◎ Meyer-Optik Görlitz (マイヤーオプティック・ゲルリッツ) Primoplan 58mm/f1.9 V《前期型ーI》(exakta)

(以下掲載の写真はクリックすると拡大写真をご覧頂けます)
写真を閉じる際は、写真の外 (グレー部分) をクリックすれば閉じます

オーバーホール/修理ご依頼分ですが、当方の記録用として掲載しており
ヤフオク! 出品商品ではありません (当方の判断で無料掲載)。
(オーバーホール/修理ご依頼分の当ブログ掲載は有料です)


今回完璧なオーバーホールが終わってご案内するモデルは、旧東ドイツのMeyer-Optik Görlitz製標準レンズ『Primoplan 58mm/f1.9 V《前期型-I》(exakta)』です。

今回の扱いが累計で11本目にあたりますが近年市場価格が高騰し、なかなか手が出せなくなっているモデルの一つです。海外オークションebayでは、光学系の状態に拘らなければ3万円台
〜5万円台で流通しており、光学系の状態が良い個体を手に入れようとすると6万円台〜10万円辺りまでがターゲットになります。

そんな中で今までに扱いの無いモデルバリエーション「前期型-I」を今回オーバーホール/修理ご依頼頂き、貴重な機会を得ましたことお礼申し上げます。ありがとう御座います!

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近年市場で価格高騰している人気の秘密は、卓越したライカレンズのような描写性能ではなくむしろ残存収差の影響をふんだんに受けた (当時は一切評価されていなかった) バラエティ豊かなボケ味にあるのではないかと考えます。

その意味で、このPrimoplanは当時の標準レンズとしては確かに開放f値「f1.9」と明るい高速レンズなのでしょうが、競合他社モデルの中にあって特に秀でていたとは言い難いと言えるのが現実的な当時の評価だと思います。それが近年このように市場価格が高騰してしまった背景は「インスタ映え」なのか、或いはカメラボディ側のミラーレス一眼化が進みフルサイズで様々なオールドレンズの描写性を堪能できる環境が整ったからとも言えます。

すると、その残存収差の影響を受けたボケ味の中で、いったい何がそんなに評価されているのか (人気があるのか) と言う疑問が湧いてきます。その最大の火付け役となったボケ味が「シャボン玉ボケ」です。世間では単に「バブルボケ」と呼ばれ、その一言だけで済ませていますが新人類世代の生き残りたる天の邪鬼な当方はそれをヨシとしません(笑)

【当方で表現してる円形ボケ】
 シャボン玉ボケ
真円で且つエッジが非常に繊細で明確な輪郭を伴うまさにシャボン玉のような美しいボケ方
 リングボケ
ほぼ真円に近い円形状でエッジが明確ながらもキレイではない (骨太だったり角張っていたりの) ボケ方
 玉ボケ
円形状のボケが均等に中心部まで滲んでしまいノッペリしたボケ方 (イルミネーションの円形ボケのようなイメージ)
円形ボケ
その他歪んだりエッジが均一ではない、或いは一部が消えていく途中のボケ方 (円形状ボケの総称の意味もある)

一般的には上記の円形ボケ全てを一括りで「バブルボケ」と表現して終わってしまうのでしょうが(笑)、実はMeyer-Optik Görlitz製オールドレンズ (の中で特に3群3枚のトリプレット型光学系を実装したTrioplanシリーズなど) に共通する描写特性として、非常に特徴的な「シャボン玉ボケ」が表出することから近年市場価格の高騰を招いたのではないかと考察しています。

つまり単なる「バブルボケ」と表現してしまうと全くMeyer-Optik Görlitz製オールドレンズたる描写特性を表すことができませんが、非常に繊細なエッジで表出する真円の円形ボケが「まさにシャボン玉のよう」であるが故の「シャボン玉ボケならば、それは様々なオールドレンズで表出できるのかと言えば、一部のモデルだけに限定される特徴だからこそMeyer-Optik Görlitz製オールドレンズの人気集中が納得できるのではないかと考えます。

その中で、このPrimoplanは「シャボン玉ボケ」のみならず残存収差の影響を受けた数多くのボケ味を堪能できる、おそらくMeyer-Optik Görlitz製オールドレンズの中で代表格たる標準レンズとしての要素を秘めているのではないかと評価しています (つまりボケ味の引き出しがとても多いモデル)。

