〓 Asahi Opt. Co., (旭光学工業) Auto-Takumar 35mm/f2.3(M42)

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久しぶりにTakumarシリーズ初期のモデルをオーバーホールしました。巨大な前玉がまさに「レトロフォーカス型光学系」の意義そのままに飛び出している、当時の旭光学工業の意地を魅せた準広角レンズ『Auto-Takumar 35mm/f2.3 (M42)』です。

と言うのもこのモデルの発売が1959年ですから、当時の世界的なフィルムカメラの状況に思いを馳せないと本来のこのモデルの立ち位置が全く見えてきません。

そもそも戦前〜戦後にかけてフィルムカメラの主流は断然レンジファインダーカメラでした。戦後ようやく量産体制の日の目を見たミラーボックスを実装した一眼レフ (フィルム) カメラの登場により、従来のバックフォーカスが短いレンジファインダーカメラ向けオールドレンズの光学系だけでは対処できない状況にブチ当たります。

フィルム印画紙の直前に配されたミラーボックスのサイズ分光路長を延伸させる光学系の設計に追われるハメに陥ります。それは当時逆に言えば戦後の混乱期に於いてむしろ近い将来的な (世界規模での) 巨大なフィルムカメラ市場に一抹の光明を得て、各国の光学メーカーが挙って光学設計に明け暮れていた時代でもあったワケで、何処の国も民生向け写真機業界はそれこそ病的なほどに熱気を帯びて新たな開発に余念がなかった時代でもあります。

光学系は5群6枚のレトロフォーカス型光学系ですが、右の構成図のとおり 部分の基本成分は3群4枚テッサー型構成です。そしてまさにその前に 部分として2枚配置したレトロフォーカス型構成と言え第1群前玉が凹メニスカスのバックフォーカスを稼ぐ目的で配置し、第2群の凸平レンズで当初1950年に世界で初めて登場した、本格的な一眼レフ (フィルム) カメラ向け準広角レンズ、フランスP. ANGÈNIEUX PARIS社の元祖レトロフォーカス型構成たる「RETROFOCUS TYPE R1 35mm/f2.5」に倣い、同様に収差の改善策を講じています。

オーバーホール工程やこのモデルの当時の背景など詳しい解説は「Auto-Takumar 35mm/
f2.3
(M42)
」のページをご参照下さいませ。

↑上の写真は今回扱った個体のマウント部を組み立てている最中の撮影です。既に完全解体して内部の構成パーツを逐一洗浄し、且つ「磨き研磨」も終わり組み立て工程を進めている中での写真です (正しくは一度仕上げた後に再びバラしている時の写真)。

このマウント部内部は「チャージレバー機構部」が備わり、このモデルが「半自動絞り方式」を採っている為に撮影前のピント合わせに先立ち「都度チャージレバーを引き戻して絞り羽根を開放状態にセット」する必要がある時代の仕組みと設計です。

ピント合わせが終わりフィルムカメラのシャッターボタンが押し込まれると、マウント面から飛び出ている「絞り連動ピン」が押し込まれ、その時同時に (瞬時に) ロックが解除されて勢い良く絞り羽根が設定絞り値まで閉じる原理です。

従ってその勢い良く絞り羽根を瞬時に閉じさせるチカラを蓄える為に「チャージレバーをグルッと鏡胴の周囲を引き回すことで内部のスプリングのチカラが蓄えられ、絞り連動ピンの押し込みと同時にその蓄えられたチカラが一気に伝達される」仕組みです。

今回のオーバーホール/修理ご依頼は「ヘリコイド (オスメス) のネジ込み位置ズレ」との内容で承りました。

実は上の写真を撮ったのは一度完全に組み上げが完了してから再びバラしている時の写真です。そもそも当初バラす前の時点で以下のような不具合/問題点が発生していました。

【当初バラす前の不具合/問題点】
絞り環を回した時にクリック感がガチガチした印象で硬め。
設定絞り値「f2.3〜f16」の時、距離環を回すと最短撮影距離側で詰まる/重い。
設定絞り値「f22」の時だけ∞〜0.45mまで全域で軽いトルク感で回せる。
距離環を回すと距離指標値「0.5m〜∞」辺りで急に重くなり0.45mでは詰まる印象。

