヘリコイドを持つので、それら調整が特にKodak製オールドレンズとなると厄介です。また構成パーツの中で唯一「絞り環」だけがアルミ合金材で、他全て真鍮材なのでヘリコイドグリースの粘性も重要になってきます。

【当初バラす前のチェック内容】
 距離環を回す際のトルクが非常に重くピント合わせし辛い。
 鏡胴横に突出しているギア部の回転が硬い。
 光学系内の汚れ (特に前玉) が酷い。
相当なオーバーインフ状態 (距離環刻印距離指標値4目盛分手前)。

【バラした後に確認できた内容】
過去メンテナンス時に白色系グリース塗布。
グリースの経年劣化進行により粘性が消失。
絞り羽根の赤サビが酷い。

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルはヘリコイド (オス側) は独立しており別に存在します。

↑一般的なオールドレンズとは異質な絞りユニットの設計なので、最初絞りユニットを組み込むのにとても難儀しました (2時間がかり)。絞りユニットは後玉側方向からネジ込んでいく設計です (一般的なオールドレンズで多いのは前玉側方向から絞り羽根を組み込む設計)。

すると絞りユニットをネジ込んだ時、その位置が「絞り環との連係/絞り羽根開閉の為の空間/絞り環を回すトルク/光学系前群との距離」と4つの関係が生ずる為にネジ込み位置を確定させるのが大変だったワケです。一般的なオールドレンズでは絞りユニットの固定箇所がほぼ決まっているので、それほど難しいことが無いので今回の作業は大変だったワケです (過去メンテナンス時の絞りユニット固定位置だと絞り環操作が緩すぎ)。

↑完成した鏡筒を立てて撮影しましたが、ご覧のとおりとても小っちゃな大きさです。

上の写真では既に「鏡筒固定位置調整環」をセットしてありますが、Kodak製オールドレンズに多く採用されている「鏡筒の固定位置も可変」と言う設計概念を踏襲しています。

これがどんだけ厄介なのかと言うと、ヘリコイド (オスメス) 側の格納位置調整が必須なのに、プラスしてこの鏡筒位置まで調整する必要が生じるので、両方の位置調整を同時に進めなければ適正な描写性にならず (当然ながら光路長がズレる為) 相当「高難度」と言えます。

↑唯一のアルミ合金製絞り環を組み込みます。このモデルは手動絞り (実絞り) 方式の絞り環操作になります。

↑先に光学系前後群をセットしてしまいます。

↑光学系後群もセットしました。このモデルは鏡胴が「前部/後部」二分割なので、これで鏡胴「前部」の完成です。

↑こちらはマウント部ですが距離環やヘリコイド (オスメス) を内包する基台も兼ねています。

↑マウント種別が「L39」なので「距離計連動ヘリコイド」が存在する為、このモデルのヘリコイドは正しくは「内外ヘリコイド方式」のダブルヘリコイドになります (ヘリコイドが2セット存在し互いに連動して動く)。

内ヘリコイドにあたる「距離計連動ヘリコイド」には「外ヘリコイド」用のネジ山 (オス側) が用意されています。またグルッと全周を「ギア部」が囲んでいる変わった設計です。

↑「距離圏連動ヘリコイド」を無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません) し、もちろんフィルムカメラ側のファインダーで距離計連動が狂ってしまいます。

ご覧のとおり赤色矢印で指し示したように「歯車」が顔出しします。

↑鏡胴から飛び出ている「歯車」部分を撮影しましたが、既に当方による「磨き研磨」が終わっている状態で「歯車」部分も組み上げています。

↑反対側を撮影しましたが、こんな感じで「歯車」が二段で出ているのが分かります。

↑飛び出ている「歯車」部分を鏡胴にセットして回してみると、とても滑らかに軽いトルク感で小気味良く内部の「距離計連動ヘリコイド」が回転します。

↑さらに無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションで「外ヘリコイド筒」をネジ込みます。やはり最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。

この時内部に「直進キー」と言うパーツを1個だけ組み込んでいますが、この「直進キー」は前述の「距離計連動ヘリコイド」の駆動も同時に連係する設計なので「外ヘリコイド筒」を組み込んだ途端に飛び出ている「歯車」が硬くなって動かなくなってしまいました。

つまり内ヘリコイドである「距離計連動ヘリコイド」と鏡筒が入る先である「外ヘリコイド筒」の両方に対して「直進キー」が関わり、距離環を回した時のチカラが両方の内外ヘリコイドに伝わることで、それぞれが個別の繰り出し/収納動作をします。

何を言いたいのか?