例えば、今ドキのデジカメ一眼/ミラーレス一眼にマウントアダプタ経由装着するなら、OLYMPUSやPanasonicのカメラボディを使ってマイクロフォーサーズ (m4/3) マウントによる撮影をすると35ミリ判換算2倍の焦点距離に至るので、Primoplanも116mmの換算になってオリジナルの状態で表出している「シャボン玉ボケ」はさらに大型に変化します。
(オリジナルではこぢんまりした大きさしか表出しない)

その時に「シャボン玉ボケ」の美しさを問うなら、ピント面がどれだけカリカリに鋭いのかが問題になってくるので (シャボン玉ボケ境界のエッジが強調されるから) 光学系の基本性能 (設計) が重要な要素になってきますね。するとこのモデルはピント面の鋭さも然ることながら、自然で違和感の無い滲み方をしつつもピント面をインパクト豊かに残す特徴があるので、それがそのまま「シャボン玉ボケ」の美しさへと繋がります。もちろんそうは言っても中望遠レンズたる「Trioplan 100mm/f2.8 V」に勝る繊細で美しい「シャボン玉ボケ」を表出させるのは叶いませんが

また逆に焦点距離はオリジナルそのままでもヘリコイド式マウントアダプタを使う事で、本来の光学設計を逸脱した (収差の影響を大きく受けた) 別次元のボケ味を近接撮影で愉しむのもアリです。一部のヤフオク! 出品者の出品ページではヘリコイド式マウントアダプタとの併用で「美しいバブルボケを実現」と謳っていますが、あくまでも光学設計を逸脱した近接撮影なのであり、そのオールドレンズの描写特性を引き継いだまま (そのままに) 近接撮影でバブルボケが出てくるワケではありません。あたかも低コストに「シャボン玉ボケ」を体現するが如く (売りたいが為に) 紛らわしい誇張的な表現で謳っていますが、決して惑わされぬようご注意下さいませ。

シ〜ンによってデジカメ一眼/ミラーレス一眼のカメラボディも複数のマウント種別を用意すると (例えばサブ機として安い中古を手に入れるなど) マウントアダプタ自体の価格が低価格である分、一つのオールドレンズの使い道も広がると言うもので、本当にオールドレンズは楽しいですね(笑)





上の写真はFlickriverで、このモデルの特徴的な実写をピックアップしてみました。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。

一段目
左端から順にシャボン玉ボケが破綻して円形ボケへと変わっていく様をピックアップしました。特に左端の細く繊細なエッジを伴う真円の円形ボケを指して「シャボン玉ボケ」と当方は定義しています。

二段目
左端の1枚目は光学系が4群6枚のダブルガウス型構成ではないのに、まるでその特徴たる美しいグルグルボケが背景に出ています。また2枚目の背景ボケは、まるで燃え上がるかのような「火焔ボケ」と当方では呼んでいます。3枚目はピント面のエッジに「二線ボケ」が憑き纏い、最後の右端は背景ボケが液体のようになる「液ボケ」と呼んでいます。

三段目
これが当方にとっては堪らないボケ味なのですが(笑)、左からの2枚は「油絵風」と定義しており、特に2枚目の写真はそのモノのように見えてしまいます。また残りの2枚は「水墨画風」と呼んでいますが、一番右端はビミョ〜なト〜ンの違いをシッカリ写し込んでいるところがさすがです。実はこの階調表現の素晴らしさを示しているのが次の四段目の写真です。

四段目
左端の2枚はダイナミックレンジを示す写真としてピックアップしました。明暗に至るまで階調幅が広いのですが、暗部が突然ストンと堕ちて黒潰れします。それがギリギリのところで潰れているのが何ともビミョ〜なニュアンスとして写真に効果を現しているのではないかと考えています。3枚目は被写体の材質感や素材感を写し込む質感表現能力の高さを表しますし、最後の右端はポートレートレンズに匹敵するほどに非常にリアルな人物撮影をこなしています。

五段目
左端からの2枚は絶妙なボケ味 (残存収差) から「空気感/距離感」を留める写真としてピックアップしました。単に背景ボケがこのように滲めば良いのではなく、何かしら複数の要素が相まり立体感を醸し出しているワケで、どんなオールドレンズでも必ず表現できる要素ではないと思います。

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このモデルの光学系をネットで検索すると「変形エルノスター型」と案内しているサイトが多いですが、当方の考察では純然たる唯一無二の独自光学系として「プリモプラン型」と定義しています。

その理由は、仮にエルノスター型の発展系として捉えるならば「絞りユニットの配置が道理に合わない」点が納得できません。

オールドレンズの光学系内に入ってくる入射光は、例えばプリズムを透過させると上の図のように「連続スペクトル」として虹色に分光します (上の図は太陽光をプリズム透過した場合)。すると「紫色」の外側が「紫外線」であり反対の「赤色」側は「赤外線」ですね。