この4点の現象について、一つだけハッキリしているのは「設定絞り値が関わっている」点です。何も問題が起きないのは (全く以て正常使用できるのは) 最小絞り値「f22」の時だけなのです。

例えば距離環を回すトルク感だけで因果関係を考えた時、無限遠位置「∞」方向でトルクが 重くなったりトルクムラが出たりなどの症状、或いは反対に最も鏡筒が繰り出される最短撮影距離位置側で同様重くなったりトルクムラだったり、そのような現象は多くのオールドレンズでザラに見かけます。

それらの症状はヘリコイド (オスメス) のネジ山の問題だったり、或いは鏡筒の繰り出し/収納に係る「直進キーとそのガイド (溝)」の問題など、当然ながらヘリコイドグリースとの関係性も疑う必要があったりします。

ところがここに「設定絞り値との関係」が関わってくると話は相当複雑になります。

今回のご依頼は「距離環ヘリコイドのネジ込み位置ズレ」と簡単に片付けられなくなってしまいました。何故なら「最短撮影距離位置の時、鏡筒は最も繰り出している状態なのでマウント部からの影響が最も少ない時」だからです。

マウント部内部は前述のとおり絞り連動ピンに係るチャージレバー機構部が備わるので、そのマウント部に対して最も影響が強く出るのは「鏡筒が近づいた時/つまり無限遠位置の時」であり、考えられる「原理原則」とは真逆の現象なのです。

従って今回の不具合/問題点を知った時、その因果関係が「???」だったワケです(笑)

一度完全解体してオーバーホールした後にキッチリ最後まで組み上げたのに「不具合/問題点は何一つ改善されていない」という意味不明な状況に追い込まれました(笑)

逆に言うなら「ヘリコイドのネジ込み位置はズレていないし適正」なのです。それなのに設定絞り値との関係で不具合/問題点が発生します。

そこで疑ったのが上の写真「マウント部内部の各構成パーツの状態」です。

どうして絞り環や絞り羽根の開閉制御系ではないのか?」と言う疑問が湧くと思いますが、絞り羽根は全く以て正常駆動しているので、それら制御系を疑う必要がありません。問題になるのはどう考えても「鏡筒の繰り出し/収納とその時のマウント部からのチカラ伝達機構との 関係性」しか考えられません。

そこでマウント部内部を再びバラしてチェックし始めた次第です・・(笑)

チャージレバーがチャージカムの位置まで引き回されると「カムがロックして絞り連動ピンが固定される」原理です。また「絞り連動ピンは銅板の板バネで常時押し出しのチカラが及んでいる」のが分かりますね (絞り連動ピンの頭部分を板バネが常に押し込んでいるから)。

↑ここで次に「銅板の板バネ」だけを取り外しました。すると「チャージカムと絞り連動ピン (の頭部分)」が互いに接触状態で設計されているのが分かります。この「絞り連動ピンの頭部分」を銅板の板バネのチカラで押さえ込んでいるから「絞り連動ピンを指で押し込んでも必ず飛び出てくる」ワケですね(笑)

↑さらに今度は絞り連動ピンを取り外して「チャージカムの機構部部」だけの状態にして拡大撮影しました。絞り連動ピンが刺さっている穴が見えています。

すると「捻りバネ」が1本存在して「チャージカムに刺さっている」のが分かります。実際 この「捻りバネはカムをグリーンの矢印方向に押し込むチカラを与えている役目」ですね。

一方チャージレバーが操作されて (引き回されて) チャージカムの位置まで来ると「カムがブルーの矢印方向に傾き絞り羽根を完全開放状態にロックする」仕組みです。この時絞り連動ピンの頭部分がカチッとハマるので「捻りバネのチカラが働いていない状態」になり、絞り連動 ピンが押し込まれると (つまりフィルムカメラのシャッターボタンが押し込まれると) 絞り連動ピンの頭部分が浮き上がるので「捻りバネのグリーンの矢印のチカラが有効になる」からカムのロックが解除されて「絞り羽根が設定絞り値まで勢い良く閉じる半自動絞り」と言う流れです。

