解説:光学系内について
当方はフィルムカメラ時代に使われていたレンズの総称として「オールドレンズ」と呼称していますが、その中で戦前戦後以降に登場した世界中の単焦点レンズ (焦点距離:20〜200mm) のみを扱っています (ズームレンズや現在のデジタルなレンズは扱わない)。
もちろん現行品 (或いは一部の製造販売終了品も含めて) マニュアル・フォーカスレンズもサービス会社が存在している以上、当方は手を出しません。
つまり当方が扱うオールドレンズは製産終了後、数十年〜半世紀以上の時間が経過した個体ばかりであり、且つ製産メーカーのサポートが既に終了している/メーカー自体が消滅しているオールドレンズばかりとも言えます。
ちなみに、戦前を遡ることさらに数十年前 (1900年前後) 辺りのオールドレンズのことを当方は「クラシックレンズ」と分けて呼んでおり、やはり扱っていません (技術スキルが低いので扱えない)。
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オールドレンズの光学系 (光学硝子レンズの全部) に対する感じ方は人それぞれなので、オーバーホール/修理ご依頼やヤフオク! 出品でもなかなか意思疎通の標準化が適いません。ある人は「汚れている」と判断するかも知れませんし、その同じ個体の光学系を別の人は「キレイだと思う」と感じるかも知れません。
(オールドレンズの前玉〜後玉までのガラスレンズ一式を当方は「光学系」と呼んでいます)
光学系内の「汚れている/クモリがある/カビが残っている/キズがある」等々の受け取り方/認識がそもそも一つの基準に沿っていないので、皆さんの表現/印象が変わってしまうワケですね・・。
「オーバーホール済などと言うが光学系内は塵/埃が多いじゃないか!」「透明度が高いと謳いながら実際は薄いクモリがあるじゃないか!」とお叱りを受けること (クレームを頂くこと) 数限りなく・・(笑)
それは製産後数十年〜半世紀以上の時間が経過したオールドレンズなのだから、その程度は納得するのが当たり前・・などと強気コメントを載せているヤフオク! 出品者も多いですが(笑)、可能な限り対応してしまっているのが当方だったりします (従って気が小さいのでブル〜になること多し)。
日々その中でのたうち回りながら格闘しているワケですが、光学系内に対して頂くクレームを精査するとそもそも誤った認識のまま頂戴しているクレームが多いことに気がつきます (そう感じてしまった以上ただただ謝るだけですが)。
↑上の写真 (2枚) は、あるオールドレンズを前玉側方向から撮影しています。まだバラしておらず純粋に調達して届いた時のままの状態です。
一見すると順光目視では1枚目写真のように透明度が高くキズも無い大変キレイな光学系に見えますが、後玉側方向からLED光照射するとご覧のように汚れやクモリなどが浮き上がります (2枚目の写真)。
2枚目の写真では右下辺りに少々大きめの白点が並んで (弧を描くように) 写っていますが撮影時に使っているミニスタジオの写り込みではありません。つまりこのような「白点状の汚れ」が実際に前玉裏面側に存在するワケです。
さらによ〜く観察するとポチポチと非常に小さな細かい「微細な白点」が無数に見えます (特にLED光照射の光が当たっている下半分の領域)。
この時、LED光照射の光が当たっていないように見えている上半分の領域を目を凝らしてご覧下さいませ・・。
するとアンバーに光り輝くコーティング層が「斑模様に濃淡があるように見える」と思います。これが前玉裏面側のコーティング層経年劣化に拠る状況です。
つまり製産時に蒸着したコーティング層が経年劣化で浮き始めている状況なのですが、その境界面に於いてポツポツと「微細な白点」が存在しているワケです (上半分の領域にLED光照射すれば同じようにポツポツと見えてくる)。
それではその具体的にLED光照射で視認できてしまう「微細な白点」はそのまま清掃しても除去できないのか?・・と問われれば、それはやってみなければ何とも返答できません (清掃してみなければ結果は分からない)。
つまり蒸着したコーティング層が経年で浮き始めているワケですが、それは製産時のコーティング層蒸着レベル (強さ) の良し悪しかも知れませんが、ほとんどの場合は経年の使用に於いて光学系内に侵入してしまった「揮発油成分との作用」が原因です。
「揮発油成分」が光学硝子面に附着すると、その油成分の周囲に光学系内の「水分/湿気」が吸い寄せられます。揮発油成分に集められた水分/湿気の中に含まれるCO2 (二酸化炭素) 成分がコーティング層を構成している成分と化学反応を起こし具体的に侵し始めるワケです。これが上の写真でポツポツと写っている「微細な白点」の正体です。
従って状況がさらに進むと「CO2溶解に拠る点キズ」として清掃では除去できない (何故ならコーティング層が溶解してしまった箇所だから) 点キズになって残ってしまいます。
