◎ KMZ (クラスノゴルスク機械工廠) HELIOS-44 58mm/f2 silver《初期型》(L39)

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kmz-old-logo今回の掲載は、オーバーホール/修理ご依頼分のオールドレンズに関するご依頼者様へのご案内ですので、ヤフオク! に出品している商品ではありません。写真付の解説のほうが分かり易いため掲載しています (オーバーホール/修理の全工程の写真掲載/解説は有料です)。オールドレンズの製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。

今回オーバーホール/修理のご依頼を承ったモデルが「HELIOS-44」銘で登場したのは1958年ですが幾度となく意匠の変更が繰り返され、また生産工場の移管も行われたためにモデルバリエーションは数種類顕在しています。

ロシアでは「工場」と言うと「専業工場」にあたり専門分野の製品ばかりを作っていますがKMZ (クラスノゴルスク機械工廠) は「工廠」の格付なのでメインは軍需品です。今回の個体はレンズ銘板のロゴマークに「右矢印」が附随しているので初期〜中期のロゴになりますが後期にはその矢印が消えています。KMZで生産された光学製品に附加されていたロゴマークなのですがプリズムに入る入射光をあしらったデザインになっています。

レンズ銘板に刻印されているロゴが生産工場を現しているのはロシア (当時はソビエト連邦/ソ連) が社会主義体制の国家であることが影響しています。「メーカー」と言う私企業の概念が無く企業はすべて国家に従属した「人民所有企業 (人民公社:VEB)」であるために特にオールドレンズの世界では同じモデルを複数の生産工場で生産していました・・それでは不明瞭なのでレンズ銘板に生産工場のロゴマークを刻印するようになっていたのです。

ちなみにこの生産工場の表記について時々ご質問頂くのでここで解説しておきます。KMZはロシア語のキリル文字「Красногорский Механический Завод」のアルファベットをそのまま英語表記にした「Krasnogorskiy Mekhanicheskiy Zavod」の頭文字を採って「KMZ」なので英語に翻訳した場合の「Krasnogorsk Mechanical Plant」の頭文字略号ではありません。よく誤解して英語翻訳と解説をしているサイトがあるので分からなくなってしまう方がいらっしゃるようです。

今回のモデル「HELIOS-44 58mm/f2」は当初KMZで生産されていましたが後にBelOMO (ベラルーシ光学機械連合) と言う共同体の中のMMZ (ミンスク機械工場)、他にバルダイ地方のJOV (ジュピター光学機械工場) の2つの工場に生産移管されています・・つまりレンズ銘板には3種類のロゴマークが使われています。各生産工場のロゴマークは次のようになります。

kmz-old-logo100-40KMZ (クラスノゴルスク機械工廠)


mmz-logo100-50MMZ (ミンスク機械工場)

valday-logo100-40JOV (ジュピター光学機械工場)

「HELIOS-44」に於けるモデルバリエーションは以下になります。
(※オレンジ色文字部分は最初に変更になった要素を表します)

he44kmzKMZ製:HELIOS-44 5.8cm/f2 (初期型)
筐体:シルバー鏡胴
指標値刻印:黒色
絞り羽根枚数:13枚
製造番号:000xxx、00xxx
その他:П刻印あり、最小絞り値「f22」と「f16」の2モデル顕在

he44kmz%ef%bc%9a%e9%bb%92KMZ製:HELIOS-44 58mm/f2 (初期型)
筐体:シルバー鏡胴 / 黒色鏡胴の2種類が登場
指標値刻印:黒色 / 白色
絞り羽根枚数:8枚
製造番号:0xxx
その他:П刻印なし、最小絞り値「f16」のみ

he44mmzMMZ製:HELIOS-44 58mm/f2 (初期型)
筐体:シルバー鏡胴
指標値刻印:黒色
絞り羽根枚数:8枚
製造番号:40xxx、50xxx、60xxx
その他:П刻印なし、最小絞り値「f16」のみ

he442mmz-zMMZ製:HELIOS-44 58mm/f2 (中期型:1970年〜)
筐体:黒色鏡胴にゼブラ柄ローレット
指標値刻印:白色
絞り羽根枚数:8枚
製造番号:xxx
その他:П刻印なし、最小絞り値「f16」のみ

he442%e3%82%ab%e3%83%a9%e3%83%bcKMZ製HELIOS-44-2 58mm/f2 (中期型:1970年〜1983年)
筐体:黒色鏡胴
指標値刻印:カラー
絞り羽根枚数:8枚
製造番号:00xxx、0xxx、xxx、90xxx
その他:後には製造番号がレンズ銘板から鏡胴に位置変更される

