◎ A.Schacht Ulm (シャハト) S-Travegon 35mm/f2.8 R zebra(exakta)

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今回の掲載はオーバーホール/修理ご依頼分のオールドレンズに関する、ご依頼者様へのご案内ですのでヤフオク! に出品している商品ではありません。写真付の解説のほうが分かり易いこともありますが、今回に関しては当方での扱いが初めてのモデルでしたので、当方の記録としての意味合いもあり無料で掲載しています (オーバーホール/修理の全工程の写真掲載/解説は有料です)。オールドレンズの製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。

旧西ドイツのA.Schacht Ulmから1961年に発売された広角レンズ「S-Travegon 35mm/f2.8 zebra」です。鏡胴に絞り環操作に連動して動く「被写界深度インジケーター」を装備した大変ギミックなモデルで特異なデザインが目を引きます。このモデルは今回初めてバラしましたがインジケーターに使われているゲージの色合いが「赤色」ではなく「オレンジ」でした・・今までに数多くSchachtのオールドレンズをバラしましたがオレンジ色のインジケーターが使われていたのは今回が初めてです。

鏡胴に自動/手動スイッチ (A/Mスイッチ) が用意されているのでシャッターボタンは純粋にシャッターを押すためだけに用意されているexaktaマウントの個体になります。今回は特に不具合もなく (距離環にトルクムラ僅かにあり) オーバーホールを進めていくだけなのですがSchachtのモデルに限らず旧西ドイツ製オールドレンズは内部の構造化が複雑で細かいので難儀します。今回の個体もギミックな被写界深度インジケーターを装備しているのはとても魅力的なのですが、イザッ整備しようと考えると怖そうな気もします・・。

光学系は3群7枚のレトロフォーカス型になりますが、この当時レトロフォーカス型のオールドレンズが登場したのは1950年のフランスはAngenieux社から発売された「RETROFOCUS TYPR R1 35mm/f2.5」が世界初 (旧東ドイツのCarl Zeiss Jenaから発売されたFlektogon 35mm/f2.8は1953年の登場) でしたから、僅か10年足らずで大変コンパクトなモデルになって登場しています・・当時は銀色鏡胴のモデルが衰退し世界規模で流行っていたゼブラ柄に移行している途中ですから今回のモデルもなかなか素晴らしいデザインのゼブラ柄モデルです。ちなみに「こちらのページ」にFlickriverの実写を検索しましたので興味がある片はご覧下さいませ。

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。同じ旧西ドイツのCARL ZEISS製オールドレンズとは全く異なる考え方で設計されているのがSchacht製です・・その意味では一切模倣することをむしろ避けていたのではないかと考えられるほど独特な構造化です。

絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルではヘリコイド (オス側) は独立しており別に存在しています。

6枚のフッ素加工が施された絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させます。

この状態で鏡筒を立てて撮影しました (底面側が前玉側になります)。いきなし変わったパーツが登場しました・・歯車とギアらしきモノが備わっています。

このまま鏡筒の反対側を撮りました。反対側は他社光学メーカーと同じような構成パーツがギッシリ並んでいます。仮にマウントが「M42」だとしても、この鏡筒部分は全く同じ構造なのだと思いますが (バラしたことが無いので推測です)、絞り環からの設定絞り値に従って絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) を制御している「絞り羽根開閉幅制御環」が鏡筒の外周に位置しておりグルッと回るようになっています。

そのまま絞り環との連係をこの部分でさせてしまえば非常に簡単な構造になるのですが・・そこはさすがのSchachtです。ワザワザ「歯車とギア」を介在させて複雑化させているのが全く以て意味不明な設計です(笑) つまり絞り環との連係 (絞り環を回すことで設定絞り値にする絞り値の伝達) は「歯車とギア」部分で絞り環と連係しています。絞り環を回すとその分だけ歯車がクルクルと回ってギア部分を行ったり来たりしています。

こちらは距離環やマウント部を組み付けるための基台です。光学系がレトロフォーカス型なので光路長が必要な関係からとても奧が深い (厚みのある) 基台になっています。

この基台の内側に順番に構成パーツを組み込んでいきます・・組み込むのは「絞り環連係ベース環」「直進キー環」「ヘリコイド:メス側」の3つです。上の写真では「絞り環ベース環」が一番下に入っています。

基台の内側が見えるように撮影しました。またギアが現れましたが、この部分が前述の鏡筒に配置されていた「歯車」と噛みあいます。従って絞り環を回すとそのまま同時にこのベース環が回って、その回った距離分鏡筒の歯車がクルクルと回り位置がズレていくと言う仕組みです。他社光学メーカーでは単純に絞り環から1本の「アーム (棒だったり板だったり)」を延ばして鏡筒に伝達させています・・それで充分済みそうなのですが、どうしてこんなに複雑化させたのでしょうか???(笑)

おかげで、このベース環が回る「トルク」が影響することになりますし、もちろん絞り環からの負荷の影響も伝わってきます。そして歯車も含めたギア同士による負荷も加わってくるので本当に余計な負荷 (摩擦など) を一切排除していないと滑らかな駆動になっていきません。厄介な場所です。

ちなみに「直進キー」は距離環を回す「回転するチカラ」を鏡筒が前後動する「直進するチカラ」に変換する役目のパーツですが、こちらも「環状 (リング/輪っか)」の両サイドに直進キーが用意されているので、やはり円形状の負荷が架かってきます・・と言うことで、今回のこのモデルの整備に於いて一番厄介な調整箇所はいきなしこの「基台」と言うことになり、ここをクリアしない限り距離環のトルク云々などはどうでもいいくらいの山場です。

