◎ Nikon (ニコン) W-NIKKOR 3.5cm/f1.8《後期型》(NS)

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今回の掲載はオーバーホール/修理ご依頼分のオールドレンズに関する、ご依頼者様へのご案内ですのでヤフオク! に出品している商品ではありません。写真付の解説のほうが分かり易いこともありますが、今回に関しては当方での扱いが初めてのモデルでしたので、当方の記録としての意味合いもあり無料で掲載しています (オーバーホール/修理の全工程の写真掲載/解説は有料です)。オールドレンズの製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。

今回は当方での扱いが初めてになるモデルNikon製「W-NIKKOR 3.5cm/f1.8 (NS)」のオーバーホール/修理です。ご依頼の内容は「光学レンズ内のクモリ除去」と「ヘリコイドのトルク改善」になります。この「Nikon Sマウント」のモデルは今までに幾つか整備してきましたが総じてヘリコイドのトルクが軽すぎる状態に陥っており、ほぼ「スカスカ状態」と言って良いでしょうか・・今回の個体も同じで当初届いた現物を確認すると「スカスカ状態」でした。

しかし、そもそも構造としてレンジファインダー・フィルムカメラに装着する前提での設計ですからヘリコイドのネジ山距離が大変短く、且つピッチの大きなネジ山なのでネジ山数が極端に少ないことからくる「軽いトルク感」と言わざるを得ません。相当な重い粘性のグリースを塗らない限りは、このトルクを重くすることはできませんが残念ながら、そのようなヘリコイド・グリースを塗布すると油成分が少しでも揮発した途端に距離環が動かなくなってしまいます。以前、この「Nikon Sマウント」のコシナ製モデルを整備した際にご依頼者様からコシナサービスでもトルク感を重くすることはできないと言われたというお話を教えて頂きました。おそらくヘリコイドの設計上の関係からそのような回答になってしまうのだと推測できます。

【モデルバリエーション】

前期型

レンズ銘板:W-NIKKOR・C

後期型

レンズ銘板:W-NIKKOR

筐体の色はブラックとシルバーの2つのバージョンが存在しているようですし、ライカの「L39」スクリューマウントのモデルも別に存在します。外観上のバリエーション相違としては単にレンズ銘板の「C」刻印の有無しか違いがありませんが実際には光学系内の光学硝子レンズに使われている硝子材に「酸化トリウム」を含有しているか否かの相違があるようです。今回ご依頼頂いた個体は「後期型」にあたり光学系内には「酸化トリウム」を含有していないようです。

光学系は5群7枚の拡張クセノター型になり従来のクセノター型後群成分に貼り合わせレンズ (2枚の光学硝子レンズを接着剤を使って貼り合わせてひとつにしたレンズ群) のダブレットを1つ追加した構成になっています。「NIKKOR千一夜物語」を見ると、それによって球面収差やコマ収差、或いは倍率による色収差改善を狙った設計であることが記載されています。

今回届いた個体はバラす前の実写確認で光学系内に非常に薄いクモリが生じている影響からコントラストの低下を招いていることが確認できましたが本来はシッカリしたコントラストで鋭いピント面を構成する素晴らしい描写をしているモデルです・・「こちらのページ」にFlickriverでの実写を検索しましたので興味がある方はご覧下さいませ。カラー写真では「マップカメラ」さんの「KASHAPA for LEICA」に掲載されている写真がこのモデルの特徴を良く現しており大変上手く撮影されていらっしゃいます・・当方は個人的にこのような描写性が大変好きです。当ページの最後にあるオーバーホール後にミニスタジオで撮った実写をご覧頂くと分かりますが、非常に暗部に粘りがあり容易に黒潰れしない階調表現の素晴らしさがこのモデルにはあるようです。素晴らしいモデルですね・・。

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。部品点数はそれほど多くもなく単純な構造なのですが、このモデルを整備できるか否かは全く別の問題に左右されます。