光は「波長 (波動)」なので、その波長の周期相違がある為に到達するまでの時間に違いがあります。また光学硝子レンズを透過する際の屈折率の相違として現れます。つまり「紫色」側の周期が短いので (短波長) 先に到達してしまい (高屈折率)、その後から長い周期の (長波長)「赤色」側が到達します (低屈折率)。すると結像面に対して合焦していく時、周期の相違から光軸上の結像位置に各色でズレが生じるので「色収差 (軸上色収差)」と呼んだりしています。例えば、絵の具を各色全部混ぜ合わせると黒色に近い色になってしまいますが、この時合焦点に滲んだように紫〜赤色までの色がズレて周囲に影のように写ります (色ズレ)。

↑上の図は、光学硝子レンズに左側から入射光が入る時、被写体の像面が右端に結像することを示していますが「絞りユニット配置の相違」により光学硝子レンズを透過する際の位置が異なる点を指摘したイメージ図です。

絞りユニットを光学硝子レンズの直前に配置したブルーの矢印①の時と同じ大きさで像面を得ようとすると、光学硝子レンズの後側に絞りユニットを配置した時の位置は、の時と同じ距離にならず、且つ入射光の光学硝子レンズ透過位置も変化してきます (同一の像面を得ようとするとでは光学硝子レンズの中心から外れた入射光が必要になってくる/絞りユニットの径自体も違ってくる)。従って絞りユニットの配置を変えると光学硝子レンズを透過した入射光への各収差の影響度合いも変化する (光学硝子レンズ以外の空間域の長さ増減でも収差は変化する) と考えられるので、光学系の構成を考える時単純に各光学硝子レンズの配置やカタチが近似していれば、絞りユニットの位置を無視して考えても良いとは思えません

入射光が光学硝子レンズを透過する時、この2つの問題 (波長の相違/絞りユニット配置の問題) を考慮する必要があると考えます。

左写真は今回のモデルが一番最初に開発された際の特許概要で1936年の申請/認可になります。モデルバリエーションで言えば「戦前型」にあたるワケですが最後の「後期型−III」に至るまで、光学系構成の基本概念は変化していません。

右図はこの「戦前型」の光学系構成図をトレースしたものです (最短撮影距離70cm)。


一方、左写真は現在のMeyer-Optik Görlitzのサイトに掲載されているこのモデルの構成図で、モデルバリエーションで言えば「後期型−II」にあたります (最短撮影距離75cmのタイプ)。

今回の個体「前期型−I」は最短撮影距離が75cmに延伸してしまった関係から (戦前型は最短撮影距離:70cm) 光学系の再設計が行われており、右図になります。

この光学系はその後「前期型-II後期型-II」まで踏襲され続けますが、途中「後期型-I」で一度光学系を再び再設計しているかも知れません。
(扱いが無いので現状不明のまま)

さらに最後期に発売された「後期型−III」では最短撮影距離60cmの変更から三度光学系を再設計しています (右構成図)。

いずれも構成図はオーバーホールの際にバラして清掃時にデジタルノギスで計測しほぼ正確にトレースした構成図です。
当方が計測したトレース図なので信憑性は低いですから、ネット上で確認できる大多数の構成図のほうが「」です (つまり当方のトレース図は参考程度の価値もありません)。
(各硝子レンズのサイズ/厚み/凹凸/曲率/間隔など計測)

すると当モデルに関して言えば、当初から光学系の設計概念に変化は無く「絞りユニットの配置は第2群の次」のままです。右図は一般的なエルノスター型光学系構成図を掲載しましたが「絞りユニットの配置は第3群の次」ですから、特に第3群の両凹レンズ (或いは平凹レンズ) の配置が絞りユニットに対して前後してしまうので、これら2つの光学系を同一としてみることはできないと考えます

つまり当モデル「Primoplanシリーズ」は「変形エルノスター型」構成ではなく、まさに他者が存在しない唯一無二の「プリモプラン型」なのではないかと考えています (実際海外のサイトではその考え方のほうが多い)。

ちなみに同じMeyer-Optik Görlitz製オールドレンズで以下のモデルも同じ光学系構成を採っています。(PENTACONモデルは後にPENTACONがMeyer-Optik Görlitzを吸収合併した後に発売したモデル)

・Primoplan 58mm/f1.9
・Primoplan 75mm/f1.9
・Primoplan 80mm/f1.9
・Orestor 100mm/f2.8
・Orestor 135mm/f2.8
・PENTACON auto 100mm/f2.8 MULTI COATING
・PENTACON auto 135mm/f2.8 MULTI COATING