↑つまり「最小絞り値f22」の時だけ正常に距離環が回せるのはこのマウント部の「チャージ用カムの動き方が不適切だから」と判定し次第です。

その結果マウント部内部を再びバラしてチェックしていったところ『真犯人発見!』だった次第です(笑)

上の写真で「before」の捻りバネのカタチが当初バラした時の状態です (左側のバネがへの字型に曲がっている)。

ブルーの矢印で解説していますが先端がへの字型に曲がっているので尖っているから「チャージカムには刺さるべき形状」と言えます。

なお捻りバネの右半分 (短いほう) も当然ながらバネの役目です (赤色矢印)。

しかし当方はこの捻りバネのカタチが「不適切」と判定したワケです。その結果右側の「after」のカタチにペンチで修正しました。本来はグリーンのラインのように真っ直ぐなのが良いのですが、既に鋭角に曲げられていた為「折れそうなので真っ直ぐにできなかった」次第です。

さらにオレンジ色文字で解説したとおり「左側のバネ部分はチャージカムに入る」と言う仕組みです。

↑それでは実際にチャージカムを拡大撮影してチェックしてみましょう! 絞り羽根を完全開放させる為の「ロック用の爪」が備わるチャージカムですね。この右側部分の上に「捻りバネ受け部」が用意されています (赤色矢印)。

↑今度はチャージカムをひっくり返して反対側を拡大撮影しました。如何ですか? 「捻りバネ受け部」がスリット上に細長く溝が削られて用意してあるのが分かりますね?(笑)

これがポイントなのです!

チャージレバーがこのチャージカムまで回ってくると「ロック用の爪」部分が操作されてブルーの矢印①方向に動き爪で絞り羽根をロックします。すると絞り連動ピンの頭部分が銅板の板バネのチカラで押されて「絞り連動ピンの頭受け部 (赤色矢印)」にパチンとハマります。

マウント面から飛び出ている絞り連動ピンが押し込まれると (つまりフィルムカメラのシャッターボタンが押し込まれると) 絞り連動ピンの頭部分が「受け部から浮き上がる」ので「捻りバネのチカラが働いてチャージ用カムがブルーの矢印②方向に傾く」・・従って絞り羽根のロックが解除されて蓄えられていたスプリングのチカラが働いて「アッと言う間に瞬時に勢い良く絞り羽根が設定絞り値まで閉じる」のが半自動絞り方式の原理ですね(笑)

そうなのです! 上の写真で「捻りバネ受け部」のスリット/溝が細長いからこそ「捻りバネの左側は直線なのが正しい」と気が付くワケです。逆に言うなら、もしも捻りバネの左部分が前述のとおり尖っているカタチなら「スリット/溝ではなく刺さる穴だったハズ」であり、この部分をチェックするだけで「設計者の意図が伝わるまさに原理原則」なのであり、このように正しい構成パーツやネジ類、或いはバネ類の使い方に思い至るのが「観察と考察」と言えないでしょうか?

DOHヘッダー

ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑2回目に再びマウント部をバラしていろいろチェックしつつ、微調整しつつとさんざん挑戦してようやく仕上がりました (組み直し回数はこの写真を撮った時点で既に5回目です)。

要は過去メンテナンス時の整備者が「絞り連動ピンの反応を強くする為に捻りバネを故意にワザと曲げた」処置を施した、いわゆる「ごまかしの整備」だったワケです(笑)

どうして過去メンテナンス時の整備者の所業と断言できるのかと言えば、このマウント部の各構成パーツの目的と動きをちゃんと理解しているレベルなので「シロウト整備ではムリ」だからです。

過去メンテナンス時の整備者は・・間違い無くプロです!

おそらく何処ぞの整備会社ではないかと推測します。

↑光学系内の透明度が高い状態を維持した個体ですが、ご依頼内容にあった「中玉の外周部の汚れ」は「コバ端のクモリ/汚れ状」なので除去できません (そのまま残っています)。申し訳御座いません・・。

↑中玉も後玉も少々目立つ点状の「当てキズ」が数点残っています。また微細な薄いヘアラインキズや拭きキズも数本視認できます。

↑前述のとおり「絞り羽根の開閉駆動は全く以てキッチリ正常」なので、特に設定を微調整でイジったりしていません。当初と同じ状態で組み込んであります。

ここからは鏡胴の写真になりますが、経年の使用感が僅かに感じられるものの当方にて筐体外装の「磨きいれ」を施したので大変落ち着いた美しい仕上がりになっています。「エイジング処理済」なのですぐに酸化/腐食/錆びが生じたりしません。