「Nikon Sマウント」のモデルは過去に整備した経験があるので、おおよその構造を把握しているため今回のオーバーホール/修理ご依頼では初めて扱うモデルにも拘わらず「構造検討」料金を概算見積に含んでいませんでした・・当方で初めて扱うモデルの場合は必ず「構造検討」として「1,000円〜5,000円」の料金を加算してご請求させて頂きます。しかし、今回バラす際に問題になったのは構造的な部分もありますが全く別の問題で「専用の工具」が必要になってしまったことが最大の難関でした。バラせない限り光学系内の薄いクモリの除去は不可能ですし距離環のトルク感を改善することもムリです。

絞りユニットと光学系前後群を格納する鏡筒ですが既に絞り環用のクリック感を伴う操作性を実現するための「鋼バネ」が外壁部分に用意されています (上の写真鏡筒の下部分にある出っ張っている金具)。このモデルの絞り環のクリック感は鋼球ボールではなく「鋼バネ」を使ってカチカチやっていることになります。

9枚の厚手な絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させます。当初バラした直後の状態で絞り羽根には油染みが生じていました。また絞りユニットの回りには過去のメンテナンス時にグリースを塗ってしまったようで既に固着化が進んでおり、それが影響して当初バラす前の時点で絞り環の操作が僅かに重く感じていました。今回はすべて当方による「磨き研磨」を施し各パーツの表層面の平滑性が確保できているのでグリースなどは塗布せずにそのまま組み上げています。

真鍮製 (真鍮 (黄銅) 製/ガンメタル) のズッシリと重みを感じる絞り環を組み付けます。上の写真で既に光学系の硝子レンズがセットされていますが、残念ながら固定環の固着が酷く外すことができなかった第3群〜第4群になります。しかしラッキーなことに薄いクモリが生じていたのは、この第3群の「表面」と第2群の「裏面」でしたので対処を施すことができました。ちなみに外せなかった第3群〜第4群の内部には極微細な塵がほんの僅かに侵入している程度ですので写真への影響には至らず、さらに透明度も高い状態なので良かったと思います・・。

このモデルは鏡胴が「前部」と「後部」の二分割方式なので、ここで光学系前群を組み付けてしまえば鏡胴「前部」が完成したことになります。次は鏡胴「後部」の組み立てに入ります。

こちらは距離環やマウント部を組み付けるための基台 (ヘリコイド:メス側) です。

距離環用のベース環になっているヘリコイド (オス側) を無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルでは全部で2箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

距離環 (指標値が刻印されている) をイモネジ (ネジ頭が無くネジ部にいきなりマイナスの切り込みを入れたネジ種) 3本で締め付け固定します。

上の写真は既に鏡胴「前部」がセットされ、且つレンジファインダーカメラに装着する際に噛みあう「クッション環」も組み付けが終わっていますが、実はこれらの工程は一気に進めなければならず撮影ができません。上の写真でクッション環の「溝」内部に「固定ネジ」が1本写っていますが、この固定ネジは実は鏡胴「前部」の位置固定も兼ねている大変重要なネジなのです。従ってマウント部の「爪」部分を組み付けてしまうと後からこの「固定ネジ」をネジ込むのが難しくなるのでこの段階でネジ込んで鏡胴「前部」を固定している次第です。実はこの状態にする段階で専用の工具を一つ作らなければならず用意しています。バラす際にその工具を使っていますしもちろん組み上げ時も使っています。

逆に言うと、バラす際にはマウント部の爪を取り外し上の写真の状態にしなければ「固定ネジ」を外すのにムリなチカラが加わります。ところがこの固定ネジはそれほど硬い素材ではありませんしネジ山長が短いので下手をすればネジ山を潰しかねません。もっとシッカリした固定ネジを使ってくれれば良かったと考えるワケですが、実はこれには理由があり「大口径の光学系」或いは「開放F値f1.8」に光学系を設計してきたことが大きく影響しており使える面積を最大限に有効活用した光学系設計を採っているために結果的に短いネジ山長の固定ネジを使わざるを得なかったのです。バラしてみると意外な部分にも設計の苦心が垣間見えロマンが広がります・・。