なお、非常に残念な話なのですが、2014年にMeyer-Optik Görlitzに在籍していた最後の光学設計技師を伴い新生Meyer-Optik Görlitzが復活しましたが、2018年11月のニュースとしてCEOのStefan Immes氏が交通事故に遭い、存命したものの会社の継続が困難な状況に陥り、ついに破産宣告に至ったとのことです。現在、管財代理人の管理のもと幾つかの代理店で製産済み商品の在庫処分が進行しています (Meyer-Optik Görlitzのサイトはこちら)。

ドイツ敗戦時の不運から悲劇の運命を辿ったMeyer-Optik Görlitzは、半世紀の時を経て念願の復活を遂げてもなお、再び苦難の道を強いられているワケで哀しい限りです (Meyer-Optik Görlitzの悲劇はこちらのページ冒頭で解説しています)。願わくば、三度スポンサーが付いて栄えある栄光を取り戻してほしいものです・・。

【モデルバリエーション】
オレンジ色文字部分は最初に変更になった諸元を示しています。

戦前型」Hugo-Meyer製:戦前の1936年発売
絞り値:f1.9〜f22
絞り羽根枚数:14枚
最短撮影距離:70cm
筐体材質:真鍮材がメイン
フィルター枠:⌀ 40.5mm

前期型-I」Meyer-Optik Görlitz製:1949年発売
絞り値:f1.9〜f22
絞り羽根枚数:14枚
最短撮影距離:75cm
筐体材質:アルミ合金材のみ
フィルター枠:⌀ 40.5mm

前期型-II」Meyer-Optik Görlitz製:1950年発売
絞り値:f1.9〜f22
絞り羽根枚数:14枚
最短撮影距離:75cm
筐体材質:アルミ合金材のみ
フィルター枠:⌀ 40.5mm

後期型-I」Meyer-Optik Görlitz製:1954年 (?)
絞り値:f1.9〜f22
絞り羽根枚数:14枚
最短撮影距離:65cm
筐体材質:アルミ合金材がメイン (一部真鍮製か?)
フィルター枠:⌀ 49mm

後期型-II」Meyer-Optik Görlitz製:1957年発売
絞り値:f1.9〜f22
絞り羽根枚数:14枚
最短撮影距離:75cm
筐体材質:アルミ合金材のみ
フィルター枠:⌀ 49mm

後期型-III」Meyer-Optik Görlitz製:1958年発売〜1959年まで
絞り値:f1.9〜f22
絞り羽根枚数:14枚
最短撮影距離:60cm
筐体材質:アルミ合金材のみ
フィルター枠:⌀ 49mm

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。このモデルをオーバーホールする際に問題点があり、一つは「完全解体できるかどうか」もう一つは「光学系の経年劣化状況と光路長確保」に尽きます。

今回のオーバーホール事後依頼は以下問題点のになりますが、当方が現物をチェックすると他にも出てきました。

【当初バラす前のチェック内容】
 距離環を回す時のトルクが重くピント合わせし辛い (トルクムラあり)。
絞り環操作時「f11〜f22」が硬い。
 光学系内に過去メンテナンス時の拭き残しがある。
ピント面が極僅かに甘い印象 (鋭さが足りない)。

【バラした後に確認できた内容】
 過去メンテナンス時に古い黄褐色系グリースの上から白色系グリースを塗り足している。
絞り羽根に打痕あり (一部にキー変形もあり)。
光学系内の経年劣化状況が悪い。
 光学系第1群 (前玉) 裏面に過去メンテナンス時の拭き残し痕あり。
光学系第3群裏面側に拭きキズが無数にある。

・・このような感じです。なお、ご依頼に「筐体外装の磨きいれ」もありましたが、撮影に際し触った痕の指紋が残って写真に写ってしまうのが気になるほどにピッカピカに「光沢研磨」しました。

当方は昔家具屋に勤めていたことがあるので職人から「磨き」に関し直伝されており、筐体外装の「磨きいれ/光沢研磨」は一般的な (如何にも研磨したかのような) 金属質が目立つような仕上がりではなく、あくまでも「材の質そのまま」に仕上げる独特な「磨きいれ」です (木材の磨きで培った技術がこんなところで役に立っています)(笑)

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルはヘリコイド (オス側) が独立しており別に存在します。

絞り羽根には表裏に「キー」と言う金属製突起棒が打ち込まれており (オールドレンズの中にはキーではなく穴が空いている場合や羽根の場合もある) その「キー」に役目が備わっています (必ず2種類の役目がある)。製産時点でこの「キー」は垂直状態で打ち込まれています。