このモデルは内外ヘリコイドが互いに逆方向でネジ込まれていくので、例えば無限遠位置の時「距離計連動ヘリコイド」は外れる方向で回転しているので最も突出した位置に飛び出てきます。しかしその時「外ヘリコイド筒」のほうは逆に最もネジ込まれた位置に格納している状態になっているので、この2つのヘリコイドが互いにどの位置の時に無限遠位置になるのか、或いは最短撮影距離位置なのか「原理原則」を熟知している人しか整備できません。そしてそれは前述の「直進キー」が上下動する時、いったいどの位置の時に無限遠位置/最短撮影距離位置なのかの相違にも繋がりますから「高難度モデル」と言えるワケです。

直進キー
距離環を回す「回転するチカラ」を鏡筒が前後動する「直進するチカラ」に変換する役目

↑距離環をネジ込んで鏡胴から飛び出ている「歯車」と正しい位置で噛み合わせます。この「歯車」との噛み合わせをミスると、必然的に無限遠位置まで到達せず手前で止まったりします (もちろん無限遠は出ない/合焦しない)。

この時の (距離環を回した時の) 動きを解説しています。距離環を回すと(ブルーの矢印①)同時に「歯車」も回転し ()、且つさらに同時に「外ヘリコイド筒」も繰り出し/収納動作をします ()。

従って、前述のとおり内外ヘリコイドの2つのヘリコイドシステムは「歯車」との噛み合わせがトルクに大きく影響し、同時にそれは鏡筒の繰り出し/収納にも関わってくるので「二方向のトルク調整」になると言えるワケで、このモデルの操作性を大きく左右する調整が必要だと言えます。

この後は完成している鏡胴「前部」を組み込んで無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行えば完成です。

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ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑無事に完璧なオーバーホールが完了しました。冒頭問題点ので距離環や「歯車」が重いのは、過去メンテナンス時に塗られた「白色系グリース」の経年劣化に伴う粘性消失が原因ですが、そもそも根本的に設計上チカラの伝達が「歯車」を介在させる考え方なので、そこで一部のチカラが消失します。つまり「滑らかな駆動」を妨げているのが「歯車」の存在とも言えます。

しかし、民生向けEktarレンズだけならともかく、どうして軍用にも供給されたKardonカメラにセットする標準レンズとして、このような「歯車による駆動方式」をKodakは採り入れたのでしょうか?

当時のライカ製オールドレンズの「L39マウント」モデルと同じように、純粋に距離環を回転させる際に操作する「ツマミ/ノブ」を用意すれば良かっただけのようにも思います。「歯車」が介在することで、例えば軍用レベルで考えると砂やチリなどの歯車機構部への侵入は防げないと考えられるので、むしろ距離環やヘリコイド (オスメス) 側に砂/塵が侵入しないような普通の「ツマミ/ノブ方式」のほうが操作性の良さも含め理に適っているように思います。

ワザワザ「歯車」を用意してきた概念がどうも理解に苦しみますね (いったい何のメリットがあったのか?)(笑)

↑光学系は第2群〜第4群までの透明度が高い状態なのですが、残念ながら第1群 (前玉) 表面の状態が酷く、特に中心部に円形状にコーティング層経年劣化が進んでおり白濁しています。中心部が最もクモリが酷く、外周に向かって拡散しているような状況なので、LED光照射では全面に渡るクモリに至っています。