マウント部の「爪」を組み付けたところです。この上にクロームメッキ仕上げの化粧環をネジ止めした最後に光学系の第5群 (貼り合わせレンズの後玉) を組み付ければ完成になるワケで無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認をそれぞれ執り行い仕上げていきます。

 

DOHヘッダー

 

ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

Nikonのオールドレンズはほとんど知りませんが本当に素晴らしい描写性のモデルが今回の「W-NIKKOR 3.5cm/f1.8 (NS)」になります。

当初バラす前の段階で視認できていた光学系内の非常に薄いクモリは清掃だけでは一切除去できず、仕方ないので手による「硝子研磨」を施したところ完全に除去できました。原因は絞りユニット周りにグリースを塗布してしまったために経年の揮発油成分が化学反応を起こしてコーティング層に固着してしまったのだと推測します。従って絞りユニットを挟んだ第2群「裏面」と第3群「表面」に清掃では一切除去できない非常に薄いクモリが生じていました。過去のメンテナンスで安易にグリースに頼った整備をするとロクなことになりませんね・・前玉中央付近と外周部にカビが発生していたので除去しています。

なお、光学系は第2群の貼り合わせレンズが当初バラした直後の確認ではすっかり緩んだ状態でしたので元々ピントが甘い印象だったのはこれが原因ではないかと推測します。おそらく過去のメンテナンス時に「手締め」で締め付けただけだったのだと思います・・今回の整備ではちゃんと工具を使って締め付け固定しています。

光学系後群もキレイになりましたが過去のメンテナンス時に既にカビの除去を行っているようでコーティング層の一部が剥がれています (写真には一切影響しません)。また第5群 (後玉) の外周部にもカビが発生していたので除去しています。

9枚の絞り羽根もキレイになり確実に駆動しています。絞り環のクリック感も当初間ぎこちなさが無くなりとても滑らかに心地良くカチカチと動いてくれます。

ここからは鏡胴の写真になります。当方による「磨き」をいれたので筐体外装は落ち着いた美しい仕上がりになっています。

塗布したヘリコイド・グリースは冒頭の解説のとおり「粘性:重め」を塗って距離環のトルク感を可能な限りシッカリとした重さに改善させていますが当方ではこれ以上重くできませんので、もしもご納得頂けなければご請求額より必要額を減額下さいませ。当方でさらに重い粘性のグリースを用意していないのは冒頭の説明のとおりで今後の使用に於いて距離環が重くなってしまうことが予測されるからですが、それをお含み置き頂けると大変助かります。

当初バラす時点で光学系の清掃をするためには鏡胴「前部」を外さなければイケマセンし距離環のトルク改善を施すにはマウント部の爪も外して距離環もバラさなければなりません。そのためにマウントのロックツマミの内側をいじる際にマウント環 (距離環側) にキズが付いてしまいましたので、この件ももしもご納得頂けなければ必要額を減額下さいませ。但し、解体していく上で必要であり、且つ仕方なかったことですので、その辺をご考慮頂けることを願っています。

オーバーホールが終わったレンズで実写してみると明らかに当初バラす前の確認時点よりもコントラストがアップすると同時にピント面の鋭さもだいぶ改善されたように感じます。また距離環を回すトルク感も当初のスカスカ感は無くなり相応なトルクを感じる状態にはなっています (あくまで当方の印象ですが)。絞り環の操作性もほんの少しは軽くなったでしょうか・・当初のぎこちなさはなくなっているように思います。但し、それらはすべて当方の個人的な感覚による印象です。なお、無限遠位置はヘリコイドのネジ込みが2箇所しかないので当初の位置のままにしてありますが当初から僅かにオーバーインフになっていました。

当レンズによる最短撮影距離90cm附近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでベッドライトが点灯します)。

画角はそのままで絞り環を回して絞り値を「f2」に変えて撮っています。

絞り環のF値は「f2.8」になります。

F値「f4」の撮影です。

F値「f5.6」になります。

F値「f8」になりました。

「f11」で撮っています。

F値「f16」になります。

最小絞り値「f22」です。