↑いつもの通り「黄褐色系グリース」を塗布し、且つ前述のとおりマウント部内部の「捻りバネ」さらに「銅板の板バネ」の2点について「本来の正しいカタチに修復」したので、確実に絞り環との絞り値連係ができるように改善しました。

ちなみに絞り連動ピンを押し込んで「常時飛び出すようなチカラを及ばせる板バネ」も本来水平/平坦のハズがくの字型に変形させてあったので「再び平坦に戻した」次第です。

なお、上の写真のとおり「距離指標値の0.6m〜0.45m」辺りになるとやはり詰まった感じの少々重めのトルクに変わりますが、当初よりはだいぶ軽めに仕上がっています (グリーンの矢印)。

これは前述の「捻りバネの左側を真っ直ぐ直線状に戻せなかったから」であり、その分チャージカムの傾きが影響するので詰まった感じで極僅かにトルクが重い印象に変わります。

これ以上改善すると捻りバネが折れそうなのでご勘弁下さいませ。申し訳御座いません・・。

↑また距離環のヘリコイドネジ込み位置ズレとの話でしたが、上の解説のとおり鏡筒が最も収納状態にある無限遠位置「∞」の時 (赤色矢印) に「延長筒と距離環の間に隙間が無い (グリーンの矢印の箇所)」ので、これ以上さらに鏡筒を収納させることができません。これはこの個体の設計上の問題なので、もしかすると個体が別々で組み合わされている「ニコイチ」品なのかも知れません。

或いはこれが正常なのかも知れませんが、申し訳御座いません、ちょっと過去に整備した時の状況を記録しておらず不明なままです。

↑と言うのも、例えば上の写真① 第一世代のマウントアダプタに装着すると、適切な無限遠合焦に戻るので、旭光学工業のフィルムカメラ「PENTAX S2」時代の仕様と関係性があるのかも知れませんが詳しくないのでよく分かりません。

↑当レンズによる最短撮影距離45cm附近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

各絞り値での「被写界深度の変化」をご確認頂く為に、ワザと故意にピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に電球部分に合わせています。決して「前ピン」で撮っているワケではありませんし、光学系光学硝子レンズの格納位置や向きを間違えたりしている結果の描写でもありません (そんな事は組み立て工程の中で当然ながら判明します/簡易検査具で確認もして います)。またフード未装着なので場合によってはフレア気味だったりします。

↑絞り環を回して設定絞り値「f2.8」で撮影しています。

↑さらに回してf値「f4」で撮りました。

↑f値は「f5.6」に上がっています。

↑f値「f8」になりました。

↑f値「f11」です。極僅かですが解像度が低下し始めている「回折現象」の影響が現れています。

 回折現象
入射光は波動 (波長) なので光が直進する時に障害物 (ここでは絞り羽根) に遮られるとその背後に回り込む現象を指します。例えば、音が塀の向こう側に届くのも回折現象の影響です。
入射光が絞りユニットを通過する際、絞り羽根の背後 (裏面) に回り込んだ光が撮像素子まで届かなくなる為に解像度やコントラスト低下が発生し、眠い画質に堕ちてしまいます。この現象は、絞り径を小さくする(絞り値を大きくする)ほど顕著に表れる特性があります。

被写界深度
被写体にピントを合わせた部分の前後 (奥行き/手前方向) でギリギリ合焦しているように見える範囲 (ピントが鋭く感じる範囲) を指し、レンズの焦点距離と被写体との実距離、及び設定絞り値との関係で変化する。設定絞り値が小さい (少ない) ほど被写界深度は浅い (狭い) 範囲になり、大きくなるほど被写界深度は深く (広く) なる。

↑f値「f16」になりました。

↑最小絞り値「f22」での撮影です。大変長い期間に渡りお待たせし続けてしまい本当に申し訳御座いませんでした。お詫び申し上げます・・。

引き続き2本目の作業に入ります。どうぞよろしくお願い申し上げます。