・・このような感じです。最後の中期型はこの他にも同様にMMZ製とJOV製が存在しており製造番号の先頭はバラバラの符番です。なおこれ以降製造番号は先頭2桁が生産年度を表していますが1988年〜1989年の2年間はMMZにて全く新しい設計のモデル「HELIOS-44-3」を発売しています。ちなみに例えば製造番号先頭「04xxx」は1964年で「004xxx」は1974年を表しているようです。1980年代にはこの後の派生系として自動絞りを採用した新設計の「HELIOS-44M (44K)」や「HELIOS-44M-x」などが各工場から登場します。

he582%e6%a7%8b%e6%88%90光学系は4群6枚のダブルガウス型で戦前ドイツのCarl Zeiss Jenaから発売されていた「Sonnar 5.8cm/f2」の光学系を模倣して再設計した製品でありネット上の解説では「ゾナーのコピー」と説明されていることが非常に多いです。従って「そのまんまコピー」と思い違いしている人が多いですがあくまでも光学系を模倣しただけで設計自体は全く別モノです (曲率も屈折率も違います)。

お話は違いますが、最近ヤフオク! に出品されているロシアンレンズで「メッキ仕様」なるオールドレンズが高額で出回っています。これは既存のオールドレンズに改めてクロームのメッキ加工を施した個体になりますが確かにとてもキレイに仕上がっています。しかし、問題なのは既存の個体の外装を簡易的な研磨だけでメッキを被せてしまっているので見ただけでも凹凸の鋭角さが失せています。一番分かり易い部分が鏡胴や距離環などの指標値刻印の部分で文字の刻印がメッキによって埋まっているので文字が薄くなっています。これは使用しているうちに容易に剥がれてきますので注意が必要です。つまり生産時のメッキが施されていない状態でクロームメッキを被せ居てるワケではない (あくまでも上から被したメッキ) ので違いが明らかになってしまいます。その辺のメッキ加工を施した経緯や注意を一切記載せずに日本国内でもヤフオク! などで出品されているワケで出品者のモラル意識が疑問視されますね・・。

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オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

he44100211ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。基本的にロシアンレンズは環 (リング/輪っか) の集合体でありイモネジ (ネジ頭が無くネジ部にいきなりマイナスの切り込みを入れたネジ種) を使ってそれぞれの環を固定していく方式を採っています。

he44100212絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルでは鏡胴は「前部」と「後部」の二分割なのでヘリコイド (オス側) は鏡胴「後部」に配置されています。

he441002138枚の絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させます。この当時はまだ絞り羽根がカーボン仕上げの加工になっていました (後にはフッ素加工)。今回の個体はそれほど酷い油染みにはなっていなかったので絞り羽根にはサビなどが生じていませんでした。とてもキレイな絞り羽根です。

he44100214こちらは先の鏡筒の上に位置する絞り環の機構部になりますが、今回のオーバーホールでは一部の環が完全に固着しておりバラすことができませんでした。当初絞り値と絞り環との位置ズレが発生していたので、この部位の各環の固定位置が正しければ問題ないのですが・・どうでしょうか。

ちなみに上の解説のとおりイモネジの下穴が予め用意されているのがオリジナルの状態なのですが、実は今回の個体には下穴が全部で「6箇所」用意されていました。オリジナルの状態は「3箇所」でのイモネジによる締め付け固定ですから余計に3箇所下穴が空けられてしまっています。さらによく観察すると写真左側に位置しているイモネジをネジ込んだ痕跡がありました (つまり合計6箇所分が増えていた)。