位置決めキー
位置決め環」に刺さり絞り羽根の格納位置 (軸として機能する位置) を決めている役目のキー

開閉キー
開閉環」に刺さり絞り環操作に連動して絞り羽根の角度を変化させる役目のキー

位置決め環
絞り羽根の格納位置を確定させる「位置決めキー」が刺さる環 (リング/輪っか)

開閉環
絞り羽根の開閉角度を制御するために絞り環操作と連動して同時に回転する環

このモデルの絞り羽根はパッと見で表裏同一に見えますが「キーの打ち込み位置が違う」ので希に過去メンテナンス時にテキト〜に絞り羽根が刺さっていることがあります(笑) もちろんその結果、絞り環刻印絞り値と実際の絞り羽根開閉幅 (開口部の大きさ/カタチ/入射光量) との整合性がとれませんね(笑)

逆に言うと、このモデルに限らずヤフオク! などに整備済で出品されているオールドレンズの写真を見ていても、絞り羽根の表裏が逆にセットされているのを発見したりしますから(笑)「原理原則」を考えずに、単にバラしてグリースを塗ったくって組み立てているだけの低俗な整備だったりします(笑) もちろん絞り羽根の開閉幅 (開口部の大きさ/カタチ/入射光量) などを検査せず、実写確認しただけでそのまま出品していますからいい加減なモノです (それでも落札されていくから不思議)(笑)

ちょうど今現在当方のオーバーホール済でヤフオク! 出品中の栗林写真工業製標準レンズ「C.C. Petri Orikkor 50mm/f2 (M42)」がありますが、これが良い例になります。

このモデルは開放f値「f2.0」ですが、絞り羽根が顔出ししている状態で「仕様上のf2.0」を実現しています。ところが別の出品者の出品商品を見るとその顔出し状況がテキト〜整備なので(笑)、出品ページ掲載写真を見ると最小絞り値側の大きさが狂ったまま平気で (平然と) 問題無しとして出品され、しかもそのまま高額 (2万円台で) で落札されていきました(笑)
(今現在出品中の他の個体も最小絞り値側が最後まで閉じきっていないのに出品ページに案内されていない)

それもそのハズで検査しない限り入射光制御は不明なままなので (実写確認でチェックできる話ではない) 平気でそのまま出品されている事が多いワケです。

きっと落札者は気がついていないのでしょうねぇ〜(笑)
当方出品中の個体はちゃんと簡易検査具を使って検査して調整済なのですが、信用/信頼が無いのでず〜ッと落札されずに残っています(笑)
まッ。価格優先なのでしょうからそれも仕方ありません。

↑14枚の絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させます。1箇所打痕がありますが、14枚の絞り羽根のうち半数のキーが垂直を維持していないので (つまり僅かに変形している) 敢えてそのまま組み込みました (キーの変形を促すのも怖いので手を加えていません)。

今回のご依頼で絞り環操作時に「f11〜f22」で硬くなるとのご指摘があり、確かに現物で確認できました。しかしこれは、ハッキリ言ってこの当時の「円形絞り型」の絞り羽根を装備したモデルでは致し方ない事だと考えます。

円形絞り型」の場合、開放時では各絞り羽根が互いにまとまって重なり合っていますが、絞り環を回して絞り羽根が飛び出てくると「絞り羽根の両端に打ち込まれているキーに対して中心付近だけで互いに交差する」重なり方に変わります (上の写真のとおり)。

するとこの時、各絞り羽根は両端のキーを軸として中心付近で互いが重なり合っている部分に「開くチカラ/閉じるチカラ」が集中します (下手すると前玉方向に向かって僅かに膨れあがる)。開放時には互いの絞り羽根がズレながら重なり合っているその厚みに対して、最小絞り値に近づけば近づくほど互いが重なり合う面積が増大します。従って「開放時よりも最小絞り値値側のほうがトルクは重くなる」のが、この当時の「円形絞り方式」の宿命です。

今回の個体に関して言えば、残念ながら過去の一時期に絞り羽根の油染みなどにより粘性を帯びた状況で絞り羽根が開閉されていたと推察します (その影響から一部の絞り羽根の打ち込みキーが垂直を維持していない/つまり膨れあがっていた事の証)。

従って垂直を維持していないキーが顕在する以上、そのキーがプレッシングの穴から脱落した途端に「製品寿命」を迎えることから今回は敢えて処置を講じませんでした (打痕も修復していません/現状維持です)。

