◎ Steinheil München (シュタインハイル・ミュンヘン) Auto – D – Quinon 55mm/f1.9 zebra(M42)
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今回の掲載はオーバーホール/修理ご依頼分のオールドレンズに関する、ご依頼者様へのご案内ですのでヤフオク! に出品している商品ではありません。写真付の解説のほうが分かり易いこともありますが、今回に関しては当方での扱いが初めてのモデルでしたので、当方の記録としての意味合いもあり掲載しています (オーバーホール/修理の全工程の写真掲載/解説は有料です)。
1961年に発売された当時にしては高速の開放f値「f1.9」を誇る標準レンズです。フィルムカメラ「Edixa-MAT」用のセットレンズとして供給されていたようで、筐体の距離環の縁に「Edixa-mat」刻印があります。
このモデルは当方での扱いが今回初めてになりますが、そもそもSteinheilやSchneiderなどのオールドレンズは、内部の構造が世代によって全く異なっていることが多いので、モデルが同型品だとしても生産年度によっては中味は別モノです。簡素化していると思えば複雑化していたり、設計に一貫性が見出せないのがこれらの光学メーカーの特徴とも言えますし、その構造と共に複雑な構成パーツの使い方には毎度ながら泣かされます・・。
今回のご依頼は「絞り羽根の開閉異常」「ヘリコイドの重さ」「光学系内のクモリ」です。当初の状態は、絞り羽根の開閉異常と共に距離環が無限遠位置まで回らない状態に陥っていました。また「自動/手動スイッチ」も勝手に戻ったりしますし、マウント面の「絞り連動ピン」は中に入ったままだったり出てきたりします。以下、順を追ってご案内していきます。
オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。
すべて解体したパーツの全景写真です。
ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。相変わらずSteinheil (Schneiderも同様ですが) は、細かなパーツが多く、且つそのパーツの使い方がとても複雑です。
構成パーツの中で「駆動系」や「連動系」のパーツ、或いはそれらのパーツが直接接する部分は、すでに当方にて「磨き研磨」を施しています (上の写真の一部構成パーツが光り輝いているのは「磨き研磨」を施したからです)。「磨き研磨」を施すことにより必用無い「グリースの塗布」を排除でき、同時に将来的な揮発油分による各処への「油染み」を防ぐことにもなります。また各部の連係は最低限の負荷で確実に駆動させることが実現でき、今後も含めて経年使用に於ける「摩耗」の進行も抑制できますね・・。
絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルではヘリコイド (オス側) は独立しており別に存在しています。開放f値「f1.9」と当時としては明るめなのですが、意外とコンパクトな鏡筒です。
5枚の絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させます。当初絞り羽根の開閉に異常を来していましたが、実はその原因はこの絞りユニットではなくマウント部に位置している「絞り連動ピン連係機構部」のほうの問題です。従って、この絞りユニット自体はすんなりと組み上がります。絞り羽根には経年の油染みが生じており、既に乾いた状態になっていました。
こちらは距離環やマウント部を組み付けるための基台です。鏡筒の繰り出し量を多く採っているので、ヘリコイドのネジ山数が多く長めです・・つまりは基台の深さがある造りです。
真鍮製のヘリコイド (メス側) を無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。当初、このヘリコイド (メス側) も塗布されていたヘリコイド・グリース自体は既に乾ききってしまっており、だいぶ長い期間メンテナンスされずにいたようです。ちなみに、塗布されていたヘリコイド・グリースは「黄褐色系グリース」ですのでネジ山の摩耗はそれほど進んでいないと思います。
ヘリコイド (オス側) をやはり無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルには全部で15箇所のネジ込み位置があるので、ここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず)、再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。