無事に基台の中に組み込みが終わって調整が完了しました。

絞り環の操作に連動して動く「被写界深度インジケーター」部分を組み付けていきます。実はこのインジケーターも「歯車とギア」のセットで構成されています。オレンジ色のインジケーターには「ラック (横長のギア)」が用意されており、上下のインジケーターの中心部 (上の写真では「」マーカーの裏側) に歯車 (ビニオン) が居るワケです。それで歯車によってインジケーターが左右均等に上の写真の緑色矢印のように開いたり閉じたりしています。

透明窓 (塩ビ製のシート) を再接着してキッチリと固定してからインジケーター部のカバーを被せて締め付け固定します。ギミックな「被写界インジケーター」部の完成です・・オモシロイので絞り環を回して遊んでしまいます(笑) 当初はぎこちない印象の動き方でしたがギア部分まで「磨き研磨」したくらいなのでとても滑らかな駆動になりました。バラした直後はこのインジケーター内部に白色系グリースがビッチリ塗られていたので前回メンテナンスは近年と言うことになります (数十年前ならば黄褐色系グリースなので)。しかしながら、今回のメンテナンスではグリースの類はこの部分には一切塗布していません・・それでも滑らかです。

もちろん鏡筒のギア部分にもグリースはご覧のように塗っていません (当初はここもグリースが塗られていました)。ここにグリースを塗りつけてしまうと絞り羽根の油染みを促しているようなものです。結果的には光学系のコーティング層劣化に結びついていきます。

こちらはマウント部内部の写真を撮りましたが既に各連動系・連係系パーツを取り外して当方による「磨き研磨」を終わらせた状態で撮っています。当初バラした直後は、それは相当な量の白色系グリースがこの部分には塗られていました。おそらく前回メンテナンス時には絞り連動関係のトラブルが生じていたのではないでしょうか・・?

外していた各連動系・連係系パーツも個別に「磨き研磨」を施して組み付けます。ご覧のようにここでも一切グリースは塗りません (ギアを装備したカムなどは両方とも赤サビが出るくらいにヒタヒタ状態だったのでキレイに磨いてあります)。自動/手動スイッチ (A/Mスイッチ) とは聞こえがいいですが単にレバーの動きを妨害しているだけの簡素な役目です。

完成したマウント部を基台にセットして鏡筒との連係を行い各部が問題なく駆動することを確認します。距離環を仮止めしてから光学系前後群を組み付けて無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認をそれぞれ執り行い、最後にフィルター枠とレンズ銘板をセットすれば完成です。

上の写真 (3枚) は、鏡胴のギミックな「被写界深度インジケーター」の動きを撮ってみました。マウント側には丸窓があり、そこにスイッチの設定状態を示す「AM」の表示がそれぞれ出てきます。

 

DOHヘッダー

 

ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

今回初めてオーバーホールしましたがとても貴重な体験でした。ありがとう御座います!

光学系内は残念ながら前群を解体できていません・・光学硝子レンズの固定環は外れたのですが肝心な硝子レンズ自体を抜き出せません。ビッチリと入っているのでムリに引き抜こうとするとコバ部分が破断するのでやめました。そのままの状態で前玉と中玉の清掃のみ実施しています。申し訳御座いません。

光学系後群は外せましたが貼り合わせレンズ (2枚の光学硝子レンズを接着剤を使って貼り合わせてひとつにしたレンズ群) なのでそのまま清掃しただけです。光学系内はコーティングスポットなどが見られますが透明度は高い部類ですから特に問題ないと思います。

6枚の絞り羽根もキレイになり確実に駆動しています。

ここからは鏡胴の写真になります。経年の使用感がほとんど感じられないとてもキレイに個体でしたが当方による「磨き」をいれてあります。Schacht製オールドレンズの場合は塗膜の成分が異なるためピカピカの状態には研磨できませんから、あまり変わっていません。

塗布したヘリコイド・グリースは「粘性:中程度」にしています。トルクは滑らかですがやはり僅かなトルクムラは残っています (解消できていません)。このトルクムラの解消はヘリコイドの位置と直進キーの位置がだいぶ離れているために来ている構造的な問題なので改善のしようがないと思います・・申し訳御座いません。もしもご納得頂けない場合はご請求額より必要額を減額下さいませ

ゼブラ柄のメッキ部分も塗膜が違うので今回は磨き込んでいません (軽く処置した程度です)・・剥がれてしまうからです。

当レンズによる最短撮影距離50cm附近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでベッドライトが点灯します)。

実写してみて感じたのですが、他のSchacht製オールドレンズと比較するとパッキリした印象の画造りで明らかに描写性が違うと思います。さらに特質だと感じたのは「艶やかな画」です。様々なオールドレンズでこの被写体のミニカーを撮っているのですが、こんなに艶やかに写るのは珍しいですね(笑) 何だか嬉しくなります。このモデルはもしかすると「硬質なモノ」・・例えばガラス越しの撮影とか金属質の被写体を含む撮影などすると独特な雰囲気を残せそうです。素晴らしいですね・・。

絞り環を回して絞り値「f4」で撮っています。

F値は「f5.6」になりました。

F値「f8」になります。

F値は「f11」で撮っています。そろそろ艶の感じが減っているでしょうか・・。

F値「f16」になりました。

最小絞り値「f22」になります。いつもながらお声掛け頂き今回もオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。