つまりオーバーホール後も絞り環操作すると「f11〜f22では硬くなる」ままで改善できていません。申し訳御座いません・・。

↑完成した鏡筒を立てて撮影しました。焦点距離58mmと標準レンズ域としては多少長めですが、それにしてもとても厚みが薄い (奥行きの少ない) 鏡筒です。それは取りも直さず「光学系の設計」から来ている次第ですね。

ここからは先に光学系前後群を格納していきますが、今回の個体はこの「Primoplanシリーズ」の中にあって大変珍しい「グリーン色の光彩を放つコーティング層蒸着」モデルでした。

左写真は第2群 (表面) の貼り合わせレンズを撮っていますがグリーン色の光彩を確認できます (現物はもっと濃く光彩を放つ)。

今度はひっくり返して同じ第2群の裏面側を撮りました。やはり「グリーン色の光彩を放つコーティング層蒸着」です。

ハッキリ言って今まで扱った11本の中で今回初めて目にしました。写真が下手クソなので上手く撮れていませんが(笑)、とても濃い色合いでグリーン色の光彩を放ちます。

こちらは第1群 (前玉/表面) を撮っていますが「木星状態」です(笑)
裏面側なのですが横縞に過去メンテナンス時の拭き残しの如く汚れが見えます (やはり現物はもっと明確に横縞状態)。

また一部にはカビ除去痕やコーティング層経年劣化部分も視認できます。残念ながらこれらは清掃で除去できません。

↑光学系前後群を組み付けて鏡筒を立てて撮影しています。

↑絞り環用の「ベース環」をネジ込みます。「絞り環」はこの「ベース環」の上に被さって固定されますが「ベース環と絞りユニット内開閉環」とは、上の写真解説のとおり「シリンダーネジ」で連結します (だから絞り環を回すと絞り羽根が開閉する仕組み)。

解体する際にこの「シリンダーネジ」を折り易いので「恐怖感」が凄いワケです(笑)

↑さらに鏡胴であるヘリコイド (オス側) をセットします。このヘリコイド (オス側) には基準「」マーカーが刻印されており、この位置に合わせて絞り環に刻印されている「絞り値」が合致する必要があります。

このモデルのメンテナンスで最大のポイントがこの工程になります。

当初バラす際に完全解体できるか否かを決定するのは、前述の「シリンダーネジ」を折らずに鏡筒をこのヘリコイド (オス側) から取り外せるかどうかであり、さらに組み立て工程に於いては「鏡筒の光路長確保」が問題になります。

つまり冒頭問題点の「 ピント面が極僅かに甘い印象 (鋭さが足りない)」だったのは、過去メンテナンス時の組み立て工程で光路長確保が適正ではなかったことを意味します

このモデルのピント面が鋭いか否かを決めてしまう大変重要な工程なのですが、ピント面ばかりは実写確認しなければ分かりません(笑)

従って、何度もヘリコイド (オスメス) を組み上げては実写確認し、再びバラして光路長を可変させてはまた組み上げて実写するのを納得できるまで繰り返します。

逆に言えば、このモデルは単にバラしてグリースを塗ったくって組み立てるだけの一般的な整備では「鋭いピント面」確保には至らない事がある点を考慮しなければイケマセン (つまり簡易検査具による検査が必須と言える)。

それを「オールドレンズは古い時代の製産なので多少のバラツキがありご容赦下さい」などとの「逃げ口上」で甘いピント面のまま様々なオールドレンズを整備済でヤフオク! 出品している出品者が居るので要注意です(笑)

少なくとも、今回のご依頼者様はこの現物を手に取って実際に撮影してみれば、ご依頼前と比べてピント面が鋭く改善されている事をご確認頂けます。

左写真が問題の「シリンダーネジ」です。このネジが絞りユニット内部の「開閉環」にネジ込まれ、且つ今度外側の「ベース環」で頭部分 (シリンダーの先端部) が掴まれるので、結果「絞り環を回したら絞り羽根が開閉する」と言う仕組みですね。

当方は折った事がありませんが、今までに扱った個体の中には既に折れていた (つまり絞り羽根が開閉しない) 個体が何本もありました。

↑こちらは指標値環を兼ねるマウント部 (exakta) です。

↑距離環用の「ベース環」をセットします。

↑ヘリコイド (メス側) を無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。

↑ヘリコイド (オス側) を、やはり無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルは全部で7箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

すると「直進キー」と言うパーツがヘリコイド (オスメス) の両サイドに1本ずつ (計2本) 刺さる事で、距離環を回した時に鏡筒が繰り出される/収納される動作になります。