これが当方のヤフオク! 出品ページで「点キズ」と記載している部分なので当てキズや何かの光学硝子が削れてしまった具体的なキズではないのです。「点キズ」はコーティング層の経年劣化に伴う点状の微細な白点なので順光目視では「塵/埃」に見えてしまうこともあります。
↑今度は同じオールドレンズを前玉側方向から光学系内を撮っています。同様に1枚目は順光目視状態で2枚目が後玉側方向からLED光照射した写真です。
すると今度はLED光照射で中心部分に「薄いクモリ」の領域が現れました。これも除去できるか否かは清掃してみなければハッキリしませんが、同様にコーティング層に附着している揮発油成分との作用によります。除去できてしまえば相当な透明度が確保できたことになりますが、仮に除去できなければコーティング層の経年劣化に拠る「薄いクモリ」が残るワケで、当方のヤフオク! 出品ページで薄いクモリの有無を記載している部分が当てはまります。
ここで上の写真を見ると左半分の中心〜上辺りに向かって少々明確な (大きめな) 白点状が見えますし、一番上 (12時の箇所) には滲んだような白っぽい部分もあります。これらが「カビ」であり滲んでいるのはカビが菌糸状にコーティング層を浸食しているからです。コーティング層を浸食してしまったカビは薬剤で洗浄してもカビの菌糸そのものは除去できても「カビ除去痕」はそのまま菌糸状に残ります (コーティング層が具体的に侵されてしまったから)。
従ってカビ除去痕は中心部分から周囲に向かって「薄いクモリ/菌糸状を伴って残ってしまう」ことを覚悟しなければイケマセン。これをキレイに除去しようと考えれば「機械設備による硝子研磨」と「コーティング層の再蒸着」が必須になり相当な金額を要します (もちろん当方にはそのような機械設備が無いので対応できません)。
ここまでの解説で使っていた写真のオールドレンズは、まだバラす前の状態ですから市場流通品と同じ前提になりますが、光学系内はこのような状態になっていることを認識しなければイケマセン。未整備のままで光学系内の透明度が高い状態を維持した個体が市場に流れて来ることなどまずあり得ません。この点をオールドレンズ使いの皆様には入手される際には是非とも現実的なリスクとしてご認識頂きたいと思います。
↑上の写真 (2枚) は、また別のオールドレンズから取り出した前玉を写していますが既に薬剤によるカビ除去を行い汚れを洗浄し、且つ最後に油成分を除去した「清掃完了後」の状態写真です。
1枚目は順光目視で撮影し2枚目は暗くして透明度が分かり易く写るよう撮りました。この状態でも当方がチェックすると「点キズ」として8点ほどカウントしてヤフオク! 出品ページには記載することになります (点キズ:8点/目立つ点キズ:3点)。実際はオーバーホール完了時点では組み上がっているワケですから光学系前後群でのカウントになるのでもっと多いカウント数に至りますね。
当方が見ると上の写真 (前玉だけですが) は充分な透明度を維持していると判断しますが皆様は如何でしょうか?
光学系を清掃しても必ずしもキレイになり透明度が上がるとは限りません。
コーティング層の経年劣化に拠るクモリやバルサム切れ、或いはカビ除去痕とそれに附随する薄いクモリやCO2溶解に伴う点キズなどは間違いなく除去できません。
従って光学系内を覗き込んだり光源透過してチェックした時に曇っていたり汚れている要素が除去できてキレイになるかどうかは「清掃してみなければ分からない話」であることを覚悟する必要があります。つまり清掃時 (清掃実施者) の技術スキルの問題ではなくて、光学硝子面/コーティング層の経年状態が問題であることをシッカリ認識する必要があります。
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【光学系内に関するコトバの認識】
◉ 塵/埃
具体的に浮き上がって見えている場合は塵/埃かも知れないが「点キズ」が塵/埃に見えてしまうこともある。
◉ 点キズ
CO2溶解に拠るコーティング層の劣化部分なので具体的な硝子面のキズではないが視認できる点状キズ。
◉ 当てキズ/擦りキズ
具体的に光学硝子面が凹んでいる (欠損している) 状態の明確なキズを指しLED光照射でも確実に視認できる。
◉ ヘアラインキズ
髪の毛のように非常に薄く繊細な細い線状キズ。但しコーティング層の剥がれキズはLED光照射では視認できないのでヘアラインキズとは認識しない (写真に一切影響しないから)。光学硝子面に付いたヘアラインキズはLED光照射でも視認可能 (場合によって写真に影響する)。
◉ クモリ/汚れ
コーティング層の経年劣化に伴うクモリ/汚れは清掃では一切除去できない。同様にバルサム切れも処置できない。
◉ カビ除去痕
コーティング層を浸食したカビは菌糸状も含めカビ除去痕が必ず残りLED光照射では薄いクモリ状が附随する。