さて、ここで問題になりそうな気配を感じました。ヘリコイド (オス側) は、オールドレンズで多いのは最後までネジ込まれないアタリ付けなのですが、この個体では最後にほぼ近い位置まで到達してしまいます。ここまで深く入るのだとすると無限遠位置の調整が難しくなるかも知れません・・そんな予感です。
ちなみに、真鍮製のヘリコイド (メス側) は、当初すっかり錆が出ていましたので磨いています。そしたら「58」と言うマーキングが出てきました。意味は不明です。
この状態でひっくり返して「鋼球ボール+マイクロ・スプリング」を組み付けて絞り環をセットします。まずはここで1つ目の問題です。内部に当初セットされていた「マイクロ・スプリング」は僅か1mmほどの長さしかなく (2巻程度)、鋼球ボールによるクリック感がほとんど感じられない状態でした。これは過去のメンテナンス時にマイクロ・スプリングを切断してしまったようです (理由は判りません)。
マイクロ・スプリングが入る場所の深さは「3〜4mm」ありますから、このままではいつ鋼球ボールが填ってしまうか不安です。仕方ないので径と長さが合いそうなマイクロ・スプリングを調達しました。鋼球ボールが一度ハマると取り出しできなくなります。
絞り環は、適度なクリック感と共に小気味良くカチカチと駆動するようになりました (当初はほぼスルスル状態)。
こちらはマウント部内部を撮影していますが、連動系・連係系パーツを外して既に当方による「磨き研磨」が終わっています。上の写真で斑模様の汚れに見えるのは「腐食していた場所」です。
さて、上の写真が「絞り羽根開閉異常」を来していた根本原因の部位です。マウント部内部に組み付けられる「絞り連動ピン連動機構部」です。この機構部が後玉を含む光学系後群の周りに配置されることになります。
マウント面から飛び出ている「絞り連動ピン」は、上の写真のような「ゼムクリップ」のようなカタチをした特殊バネに入っており、同時に「斜めのカーブ」が切ってある坂をこの特殊バネの一部が登ったり下りたりします。それによって「絞り羽根の開く大きさが決まる」仕組みです。しかし、問題なのはこの特殊バネが「浮いたままのフリー状態」なのが問題を複雑化しています。
「絞り羽根の開閉」を行っているのが「絞り羽根開閉アーム」であり、絞り連動ピンの押し込みによってこのアームも左右に大きく振れます・・当方では「旗振り棒」と呼んでいます(笑)
上の写真では真鍮製の環 (輪っか:焦げ茶色) の周囲にアルミ材の環 (輪っか) が被さっており、一部に「マイクロ・スプリング」が附随しています。このアルミ材の環が実は「自動/手動スイッチ」の設定で動くので、この部位は「絞り連動ピン」「自動/手動スイッチ」「絞り環」との3つの構成部分からの影響を受けて作動している機構部になります。
ちなみに、同じSteinheilのオールドレンズでも、この部分と同じパーツを実装しているモデルを当方はまだ見たコトがありません・・と言うよりも、毎回内部の構造化から構成パーツに至るまで別モノであることがほとんどです。
前述の機構部をマウント部内部にセットしてから横方向より撮影しました。マウント面から飛び出ている「絞り連動ピン」が押し込まれることで「絞り羽根開閉アーム」は上の写真の矢印のように左右に勢いよく動くワケです。そして、この絞り羽根開閉アームは鏡筒に刺さってダイレクトに絞り羽根の開閉をしています。
マウント部を基台にセットしてから鏡筒を組み付けて、最後に距離環を仮止めしました。この後は光学系前後群を組み込んで無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認を執り行い、フィルター枠をセットすれば完成です。
・・となるハズでしたが、この写真を撮るまでに数時間が経っています(笑) ハマりました。「自動/手動スイッチ」の切り替えが操作できないほど硬すぎるのと、設定に見合う正しい絞り羽根の動き方をしてくれません。つまりは当初の状態に逆戻りです。マウント部を外してしまえば絞り羽根の動き方は正しくなります・・。
原因は「自動/手動スイッチ」部分に使われている「鋼球ボール」でした。何と鋼球ボールがハマり込んでいます。仕方ないので電気ドリルを使って反対側に穴を開けて鋼球ボールを針で押し出しました・・鋼球ボールだけしか入っておらず「マイクロ・スプリング」が無いのです。過去のメンテナンスでごまかしたのだと思います。
結局、鋼球ボール自体も径の大きい鋼球ボールだったことが判明したので、適正な「鋼球ボール+マイクロ・スプリング」を1セット調達しました。これで「自動/手動スイッチ」が正しく機能するようになりました (多少硬いままですが)。
しかし、その次はやはり絞り羽根が時々正しく機能しません (正しく動いたり動かなかったりの不安定な状態です)。いろいろいじっているウチに気がつきました!