直進キー
距離環を回す「回転するチカラ」を鏡筒が前後動する「直進するチカラ」に変換する役目

直進キーガイド
直進キーが行ったり来たりスライドする/上下動する溝 (スリット/切り欠き) 部分

オーバーホール/修理ご依頼内容に「 距離環を回す時のトルクが重くピント合わせし辛い (トルクムラあり)」とありましたが、当初バラす前のチェック時点ではそれほどピント面し辛いとは感じませんでした。

一般的なオールドレンズとして許容範囲内の距離環を回すトルク感だと判定しました。従って、今回のオーバーホールでは故意にワザと「軽め」のトルク感に仕上がるようトルク調整を施しています。

↑距離環をセットして、この後は無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行い、最後に「絞り環」にフィルター枠とレンズ銘板をセットすれば完成です。

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ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑完璧なオーバーホールが完了しています。特にこのモデルは光学系の経年劣化が酷い個体が多いので (今回の個体も経年劣化が進行している) 手に入れるにしてもなかなか勇気がいります。

また鋭いピント面に戻したい、或いは絞り羽根の油染みを解消したい/トルクムラを改善したいなどと考えると「完全解体できるか否か」が問題になる構造なので、イチかバチかの話になっていきます(笑)

↑光学系内の透明度が戻りLED光照射でもコーティング層経年劣化に伴う極薄いクモリすら皆無の状態まで改善できました。但し、経年の点キズや拭きキズなどはそのまま残っていますが、第3群のコーティング層に無数にあった拭きキズ (実際は拭きキズではなくコーティング層の極微細な線状ハガレ) はコーティング層を当方にて「硝子研磨」したのでキレイに無くなっています。

従って第2群貼り合わせレンズも含め2つの群で「硝子研磨」を施して光学系の透明度を取り戻しています。

左写真はオーバーホール後の写真ですが、ご覧のように大変美しい「エメラルドグリーン色の光彩」を光に反射させると見る角度によって視認できます。

これだけで酒の肴になってしまいますね・・(笑)
これは第2群表裏面のグリーン色のコーティング層があるからです。

第1群 (前玉) のコーティング層は、残念ながら裏面側も含め経年並みな状況です。

カビ除去痕やカビの発生に伴うコーティング層の剥がれなどが生じていますが、写真には影響しないレベルです。表面側は拭きキズなども多いので清掃ではどうにもなりません。

↑光学系後群側もLED光照射で極薄いクモリが皆無です。特に汚れが酷い印象だったのですが、それは過去メンテナンス時に塗布されていた「内面反射防止塗料」の揮発成分が附着していた事に起因すると思います (キレイに清掃で除去し再着色済)。

↑絞り環操作時「f11f16」で硬いのは全く改善できていません。構造上の問題なので改善のしようがありません。申し訳御座いません・・。

なお、ネット上で「硝子レンズコバ端着色の色」についての懸念を訴えているサイトがありますが、具体的には光学系内の各群硝子レンズのコバ端 (切削断面部分) に着色されている塗膜が「マットな真っ黒なのかグレーなのか」を問題視して、特に真っ黒になっていないグレーの場合に「迷光が発生する」との懸念を解説しています。

迷光
光学系内の内面反射などによって不必要な光 (意図しない光) が生じて撮像面まで到達する光

この「迷光」について良い例/解説が「SIGMAKOKI (シグマ光機株式会社)」様のサイトで案内されているので参考になります。検査光の波長の関係があるので人体に害を及ぼす場合があるとの話ですが、オールドレンズの世界ではその懸念はありません(笑)

すると「迷光」を厳密にゼロにすることは不可能であると案内されていますが、各硝子レンズのコバ端着色が「黒色かグレーなのか」に神経質に拘る以前に「では絞り羽根はどうしてマットな真っ黒ではないのか?」と言う点をお考え頂く必要があるのではないでしょうか?

良い例として考えるなら、まさに今回の個体の絞り羽根は上の写真のとおり「メタリック色」のままです(笑) なにも最小絞り値まで絞り羽根を閉じる必要は無く、開放から絞り値を上げていく (閉じていく) 際に出てきたこのメタリックな絞り羽根に反射した「迷光」はどうすれば良いのでしょうか???(笑)

各硝子レンズのコバ端着色に拘る前に、そもそも絞り羽根がマットで真っ黒な設計のオールドレンズを当方は2,000本以上扱いましたが、まだ1本も見た事がありません。

そのサイトではその各硝子レンズのコバ端着色が黒色な日本製オールドレンズに対して評価していましたが、はたしてそんな評価が何の足しになるのか当方には分かりません (むしろ日本製かどうかが問われる問題にもならないと考える)(笑)

