解説:カビの発生と金属類の腐食/サビについて

オーバーホール/修理のご依頼をお受けしていると、時々オールドレンズの光学系に生じるカビの発生に関するご質問を承ります。

  • 光学硝子レンズにカビが発生するのを防ぐには「電子式防湿庫」を買わないと防ぎきれないのでしょうか?
    (アクリルケースに防湿剤を入れてもダメなのか?)
  • 電子防湿庫で保管しているのでカビの発生は防げているハズ・・。

・・と言う内容が多いでしょうか。一般的にカビの発生要件と言えば、湿気との因果関係が強いと思われがちですが、それは単なる思い込みです。

(1) オールドレンズの素材
オールドレンズの構成パーツは、光学硝子レンズの「硝子材」の他にアルミ合金材、真鍮材/銅材などの「金属類」或いはプラスティック材やポリエステルなどの「合成樹脂材」各構成パーツを固着させている「固着剤」などがあります。

(2) 光学系の密閉性
これもよく勘違いしていらっしゃる方が多いお話ですが、光学硝子レンズは硝子レンズ格納筒の中で「完全密閉されている」と思い込んでいる場合です。現実的には光学硝子レンズは格納筒に固定環で固着剤を使って締め付け固定されているとしても、一切密閉されていません (つまり通気性があるままです)。完全密閉状態においてしまうと、光学硝子レンズ、及び硝子レンズ格納筒など金属類は、温度の変化による膨張/収縮により気圧の増減に耐えられずに、光学硝子レンズに影響を与えてしまう懸念が残ります。

(3) オールドレンズの素材とカビとの因果関係
前述 (1) のような素材で構成されているのがオールドレンズですが、そもそも空気中を浮遊している微生物の胞子類は自由にオールドレンズ内部に侵入してきます。しかし、本来無機物質である光学硝子材や金属類は、オールドレンズ内部に侵入してきた微生物の成長や繁殖に必要な栄養源には一切なり得ません (つまり互いに結びつく要素が存在しません)。

(4) カビの種別
「カビ」は菌類などの微生物であり「好湿性・中湿性・好乾性・耐乾性」など多くの分類に分かれますが、乾燥状態に於いても成長/繁殖するカビが存在すことをまず知っておいてください。そして、室内の空気中を浮遊しているカビの胞子は1m3あたりに数個〜数千個とも言われています。
従って「電子防湿庫」ならばカビを絶対的に防げると考えるのは、そもそも湿気との因果関係が絶対条件とは限らないので過信は禁物であると気がつかなければイケマセン。

(5) カビ発生のメカニズム
光学硝子レンズや金属類が無機物質であるが故に、微生物であるカビの胞子が直接それらに留まって成長/繁殖しない (つまり硝子材や金属を食べない) ワケですが、留まる環境を与えてしまうとカビの胞子は栄養源を確保する機会を待ちます。その留まる環境を用意してしまうのが「オールドレンズ内部の経年に拠る揮発油成分」です。
ヘリコイド・グリースや過去のメンテナンス時に必要外に塗られたグリースなどが、経年に拠り揮発油成分としてオールドレンズ内部に廻ってしまいます。すると金属類に附着したり光学系内に侵入してコーティング層に附着します。附着した揮発油成分の周囲には空気中の湿気分が留められる (吸い寄せられる) ので、結果的に胞子類が成長/繁殖する環境を整えてしまうことに至ります (好乾性の胞子は湿気分が無くても留まります)。
揮発油成分の周囲に附着したカビ菌の胞子は、好湿性ならば水分に含まれる有機物質から栄養源を摂り、好乾性ならば水分が無くとも繁殖を始めます。すると、代謝により排出した産物として「酸 (無機酸/有機酸)」が生じます。
この「酸」により金属類の腐食/サビが結果的に生じてしまうワケであり、特に光学硝子レンズ面に附着した「有機酸」によりコーティング層や光学硝子材の浸食が促されていきます。また、揮発油成分の周囲に留まった水分に含まれる炭酸ガスが溶解して光学硝子材を腐食する場合もあり得ます (光学硝子面の極微細な点キズが当てはまります)。
従って、一部のネット上サイトやカメラ店様などで解説されている「腐食カビ」と言う表現は適切ではありません・・カビ自体が腐食することはありません (死滅するだけです)。カビの成長/繁殖に伴い代謝された「酸」に拠り初めて光学硝子材や金属類の腐食が促されるのであって、カビの成長/繁殖そのものは腐食ではありません。また「カビ除去痕」は実際に浸食されてしまった光学硝子材の状態がそのまま残っているので、カビ菌自体が死滅したとしてもカビの成長/繁殖そのモノの形跡/形状は留めたままです・・従って当方では「カビ除去痕」と表現しています。

(6) 好乾性のカビ
電子防湿庫に保管していても光学硝子レンズ面にカビが発生してしまうのは防ぎきれません。良い例がコウジカビなどの乾燥条件を好むカビの繁殖による光学硝子材の劣化です。カビの菌糸の周囲に分泌された酸性代謝物の有機酸により、菌糸状に沿って光学硝子面が腐食していきます。

(7) 光学硝子材の成分
光学硝子材の成分とカビの発生要件には相関関係も成り立ちます。光学硝子材に含まれる成分として「二酸化ケイ素」が少なく「酸化バリウム」分の多い硝子材はカビの発生率 (有機酸による腐食) が高くなり、「二酸化ケイ素」が多く「瑚酸」分の多い硝子材はカビへの耐性が強くなります。従って、光学硝子材の成分に拠ってもカビの発生要件が異なるので、オールドレンズに於いてはカビの発生率が高いモデルが存在するのも納得できます。

(8) カビと腐食/サビの防御
ここまでの解説で明確になったのは「カビの発生=湿気の量」とは限らないことであり、同時にオールドレンズに於ける最も優先的に排除しなければならない問題は「オールドレンズ内部の揮発油成分」であることがご理解頂けたでしょうか。空気中を浮遊しているカビ菌などの胞子が、オールドレンズ内部に侵入するのを防ぐことはできません。可能な限りそれら胞子が留まる環境を用意しないことこそが、唯一のカビの発生や金属類の腐食/サビを防ぐ手段と言えるのではないかと考えます。