当方にて「硝子研磨」を試みましたが、残念ながら前玉周辺部のクモリが減った程度で中心部は改善できません。光学硝子の研磨設備を有する整備会社での硝子研磨をお勧めします (もちろん研磨した後にコーティング層再蒸着も必要です)。

↑光学系後群側も特に第4群の後玉表面にカビ除去痕が複数残っています (一部に極薄いクモリを伴う)。

↑赤サビが相当生じていた絞り羽根はカーボン仕上げなのが影響していますが、可能な限り赤サビを除去しました (一部は除去しきれず残っています)。絞り羽根の開閉は大変滑らかで絞り環操作もスカスカにならないようトルク調整を施しています。

↑塗布したヘリコイドグリースは黄褐色系グリースの「粘性軽め」を塗布しましたが、鏡胴から飛び出ている「歯車」をセットしなければ大変軽いチカラだけで滑らかに動いてくれますが「歯車」を噛み合わせた途端に重くなります。

そうは言っても当初より大幅に軽いトルク感に仕上がっているので、特にピント合わせ時はむしろ「歯車」を回して微動させたほうがピント合わせし易いくらいの仕上がりです。距離環を回すと、どうしても「歯車まで回すことになる」ので重いトルク感になります。かと言って「歯車だけで回す」とピント位置まで距離環を到達させるのに相当回し続けることになるので疲れると思います(笑)

このモデルはピントの山が掴み辛い (分かりにくい) ので、距離環側でテキト〜な位置まで (重いトルク感ながらも) 回して、最後のピント合わせで「歯車の登場」が良いかも知れません (歯車による操作のほうがピント面の微調整には確かに向いている)。日本人が設計したのなら、そのようなピント合わせ時の操作性まで配慮してワザワザ「歯車による微調整」に拘ったと言えるかも知れませんが、そのワリにチカラ伝達経路の設計が大雑把なので(笑)、やはりアメリカ人らしさが伺えます。

歯車」を介在させた理由が謎のモデルです・・。

一応、距離環を回す時のトルクは「全域に渡り完璧に均一」に調整し仕上げていますが「歯車」との噛み合わせにマチが存在するので僅かにガタつきも残ります (設計上の仕様なので改善は不可能)。

↑当初のとてもピント合わせできないほどのトルクに比べれば格段に操作し易い状態に改善できています。それだけに前玉の状態が悔やまれますね(涙) なお製造番号からこの個体は1951年の生産品であることが判明しています。

鏡筒の固定位置を微調整したので (過去メンテナンス時の固定位置が適切ではなかった/その結果相当なオーバーインフ状態に陥っていた)、当初バラす前の実写チェック時よりも最終的な解像度が向上しています。前玉のクモリが影響しているのでコントラストが非常に低いですが、画像ソフトなどでコントラストをアップして頂ければ解像度が向上した (光路長が適正になった) 分、多少は普通の写真に近くなると思います。

無限遠位置 (当初バラす前の位置から調整/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。無限遠位置は当初相当なオーバーインフだったので短く調整しています。

↑当レンズによる最短撮影距離1m付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

この実写はミニスタジオで撮影していますが上方と右側方向からライティングしています。その関係でフードを装着していない為に絞り値の設定によりハレ切りが不完全なまま撮影しています。一応手を翳していますがハレの影響から一部にコントラスト低下が出てしまうことがあります。しかし簡易検査具による光学系の検査を実施しており光軸確認はもちろん偏心まで含め適正/正常です。

↑絞り環を回して設定絞り値「f2.8」で撮影していますが、フードが無いのでハレ切りが不十分です。しかし、そもそも前玉の状態が悪いのでコントラストの低下を招いています (解像度はちゃんと確保できています)。

↑さらに回してf値「f4」で撮影しました。

↑f値は「f5.6」に変わっています。

↑f値「f8」になりました。

↑f値「f11」です。

↑最小絞り値「f16」での撮影です。大変長い期間に渡りお待たせし続けてしまい本当に申し訳御座いませんでした。オーバーホール/修理のご依頼、誠にありがとう御座いました。