特にオールドレンズ沼初心者の方々に「間違った不安 (懸念材料)」を与える話に対しては、もう少し考えて頂きたいと思います (当方は日本製もドイツ製も分け隔てなく/差別無く良いモノは良いと評価しています)。

ここからは鏡胴の写真になりますが、経年の使用感が僅かに感じられるものの当方にて筐体外装の「磨きいれ」を施したので大変落ち着いた美しい仕上がりになっています。ピッカピカに「光沢研磨」を施したので当時のような眩い艶めかしい光彩を放っています。「エイジング処理済」なのですぐに酸化/腐食/錆びが生じたりしません。

↑塗布したヘリコイドグリースは「黄褐色系グリース」の「粘性中程度軽め」を使い分けて塗りました。距離環を回すトルクは当初バラす前のチェック時点でも「ピント合わせし辛い重さ」とは感じなかったのですが、ご依頼に従い「軽め」のトルク感に仕上げました。距離環を回すトルク感は「ほぼ全域に渡って均一」ですが、一部「直進キーの経年摩耗」問題から極僅かにトルクムラを感じる箇所も残っています (これ以上改善できません)。申し訳御座いません・・。

もちろん当方の特徴たる「シットリ感漂うピント合わせ時の微動」も実現しているので、現物を手にされればご納得頂けると思います。

↑今回の個体は距離環に刻印されている距離指標値が「メートル表記のみ」なので、当時の自国内流通品なのか或いは東欧圏向けの輸出品だったのか、その製造番号から推測すると「1950年製産品」になるのでロマンが広がります。

鏡胴の刻印指標値は筐体外装洗浄時に褪色してしまった為、当方による「着色」を施し視認性を向上させています。

無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

もちろん光学系の光路長調整もキッチリ行ったので (簡易検査具によるチェックなので0.1mm単位や10倍の精度ではありません)、以下実写のとおり大変鋭いピント面を確保できました。電子検査機械を使ったチェックを期待される方は、是非ともプロのカメラ店様や修理専門会社様が手掛けたオールドレンズを手に入れて下さい当方の技術スキルは低いのでご期待には応えられません

ヤフオク! でもプロの写真家などが毎週数多くMeyer-Optik Görlitz製オールドレンズを自ら整備済で出品していますが、はたして出品ページを見ると光路長確保については一切記載がありません。つまりは単なる実写確認だけでピント面精度をチェックしていると考えられますから他の光学メーカー品ならともかくMeyer-Optik Görlitz製オールドレンズの神経質な光路長をキッチリ整備できているとはたいしたものです(笑)

少なくとも当方は気が小さいので簡易検査具を使って検査しない限り怖くて「問題無し」などとは言えませんね(笑) いわゆる単にバラしてグリースを塗ったくって組み上げているだけの「テキト〜整備」は、当方では「グリースに頼った整備」と認識しておりアテにしていませんが毎週飛ぶように落札されていきます(笑)

↑当レンズによる最短撮影距離75cm付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

この実写はミニスタジオで撮影していますが上方と右側方向からライティングしています。その関係でフードを装着していない為に絞り値の設定によりハレ切りが不完全なまま撮影しています。一応手を翳していますがハレの影響から一部にコントラスト低下が出てしまうことがあります (簡易検査具による光学系検査を実施済で偏心まで含め光軸確認は適正/正常)。

当初バラす前の実写チェックでは、これほど明確な鋭さを伴うピント面を構成していなかったので、僅かですが改善できたと思っています (その原因は各硝子レンズ格納時の締め付け状況であり当然ながら光路長検査結果に伴う改善処置)。

↑絞り環を回してf値「f2.8」で撮影しています。

↑さらに回してf値「f4」で撮りました。

↑f値は「f5.6」に変わっています。

↑f値「f8」になりました。

↑f値「f11」での撮影です。

↑f値「f16」です。極僅かですがそろそろ「回折現象」の影響が現れ始めています。

回折現象
入射光は波動 (波長) なので光が直進する時に障害物 (ここでは絞り羽根) に遮られるとその背後に回り込む現象を指します。例えば、音が塀の向こう側に届くのも回折現象の影響です。
入射光が絞りユニットを通過する際、絞り羽根の背後 (裏面) に回り込んだ光が撮像素子まで届かなくなる為に解像力やコントラストの低下が発生し、ねむい画質に堕ちてしまいます。この現象は、絞りの径を小さくする(絞り値を大きくする)ほど顕著に表れる特性があります。

↑最小絞り値「f22」での撮影です。大変長い期間に渡りお待たせし続けてしまい本当に申し訳御座いませんでした。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。