このように捉えると、例えばコーティング層のヘアラインキズはコーティング層のクラック (剥がれ/欠損) でありLED光照射では視認できないので入射光はそのまま透過してしまい写真に与える影響はほぼ皆無と言えます。しかし順光目視で光学系内を覗き込むと見る角度によっては光に反射して盛大にヘアラインキズが付いているように見えてしまうのでクレームになるワケですね(笑)
具体的な光学硝子面を削ってしまった本来のキズはLED光照射でも必ず視認できますから、当方の判定ではLED光照射での視認の可否を以て「キズ」かどうかを判定していますが、それを受け入れられずに執拗にクレームする人もいらっしゃるのが現実だったりします(笑)
同様にコーティング層の劣化に伴う「クモリ/汚れ」なども清掃が不十分などと言ってクレームしてくる人が後を絶ちません(笑) 返送料着払いで送り返してもらい再度バラして清掃すると、やはり状況は変わらずそのまま再び発送するワケです (往復送料と再作業分が赤字)(笑)
もっと言えば、例えば上の写真で1枚目の順光目視状態で見えているのは表裏両面のコーティング層反射です。すると特に裏面側を清掃した時の「拭きムラ/拭き残し」などは具体的な「ムラ/汚れ」としてコーティング層を反射させた時に視認できてしまうワケで、当方が拘って如何にキレイに清掃しているのかを表す部分なのですが、それすら「清掃する以上当たり前じゃないか!」と言われてしまうワケで、全く以て仰るとおりで御座います(笑)
これらの事柄の結果が「透明度が高い」と言う表現となってこのブログやヤフオク! 出品ページに記載しているので、透明度が高いと言いながら点キズがあるじゃないかと言うご指摘は、できればご勘弁頂きたいのがホンネです (点キズ数もちゃんと記載しているので)(笑)
当方がヤフオク! 出品する個体、或いはオーバーホール/修理受付分の光学系の透明度が高い状態に仕上がるのは「専用の薬剤を使っているから」です。専門業者から仕入れているカビ専用除去薬 (カビキラーなどの類の化学薬品は将来的にコーティング層に悪影響を来すので絶対使用してはダメ)、経年の汚れ成分を融解する専用薬、或いはコーティング層を傷めずに揮発油成分だけを除去する専用液を使っているからで無水アルコールなどによる清掃ではありません。
(厳密には無水アルコールによりコーティング層を傷めていることになるから)
その結果「透明度が高い状態に仕上がる」のであり点キズやクモリ/カビ除去痕が一切無くなることとイコールの話ではありません。「清掃する≠キズ/クモリ/カビ除去痕が消える」であることを是非ともご認識下さいませ。
どうしてもキズ/クモリ/カビ除去痕などを除去して全くのクリアな状態にしたければ、それは「硝子研磨とコーティング層の再蒸着」しか道は残されていません。しかし光学硝子を精製している専門会社に尋ねれば「0.1%でも光学硝子面を研磨したらそれは光学性能の諸元値を満たさなくなる/諸元値を逸脱した結果が伴う」ことを覚悟しなければイケナイらしいです。さらに硝子面を研磨した時点で製産時の純正な成分/配合によるコーティング層は剥離するので現在の成分/配合による疑似的な目的を満たしたコーティング層の再蒸着に代わります (オリジナルな状態にはもう戻らない)。それはそれで現状が酷い場合には致し方ないことでもあり決して否定できない処置だと考えます (むしろ硝子研磨/コーティング層再蒸着により個体の製品寿命は存えたことになるから)。
つまりオリジナルな状態を限りなく残し続けたいと願うならそれは自ずと「光学系内の状態/環境を整える」ことに繋がり「光学系内への揮発油成分侵入を防ぐ」ことしかありません。
整備やオーバーホールなどのメンテナンスはそれを最終的なゴールとするべきであり、安直なメンテナンス (特に白色系グリースの塗布など) は却ってオールドレンズ個体の製品寿命を短くしている結果に繋がるというのが当方の考え方です。すべては「光学系の状態が命」なのだと思いますがね・・その意味で言うなら、皆さんがあまり気にされない「絞り羽根の油染み」は光学系前後群に挟まれた絞りユニット内部に経年の揮発油成分が侵入している「証」なワケでそれはそのまま光学系内のコーティング層を劣化し続けていることに他なりません。
それをそのまま放置プレイしておいて (保管しておいて) 土壇場になってイザッ光学系の清掃でクモリを無くして欲しいと言われても、それはねぇ〜としか言いようがありません(笑)
世の中、メンテナンスすることの意義/目的を履き違えて処置されたオールドレンズが非常に多く出回っており、今から半世紀も経てばオールドレンズの個体数は激減してしまい (光学系が保たないから) モデル銘や人気/不人気の別に限らず「オールドレンズそのものの希少価値だけが残る」時代が到来するでしょう。その意味で「オールドレンズとは絶滅危惧種の一つ」なのだと思います (決して国連で扱われませんが)(笑)
そのような警鐘を鳴らしたいと願いつつ、当方のオーバーホール作業は今日も続きます・・。