このモデルは「ピン押しタイプ」のマウントアダプタに装着しても「絞り連動ピン」の位置が「ピン押し底面」からさらに内側に位置していました。つまり「ピン押しタイプ」のマウントアダプタに装着しても絞り連動ピンが押し込まれないのです・・。
従って「自動/手動スイッチ」を「自動 (A)」にセットしても意味がありません。フィルムカメラで使われるならば「自動 (A)」が機能したほうが良いことになりますが、ミラーレス一眼にマウントアダプタ経由装着するなら意味が無いのです。
そこで「自動/手動スイッチ」は「手動 (M)」でお使い頂く前提で仕上げることにしました。「手動 (M)」限定となれば例の機構部の調整も目処が立ちます。1時間ほど掛けて調整を施しようやく絞り羽根が絞り環の設定に連動して正しく開閉するようになったのが上の写真です(笑)
マウントアダプタによっては絞り連動ピンが押し込まれる可能性もありますが、絞り連動ピンが押し込まれると絞り羽根は正しく機能しません (例の機構部が「自動 (A)」設定での動き方をするため)。従って「ピン押しではないタイプ」のマウントアダプタをご使用頂くのがベストであり、同時に「手動 (M)」でご使用下さいませ。「自動 (A)」にはセットしないようにお願い申し上げます。
実は、SteinheilやSchneiderのオールドレンズには多く発生している不具合ですので、今回の個体に限った問題ではありません。当方でも過去に数多く似たような現象の個体を整備しています。
ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。
このモデルの「M42マウント」の個体は市場でもあまり出回っておらず貴重です。当方でも今回初めて整備しましたが、絞り連動ピンの位置が内側に位置しているのは知りませんでした・・フィルムカメラの場合には絞り連動ピンを押し込む「押し込み板」が相応な大きさを持っているので、当時は問題にならなかったのですね。
光学系内はクリアになりましたが、LED光照射ではコーティング層の経年劣化に拠る極薄いクモリ状や拭きキズ・点キズが浮かび上がります。但し、写真に影響を来すレベルではないので気にされる必要は御座いません。問題なのは後玉の状態です・・。
後玉は表層面のコーティング層が既に無数に剥がれている状態なので、これは「クモリ」ではありません。ガラス研磨してコーティング層を全て剥がしてしまう手もありますが当方にはガラス研磨の設備がないので処置できません。コーティング層を剥がしてしまうとハロの発生率が高くなり、同時にコントラストの極度の低下にも成り得ます。見た目は悪いですが (気にされると思いますが)、このままご使用頂くほうが良いかと思います。
ちなみに、上の写真の解説のように「絞り連動ピン」の位置が丁度「ピン押し底面」から外れた位置ですのでご注意下さいませ。
ご依頼内容のひとつであった「絞り羽根の開閉異常」は自動/手動スイッチを「手動 (M)」に設定して頂ければ正しく駆動しています。それでも希に不適切な開閉をすることがありますが、既に例の機構部で使っている「マイクロ・スプリング」が経年劣化で弱まっています。今回調整して強めにしましたが、これ以上の調整は不可能ですのでどうしようもありません。
ここからは鏡胴の写真になります。元々キレイな状態の個体でしたが、当方にて筐体外装に「磨き」を入れたので多少はキレイになったかと思います・・。
使用したヘリコイド・グリースは「粘性:中程度」と「粘性:軽め」を使い分けています。理由はヘリコイドのネジ山が多く距離が長いので相応にトルクが掛かってしまうからです。結果、少々重めのトルク感に仕上がっています。これ以上軽いグリースを塗布すると「スリップ現象」が発生してしまい、今度はピント合わせがし辛くなると思います。ご依頼内容の「ヘリコイドが重い」について改善できず、誠に申し訳御座いません。
また、距離環の駆動域は前述のように無限遠位置がギリギリ最後まで到達している関係で「∞」のポジションでは少々キツイ感触になっています。これを改善させるとだいぶオーバーインフが激しい設定になってしまうので、敢えてこのままで仕上げています。申し訳御座いません・・恐らく当時の「Edixa-MAT」の仕様に合わせて設計されているのだと推測します。
Steinheilのオールドレンズで特に「M42」マウントの場合、適正な状態に整備されている個体は非常に少ないですから今回は良かったですね。「自動 (A)」が使えない、或いは後玉の状態など問題点もありますが、ミラーレス一眼にマウントアダプタ経由ご使用頂くならばこれで問題なく使えると思います。
当レンズによる最短撮影距離35cm附近での開放実写です。元々このモデルの場合、開放での撮影では上の写真のような描写になりますが、一段絞ればビシッと鋭いピント面を構成した写りになってくれたりします。そもそも落ち着いた発色性とコントラストの画造りが特徴のモデルですから、存分にご活用下さいませ。
今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。