これらの事柄は何を意味しているのか・・? 過去のメンテナンスでテキト〜な位置で絞り環を固定していたことが判明してしまいます。正しい位置は1セット (つまり3箇所の下穴) のみです。どうしてそのようなテキト〜な作為をするのか? それはこのモデルの鏡胴が二分割になっており、且つ鏡胴「前部」がネジ込み式で鏡胴「後部」にセットされる仕組みだからです。つまり鏡胴「前部」をネジ込んでいった時に鏡胴「後部」の基準「Ι」マーカー位置とズレてしまったので合わせたのでしょう。ところが絞り環の固定位置を「Ι」マーカーに合わせたにしても肝心な内部の機構部の環が位置ズレしたままですから当然ながら絞り値と絞り羽根の開閉幅 (閉じる際の開口部/入射光量) が一致しません。今回のオーバーホール/修理ご依頼の内容はまさしくそのことでした。いわゆるオークションなどで落札者に届いた時点に問題無さそうに動いていれば良い・・程度の感覚で酷いメンテナンスを過去に施してしまった結果の症状です。

特に海外オークションのebayなどでは気をつけないとイケマセン (最近はヤフオク! でもヤバいですが)。キャンセルや返品したいと言っても「数十年の時間を経たオールドレンズなのだから」となかなか返品に応じてくれませんし、最近ではデジカメ一眼やミラーレス一眼などにマウントアダプタ経由装着することが多くなりましたから、そのマウントアダプタとの相性のせいにされてしまうことも多いようです。そうやって何とか返品を逃れようとしている出品者が多いですがヤフオク! の場合にはもっと酷いです・・ノークレーム・ノーリターン、或いは「NC・NR」などと記載されていることもあります。現物を確認して手に入れることができないネットオークションに於いて手元に届いた現物に対して出品者とのやり取りを一切排除した「出品者優先」「売りッ放しありき」と言う概念が罷り通っており、さらに酷いことにそれをオークションシステムの提供側企業が黙認しているという企業姿勢の酷さです・・ヤフオク! のことですよ。その意味では、まだ海外オークションのebayのほうが出品者との交渉を義務づけているシステムなので良心的です。日本人もそろそろグローバルな思考に立ってヤフオク! の企業姿勢を糾弾しましょう・・と言いたいですね。もちろん当方は「転売屋」のひとりであり出品者でもあるのですが可能な限り返品の要請には応じているつもりです (少なくともNC・NRは許せません)。落札者/出品者共にモラルが必要だと強く感じますね・・。

he44100215オリジナルの下穴だろうと考えられる箇所に目星を着けてプリセット絞り環をセットします。正しいかどうかは最後に鏡胴「後部」にネジ込んでみなければ分かりません。

he44100216ここで光学系前後群を組み付けます。

he44100217絞り環をやはりイモネジ (3本) を使って締め付け固定します。ロシアンレンズを整備していると多いのですが過去のメンテナンス時にイモネジを潰してしまっている個体が多いです。そもそもイモネジの材質 (合金の成分) としての信頼性が低いのがマズイのですが、それを鑑みても過去のメンテナンス時に必要以上のチカラで強く締めつけてしまっているのが問題です。イモネジには必ず下穴が必要であり、その下穴にイモネジが入れば目的は達成します。強く締めつけてしまうことでロシアンレンズの場合は筐体のアルミ材自体が薄く弱いので容易に膨張してしまいトルクムラや組み付け不良を併発してしまいます。「ネジだからすべて強く締めつける」と言う考え方はそもそも思い込みでありネジ種にあった締め付けが必要です。

ここの工程ではイモネジ1本が足りなかったので当方にて代用のイモネジを調達しています。これで鏡胴「前部」が完成したので、この次は鏡胴「後部」の組み立てに入ります。

he44100218こちらはマウント部になります。

he44100219先にヘリコイド (オス側) にメス側をネジ込み無限遠位置のアタリ付けを終わらせておきます。これは「制限キー」と言う金属製の突起棒 (シリンダーネジ) を上下の2箇所にネジ込んでヘリコイドが必要以上に回らないようにしてある仕組みです。つまり無限遠位置の調整は距離環の組み付け時には一切考慮されておらず (無限遠位置調整機能が無い) ヘリコイドのネジ込み位置で無限遠位置も決まってしまいます。従ってこの時点でネジ込み位置をミスれば最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻ることになります。

he44100220マウント部とヘリコイド部を合体させます。こちらも絞り環の部位と同様にイモネジの下穴がオリジナルの「3箇所」以外にもう2セット分用意されていました (つまり前部で9箇所)。やはり過去のメンテナンス時にはテキト〜な位置で距離環を固定していたようです。どうしてオリジナルの下穴の位置が分かるのかと言うと、ヘリコイドを回していって無限遠位置 (或いは最短撮影距離の位置) と考えられる場所でヘリコイドが止まることを理解しているからです。その原理原則が理解できていないままバラす際にマーキングなどを施して組み上げてしまうから再び無限遠位置が適正ではないオールドレンズとして仕上がってしまいます・・すると個体の問題などと言ってそのまま平気で出品してしまったりするワケですね。

he44100221指標値環をイモネジ (3本) で締め付け固定してから距離環をセットして鏡胴「前部」をネジ込み無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認をそれぞれ執り行えれば完成です。なお、距離環の固定でも使われていたイモネジ3本のうち1本が内部のヘリコイド用 (ベース環用) でしたので距離環側のイモネジを当方にて1本調達しています。

 

DOHヘッダー

ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

he4410021当方ではこのシルバー鏡胴の初期型KMZ製「HELIOS-44」は初めてでしたので内部構造を知ることができました。この場を借りてご依頼者様にお礼申し上げます。

he4410022光学系内は経年の揮発油成分に拠って非常に薄いクモリが生じていましたがキレイになりとても透明度の高い状態に仕上がりました。上の写真は中玉にある「気泡」をワザと撮っていますが微細なモノまで含めると全部で「7点」の気泡が入っていました。撮影には影響しないので気にされる必要は御座いません。当時の光学メーカーは光学硝子材が規定の高温を一定時間維持した「証」としてこれらの「気泡」を捉えており正常品としてそのまま出荷していました。

なお、第1群 (前玉) と第4群 (後玉) の光学硝子レンズ切削断面部 (コバ部分) に内面反射防止の塗装が施されていなかったので当方にて「コバ着色」しています。また第2群と第3群の貼り合わせレンズ (2枚の光学硝子レンズを接着剤を使って貼り合わせてひとつにしたレンズ群) もコバ塗膜が薄くなっている箇所が多かったので、やはり着色しています。これにより実際の撮影に於いて低コントラストに偏ってしまうのを防ぐことができています。

he4410029光学系後群もキレイになりました。特にこの後群 (第3群) に頑固な揮発油成分が附着しており1回の清掃だけでは除去できませんでした。

he44100238枚の絞り羽根もキレイになり確実に駆動 (円形絞り) しています。

ここからは鏡胴の写真になります。経年の使用感が感じられる個体ですが筐体は当方による「磨き」をいれたので当時の輝きに近い艶めかしく美しい光彩を放っています。

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he4410027塗布したヘリコイド・グリースは「粘性:軽め」を塗っています。当初「粘性:中程度」を塗ったところピント合わせ時に操作性が悪いと感じたので再度バラして一旦グリースを落とした上でヘリコイド・グリースを再塗布しました。トルク感としては少々軽めに感じますが、このモデルはピントの山が分かり辛いのでワザと軽めに仕上げています。

he4410028前述の解説のとおり今回の個体は鏡胴「前部」を鏡胴「後部」にネジ込むとキツくシッカリと固定した状態では絞り環の位置が回りすぎてしまい「」マーカーが約1.5cmほど「Ι」マーカーより先まで越えてしまいます。過去のメンテナンス時にはそのまま絞り環と距離環の位置をズラしてイモネジで固定していたようですが、それはオリジナルの固定位置ではないので今回は正しい位置でそれぞれ固定しています。従って本来ならば絞り環の位置がズレてしまうのですが鏡胴「前部」を鏡胴「後部」にネジ込む際に「固着剤」を流し込んでネジ込みました。上の写真のとおり基準位置がピタリと合致していますがフィルターを装着する際に必要以上に固くネジ込んでしまうと外す際に一緒に鏡胴「前部」が回ってしまう懸念がありますのでご留意下さいませ。適度な強さでフィルターはネジ込んで頂くようにお願い申し上げます (キツくギュッギュッとフィルターをネジ込まないでください)。なお、無限遠位置は当初の位置のままで組み上げています (ほんの僅かにオーバーインフです)。

he44100210当レンズによる最短撮影距離50cm附近での開放実写です。当初の試写ではもう少しコントラストが低い印象でしたのでほんの少しで申し訳御座いませんが改善できたでしょうか・・今回のオーバーホール/修理ご依頼誠にありがとう御座いました。